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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十一章 備えあれば
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615 開会

『皆さんおはようございますっ! 遂に王都大模擬戦大会、開会式の日がやってまいりましたっ! 私は本日より司会および実況を務めさせて頂く、悪魔にして魔王軍元事務官のエリナでございますっ! 以後お見知りおきをっ!』


「おいおい、エリナの奴ここのところ帰ってすら来ないと思ったら……」


「バイトだそうですの、しかも時給銀貨5枚とか何とか言っていましたわよ」


「そんなにっ⁉ 大会出るよりそっちの方が儲かったんじゃないのか?」


「……かも知れませんの」



 壇上で調子に乗るエリナ、司会者が参加者よりも儲かっているのは気に喰わないが、この後全ての模擬戦で実況をしなくてはならないことを考えるとあまり羨ましいとも思えない。


 そのエリナが何やら喋っている間も、ほとんどのモブ参加者達は気が気ではない様子で周囲を見渡している。

 どこのチームが強そうなのか、自分らは目的のもの、つまり金や宣伝効果を手にすることが出来るのか、非常に不安でいるらしい。


 さて、開会式会場となったコロシアム前はかなり人が多いものの、そもそもここは俺の領地なのだ。

 集まっている者共から入場料を徴収しようなどと野暮なことは考えないが、少し自由に動き回り、見知った顔を巡ることとしよう。


 まずは……巨体がかなり目立つ筋肉団の連中だな、どこに居てもその存在が全力アピールされている。

 で、ゴンザレスを含めて8人で来ているということは、全体の中から2チームを結成して参加させているということか……



「うぃ~っ、どうよ調子は?」


「おう勇者殿、そっちはチーム3つか、大精霊様チームに大勇者様チーム、それからウサギさん(悪)チームがそうだな?」


「おう、わかり易くて結構なことだろ? それで、そっちは2チームみたいだがどんなチーム名なんだ? ちなみに参加者リストは字が細かくてアレだから見ていないぞ」


「おうっ、俺達は俺と副長のマゾッスルがそれぞれリーダーを務める2チームだ、俺の方が『なかよしチーム』、マゾッスルの方が『にこにこチーム』なのだよ、強敵としてその名を胸に刻んでおくと良い」


「もうちょっと名前どうにかしろよ、マジで気持ち悪りぃな……」



 チーム名はともかく、その両チームには警戒しなくてはならないということだけはわかった。

 それとリリィが居るインテリノのチーム、『聖竜皇』とはあまり当たりたくないな。


 それで、その要警戒の3人組はどこに居るかというと、さすがに壇上であって話し掛けることは出来そうにない。

 というかリリィの奴、ほぼ飾り付けのはずの貴賓席に並んだ高級料理をガッついていやがる、恥ずかしい奴め……


 しかし決勝トーナメントに進むことが出来るのは8つのチーム、俺達が3チームで筋肉団が2チーム、そしてリリィの居るインテリノのチーム、あとはΩチームで……7チームは確定か。


 そうなると枠がひとつ余ってくるのだが、会場を見渡してもそれらしき、今後の戦いに深く関与してくる連中が居るようには思えない。


 まぁ、『開会式など興味がなくて欠席している猛者』というのが居るかも知れないし、そういう奴はだいたいストーリー終盤であれこれやってこちらを困らせてくるものだ。


 問題なのはその『最後のひと枠を埋めるチーム』が、この先厄介な事件を起こす悪い奴等、または紛れ込んだ魔王軍の手先などというパターンなのだが……これ以上考えると黙示のフラグ擁立になってしまうのでやめておこう、もう手遅れなのかも知れないが……



