644 さらに西へ
「それで、そろそろ俺も聞いておきたいんだが、あの部屋では何の話をしていたんだ?」
「それがね、バケモノと同時に導入した『空飛ぶバケモノ抑制魔導装置』ってのが森の奥にあるんだって、でもそれはちょっと前に制圧されちゃって、今は機能していないらしいのよ」
「なるほど、俺達がバケモノ共の襲撃を掻い潜って、それを再起動させれば持続的な『抑え』になるってことか」
町から少し離れたところで、俺だけが聞きそびれた作戦の内容を聞き出す。
ここまで来ればあのおっぱい首長の読心術も効果範囲外のはずだし、この案内係の子にはその術が使えない。
しかし、そんなものがあるのなら最初に、俺とセラと案内係の子だけで森へ入ったときにどうにかすれば良かったのに。
やはりアレか、厳重な警戒が敷かれ、接近するのにもそれなりの許可が必要だとかそういう系か。
「あ、そういえばちょっと……あの子に聞こえないように話しがあるわ」
「どうした精霊様? 何かエッチなアレだったら大歓迎だぞ」
「じゃなくて、どうやらこの町にはちょっとだけ魔王軍の息が掛かっているわ、あの子も、首長の魔族も、魔王軍に所属しているわけじゃないけど協力はしているみたい」
「なるほど、だから町中に魔王軍の募集ポスターなんかあったんだな……」
「そう、だから一応警戒はしておかないと、こっちの正体が本格的にバレた場合は厄介かも」
「……いや、むしろ積極的にバラしてしまうのが良いかも知れないぞ」
魔族の町なのだから魔王軍が少なからず影響力を持っていてもおかしくはない。
それはかつて東の魔族領域で立ち寄ったフルートの実家がある純粋魔族の里などもそうであった。
だが今回の場合、この町の首長が『俺に対して悪態を付いた』という、他とは違う事情がある。
もちろんそれだけで町に住む関係のない魔族を巻き込むわけにはいかないが、少なくとも首長と、この案内係の子はお仕置き対象だ。
空飛ぶバケモノ抑制作戦は普通に最後までやり遂げるが、それが終わったらあの執務室で2人を並べて罰を与えてやろう。
尻とおっぱいを露出させた状態で土下座させ、高く掲げられた尻の方はそのまま鞭で打ち据えてやる。
ついでに俺達が凄い方々であり、推薦すべき正義の味方ことをあの荒野のバーのような在外公館に伝えさせてやるのだ。
そうすれば入国、つまり西方新大陸にした先でもいきなり高い評価を得て、そちら側の政府による全面バックアップの下で動くことが出来るはず。
となればもう後から追って来ているはずの元POLICE軍団所属の馬鹿野郎はお払い箱だ。
何か秘密があってあんなに馬鹿なのはもう間違いないが、上手くすればもうその原因を突き止める必要がなくなるではないか。
よし、そうと決まれば早速この案内係の子に脅しを掛けることとしよう。
やり方としては……まぁ、普通に聖棒を使ってやれば良いか……
「へいへいお姉さん、ちょっと良いかね?」
「何ですか気持ち悪い、薄汚い飛沫が飛んで来ると困るのでなるべく近寄らないように注意して下さい」
「いや遠くからでも大丈夫、ほら、この物干し竿なんだが……」
「あぁ、それがあなたの得物なんですね、他の方々は明らかにお強いというのに、あなただけはその棒切れを振り回すだけの役立たずなんですね」
「うむ、だがこの棒切れには少し秘密があってだな、たとえばこれでチョンッと」
「ひぎぃぃぃっ! なっ……何なんですかこれはっ!?」
「これか? これは聖棒だよ、魔王軍を滅ぼすために異世界より召喚された伝説にして最強の大勇者様たるこの俺様の武器だっ!」
「ひっ……ゆ、勇者、危険極まりないため要注意だと方々で言われている異世界勇者……イヤ……近寄らないで」
勝った、もう大勝利である、この子は俺様の恐怖に気付き、二度と逆らうことなどしない従順な……何だろう、振り上げた聖棒をジェシカがパッと止めてしまったではないか……
「主殿、何がしたいかは大体察しが付くが、さすがにやりすぎだぞ、ほら、叩くなら私を叩けば良いだろうに」
「いや何言ってんだ、コイツはな、この異世界勇者様たる俺様をゴミのように扱って……と、おもらしして失神してやがるのか、仕方ない、ここはひとまず許してやって、森の中の目的地近くへ運ぼう、目立つと拙いしな」
ということで念のため精霊様の水で洗浄、カレンとマーサが足と腕を抱え、森の奥深く、あの執務室で指定されたという場所の近くへと移動した……
