633 そっちへ行ったか
「あら、どうしたんですか突然、東方面の遠征に行っていたのでは?」
「丙よ、お前は本当に情報が古いな、そんなのとっくに終わって王都で模擬戦大会をやっていたんだ、もちろん優勝者は俺達の中から出ている」
「その言い方だと自分ではなさそうですね……それで、今回のご要望は? 作戦ですか? 普通に湯治ですか? それとも……」
「それともあ・た・しってか? 冗談じゃねぇ……いやそうでもないかな」
「・・・・・・・・・・」
サッと身を退く丙、後ろで待機していた丁も、同様に逃げる仕草を見せやがった。
クソがっ、後程寝込みなど襲って成敗してくれよう、だがその前に重要事項を説明しておかないとだな。
敵が、とってもウェスタンな連中がここへ迫っている可能性があること、俺達はその襲来に備え、ここでまったり休暇を取りながら待機すること、そして場合によっては何事もなく移動するということを……
「……と、まぁそういうことなんだ、ここはそこそこヤバいかも知れないしヤバくないかも知れない、そして近隣の町村がヤバかった場合にはここがヤバくなかったとしてもとばっちりでヤバくならないとも限らない」
「酷く曖昧ですね、そんなに動きの掴めない敵なんでしょうか?」
「あとそっちの臭いのは何なわけ? 勇者パーティーにそんなおっさん居たかしら?」
「おい丁、これがパーティーメンバーに見えたならお前の目はちょっとシャーマンに見せた方が良いぞ、節穴どころかケツの穴だ」
「その臭いおっさんよりも汚い言葉使いをどうもありがとう……それと後ろの4人は何なわけ? ちょっと人族でも魔族でもない感じなんだけど……」
「ん? あぁこいつらは魔道兵器のΩだ、害はない」
「魔道兵器、害はない……ちょっと後で説明して、『まともでわかり易い説明が出来る人』の口から」
「任せておけ、じゃあ夕食の時にでもな」
丁如きにディスられてしまったが気にしない、こんなのはもう良くあることだ。
ということで拠点村内にある俺達のセカンド勇者ハウスへ移動した。
今日の夕食は丙と丁に続き、久しぶりに会うデフラとその仲間の元悪徳商会(商会長の正体は魔将)の訪問販売員であり、今はこの拠点村の運営に携わる15人の女性が腕によりをかけて作ってくれるそうだ。
なお、彼女らは元魔将が王都侵略のために創設したトンデモ商会の活動に関して善意であったのだが、知らなかったでは済まされないということで、こんな所で強制労働させられている。
まぁ、本人らも早く解放しろなどとは言ってこないため、特に不満がないものとして扱っているが……実は捕まえた俺達のことを恨んでいて、などということはなかろうな、いやないと信じておこう。
「さてと、ハウスへ行ったらまずはお風呂へ入ることにするわ、ここの温泉、意外と気に入っているのよ私は」
「そうなのか? じゃあアレだな、水の大精霊様(王都模擬戦大会初代優勝チーム)御用達ということで売り出すって手もありそうだな」
「あら、じゃあ宣伝と実際の接客は任せなさい、9割9分9厘中抜きして、再委託先には雀の涙ほどの『協力金』を渡しておくわ」
「お前は政府御用達かっ!?」
転移前には『癒着中抜き随意契約ゴリゴリ帝国』の国籍を持っていた俺はその手の話に対しては実に敏感だ。
帰ってそんな中抜き行為についてシェアしなくては、政府を批判しなくては、そんな考えが頭を過ぎったものの、良く考えたらここは異世界。
俺が普段から『主に政府に対する不当な要求』をするのに使っていたスマホもSNSも存在しないのであった……
それはさておき、言い出したら聞かない性分の精霊様に従い、皆でハウス前の露天風呂に浸かる。
皆と、特に大会中は離れていたリリィやマリエルと一緒に温泉に浸かるのはリアルに久しぶりだ。
エリナは大会の残務処理のためまだ王都に居るのだが、明日か明後日には合流出来そうとのこと。
それまでに敵が現れ、温泉どころではなくなったり、移動しなくてはならない状況になっていないと良いのだが、そればかりは何とも言えない。
「しかし久々の日常パートだな、ここまでやることがないと安心を通り越して少し不安になってくるぞ」
「ちょっと勇者様、そういうこと言うとフラグになるって、いつも勇者様が指摘しているじゃないの」
「いやはやすまんすまん、どうも最近事件だらけで感覚がマヒしてしまったようだ、ほら、最近何か起こっていなかった時間の方が少なかっただろう?」
「まぁ、なんだかんだでここまでゆっくりしているのは久しぶりよね、私、あのウェスタンな悪党共をやっつけたら本格的な温泉旅行に行きたいわ」
「あ、ご主人様、私はこの戦いが終わったらスウィーツバイキングとやらに行きたいです」
「私はお肉!」
「私はお肉とお肉!」
「ニンジンね、ニンジン食べ放題に行くわっ!」
むしろガンガン、凄い勢いでフラグを建立して逆にその回収を亡きものにするという謎スタイル。
まぁ、フラグがどうこう以前にだ、あの連中を未だのさばらせている時点で何かが起こるのは確定なのだが……
