642 最果ての町へ
「はぁっ、はぁっ……オェェェッ!」
「吐いてんじゃねぇよこのウサギ野郎、キモいし食品サンプルがもったいないんだよマジで」
「と、とんでもないモノを食わされてしまったでござる、小生、これは一生の不覚……だがあのロリパイ娘の作ってくれたものであれば食品サンプルでも……」
「残念ながらアレを作ったのはきめぇおっさんだ、お前等を襲っていた盗賊の一味のな、真面目に働いていた頃は食品サンプル作りの匠だったらしい」
「そ……そんな……夢破れておっぱいあり……」
「何言ってんだコイツは?」
食品サンプルを吐き散らしながら公開しているキモブタウサギ魔族、そしてマーサの兄でもある存在。
その見た目の良さから、弱いにも拘らず上級魔族に列せられているウサギ魔族ではあるが、どういうわけかコイツにはその見た目の良さが遺伝していないらしい。
いや、もっと『普通な感じ』で生きていれば普通に良かったのかも知れない、こいつの敗因はキモオタ化、そしてさらに症状が進行してキモブタ化してしまったことにあるのは明らかだ。
「でだウサギ野郎、お前は勝手に俺達の船に乗り込んで来たんだから、こちらには食事の提供をする義務等は存在しない、それはわかるな?」
「しょ……小生は……」
「わかるなって聞いてんだよこのウジ虫野郎!」
「はぃぃぃっ!」
「よろしい、それでな、いくら何でも俺だってアレだ、正義を愛する最強の勇者様なんだ、だからお前には、いや不法侵入者のお前に対しても食事の提供をしようと考えている、もちろんそれなりの対価は支払って貰うがな」
「対価とは?」
「情報だよ、1日に有力情報を提供した数だけ食事を提供する、つまり毎日3つ、俺達が欲する有力情報を吐けってことだな、その情報がどのようなものなのかはその場に至らないとわからないがな」
「も……もし小生のもたらした情報が有力でない、または完全なガセネタであった場合などは……」
「そんときはお前の口と鼻と、それにケツから食品サンプルを詰め込んでやる、もちろんアッツアツのなっ!」
「ひぎぃぃぃっ! ナンマイダーッ! ナンマイダーッ!」
とりあえず脅しはこのぐらいにして、まずはコイツ、というかこの男を含む弱い魔族の集団がどうしてあんな所に居たのか、なぜ盗賊に狙われていたのかを質問してみる。
結果、帰って来た答えは至極単純なものであった、どうやらこの近くにある町で『聖地巡礼』なる行為に及んでおり、その帰りに大荷物を持って街道を歩いていたところ、あの何とか盗賊団に襲われたのだという。
まぁ、オタク系の弱い種族ばかりのパーティー……いや、この連中の中ではサークルと言うらしいが、そんな集団が色々と持ってウロチョロしていれば盗賊の目に留まるのは必定。
だがあの盗賊団の不運な点は、その連中が実は興味がある奴以外には全くもって価値のないモノばかりを所持していたこと、そして上空を行く俺達によって発見されてしまったことだ。
そして危ないところを助けてやった、もっともいざとなれば足掻いてもこのウサギだけは持ち前の俊足で逃げ切っていたであろうが、とにかく救助した俺達がコイツに対しての『貸しひとつ』を獲得しているのは明らか。
ついでに生殺与奪の自由を獲得することにも成功しているのだし、長い道中で徐々に要求をエスカレートさせていき、最終的にはもっとこう、良いように使いまくってやろう。
「それでもうひとつ、お前等、というかお前はここより遥か西にあるという西方新大陸には行ったことがあるのか?」
「小生でござるか? もちろんあるでござるよ、こちとら仕事もしないで300年、世界各地を遊びまわった筋金入りのニートでござるから、ちなみに資金は親のスネをニンジンの如く齧って調達したでござる、その中には妹のマーサが命を削って魔王軍から頂いたお給金、それを仕送りしたものが含まれていたのはもちろんわかっていたこと」
「お兄ちゃん、それもうサイテーよ」
「よしよし、マーサはちゃんと実家に仕送りしていて偉いな、で、そのクズ兄貴から見て西方新大陸はどんな感じだったんだ?」
「……とにかく、入国のハードルが高かったでござる」
「入国のハードルが?」
入国のハードルが高い、つまり上陸許可を得るためにかなりの労力を有するということだが、もちろんそれはこれからそこへ向かおうとしている俺達にも当て嵌まることだ。
もしこのまま、今乗艦しているわけのわからない空駆ける船で普通に接近したとしよう、おそらくそれでは入国、というか上陸自体が許可されない、最悪領海上で撃墜されて海の藻屑になってしまいかねない。
これでは拙い、迎撃してくる西方新大陸の者共を屠って無理矢理上陸すれば、それ即ち俺達が憎むべき敵ということ、そんなことをしていたら犯罪組織の制圧など夢のまた夢、むしろ俺達が犯罪組織だ。
