647 ご到着
「よっしゃ、じゃあ全員今のうちに降りる準備をしておいてくれ、今日はもう遅いから審査は受けられないだろうがな」
「実際に上陸するのは明日ってことね、まぁ食糧もしっかりあるんだし、今夜は気にせず船上パーティーでもしてましょ」
「だな、平和なのはここまで、今は船上に居るが、もうしばらくしたら戦場に突っ込むことになるかも知れない、今のうちにうぇ~いしておこう」
「勇者様、実にわかりにくくて面白くないです」
「大変失礼致しました……」
つまらないギャグで皆を笑わせようと試みたのだが、ごく普通につまらなさを指摘されるだけに留まった。
目の前には西方新大陸、そして多くの船や空駆ける船が行き交う港町、とてもウェスタンな犯罪組織が跋扈している危険な地とは思えない雰囲気である。
時刻は夕方、港近くに集まった多くの船にはほぼ人の姿があり、これから夜を過ごす準備をしているところを見るに、実際に上陸することが可能になるのは明日の朝以降だと推測したため、俺達もそれに従う。
甲板に出て篝火とバーベキューの準備をしていると、間もなく日が沈み、辺りは暗闇に包まれた。
見えているのは陸の、皆と街の明かりと、その直前で停泊する船舶の、食事の煙を伴う明かり。
きっと陸側ではそれなりの店が営業をし、ご当地料理などを狙った客で溢れ返っているのであろう。
おそらく王都よりは小さいが、この町がそれなりの活気に満ち溢れた場所であるのは明らかだ。
「さてと、じゃあ明日の予定を決めておきましょ、もちろん最初は全員で行くことになるでしょうけど、その後は班ごとに分かれて動いた方が効率が良いわ」
「だな、じゃあまず……と、動力室と燃料室に居る30人はどうしようか? 特に許可とか査証とか取っていないんだが……」
「あ……残念だけど船に居て貰うしかなさそうね、まぁそれは仕方ないとして……」
協議の結果、一番初め、つまり町へ降り立ったところからしばらくは全員で行動、慣れて道なども覚え、危険がないこともわかった後に12人を3つの班に分け、それぞれ買い物等をすることに決めた。
3つの班のうちメインとなるのはセラ、ミラ、カレン、マーサの4人で構成される『食糧調達・飲食店発見チーム』である。
これがなくては冒険など出来ないし、腹が減っていれば敵と戦うことさえ出来ないのだ。
そして俺とルビア、リリィ、精霊様の4人は『面白そうなもの発見チーム』、食料のように最重要ということはないのでが、娯楽もなくてはならない存在であるということから、ひとつのチームを丸ごと使って探すことにしたのである。
そして最後のひとつ、マリエル、ユリナ、サリナ、ジェシカの4人は『社交チーム』とした。
食料も娯楽も満足が得られれば、最後にすべきことがある、それは本業である勇者パーティーとしての活動だ。
だが何と言ってもこの地を俺達は知らない、マーサの兄であるキモブタウサギが実は船内に存在しているのだが、もう提供してくれるような情報もあまりないうえ、話すと普通に鬱陶しいため『ほぼ空気』として扱われているのが実情。
となるとこの町、そして西方新大陸の情報をさらに獲得するには、それなりの連中と交流し、色々と話を聞く必要がある。
もちろんその『それなりの連中』は公的な者であることが望ましく、それと話をするには3つ目の班のメンバーがちょうど良い。
「まぁそういうことで、とにかく今夜は普通にパーッとやろうぜ、周りに居る他の船も結構豪勢にやっているみたいだし、負けてはいられないからな」
『うぇ~いっ!』
危険な船旅を乗り越え、陸地に手が届く場所までやって来た、生きてやって来ることが出来たのは俺達だではない。
その安心感と開放感からパーリィしてしまっている船も多く、俺達もそれに便乗して大騒ぎすることとした……
※※※
「はい朝です、おはようございますっ!」
「うむおはよう、ミラは相変わらず早起きだな」
「早起きついでに外の様子も見てきました、どうやら陸地に近い方から順番に、公的な船がやって来て港に誘導しているようです」
「なるほどな、ちょっと俺も様子を見に行ってみるよ」
起床し、甲板に出た俺が見たのは、もうすぐ目の前の船が比較的小さな、しかししっかりとしたお堅い感じの船に誘導されて港へ向かうところであった。
良く見ればこちらに向かっている同じ船が2隻、どう考えてもその片方は俺達の所へ来るはず。
