628 勝利と次の開始
『再び突進を仕掛けたリリィ選手! しかしこれも止めたぁぁぁっ!』
『もう腕と鎖骨と肋骨がバッキバキでしょうね、あと足の骨も衝撃に耐えられず折れて……と、倒れましたね』
『ここで倒れたウェスタンコップチームの1人! 名前とか知らないおじさだがよく頑張ったぁぁぁっ! しかしこれはただ1人が負けただけにすぎませんっ! 戦っていたリリィ選手にほとんどダメージはありませんし、その他の2人は全く、体力さえも削られていない状態ですっ!』
始まったインテリノ達と聖域からの使者、ウェスタンコップチームとの戦い。
リリィの突進攻撃で瞬殺されるはずであった馬鹿野郎がそれを何度も耐えたのには驚いた。
だが実況をしているエリナの言う通り、それは単なる時間稼ぎに過ぎない。
もちろんその『時間稼ぎ』の裏で何かが進行していない限りはの話だが。
……と、やはり何か企んでいるようだ、ウェスタンコップチームの残りの3人はターゲット前でフォーメーションのようなようなものを組み、先頭を上司と思しき変な髭のオヤジ、その後ろを部下のハゲとハンバーガー喰ってそうなデブが固める。
どうやらハゲは魔力が高く、髭上司は物理的に強い、そしてデブは……ハンバーガー喰ってそうだな、それ以外、特にこれといった特徴はないのであった。
『さぁーっ! これで3対3にはなりましたがっ! ここで突進を繰り返して少し疲れた、いやお腹が減ってしまった様子のリリィ選手が後ろへっ! 剣を携えたインテリノ選手が前に出ますっ! インテリノ選手の剣には魔法が宿っていませんっ! おそらくは後ろを走るメルシー選手の聖魔法が今回も発動しているのでしょうっ!』
『敵チームの薄汚いハゲが杖を持っているようですね、メルシーちゃ……選手の聖魔法が発動しているならあのハゲはもう役立たずのゴミだと思います、生きる価値のない実質的な死人ですね。まぁ、あんなのを斬り捨てたら可愛いインテリノにハゲが移ってしまいますので、出来れば放置して欲しいところです』
『なるほど、相変わらず偏った意見ですが確かにその通りですっ! ウェスタンコップチームのハゲ! お前はもう家に帰って屁でもこいておけっ! というような感じですっ!』
『あとあのハンバーガー喰ってそうなデブも帰るか死ぬかして欲しいですね、ほら、あんなに汗をかいて、ああいうのが美しい王都の景観を汚すのです、インテリノには近づいて欲しくありません』
『なんと身勝手な王女だぁぁぁっ! しかし私も同感ですっ! ハゲもキモいがデブも汚いっ! 本大会はそういう不快なキャラを必要としていませんっ! っと、ここで聖竜皇チーム、先頭のインテリノ選手が広場へと入ったぁぁぁっ!』
『ついでに髭オヤジの方も死んで頂けると尚良いですね、全然ダンディーじゃありませんし』
デタラメな実況と解説はさておき、聖竜皇チームの3人が広場に突入しても全く動く様子のないウェスタンコップチーム。
戦うつもりならもう少し前へ出ても良いと思うのだが、そこだと押し込まれたらお終いだぞ……
いやいや、そんな心配をしていた俺であったが、考えてみればそれでウェスタンコップチームの負けが確定してしまえば別にどうでも良いのであった。
俺が連中の力を知りたいのは『戦う可能性がある』うえに『勇者としてあんな変な連中に負けるわけにはいかない』という2点があったためだ。
負ければ終わりのこのトーナメント戦、ここでインテリノ率いる聖竜皇チームが勝利することになれば、もう俺達と『戦う可能性』は消えてなくなる。
つまりはあの気持ち悪いおっさん軍団のことなど忘れて……いや、そういえばこの大会が終わり次第王国は連中のミッションに協力することになっているのであった。
どうせ俺達は聖域に派遣され、あの連中やその仲間のポリスメンズと一緒にあのカウボーイやその他ウェスタンな犯罪者共が構成員となっている謎の犯罪組織と戦わされることになるのだ……
と、そんなつまらない、苦痛しかない絶望の未来を想像している間に、インテリノが敵の髭上司を斬り……いやハゲが動いた、しかも魔法を使う態勢、これはどういうことだ?
