616 小手調べにもならない
「おはようございますっ! 本日の第5試合に参加される『大勇者様チームチーム』様ですね?」
「いえ、『大勇者様チーム』様です、チーム名は一度訂正しているんで」
「あ、どうやら伝達ミスのようです、一応伝えておきますが、今日のところは変更前のもので我慢して下さい」
「えっ?」
「ちなみに初日で皆さんにとっては初戦でもあるので、チーム名はかなりの勢いで連呼されます、ご愁傷様でした」
「げぇぇぇっ!?」
開始早々、いやまだ始まってすらいないタイミングで発覚した最悪の事態。
チーム名は訂正したはずなのに、伝達ミスをした役人は後で探し出して全財産没収のうえ死刑としよう。
とりあえず俺達『大勇者様チーム』とわけのわからん下忍チームの対戦、いや一方的な蹂躙が執り行われる第5試合までには確実にどうにかするよう、その辺に居た課長風の役人を捕まえ、さもなくば一族郎党皆殺しにしたうえで末代まで祟るぞと脅して急がせた。
さて、これでチーム名に関してはどうにかなるはずだ、あとは出番までVIP控え室的な所でのんびり待機を……
「は、こちら『大勇者様チームチーム』様の待機所になります、参加者呼び出しが掛かるまで『静かに』、『周りの迷惑にならないよう』待機していて下さい」
「……何だか狭いです、ここ、ウチの地下牢みたいですよご主人様」
「全くだ、おい係員、俺達が何者なのか理解したうえでこの仕打ちなのか? リアルに殺害してやるから責任者呼んで来い」
「えっと、『周りの迷惑』とは係員やその上官に対する暴言や暴行も含まれますので、何卒このクソみたいな控え室で我慢して下さい」
「覚えとけよあのババァ総務大臣めが、こちらは大異世界勇者様とその愉快な仲間達様だというのに、国家賠償モノの扱いだぞこりゃ……」
ウッキウキで係員に続き、案内されたのはどこからどう見ても4畳半程度しかない、真ん中にちゃぶ台のようなものが置いてあるだけの貧相な部屋。
もちろん座布団もなく、俺達の屋敷の大部屋のように畳的な何かが敷いてあるわけでもない。
まぁ、だが予選の初戦などこんなものか、これから活躍し、チームとしての人気が出れば待遇は変わるはずだ。
転移前の世界でも過去の西方には剣闘士奴隷なるものが居たようだが、強く人気のあるそれは貴族の宴会に呼ばれたりと色々良い思いをしたらしいという、つまり実力次第ということである。
「まぁ、こんな狭い所だけど、せっかく早く来たんだからゆっくりしましょ、白湯でも飲んで」
「おいおい、茶もないのかよこの控え室は、ちょっと行ってガツンと……」
「いえ勇者様、ティーパックと茶菓子は全て私が回収しておきました、屋敷で来客時に使う予定です」
「……本当にケチ臭いお友達だなミラは」
ということで白湯など飲みつつ、狭苦しい中で走り回ろうとするカレンも押さえつつ時間の経過を待つ。
話題もなくなり、会話が途切れ途切れになったところで、突如として外が騒がしくなる。
カレンが言うにはエリナの声が混じっているそうだ、つまり何かが始まった、そして始まるのはもう第1試合以外にはない。
そういえば魔導生中継はどうしたのだ? どういう感じで始まるのかはわからないが、特にこれといった変化は見られないではないか。
「すみませ~ん、係の人居ませんか~っ?」
「はいただいま、いかが致しましたでしょうか?」
「えっと、試合が始まっているのに魔導何とかってのが始まらないです、壊れてます」
「いえ、壊れてはおりません、予算の都合で一般選手控え室には魔導生中継の端末を設置出来ませんでした、ですので『大勇者チームチーム』様はアツい第1試合の様子を見ることが出来ません」
「え~、つまんないですよそんなの……」
「ご愁傷様でした、悔しければ出世して偉くなるか、或いは今回と次回、つまり2戦連続で勝利して『暫定上位チーム』の座でも獲得して下さい、後者の方が遥かに簡単ですので期待しております」
「わかりましたっ! すっごく頑張ってみますっ!」
「はいでは出番まで『静かに』ごゆっくりどうぞ、失礼致します」
あの係員は女の子だがムカつく、後で俺様による天罰を下してやろう。
まぁ、どうせ俺達は勝ちに勝って上位のVIPチームとなるのだし、その頃にはあの子の態度も変わるのかも知れないな。