まぁ、昨夜のうちに下賤の準備をしてあるのだ、お声が掛かってから慌てるようなことは何もない。
とりあえず寝ている者を全員起こし、ミラが用意してくれた軽い朝食など取りながら公船の到着を待つ。
およそ15分後、遠くに見えていた船の片方がようやくこちらを目指し、俺達の船に横付けしようとしていることがわかった。
係員らしきおっさんが手を振っているのだが、これは前回立寄った島での光景とさほど変わらない。
それが空中ではなく海上に変わったというだけで、これからやるべきことはおそらく同じだ。
と、横付けされた船から梯子を下ろすように要請があったため、その辺にあった汚い縄梯子をパッと落としてやる。
登って来た役人風、おっさんが2人だ、片方はバインダーのようなものを持っていて、それを元に色々と聞き取りするつもりであろう。
「はいおはようございます、え~、皆さんは旅行者の方? 査証はゲットしていますか?」
『問題ありませ~んっ!』
「では拝見させて頂きますね、え~っと……人族は6人でウサギ魔族と、それから悪魔……は2人ですね、あとの2人はドラゴンと精霊ですか、これは珍しい……あ、はい大丈夫です、やべぇ犯罪歴もないですし、上陸拒否事由に該当されている方は居ませんね、ということで上陸ゲートへご案内します」
『うぇ~いっ!』
ちなみにこの船を停泊させておく場所には当然の如く使用料というものがあるらしいが、まさかずっと空に浮かべておくわけにもいかないため、諦めて支払うしかない。
まぁ、あの魔族の町の首長から貰った書状などもあるし、向こうの大陸では巨大な勢力を誇る王国の王女であるマリエルも居るのだ。
そして何よりも俺達は勇者パーティーで、ウェスタンな犯罪者連中を一掃するためにこの大陸へ送られて来た正義の使徒なのである。
今後そういった立場の者であるということが、この大陸の公的機関によって認識された場合には、それなりの待遇の一環として停泊料金もタダ、或いは割引になるかも知れない、というかなって欲しい。
「あ、到着したみたいよ、ここに船を泊めておくのね」
「うむ、もしかしたら宿とか拠点になるような場所が見つからないかもだし、しばらくはここが仮住まいになる可能性もあるな」
「まぁ、ここに残る子が30人も居るわけだし、その食糧とかのことも考えたらそっちの方が楽かも知れないわね」
とりあえず船はそこに、俺達は係員と一緒に地上に降り立ち、ここでようやく西方新大陸の地を踏みしめることが出来たのであった。
そこからはもう一度入国の確認と、それから在留カードのようなものを受け取って解放される。
これでもう自由に街を散策することが可能になったようだ、早速12人全員で、巨大な停泊所の施設を出た。
「うわっ⁉ めっちゃ出店だらけじゃねぇか……」
「よりどりみどりという感じですね、まぁ旅人はここからしか出て来ないんですから、自然にこの出入口の周りに集まったんでしょう」
「そういうことだな、だが今は出店になんぞ構っていられないぞ、ちょっと先へ進んで、メインストリート的な場所、それから公的施設の場所も確認しておかなくちゃだからな」
「あ、ちなみに勇者パーティーの中で唯一、この町の経験者である小生が案内するでござるよ」
「……お前居たのか、あといつから勇者パーティーに加入したんだ? 許可した覚えはないと思うのだが?」
「細かいことを気にしていると良くないでござるよ、これだから3次元は、などと言われてしまうでござる、さて、早く付いて来なされ」
「・・・・・・・・・・」
12人での行動のはずが、どういうわけか『仲間ではない変なウサギ』の案内を受けることになってしまっている様子。
だがガイドを雇ったと思えば良いか、報酬など請求されたら、その辺の店に連れて行って消毒用アルコールでもおごってやろう、それで酩酊したところをゴミ置き場にでも捨てて帰るのだ。
意気揚々と先頭を行くキモブタウサギに付き従い、俺達は初めて見る西方新大陸の町を歩く。
王都や拠点村との違いはその立ち並ぶ店舗の感じ、どれもウェスタンな感じが滲み出ている。
そして商店街らしき場所の外れに見えたのは、これから俺達が協力し、また協力を依頼すべき相手であるPOLICEのオフィス、これもなかなかウェスタンで、映画に出てくる『○○市警』といった感じの近代風な建物だ。
「主殿、この場所は要チェックだぞ、分離後に私達の班は最初にここへ行くべきかも知れない」