もちろんこれから行く場所は全て、マリエルを筆頭に俺達勇者パーティー、つまりは王国の権威が行き届かないような場所、ゴリ押しでどうにかなるような地域ではない。
このマーサの兄(賢さ高め)が船に侵入することをうっかり許してしまって良かった、コイツの情報がなければ、俺達はいずれ新大陸において『密入国者』をして排除されるような立場に立っていたことであろう……
「で、それじゃあさ、お前等はその難易度の高い入国、というか上陸をどうやって成し遂げ立ってんだ?」
「小生も知らなかったことでござるが、西方新大陸への窓口となる町、おそらくこの船が今目指している西の果ての町で『査証』をゲットしないといけないでござる、小生はそれを知らずに海を渡ってかなり困った事態に陥ったでござるよ」
「足止めを喰らったってか、でもそれで入国出来たんだろう? どこにそんな裏技的方法があったんだ?」
「いや、海上で船に乗ったまま途方に暮れていたところ、『野生の行政書士』なる男が現れて入国の申請を取り次いでくれて……」
「それぜってぇ『密入国ブローカー』だろっ! ふざけんじゃねぇぞこの密入国者がっ!」
「いやそんなことはなくて、当時受け取った今現在のステータスがわかる『魔導名刺』で……あれ? 『死刑執行済』になっているでござるよ、はてさてどういうことなのか?」
「だからソイツ普通に犯罪者なんだってば……」
とにかく海沿いにある、当初より目的としていた町へ立ち寄ることは必須のようだ。
そこで俺達の身分等を説明するべく西方新大陸の在外公館的な所へ行き、真っ当な感じで入国を可能にしよう。
間違ってもこのアホなキモブタウサギのように違法な手段での上陸を試みてはならない。
とにかく相手側から嫌われることなく西方新大陸の土をこの足で踏みしめるのだ。
そこからおよそ3日、遂に海沿いの町、この大陸において最後に立ち寄るべき町が遠くに見え始めた。
姿を隠すように進行方向をズラし、まずは少し離れた森にて着陸すべき場所を探していく……
※※※
「え~っと、あ、あの辺りに着陸しようか、そしたら町まで歩いて行けそうだぞ」
「わかったわ、じゃあ漕いでいるみなに伝えておくから、下の燃料共へは勇者様がお願い」
「おう、頼んだぞ」
伝声管から大声で叫び、下でこの3日程度の間休むことなく風魔法を使用し続けていた元何とか盗賊団のメンバーに労いの言葉を掛ける。
どうやらたった3日のうちに『3個』も消耗してしまったようだ、使い終って空になった『燃料箱』を放っておくと腐ってしまうからな、あとでその辺に投棄してしまおう、魔物や野獣の餌にもなるし、コレは非常にエコな行いだ。
と、そのうちにズシッという感覚を覚え、窓から外を見ると地面がすぐそこにあった。
着地も上手く行ったようだし、改めて町へ向かう準備を始めよう。
「さてと、足漕ぎ班はエネルギー充填があるからまだ動けないし、それ以外で買出しのために町へ行く班を募ろう、行きたい者は挙手!」
セラ、カレン、リリィの手が挙がったため、俺とそのメンバーで船を降り街を目指すことが決まった。
もちろん今回は『偵察』も兼ねてのことだ、安全であり、特に問題がないことを判断したら一度全員で行って食事などをしよう。
「え~っと、買って来るべきものはリストにまとめてあるし、あと他に何か欲しかったりしないか? 特に足漕ぎ班、疲れているだろうからなにか甘いものとか……と、ルビア、何が欲しいんだ?」
「はいっ! ご主人様からの愛の篭った甘いお仕置きが欲しいですっ!」
「そういうのは後にしてくれ、他は……何だマーサ、ニンジンなら既にリストに入っているぞ」
「畑の支店を創りたいから土地買ってちょうだい」
「精霊様、食品サンプルのニンジンでマーサにカンチョーしてやってくれ」
「はうぁっ! こ、これはこれでなかなか……」
馬鹿なことばかり言う連中は放置し、とりあえず4人で船を……と、ついでに空になった『容器』を捨てに行こう。
下でゲッソリしていた何とか盗賊団の元頭に命じ、梯子を使ってソレを持って来させる。
少し離れた場所に棄てないとアレだな、臭くなったり変な虫が沸いたりしそうだからな、出来る限り遠くへ、かつブツを引き摺っているこの頭が逃げ出そうとしない場所……と、何だ? 上空に影が……
「ぎゃぁぁぁっ! ぷ……プテラノドンがっ! ひょげぇぇぇっ!」
「あ、頭の人、変な恐竜に攫われちゃいましたよ、どうしますか?」
「クソッ、貴重な風魔法使いを1匹持って行かれるとは、だがあの感じではもう助からないな、諦めよう」
というか良く見るとこの周囲、かなりの数の飛行系モンスターが飛び交っているではないか。
プテラノドンだけではない、明らかに魔物な奴だとか、ついでにフライングヒューマノイドまで居る。
何なのであろうかこの地域は? 人を攫うような空のバケモノが大量に居る中で、どうやってこの先にある町の安全を確保しているのであろうか?