『あぁーっと後ろからハゲのおっさんが出たっ! そしてツルツルに磨き上げた頭頂部から魔法を……えっ⁉ メルシー選手が聖魔法を発動しているのにっ! どうして魔法が使えるのでしょうかぁぁぁっ!』
『待って下さい、あのハゲ、魔法を使っているわけではなくて……反射? しているとしか……』
なんとハゲ野郎、その磨き上げた鏡面のような頭頂部を用いてメルシーの聖魔法を反射、というかその効果範囲を突き返しているようだ。
これでは他の魔法を封じてしまうメルシーの聖魔法はまるで効果を成さない、つまりウェスタンコップチームの3人は今現在、普通に魔法を使うことが可能になっている。
だがハゲはメルシーの聖魔法を止めるので精一杯のはず、それでは他の魔法が使える意味はないのでは? しかし良い大人がそんなことに気付かないというダサい失敗を犯すはずもないし、何が目的で……と、ここで髭上司が動いた、凄まじいスピードだ……
『これはっ⁉ 速いっ、速すぎるっ! 髭の上司風おじさんの動きが異常に速いっ! もう上級魔族で悪魔でそこそこ強いこの実況のエリナにもその姿を捉えることが出来ませんっ!』
『わ……私にも、何やら反復横跳びのような動きをしているようにしか……』
『なんと戦闘慣れしているマリエル王女殿下にも見えていないぃぃぃっ! これではインテリノ選手も、あぁっ! 攻撃を受けていますっ! 高速移動する髭上司、時折姿を見せてはインテリノ選手に攻撃を加えていますっ! 防戦一方のインテリノ選手! そして後ろのリリィ選手は髭上司を見すぎて目を回しているっ! あとメルシー選手はまだ子どもなので自分で判断して動くことが出来ないでいるぅぅぅっ!』
『ちょっとっ! あの髭は私の可愛いインテリノになんということをっ! エリナちゃん、ちょっと席を外すわね、ちょっと殺しに行きます』
『あっとっ! それはダメ、ダメだから落ち着いて、ほら、まだ全然大丈夫だから、防戦一方でちょっとヤバめだけど……』
血迷って試合をブチ壊しにしようとするマリエルとそれを必死で止めるエリナ。
確かに今の様子は見ていて痛々しいが、ここで無駄に介入され、救われればインテリノはもうマリエルと口を聞いてやることもなくなるはず。
残念だがこの場はもう見ているしかない、おそらくあの髭上司の高速移動は逃亡したカウボーイ風野郎と似たような仕掛け。
それを突き崩すことさえ出来れば、このオフェンスながら追い詰められた状況から脱することが可能になる。
もちろん仕掛けを見つけ出して突き崩すことが出来さえすれば、という条件付きであることは間違いないが、賢いインテリノであればそのうちに見つけ出すに違いない。
それがこのピンチを終えるまで、即ち敗北が確定するまでであればこの戦いはどうにかなる。
どうにかなるのだがこの状態では考えることもままならないであろう。
いや、リリィとメルシーは一見使い物にならないようだが、これといったダメージを負っているわけではない。
2人のうちどちらかが動き、髭上司の気を惹くことさえ出来れば、その間に距離を取ったうえで観察に移ることが可能。
決勝ゆえタイムアップは当分先なのだし、とにかく早く、特に直接的な戦いがこなせるリリィが目のグルグルをどうにかして立ち直りさえすれば勝機は見えてくる……
『さぁどうするインテリノ選手! 1対1、技量的には上回っているとはいえ子どもと大人! 質量、ウエイトの差が凄いっ! このまま守っていてもいつかは負けてしまいますっ! あっ! ここでおどおどしていたメルシー選手が魔法の効果を切って……インテリノ選手剣に火魔法を纏うっ! それに驚いた髭上司、一瞬の隙を作ってしまいますっ! 当然その間に脱出するインテリノ選手! どうにか敗北の危機を脱したようだぁぁぁっ!』
『明らかに剣技を用いていたインテリノが魔法を使ったんです、しかも剣に付与するという見慣れない使い方で、これにはあの馬鹿そうな髭の方もビックリですね、初めて火を見たサルと同様です』
『だがその隠し玉的技術を攻撃ではなく脱出のために使ってしまったインテリノ選手! メルシー選手の聖魔法も無効! そしてリリィ選手は目が回ってピヨピヨ状態! 敵チームから少し離れた場所で作戦会議を始めていますがっ! 聖竜皇チームはここからどんな作戦を取るつもりなのでしょうかっ!』
とりあえずリリィのピヨピヨが治るまで待った方が良いと思う、そしてインテリノも頭でそれをわかっているはずだ。
だがまだ子どもゆえ、手にした策はその場ですぐに使ってみたくなるもの、それが誰かから授かったのではなく自分達で考え付いたなら尚更。
