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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十七章 大海を越えて
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641 上空から

「……ということなんだ、どうするよこれ?」


「どうしようもないですね、時々どこかに降りて休憩するしかないと思います」


「だよな、そうすると到着までに要する時間が2日分ぐらい増えそうだな……」



 空駆ける船をゲットし、さらにその軌道まで上手くいって浮かれていた俺達。

 漕ぎ手……はストックがあるため別に良いとして、セラの体力回復について一切考えないまま飛び立ってしまったのである。


 そして眼下に広がるのは広大な森林、湖もなければ泉などもなく、どう考えてもこの船を降り立たせる場所があるとは思えない。


 というか、補修などしていないため、もし開けた場所があったとしてもそのが『水面』である可能性が高い以上、そのまま沈んでしまうかも知れないこの船を着水させるわけにはいかないのである。



「う~ん、あ、もうこうなったらどこかで集落でも探しましょ、そこを滅ぼして目ぼしい奴を奴隷化するの、使った後は殺してしまえば証拠は残らないわ」


「それは勇者パーティーのやることではありませんっ! 精霊様、もうちょっと正義に準じた作戦をだな……」


「じゃあ適当に騙して連れて来ましょ、こっちも殺してしまえば証拠は残らないわ」


「それもうすげぇ犯罪じゃねぇか……」



 デタラメな作戦を考える精霊様、まぁ本当はそうするのが一番の近道なのだが、生活の拠点としている王都から遠く離れた、しかも人族の領域ではない地に俺達は居るのだ。


 今この場で集落や魔族の集団を発見したとして、それが善良な者なのか、憎むべき敵であってその命をこちらでしゃぶり尽くしても構わないような連中なのかは容易に判断することが出来ない。


 まぁ、どこかにお手頃なモヒカンの集団でも居れば話は別なのだが……と、そう考えながら窓の外を眺めていると、どうやらそれらしき連中が地上で何やらやっているではないか……


 と、良く見るとモヒカンの1匹、いや数十匹居るモヒカンのおよそ半数が風魔法を操り、ターゲット、というか被害者らしき旅人の集団を襲っているではないか。


 これはチャンスだ、女神アホが与えたもうた奇跡に他ならない、早速船を降下させて、襲われている旅人を助けるとともに『燃料』をゲットするのだ……



「セラ! ちょっと降下だ降下!」


『え? どうしたの勇者様、私はまだまだ元気いっぱいだし、魔力もあと5時間は持つわよ』


「そうじゃない、正義の執行兼もっと効率良く先へ進むための『燃料』が見つかったんだよ」


『何それ激アツじゃないの、わかった、降下は初めてだからちょっと揺れるかもだけど我慢してちょうだいね』


「おうっ、じゃあ頼んだぞ」



 伝声管越しのセラ、そして後ろでロードバイク的なマシンを漕いでいる4人にも減速をお願いし、さらに敵の位置を確認しながら微調整も掛けつつ、ゆっくりと空駆ける船を降下させていく。


 地上で襲われているのはマントを羽織った旅人が5人、もちろんその旅人も、そして『俺達のターゲット』にも未だこちらの存在が気付かれる様子はない。


 まぁ、上空から船が降りて来ることなどそうそうない、というか初めての経験であろうから気付かないのは当然だ。

 この世界において幾度となくとんでもない経験をした俺でさえも、もし何も知らずにその状況を迎えた場合はきっと二度見する。


 ジワジワと高度を下げ、襲っている側も襲われている側も完全に船の影に入ったところで、ようやく襲っている側のモヒカン野郎が後ろを振り向き、こちらの存在に気付く。


 一度は何事もなかったかのように前を向き直ったのだが、やはり二度見したか、驚愕の表情で立ち止まったそのモヒカンは、接近しすぎたことによって俺達からも視認出来なくなってしまった。


 まぁ、コイツは風魔法使いではないようだから別にどうでも良い、ということでプチッと船体が地面で削れてしまわぬようにするための緩衝材としての役割を果たして頂くことに決め、そのまま上に乗り上げる。


 飛び散ったモヒカン汁が良い潤滑剤になったのであろうか、ズズズッと着陸した空駆ける船は前方を行く集団のギリギリのラインまで接近した。


 驚き、足を止めたのは襲われている側も同じであったのだが、襲っている側ももう襲撃、いや追い剥ぎどころの騒ぎではない様子、完全に固まってしまっている。



「よしっ、風魔法使いがどいつなのかは皆確認してあるな? 降りて行ってそいつらだけは確保、残りの敵は始末して……と、どうしたマーサ、浮かない顔しちゃって」


「……あのね、襲われてた人達、中にわたしのお兄ちゃんが居るのよね」


「またあのオタクウサギか……」



 以前出くわしたのは確かアイドルとして悪い連中に利用されていた元大魔将にして純粋魔族、フルートの城でのイベント参加者としてだ。


 そのときはマーサが嫌がったため会話などしていない、というかこちらの存在自体認識されていなかったのだが、今回は『救助する』以上そういうわけにもいかないはず。


 まぁ、別に兄に出会って会話するというぐらいでどうこう……本気で嫌そうだな、確かに『キモブタ』を自称する謎のウサギ魔族が兄である、などという状況を仲間達に見せつけることになるのは普通に最悪だな……