「ご主人様、リリィちゃんばっかりあんなに食べていてズルいです、私もお腹が減りました」


「そうかそうか、じゃあセラ、ミラ、俺達は一旦帰って作戦会議件軽食タイムにしよう、ジェシカ、すまないが明日から決まっている分だけの対戦表を持って帰ってくれ」


「承知した、ついでに仲間内とそれ以外の注目チームには丸を打っておこう、おかしなカードにならねば良いがな」


「全くだ、じゃあ頼んだぞ」



 ということで俺の大勇者様チームは一時離脱、屋敷へと戻った……



 ※※※



「は~い、おやつのトマホークステーキで~す」


「いっただっきま~っす!」


「おいカレン、お前昼食前にそんなに……」



 屋敷へ戻り、とりあえずアイリスに頼んでティータイムの準備をして貰った。

 だが紅茶を嗜んでいるのはセラとミラだけ、俺は昼からビールだし、カレンはもうディナー並みの食事量だ。


 ……と、城壁の外から歓声が聞こえてきた、どうやら明日以降の対戦カードがいくつか発表されたようだな、それと開会式もここまでか。


 ということでしばらく待つと、別チームに入ったリリィおよびまだ仕事がある様子のマリエルとエリナを除いたメンバーが帰還する……ジェシカの半笑いは何なのだ一体……



「主殿、最後に明日から3日間の対戦表が発表されてな、最初のエントリーで2回分は組まれていたようだ、それで……ププッ」


「おいジェシカ、何がおかしいってんだよ?」


「いや私達も精霊様のチームも、というか注目チームは全部、第1戦に関しては変なチームが相手だ」


「ほうほう、で?」


「で、主殿の大勇者様チームと王子殿下の聖竜皇チームがなんと3日目で当たるっ!」


「ゲェェェッ! よりによってリリィかよ……」


「勇者様、これは負けられませんよ、というか敵は3人共お子様ですし、ここで私達が負けると尊厳とかその他色々なものが失われてしまいます」


「だな、死に物狂いでやるしかない、とりあえず明日の初戦で様子見が出来るからまだ良いが……それは相手も一緒か……」



 いきなり負けられない戦いが決定してしまった、ちなみにチームごとの予選参加回数の上限は、トータルの参加チーム数を考慮して『20回』に決定したそうだ。


 それでも勝ったり負けたりを繰り返して、それで20回分までポイントが得られるということ。

 20回参加するよりも前に、上位の8チームに残ることが確定した場合には、そこから先は戦う必要がないのである。


 ちなみに最初の2回を除いた18枚の札がチームに付与され、それを本部受付に渡すことによってエントリー完了。

 大会本部が一定のタイミングで無作為に、その中から対戦カードを決めるのだという。



「あ、それとご主人様、先に帰ってしまったのでこれを代わりに持って来ましたの、はい、1人1つですわ」


「何だこの汚ったねぇ木箱は? まさか弁当箱にしろってんじゃないよな、病気になんぞこんなの」


「そうじゃなくて、これは武器の収納ボックスだそうですわ、神界の女神の許しを得て、今大会限りで消滅する無限収納空間、そこへ1つだけ武器を入れて持ち込むことが出来るとのことですの」


「なるほど、試合が始まる前の挨拶のタイミングがあるはずだが、そこでは敵がどんな武器を持ち込んでいるのかわからなくなるってのか」


「ええ、だから有名で色々と知られているチームは不利といえば不利ですの」


「確かにな、それを埋めてなお余りある戦力差があれば別に関係ないがな、あ、そういえば武器だよ、使用可能なものを確保しておかないとだ」


「ご主人様、それなら準備万端です……」



 スッと手を挙げたのは精霊様の座布団にされていたルビア、ここのところシルビアさんに扱き使われていたようだが、それが『模擬戦使用可能武器』と何か関係があるというのか?


 とにかくルビアの話を聞くと、どうやらシルビアさんには先にこの模擬戦大会の一部の情報がどこかから漏れていたのだという。


 もちろん何が行われるのかはわかっていなかったようだが、少なくとも『練習用の雑魚武器が大量に売れる』ということだけ把握し、それを方々から仕入れて回っていたのだそうな。


 それで、娘をタダ働きさせることによってさらに大量確保した商品の中から、俺達には特別に……通常小売価格の5%引きで売ってくれるそうだ、無料じゃないのかよ……



「じゃあ各チーム代表者だけ行って武器を買って来よう、シルビアさんはどこに?」


「今は地下牢で誰かを拷問しているはずです、悲鳴が聞こえてましたから」


「そうか、なら俺とマーサと精霊様で……いや、俺はその辺の物干し竿で良かったんだ、セラ、変わりに行って来てくれ、俺はアイリスに頼んで『武器』を調達するから」


「わかったわ、じゃあ勇者様、先に戻ったら3人で明日の初戦で当たる相手の研究でもしておいて」


「おう、研究するまでもない相手だろうがな」



 対戦表だけ見ると明日の相手は『下忍ギルドAチーム』とやらだ、どう考えても雑魚である。

 ちなみに知っている中で模擬戦参加が最も早いのは俺達のチーム、先行して仲間達、知り合い達に会場の雰囲気を伝える役目があると言って良いな。


 これで武器も確保出来たし、初戦は様子見の雑魚だし、問題になってくるのは3日目の対戦か。

 結局その日は帰らないと連絡が来たリリィ、マリエルも一緒に王宮へ向かったようだ。


 リリィが居るチームのリーダーであるインテリノは、剣技と火魔法を使う人族にしては珍しいスキル2つ持ち。

 きっと剣に魔法を付与して戦ういつものスタイルを取ってくるのであろう。


 だが敵3人の中で最も年下のメルシーはどう戦うのだ? というかそもそも戦うことが出来るのか? かなりの謎だが、どうせその3人も明日か2日目に最初の試合をするはずだ、そこで色々と確認しておけば良いな。


