617 ルート確認
『さぁ~っ、そろそろ次の試合、おそらく午前中は最後となる第6戦に参りたいと思いますっ! なおこの試合は注目されていないため解説員は呼んでおりませんっ!』
「勇者様、早く早くっ! 始まっちゃうわよっ!」
「始まるって何が? これからどこで次の試合を……げっ、どういうことだこれは?」
記念すべき初試合の後、腹が減ったというカレンと一緒に軽食を調達したため帰りが遅れた俺。
屋敷へ到着して早々セラに急かされ、向かったのはいつもの大部屋……その壁、ではなく空間に巨大スクリーンが表示されているではないか。
というか良く見ると王都上空に、これまた巨大なスクリーンが浮かび上がっている。
王都中から確認することが可能であろうそのスクリーンには、今はまだ選手が入場している最中の会場が、まるでテレビ画面のようにバッチリと投影されていた。
これが噂の魔導生中継、そしてかつて魔王本人が人族を挑発するためにやっていた巨大な幻影の投影、それと全く同じ技術が使われていることはほぼ確実。
というか、画面右下に表示されているのはデフォルメされた元魔将、元偽聖女様であり幽霊のレーコの姿だ。
しかもその横には『Youreytube.jp』の表記、どうやって異世界から『.jp』のドメインを取得したのかは不明だが、これが間違いなくレーコの仕業であることだけは確認出来た。
「これさ、レーコはどこで霊力とか何とかを使ってんだ? 王宮へでも呼ばれているのかな?」
「いいえ、武器を買いに行ったとき地下牢で拷問されていたのがレーコちゃんだったわよ、きっと自分でやってるんじゃなくて搾り取られているんだと思うわ」
「かわいそうに、王都中のそこかしこで生中継するような霊力だぞ、そんなに搾り取られたらもうスッカスカのスッケスケになるんじゃないのかレーコの奴は」
「幽霊なんだからそれが正常よ、むしろ実態がある方がおかしいのよ」
「まぁ、確かにそうだな、ということでそのレーコの犠牲に感謝しつつ、ポテチでもつまみながら試合を見るとしようか……」
画面の向こうで始まろうとしている初日の第6試合、出場するのは『真の勇者チーム』と『貝殻ビキニ愛好会チーム』、真の勇者はともかく、貝殻ビキニの方はムキムキのおっさん4人が貝殻ビキニを装備している、もちろん指定の衣装はそのボディーのどこにも見当たらない。
まずは両者一列に並ぶと、軽く礼をしてオフェンスとディフェンスに分かれる。
中継で始めてみるオフェンス側のスタート地点、ほぼそのまま王都北門ではないか、そこから左へ行けば俺達の屋敷があるはずだ。
と、縦だけでなく横もある程度まではキッチリ作られているようだな、町並みの幅は500mといったところか。
もちろんメインの大通りだけでなく、脇道や建物の隙間の裏路地に至るまで、そこそこのレベルで再現されていることが窺える。
これなら左右どちらかに寄せてしまえば遊撃に来る敵を回避することが出来る、確実ではないがその可能性が高まるはずだ……
と、ここでエリナによる実況が始まった、もうすぐ試合が始まるということか……どうやら両チームが所定の位置に着いた瞬間にスタートとなるようだな。
ディフェンスの『真の勇者チーム』は既に待機しているが、貝殻ビキニ共がまだ移動中なのだ。
入場する位置が王宮前広場を模した場所のため、普通にいけばディフェンス側の方が先にスタート位置で待機することになる。
これ、相手を憤らせるためにわざと開始を遅らせることも可能といえば可能だな……まぁ遅延行為でペナルティを取られる可能性もあるが、おそらく最初は警告だけに留まるのであろう、やってみる価値はありそうだ。
『さぁ~っ、両チーム配置に着きましたっ! はいスタートッ! なお、この試合は本当にどうでも良いのでサラッといきますがっ! まずオフェンスは貝殻ビキニ何とかかんとかチーム、変態のおっさん4人組ですっ! 対するディフェンスは真の勇者がどうこう言っている集団、勇者らしい武器として全員がブーメランを選択していますが、一体どこの世界線の話なのでしょうかっ?』
「全くね、勇者がブーメラン装備している世界なんてどこにあるのよ一体?」
「すまんが俺がいた世界では普通にそうだった、冒険の序盤から中盤ぐらいまではブーメランが目覚しい活躍をしたものだ」
「本当に意味がわからない遅れた世界だったのね、勇者様みたいなのが送られてくるのも納得だわ」