「え~っと、早くしないと連中に逃げられそうなんだが……マーサはちょっとこの『能面変身セット』を使え、向こうもキモい能面でフード付きのマント被ったのがまさか妹とは思わないだろう」


「え……ダサい……しかも臭いを嗅がれたら一発でバレるんだけど……」


「……確かにそうだな、よし、じゃあマーサはここに残れ、俺達だけでどうにか誤魔化してくるから」


「そうするわ、間違っても連れて来たりしないようにね」


「はいはい、任せておけって」



 心配そうにするマーサには安心するようにと念を押して伝えておき、俺達は船から降りて『ターゲット』の下へと向かった……



 ※※※



「よぉモヒカンのチンピラ共、正義執行のお時間だ、風魔法使い以外は全員惨殺してやるからそこへ並べこのクズ共がっ!」


「な……何だとっ! 貴様、俺達が『風の盗賊団』だと知ってそんなこと言ってんのかっ!」

「そうだぞっ! わけのわからん空飛ぶ船から降りて来たと思ったら、いきなり何だってんだっ!」


「いや、だからさ、その船の動力源として風魔法使いが欲しいんだってば、そのぐらい察してくれると助かるんだが……まぁ良いや、ミラ、ジェシカ、風魔法使い以外は殺っておしまいっ!」


「げぇぇぇっ! 何だこの女共はぁぁぁ⁉」

「ひ……人族……こんな所に……どう……して……」

「死にたくねぇ、死にたくねぇよぉぉぉ……ごえふぉっ……」



 船から降りた俺達は、ひとまず弱すぎる何とか盗賊団の不要な部分を、まるで肉の脂身でも削ぐかのように排除していった。


 そして必要な品、つまり風魔法使いは決して、1匹たりとも逃がさぬように監視しておく。

 もっともこの状況で逃げ出そうなどと考える者は居ない、というか未だ何が起こっているのかを把握し切れていない者が多いはずだ。


 しばらくの後、その場にあったのは追われていたマーサの兄を含む弱い魔族の一団と襲っていた盗賊団の死体の山、そして俺達がこれから壊れるまで使用する予定の『風魔法発生装置共』であった。



「お頭! 風魔法使いじゃねぇ下っ端共が全員殺られちまいましたぜっ! 早く逃げねぇと、この悪人共は俺達を狙ってるみてぇですぜっ!」


「おいコラ誰が悪人だっ! てかどっちが悪人共だよ全く……」


「何か喋ってますぜっ! お頭、どうするんすかお頭!」


「……えっと、その……頼むっ! こいつらはどうなっても良いから俺様だけは助けてくれっ! なっ? ほら、この獲物もお前等にやるからっ! あと何でも望みのものをやるっ! だからっ……」


「そうか、じゃあお前の労働力を提供しろ、もちろん死ぬまで、無休&無給で使わせて貰うからそのつもりで、よし、移動開始だっ!」


「そ、そんなぁぁぁっ!」



 何とか盗賊団を武器を用いて脅し、また抵抗しようとする馬鹿には使えなくならない程度の傷を負わせて船へと誘導してやる。


 この連中はもう生き物ではなく『ブツ』だ、生きるだの死ぬだの、何かを食べたり飲んだりウ〇コしたりといったことはもう無縁となり、ひたすら風魔法を使い続けるだけの何かへとなり果てたのだ。


 さて、燃料を確保したところであとひとつ、襲われていた弱い魔族達の様子だが……ヒツジ魔族、ヤギ魔族……ウサギ魔族が居ないような気がするのだが……



「えっと、ちょっとお前等に聞きたいんだが……仲間にさ、ウサギ魔族の野郎が居たりしなかったか?」


「あ……その……その男ならそなたらが現れた際に真っ先に逃げたでござるよ、小生達と違って足が速いゆえ、きっとそなたらの乗って来た不思議な船の中に飛び込んだものと推測することが可能なのでござる」

「ぼぼぼぼ、僕もそう思うんだよ、かかかか、彼は一流のキモブタ、スタッフを飛び越えてアイドルに接近したり、ああああ、あとどう考えても間に合わないと思われたアニメの放送時間にその俊足を生かして……」