そして風呂上がり、拠点村の主要メンバーが集合したかしないかとというところで、案外早く仕事を終えたエリナが合流した。
しかも事件のせいで未渡しに終わっていた精霊様とルビアの賞金、金貨100枚を携えた状態でだ。
もちろん賞金の方は全て精霊様行き、ルビアは『協力金』として受け取った砂糖菓子で満足し、そのまま会食としての夕飯へ移行する次第となった。
「え~、それでは俺達と拠点村の皆々様方との再会を祝しまして、え~、僭越ながら私異世界勇者本人がですね、え~、ここに乾杯の音頭を取らせて頂きたく、え~、思えばですね、ここ最近は東方への遠征などございまして……もうアレだ、うぇ~いっ!」
『うぇ~いっ!』
適当にうぇ~いして始まった飲み会兼食事会、そしてこれは4人のΩ娘のお披露目会も兼ねている。
コパーはこれからこのハウスの管理人に、残りの3人は警備などの任に就くことが決まっており、コパーの新しい腕も今研究所でテストしており、そのうちに届くとのことだ。
「え~っと、それじゃあ4人全員を『拠点村運営スタッフ名簿』に登録してしまってよろしかったのですね?」
「もちろんだ、4人共なかなかやりよるが、拠点運営に関してはまだ初心者だからな、キッチリしごいてやってくれ、あとレッドだけはタイプSだからな、しごかれてやっても良いと思うぞ」
「しごかれてやるって、一体どんな状況を想定しているのですか……」
適当なことを言いつつ酒を飲み、丙、丁、デフラの久しぶり3人娘にセクハラなどしつつ夜を過ごす。
布団に入ったときにはもう明け方になっていた、さて、ここから状況がどう動くのか……
※※※
「起きて下さい勇者様、王宮からの伝令があったみたいですよ」
「伝令? いや昨日来たばっかりなのに早すぎだろう」
「いえ、屋敷の転移装置を使ったそうで、汚いおっさん兵士が土足で上がり込んで」
「マリエル、まずはそいつを処刑しろ、話はそれからだ」
と、その前に報告だけ聞いておくべきか、汚い足で俺達の『聖域』に足を踏み入れた罪人とはいえ、大事な情報情報を抱えたまま地獄に落ちるというのは芳しくない。
その『罪人』と持っている『大事な情報』を切り離し、要らない『罪人』の方だけを処断しよう。
まずはセカンドハウスの地下から引き摺り出し、マリエルに伝令の内容を報告させる……
「ハッ! 王都より報告で、このマップでいうこの辺りですね、付近を飛行している確認の取れない物体が目撃されたとのことですっ! 報告終わりっ!」
「よろしい、ではその足の臭さを悔い改めて死になさい」
「へへーっ! え?」
うっかり命令に従ってしまったが、気付いてみれば自殺教唆をされていたおっさん兵士。
その足が臭いか否かという点は不明だが、とにかくもう用済みなので死んでくれて結構だ。
さて、そんなおっさんは放っておくとして、そのおっさんから分離された『敵に関する最新情報』について検討を始めよう。
この情報が王都から転移して来たというのであれば、それこそ伝書鳩など目ではない次元の最新情報だ。
わかり易いマップ付きで、敵の位置取りを丸裸に……軍の戦略用の大変見辛いやつではないか。
とりあえず完全に理解したフリを決め込んで話を先へ進めよう……
「う~む、セラ、これについてどう思う? 率直な意見を聞かせてくれ」
「意見って、これじゃ完全にヨエー村が危ないじゃないのっ! ここが王都でここがヨエー村、一直線よっ!」
「……ということは……そうか、奴等は最初からヨエー村狙いだな、大賤人のおっさんを排除しつつ利用するつもりだったんだ、分身させれば確実にその『一部』探しに出掛けると踏んで」
「みたいね、あのおっさんが居なくなった今、ヨエー村はもう丸裸も同然よ、いくら鍛えつつあるとはいえあそこの村人じゃ簡単に殺されるわ」
「それか、大仙人一派みたいに支配するだけに留めているかもな……」
とにかくヨエー村が危ないということだけはわかった、相変わらず特殊なマップの見方はわからないが、それだけの情報が得られれば十分だ。
セラが指し示したマップ上のヨエー村の位置は、もうまさしく未確認飛行物体が目撃された場所のすぐ近く。
どうせまたオーパーツ探しでもしていた奴が居て、そういう連中が目撃したのだとは思うが。
「しかしどうしますのご主人様、このまま、向かっても確実に敵の方が早いですわよ」
「そうだな、下手に襲撃を仕掛けると籠城されたりとかしそうだ、それよりかはコッソリ系で攻め込むべきだと思う、敵が既にヨエー村の全範囲を手中に収めているものと考えてな」
「では主殿、今日は……」
「うむ、せっかく来たんだしこのままゆっくりしていこう、あと1日ぐらいどうなっても変わらんからな」
「酷く能天気だが、まぁ救出対象がヨエー村なのだ、敵が殺る気であればもう全員アレなのだろう」
「そう、だから無理せず、ゆっくり作戦を練ってから行動に移そう」
そこからまったり作戦会議タイムが始まった、敵の状況はまた王都から派遣された偵察が伝えてくれるに違いない、いや、それよりも俺達が移動を開始する方が早いか?
