60 魔法少女 VS メイド
「はい、じゃあとりあえずおつかれっした~!」
巨大サザエの魔将補佐であるカラカタイを討伐した日の夜、俺達は滞在先の宿で海女さん達からの歓待を受けることとなった。
カラカタイを排除したことによって安全に海へ入ることが出来るようになり、貝やエビの収穫は元に戻りそうだ。
さらには今日からたらい舟を導入したのだ、これまでは行けなかった岬の向こうの磯場にも入って行くことが可能になった。
今日は午後にそこで収穫したサザエ、あわび、それから牡蠣に伊勢海老的な何かを振舞われている。
「いやぁ~、こういうタイプのサービスは家でやる普通の海鮮バーベキューよりも上等なんだよな、皆、心して味わうが良い」
「勇者様、これと普段屋敷でやっているバーベキューと何か違うの?」
「わかっていないなセラさん、自分で焼く普通のバーベキューと、海女さんが焼きながら海の話をしてくれるサービスでは一人頭この世界で言う銅貨1枚分ぐらいも違う全く別のサービスなのだよ」
そう、ただの海鮮バーベキューなのか、それとも海女小屋なのか、それによって少しサービスが異なってくるのである。
素人が海鮮バーベキューの焼き加減などわかるはずもない、プロが付いて焼いてくれる海女小屋の方が高級なサービスであると言えよう。
もちろん、自分で焼くにしても皆と行く牡蠣小屋はなかなかの風情だが……
「しかし今日はマリエルの日だったな、よくあの一瞬で蓋の隙間に槍を差し込んだものだ」
「いいえ、そのテクを教えて下さったのはババールさんです、それに勇者様やマーサちゃんが私を後ろに隠しながら接近してくれましたし、前衛の3人も良く敵の目を引いてくれました」
「そうだな、今回は珍しく皆良い動きをした、失敗はカレンがカニに挟まれたことぐらいか?」
「ご主人様、そのカニは今お鍋の中に居ます、私達が勝ったんだからもう良いにしてください」
「うむ、許してやることとしよう、ところで次はどうする? 人魚とイカ、どっちを狙うべきなんだ?」
「次は沖合いに居る人魚のメイちゃんを狙うべきね、頭脳タイプだからそんなには強くないわ」
「あの子はマーサの部下だったマトンちゃんと同じ部類ですわね」
「メイちゃんは私のお友達です、酷いことはしないで下さい」
魔族の3人がそれぞれ反応する、魔将より先に補佐の方を倒した方が良いようだ。
その人魚のメイちゃんとやらについても情報が欲しいな……
「あたしは沖に出るわけじゃないけど、その敵の子が悪い子じゃないってのは同感さね、攻撃で怪我人を出してしまうとわざわざ海面に上がって来て謝るそうなんよ」
逆にそれが怖くて漁師が海に出られないのでは? いきなりそんな奴が海から上がってきたとか、完全にホラーですよ。
「ババールさん、沖合いで起こっている異変とはどのようなものなんですか?」
「それがね、この村は元々空飛ぶ魚を名物にしていたんよ、その魚が同じような形の魔物にすり替わって、危なくて漁が出来ないんだと、詳しいことは明日の朝ボルテスに聞いて欲しいさね」
そうか、では殺してしまうわけにもいかんな。
釣り上げて説得し、降伏させることとしよう、弱点は光り物だったな、硬貨を埋め込んだメタルジグをいくつか用意して貰おう。
全員に作戦を伝え、鉛に埋め込むための硬貨を供出させる。
硬貨はババールさんに渡し、村の方で指定の物を作っておくように頼んでおいた。
「マーサ、その子は光り物を掴んだら絶対に離さないのか?」
「ええ、間違いないわ、それはサリナの方が詳しいかしら……」
「以前お洒落で尻尾にラメを塗ったんですが、興奮して掴まれ、危うくもげるところでした……」
なるほど、スイッチが入ったら周りが見えなくなるタイプか、簡単に捕獲出来そうだ。
「よし、では明日の朝から船で沖へ出るぞ、とりあえず降伏したら乱暴しないこと、ミラ、わかったか?」
「はい、今回は大丈夫……なはずです」
ミラは以前、両手を挙げた状態のマトンを剣で叩いて気絶させた前科がある。
少なくとも勇者パーティーの品位を貶めるような行為だけは避けて頂きたいところだ。
「まぁ良い、今日は大勝利だ、酒を飲んで魚介を楽しもうではないか!」
食事の時間は終わり、風呂にも入った、残った生牡蠣やあわびの刺身などをつまみながら酒を飲む。
徐々に酔いが回って来た、ミラとジェシカが何やらコソコソ話しているのが見える、どうしたのであろうか?