「うむ、カレン、ちょっとその肉汁でベッタベタの手をセラの服で拭ってやれ」
「ひぃぃぃっ! それだけはどうかご勘弁をぉぉぉっ!」
犬、ではなく狼をけしかけて調子に乗ったセラを成敗していると、スクリーンに映し出された映像が突如として4分割に切り替わる。
どうやらオフェンス側の選手を何らかの方法、おそらく『魔導』の技術で追尾しているようだ。
現状、4分割の全てに貝殻ビキニのおっさんがアップで映っている状態である、早く死なないかな……
「動き出しましたよっ、お姉ちゃん、カレンちゃんもちょっと静かにっ……オフェンス側から見て右の方が構造が複雑ですね……」
「ふむ、あの中に紛れ込んでしまえば見つからずに敵陣深くまで入ることが出来るかもな、左は……どうしても商店街風の場所に出るのか、あんな所を通っていたらさすがに目立つな」
「どうでしょうか、確かに商店街風のルートは広場横の高い建物に登れば丸見えですが、どうも裏路地がキチッと造り込まれているみたいですし、攻撃から身を隠す場所は存分にありますよ」
「う~ん、だが結局最初は見られるんだよな……いや、左で見せておいて本命は右からスッと……それもアリかもだ」
静かにしろと言われたばかりにも拘らず、もう『手拭いバトル』を再開している馬鹿な2人は放っておき、俺とミラとでモニター越しの会場の様子をまじまじと眺める。
俺達の目の代わりをするプレイヤーが貝殻ビキニ野郎なのは気に喰わないが、そんなことで文句を言ってもいられない。
王都を模しているとしてもサイズ間の関係で色々な部分が端折られ、また少し違った『王宮へのルート』になっている会場を確認しておくチャンスなのだから……
『おぉーっと! ここで会場中央のメイン通りを進んでいたビキニとブーメランが遭遇だっ! ビキニの方は武器を所持している雰囲気はありませんが、ブーメランの方は普通にブーメランを投げるっ……ヒットしたぁぁぁっ! だがそこそこしか効いていない様子、そしてターゲットに当たったブーメランは帰って来ることがありませんっ! どうする勇者風ブーメランッ!』
ブーメラン野郎の投げたブーメランは貝殻ビキニ野郎の肩口にヒット、小ダメージを与えたものの、そのまま地面に落下したブーメランはもう二度と元の場所へは戻ることななくなった。
貝殻ビキニがブーメランを踏み付けバキッとへし折って破壊する、それを見て慟哭するブーメラン野郎、きっと幼い頃から一緒に育った親友のようなブーメランであったに違いない、実にどうでも良いが。
というか、戦闘が始まったせいで画面の4分割が解かれ今は本当に用のない中央大通りの映像が大画面で流れている状態である。
サッサとどちらかが倒れるなり死ぬなりして、俺達が本当に見たい裏路地の映像に戻して頂きたい。
「困りましたよ勇者様、これでは会場の様子が確認出来ません、どうしましょうどうしましょう?」
「う~む、乱入してこの2匹の馬鹿をブチ殺してしまうか? 俺じゃともかくだがカレンなら見えないほど高速で2人殺して離脱することぐらい簡単だろう、なぁカレン」
「うっ、きっとあそこに辿り着く前に見られてしまうと思います、筋肉の人達が沢山居ましたし」
「そうよ勇者様、帰りにチラッと見たんだけど、『会場警備 王都筋肉団有志』とか書いてあったわ、カレンちゃんなら捕まりはしないと思うけど、見られて正体がバレるのは確実よ」
「クソッ、こうなったら外から爆発物を……と、その前にあの馬鹿2匹の戦いが決着しそうだな……」
親友なのか親友の形見なのか、大切なブーメランを薄気味悪いビキニ野郎に破壊されてしまったブーメラン野郎。
どういう原理なのかは知らないが、金色のオーラを纏いながら立ち上がり、ビキニ野郎に向かって走り出す……
『さぁ~っ、立ち上がったブーメラン、いえ元ブーメラン、体格的には圧倒的に劣っていますが、素手での勝負に出る模様! 対する貝殻ビキニ野郎は余裕の表情、そのまま攻撃を受けるつもりだっ!』
仁王立ちし、元ブーメランの突進パンチ攻撃をそのまま受ける構えの貝殻ビキニ。
確かに質量は筋肉ムキムキであるビキニの方が圧倒的に上、だが怒りに満ちたヒョロガリ元ブーメランの、その120%以上発揮された力を侮ってはいけない。
パンチは左胸の貝殻に直撃、元ブーメランの拳から血が迸る……だが、その衝撃には貝殻もただでは済まされなかったようだ、ピシッとひびが入り、次の瞬間には粉々に崩れ去った……
