632 情報を求めて
「え~、それでは王都北門及び模擬戦大会会場周辺ゾンビ大量発生テロ事件対策本部対策本部会本部対策室中央分室の第1回特別対策会議を……」
「長いんだよいちいちっ! そういうのもう良いからサッサと始めようぜ」
「うむ、では本題に入ろう……」
会場付近で『ウェスタンコップチーム』を襲撃し、そのまま数多の人間を巻き込み、かなりの犠牲者を出す大騒動に発展してしまったゾンビ襲撃事件。
死者数は1,000程度にも上るが、そのうちの300程度が救護所に運び込まれた『ゾンビに噛まれた人』が原因で生じているのだから笑えない、普通そんなミスは起こらないのだ。
そしてそのミスを、いやミスではなく意図的に事件を起こした可能性が極めて高いのが、俺達が解放したヨエー村を任せていた『大賎人』のおっさんなのである、ちなみに本人確認済み。
なぜあのおっさんがそんなことをしたのかも、そしてゾンビの性質がその辺に居る通常のゾンビとまるで違うこと、さらにはそもそも誰がどうしてゾンビの襲撃事件など起こす必要があったのかすら謎。
その原因究明のカギとなるのは西方新大陸よりの使者達であったはずだが、今はもう、まるで使えないことが確定している馬鹿野郎を除いて『西方よりの死者』となり果てているためどうしようもない。
僅かな望みである馬鹿野郎は、俺が救出のためにバールのようなもので殴ったせいで……と、会議室に誰か入って来た……
「失礼しますっ! 気絶していた馬鹿なおっさんが意識を取り戻しましたっ! ですがかなり混乱している様子で、支離滅裂なことを申しておりますっ!」
「む、それはおそらく正常だ、いや正常なわけじゃないが完全に最初からだ、一切混乱してなどいないぞ」
「ふむ、大会参加の依頼をした際にも感じたが……やはりあの者はチンパンジー、いやそれ以下の、ここに居る異世界勇者程度の知能しか持たぬ者であったか……」
「おいババァ、今のはマジで聞き捨てならんぞっ!」
「とにかくその者をここへ呼んで参れっ!」
「へへーっ!」
失礼なクソババァ総務大臣はさておき、呼ばれてやって来た馬鹿野郎はやはり馬鹿野郎であった。
まず入室して早々机の上に座る、椅子があるというのにだ、そして会議資料の束を手に取り、破って食べだしたではないか。
全く馬鹿にも程がある、これでは情報を聞き出すどころか意志の疎通を図ることさえ困難、そしてこちらを見ても、むしろ俺と目が合っても全く反応しないということは、先程までの俺との一連のやり取りは既に忘れてしまっているに違いない。
いや待てよ、俺の知っている、転移前の世界であった『異世界転移』の知識、それはこのレベルの人間が当たり前のように生活している世界に飛ばされるものだ。
転移前、または前世などでは別にたいしたことのなかった人間が、転移先の人間のあまりの馬鹿さに押し上げられ、かつ意味不明な行動でも悉く大成功、何をしても、一挙手一投足が崇め奉られるという夢のような状況。
この馬鹿野郎は俺にその生活を獲得させる可能性を秘めているのではないか? 転移して来て頑張っているというのに、いつも馬鹿だアホだと罵られ続ける不遇勇者のこの俺に、正しい『異世界チート勇者様』として無双する機会を……などと夢想している暇ではないな。
とにかくこんな馬鹿野郎からでも事件についての情報を、せめてあのゾンビが何者によって生成されたものなのかぐらいは聞きだしておきたいところだ……
「それでおぬし、名は何と申すのじゃ?」
「ん? あぁそれなんだが、実はちっと忘れちまってな、偉い髭のボスに教えて貰わないとわからないんだ、で、逆に聞くがボスは? ハゲの人とハンバーガーの人は?」
「むっ……その者達が死んだことさえも忘れているというのか? もうダメじゃねコレは」
「あっ! 何だテメェ調子付きやがってっ! てかおい、コイツはアレだろっ、ミイラってやつだろっ!」
「違う、一見ミイラに見えるがそれはババァだ、水分を失ってそのような見た目になっているがな、お前も気を付けろ、悪行を重ねると神罰としてそのような感じにされるのだ」
「お、おうっ、さすがにコレは気を付けないとだな、で、何だっけ? 俺はどうしてここに呼ばれたんだ? 見慣れない場所だが、俺のアパートはどっちだ?」
王宮へ来ていること……どころか西方からウェスタンな犯罪者連中を追ってここまで、王都まで来たことさえも忘れてしまったらしい。
コイツの記憶能力はさすがに何かがおかしいような気もしてきたのだが……いや、まさか上書きすることの出来ない膨大な記憶がどうのこうの……ということはなかろうか?