「うむ、それもアリだとは思うが、一応普通の行政庁に先に行くべきかもだ、この町にも絶対に首長が居るはずだし、そいつに挨拶してPOLICEの方に話を通して貰った方が無難かもだ」
「なるほど、ではそちらの施設も探しておかなくてはだな、ウサギ殿……は、怪しい店に入って行ってしまったのか……」
「全く使えねぇウサギだな、まぁ良い、ちょうど串焼き屋台があるみたいだから俺達も少しここに居よう、いや、アレ串焼き屋台じゃなくてホットドッグ的な食品の屋台なのか……」
香ばしい匂いのする屋台といえば串焼き肉屋台、俺達の感覚ではついうっかりそう思ってしまうのだが、ここはウェスタンな町なのだ。
当然にホットドッグ、ベーグルやドーナツなど、そういった類のものが売られている屋台が多いはずである。
そして実際に買って食べてみたものは味が濃く、カロリーも爆裂していそうな感じだ。
というか明らかにデブが多い、この町は旧来のウェスタンだけでなく、もっと現代的なウェスタンの町も再現している感じだな。
と、そこでキモブタウサギが変なキモい抱き枕のようなモノを抱えて戻って来たため、再び出発となった。
商店街を突き当たりまで歩くと、その先にはどこかで見たことがあるようなないような、とにかくホワイトな建物が鎮座している。
間違いなくこの中に、おそらくは中央の執務室的な所にこの町の主張が居るはずだ。
マリエル達のチームは分裂後、最初にここに来てあの魔族の町で受け取った書状を提示すべきだな……
「さてと、この町のメインストリートはこのぐらいでござる、小生はもう少しこの町で観光して、それから勝手に帰るつもり、ここで別の道を往くことにするでござるよ」
「おう、サッサとどっか行け」
「何と冷たいことか……と、マーサよ、たまには家にも帰って来るようにと、父上と母上が申していた、キッチリ伝えたからな」
「うん、まぁそのうち落ち着いたらね、あとお兄ちゃんも仕事しなよ……」
こうしてキモブタウサギにしてマーサの兄である変質者ニートおじさんと別れた俺達は、元通りの12人、全員見目麗しいメンバーという状態に返り咲いて来た道を戻る。
一度最初の場所、即ちあの屋台が立ち並んでいたエリアに戻り、そこから班ごとの行動をスタートしよう。
任務のために来たとはいえ到着初日だ、今日ぐらいは観光気分、修学旅行気分でも構わないはず……
※※※
「よしっ、じゃあどの班も気を付けて、日没までに船に集合すること、敵を見つけても暴れないこと、そして迷子にならないことを徹底しよう」
『うぇ~いっ!』
屋台だらけのやかましい広場で出発の儀を執り行うのは、やはりガヤガヤとした駅に集合して修学旅行の開幕を告げる先生の挨拶を聞くのと同様、というかそれを意識した感じだ。
もちろん今回は少人数、かつ班員も4人というかなり規模の小さな班別行動ではある。
ただし社交組の第3班を除けば、どちらの班も『馬鹿の方が多い』ということを意識し、注意深い行動を心掛ける必要があるのだ。
「はい、じゃあ私のチームは集合しなさい」
「おいちょっと待て精霊様、第2班は『俺のチーム』だぞ」
「あら? 位の高い方が班長になるのが自然の摂理じゃないのかしら? それともあんたに私より統率力があると思って?」
「おうっ、俺なんかもうブリブリだぜ、世界を率いるために生まれてきたような男だからな」
「で、皆の笑い者になると……」
「あんだとコラァァァッ……ひょげぽっ……」
精霊様に敗北した俺は班長の座を失い、メンバーであるルビアとリリィに足を持たれて引き摺られるという屈辱的な移動方法にて班行動を開始した。
賑わう街の中で『面白いこと』や『開催されるイベント』などを探し当てるのが俺達の役目だが、とにかく行くべきは商店街の中央付近にあった広場のような場所だ。
それは俺様から班長の座を強奪した悪しき精霊様にもわかっていることのようで、空を見上げながら引っ張られる俺は、当初より目的としていた場所へ向かっている感覚を覚える。
しばらくして広場に到着、そこで全回復、というかルビアの回復魔法で立ち上がることが出来るまでの状態に復活した俺は、起き上がって周りを見渡してみた……
「え~っと、あ、ご主人様、掲示板に『本日の催し』なるリストが掲載されていますよ」
「ほう、よくぞ発見したルビアよ、褒めて遣わす、で、今日は……日暮れ頃から犯罪組織の馬鹿を縛り首か……きっとウェスタンな、俺達が追っているのと同じ組織の連中だな」