『あぁ~っとっ! 元ブーメラン渾身の右ストレート、貝殻ビキニ、その3枚あるうちの1枚と相打ちとなって粉砕したぁぁぁっ! へ? あ、いや……なんと貝殻ビキニが絶命していますっ! 立ったままですが魔導バイタル測定装置の値はゼロになっていますっ! 貝殻は粉砕したもののボディーへのダメージはなかったは……今入った情報です、貝殻ビキニ愛好会チームの4人は人間ではなく、河童の皿と同様貝殻ビキニの損傷によって死亡する生物であるとのことっ! これは非常に大きな弱点だぁぁぁっ!』
結局、その後はターゲット前の入り口を守っていたブーメランであり、貝殻ビキニと仲間の様子が見えていた野郎の『伝書ブーメラン』により貝殻ビキニチームの弱点が露見した。
当然狙い撃ちされるビキニ、そして3匹共にその股間の1枚がブーメランの直撃を受け、全滅した貝殻ビキニチーム、ブーメランチームの大勝利だ。
「やれやれ、これじゃあまるで参考にならないな、やっぱり実際に会場へ足を運ぶか?」
「いえ、会場の観客席も広場周辺だけしか見えない感じでした、もし見えても裏路地の詳細な構造なんかは確認出来ないぐらいの距離がありますよ」
「あ~、そりゃダメだ、ここで目の良いリリィが居れば……いや、そもそもアイツが敵なんだよな……」
きっと今頃は会場内のVIP席で試合の様子を見つつ、豪華な食事など振舞われているのであろう『敵』のリリィ。
その凄まじい視力は会場内の全てを見通していることであろう、何だかこちらに不利な点が多すぎるな。
まぁ、タラタラと泣き言など述べていても仕方がない、どうにかして会場内の裏路地を、身を隠しながらターゲットに接近することが出来るルートを確認したい。
クソが、今の段階で何もわからないとは情けない、こんなことになるのならば、初戦のディフェンスなど無視して『探検』すれば良かった。
などと後悔していたところ、本日の午後に試合を控えた精霊様とルビアとの『大精霊様チーム』が、おそらくは昼食のためであろうが、一時帰還したようだ。
そうだ、精霊様にマネーを握らせて会場の俯瞰図を提供して貰おう、空を飛べる精霊様であればその程度のことは容易だし、どうせ次の相手はルビア1人でも十分に撃破可能な連中。
主に向かって右側の路地裏上空を飛行させ、その様子をここでキッチリと確認しておくのだ。
下で受け取った食事を持って、ルビアと2人で大部屋へ来る精霊様、グッと銅貨を握らせ、具体的な要望を伝える……追加で2枚、合計3枚の銅貨を失ったが、どうにか望み通りのことをしてくれるらしい。
ということで俺達も食事、アイリスが作ってくれたチキンステーキに手を付けつつ、その後すぐに出かけて行った精霊様の登場を待った……
※※※
『さぁっ、間もなく午後の注目カード、勇者パーティーから3チーム出ているうちのひとつ、というか前評判で優勝候補№1の大精霊様チームが登場しますっ! 対するは貧弱死刑囚Cチーム、勝っても負けても大会終了と共に処刑されるという非常に残念なチームですっ! なお、今回は解説員として処刑拷問研究家のエクスキューショナー=アンリ氏にお越し頂きました、アンリさん、この戦いはどう見られますか?』
『ヒャッハーッ! 処刑の臭いが鼻を衝くぜっ!』
『え~、アンリ氏はキャラがアレなので放置します、さぁ~大注目、オフェンスの大精霊様チームが配置に着き、ここで試合開始となりますっ! 早速飛び上がった水の大精霊様、ルビア選手はゆっくりと大通りを前進しますっ!』
ちなみに対戦相手、チンピラ死刑囚4匹で構成された、この戦いで無様に殺害されるためだけに参加させられたかのようなチームは全く動かない、いや動けないのだ。
精霊様に見つかれば確実に殺される、しかもとんでもない方法で、制限時間を存分に用いて、魔導生中継を通して王都中に見せ付けるようにである。
こんなことであれば大会終了までの延命を期待して模擬戦に参加することなく、普通に斬首か縛り首にでもなっておいた方が遥かにマシであった、そう考えているに違いない。
だが貴様等の刑を執行するのは残念ながら精霊様ではない、ゆっくりと大通りを進む死神、ルビアこそが直接に手を下すための要員であり、忙しい精霊様は貴様らなどに構っている暇ではないのだから……