わけのわからないことは色々とあるものの、ここは元々『剣と魔法のファンタジー世界』という触れ込み、であればそういう感じの『世界の秘密を紐解く何とやら』になっているキャラが度々出現してもおかしくはない。
しかしそういうのは原則美少女であってだな、この頭の悪そうな30歳代後半と思しき馬鹿野郎などでは断じてないはず、だがこれではあまりにも……と、また誰か入って来た……
「失礼しますっ! その馬鹿の持ち物を改めていたところっ! このようなものを発見致しましたっ! 以上、報告終わりっ! 指差し確認、右ヨシ! 左ヨシ! 前方ヨっぷげぽっ……わ……ワロシ……」
「緊急! 緊急! 何か変なのが王都の前にっ! 北門に来ていますっ!」
風雲急を告げる、真面目系報告兵士を踏み付けつつ、王都北門への来訪者を告げるかなり上級と思しき高級鎧の兵士。
すぐに王の間へ迎え入れられ、北門で起こっていることに関して何やら伝達を始めている。
それを聞くのは他の連中に任せよう、俺が気になるのはこちら、事故により圧死した最初の兵士が持って来た、馬鹿野郎の所持品らしい謎の金属プレート。
拾い上げてみる……認識票の類か? とにかく首から提げることが出来そうなチェーンの付いた金属プレート、その表面にはビッシリと数字が彫り込まれている。
「おい馬鹿野郎、ちょっと良いか?」
「ん? 何だお前は馴れ馴れしい、初対面の相手に対しては普通あんだろ、ほら……」
「あ、バナナ食う? たくさん持っているから1本やるぞ」
「お前はなんと良い奴なのだっ⁉ この俺にっ、かつてチンパンジー養成学校で50位まで上り詰めた俺にバナナを差し出すとはっ……で、話とやらは? バナナを嗜みながら聞いてやろうじゃねぇかっ!」
簡単に釣れた、やはり故郷のチンパンジー養成学校で50位であったというコイツの証言、そのなぜか忘れ去っていない記憶は確かなものであるようだ。
しかしチンパンジーのものとはいえ『学校』だからな、おそらくは10歳代、最高学府であっても20歳代には卒業しているはずだ。
で、現在は30歳代後半であろう見た目、詳しくも調べればわかるのだが野郎のステータスなど覗きたくない、とはいえ見立ては合っているはずだし合っているものとしよう。
そのチンパンジー養成学校とやらを卒業したのは相当に前、そして今でもそこでの成績順位に関する記憶がある。
ということはこの男、短期記憶に関しては絶望的でも、長期記憶はその辺の人間と同様、つまりしっかりしているということだ。
いや、もちろん短期的には忘れやすいが、という性質の人間も居るはずだし、その逆もまた然り。
だがコイツはどうだろう、明らかに行きすぎ、どう考えてもおかしいではないか。
そしてこんな役立たずにも拘らず、ゾンビ襲撃の際には他の3人が命を賭して守ったのだ。
インテリノのチームとの試合で見せたタフさといい、ここまでの情報でこの馬鹿野郎が何か普通ではないのはほぼ確定だな……
「それでだ、この認識票みたいなの、これはお前のだろう?」
「いや知らねぇ、見たこともねぇぜこんなモノ、何かの間違いじゃねぇのか?」
「……ダメか、まぁだがコレはお前のものらしい、何か思い出すかもだし、しばらく所持しておくことだな」
「ケッ、こんなくだらなさそうなモノよりもバナナの方が良かったぜ」
認識票的なモノについてもダメか、完全に記憶がない様子だし、もっと別のアプローチが必要だな。
で、もう一方、先程から上級兵士がベラベラと報告していた内容だが……皆立ち上がって準備をし出した、北門へ移動するつもりか……
※※※
「こちらですっ! こちらに、あ、臭いのでお気を付けをっ!」
「そう焦るでない、一体何が来ておるというの……む、確かに臭いのう……」
「激クサじゃねぇかっ……ってこの匂いはどこかで……げぇぇぇっ⁉ なっ、なにがどうしてこうなったってんだっ!」
王都北門に居た臭いの正体、それはひとつやふたつなどではなかった、見えているだけで10以上、後ろの馬車に乗っていると思しき仲間達も含めればもっと居るはずだ。
そしてそれら全てが単一の顔、その他のビジュアル、そして同じ激臭を放っている。
見覚えのある姿、いやつい数時間前に死体として横たわっているのを見たではないか。