※※※
「おい、起きろコラ、いつまで寝てんだっ!」
「ん……あっ、ひぃぃぃっ! ど、どうか食べないでっ! 私なんかもうホントにたいしたアレじゃなくてっ!」
「誰が喰うかよ魔族なんてっ! で、ちょっと落ち着け、まず自分の状況を確認するんだ、パンツが洗濯されて乾燥中ってこともな」
「パンツが? 私の……ひゃぁぁぁっ! どうしてパンツを奪ったのですかっ!?」
その後、どうにか案内係の子を落ち着かせ、俺達が伝説の大異世界勇者様であるこの俺様が率いる最強の勇者パーティーにして、この町も多少関与している魔王軍の敵であることを告げる。
そしてその俺様に失礼な態度を取ったこの子と、そして首長であるあのおっぱいお姉さんにはそれなりの罰を与えるものの、命まで奪うつもりはないことを説明した。
もちろん約束通り空飛ぶバケモノを討伐し、数を減らすというミッションは完遂するし、それを成し遂げたことによる報酬と、それから西方新大陸へ渡るために必要な手続の際の口利きはして貰うということも同時に伝えておく。
「あ、あの、罰を与えると仰いますが、もしかして先程お仲間にされていたような……」
「いや、あんなのは遊びみたいなものだ、精霊様、ちょっと鞭を貸してくれ」
「あ、はいコレね」
「うむ、お前等のような悪い奴等はこの鞭で打ち据えることになっている、まぁ薄汚い野郎とかであればその場で死刑なんだ、この程度で済ませてやって感謝して欲しいところだな、あ、試し打ちしてみるか?」
「けけけけっ、結構ですっ! 後で、いや後でも要りませんからそんなの……というか、どうにかそれよりも軽い罰で済ませてはいただけないでしょうか? 最悪私は良いですが、誇り高き首長様にそんな屈辱を与えられるというのはさすがにちょっと……」
「となると……どうしようか、ん? 何だカレン、意見があるなら言ってみろ」
「この人達にはこれからの旅で食べるご飯を全部用意して貰えば良いと思います、あともちろん積み込みもやって貰って……」
「あ、ちょっと待って、それなら食糧だけじゃなくて、処刑するような犯罪者で良いから風魔法使い(使い捨て)も欲しいわね」
「それに主殿、あのマシンを漕いで動力を作り出すキャラも調達出来るかも知れないぞ」
「なるほど、罰の代わりに物や労働力を要求するのか、それもアリというばアリだな、で、お前はそれで構わないのか?」
「もちろんっ! あの鞭とかでビシバシされるぐらいならその方がっ!」
交渉は成立となった、本来であれば『大勇者様侮辱罪』として公開で鞭打ちの刑に処すぐらいのことをしても良いところだが、こちら側に、しかも無償でメリットを享受させてくれるというのならそれで手を打つのが妥当だ。
だがその前に、とにかく今はその『魔導装置』とやらの所へ行き、空飛ぶバケモノを持続的に抑制する効果を再び発揮させることが先決だ。
案内係の子のパンツが乾くのを待ちつつ午後の軽い食事などを取り、ちょうど良い頃合を見計らって移動を再開した。
このまままっすぐ目的地へと向かい、想定される敵との戦闘をこなして戻ればもう日没だが、少なくとも明日の午後、つまりこの町の休日の半分程度は俺達もゆっくりすることが出来るであろう。
「あ、到着しました、この先に装置があるんですが……あっ、ちょっと待って下さい、それ以上先へ進むと敵が出現します」
「敵が? いや、空には何の気配もないぞ、もちろんバケモノ共は多いようだが、俺達にとってそこまで脅威となるものではない」
「いえ、敵は地面から出るんですよ、もちろんその後で飛ぶんですが、これが仲間を呼んだりして非常に厄介でして……」
「わかった、じゃあ心して掛かろう、皆、戦闘準備をしておくんだっ!」
『うぇ~いっ!』
全員武器を構え、先頭のミラがその危険地帯だというエリアに足を踏み入れる。
直後、その先の地面の数ヶ所がボコボコと盛り上がり、その下から敵性の反応がやって来るのを察知した……
※※※
「出ますよっ!」
「あ、えっと、今更だが何が出るんだ?」
「敵は『ツークツック法師』というバケモノです、修験者系のラッパーを目指していた男の魂が何やかんやでセミに……」
「おう、もう意味わかんねぇから現物を見るよ」
ボコボコしている地面の中にそれは居る、そしてその数はたったの5、仲間を呼ぶとは言っていたが、それがどのような方法で成されるのか、そもそも出現する敵がどのようなビジュアルなのか……と、そろそろ見えそうだ……
