643 英雄になるために
空飛ぶバケモノが大量発生してしまっている西の果ての町、この先へ進むために必要な手続が出来るのは早くて明後日ということもあり、俺達はそのバケモノの問題を解決すべく立ち上がることに決めた。
ここは西方新大陸から来ていると思しきごく少数の人族を除けば、ほぼほぼ魔族ばかりの町である。
そのような町でも解決に至っていない恐るべき敵の数を減らすことに貢献すれば、きっと俺達に対する評価はうなぎ登りだ。
ということで一旦4人で街を出て、最初に俺達の姿を見て驚いていた門番魔族の所へと向かう。
これで上手く町の上層部に話が通れば早いのだが、もしダメならもっと別の作戦を考えなくてはならない。
リリィや精霊様、そして何よりも異世界人であるこの俺様が、魔族などとは違って『高位の存在』であることを明らかにしてみるか?
それともマーサやユリナ、サリナが元魔王軍の幹部であることを教え、その凄さに平伏させることによってゴリ押しで為政者と会うというのも手だな……
「あ、居たわよ、あのおっさん門番魔族、ちょうど休憩中みたいだし、話をしてみましょ」
「うむ、お~いっ! ちょっと良いか~っ!」
『ん? あぁさっきの人族連中か、もう町での用事は終わったのか? 帰るなら念のため護衛でも付けた方が良いと思うのだが』
「いや、ちょっとそれに関して話しがあるんだ、実はかくかくしかじかのアレがコレで……」
『……つまりだ、お前等があのバケモノ共の数を減らしてくれると、だから町の偉い連中にこの話を通せと、そういうことだな?』
「うむ、今の説明でわかるとは、多少は賢さが高いようだな、俺様ほどではないが」
『おう、俺は賢さには定評があるんだ、お前等のようなわけのわからないことを言い出す連中の話を適当にあしらうことが出来るぐらいにな、ま、目立ちたいからといって余計なことはしないことだ』
「やっぱダメか、仕方ない、一度船に戻って俺達の凄さを見せ付けるための準備をしよう」
やはりこういうことになってしまった、まぁそう簡単にはいかないということぐらい最初から想定済みだ。
だがこの門番魔族のおっさんを最初の窓口として利用する方針は変わらない、どうにかしてコイツにアッと言わせ、俺達のやろうとしている事が成し遂げられるのではないかと思わせなくてはならない。
船に戻った俺達は、その話をみなと共有し、どうにかならないものかと検討を始めた……
「なぇ、そんなの普通に私達の強さを見せてあげれば良いのよ、顔とかにパンチしたりしてさ」
「馬鹿かマーサは、相手は中級魔族だぞ、お前なんかがパンチ繰り出したら、振りかぶった際の風圧で消滅してしまう、とても強さを『見る』ところまでいかないぞ」
「あら、弱っちいのね、残念だわ」
「他に意見は……はいユリナ、ちなみにまともな意見じゃなかったらアレだからちょっと尻尾を貸せ、担保にしてやる」
「ひっ……あ、えっと、この船ごと町の横まで行ってやれば良いと思いますの、もちろん攻撃の意思がないことは全開でアピールつつですわ、こんなに凄い船を持っているならそこそこはやりよると思われるでしょうし、そこから上級魔族であったり何であったりの私達が降りて行けば……」
「なるほど、それは良い作戦かも知れないな、尻尾は解放してやろう、ユリナのこの作戦、皆はどう思う?」
「しょっ、小生は凄く良いと思うでござるっ!」
「いやお前に聞いてねぇよ、てか何勝手に参加してんだよ、本当に気持ち悪い奴だな」
「酷い言い草でござる……」
発言の権利を有しないキモブタウサギはともかく、他のメンバー達もおおむねユリナの作戦に皇帝的な態度を示した。
もちろん問答無用で攻撃を受ける可能性はあるが、それはどうにか凌いで着陸し、降りて行けばさすがにそれ以上は、という感じである。
「おし、じゃあとりあえずということで出発しようか、セラは念のため防御に徹してくれ、精霊様は……何かこう、キラキラ光るエフェクトでも出しといてくれ、行くぞっ!」
『うぇ~いっ!』
ということで出発、充填済みのエネルギーを用い、さらに下のゴミムシ共を一喝して船を稼動させる。
目指すは町の真横、あの門番魔族が昼の休憩時間を謳歌している門の前だ……
※※※
『何だっ!? お~い、空飛ぶ船が変な方向からっ!』
『どういうことだっ!? アレは西方新大陸の……陸地側から来るなんて……』