「勇者様、前回私とジェシカちゃんは幽霊に怯えて最後まで役に立ちませんでした、その罰を今度飲んだときにフィーリングで決めると言っていたのですが……今がそのときでは?」
「おお、そうだったな、セラ、精霊様、この2人をどうしようか?」
「全裸で廊下ダッシュの刑に処すべきよ、恥を晒しなさい!」
「わかった、じゃあセラは全裸でダッシュして来てくれ」
セラは裸になって駆けて行った、冗談のつもりだったんだがな、まぁ良いか。
「明日この水の大精霊様率いる魔法少女部隊に加えたいわ、ユリナちゃんとサリナちゃんも含めて5人組のユニットにするわよ!」
精霊様、ナイスアイデアである、ミラとジェシカも魔法少女の格好をさせ、そのまま戦闘に参加させることとしよう。
魔法少女の衣装はミラが試作したものがいくつもある、その中からサイズが合う物を選んで着させるのだ。
「ミラ、今日衣装を持って来ているよな? すぐに出してここで着替えろ、他の3人も変身してみて欲しい」
ミラとジェシカは嫌々といった感じであるが、精霊様、ユリナ、サリナの3人はノリノリである。
すぐに着替え終わり、全員それぞれのパンツの柄と同じカラーの衣装に着替えた。
ジェシカ、そんなにデカい両手剣を持った魔法少女は居ないと思うぞ……
「じゃあ明日はそれで魔将補佐と戦うんだぞ、気に入ったのであればずっとそれでも良いからな」
魔法少女の変身を解かせ、その日はお開きにして寝る運びとなった。
全裸で走っていったセラの存在をすっかり忘れ、部屋に鍵をかけて眠りに就いた……
※※※
「よし、全員集合! 魔法少女隊は変身しておけ、今からボルテスさんが船を回してくれるぞ」
湾奥の港から現れた船は、一見して漁船とわかるものではなかった。
ボロボロなのである、彷徨っていた幽霊船でも拾って来たのか?
「おはようございます勇者殿、今日はこの船で沖に出ることになります、よろしくお願いします」
「おはようございますボルテスさん、ところでこの船は魔物に?」
「ええ、そうなんですよ、実はこの船だけでなく……」
この村にある沖に出られるタイプの船は一様にこの有様だと言う。
これが一番まともで沈リスクも低いとのことだから笑えない。
ここトンビーオ村では、代々空飛ぶ魚の群れに船で突っ込み、そこに飛び乗ってくる魚達を漁獲していたとのことだ。
即ち、トビウオ漁である。
しかし最近、そのトビウオがやけに巨大化しているそうな、魚でなく魔物ばかりらしい。
魔物の大きさはおよそ1メートル半ぐらいだそうだ、ボルテスさんが両手を広げてこのぐらいだとアピールしていたのから推定した。
それがまるで砲弾のように船に襲い掛かってくるのだ。
ぶつかったところは破壊されるし、怪我人も出るであろう。
しかもその魔物、見た目は巨大なトビウオでも不味くて食えたもんじゃないらしい。
「魔物を操っているのは海の中に居る女の子らしいんですが、怪我をさせたことを謝りに来られても薄気味悪いだけでしてね……」
「それはもうメイちゃんで確定ですわね、とりあえず捕まえて村人に謝罪させますわよ」
「助かります、ウサギのお嬢さんも悪魔のお嬢さん方も、友達らしいのに戦わせて申し訳ありません、それと、昨日ババールさんから聞いていたコレ、作っておきましたよ」
ボルテスが出してきたのは磨いた銅貨や鉄貨を埋め込んだ鉛の塊、端っこには糸を結ぶための輪っかが付いている。
マグロ級がかかっても大丈夫なぐらいしっかりした作りだ。
「よし、ではこれを敵の直上から落として、目の前でヒラヒラさせてやりましょう!」
ボロボロの船に乗り、沖へ出る。
ボルテスさんの他にもう1人の漁師が乗っているようだが、船底で何やらやっている。
音魔法とかいう耳慣れない魔法の使い手らしい。
船底から水中に向かって発した超音波の反響を聞き、普段は魚の群れを、そして今回は敵の魔将補佐であるメイの位置をサーチしているのであった。
人間魚群探知機である。
「ご主人様、絶対に大怪我をさせないで下さいね、かわいそうですから、メイちゃんの性格からして敵意はないはずです」