「あっ! コレ知ってますっ! セミの幼虫ってのですよね? ちょっと大きいけど……」
「偉いぞリリィ、ちゃんと知っているじゃないか、ちょっとデカいけどな……」
地表に現れた5体はそのままセミの幼虫であった、かなり巨大であり、質量的にはカレンと同じぐらいあるのではないかというサイズ感だ。
そしてもちろん『空飛ぶバケモノ』の一種である以上、そのままの姿でどうこうということはない。
5体共に背中がパキパキと割れ出し、中から現れたのはもうアレだ……セミとジジィとラッパーのハイブリッドのようなバケモノだ、実に気持ち悪い姿である。
それが一斉に飛び上がり普通のセミのように空を舞い始める、おそらく1週間は持ちそうな感じだ、というか、羽化した後にジッとしていなくてはならない期間がないのは地味に凄い。
で、その5体のツークツック法師共は隊列を組み、セミさんよろしく音を立て始める……
『ツツ……ツツツ……ツックツクツクツクッ! YO! YO! 俺達ホーシ! ツックツックホーシ! YO! YO! ツークツックホーシホーシホーシッ! YO!』
「……何だこいつら、めっちゃ弱そうだしただヘタクソなラップの真似事をしているだけじゃないのか? こんな連中のどこが脅威だってんだよ?」
「まだですっ! 上を見て下さいっ!」
「上……げぇぇぇっ!? 超キモいことになってんじゃねぇかっ!」
見上げた先にあったのは、遥か遠くからやって来る大軍、ツークツック法師の大波であった。
おそらく羽化してから1週間経っていない、つまりこの森で生きている法師全てが、先程の意味すら理解出来ないヘタクソラップに寄せられてここへ集合しているのだ。
炎で焼き払ってしまえば……いや、セミはあれでいてなかなか脂がある、カッサカサだし、もしあのサイズのセミが火達磨のまま、大量に森へ落下した場合にはどうなるか、空飛ぶバケモノの前に地上の豊かな自然が壊滅してしまう。
かといって個別に潰していくなどということは出来ない、いや出来たとしても今日明日などと言っていられない程度には時間を要するはずだ。
ならば部隊を分けて、このセミ共に対処する班とこの先の装置とやらをどうにかする班に分けて……もちろん俺は後者だ、こんな奴等を相手にするのは気が引けるからな、ションベンひっ掛けられても堪らないし……
「よしっ、まずはリリィと精霊様、あとリリィにはセラが乗って空へ行ってくれっ! リリィはブレスを使わずに物理で戦うんだぞっ!」
『うぇ~いっ!』
「それから俺とミラ、カレンの3人で先へ進むっ! 魔導装置とやらを再起動させるんだっ!」
「待って下さいっ! 私は詳しく知っているわけではないので申し訳ないですが、どう見てもそのメンバーは物理主体ですっ! 装置の起動にはそれなりの魔法力が必要でしてっ!」
「じゃあユリナもこっち、念のためサリナもだっ! 残りのメンバーでここを守ってくれっ! あのキモい法師をこっちへやらないようになっ!」
『うぇ~いっ!』
ということで案内係の子を先頭に、ツークツック法師の群れから逃れて先へ進む。
しかし数が数だ、当たり前のように防衛ラインを突破してくる法師を相手にしつつ移動するのはなかなか骨が折れる……まぁ、俺は何もしていないのだが……
「急いで下さいっ! ほらっ、もうすぐそこですっ!」
「アレかっ! カレン、サリナを抱えてダッシュで向かえっ!」
「わうっ! サリナちゃんこっちっ!」
見えてきた装置だというものは、巨大な玉のような、水晶というか……とにかくプラネタリウムの屋根ぐらいの大きさを誇る何かであった。
そこへ到達したカレンがサリナを地面に降ろし、そのサリナが明らかにそれを起動させるためのコントロールパネル的なものに魔力を送ると……その水晶のようなものがパッと光ったではないか。
直後、自分の足で走って到達したユリナもサリナに加勢する、さらに輝きを増す装置、そして後方で法師の群れと戦っていたミラは、その装置の効果を実感していた。
「……凄いです、法師がヘナヘナになって落ちて……勝手に死んでいきます」
「そうなんです、実はこの装置、空飛ぶバケモノに対して有効な振動を出しているらしくて、あまりにも強いバケモノには効きませんが、弱くて群れを成すような連中には抜群の効果を発揮するんです、もちろんこの装置自体、そしてこの場所も町の機密事項なんですが」