『ん? 甲板に人が立っているぞっ!』
どうやら攻撃はしてこない、というか空駆ける船自体は西方新大陸のものを見て知っている様子だ。
だがそれが陸地、即ち西方新大陸と逆の方角から来たこと、そしてその甲板に堂々と立つ俺達の姿に目が行っているらしい。
「やれやれ、これで俺達がまともな戦力を持った有能戦闘集団であることをわかってくれるかな?」
「ええ、ほらあんた、パーティーリーダーなんだからもっと前にでてアピールしないと」
「うむ、ではそうしよう」
「ちなみにそこ、床板が腐っているわよ」
「ん? なっ!? ぬわぁぁぁっ!」
『おいっ! 男が1人消えたぞっ!』
『すげぇ、アレは瞬間移動ってやつだっ!』
『凄まじい実力者のようだな……』
地上の魔族共は勝手に勘違いをしているようだが、床を踏み抜いて落下した俺が甲板に戻った頃には、船はもう精霊様の指示で着陸態勢に入っていた。
降りて行くと待っていたのは先程まで俺達のことを鼻で笑っていた門番魔族、休憩中に呼んでいたのであろうエッチな雑誌を手に持ったまま佇んでいる。
「よぉ中級魔族のおっさん、さっきは悪かったな、これが俺達の『本当の戦力』にして『最強のの仲間達』だ、畏れ入った?」
『う、うむ、見たところ上級魔族の方も居られるようだし、お前等のことについては上に報告した方が良さそうだと判断した、俺は賢さに定評があるからな、報告・連絡・相談が当たり前のように出来るんだ』
「そうか、じゃあ早速頼んだぞ、あ、船はここに置いたままで良いよな? 動かすのにも結構なコストを要するんだ、消耗品もダメになるしな」
『わかった、ではすぐに連絡してくるゆえそこで待っていると良い、一応入門審査待ちの者のための屋台とかもそっちの方にあるからな』
門番魔族が指差したのは高い壁に張り付くようにして並んだ屋台、空飛ぶバケモノに襲われぬよう、中級魔族がかなりの数で護衛をしているあたり、正式でまともな許可を得た屋台の列なのであろう。
とりあえず適当に美味そうなな屋台を探し出し、煮物だの焼き物だのをつまみながら待っていると、町の中へ入っていった門番魔族が戻って来たのが見えた。
鎧を着た上級魔族、一見人族にも見えるが、一応は魔族である美人のお姉さんを連れている。
どうやらあのお姉さんが町の偉いさん、またはその偉いさんが派遣した部下なのであろう。
屋台の方から声を張り上げて2人を呼び、手招きしてこちらへ来るよう促す……
「よう、早かったじゃねぇか、で、そっちの美人魔族さんは?」
「お初お目にかかります、私はこの町で将兵のなかのちょうど真ん中ぐらい、良い感じの中間管理職に位置する者です。今回は皆さんが空飛ぶバケモノの数を減らす作戦を提案してきたということで、微妙に期待しているのかしていないのかの中間ぐらいな感じで私が派遣された次第です」
「そっか、じゃあ早速俺達の雄姿を……」
「と、いきなり大々的にやるのは時間も掛かってしまいまして、それでやはり上手くいかないとなれば、忙しい私の時間的損失は計り知れません。ということでですね、まずは森にて、皆さんが普通に空飛ぶバケモノを討伐することが出来るのか、それを見極めさせて下さい」
「……イマイチ信用されてないみたいだな、まぁ良いや、じゃあ俺とセラで行こう、あ、もちろんバケモノを撃墜するのはこっちの魔法使いだぞ、他の皆はここで待っていてくれ、食べ過ぎんなよ」
『うぇ~いっ!』
空飛ぶバケモノなどそこら中に居るため、俺とセラ、そして監督のお姉さんは3人で、町やその外側に居る他の魔族達の迷惑にならぬよう、森の奥を徒歩で目指した。
上空には相変わらずプテラノドンだの何だのが飛び交っているのだが、俺達が危険な存在であることを認識しているのか、一向に襲ってくる気配がない。
森の中、絶好の襲撃ポイントに入った際にもそれは同様であり、監督のお姉さんはそのことに少し驚いた様子であった。
ただし、それが俺とセラの放つ『強者オーラ』によるものだとは考えてもいないはず。
この先へ、本格的な空飛ぶバケモノ討伐へ進むにはともかく、お姉さんに俺達の力を、というかセラの魔法の絶大な威力を見せつけ、納得させてやれば良いのだ。
そうすれば町の全面バックアップの下で作戦を遂行し、称賛を浴びつつ、『凄い連中』として西の海へ送り出されることであろう……
「あっ、気を付けて下さい、あそこに居るのはフライングヒューマノイド、かなり危険な敵ですよ」