 さて、俺達の初試合は明日の午前中だし、先に作戦会議でもして役割と動きだけでも決めておくか。

 ちょうど良い犠牲者(下忍共)を相手にウォーミングアップをするのだ……



 ※※※



「それで、明日俺達は『ディフェンス』側ってことだな?」


「え~っ、攻撃が良かったです、守るなんてつまらないです」


「ワガママ言うなカレン、それにほら、3日目の王子達との試合はこっちがオフェンスらしいぞ」


「やったっ! そっちの方が楽しみですっ!」



 インテリノのチームに負けると大変な屈辱を味わうことになる、それを全く意識していない、頭の片隅にすらないカレンは幸せだ。


 この時間はチームごとで夕食を取りながらの作戦会議タイム、まずはセラが買って来た武器を全員に配布し、明日と明後日の初戦をどう戦うかなど……真面目に話し合っているのはΩチームぐらいのようだな……



「それでセラ、王子のチームとの対戦は明日会場をしっかり見てからじゃないと決められない、その前に初戦の雑魚敵なんだが……下忍ギルドって何だよ?」


「下忍ギルドは下忍ギルドよ、最近王都で結成されたギルマスから下っ端まで全部下忍ばかりのギルドなの、全員凄く弱いそうよ、で、私達が明日戦うのはそのギルドの主力チームね、凄く弱いそうよ」


「どんだけ将来性のないギルドなんだよ、繁栄するビジョンが見えないだろそんなの、誰が入るってんだよ全く」


「そうね、だいたいは忍者に憧れて下僕とか下戸とかから転職した連中みたい、凄く弱いそうよ」


「下戸ってのは職業だったのか……」


「ええ、凄く弱いそうよ」



 とにかく下忍チームが非常に弱いということを強調してくるセラ、本来であればこれがフラグとなり、実際には超強い敵と……いや、下忍の時点でそれはないか。


 で、翌日の初戦は作戦もクソもないことが確定したため、そこからはその後、大会期間をずっと戦い抜くことを想定した話し合いに入る。


 まずは模擬戦用の武器の具合からだ、普段から伝説だの何だのといった、史上最強天下無双唯一無二のいかにも冒険終盤にさしかかった勇者パーティーらしい武器防具を使っている俺達にとって、兵士や貴族の子どもが練習のために使う殺傷能力の極めて低いこの装備は慣れないもの。


 当然力を入れすぎれば簡単に壊れてしまうはずだし、セラに至っては模擬戦用の杖を持っただけで、その溢れ出す魔力に耐え切れず上部の魔法発動体が破裂してしまったほどだ。


 ちなみにその壊れた杖の方はそのまま使うらしい、もちろんこの状態では杖なしで戦うのと何ら変わりがないのだが、何も持っていない魔法使いというのもアレゆえ飾りとして所持だけしておくらしい。


 で、他の2人も、そして俺がアイリスから借りた『普通の物干し竿』も、おそらくは初戦でそれなりの破損を、ガチで戦うことになる第2戦ではもはや全損するはず。


 これは大会期間中に何度も武器を買い換えることになりそうだな。

 セラが俺を除く3人分の武器を手に入れるため、シルビアさんに支払った金額は銅貨2枚、これはかなりの出費だ、どうにか抑えなくては……



「なぁ3人共、明日もそうなんだが、対戦相手を見て『こいつらじゃ武器の損耗がもったいない』と思ったらさ、極力素手で戦うことにしないか? じゃないと余計な出費が嵩んでしょうがないぞ」


「あ、それなら勇者様、対戦相手の武器を奪ってしまうというのはどうですか? 特にルールにはなかったですし、やっつける前に締め上げて無傷のまま寄越させれば良いと思いますよ」


「む、それは確かにそうだな、よし、じゃあ雑魚敵と当たったら普通に戦って武器を奪う、ついでに財布もだ、最後にジャンプさせてもう小銭すら持っていないことが確定したらボコボコにしよう」


「勇者様、ミラも、一応その模様が王都中に魔導生中継されているってことを忘れちゃダメよ、ある程度は仕方ないと思うけど」


「わかった、じゃあ可能な限りヒャッハーしないよう、敵から奪うべきものはしっかり奪う感じでいこう」


『うぇ~い』



 作戦も消耗品の調達方法も完璧、まぁ明日の敵は手裏剣ぐらいしか持っていないはずだし、たいしたものが奪えないのであれば普通に素手で殴って殺してしまおう。


 と、そこまで話したところで精霊様から全員に集合が掛かった、どういうわけか布面積の極めて小さいビキニの水着になっているルビア、何をするつもりなのだ?