などと考えながらしばらく、外で沸いたり止んだりする歓声を聞きながらダラダラと待つ……と、今度は係員の方からこちらに来たようだ。
何か用がある、というのはつまり、ようやく俺達の出番が来たということだ……
※※※
「うわっ、ホントに王都まんまじゃねぇかっ!」
「ここは王宮前広場よね? 夜中じゃないのに誰も人が居ないなんて混乱するわ……」
『放送席、放送席、さぁ~っ、第5試合のディフェンス側、大勇者様チーム……チームが入場しましたっ! 続いてオフェンス、下忍ギルドAチームの入場ですっ!』
「エリナめ、気付いたなら訂正しろよな、笑われてんじゃねぇか」
係員に案内され、階段を上って外に出ると、そこは完全に王宮前広場の光景。
見慣れた町並みと、そして背後には王宮を象った建造物、このまま北へ進めば城門があるのか……
と、広場の中央を挟んだ先でも地面に穴が空いているではないか、そこから出て来たのは衣装がB、つまり体操着を着込んだ野郎の集団、全員40代半ばから若くても30代といったところ。
俺達が学生風のブレザータイプの制服を衣装として着用していることを踏まえれば、体操着の対戦相手は特に違和感がないのだが……いや、年齢がどうかしている、普通に変態以外の何者でもない。
だが俺達の登場に対しては拍手程度であった、きっとチケットを買って入場したのであろう遥か彼方の観客席が、下忍チームの入場に際しては代興奮しているではないか、一体どういうことだ?
『ウォォォッ! 頑張れっ! 下忍ファイトッ!』
『下忍! 死んでも良いから戦えっ!』
『必ず、せめて1人だけでもアーマーブレイクさせるんだっ!』
……なるほど、今大会では演出のため、そして安全に配慮するため、女性が着用している模擬戦用衣装はダメージによってブレイク、つまり負けると素っ裸になってしまう仕様なのだ。
観客席にお集まりの皆様の目的は何か? それはもうひとつしかない、俺達のチームの中で俺以外の3人が、何らかの理由で敗北してアーマーブレイクする、その瞬間を見るのが狙いなのである。
『え~っ、これで両者出揃いましたっ! なお、この試合は実況のエリナと、解説員としてお越し下さった忍術評論家、ニンダストリウス先生の2人でお送り致します、先生、まずはこの試合についてお願いします』
『ええ、まずはよろしくお願いします、で、勇者パーティーから出ているチームについては特に説明は要らないはずですし、武器も余裕でそのまま、隠すことなく持っていますね、一方の下忍ギルドAチーム、こちらはちょっと年齢がアレなのですが、忍者の機動力を活かした試合運びが出来るのか、そこがこの戦いのカギになりそうですね。もっとも勝てはしないでしょうが、特にミラ選手のアーマーブレイクを期待して、願掛け的な意味で下忍チームに賭けている愚民も多いようです』
『なるほど、これは運営側もウハウハですね、と、ここで審判員による開始前の説明が始まります……』
放送席で好き勝手言っているエリナと知らないおっさん、それが気になってしまって審判員の説明を良く聞いていなかったのだが、とにかく俺達は王宮を模した建物の中の『ターゲット』を守るのだそうな。
もちろん俺達ディフェンス側にとっては相手が魔王軍、その襲来を受けた王都において重要人物を守るのがミッションだ。
逆に、オフェンス側に回ったチームは『魔王城その他敵の重要拠点を攻める』というのがミッション。
敵の要塞都市へと突入し、その最深部に居る敵将を討ち取れば勝利ということになる。
とりえず俺達は王宮型建造物の前からスタート、対する相手チームは王と北門を象った建造物の地点からスタートだそうだが、途中の町並みをかなりショートカットしてあるようで、両者の開始位置はおよそ1kmも離れていない。
とはいえその1kmの距離を取ることが出来、さらに今居る広場の周りの壁沿いには観客席があるのだ。
このコロシアムが凄まじい規模を誇っていることは、この時点でもう明らかなこと……そういえば地代を請求しなくては、ここは俺様の領地なのだから……
「勇者様、ボケッとしてないで行くわよ、あの『王宮入口』の指定範囲内に入らないとゲームが始まらないのよ」
「おう、じゃあ行こうか、ついでにターゲットとやらのご尊顔も拝んでおかないとな」
