623 対面
「やべぇなコレ、もしかして明日は俺達がこうなる番なんじゃないのか?」
「明日、というか今夜な気がします、もしあの連中が犯人なのだとしたら、自分達の試合中には事件を起こさず、当たる相手を前もって始末しているように思えますから」
「なるほど、もしかするとこの平社員だか何だかも次にあの連中と……でもさ、だとしたらどうしてコパー達とは普通に試合をしたんだ? まぁ普通ではなかったが……」
「殺さなかったのではなく殺せなかったんですよ、きっと、コパーちゃん達はΩであって、普通の人間が有している命とは異なりますから」
ミラの意見は的を得ているように思える、ここまで第1戦、第4戦の相手を殺害した可能性が高く、そして平社員は……先程発表されたばかりの対戦表を調べたところ、やはりウェスタンチームの第5戦の相手だ。
連中が戦ったのはミラが『殺せなかった』という見解を示した第2戦のΩチームのみ。
そしてその見解が真であるとしたら、間違いなく奴等は第3戦の相手である俺達を狙ってくる。
もちろん先程の接触は牽制にはなったはずだが、それでもあの手の輩が諦めるとは思えない。
これは夜中のうちに、寝静まったところを狙ってくると見て間違いなさそうだな、何か対策が必要だ……
「てことでだマーサ、明日何もないんだから夜通し見張りしておいてくれ」
「イヤよそんなのっ! あんただけが自分で起きていれば良いじゃないの」
「そしたらもし明日普通に奴等と戦うことになった場合、チームリーダーのこの俺様が実力を発揮出来ないことになってしまう、そんなことすらわからんのかこの馬鹿ウサギは」
「あんたはたいして役に立たないでしょうに……」
「何か言ったかこのっ! 無限連鎖カンチョーを喰らえっ! オララララララッ!」
「はうぁぁぁっ! ひぎぃぃぃっ!」
「どうだ、夜通し見張りするかっ?」
「し……しますぅぅぅっ!」
「うむ、よろしい」
快く見張りを引き受けてくれたマーサ、手の形はカンチョーのままユリナとサリナにも聞くと、こちらも当たり前のようにOKしてくれた。
ジェシカは本来仕えている対象であるユリナとサリナに従うわけだし、これで万事解決、本当に良い仲間を持って幸せだ。
ということで俺達は早めに寝て、おそらく来るであろうウェスタンチームの連中が出現し次第起こして貰うことを取り決めしておく。
来るなら本当に深夜か、万が一敵の始末に失敗した場合にはそこからもう一度寝る時間がない可能性を考慮すると、さすがに明日は眠たいかもな……
うむ、マーサ達だけで対応出来そうならそうさせよう、わざわざ俺達が、明日まで何事もなければ普通に連中と直接対決をする権利を持った俺達が、夜中に起床してまで対応する必要はないのだから。
「じゃあ頼んだぞ、おやすみ……と、誰か来たぞ、コパー達が帰って来たんだ」
「あら、怪我したから研究所でチェックしてくるとかいう話だったのに、もう終わったってことね」
「だろうな、全員下向いて元気がない様子だが……」
ゾロゾロと、まるでゾンビのパーティーであるかの如くゆっくりと歩いて来るΩ4人娘。
屋敷の前に停まっていた研究所の馬車が帰って行く音に、その重い足取りから発せられる音が掻き消される。
「おかえりなさい、ボディーの方は大丈夫なのかしら?」
「ええ、そちらは……しかしあのような正体不明の連中に敗北してしまって……」
「いや、一応は没収試合だったからな、負けではない、それにこれから奴等がここへ襲来する可能性が高いんだ、俺達が目の前で仇を討ってやるから良く見ておけ」
「は、はぁ……」
明らかに元気がない様子の4人、だがその原因を作った卑劣ウェスタンチームを皆殺しにし、かつ次の自分達の試合で圧勝を飾れば、きっとこれまで通り、元通りになるはずだ。
ということでまずは連中を、あのわけのわからん4匹のゴミ野郎共を返り討ちにする準備として……普通に寝よう、それが俺達の最善の一手なのである……
「じゃあ頼んだぞ、再びおやすみ~」
「はいはい、じゃあ起こしたらちゃんと起きてよねっ」
ということで俺達、つまり大勇者様チームだけは就寝、精霊様とルビアが酒を飲んでいたり、意気消沈のΩ達に飲ませようとしていてやかましいのだが、色々あった1日で疲れていることもあり、目を閉じれば意識はそこまでであった……
※※※
「……きて……ねぇ起きてよってば、来てるわよ、足音が4つ」
「……ん? 何だマーサか、どうしたんだこんな夜中に?」
