640 動力は
「だからこの船は飛ぶのよ、空を」
「いやだからどんなだってそれは……」
精霊様が言うにはこの船は空飛ぶ船、転移前の世界であれば夢のような話なのだが、この世界においてもそれは同じらしい。
日頃から当たり前のように空を飛んでいる精霊様と、それからリリィ以外は納得がいかないという表情。
だいたい『空を飛ぶ』のであれば別に船の形をしている必要はないと思う。
それこそ飛行機や、技術者のおっさんやあの犯罪者共が用いていた『虚舟』的なマシンを使えという話だ。
まぁ、そうは言っても精霊様の言を疑ったり、意味もなく否定しているだけでは埒が明かない。
ここはひとまずは詳しい話だけでも聞いて、それでなお意味不明であった場合には凄くディスってやろう。
「そんで、精霊様は何を根拠にこの船が『飛行船』だなんて主張を展開するんだ? 確かにこんな所にあるのはおかしいが、だからといって空を駆ける船だなんて……」
「魔法よ、魔法の力で浮くの、風魔法と火魔法、あ、火魔法は燃料を使わないと機能しないみたいだけど、あとは……」
精霊様が説明するには、この船自体の船底には風魔法を発生させるための『いくつかの装置』が取り付けられ、また、メイン動力を発生させるための動力室には、あの犯罪者共が使っていたのと同じ『火魔法でバーボンを燃焼させる』という感じの装置が設置されているのだという。
で、火魔法はともかく風魔法はかなりの数の風魔法使いが必要であるはずとのこと。
だが俺達が出会った犯罪者共はたったの4匹、そしてそのいずれもが風魔法使いではなかった。
ということはつまり……そういうことだ、一度船底に行き、本当に精霊様の主張通りなのか、風魔法使いがそこに『居る』のかを確かめることとしよう……
「ここから船底へ行けそうだな、おそらく水は抜けているだろうから階段の入り口を……あ、こりゃやべぇわ、牢屋みたいにこの下からは出られなくなっているぞ」
「つまり、中に閉じ込めた風魔法使いを『モノ』として動力源にしていた可能性がある、そういうことよね」
「うむ、精霊様の話の信頼性が1%から15%ぐらいに上昇したな、とにかく入り口は破壊して、下の様子を見に行こうか」
「え? 私の信頼性、低すぎ……」
何だか良くわからないことを言っている精霊様は無視して、鉄格子になった階段の入り口を破壊して船底を目指す。
一緒に行ったマーサがすぐにイヤな臭いがするから戻ると言って引き返したが、その時点でこの先に何があるのかは想像が付いた。
船底の一番奥、本来であれば倉庫にでもなっているのであろうその場所には、ザっと数えただけで100人分はあろうかという白骨化した死体。
おそらくこれが精霊様の言う動力を提供していた風魔法使いだ、かつて魔導キャノンのカートリッジにされていた氷魔法使いと同様、騙されるか何かで集められ、ここで単に魔法を発するだけの『燃料』として使われていたのであろう。
そして、何らかの理由であのウェスタンな犯罪者共がここに船を隠す際、一緒に水没して溺死してしまったというわけだ。
「ほら、やっぱり私の言ったとおりでしょ? 偉大な水の大精霊様を崇め奉りなさい」
「おう、まぁ素晴らしいじゃねぇか、褒めて遣わす」
「全然崇め奉る気がないわね……しかしこの連中、魔力どころかそれ以外にも色んなものを吸い尽くされているみたいね、普通なら相当な恨みを持って死んでいったはずだけど、化けて出ていないってことはそんなことすら考えられないぐらいに疲弊していたのよ」
「シャブ漬けにでもされていたんじゃね? あの犯罪者の奴等、そういうのはかなり得意そうな感じだったし」
「かもね、でもこれで完全にわかったわ、この船は風魔法の力で浮いて、火魔法を元にした動力で前へ進む仕組みなの、もっとも動かすには『バーボン』またはそれに類する『ウェスタンなお酒』が必要だと思うけど」
「ウェスタンな酒か……いや、そんなものの持ち合わせはないし、そもそも飲む用の酒を飲む以外の用に供するなんて俺のポリシーに反する、何か代替案を探ろう」
この船を飛行させるのに必要なのは風魔法と火魔法、そして『酒』ということだけはわかった。
そして風魔法も火魔法も、セラとユリナの2人で十分間に合っている、というかこの2人で不足なら誰にもこの船を動かすことが出来ない。
となると残り、ウェスタンな酒の代替品さえ見つけてしまえば、この船を使って西の海を飛び越え、西方新大陸に到達することが可能になるのだ。