「あの勇者様、普通に負けになってしまいますから、ふざけてターゲットを壊したりとかしないで下さいね」
「それはカレンに言ってやってくれ、今日は酔ってないからそんなことしないぞ俺は……」
ミラによってあらぬ疑いを掛けられた俺だが、良い歳してそのようなことをするはずがないということぐらいわかって頂きたい、特に素面では絶対に……と、入口からすぐの所にターゲット人形があるのか、どれどれ……
「……ってコレ授業で使う人体模型じゃねぇかっ! すみませーんっ! このヒト最初っから内臓とか出ちゃってるんですけどーっ!」
「何かもう死にそうですねコレ、気持ち悪いし……」
ターゲット人形は人体模型であった、股間の部分に『除却』と書かれた張り紙がしてあるため、きっと学院かどこかで古くなったものを流用したのであろう。
だがこんなモノを守るというのではモチベーションが上がらない、次からはもっと良いターゲットにして貰うべきだな。
それで、人体模型はもうどうでも良いとして、とりあえずスタート地点から王宮型建造物の内部を眺める。
やはりホンモノの王宮とは違う、中は広いが完全に何もない、人体模型が設置された玉座だけがポツンとど真ん中に存在するホールのような場所。
中へ入れば一切の遮蔽物がなく、敵からも味方からも丸見えであり、その広さゆえどのような武器でも自由に戦うことが出来そうだ、威力を絞った魔法ぐらいならブッ放しても大丈夫であろう。
そして肝心の要素、やはり出入り口は今俺達が居る1ヵ所だけのようだな。
見渡す限り、王宮型建造物の中にはそれ以外に外と中を隔てる扉のようなものは見当たらない。
当然だが1つのチームは最大4人、その人数で守ることが出来るのは、少なくともチームの中から『遊撃』と『狙撃』を出すようであれば1ヵ所が限界、ここはそれを考慮した構造になっているのだ。
『はいっ、両者配置に着いたようですっ! 初日の第5戦、大勇者様チーム……チーム対下忍ギルドAチーム、試合開始ですっ!』
「お、始まったみたいだな、とりあえずミラは入口を守っていてくれ、万が一敵が抜けて来たら殺して構わん、セラは……広場に高い建物があるだろ? その非常階段から屋上まで登って上から魔法攻撃、カレンは音を頼りに敵を探し出して殺すんだ、俺も遊撃に出るっ!」
『うぇ~いっ!』
ということで始まった初めての模擬戦、4人に分離してまずは様子見、明後日の『負けられない戦い』に向けた感覚掴みをしておこう。
敵である下忍の姿はまだ見えない、というかおそらくは本当に設置されている建物の影を縫うようにして進んでいるため、広場付近に到達するまではその姿が見えることはない。
だがオフェンス側は最終的にターゲットを破壊しなくてはならないのだ、その際にはまず広場へ、そしてひとつしかないターゲットに繋がる建物入口を突破する必要がある。
勝ちパターンはおそらく2人ないし3人でそこを攻めることだ、入口を守っているのが2人なら3人で、今のミラのように1人なら2人でディフェンスを惹き付けておいて、余った1人が突入、そのうえでターゲットを破壊するのだ。
当然あの下忍達も勝つつもりがあればそうしてくるはずだし、こちらとしてはそれを防ぐ、つまり遊撃と狙撃で突入部隊を潰す、または狙撃するセラを押さえに来た1匹か2匹を潰し、敵の行動を抑圧するというのが作戦行動の目安。
とにかく今は敵の位置を把握して、サッサと潰して試合を終わりにしてしまおう。
ここでは圧倒的な力を見せつつ、どうせこの模様を生中継で確認しているのであろうインテリノのチームに手の内を見せない、つまりあっという間にカタを着ける必要がある、とにかく地味に頑張るのだ……
※※※
『放送席、放送席、いや~、いよいよ始まりました、初日の注目カードのひとつですが、まず動いたのは当然オフェンス、下忍ギルドA、対して大勇者様チームは2人が配置に、遊撃は2人のようです、どう思われますか?』
『そうですね、下忍ギルドAチー、下忍ギルドAは如何にして動いてくる大勇者様チームの2人を回避するかですね、まぁ余裕で無理だと思いますが』
エリナが機転を利かせ、俺達のチームの呼称問題は一応の解決を見せた、後で飴玉をくれてやろう。
しかし参加者側に放送席の声が丸聞こえなのだが……これは位置バレなどもあるしどう考えてもダメなのでは?