「え~っと、精霊様、これからルビアを使って何かするのか? というかその格好は何だ?」


「これ? これは私達が裏コマンドで引き当てた私達の模擬戦用衣装よ、で、さっきひとっ飛びしてもうひとつ貰って来たの、今からこの衣装がどのぐらいのダメージ蓄積で『ブレイク』する、つまり退場になってしまうか実験しておくわ」


「おっ、それは重要だな、俺達同士で当たったり、筋肉団とかと勝負になったときはダメージコントロールも必要になるからな」


「でしょ、じゃあ早速ルビアちゃん、四つん這いになってお仕置きを乞いなさい」


「はい、精霊様、どうか鞭で……きゃんっ! いっ……痛いけどダメージはありませんね、あうっ!」



 結局痛そうな鞭で100回と少し打ち据えたところで、ルビアが着用していたエッチなビキニはパンッと音を立てて崩壊した。

 そのまま鞭を振るい続ける精霊様、そこから先は打たれた場所が赤くなり、ルビアは普通にダメージを負っている様子だ。


 しかし精霊様の鞭強打で100回か……となると対戦相手が女性であっても比較的強めに攻撃してしまって構わないということだな。

 もちろん野郎の衣装はブレイクしないためその程度の攻撃でも雑魚は死ぬのだが、まぁそちらは正直どうなっても構わない。



「よし、衣装の強度もバッチリわかったし、他に全体で話し合ったり確認しておくべきことはないな?」


「大丈夫ですの、でもここから大会終了まではチームごとに動くことになりますわ、一応参加しないマリエルちゃん……は忙しいしエリナも運営に取られてしまいましたし、誰か別の場所に居るチーム同士の橋渡しをしなくてはなりませんの、特に共有すべき情報とか、突如現れたダークホースとか……」


「アイリスはどうだ? 食事の支度とかがない限りは時間が取れるんじゃないか?」


「はぅ~、私はきっと迷子になってしまいます~」


「それに勇者様、アイリスちゃんが1人でフラフラしていたら危険ですよ、間違いなく会場とか観客席とかに紛れ込んでいる人攫いに絡まれますから」


「う~む、それもそうだな、じゃあそうすると……あ、じゃあせっかくだからドライブスルー専門店を俺達、というか勇者パーティー関連チームの共同拠点としようか、あそこなら食事もタダだし、プレハブ城もすぐ傍だから休憩が容易だぞ」


「そうね、じゃあそうしましょうか、一応筋肉団の2チームと、それから王子様のチームも招待しておくわ」


「ハハハッ、まさか決勝トーナメント進出確定の7チームが不潔なプレハブと安っぽいファストフードで休憩とはな、なんと貧相なことか」


「おいジェシカ、今着ている普通の寝間着をブレイクさせてやろうか」



 これでその他諸々の行動も決まった、ついでにプレハブ城ではアイリスが待機し、そこで壊れた武器の交換や仮眠など、色々と出来る態勢を暇なチームが協力してやっていくことに決めた。


 と、そろそろ良い時間だ、明日は俺達『大勇者様チーム』の力を朝から見せ付けてやらなくてはならない。

 サッサと寝てそのときに備えることとしよう、寝不足でパフォーマンスが発揮出来ないのは拙いからな。


 そのまま目を瞑り、次に目を開けたときにはもう朝方であった。

 既に起床してウォームアップをしているミラとカレン、下忍相手に何をするつもりなのだこの2人は。


 いや、俺もやることがあって早起きしているではないか、だが俺は奴等とは違う。

 既に作戦を、3日目の対『聖竜皇』で確実に勝利するための秘策を練っているのだ。


 そしてそのための最強アイテムは物置にある、とりあえず今日は温存してその正体を見破られないようにしておこう。

 これがあればアッと驚くインテリノ、そしてリリィとメルシーの顔を拝むことが出来るはず。


 などと悪いことを考えながら目的の品をゲットした俺は、少し遅れて起きて来たセラと、それからウォームアップを終えた2人も交えて朝食を取る。


 少し早いが会場前に移動しておこう、中にはまだ入れて貰えないかもだが、とりあえず選手控え室へでも入り、『本番の雰囲気』だけでも味わっておくのだ……

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