「だからっ、敵が来ている気配、てか普通に足音がするのよ、しかもバラバラの方向から、皆もう起きているわよ」
そうであった、今夜は確実に敵の襲来がある、そのためにマーサを始めとした『ウサギさん(悪)チーム』に寝ずの番を強要していたのであった。
起こされたということは敵が来たということだが……4方向? つまりウェスタンチームはカウボーイ風、宣教師風、紳士風、マフィア風の4匹に別れ、それぞれ別角度から接近しているということだな。
しばらくすると月明かりだけの室内に目が慣れてくる、すぐ横に立っている小さいのはカレンだ。
尻尾は上を向いて毛が逆立ち、狼の耳がピクピクと動いている辺り、集中して敵の位置を捉えているのであろう。
そのカレンは邪魔をしないようそっとしておき、その他の状況を確認……寝ているのはルビアだけ、いやアイリスも起きていないようだ。
「よいしょっと……ちょっと、誰かルビア起こしてアイリスは守ってやってくれ、連中はちょっと危険すぎるからな、何してくるかわからんし」
「そうね、案の定来た感じだけど、結局目的は……」
「それは俺達、というか大勇者様チームの暗殺だろうよ、初戦の相手もこうやって殺したんだ、で、そのためにこちらが知らないような不思議アイテムを使ってくる可能性がある」
「使われる前にやっつけ……使ってきましたっ! 何か針みたいなのがピュッて、ほらこれっ!」
「暗くて見えないな、敵には気取られるが明かりを点けよう、その方が安全だ」
ということで部屋中の明かりを灯す、その間にもう一度、今度は精霊様が何らかの飛来物をキャッチしたようだ。
明るくなった室内でそれを確認すると、カレンが手にしたものは既に消滅、いや溶けて液体になっている様子。
ということでそれは確認出来ず、まだ手の中に存在しているという2発目、精霊様が持っているのは……氷の針? 本当に小さい、爪楊枝以下のサイズの氷で出来た細い針である。
それも夜とはいえ初夏の気温に当てられみるみるうちに溶けていってしまった。
だがそこは水の大精霊様、直ちに自分と、それからカレンの手に残った水分の分析に入った。
もしかしたら毒物かも知れないゆえ、この状態でも油断は出来ない。
そして未だに敵が屋敷の周りを……いや、明かりが点いたことで警戒し、少し距離を取ったようだな……
「う~ん、特に変わったところはない、氷魔法で創られた単なる針のようね、毒もないし、特殊な魔法が掛かっているようにも思えないわ」
「そうか、でもこれが敵の攻撃であったことは確かだよな?」
「ええ、間違いなくそうね、カレンちゃんがキャッチしたのはカレンちゃんを狙って、私がキャッチしたのはセラちゃんを狙っていたものよ、それからきっとこの針を撃っていない残りの2匹、たぶんあんたとミラちゃんを射線上に捉えていたはずだわ」
「なるほど、1人を1匹で潰していく感じか、きっと失敗した奴は次の試合でその担当の敵を倒さなくちゃ、とかそういう取り決めでもあるんだな」
何だかわからないが連中が俺達を殺りに来たことだけは確かである。
そしておそらくはこの小さな氷の針、これに何か仕掛けがあり、刺さると生命力を吸い取られたりするのであろう。
しかし本当に危険極まりない連中だな、このまま放置すればどんどん犠牲者が増えていく。
そしてその犠牲者は大会参加者、魔王軍の最後の侵攻に際して、戦いに参加する意志を持った連中だ。
これでは本当に僅かとはいえ人族の戦力が削がれる結果となってしまうではないか。
ウェスタンチームに魔王軍を利する意図があるのかどうかはわからないが、明日の試合といわず今この場で、チャンスさえあればブチ殺しておくべきだな……
「セラ、ユリナ、精霊様、屋敷の右端、動きが鈍いからたぶんカウボーイ風じゃないと思うけど、誰かそこの1匹を狙撃出来ないか?」
「私がやると庭木がバサッといくわよ、それで外したら敵も攻撃がし易くなっちゃう」
「ちなみに私が攻撃すれば同じく庭木に当たりますの、大火事ですわ」
「となると精霊様だけが頼りか、よっ、さすがは精霊様、世界一!」
「ベタな感じで煽てても何もでないわよ、まぁ、攻撃は出るけどねっ……っと、ちゃんと頭吹き飛ばしたわよっ!」
何も出ないといいつつ笑顔が零れた精霊様、あんなわざとらしい感じでも褒められると嬉しいらしい、本当に単純な生物だ。
それで、暗闇の中では確かに水の弾丸がヒットした音と、敵チームの4匹のうちいずれかのものと思われる断末魔が響いた。