王都北門に来訪、いや来襲していたのは、どういうわけか救護所ゾンビテロを起こし、リンチ処刑されたはずの大賤人、それがなんと十数人であった……
「え~っと、ちょっと臭いから近寄らずに聞いてくれ、お前は……お前等は大賤人のおっさんだよな?」
『ああそうだ、俺はかつてあの村、ヨエー村で大賤人と呼ばれていた、そして今は村の管理と村人を真っ当にする教育を任されている、お前等によってな、久しぶりに会ったが覚えていてくれて何よりだ』
「ハモるんじゃねぇよ気持ち悪い、で、どうしてそんなに増えてしまったんだ、アレか、1個買うと1個無料みたいなキャンペーンが無限ループしたのか?」
『いや、実は村人達に掛け算を教えようと思ってだな、どうしようかと思い悩んでいたんだ、で、ある日朝起きたら2人に、どういうことだよと思ったんだが……1週間後に4人、翌週には8人としばらく続いてな、で、今は15人程度まで減ってしまった』
「……いやちょっと待て、もうこの際だから増えたのは構わない、どうかしているが放っておいてやる、だがな、減った分の大賤人はどこへ?」
『逃げてしまったんだ、実は無数の俺の一部が何者かに教唆されたようでな、この町にも来ているかもだぞ……その顔は来ているんだな……』
そういうことであったか、どういうわけか増えてしまった大賤人、だが単に増えたというだけではなく、その一部が何者かに、おそらく『敵』の手によって離反してしまったのだ。
もちろんその敵が何を企んでいるのかはわからない、知っているはずの馬鹿野郎が何も覚えていないのだから致し方ないが、とにかく大賤人のおっさんが増えたことと、これから俺達が関与していくであろう、西方新大陸における悪の組織討伐と無関係ではない。
「それで、あ、ちょっと近付くなって、それでだ、もうこの王都では分身大賤人を1匹殺してしまっているんだが……体調に変化とかはないのか?」
『いや、それがもう何人か戻って来ている感はあるんだ、今先頭に居るこの俺がオリジナルなんだが、ほら、何となくアレだろ、他よりも存在感があるというか何というか』
「いや全然わからんのだが、とにかく死んだ分の大賤人はオリジナルに戻ると、じゃあさ、後ろの奴全部自害しろよ、そうすればもう離反されることもないわけだからな」
『そんな恐ろしいこと出来ようはずもない、とにかく俺はこの町に来ればどうにかこの状況が改善される、改善してくれる強キャラに取り次いで貰えると思ってはるばる来たんだ、中へ入れてくれよな』
「うむ、しかし同じ顔をした激クサのおっさんが十数人も歩いているのはアレじゃし、しかもおぬしは、というかおぬしの分身は救護所ゾンビテロを起こしてリンチ処刑されたのじゃ、それが町をウロついているというのもさすがに困る、ということでしばらくはすぐ近くにある勇者ハウスに身を寄せて……」
「おいババァ、冗談じゃねぇぞ、こんな『臭いマスターズ』みたいな連中を屋敷に上げろってのか? 断固拒否する、1匹でも敷地へ入れたら問答無用で皆殺しにすんぞ」
協議の結果、大賤人のおっさん軍団は王都の外、北門近くに『大賤人キャンプ』を作って住まわせることに決まった。
もちろんここは俺の領地であり、本来なら償金を払わせるところだが、これ以上の交渉は危険だ、敗北してより悪い条件でこのおっさん共を預かることになってしまいかねない。
これ以上の負担は勘弁ということで償金については黙っておき、おっさんの中のオリジナル、つまり『大賤人リーダー』を加えた対策室一行は、これで何か話が聞けるかもという期待を胸に王宮へと戻った……
※※※
「……ふむ、では一部の大賤人が離反する直前、ヨエー村には『宣教師』が来たというのじゃな?」
「そうだ、俺達は既にこの勇者パーティーと出会っていて、それでこの世界において女神の存在は確実であるということを知っていたからな、そういう胡散臭い宗教の話はお断りして、村人にも悪影響だからということで追い出したんだ」
「にも拘らず、女神様の存在を知っている自分の片割れが離反してしまったと……」
「そういうことだ、全く何が起こったのかすらわからないんだが、とにかくそいつらはもう俺じゃなくなってやがった、あの目はかつての俺、大賤人と呼ばれて橋の下に住んで、村人から崇められていた俺を見ていた村人のものと同じ、完全に何かを信じ切った目だったな」