「これは見ておくべきね、きっとこの町のPOLICEの上層部もやって来るはずだし、顔を覚えておくチャンスだわ」
「あっ! それと一緒にやるのは『肉バーベキューフェス』だそうですよっ! 参加費は1人銀貨1枚、子ども銅貨5枚で完全食べ放題! お土産もあるよって……ご主人様、今日の夕飯はここにしましょうっ!」
「なるほど、班長様たる大精霊様はどう思う?」
「まぁ良いんじゃないかしら? これで私達の班の仕事は終わりなわけだし、あとは日没で全員集合したらここへ戻るだけよ」
「つまりは……」
「ここからは遊び放題ってことね」
『ヒャッハーッ!』
まっすぐ広場へ来て、そのまま掲示板だけ確認して終わってしまった俺達第2班のメンバー。
食材を吟味したり、役所で色々と話をしている他の班には申し訳ないが、ここから先は余裕で遊ぶこととしよう。
で、まずは昼食兼午後のちょっとした軽食ということで、その辺にあった肉々しいステーキハウス的な店に入る。
出てきたのは凄まじいサイズのウェスタンなステーキと……いや、メニュー表の隅が何かおかしい、こういう店に極めて和風な『ダンゴ』は存在していないはずだ……
「ちょっと、メニューのここ、これは見たわね?」
「ああ、この店、確実にやってやがんな、普通の店感を出して、メニューの端っこに小さく違法なものを……しかもこれ、表を逆に見ていないと読めない感じだもんな」
「ご主人様、もしかしたらダンゴってあの敵が食べたがっていた……」
「そう、身体強化薬の性能向上版、だが継続して摂取しないと死ぬやつだ」
「継続して……もしかしてこの辺りにある飲食店って、この『ダンゴ』を当たり前のように提供しているところが多いんじゃないでしょうか? ほら、中毒者がそこらでグズグズになって死んでいたらもっと目立つはずですし、そういう人が全然居ないってのもちょっと考えにくいです」
「そうね、ルビアちゃんの言う通り、この町、いえ西方新大陸の町や村ではあの『ダンゴ』が結構簡単に入手出来るはずだわ、そして手を染めている人族も、あともしかしたら魔族も多いかも知れない、かなり危険な感じね」
「あぁ、あのわけのわからない投げ付ける系の不思議アイテムも存在しているわけだしな、この大陸での戦い、そんなに楽ではないと思っておいた方が良さそうだ、わかったかリリィ?」
「はい、巨大ステーキは普通に美味しいです、赤身肉がワイルドな感じでとってもウェスタンな……」
「うむ、まぁそのうちわかってくれれば良しとしよう、とにかくこんな店、食べたらすぐに出るぞ」
ステーキは普通のものであったため、こちらも普通に振舞って美味しく召し上がっておく。
ただその際には周囲を確認、俺達が店にいた間だけで、あの『ダンゴ』を注文していた客は2人も確認された。
どちらもウェスタンな感じのチンピラであったが、かなり広くて人も、そしてスタッフも多い店の中、『ダンゴ』を運んで来たスタッフは2回とも同じおっさん、しかもホールに立つ下っ端とは思えない貫禄のおっさんであった。
おそらくだが、この地においても『裏の部分』に関わっている人間とそうでない人間が居る。
そしてあの2人の客やスタッフのおっさんが前者で、店内に大勢いるその他の客の大半が後者なのであろう。
お会計も普通、帰る際の店員の挨拶も普通、この店はコソコソと『ダンゴ』を取り扱っていること以外は至って普通な飲食店だ。
もしかするとオーナーやその他店の幹部クラスが知らないうちに、スタッフとして侵入した犯罪組織の連中が勝手にそれを取り扱っているのではないかとも思えるほどだな。
とにかくこの件は皆に報告だ、その後回った飲食店以外の店でもいくつか『ダンゴ』を取り扱っている、または取り扱いを仄めかす発言を店員がしていた所があったし、もはやこの事案は『町全体』という規模でこうなのだと考えて良さそうだ。
ということで散策を終え、集合場所に戻ると、既に他の2つの班は戻って来ていた。
まずは報告会からだな、他の班も何か見つけてきた様子だし、情報は一気に集まったはず。
肝心なのはその話を誰にも聞かれないこと、敵の組織から俺達が何かを嗅ぎ回っていると悟られないことだが、それはこの後、バーベキューフェスの人混みの中で話せば問題はない。
多少金を払ってでも俺達だけで使える空間を用意し、そこでそれぞれがゲットしてきた情報を発表するのだ……