「おう、そういえばそんなのも居たな、セラ、最初のターゲットはアレにしないか?」
「良いわよ、でもフライングヒューマノイドって結構賢さが高いらしいのよね、言葉が通じるかもだし、もしかしてだけど、生け捕りにして拷問したら情報を吐いたりして」
「それはあるかも知れませんね、交渉した結果腕1本だけ差し出して助かったという例がありますから、ですがそもそもあのバケモノを生け捕りなど、そんなことが出来る可能性は低いですよ」
「とにかくやってみるわ、勇者様、失敗して殺しちゃう可能性も高いけど、それで良いわよね? それっ!」
「うむ、なるべく上手くやれよ出来なかったら……と、肩口にヒットして……ダメじゃん、ぜってぇ死んだぞアレ」
「あらら、やっぱり脆かったわね……」
かなり威力を絞ったセラの魔法の直撃を受け、クルクルと回転しながら落下したフライングヒューマノイド。
地面にベシャッと叩き付けられたときにはもう事切れていたはずだ、弱い、本当に弱すぎる……
「えっと、早速ですがこの方が凄い風魔法使いだということがわかりました……って、何をしているのでしょうか?」
「いや、本来は生け捕りにしようとしたんだからな、失敗したからにはお仕置きだ、ほら、もっと尻を突き出せ、100叩きの刑だ」
「ひゃんっ! いでっ! もっとっ! ひゃうぅぅぅっ!」
せっかくのターゲットを殺してしまったセラには尻叩きの罰を、それを見たお姉さんはドン引きしている。
まぁ、強敵であるはずのバケモノを討伐したにも拘らず、それを失敗とみなされてお仕置きされているのだから仕方がない。
「それで、これで俺達がああいうのを簡単に倒せるってことはわかっただろう? この後は本格的な討伐に移行するんだよな?」
「え、えぇそうなります、そうなりますが……逆に時間が早いですね、もう少しサボ……いえ入念な確認をしても構わないでしょうか?」
「うむ、じゃあセラ、次からもフライングヒューマノイドを始めとした賢い系モンスターを見つけたら、わかっているな?」
「わかっているわ、わざと失敗してお仕置きを受けるのよね? あでっ、いてっ……ち、違ったのかしら?」
その後、スカイフィッシュだの恐竜だの、様々なタイプの敵を(セラが)倒しつつ1時間程度を潰す。
もう完全に信頼が得られた状態だ、討伐の証拠となる魔物のコアなどもかなりの数を獲得したし、そろそろ戻っても良い頃合であろう……
※※※
「ただいま~っ、いやお前等どんだけ食ったり飲んだりしてんだよ……」
「だって遅いんだもの、その子に実力を見せるだけならもっと早く帰って来られたでしょ?」
「ん、まぁこっち、というかこのお姉さんにも色々と事情があってな、で、そのお姉さんよ、これからどうするってんだ?」
「ひとまず町の中へどうぞ、役所に案内しますので、そちらで首長様と会って頂きます、ちなみに首長様は私と同じ種族でしかも美人です」
「よしっ! すぐに行こうっ!」
もう門番魔族に止められるようなこともなくなった俺達は、お姉さんに付き従って町のメインストリートを歩く……というかせめて馬車を用意して欲しいのだが? というか馬自体この町には少ないようだな……アレか、下級魔族の中には見境なく馬を襲って……
「あの、もしかして馬車がないのが不満なのでしょうか?」
「っと、心を読まれてしまったか、しかしどうしてなんだ? 見たところ比較的裕福そうな町なのに」
「それも空飛ぶバケモノのせいです、強い魔族が乗馬しているのであれば別に構わないんですが、馬車に繋いだ馬だとどうも狙われ易くて……」
「そういうことか、俺達にとっては単にバケモノが多いってだけだったが、実際にここで暮らしている連中はかなり苦労してんだな」
ということで馬車での送迎は諦め、そのまま歩いて町の中心部を目指して行く。
到着した建物は何というか……普通に市庁舎のような、近代的な建物であった。
もっとこう、異世界ファンタジー的なものでも良かったのだが、というかこの建物以外の街並みは完全にそれなのだが、どういうわけかここだけは堅苦しい、次からはネクタイを締めて来るべきだな。
で、中へ通された俺達は、赤いカーペットが敷かれた道に従って進んで行った。
到着したのはやたらと豪華な両開きの扉、間違いない、市長的なポジションの、しかも美人だという方の執務室だ。
「失礼致しますっ!」