疑問に思いつつ歩を進めると、しばらくして町の入口が……堅く閉ざされているのが見えた、高いなと思っていた周囲の壁には所々に兵士の姿もあり、その守りの厳重さはひと目でわかる。
さらに近付くと門の前にも兵士が立っている、それらは中級魔族と下級魔族の混合のようで、上級魔族らしき姿は今のところ見当たらない、壁の上の兵士らも同じだ。
門の前にはそこそこの数の魔族が集まって居るのだが、どうやらメインの門は閉ざしたまま、横に付いた小さな出入り口から出入りさせているらしい、審査は単純に怪しいかどうかぐらいのようである。
とりあえず俺達も並ぼう、この様子であればすぐに順番が回ってきて、簡単なチェックのみで中へ入ることが出来るはずだ……
『おいっ! お前等はちょっと待ちやがれっ!』
「は? もしかして俺達のことを言っているのか?」
『そうだっ! てか当たり前だろう、こんな所を平気で歩いている人族など見たことが……いや、ひょっとして西方新大陸の連中か? 奴等は不思議なクスリで魔族領域の瘴気にも耐えるとか何とか……』
「まぁ、ご想像にお任せします、通って良い?」
『うむ、弱い人族にとって外は危険だし、町の中へ入ることは許可しよう、追い出してすぐバケモノに喰われたりしたら寝覚めが悪いからな』
「あ、そうそう、どうしてこの町の周りはあんな空飛ぶバケモノだらけなんだ? ちょっと異常な気がするんだが……」
『それには少し理由があってだな……』
門番の魔族曰く、あの空飛ぶバケモノの大群はこの町の権限で放たれたものが大量に繁殖したり、魔物については分裂したり倒してもそのうちに復活したりして増えているのだという。
元々は西方新大陸からやって来る犯罪者、それが乗っている空飛ぶ船や虚舟などを撃墜するために放たれたとのことだが、その新大陸と正式な交友関係が結ばれ、向こう側で犯罪者の出国を厳しく取り締まるようになった今では無用の長物、むしろ邪魔になっているのだ。
まぁ、これは『ハブを倒すためにマングースを入れた⇒マングースだらけにっ!』というのと似た現象か、少し違うかも知れないがそんな感じで困ったことになっている状況であるのは確かだな。
それで、門番魔族の話はそこからさらに盛り上がりを見せ始める……
『でだ、ここ最近まではたまに弱い魔族が喰われるぐらいの被害しかなかったんだが、どういうわけか今になって物凄い被害でな、毎日50人程度はあの飛び交っているうちのどれかに喰い殺されている感じなんだ』
「そうか、いや俺達もさっき捕まえてあった盗賊団の頭を持って行かれてな、ちょっと気になっていたんだがそういうことだったのか」
『うむ、だから十分気を付けるように、他にも人族や弱い魔族の旅行者を知っていたら教えてやると良い』
「わかった、肝に銘じておくし情報も拡散しておくよ」
正直言って俺達にとってはあんなバケモノなど脅威ではない……マーサの兄のキモブタウサギは除いての話だが。
というかあのキモブタの仲間、弱い魔族ばかりであったが大丈夫か? せっかく盗賊団から助けてやったというのに、喰われて死んで俺達への恩返しを忘れたりしていないか?