「……マジかっ⁉」



 気が付かないうちにキモブタウサギ野郎が船内に侵入していたとは、このままではマーサに怒られてしまう、何としてでも出会ってしまう前に『処理』しなくては……



 ※※※



「ねぇ~っ! ちょっと何で居るのよっ⁉ どっから入って来たのっ⁉ ちょ、やめっ、くっつかないでぇぇぇっ!」


「良いではないか~っ、良いではないか~っ、マーサよ、小生はお前の兄であるのだぞ、幼き頃よりオタク英才教育を施した結果がまるで反映されていないお前には再教育が必要でござるっ!」



 間に合わなかった、船内に戻ってすぐに見た光景は、完全にキモブタスタイル、牛乳瓶の底かと見紛うような眼鏡を掛け、赤と黒のチェックのシャツをズボンにインした馬鹿野郎、それがマーサに引っ付いている姿であった。


 通常であればこの場で直ちに排除、跡形もなく消し去ってしまうところだが、こいつが確実にマーサの兄であること、そしてマーサ自身がそれをブチ殺して逃れようとしていないことを尊重し、手は出さないでおく。


 まぁ、とりあえずマーサが嫌がっているのは事実なので、どうにかしてこのキモブタウサギ魔族を引き剥がす方法を考えることとしよう……



「おいっ! サッサとマーサから離れるんだこのキモ野郎! 嫌がっているのがわかるだろっ!」


「なななっ、何とっ……あれ? 普通の男ですな、小生てっきりいつもの如く『職務質問』されたのかと思いましたぞ。職務などないニートの小生にとってはあの『ご職業は?』という言葉、『死にたいのかボケ』と言われているのと同じ、苦痛、屈辱、勘弁してくれの3Kなのですぞっ!」


「いや職質じゃないけど離れろよ、あと働け」


「そうよお兄ちゃんっ! あんたもう300年もニートやってんじゃないのっ! アイドルだかアニメだか知らないけどさ、それを見に行く暇があるなら『転職の大神殿』に行きなさいよねっ!」



 妹に説教されるニートの兄、何と情けない野郎だ、そしてこの世界における『アニメ』とはどのようなものなのか? アイドルが居るのはわかっていたが、テレビもネットもないというのにどのようにしてアニメを放送するのであろうか?


 と、それは今どうでも良い、このキモブタウサギが既にマーサのことを発見してしまっている以上、ここでつまみ出して帰れというのはさすがに酷。


 であればコレの利用方法はひとつ、その働きもせずに世界各地を回って得た知識、もちろんこの先、西域にある様々なものについての知識を提供して頂くこととしよう。


 怒られてもなおマーサにへばり付いていたキモブタウサギを引き剥がしとりあえずその辺に置いてマーサとの距離を取らせる。


 しかし良く見ると凄い出っ歯な野郎だな、本当にマーサと血が繋がっているのかと疑問に思う程度のキモさ、そしてキモブタ加減だ。



「それで、マーサの兄よ、少し質問をさせて貰うぞ」


「シャラァァァップッ! 職質ではないとわかった以上、小生は君の話など聞く耳を持たないのでござるっ!」


「うわウザッ! 何なんだよコイツは……てかまたマーサに近付こうとしてんなっ!」


「マーサ、小生はあの凶悪な強盗団から逃げる際に財布を失ってしまったでござるっ! 聞くところによると我が妹であるお前は魔王軍でかなりの出世を……」


「何よもうっ! お金なんか貸さないし、今の私はそもそも自分でお金なんて持ってないのっ! 借金ならパーティー資金を管理しているミラちゃん、そっちの子ね、その子に依頼してよ」


「……こっ……これはっ! あぁ、何と麗しいっ! まさかこんな所で人族の巨乳ロリカワ系美少女に遭遇するなんてっ! ちょっとおっぱいもませて欲しいでござるぅぅぅっ! っと、どうして避けるのでござるかっ!」


「いえ、マーサちゃんのお兄さんかもしれませんが、今のはさすがに殺す寸前でしたよ、反撃せずに避けただけに留めたことを感謝して頂きたいところです、というか今からでも殺しましょうか?」


「クッ、ロリおっぱいに触れずに果てることになるとは……ならば小生、ダメ元で最後の特攻を敢行するでござるぅぅぅっ!」


「はいストーップ! お兄ちゃん、ちょっと調子に乗りすぎよ、私の仲間にエッチなことしようとしたらダメなの、あと真面目に仕事見つけてちょうだい」


「マーサよっ! お前も敵であったかぁぁぁっ!」



 結局話にならないキモブタウサギは船室に閉じ込めておき、獲得した『燃料共』を死なない程度に殴って労働させ、船を出発させる。


 ちなみに使い道のない他の魔族達、即ちマーサの兄の友人らなのだが、こちらはニートばかりで金も持っておらず、荷物も変なキモいポスターだの薄い本だのばかりであったため、特に報酬も請求することなく帰らせた。