まぁ良い、この件については後で運営に改善報告を出しておこう、少なくとも俺達とインテリノのチームが当たるまでには改善しておいて貰わねば、特にその試合では俺達がオフェンスなのだから。
だがまぁ聞こえてしまっているのは仕方がない、今回に限り、エリナと知らないおっさんの声を参考にして造られた町並みに紛れる敵の下忍を探すこととしよう……
『さぁっ、まずは下忍ギルドAのうちの1人、最高齢と思しき無精ひげのおっさんが動いたっ! どうやら建物に登り、忍者らしく屋根を跳んで……っと、登りかけで止まってしまったぁぁぁっ! 震えている、まるで死にかけたセミのように雨樋に掴まり、全く動けなくなってしまったぁぁぁっ! これはどういうことでしょうか?』
『いやこれはいけません、忍者なのに高所恐怖症のようです、致命的ですね……』
『さすがはこの歳で下忍! この男、どうして忍者になろうと思ったのかぁぁぁっ! そしてここで大勇者様チーム、カレン選手がそれを発見したようですっ!』
『あ、攻撃を受ける前に焦って転落しましたね、頭部を強打して死んだようです』
『早速脱落者ですっ! 男物の衣装はアーマーブレイクしないためダメージは素通りっ! これはもう助からないでしょう! 一方、せっかく見つけた敵が勝手に死亡したカレン選手、どうしていいかわからず立ち尽くしているっ!』
はい、これで残る敵は3匹、そして忍者の癖に敵意むき出しでまっすぐこちらへ走って来る1匹が、そろそろ俺からも見える位置にやって来る。
と、見えたには見えたが……どう考えても足が遅すぎだ、面倒なのでこちらから向かってやることとしよう。
物干し竿もあるのだが、ここは普通に殴って始末してしまうのが手っ取り早いな。
「げぇっ!? どうして拙者の居場所がわかったのだっ?」
「当たり前だ、それだけ殺る気満々なら俺にはわかるんだよ、てことで死ねぇぇぇっ!」
「えっ、嘘でしょ? ぎぃぇぇぇっ!」
『あっとお次は勇者本人と下忍の1人が遭遇、必殺の勇者パンチが炸裂したぁぁぁっ!』
『いや、普通に殺しましたね、頭が吹き飛んで凄惨な現場になっています、一応コレ、模擬戦の予定なんじゃ……』
これで残ったのは2匹、どちらも既に俺とカレンの居るラインを切って本陣側に向かっているようだ。
反転して追えばすぐに追い付くのだが、面倒なのでセラとミラに任せてしまおう……
『さて下忍ギルドA、残りの2人は……なんと広場手前で合流しましたっ! 馬鹿なのかアホなのかっ! もちろんそこへ建物の上から魔法攻撃が飛ぶっ!』
『あ、2人共風魔法で粉々になって死亡しましたね、つまらない戦いでした』
『ここで下忍ギルドA、4に全員がこの世を去ってしまいましたっ! ということで早くもゲームセット、観衆が期待していたミラ選手のアーマーブレイクですが、下忍ギルドAはそこへ手が届きすらしないうちにその命を散らしてしまいましたぁぁぁっ!』
『非常に下らないですね、この大会で初めての死者から連続で4人が死亡ですか、実力差がありすぎるとこういう結果になるということですね、ではありがとうございました』
『はい、では実況のエリナは引き続き、ニンダストリウス先生はここまでとなります、ありがとうございましたっ!』
結局何も掴めないまま終わってしまったではないか、わかったことは会場が王都の町を再現したとはいえ多少は詰めてあり、広いとはいえそれなりであること、そして王宮を模した建物の構造ぐらいだ。
だが後者は非常に大きな情報、入口が1ヵ所であり、そこから突入するためには確実に見通しの良い広場を通らなくてはならないということが判明したのである。
次の試合では俺達が攻める番、当然賢いインテリノが入口を守り、そこへ接近するこちらの仲間をリリィと2人で足止めしてくるはず。
だがこちらにも作戦というものがある、それは当日まで情報が漏れぬよう、セラやミラ、カレンにも伝えないでおくこととしよう……と、ここで最初の位置にチーム全員が揃い、誰も並んでいない敵チームに礼をして退場となった……
「……何だかあっけなかったわね」
「私なんかほぼ立っていただけなんですが……」
「つまらなかったです、敵の人、勝手に落ちて死んでしまいました」
「まぁまぁ、その分次は頑張らないとだからな、今日のところは帰って『魔導生中継』とやらを見ながら作戦会議でもしようぜ」
『うぇ~い』
ということでサッサと帰宅だ、下忍共の死体からは財布とそれなりの武器、といってもやはり手裏剣や手甲鉤程度であったが回収出来たし、ファイトマネーと賞金も受け取ることが出来た。
いや、この手甲鉤はなかなか使えそうだな、次の試合、懐にでも忍ばせて持ち込むこととしよう……