とにかく連中がどう行動するのかがわからなくては意味がない、ヨエー村を滅ぼしてそのエリアを『自分達専用』にしてしまうのか、それとも村人を殺しはせずに支配、利用してしまおうというのか。
前者であれば食料の問題もあるし、そう長居はせずにまたどこかへ移動するはず。
だが後者であれば、しかも今のところ動向が掴まれていないものと認識しているとしたら話は別だ。
どうせ西方新大陸へ戻ってもPOLICEに追われるだけなのだし、もう故郷への帰還は諦めてしまい、ずっと『ヨエー村の上位者』として過ごすつもりでいるという可能性もないとは言えない。
で、どちらの方が俺達にとって都合が良いかは明白、もうどう考えても後者である。
敵が移動しないという保証があれば、こちらはゆっくり作戦を練ることも、時間を掛けて攻めることも可能だ。
あの無能村民ばかりのヨエー村で持続的に調達出来る武器や食料、砦などの建築資材は限られているわけだし、そもそも兵となる人間がアレでは使い物にならないであろう。
いや、そうであることを察した、確信した段階でヨエー村も諦められ、捨てられてしまうことが考えられるが、少なくともしばらくの間はどうにかしようと粘るはず。
俺達は、というか俺達を含む王国側、そして馬鹿野郎のみを唯一の生き残りとするPOLICE一派は、その間にどうにかしてヨエー村を包囲してしまえば良いわけだ……
「うむ、こういう状況ならもう王国の中枢は動いていそうだな、他の場所へ向けていた部隊を戻すのには何日か掛かるだろうがな」
「きっとすぐに伝書鳩が来ますね、動きが確定した段階で送っているはず……と、ちょうど見えました、最近は伝書鳩もムッキムキに鍛えられてさらに速度を増していますね」
「だから早すぎんだよいつも、もう転移装置とか要らない時代が来るぞ」
どんどん強化されていく伝書鳩に驚愕しつつ、それでも確認すべきことを確認しておく。
いくらゴールドの伝書鳩とはいえ、その足には普通に文書が括り付けられているのだ。
どうやら王国兵によるヨエー村の偵察が始まるのは明後日、そして俺達が考えていた通り、敵がヨエー村を『利用』するつもりでいた場合の包囲は、およそ一週間後を目途にかんせいさせるとのこと。
となると俺達が到着すべきは偵察兵による報告後、包囲が本格的に始まり、敵が囲まれつつあることに気付くタイミング、その間だ。
変に早いタイミングで行って偵察の邪魔をしたり、また偵察も始まっておらず、何もわかっていない状態で村へ接近するような事態になるのは芳しくない。
また遅すぎて包囲が完了した後に着くのも非常に拙い、それまで何をしていたのだと問われた際に、『温泉入ってまったりしてました』などとは言えないのである。
「う~む、となるとここからの移動時間を考慮してだな……セラ、どう思う?」
「勇者様、こういう複雑な移動のときはいつも私に聞くけど、ホントは全然計算出来てないのかしら? ププッ……」
「ん? まぁアレだ、俺は他のところで大目立ちの大活躍をブチかますことが可能だからな、こういう地味な作業はおっぱいがじみょぴょぺっ!」
一撃でブチ殺された俺は床に転がった、でも最初に馬鹿にするような態度を取ったセラが悪いような気がしなくもない、いやむしろ俺は一切悪くない。
で、とにかく起き上がって出発の時間を調整する、協議の結果として得られた最適と思しき刻限は明後日の昼。
そのタイミングで拠点村にある6人乗りの馬車2台に分乗してヨエー村を目指すのだ……
※※※
「じゃあ行って来るから、エリナ、俺達が居ない間はアイリスを守れよ、寝違えたり蚊に刺されたりしていたら承知しないからな」
「また無理難題を……とにかくいってらっしゃい、私達はしばらくここでご厄介になりますから」