しかしその酒の代替物がないこと、そして今思い出したのだが、ウェスタンな犯罪者連中が俺達と最初にコンタクトした際に言っていた、『リッター7㎞しか走らないウェスタンなマシンに乗ってきたため素寒貧だ』というのは間違いなくコレのこと。
つまり、もし代替品を確保することが出来たとしても、それを大量にキープしておかない限り目的地までの航行は不可、最悪陸地の見えない海上で機関停止、などということもあり得なくはない。
「う~ん……あ、なぁ精霊様、『燃える水』とか出してくれよ、放っておくとめっちゃ揮発するやつ」
「それはもう水じゃないわよ、いえ、でもそういうのがあれば確実に……」
何かを考え出した精霊様、先程は適当に燃料的なモノを要求してみたのだが、それに関して何か引っ掛かる、というか可能性を見出したのかも知れない。
だがこうなってしまえばもう俺達に手を出すことが出来るものではない、ウンウンと唸る精霊様はこのジメジメとした仄暗い船底に放置して、他のメンバーは甲板より上を捜索することとしよう……
※※※
「お~い、そっちは何かあったか~っ?」
「ぜ~んぜんです、食べ物なんか落ちていません」
「いやカレン、食べ物がないのは最初から確実だぞ……」
一度船底に行って中断したため、これは2度目の捜索であった、それでも船内からは何かお宝めいたものが見つかることなどなく、正直言ってかなり無駄な時間を過ごしてしまった。
精霊様はまだどこかで何やらやっているようだし、ちょうどいい時間なので昼食の準備を始めよう。
本来であれば『船上バーベキュー』などと洒落込みたいところだが、それは甲板を綺麗にしてからでないと出来そうにない。
ということで一度コテージに戻り、キャンプ場でやる一般的なバーベキューの準備をしていると、何かを閃いたのが確実な表情の精霊様が船から出てこちらへ向かって来る。
「おう精霊様、その様子だと何か解決方法が見つかったようだな」
「ええ、完璧な方法を見つけ出したうえにそのための装置も作成、設置しておいたわ、お昼を食べ終わったら皆で見に行きましょ」
自信満々な精霊様、ということでバーベキュー昼の部を終えてある程度片付けをし、ついでに夜の部に備えた準備を軽くした後、先程はしっかり確認しなかった『メイン動力室』へと向かった。
重要そうな位置にある分厚い鉄の扉を潜った先、そこにあったメイン動力室はそこそこ広く、そして……なぜエアロバイクのようなマシンが設置されているのか……
「え~っと、、一応確認しておきたいんだが……ひょっとしてそのマシンが動力だって言うんじゃ……」
「ええ、まさにこれが動力よ、この船は風魔法で浮いて、足漕ぎで推進力を得ることにしたわ」
「いや『燃える水』の話からどうやってそこに着地したってんだっ⁉」
「だって、燃える水でしょ、それは濃いお酒のことだと思ったけど、見方を変えれば油も燃える水な気がしたのよ。で、油といえば普通の油だけど、良く考えたら『脂も油』なのよね。だから湖の魚とかを獲って脂を抽出しようと思ったけど、そしたら食べるときにパサパサしていそうでイヤだと思ったわけ。そこからさらに考えたら……」
「生きた人間の脂を燃焼させてエネルギーに変換することを思い付いたってのか、迷走しすぎだぜ」
「まぁ、結局魔力も使って漕がなきゃならない『足漕ぎ』なんだけどね、でもほら、あの技術者とかが使っていた変な乗り物だってそうだったじゃないの」
確かにそうだが規模が違う、見たところエアロバイク的なマシンは5台並んでいるのだが、それでも、その人数でもかなり頑張らないとこの船に推進力を与えることは出来ないであろう。
そして漕いでいる間、その者は確実にその場で拘束される、それがなんと12人中5人なのだ。
もし上空で強敵の襲撃に遭った場合、この船自体を浮かせる役割のセラも除き、残りの6人で気合を入れて戦うのはかなり骨が折れそうである……
「あ、ちなみにこれ、このマシンから得たエネルギーをユリナちゃんが魔法で熱に還元することも可能なの、つまりエネルギーを充填しておけばしばらくはセラちゃんとユリナちゃんだけで飛ばせるってことね」
「む、ということはつまりアレか、安全が確認出来ているうちはエネルギー充填もしつつ普通に漕いで、危険そうなエリアとか、あと敵が迫っている状態ではその充填したエネルギーを使って航行すれば良いと、そういうことだな?」