と、今はあの連中のことなどどうでも良い、ひとまずこの城門を潜って町の中に入るのだ……
※※※
「ふむ、結構広い町だな、屋台もかなり出ているぞ」
「ご主人様! お肉! お肉の屋台ですっ!」
「カレンちゃん、こっちにもお肉がっ!」
「おいコラお前等! バラバラの方向に走り去るんじゃないっ! 迷子になったらさすがに見つけられんぞ」
初めて入る町に興奮するカレンとリリィ、とりあえず俺はカレンと、セラがリリィと手を繋ぐことで問題は解決した……いや、俺とセラも手を繋いでおこう、せっかくだしな。
で、魔族の町の良くわからない食べ物や飲み物は回避し、人族でも比較的安心して食べられそうなものを探していく。
というか、人混みの中に人族らしき奴が混じっているのは西方新大陸からの旅行者か? あの犯罪者共やPOLICE連中もそうであったが、あの門番魔族がいっていたように魔族領域の瘴気の影響でハゲにならないようなクスリを使っているのであろう、おそらく俺達のものと同じかそれに類似するものだ。
ひとまず買い物を済ませると、セラの提案で一度商店街らしき通りを端から端まで歩いてみることに決まった。
通りの中央には巨大な噴水と広くなったスペースがあり、まるで王都の王宮前広場のような空間が広がっている。
犯罪者らしき下級魔族の処刑も行われており、それに向かって石を投げるなどして楽しんでいる民衆が居るのも王都とさほど変わらない、つまり人族であろうが魔族であろうが、一般大衆というのはほぼほぼ同じ動きをするものということだ。
で、唯一違うのは壁に貼られたポスター、なんと魔王の肖像画が入っている魔王軍への参加者を募るためのものであった。
ムカつくので魔王の目の部分を刳り貫いておこう、これで目が節穴になり、面接でとんでもない無能野郎などを間違って採用してしまえば良い……と、憲兵らしき魔族がこちらをガン見している、あまり目立つ悪戯はしないほうが無難かな。
「あっ、見て下さいご主人様、あっちの門の上、兵隊さんと変な鳥が戦ってますよ、アレを丸ごと焼き鳥にしたら……」
「本当だ、意外と苦戦しているみたいだな」
「ねぇ勇者様、もしかしてさ、あの空飛ぶバケモノ達の数を減らしてやったりしたら……」
「む、もしかしたら俺達、めっちゃ尊敬されるかもな、そんなに強い奴等は居ないだろうし、海を渡る前にちょっとやってみるか?」
「そうね、でもその前にアレよ、西方新大陸へ渡るための査証? をゲットしに行かないとよ、場所だけ確認して、後で仲間全員連れて行きましょ」
「おっと、そうだったそうだった、危うく忘れてあのキモブタウサギみたいに密入国するところだったぜ」
ということでその辺にあった案内地図を頼りに西方新大陸にあるという国の在外公館を探し出す。
少し迷って辿り着いた場所は、いかにもウェスタンな……バーのような建物であった、ちなみに横にある『荒野のガソリンスタンド』のような店は何なのだ……
「ご主人様、あの風に吹かれてコロコロしている草の塊みたいなのは何ですか? というか意味があるんですか?」
「ん? あぁ、アレはウェスタンな感じを表現するためにそうしているんだ、あのコロコロが転がっている中で、ウェスタンな犯罪者共が使っていた『玉の出る筒』を使って決闘とかするんだぞ」
「へぇ~、あんまり意味はないんですね……」
「勇者様、ホントにここなのか確かめるためにも少し中を覗いて行きましょ、あのちょっとしたゲートみたいな扉とか、とても重要な施設とは思えない感じだもの」
「だな、念のため中へ入ってみよう、酒が飲めるかも知れないしな」
などと期待しつつ、いい加減な造りの扉を押して建物の中へ入る、出迎えてくれたのは明らかなバーテンダー、とても役人とは思えないが人族なので西方新大陸の人間なのであろう。
「はいいらっしゃい、何にするかね?」
「生ひとつ、いやふたつと、カレンとリリィは?」
「ミルクで」
「私はそっちの強いお酒で」
「ということで……じゃなくてだ、ここ、西方新大陸へ上陸するための査証を発給する場所だよな?」
「ああ、そっちのお客さんだったか、申し訳ないが今日と明日は休みだよ、定休でね、なので来るなら明後日、渡航希望者全員で来てくれよな」
「そういうことか、わかった、あ、生ふたつとミルクと強い酒はキャンセルじゃないぞ」
そういうことであれば話は早い、今日と明日を使ってセラが目論んだ通りに空飛ぶバケモノ退治をしよう。
もちろん大々的に、俺達が正義の味方である点を強調しつつだ。
さて、それを仲間達に伝えて……あとはこの町の管理者にもその旨伝えておかねばならないな、よし、あの門番魔族に頼んで上に事情を説明して貰おう。
とにかく空のバケモノ狩りをこなすミッション兼レクリエーションのスタートだ……




