64 ダンジョンに巣食う何か
「ただいま~っ! おう、今回は出掛ける前よりも綺麗になっているな!」
王宮から派遣されていた管理人によって、俺達の屋敷は凄く綺麗な状態に保たれていた。
なんと、魔の領域であったマーサとマリエルの部屋も片付けがしてあるではないか。
「あら、私達の部屋の前に積まれている本は何かしら?」
「あっ! そんな……床板を外して隠しておいたのに、どうして……」
マーサたちの部屋の前には、マリエル秘蔵のエッチな本が堆く積まれていたのだ。
床下に隠すなどという高等技術、さすがは犯罪王女である。
ちなみにエッチな本を隠していた場合、全員で鑑賞会をした後に返却されるルールだ。
帰って早々に風呂上りのネタが出来たようだな。
「じゃあセラは何か夕飯になりそうなものを買って来てくれ、ミラ、ルビア、ジェシカは地下にいる2人の様子を見て来い、干からびているかも知れんからな」
お化けが怖い3人はまだビビッているようだ、仕方が無いので俺も付いていくこととなった。
セラは買出し、カレンがメンテナンスの依頼のために武器屋に行くので、マリエルに付き添いをお願いする。
他もバラバラと動き出した、精霊様以外は……
「ようレーコ、ギロティーヌも、元気だったか?」
「体調不良などになることはありませんが、ずっと座っていたので埃が積もってしまいました」
『私ごときはお気になさらずとも結構です』
2人共ばっちいな、後で風呂に入れてやらないと伝染病の媒介とかになってしまいそうだ。
風呂に入るときに迎えに来ると告げ、一旦部屋に戻った。
「ただいま~っ! ご主人様、ついでにギルドに寄って来ました、面白いものを見つけましたよ!」
カレンの持ち帰ってきた紙を見せて貰う、なにやら依頼書をコピーしたもののようである。
配布用に沢山作ったのであろう、で、内容は……
『王都近くの森にあるダンジョンの調査と中に居る何かの討伐:成功報酬金貨10枚』
「金貨10枚って、中に何が居るというのだ? 相当に危険な匂いがするぞ……」
しかしカレンの目が輝いている、これを引き止めることが出来るとは思えない。
結局風呂に入っているときに皆で相談してこれを受けるかどうか決める、ということになった。
セラが帰ってきたのでとりあえず食事にしよう……
「勇者様、やはりレーコちゃんにはまだ慣れません、お風呂に連れて行くときも手伝って下さい」
「ミラは相変わらずだな、ところで皆、風呂でちょっと相談があるんだ」
「ご主人様、エッチな相談でしたら個別に聞きますよ?」
「そうだな、ルビアには是非バケツ持って廊下に立っていて頂きたいのだが、俺のお願いを聞いてくれるか?」
ルビアは残りの食事を口に詰め込み、バケツに水を入れて出て行った。
他のメンバーも夕食を終え、準備をして風呂に向かう、俺はミラ達の仕事を手伝ってやらなければならないようだ。
「よし、レーコ、ギロティーヌ、風呂に行くから出て来い、着ているものは洗濯するからミラに渡しておけ」
たったこれだけの簡単なお仕事である、お化けが怖いとこんなことも出来ない無能さんになってしまうのであろうか?