次いでドサッと地面に落ちる音、これだけあればもう確実に『殺った』と判断するところである。
だが今回の敵に関してはそうもいかない、昼間の初接触、宣教師風のは間違いなく即死するはずの傷を負ったまま、何事もなかったかのように走り去ったのだ。
そしてそのスピードが異常であり、奴等が何か術のようなものを用いているのはほぼ間違いない。
となると今回も、精霊様の攻撃で死亡したというのは俺達を油断させるためのフェイクで……
「どうだサリナ、何か術を感知したか?」
「幻術……ではありませんが、ちょっと薬品のようなものに包まれているような気がするんです、無味無臭ですが仄かに魔力を帯びた霧? 飛沫? とにかくこの付近一帯に舞っているような感じです」
「やっぱそうか、迂闊に出ない方が良さそうだな、暗いし、敵は確実にこっちが出て来るのを待ち構えているぞ」
そこからはもう膠着状態、敵はこちらから魔法などで攻撃すれば、周囲に被害が出てしまうような位置をキープ、一方のこちらもあの針のようなものを飛ばす攻撃を受けない位置に下がって待機する。
このまま戦うのであれば先に動いた方が負け、敵が諦めるのであれば勝負は明日の試合に持ち越し。
もちろん決定権は敵側にある、こちらがどう考えようとも、攻めている側が行動しない限りは始まらないのだ。
「……あっ、ちょっと動きました、2人が反対側に、最初に入ってきた方に移動しますっ!」
「つまり、また4方向から囲むスタイルになったわけか、おそらく移動したのはもう氷の針を撃った2匹だな、まだそれを持っている2匹……と、1匹は死んだフリしてんのか、とにかく残るのはそいつらだな」
「いえ、この感じは退いて行きますよ、足音がそういう音です」
カレンの指摘通り、敵のうち死んだフリの馬鹿を除く3匹は徐々に屋敷から遠ざかる。
今夜のところは諦めるということか? ジリジリと程度距離を取った後、同じタイミングでパッと走り去ったようだ。
いや、絶賛死んだフリ中の仲間を残していくのか? いや、そもそもニセモノの死体があるという錯覚を起こさせる何かを使っていて、本来はそこに死体などないのかも知れない。
そしてその場合には罠が設置されているはずだ、敵が去ったからといって近付くことはせず、今日はこのまま警戒を続ける……マーサ達に続けさせて俺は寝よう……
※※※
「あ~あ、本当に眠たくてしょうがないな……」
「仕方ないわよ、一度あんな時間に起きちゃったんだし」
「それよりもどうしましょう? 何の対策もなくこの試合を迎えてしまったんですよ」
「う~ん、どうするカレン?」
「戦いますっ!」
「ですよね~」
「真面目にやって下さいよ、強敵なんですから」
そんなことを言われても仕方がない、対策を立てることが出来なかったのは非常に残念なことだが、そうである以上はもうそのまま戦い、どうにかして敵を殺すしかないのだ。
先に入場した俺達が待っていると、遂に、いやおよそ1日ぶりに敵チームとのご対面となった。
昨日は俺達の店で強盗を働いて頂きどうもありがとうございました、というオーラを無言で送りつつ、おそらくはリーダーなのであろうカウボーイ風の野郎を睨み付ける。
昨日も、そして昨晩も何事もなかったかのように、当然のように4匹揃った敵チーム。
こちらに目を合わせることさえせず、つまらなそうな感じでオフェンス側のスタート地点へと向かって行った。
本当にムカつく野郎共だ、強盗の件、そして昨夜の襲撃の件、どう考えてもその2つの事案についての謝罪、そして全財産を提供するなどの賠償、あとは切腹して果てるなどの行動があっても良いはずだ。
というか、少なくとも今日の段階で生きていて良い連中ではないな、かなり遅れてしまったが、この試合中にはキッチリ息の根を止めてやらないとならない……
『はいっ! 間もなく本日の注目試合が始まりますっ! 一方はご存知大勇者様チーム! そしてもう一方、こちらは不正な武器であのΩチームを追い詰めた、ウェスタンファーザーズチームだぁぁぁっ! なお、解説は西域研究家のサンゾーホッシー先生にお越し頂いております、先生、この戦い、というよりも謎のウェスタンチームについてどう思われますか?』
『どうって、あのウェスタンっぷりはハンパじゃないですよ、もうね、僕の研究している地域なんかよりももっと西から来た連中ですよアレはっ!』
『え~っと、具体的にはどの辺りから?』