なるほど新興宗教の勧誘にやられてしまったということか、王宮スタッフが持って来た模擬戦大会の広告、それに描かれた『ウェスタンファーザーズチーム』の肖像画を見た大賤人は、宣教師を指差して確かにコイツだと叫んだ。
同時にターゲットのことだけは覚えていた、どうやって刷り込まれたのかは知らないが記憶していた馬鹿野郎も大騒ぎしていたが、今は邪魔なので再びバールのようなもので殴って気絶させておいた。
そして何よりも驚いたのが、本当に曖昧でぼんやりとではあるが、おっさんの記憶の中に『どこかで救護所ゾンビテロを起こした自分』のものが残っているらしい。
きっとコロシアム前で処刑されたおっさんの記憶だ、どうにかそれを思い出してくれと皆で詰め寄り、一応覚えている限りの話をしてくれるよう要請した……
「え~っと、確かだな、そうだ、墓場で宣教師に会っていた記憶があるな、宣教師はまたどっかへ行くからって話で……そういえば周りはゾンビだらけだったような気がする……そこで俺は指示されたんだ、これから大発生するゾンビを使って現場を混乱させろって、その隙に4人が空から逃げ……それから何だっけ?」
「いや、もうそれで十分だ、ゾンビ大量発生事件を起こしたのは間違いなくウェスタンファーザーズチームの、その中でも特に宣教師風の野郎だ、奴等、混乱に乗じて『バーボンを良い感じに燃焼させて動くマシン』で飛んで逃げやがったんだ」
そのマシンはきっと東方遠征で技術者のおっさんが乗っていたものと同じ虚舟、即ち良く見るUFOタイプ。
燃料となる酒を王都の酒場で奪っていったのはかなり前だが、おそらくはそこから逃げ出すタイミングを逸していたのであろう。
追手が現れたうえに自分達が犯罪者だとバレたのだ、常に城壁の上で空を監視している王都から、しかも大会参加者の中に空を飛べる者が居るのを知っている状況で無闇に逃げ出したりはせず、皆の注意を逸らすための手を打ったのだ。
それを注目が集まる決勝戦の日に決行したこと、そしてゾンビには真っ先に追手を、ウェスタンコップチーム4人を狙わせたこと、そのどちらをとって見ても、連中がかなり綿密な計画をもってこの王都を脱出したのであろうと想像出来る。
「あ、思い出したっ! 宣教師は俺の分身にこんなことを言っていたんだ、西へ戻るからそっちにPOLICE共の注意が行かないようにって、POLICEってのは何だかわからなかったんだがな」
「西へ……つまりは戻ったってことか、だがPOLICE連中も西から来るというのに……まさか……」
ここで考え得る最悪の事態、ウェスタンファーザーズチームのカウボーイ風、宣教師風、紳士風、マフィア風の4犯罪者は、もしかすると西の、王国領内にあるどこかの町村を制圧、そこをアジトにしてしまうつもりなのかも知れない。
また、目立ってしまう制圧などはしないにしても、今は王国の力が届かない、サキュバスに魅了されておかしくなった聖職者共に支配されている聖都に引き籠るつもりか……
「おいババァ、これちょっと拙くね? 手分けしてその辺の、てか西側全部の人里を回った方が良くね?」
「じゃな、特に聖都は気掛かりじゃ、これ以上ムチャクチャされて取り返しが付かなくなると厄介じゃからの、勇者よ、おぬしらは自らの拠点とヨエー村を、聖都には正規軍で、他で駐留部隊のない場所は筋肉団に任せようぞ、ではそれぞれ動け! 直ちにじゃっ!」
『うぇ~いっ!』
一旦屋敷へ戻って皆にこの話をしよう、幸いにも俺達が担当になった拠点村へは、エリナが設置してくれた転移装置でひとっ飛びなのだ。
しかも管理はバッチリなわけだし、行って何もなければすぐに戻って……と、それではダメか、俺達が一瞬で転移すれば、ノロノロと隠れながら移動している犯罪者共を追い抜いてしまう可能性がある。
そうなると入れ違い、俺達が戻った後に連中が襲来し、または侵入されて隠れられないとも限らない。
どうせ拠点村の温泉には入りたかったのだし、行ってしばらく滞在するとしよう、王都に戻るのも自由だしな……
ということで屋敷に戻った俺は、もう出発を察して荷物の準備を終え、大部屋で待機していた仲間達と合流して事情を話す。
基本的に『休暇』の気分で拠点村に滞在、そこへ連中がやってくれば対応する。
そして毎日王都の様子を確認、どこかで動きがあったとの報告を受ければ、可能な限りの最短ルートで当地を目指すつもりだ……