バスタオルを巻いた2人の手を縛り、風呂に向かう。
途中、レーコのタオルが落ちそうになってしまった、引っ掛かるところが少ないからな、ルビアに押さえさせておく。
「レーコちゃん! 来たわね、おっぱい対決よ!」
「ええセラさん、受けて立ちましょう!」
争いは同じ次元の者同士でしか起こらない、最低レベルの戦いが始まってしまった。
レーコの手に巻かれていた縄を解き、メジャー代わりに使うようだ。
なぜか俺だけ反対側を向かされた、別に良いだろあんなもん……
「僅かの差ですが……勝者はレーコちゃんです、勇者様、勝者に報酬を、敗者には死を!」
審判員を務めたミラが判定を下したようだ。
勝ったレーコは風呂の間に限り手を縛るのを免除してやる、逆に負けたセラは縛り上げ、タワシで背中を流してやった。
「いたたっ! ルビアちゃん、早く回復を……で、勇者様、さっき言っていた相談というのは何かしら?」
カレンが持って来たダンジョンの調査依頼について皆に伝える。
少しは反対意見があるものだと思っていたのだが、全員ノリノリであった。
結局、この依頼を受けることに関しては、賛成多数により可決、明日の朝一番で冒険者ギルドへ行って話を聞くということで決定ですな。
「ご主人様、お風呂から上がったらお土産のお酒を飲みましょうよ」
「は~い! 私もそれに賛成で~す!」
ルビアとリリィがトンビーオ村の酒に目を付けた。
仕方が無い、今日は全員でそれを飲むことにしよう、レーコとギロティーヌも特別に2階に上げてやることとする。
洗ったばかりだし清潔であろう。
※※※
「おう、14人ともなるとさすがに部屋が狭いな、精霊様、申し訳ないがちょっと浮いてくれ」
地下牢在住の2人は特別措置であるが、それでも今後はここに上がってくることも増えるであろう。
ちょっと狭い、何か対策を考えないとだな……
「何だかモノを食べるのは久しぶりな気がしますね」
『私は5年ぶりぐらいかも知れません』
2人共食べることが出来ないのではなく、単に食べなくても大丈夫なだけであるようだ。
霊力を空気中から集めるか、それとも食べ物を変換するかの違いだけらしい。
もっとも今は腕輪に全ての魔力を持って行かれるため食べても意味は無いが。
「で、レーコもギロティーヌも魚介魔将のイカ野朗とは話したことがあったのか?」
「私達は挨拶する程度でしたね、キモかったのでこちらから近づいたりはしませんでした、あいつどうなったんですか?」
「そこに乾燥したイカのつまみがあるだろ、そうなったんだ」
「なんと、無様なことになっていますね、私も人のことは言えませんが……」
屋敷に残っていた2人に今回トンビーオ村で起こったことを伝える。
ギロティーヌはメイのこともいじめていたようだ、今度謝罪の手紙を送ることとなった。
「さて、お次はマリエルさん秘蔵のエッチな本をご開帳しようか」
マリエルは最初こそ顔を赤くしていたが、次第に慣れて来たようで本の紹介をし出した。
自信満々で語るようなことではないと思うのだがな。
「勇者さん、地下牢でずっと座っているだけだと凄く暇なんです、出来れば私達にもこういう娯楽を提供してくれませんか?」
『ちなみに私はレーコ様と違ってここまですんごい本でなくても構いません……』
それならとルビアが古い本を提供したのであるが、ヤバすぎてギロティーヌが煙を吹いてしまった。
仕方が無いのでコイツには俺所有のちょっとエッチな本を差し入れてやることとしよう。
「レーコちゃんはそれで良いかしら? でも古いものだし、そのうち最新のエッチな話題が載った雑誌を買って来てあげましょう」
「まぁ、嬉しいですわルビアさん、さっきまで私のことを怖がっていたようだけど、ようやく仲良くなれそうですね!」
ルビアはレーコの恐怖を克服したようである、趣味が合うというのは良い事だ。
お化け自体が怖くなくなったわけではないだろうがな……
「ふっふっふ、私はもうレーコちゃんが怖くありませんよ、ミラちゃん、ジェシカちゃん、お先に失礼しますね」
「ぐっ……完全に敗北してしまったわ」
「なかなかやるな、ルビア殿!」
別にルビアがやりおるという訳ではない、お前らが弱すぎるだけである。
もう敵意も無く触ることすら出来るというのに、何が怖いというのだ?
「レーコちゃん、ちょっと私と手を繋いでみましょうか」
「ええミラさん、どうぞ私と握手してください」
「あ、何かちょっとひんやりしていますが、大丈夫そうです」
「ジェシカもやってみろ、絶対に何ともないから、もう普通の人間と変わらんぞ」
「そ……そうか、ではやってみよう」
体温がなく、冷たいこと以外は案外普通であることに気付き、ジェシカもレーコだけは克服することができたようだ。
ギロティーヌは姿が見えたとき以降大丈夫だったのに、レーコに関しては何が違ったのであろうか?
「さて、怖がっていた3人とも仲良くなれたようだし、今日はお前らも特別にここで寝て良いぞ、その前に1つ聞きたいことがあるがな」
「ありがとうございます、で、聞きたいこととは?」
「王都の近くの森にダンジョンがあるそうなんだが、そこに居る何かの正体を知らないか?」
「さぁ? 私はずっと聖都に居ましたからね、近くに居たギロティーヌはどうなの?」
『それなら使い走りにしていた部下に聞いたことがあります、ダンジョンに魔獣が溢れているとかどうとか……』
なるほど魔獣か、魔物と魔獣がどう違うのかはよくわからないが、その辺に居るのは魔物だよな。
で、いつもマーサが乗っているのは魔獣と言っていたような気がする、まぁどっちでも良いか。
「ご主人様、ちょっと待って下さい、魔獣なんて魔界から呼ばない限り居ないはずですよ、何者かが魔獣を呼び出してダンジョンに入れているとしか思えないのですが」
「サリナ、それは本当か? だとしたら魔王軍の仕業かも知れんな、何か心当たりはあるか?」
「う~ん、そういった話は聞かないですね……」
魔族の5人にもそういったことをする輩の見当はつかないらしい。
これは明日行って状況を確認してから判断する必要がありそうだ。
レーコとギロティーヌのために布団をもう1つ用意し、早めに寝た。
※※※
翌朝、ギルドに入ると俺達は何やら注目を集めているようだ。
さすが異世界勇者様、魔将をバンバン討伐して……とか思ってんだろうな皆さん。
「あ、来ましたね異世界勇者パーティー、早速ですがお願いしたいことがあります」
「ええ、何なりとお申し付けください」
受付の巨乳おねぇさんは俺達の力を信じ、きっとここにたむろしている雑魚共には手に負えないようなお願いをしてくるのであろう。
良いだろう、この異世界から来たチート能力持ちの勇者様が何でも聞いてやろうではないか!