「そうよ、このシステムは完璧で最高効率なの、畏れ入ったかしら?」
「お、おう、何か色々とな……」
昼食後の腹ごなしも兼ねて、とにかくマシンにエネルギーを充填してみようということになったため、まずはセラとユリナ以外が交代で漕いでみることとした。
だがカレンとサリナは足がペダルに届かない、リリィもギリギリのようだからあまり効率が良くない。
これは確実な設計ミスだ、精霊様の責任である……ちなみにそのミスとは関係なく、まともな魔力を有していない俺の『漕ぎ』では、一切エネルギーが入らなかったのはナイショだ。
ということで今の4人はこの作業に向かないということでパス、サリナはどうせ船の存在を隠蔽するための魔法を常時使っている必要があるため、元々こちらのチームには参加し辛い状態ではあったが、俺も含めた3人は早速手持無沙汰が確定してしまったではないか。
で、残ったメンバーのうちミラはパス、アイリスを連れて来ていない今回の遠征において、まともな料理が出来るのはミラだけなのである、それをこんなエアロバイク的なマシンで疲れさせるのは芳しくないという結論が出たためだ。
「え~っと、じゃあこれをメインで漕ぐのはルビアとマーサ、マリエルにジェシカな、精霊様は……やりたくないよな、そうだよな……」
「そうね、残念ながら私にこの作業は向かないわ、だって後ろに立って、体力の限界になっている誰かの苦痛にあえぐ姿を眺めるのが性分だもの」
「……ええ、そうでしょうね……しかしだとするとコレ、ひとつ余るんだよな……どうするべきかね?」
船のメイン動力となるエアロバイク的なマシンは全部で5つ、そして漕ぎ手として抜擢されたのは4人。
残りのひとつをどうやって埋めるのか、やはり可能性のあるミラにも少し頑張って貰うか、それとも精霊様を……
いや、皆はどうして俺の方を見ているというのだ? 体力を使うことであり、そして魔力を充填しないとならないというのに、そのどちらもが『唯一の』苦手である俺に何をしろというのだ?
「おいお前等、どうしてこっち見てんだよ?」
「だって勇者様、例の力があるじゃないの、ほら、大仙人一派と同じあの力よ、それを動力源にしてみたらどうかしら?」
「確かにあるが、それって魔力と混ぜて大丈夫なのか? 混合油みたいな? てか使いすぎると急激に眠くなるんだが? 精霊様、どうなのそれ?」
「大丈夫なんじゃないかしら? 知らないけど」
「えらく適当だな……」
まぁ、物は試しということで、色々問題がありそうなことを押して実験してみることとなった。
エアロバイク的なマシンにセットされたのは先程の4人と俺、ペダルに足を掛け、ギュッと力を入れて漕ぎ始める……
※※※
「そ……そろそろキツくなってきたんだが?」
「情けないぞ主殿、この程度の運動でへばるとは、ルビア殿を見ろ、もう達観した表情で……止まっているではないか」
「いや完全にサボッてんじゃねぇかっ! おいルビア! しっかり動けっ!」
「も……もう無理です……」
「頑張れ、ほら『美味INダーゼリー』やるからっ!」
漕ぎ始めてから1時間は経過したであろうか、このまま続けたらいつかは太ももが競輪選手の如くムッキムキになってしまう、それだけは絶対に避けたいところだ。
で、精霊様曰く現在の充填率はおよそ70%、どういうわけか想定していたよりもかなり効率が良いらしい、きっと俺様のお陰だな。
しかし案の定眠くなってきた、やはり例の力を使いすぎるのはあまり良いことではないな。
もし俺が寝ている間に船が襲撃を受けたら大変だ、仲間を守るため、どうにかして意識を保っていないと……意識を……
「……さまっ……勇者様ったら、もう夕飯の時間よ、バーベキューするんだから火熾しぐらい手伝ってよね」
「……ん……ん? あぁ、いつの間にか寝ていたんだな俺は」
「そうよ、例の力の使いすぎで倒れたの、でね、そしたらどういうわけかエネルギーの充填効率が……」
「極端に低下したのか? クソッ、やはり俺の力が必要だったってのか」
「逆よ、メチャクチャ向上したわ、精霊様も言っていたけど、やっぱ『不純物』は入れない方が良いって」
「さ……左様ですか……」
寝ている間にクビになってしまったようだが、とにかく俺はあの大変な作業から逃れることが出来た。
となると役回りとしては……現在確定している漕ぎ手の4人、その後ろに立って発破を掛ける、いやケツを叩く(物理)係として活躍してやろうではないか。