ということでピヨピヨ状態のリリィを引き起こし、メルシーと2人で頷き合って再び前に出る。
だがそれはもう一度あのピンチに飛び込む……いや、今度は狙いそのものを変えたのか……
『インテリノ選手跳んだぁぁぁっ! まっすぐ進んだのはピヨピヨ状態のリリィ選手だっ! インテリノ選手はジャンプで髭上司を回避しましたっ! そして狙うはハゲの方だぁぁぁっ!』
『リリィちゃんも凄いですね、薄汚い髭の方のスピードは凄まじいですが、酔っ払ったような動きでその攻撃を全て回避しています、これで敵同士の位置が離れましたし、気持ち悪い髭の方はもうインテリノに近付くことさえ出来ません、着地と同時に決まるでしょう』
『その通りでしたぁぁぁっ! 大ジャンプのインテリノ選手! 狙われたハゲはどうも運動能力が低い様子! 再び炎を纏って振り下ろされたインテリノ選手の剣を躱すことが出来ませんでしたぁぁぁっ!』
防御力の低い頭頂部に強烈な打撃を喰らい、ハゲが倒れた、これでもはやメルシーの魔法が反射されることはない。
そして後ろでその様子を確認したメルシー、おそらくインテリノに指示されたタイミングで再び聖魔法を発動したのであろう、剣に宿った炎がスッと、まるでロウソクでも吹き消したかのように消え去った。
それとほぼ同時に起こった現象が2つ、ひとつは倒れたハゲの真横、ハンバーガー喰ってそうなデブがダラダラと、冷や汗なのか脂汗なのか何なのか、良くわからない液体を額に浮かべ始めたこと、その顔には焦りが満ちている。
で、もうひとつの現象、リリィを追って入り口付近を離れていた髭上司のスピードが、突如として常人、いや常人といってもかなり訓練された兵士や冒険者程度だが、とにかく人に非ざる速度ではなくなったのだ。
おそらくは幻術のようなモノ、それを扱っていたのはハンバーガー喰ってそうなデブ。
きっと術の構築に時間が掛かったのであろう、だから最初に馬鹿野郎を前に出し、時間稼ぎをさせていたのだ。
だがその大々的な作戦もこれで終わり、魔法を反射するハゲが倒れたことによってウェスタンコップチームのフォーメーションは瓦解、そしてターゲットまでの道程もがら空きである……
『討ったぁぁぁっ! インテリノ選手! 玉座に縛り付けてあったターゲット死刑囚を突き刺し、臓腑を抉り出して殺害しましたぁぁぁっ! これで聖竜皇チームの勝利が確定ですっ! リリィ選手は止まって下さいっ! 戦闘を停止して……聞こえていないようですっ! 大人であり、試合終了と共に行動を停止した髭上司! そのまま戦い続けるリリィ選手によって一方的にボコられていますっ!』
『これは死ぬかもわかりませんね、どうでも良いですが』
結局係員が駆け寄るまで髭上司に攻撃を加えていたリリィ、瀕死の重傷を負わせてしまったようだ。
いや、それで死んでいないのは逆に凄いな、最初の馬鹿野郎といい、西方新大陸の人間は防御力高めなのか?
と、ひとまずこれで準決勝進出チームが出揃った、俺の『大勇者様チーム』、マーサの『ウサギさん(悪)チーム』、精霊様の『大精霊様チーム』、そしてこの試合で勝利したインテリノの『聖竜皇チーム』だ。
バラバラではあるが、解説員として毒を吐くなどしているマリエルを除いた11人全員がベスト4のチームとして生き残ったかたち、これが最高の状態である。
ここからは俺達だけでの潰し合いになるし、インテリノとメルシーには申し訳ないが、準決勝2戦目で消えるのはおそらく聖竜皇チーム。
あとは俺とマーサ、どちらのチームが決勝に駒を進めるかなのだが、それは明日、試合結果となって判明する……
※※※
『皆さんおはようございますっ! この大会もいよいよ準決勝になってしまいましたっ! これまでの死者は合計で30名以上! どれも腐ったような、どうでも良い連中ばかりでしたがっ! それでも尊い犠牲の上に成り立っているのが本大会ですっ! そしてその頂点を決めるべく集った戦士達、ほとんどが勇者パーティー所属ですがっ! その中にこの国の第一王子殿下とっ! そして聖都を追われた聖女様が含まれていますっ! 開設のマリエル王女殿下さん、これからの戦いはどう思われますか?』
『そうですね、本日の準決勝第1戦はまぁ、アレです実力が上回った方が勝つのではないでしょうか? そして2日目、ここは精霊様を買収してでもインテリノに勝たせて……』
『はいっ! また何か不穏なことを言っている解説員のマリエル王女殿下さんでしたっ! この地味なワルさには悪魔の私も正直驚いていますっ!』