そろそろヨエー村に向けて出発する時間だ、昨夜の報告によると、やはり村に未確認飛行物体が着陸、大仙人一派も、そして大賤人のおっさんも失った村人達はそれをすんなりと受け入れ、新たな信仰対象として神の座に据えたそうだ。
もちろん長い訓練の果てに狩猟、採集の技術を多少は得ているヨエー村の村人達だが、未だ採集出来るのはヘビイチゴ程度、狩ることが可能なのはバッタ程度(カマキリには敗北して死亡する)であるため、ウェスタンな犯罪者共は自分で食料を確保するしかない状況に置かれているのだという。
これが安定されてしまうと厄介だな、村人達に『普通に食べられる植物』を図説などを用いて教え、それを献上させる。
ウェスタン共は狩猟や魚取りによってタンパク源を……という感じで持続可能な生活をゲットされれば、次はいよいよ籠城のための仕組み造りに移行する番なのだ。
「え~っと、馬車の割り振りは……」
「属性別に分けていくべきでしょう、何かあったときに片方の馬車のメンバーだけでも対処が可能なようにすべきです」
「うむ、実は俺もそれが言いたかったところなのだ、マリエルは徐々に俺に近い考え方を有するようになってきたな」
「は、はぁ……」
マリエルの提案によってパーティー分離の際に良くやる、ミラとジェシカを分け、カレンとマーサを分け……といった感じの割り振りとなった。
俺と一緒に馬車に乗るのはセラ、ミラ、カレン、ルビア、リリィ、こうして分けるとどういうわけか初期メンバーと追加メンバーという形になりがちなのだが、それだけ俺達勇者パーティーはバランスが良かったということなのであろう。
まぁそれは本当に偶然の産物なのだが、基本的に俺の実力、俺が居たからこそ良い方向に進んだという感じの伝説を語り継いで欲しいものだ。
ルビアが御者を務め、拠点村を出てヨエー村を目指す……ここからはおよそ3日の旅だそうだ、『王都から○○へ』とか、『○○からその先の目的地へ』という感じなら行程を覚えていることが多いのだが、この『これまでの最終目的地であった場所同士の移動』というのは本当に未知だ、道も未知だ……我ながらつまらんギャグだな……
「あ、ご主人様、モッフモフの王国兵が移動していますよ、獣人部隊の方々じゃないでしょうか?」
「おっ、きっとヨエー村のウェスタン共を包囲するために進軍しているんだな、こちらに手を振っているみたいだから返事してやれ」
「あの、何だか『止まれ!』とか『そっちへ行くな!』とか、あと『引き返せ!』みたいなジェスチャーをしているようにしか見えないんですが……」
「まさかそんな、あの気持ちの良い連中が手柄を独占したくて俺達を嵌めるなんてこと……」
そこまで喋ったところで闇に包まれてしまった、俺が、ではない、馬車全体が真っ暗闇の中に突入してしまったのだ。
両隣には確かにセラとカレンの感触、そして混乱した同乗の仲間達の声……リリィは楽しそうだが。
とにかくこれは異常事態だ、落ち着いて、まずは御者台、一番離れたところに居るルビアの安全を確保しよう……
「ルビア! 大丈夫かルビア⁉」
「ここにいま~す……もうホント真っ暗で……」
「とにかく動くなっ! 手を繋いでおくんだ、あとリリィどっか行くなっ!」
「はーいっ! じゃあえ~っと、カレンちゃんの手をギュッと」
「……⁉ リリィ、お前もしかして見えているのか? この真っ暗闇の中で?」
「見えてますけど、え?」
『えっ?』
何かによる真っ暗闇に包まれた馬車の中で、1人だけ普通に視界がクリアなようすのリリィ。
そこへ何者かが馬車の窓をノックする音……こんなことが出来るのは精霊様だけだ。
つまりこの状況下で目が見えているのはドラゴンと精霊という特殊な属性の2人のみ。
そちらへ行くなと忠告していたという獣人部隊の動きもあるし、これは一体どういうことだ? というかどういう罠に掛かってしまったのだ……