「では明後日マーサさんを貸してください、帝国のギルド支部発足を記念したパーティーをやるんですが、バニーガールが足りなくて……」
別に何かどうでもよさげなことを要求されてしまった。
チート勇者の力をもっと有効に活用するべきだと思うよ、この国は。
「マーサ、やってくれるな?」
「ええ、構わないわよ、後で高級ニンジンを食べさせてくれるならね」
「よし、じゃあ明後日マーサをお貸しします、それと今日はこの依頼を受けに来ました」
高額な報酬の付いた例の依頼を受けておく。
ダンジョンまでの地図を貰い、ちょっと距離はあるものの徒歩で向かった。
「湿っぽい雰囲気のダンジョンだな、地下に向かって伸びているのか?」
「まるで洞窟ですね……お化けが出たらご主人様に抱き付きますから、そのつもりでお願いします」
ダンジョンの中には敵らしき反応が大量にある、どれだけの数の魔獣が居るというのだ?
とりあえず中に入ってみよう……
明かりはユリナの尻尾に灯された炎だけ、それ以外は持って来なかった。
次に来るときはランタンが必要だな、俺がそれを持つ係になれば面倒な連中と戦わなくて済むな。
「おい、早速居るぞ、ユリナ、右の方を照らしてくれ!」
出た、毛むくじゃらの汚ったねぇ奴だ。
マーサがいつも乗っているものと同型の魔獣のようである。
臭いんだよな、あの便所生物は……
当たり前のように襲い掛かってくる魔獣、一番近くに居たジェシカが切り捨てた。
そのまま光の粒になって消えていったが、どうやらこれは魔界に戻ったということらしい。
「ちょっと待って、どうしてあの魔獣が居るのよ? あれは私にしか呼び出せないはずよ!」
「どういうことだマーサ、あの魔獣はお前専用なのか?」
「そうよ、私のためだけに用意された魔獣、その都度新しいのを呼び出して騎乗しているわ」
「で、今まで呼び出したのはどうしたんだ?」
「その辺にリリースしたわよ」
「マーサ……犯人はお前だっ!」
全員で飛び掛ってマーサを取り押さえる。
本当にどうしようもない奴だ、一体何を考えていたらあんな臭い化け物をその辺にリリースするというのだ?
捕らえた犯人はルビアが持っていた縄で縛り上げ、その場で尋問することとした。
「で、言い訳とか何かあるか?」
「ちょっと、おかしいのよっ! 普通はリリースしたら勝手に魔界に帰るはずなのに、こんな所に居るなんて、しかも私にまで敵意を向けていたのは絶対に変だわ!」
「なるほど、こんな所に集まるわけが無いと、確かにマーサが居ても襲ってきたわけだしな、何か理由があるのかもな」
「ご主人様、もしかしたら何者かに操られてここを守っているのかも知れませんわよ」
正直言ってその可能性が一番高い。
なぜならこのダンジョンの最深部と思しきところに魔獣とはちょっと異なる敵の反応があるからだ。
「とりあえず一旦外に出よう、1匹ずつ倒していくのは効率が悪い、入り口からリリィのブレスで中を焼いてしまおうか」
外に出、ドラゴン形態に変身したリリィが入り口からブレスを吹き込む。
他のメンバーは危険なのでかなり下がったところからそれを見ていた。
行き場を失った炎が逆噴射して来そうで怖いし、それ以外にも何があるかわからんからな。
「ねぇっ! 何であんなところから炎が漏れているのよ! あれじゃ森が火事になるわよ!」
セラの指差した方を見ると、200m程先の森の中から火柱が上がっている。
リリィの吹き込んだブレスが漏れているのだ、つまりそこもこのダンジョンの中につながっているということだ。
精霊様が飛んでいって消火し、念のため周りの木々にも水を掛けて回っている。
「火は完全に消えたみたいだ、今日はもう戻ってギルドに報告だけしておこう、原因になったマーサが明後日タダ働きするってこともな」
「……は~い」
ダンジョンの中にある魔獣を操っていたと思われる敵の反応は消えていない。
しかしこのまま入ったら俺達が一酸化炭素中毒とかでやられてしまう。