今日も放送席の2人は絶好調のようだ、準決勝開幕ということで一同に会した4つのチーム、見知った顔ばかりだが、今回に限っては敵同士ということだ。
その後大精霊様チームと聖竜皇チームは退場、残された俺とマーサのチーム、各4人、合計8人が広場を模したスペースの中央にて対峙する。
準決勝以降、公平を期すためオフェンスかディフェンスかをその場で、くじ引きにて決める方法が取られるそうだ、さもないとマリエルみたいな奴が不正しかねないからな。
「ご主人様、くじ引きなら私が得意ですっ!」
「おうカレン、くじ引きに得意とかあるのかは知らんがな、とにかく前に出て引いてやれ、俺が出るよりは遥かに『映える』からな」
「わかりましたっ!」
相手チームはマーサが出るのかと思ったが、こちらがカレンを出したことで身長を合わせ、サリナをくじ引き代表として選出したようだ。
カレンとサリナ、両者王都内には固定のファンがかなり多いのだが、今日はそのファン連中がどちらも観客席に詰め掛けているため、かなり気持ちの悪い声援が飛び交っている。
『はい、ではせーのでくじを引いて下さい、せーのぉっ!』
『赤い……のはカレンちゃんですね、ということは大勇者様チームがオフェンスですか』
『そうなりますっ! ではディフェンスとなるウサギさん(悪)チームはその場でしばらく待機して下さいっ! そして大勇者様チームは移動をお願いしますっ!』
「やったっ! ほら、やっぱり私に任せれば勝てるんですよっ!」
「うんカレンちゃん、どっちが勝ちとかわかんないけどまぁ良いわ、オフェンスの方が自由に動き回れるもの」
セラの言う通り、ディフェンスとして動く場合には最低1人がターゲット前で待機していなくてはならない。
動くことが出来るのはそれで3人、そして俺達のチームはどうしてもセラを固定砲台にする必要があるため、結局ミラとカレンの2人で、3つのルートから迫る敵を叩かなくてはならないのだ。
もしディフェンスであった場合、足の速いマーサがどのルートから来るのか、それを読み間違えた時点でかなりキツいことになっていた。
だがオフェンスであれば諸々のことをこちらで設定出来るし、逆に動いてくるであろうマーサを回避してしまうことも可能なのだ。
ということでスタート地点へ到着、同時にエリナがデカい声で叫び、試合が開始されたのであった……
「よしっ、じゃあ今回はミラが左で俺が右、カレンとセラは真ん中だ、セラは防御に徹してカレンを守るんだぞ、出来ればそのままターゲット、おそらくジェシカが張っているだろうが、カレンを無傷でそこまで届けるんだっ!」
「わかったわ……と、そうもいかないみたいよ……」
セラの指さした方向、中央に走るメインストリートの向こう側から、何やら凄まじい土煙がこちらに迫って……まさかマーサの奴、攻めて来やがったのか?
『あーっと試合開始と同時に走り出したマーサ選手! まさかの敵陣に突撃かぁぁぁっ⁉』
『いえエリナちゃん、マーサちゃんは右……左にも?』
『えっ? あっ! 右の街並み、そして左の街並みにも驀進するマーサ選手の姿がっ! これは……サリナ、サリナ選手の幻術ですっ! なんと初球から幻術を用い、マーサ選手を増やしてきましたっ!』
「マジかよあいつらっ⁉ いきなりそんな隠し玉みたいなのを……」
「キレッキレですね、でも勇者様、最初に到達する中央のマーサちゃんがマーサちゃんとは限りません、もちろんどの方向から来るマーサちゃんもマーサちゃんじゃなくてマーサちゃんの形を模しただけの幻術性マーサちゃんである可能性も否めませんが、どれもマーサちゃんが来るものと想定して対策を立てておくべきでしょう」
「うむミラよ、今ので噛まなかったのは褒めてやろう、だがマーサだけじゃないんだよな、これが……」
『ここで新たな現象が発生しましたっ! なんと空中に浮かぶのは数十人のユリナ選手! しかもどれがフェイクなのか全くわからないクオリティだっ! というか飛んでいる時点で全部フェイクだっ! しかしその幻術性ユリナ選手、なんと敵チーム、大勇者様チームに向けて魔法を放つ構えを……撃ったぁぁぁっ! 空中のユリナ選手軍団! どう考えてもフェイクであるそれがっ! なんと全て普通に魔法を放ちましたぁぁぁっ! そしてここで3人のマーサ選手が大勇者様チーム、未だスタート地点から動けていない4人に襲い掛かるっ!』
とんでもない作戦を取ってきやがった、まさかディフェンスチームが突っ込んできて、しかもいきなり大技を発動させて攻撃してくるとは。
だがこれで負けたわけではない、まずは危機からの脱出、そして立て直しと反撃開始だな……