確かに、索敵に反応は無い、あるにはあるが、おそらく船を攻撃して来ているというトビウオ型の魔物の群れであろう、魔将補佐とかそういったものではない。
「ところでボルテスさん、この鉄線を巻いたロープは何に使うんですか?」
「ああ、これですか、実は私雷の魔法を使えまして、空飛ぶ魚以外に大物を狙うときにはこれを使うんですよ」
ぐるぐると鉄線を巻きつけられたロープ、その先端には金属のカラビナのようなものが取り付けられ、それを糸に通すことにより、かかった魚のところまで送り込む。
あとは雷魔法を撃つだけである、マグロ漁師が使う電気ショッカーそのものである。
コレは使えそうだ……
「マーサ、そのメイって子はちょっとぐらい雷魔法を喰らっても大丈夫か?」
「ええ、人間の放つ魔法程度なら痺れこそするでしょうけど怪我はしないと思うわ」
「わかった、ボルテスさん、敵が罠に掛かったらこの装置を使うことにしましょう」
「了解しました、適切なタイミングで使用します、使うときには声をかけますから、その際は危ないので離れていて下さい」
作戦は決した、まずは硬貨を埋めた鉛の塊を目の前で踊らせ、喰い付かせる。
それを慎重に引き上げつつ、良いタイミングで電気ショッカーを使って痺れさせた後、最後は船にある巨大なネットで掬ってしまおうという感じである。
船底から伝声管を経由して、ソナー係の情報が伝わってくる……
『水深52メータ~、底から1メータ~、ハイ、投入してください!』
俺の元居た世界でも遊漁船でやっていけそうなぐらい的確な指示だ。
投げ込まれた鉛の塊を一旦着底させ、少し引き上げてからヒラヒラと舞わせる。
「何あれ面白い! キラキラしながら沈んでいきましたよ!」
「リリィはあんなのに喰い付いちゃダメだぞ、帰ったら似たようなのを作ってあげるからそれで遊びなさい」
敵よりも先に釣れてしまいそうなリリィを宥め、捕獲作戦を続行する。
糸を持ち上げ、それから落とし、という動作を延々繰り返していると、遂に反応があった。
「ちょっとっ! 今何かドスッとなったわよ!」
「精霊様、そのまま続けるんだ! まだ引き上げちゃダメだぞ!」
全員でシャクッていた中で、精霊様の餌に反応があったようだ。
今回鉛に埋め込んだ硬貨は全員自腹である、俺は失くすともったいないので鉄貨を4枚使った、他のメンバーも鉄貨か銅貨である。
しかし、見栄っ張りの精霊様だけは唯一、銀貨を6枚も貼り付けたのであった。
1人だけ超高級な餌を使っているのだ、最初にアタリが出ても不思議ではない。
「あれ、今度こそ重いわ! 凄い力で引っ張っているわよ!」
「良し、他のメンバーは餌を回収して精霊様のサポートに回れ!」
掛かった獲物と壮絶な引っ張り合いをする精霊様。
魔法少女の格好をしているものの、戦闘は完全に物理オンリー、力と力のぶつかり合いである。
その姿で首に青筋立てて綱引きしているのは実に滑稽だぞ。
「上がってきたわよ! 引っ張る力も少し弱くなってきたかも!」
「油断するな、突然暴れ出すかも知れないからな」
精霊様の魔法少女パワー、というか筋力の方が上回っているようだ。
徐々に糸が手繰り寄せられ、今まで水中にあった部分が船の上に転がっている。
「勇者様、そろそろ雷魔法装置を投入します、離れて下さい!」
「ちょっと待って下さい……コレ、濡れた糸を持っている精霊様は?」
「……犠牲に」
「・・・・・・・・・・」
「良いから私ごとやりなさいっ! ちょっとぐらい痺れても構わないわ、私が戦闘不能になっても、魔法少女隊にはまだ4人の仲間達が居るんですもの!」
「……ボルテスさん、やってください!」
「雷魔法装置、投入っ!」
糸を伝い、するすると落ちていくカラビナ様の装置。
しばらくするとそれ以上ロープが出なくなった、敵の下へ到達したのである。
「通電!」
「あぎゃぎゃやぎゃっ!」
「大丈夫か精霊様!?」
「早く……早く糸を……」
精霊様は倒れ込んでピクピクしている、海中にある糸の先に居る敵も動きを止めたようだ。
魔法少女と敵の魔将補佐、両者ダウンである、しかし敵さん、この期に及んで餌を離さないとは、どうなっているんだ?