『……入れ』
扉が開いた先に居たのはこれまた美人、確かに案内してくれたお姉さんと同じ、人族と見紛うようなタイプの上級魔族……だがおっぱいの方はこちらのお偉いさんの方が数十倍のボリュームだ。
アレか、この種族は偉くなればなる程、出世すればする程におっぱいのサイズが……ヤバい、めっちゃ睨んでいらっしゃる……
「ふむ、先程から私のおっぱいをいやらしい目で凝視しているのが1匹居るようだが、その男がバケモノを倒すというのか?」
「いえ首長様、この男は単に眺めているだけ、というよりも人にやらせて横から口を出すだけのカスであることを確認しております」
「え? ちょっと何言ってんのこの子?」
「そして私に実力を見せ付けて下さったのはこちらの人族の女性、なんとフライングヒューマノイドを始め、数々の空飛ぶバケモノを一撃で、眉ひとつ動かさず屠っておりました」
「なるほど、見たところ他にも人族の方が居られるようだが、その変態野朗以外は同様に強いと判断して良さそうだな、どこからどう見ても雑魚キャラの変態野朗以外は」
「あのね、俺様だってたまには怒ったりするんだぞ、謝罪して訂正をだな……」
「では皆さんにはこれから首長様より重要な話しがありますので、おっぱいガン見の変質者以外はどうぞお掛け下さい、あ、無礼者はこちらです」
クソがっ! どうして俺だけ廊下に立たされているのだ? なぜ両手に水の入ったバケツを持たされているのだ? 部屋の中では重要な説明とやらが進んでいるらしいのだが、それをパーティーリーダーの俺が聞かずしてどうする?
ほんの少しおっぱいを見ただけなのに、案内係の子のおっぱいと比較して適当な妄想をしただけなのに、どうしてこのように冷たい態度を取られる結果となってしまったというのだ……
部屋の中から時折聞こえてくるのは仲間達の『えーっ!?』という声、かなり面白い話を拝聴しているようだ、おっぱいを見ていることさえ見透かされなければ、いやこの世におっぱいなど存在していなければ……と、突然扉が開いたではないか。
「あの、首長様から少し静かにしているようにとのお達しです、間違ってもこの世から『おっぱいを消す』などという不埒な真似をしないようにとも仰っておられます」
「いやちょっと待て、確かに今おっぱいのことを考えていたが……ひょっとして声に出ていたとか?」
「そんなはずがありません、というか自分で声に出しているかどうかも認識出来ないアンポンタンだったのですねあなたというゴミは。で、首長様は『読心術』が使えるんです、あ、舌じゃなくて心の方ですよ。だからあなたのようなゴミの考えていることは手に取るようにわかりますし、それを知ってしまった以上私もあなたのことを存在価値のない腐ったゴミの詰まった革袋として取り扱いますので……ということでここからは無心で、何も考えることなく立っている、或いは死んで下さい」
そういうことであったか、というかそういう術があったのか、今回はもう知られてしまったため仕方ないが、次回からはもっと注意深く、相手がどんな術を使うことが出来るのかを見極めたうえでおっぱいをガン見しよう。
そしてあの首長様についてはどうせもう信頼を取り戻すことなど出来ない、カッコイイ感じで戦っても何も報われないというのであれば、この先はずっといやらしい目で全身を舐め回すように見つつ、チャンスがあれば揉み揉みしてやるのだ。
などと妄想を膨らませていたところ、もう一度でて来た案内係の子に殴られてしまった。
力に差がありすぎるため実際のダメージは完全なゼロだが、ゴミを見るような目、いやゴミとしか見ていない目で睨まれたことによる精神的ダメージは極大だ。
結局室内での話が全て終わるまで立ったまま待たされ、およそ30分後にようやく出て来た仲間達と剛s流することが叶った。
精霊様め、こちらを見て笑っていやがるな、というかあの首長様がそういう術を使うことぐらい見抜いていたはずなのに、どうして予め、コッソリ俺に伝えてくれなかったのだ。
と、まぁ文句もほどほどにして、俺だけが排除された場での会話の内容をキッチリ伝えて貰わなくてはならない。
このまま案内の子も伴って森へ移動するとのことだが、先程の森に何か秘密があるような雰囲気だな。
とりあえず、首長様の怒りが届かない場所まで移動した所で、セラ辺りに色々と聞いてみることとしよう……