もう1人の漕ぎ手は今のところ未定ではあるのだが、とにかく今充填した分だけでも西の海岸、即ち西方新大陸へと至るために越えるべき海までは辿り着くことが可能であるとのこと。
その先は正確な地図が存在していないため手探りとなるが、常時の『漕ぎ』に加えてフルに充填した予備のエネルギーがあれば、よほどのことがない限り対岸へ、新大陸へ辿り着くことが出来るはずだ。
それに向けて出発すべきは明日の朝、まずは中間の目的地である海岸沿い、その近くに存在しているであろうどこかの町での補給を求めていこう。
「それで、この空を駆ける船はどのぐらいのスピードで航行出来るんだ? 馬車よりは速いか?」
「う~ん、まぁあまり速く飛ぶと漕ぎ手が大変だけど、あ、でも馬車よりは速いし、目的地に向かってまっすぐ進めるからかなり楽な旅になると思うわよ」
「確かにそうだな、で、それも踏まえると……どうだセラ?」
「そうね、馬車よりもちょっと速くて、それでいてまっすぐ……地図上ではここ、海岸のすぐ近くに町があるみたいだから、そこまでなら3日ぐらいで到着しそうね」
「3日か、随分早いもんだ、だが船を隠しておく場所なんかもキープしたいし、到着してからが大変になるんだろうな……」
こんな空駆ける船で町を訪れるのは普通にNGである、というか最悪撃墜されても文句は言えない。
ゆえに目的地に向かってまっすぐに進んでは行くものの、その町の警戒空域に入る前に少しだけ方向転換、船を下ろすことが出来てかつ目立たない場所を探す必要がある。
とはいえそれは目的地に接近してからだな、今は目の前のバーベキューと、そして明日の出発に向けた準備のことを考えておこう……
※※※
「じゃあ出発だ、セラ、聞こえるか?」
『聞こえるわよ~っ、伝声管はバッチリね』
「うむ、後で菓子でも持って様子を見に行くからな、とりあえず浮かせてくれ」
『はいは~いっ!』
船底に居る『風魔法係』のセラに合図をし、西方新大陸で発明されたと思しき謎の装置に魔力を込めさせる。
ガタッと揺れたと思いきや、次いでエレベーターに乗ったような不思議な感覚。
窓の外を見ると、もう今まで滞在していたキャンプ場、そして湖が遥か下にあるのが確認出来た。
浮上は成功のようだ、あとはひとつ空席のままの足漕ぎペダルを作動させるのみだ……
「次! 航行を開始するっ! 4人共必死で漕げっ!」
『はいぃぃぃっ!』
「少しでもサボる様子を見せたら鞭が飛ぶからな、覚悟しておけよ」
『喜んでぇぇぇっ!』
ルビア、マーサ、マリエル、ジェシカの4人がペダルを回し始めると、今度は湖が後ろへ移動、いや俺達の乗った空駆ける船が全身を始めたのだ。
何とも不思議なことだが、西方新大陸へ行けばこのぐらいの技術が当たり前に存在するのかも知れないな。
もしそうであった場合には舐められぬよう、多少は知ったかぶりをかましてでも現地人の話に合わせることとしよう。
船は速度を上げ、そのまま大空を西へ……と、減速してしまった、ルビアがサボっていやがるな……
「オラッ! 足を止めたのは誰だっ! まぁ間違いなくルビアだな、ちょっとサドルから尻を離してこちらに差し出せ……そうだ、よし喰らえっ!」
「ひゃうぅぅぅっ!」
「マリエルも動きが悪いようだな、ルビアと同じように尻を突き出せっ!」
「はいっ! きゃっ! あうぅぅぅっ! も……もっとぶって下さい……ひぎゃぁぁぁっ!」
その後、足漕ぎ班の4人の監視は精霊様と交替し、セラの様子を見に船底へと向かった。
こちらも順調なようだが、寝そべってダラダラと魔法を発動していたため鞭で打ち据えておく……
「いてて……その鞭はなかなか効くわね……」
「だろう? サボりたくなったらまた喰らわせてやるからいつでも言うと良い」
「あ、でも勇者様、サボりがどうとかじゃなくて、普通に寝るときはどうするわけ? さすがの私でも目的地に到着するまでずっと起きているわけにはいかないわよ」
「……うむ、そのことを考えていなかったな」
当初はこの船を用いて東を目指していたのであろうウェスタンな犯罪者共、連中は風魔法使いの人権を無視していたため、普通に休みなしで航行し続けることが出来たのだ。
だが俺達は違う、自由と平等、平和を愛する勇者パーティーである以上、その副長であるセラを扱き使うことなど断じて出来ない、これは何か追加的な策を講じてやらないとだな……