 しかしどうにかしてマーサの兄からはこの先の様子を聞き出したいところだ、もしかしたら西方新大陸にも行ったことがあるかも知れないし、またそこからさらに西へ、1周回った先の島国に行ったことがあるのはかつてのマーサの証言から判明済なのである。


 今見知った顔の中でそんな遠くへ行ったことがあるのはもう間違いなくコイツだけ、超昔からこの世界に存在している精霊様でさえ海を越えた先へは行ったことがないようだし、全てを知っている女神に関しては、今回が『人間同士の争い』である以上、どれだけ拷問を加えたところでそれに答えたりはしない。


 しかたない、ここは好きな食べ物などで釣るなどしてご機嫌を取り、どうにかして心理的距離を縮めることとしよう。

 相手はウサギ魔族、そしてマーサの親族、となればもう使うべきはひとつしかない、ニンジンを餌にして釣り上げるのだ……



 ※※※



「え~、ではこれより、『第一回キモブタウサギ篭絡作戦』を実行に移す、総員、ニンジン用意! おいマーサ、食うんじゃねぇ」


「てかさ、わたしのお兄ちゃん意外と舌が肥えてるから生のニンジンぐらいじゃどうにもならないわよ」


「ニートなのにか? 世界中を旅しているとニートでも舌が肥えるのか? おいじゃあどうするんだ、やべぇクスリでも入れておくか?」


「鼻が利くからきっとバレるわよ」



 作戦実行直前にして、マーサ兄のガードが意外と固いということがわかってしまった。

 だが今は保存に適した水分の少ないこのニンジンしか持ち合わせがない、そしてどう料理したら喜ぶのかさえまるでわからない。


 仕方ない、こうなったらやはり暴力をもって解決するしかなさそうだ。

 幸いにも奴はマーサと違って弱い、ゆえに殺さぬよう細心の注意を払う必要があるのだが、そこは良い感じに頑張ればどうにかなるはず。


 いや、物理的な暴力よりも精神的に攻めた方が効くか? 職質される程度のことでかなりメンタルを削られてしまう性格のようだし、その方が何となく良さげだ……



「ミラ、ちょっと『最高級のニンジンを使ったソテーとスープのセット』の『食品サンプル』を用意してくれ」


「わかりました、可能な限り精巧で、あと出来立てでホッカホカのものを用意します」


「うむ、湯気とか出ているとなおGOODだ、それを使って騙し、口に入れさせるという嫌がらせをしよう、マーサ、それで大丈夫そうか?」


「ええ、サイテーだけど別に構わないわ、普通に効くはずだし、ニートのお兄ちゃんにはそろそろお仕置きが必要だし」



 ということで早速調理、ではなく食品サンプル作りに取り掛かる、なお、ミラが作ったものは造形や質感がイマイチであったことから、船の底で動力源としている馬鹿共の中から『元食品サンプル作りの匠』を捜し出し、ブン殴って無理矢理作らせた。


 そして出来上がった極めて精巧な食品サンプルを手に、俺達はマーサの兄のキモブタウサギ野郎を封印している薄汚い小部屋へと向かう。


 もちろん食品サンプルは見た目が似ているというだけで食品ではない、ゆえに触られるとその正体を看破されてしまう可能性があるため、ここは先程痴漢被害に遭いそうになったミラが、恨みを込めて食べさせる係を買って出た……



「は~い、こんにちわ~っ! ウサギ殿、先程は失礼致しました~っ! でですね、こちらお詫びの気持ちを込めた私の手作りニンジンソテーになりま~っす!」


「おぉーっ! なんとっ、なんとなんとなんとっ! 先程のロリ巨乳の子が小生に『あ~ん』してくれウるとはっ! 小生、君のファンになっちゃうかも、推しの子誰? って聞かれたら君の名前出しちゃうかもっ!」


「マジでキモ……いえなんでもありませ~んっ! はい、あ~んっ!」


「あ~んっぐぽっ! ボェェェッ! ちょっ、こっ、これ食品サ……ひょげぇぇぇっ!」


「はいは~いっ! 遠慮してないでもっとた~くさん召し上がって下さ~い、おかわりもありま~っすっ!」


「ぎっ、ギブッ! 小生にはもうタオルが投げ込まれて……ぶぼふぉっ……」



 こうしてマーサの兄と仲良くなることに成功した俺達であった、さて、落ち着いたらこの先に続く西域に関しての情報を引き出すこととしよう……

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