『そうですね、西の魔族領域ってあるじゃないですか? やべぇやつ、あそこ越えてさらに先なんですよ。何か西方新大陸? ってのがあるらしくてですね、そこまでいくとさすがに僕も詳しくはないんですけど』
『魔族領域のさらに先ですか? 確か巨大な滝があって落下すると余裕で死ぬと言われている……』
『そうじゃなかったみたいなんですよね、ほら、時折走り去った王都筋肉団員が反対側から戻ったって話あるじゃないですか、これってつまりその俗説を否定する事実なんですよ、わかります?』
『え~、とにかくですねっ! ウェスタンファーザーズチーム! どうやら我々、人族よりも圧倒的に優れている上級魔族であり、そのなかでもそこそこと自負している私でさえも知らない場所から来たようですっ!』
偉そうな実況のエリナはさておき、今回の解説員はなかなか参考になる情報を寄越してくれそうだ。
後でコンタクトを取るなり王宮に取り次ぎを頼むなどして、新たな敵の臭いがプンプン漂う西域の話を聞き出すこととしよう。
西ということは即ち、俺達の絡んでいる拠点村や温泉郷周辺にも脅威をもたらす可能性がないとは言えない存在なのだから……
で、その西方新大陸という所からこの連中が来たのには何か訳があるはず、殺すのは確実だが、可能であればその前にその理由を突き止めたいところである。
だが最優先すべきはこの試合の勝利、そして連中の息の根を止めることだ。
それ以上は本当に『可能であれば』という次元に留めておかねば、欲張りすぎて足元を掬われる結果となりかねない。
『さぁーっ! 両者スタート位置に着きましたっ! 試合が開始されますっ! おっとっ、早速動いたウェスタンチーム! 前回同様、カウボーイ風のおっさん選手を先頭にしてまっすぐに大通りを進んで行きますっ! ですが今回はあの不正武器がありませんっ! 一体どうやって戦うのでしょうかっ!』
『あ、何か短い棒のようなものを取り出して……おっ、伸びたっ! あれは僕の研究している「如意金箍棒」に近いもののようですね』
『なるほどっ! まるで魔導具かのようにジャキンッと伸びた金属の棒! しかもどうやら雷魔法を纏っているようですっ! というか、どうして自分が魔法を喰らってしまわないのでしょうかっ!?』
『持ち手の部分に何か秘密があるようですね、良く見ると何だか柔らかそうな感じですし、そこに雷魔法をシャットアウトする別の魔法が込められているのではないかと思います』
未だ敵の姿は見えてこないものの、実況からその武器が何なのかは良くわかる。
如意棒などではない、というか自由自在ではなく予め伸びる長さが決まった棒、普通の警棒だ。
そしてそれに雷魔法を流してスタンガンのような効果を発揮させているらしい。
さらにグリップ部分はゴム? 或いはそれに似た『魔導』系の素材で覆っているのであろう。
拳銃のようなモノといい、どうしてこんな近代的、いやこの世界的でない武器を所持しているのか、やはりあの大仙人一派と何らかの関わりがある、或いは直接的な関わりこそ持たないものの情報だけは獲得していたのか。
どちらにせよとんでもない連中であることだけは確かだ、ここで直接対決をしてみて、主にあのカウボーイ風の野郎が実際にどの程度の強さなのかを……
「見えてきましたっ! まとまってこちらへやって来るようですっ!」
「おうっ、あの針みたいなのに注意しろよっ!」
「わかっていますっ! でも何だか敵の動きが……速いっ!」
なんと、見えたと思った直後、カウボーイ風の野郎が突如として急加速したではないか、異常な速さでミラに接近する。
ガキッと剣と交え、いや剣と警棒を交えた次の瞬間、バチッと電撃が走った。
警棒に付与された雷魔法だ、いきなり衣装にダメージを負ってしまったミラだが、何とかその場で踏み止まり、カウボーイ風をその先へは行かせない……雷魔法も予め付与した1回限りのようだな。
そして追い付いて来た残りの3匹、やはりかなり後ろで停止、そこから狙撃の姿勢を見せる……と、これにはカレンが対応した、やはり投げ付けてきた氷の針をパパパッとキャッチ、ついでに投げ返している。
セラの援護射撃もあるし、俺は最後の守りをするか、少し危険な状態にあるミラのサポートに入るか……いや、その前に少し違和感があったな、実況が、あのやかましいエリナがこの件について一切興奮していない。
敵があれだけの高速移動をして見せたにも拘らずだ、それは明らかにおかしいではないか……