「なるほどな、ちょっと前まではコレのお陰で空飛ぶバケモノの被害を最小限に抑えられていたんだな、しかしどうして急に止まってしまったりしたんだろうな?」
「それはわかりません、何者かによる干渉があったのはもう明らかですし、その何者かがあの法師の元となる怨念のようなものを撒き散らした、というところまでは確実にわかっているんですが……」
「その先、つまりその何者かの正体がまだわかっていないということだな、まぁろくな奴じゃないのはもう明らかだが」
単なる悪戯なのか、それともさらに大きな悪意をもってやらかしたのか、その敵の正体がわからない以上確認のしようもないが、とにかくそういう存在があるということだけは覚えておくべきだな。
しかしこれで空飛ぶバケモノも抑制され、この地域の空にはある程度の平穏が戻ってくるはずだ。
次は装置をしっかり守るよう対策を練っておけ、そう伝えるためにも、そして報酬や賠償など、諸々のものを受け取るために町へと戻ろう……
※※※
「ど……どうも申し訳ありませんでした、そのような方とは知らず……クッ……」
「おいおい、謝罪に誠意が足りないぞ、もっとおっぱいが床でボヨンッとなる程度には深い土下座をだな……あ、また俺の心を読んだりしたらタダじゃおかねぇぞ」
「……どうかお許しを」
町へ戻り、役所的な建物へ行って真っ先にやったこと、それは戦果の報告ではなく、首長のお姉さんに俺の正体を明かし、絶対に敵わない相手だと認識させたうえで謝罪させることだ。
この『舐められていたけど実は凄いお方でした』感がたまらなく良い、もちろん案内係の子にも改めて土下座させているし、白い目でこちらを見てくる仲間達の視線はもう気にならないレベルには図太くなった。
「でだ、もう今日は遅いが、明日の午前中には『物資』を頂きたい、もちろん出来るよな?」
「は……はい、仰せのままに……」
「うむ、では風魔法使いとムッキムキの漕ぎ手、それがそうだな、使い捨てにしたいし、それぞれ20程度、あとその連中の分も含めた1週間分の食糧だな」
「わかりました、それと、西方新大陸へ上陸する際、向こう側の政府に皆さんを推薦するための書状を……それで許して頂けるのですね?」
「うむ、ついでに査証の方も代理で貰っておいてくれ、それから俺達が空飛ぶバケモノの抑制に成功した最強かつ伝説の勇者様率いるパーティーで、とんでもなく素晴らしい正義の味方だとこの町に広めるように、俺様の銅像とかを造っても構わないからな」
「そ、それはさすがに薄汚……いえ、何でもございませんっ!」
首長のお姉さんは内部的には未だ反抗しているようだが、さすがに反撃したり、言うことを聞かなかったりということはなさそうだ。
とりあえず約束の品は翌日、役所的な建物の前で引渡しが行われた、もちろん興味を持って集まって来ている住民が多いが、あくまでもこれは『空飛ぶバケモノ対峙の報酬』という名目であり、お姉さん首長が昨日、無様に土下座して許しを請うていたことは広まっていない。
そのさらに翌日、西方新大陸へと上陸するための査証を手に入れた俺達は、首長と案内係の子の見送りの下、西の海岸沿いから船を飛ばす。
風魔法使いも、そして漕ぎ手となる連中にもキッチリ仕事内容を説明し、もし万が一俺達の遠征が終わるまで生きていることが出来た場合には、かなりライトで楽に死ねる方法で処刑してやる、という感じで一応のインセンティブを与えておいた。
まぁ、どうせこの先バタバタと死んでいき、それこそ帰りは俺達が自らの力をもって空駆ける船を稼動させなくてはならないという可能性も十分にあるが……
「……遂に陸地が見えなくなったわね」
「そういえばセラ、ここから先はどうやって航行するんだ? もう下は海だけだし周囲は空だけだぞ」
「大丈夫よ、この空駆ける船には最初から方向とか場所とかを探る都合の良い魔導具が搭載されていたもの、ほら、マップ上に現在地が表示されるの」
「ハイテクの極みじゃねぇかっ!? いや、これも魔導なんだよな、この世界においては……」
なかなかに凄いアイテムを眺めつつ、この先の海路、ではなく空路の確認をしておく。
西方新大陸の上空へ到達するのはまだまだ先だが、おそらく食糧も、そして『燃料』となっている馬鹿共の命も持つはずだ。
あとはもう、トラブルに見舞われて足止めを喰らわないこと、それを、それだけを祈るのみである……