「ふむ、ルビアがターゲット横で固まっている敵共に到達するまでが勝負だな、どうせまた画面が分割じゃなくなるんだろう」
「ええ、でも精霊様の飛行スピードなら余裕だと思います、ほら、もう左はかなり『有利ルート』が割れてきましたよ」
「おう、だがやはり左の方が発見され易いな、こっち攻撃を受けても回避出来るカレンだ、ミラが右で、セラは攪乱のために魔法ブッ放しながら中央からモロ突破、そんな感じかな?」
「まぁ良いわよ、でも勇者様はどうするの?」
「俺は隠密行動を取る、一応発見され辛い右へ走るが、ミラとは分離して隠れながら迫る、最後に一撃を加えてやるためにな」
「ふ~ん、何だかわからないけど作戦があるのね、でも良いわ、どうせ入り口は1ヵ所なんだし、誰か1人でもそこへ辿り着けばあとはどうにかなるわ」
「ああ、予めリリィを倒して、王子かメルシーのどちらかが最後の守りをしている感じだったらな」
リリィがどう動くのかがカギになってくるであろう『正攻法』の作戦だが、最後の入り口守備要員は同時に他の仲間に指示を出す要員でもある。
ゆえにそこは賢さの高いインテリノが担うことになるはずだ、リリィは普通に馬鹿だし、聖女メルシーは馬鹿なうえに3人の中で最もお子様なのだから……というか全員お子様だ、ゆえにそんなチームに負けるわけにはいかないのだ……
ということで引き続き精霊様の様子と同時に映る街並みを眺める……王宮入口へと向かう正規のルートはもう明らか、そこが確実に一番効率が良いと思えるルートがある。
ミラがそこを通るとして、俺は最初からそのルートを外れて動こう、幸いにも建物の中へ入ることが可能なのは確認済みだ。
建物の中を通ればこの鬱陶しい、運営に注意しても丸聞こえを止めないエリナの実況と、それの元になる魔導中継の映像からも姿を隠すことが出来るはず。
俺の作戦はそこにある……と、ここで分割されていた画面がひとつになる、ルビアがターゲットに手を伸ばせる位置まで移動したのだ……
『さてっ、何の目的かはわかりませんが、ずっと会場上空をグルグルグルグル、ひたすらに飛び回っているだけの水の大精霊様、一方のルビア選手は固まって震える頭の悪い死刑囚共の所へ間もなく到着しますっ! アンリさん、これをどう見るか真面目にお願いします』
『ヒャッハーッ! ヒャッハーだぜっ!』
『はい、益々意味不明になってきました、この馬鹿にこれ以上何を期待するというのかっ! そして会場、ルビア選手が遂にターゲットのある王宮入口へ……っと、命乞いをする4匹の死刑囚を素通り、そのまま玉座の人体模型を……今破壊しましたっ! なんと大精霊様チーム、当初の予想を裏切り、死刑囚を1匹も殺さずに勝利を手にしましたぁぁぁっ!』
きっと『精霊様が○○匹殺害する』、などという不謹慎な違法賭博を開帳していた馬鹿も多いことであろう。
もちろん『全殺』が本命であったはずだが、恐怖を与え続けるために1匹か2匹残すことを考えれば、その違法な賭けは十分に成立したに違いない。
だが精霊様が『1匹も殺さない』という、超大穴に賭けた者はそう多くないはず、居たとしたら今日限りで超大金持ちになる。
そういう輩を見かけたら、問い詰めて違法賭博へのベットを吐かせ、憲兵に突き出したうえでその儲かった分を全て没収してしまうべきだな、もちろんその金は全て俺のものだ……
「さて、これで色々わかったんだが、今日はこの後まだ見るべき試合があるのか?」
「ご主人様、今日の最後でマーサちゃん達が出ますよ、せっかくなのでそこまで全部、何か食べながら試合を見ましょう」
「よしよし、カレンは何か食べたいだけだってことぐらいわかっているが、じゃあこのまま試合でも見ておこう、暇だし、もしかしたら新たな発見を得る可能性もあるからな」
結局そのま雑魚キャラ共の雑魚キャラらしい戦いを、そして時折出る死人をゲラゲラと笑いながら眺め、ようやく初日の最終戦、マーサが一応のリーダーを務めるチームの出番がきた、どうやらオフェンスらしい。
もちろんチームのブレインはマーサではなく残りの3人が共同で務めているはず、マーサは単に強く、そして愛くるしいというだけのお飾りリーダーだ。
きっとユリナ辺りが何かを仕掛けるに違いない、この後確実にある強敵との戦いに資する情報を、俺達勇者パーティーの中から確実に優勝チームを出すための、至極有力な情報を提供してくれ……