しばらく時間をおいて、安全になってからもう一度チャレンジすることに決めた。
ギルドに戻り、事の詳細を伝える、もちろんマーサにはしっかり謝らせる。
今回の件では特に被害が出ているわけではないため、イベントのバニーガールを無償でやることを条件に許されたようだ。
状況が状況なので依頼の報酬に関しても心配だったが、依頼料は国の金であるため、ちゃんと調査が終わったら満額貰えるとのことだ。
少し申し訳ないがそういうことであれば頂いてしまおう。
「じゃあそろそろ帰ろう、セラ、あっちで携帯食を買っておいてくれ、マーサは今夜どうなるかわかっているな?」
「ええ、超ごめんなさい、猛烈に反省してます」
※※※
「まぁっ! じゃあその魔獣はマーサが呼び出したものだったんですね」
「そうなんだよ、本当にやってくれたな、その辺に違法放流してやがったんだ」
『しかしそれを勝手に操っているとなると、何らかのアイテムを使っていそうですね、普通はそんなこと出来るはずありませんし』
結局レーコとギロティーヌも毎日風呂に入れてやることとなった。
今は全員で風呂に入り、今日の出来事について話し合っている。
「そういえば姉さま、私達のあくま軍は他人の魔獣を操るアイテムを持っていませんでしたか?」
「ああ、確か帝都の宝物庫にそんなのがあったような気がしますわ、イマイチ使い道が無いし、アイテム名すら忘れてしまいましたわね」
使い道は本当に無いだろうな、魔獣なんて呼ぶのは魔族だけであろうし、それを使うということは魔族同士で無駄な争いをするということだからな。
「じゃあおそらくそのアイテムと同じようなものを持った奴が居るんだろうな、で、マーサが勝手に放った魔獣を使役していると」
「そのようね、本当にごめんなさい、今度からはちゃんと手動で魔界に戻すようにするわ……じゃあ私は先に上がって2階で正座しておくわね」
「そうしておけ、レーコ達もこの後2階に来い、マーサの哀れな姿が見られるぞ」
「あら楽しみね、ついでに私にも何かさせてください、貸金の利息分です」
「良いだろう全部任せてやる、借金を300年間も返さなかったマーサが悪いんだからな」
風呂から上がって部屋に戻ると、マーサはちょこんと正座していた。
「ではマーサ、先に尻尾を乾かすぞ、ちゃんとしないとふわふわにならないからな」
マリエルがマーサの尻尾を乾かしている間、ルビアと精霊様がお仕置きの内容を考える。
変な形の鞭を沢山並べて吟味しているようだ、しばらくするとそのうち1つを取り、頷き合っていた。
「はいマーサちゃん、尻尾はもう終わりよ、精霊様が痛そうな鞭持っているけど頑張ってね」
「本当に痛そうね、打つ係は精霊様かしら?」
「違うぞマーサ、今日はレーコに全てをやって貰うことになった」
「え? それはちょっとナシよ、レーコにやられるなんて屈辱的すぎるわ!」
「ダメよマーサ、お金を返さなかった恨みもあるし、この間変なデバイスに吸い込まれた恨みもあるわ」
レーコの奴、片方は逆恨みだ、それは自分が悪い事をしたからであろうが。
元同僚のレーコに叩かれ、痛い上に屈辱的な目に遭ったマーサは凄く反省……していなかった。
「レーコ、あなたなかなか上手ね、肩こりが和らいだ気がするわ」
何やら未知の効能があったようだ。
「マーサ、反省していないようなら一晩地下牢でお泊りしてもらうぞ」
「いえ、深く反省しております! 明後日も真面目にタダ働きします!」
「本当だな、嘘だったらバニーガールとして、一切休み無しで3年間働かせるからな!」
とりあえずマーサに対する脅しはこのぐらいで良いであろう。
明日はオフにして、明後日は責任を持って必ず来させるべきマーサが居ない。
ということで明々後日からダンジョンの様子を見に行くこととした。
魔族達の話を聞く限り、あそこに居る敵は魔王軍の何とかではなさそうである。
未知なる敵だが、やっつけてみればその正体がわかるはずだ。
また面倒な事件に巻き込まれなければ良いのだが……