「魔法少女隊の皆さん、1号の遺志を継ぐのですわ、4人で糸を引っ張りますわよ!」
精霊様は魔法少女1号であったようだ、ユリナが2号、サリナが3号とかそういった感じなのであろう。
ミラとジェシカはイマイチやる気が無い、まだ見習いだから恥ずかしいのかな?
「ご主人様、敵が上がってきました! ネットを入れてください!」
ネットを構え、船べりへと近づく、何だコイツは?
メイドさんである、下は人魚で可愛らしいライオンのニット帽を被っている。
茶髪で大人しそうな感じの、少女っぽい顔立ちだ。
銀貨の埋め込まれた餌をがっちり掴んでいるのが確認できる。
『状態異常:麻痺』も点灯しており、全く動くことができないようだ。
慎重に、頭からネットに入れる……よし、入ったぞ!
船に引き上げると、徐々に麻痺が解けてきたようだ、ライオンを被ったメイド人魚が喋り出した……
「あうぅ……まさか罠だったとは、あ、マーサ様、お久しぶりです、それからユリナ様にサリナちゃんも」
「おい、お前が魔将補佐のメイだな?」
「そうです、捕まったはずのマーサ様達が居るということは、あなたが異世界勇者ですね」
「そうだ、異世界勇者アタルだ、残念だがお前も捕縛させて貰う、大人しくしておけば謝るだけで済ませてやるぞ」
「あの……立場上そうはいきませんので、少しだけ、申し訳程度に抵抗させて頂きます、私は弱いのであまり意味はないと思いますが」
といっても人魚が水から揚げられて何を出来るというのだ? 立ち上がることすら不可能だろう。
そう思ったら違った、人魚の『魚』の部分はただ履いていただけのようだ。
徐にそれを脱ぎ出し、中から普通の人間と同じ足が出てきた、詐欺かよ……
「では、え~と、私を釣り上げた方と戦います!」
「おい精霊様、もう麻痺は大丈夫か? 一騎打ちのご指名だぞ」
「ええ、少しなら動けるわよあの子をやっつけるぐらいなら問題はないわ」
念のため、精霊様にはできるだけ出力を絞った攻撃を当てるようお願いした。
水魔法は効かないと思うが、それでも水の塊が物理的に当たるのだ、大怪我をさせかねない。
「では、最後の抵抗、いきます!」
ちゃんと戦ったけれども力及ばず捕らわれたという既成事実を作成するため、抵抗を開始する魔将補佐のメイ、頭に被ったライオンから水が飛び出してくる。
なるほど、『マーライオン+メイドさん=マーメイド』ということだったのか……
マーライオンだけでも十分にマーメイドな気がするが、本人が納得しないのであろう。
一方の精霊様は水を出さずにそのままメイに近づいていく。
魔法少女 VS メイドさんの戦いは一瞬で決した。
決まり手は魔法少女1号 水の大精霊様のビンタである、魔法使えや!
「いたぃ……異世界勇者の手先である魔法少女と全力で戦いましたが、惜しくも破れて捕まってしまいました、あ~悔しいな~、本当に悔しいな~」
「じゃあミラ、緩めに縛ってあげて、このまま村まで連れて帰ろう」
「あのぉ、村人の皆さんに謝罪するだけで許していただけるんですよね?」
「それは最初の段階で大人しく捕まった場合の話だ、ちょっと抵抗しただろう?」
「……ではどうするおつもりで?」
「ボルテスさん、如何致しましょう?」
「そうですね、見た目も良いみたいですし、これからトンビーオ村の観光ガイドでもやってもらいましょうか」
「わかりました、罰とはいえお役に立てるのであればそうさせて頂きます!」
村へと戻り、ババール率いる村の代表団に戦果を報告、ついでにメイの身柄を引き渡す。
魔将を倒すまでは村の公会堂に閉じ込めておくとのことであった。
その間、村の観光ガイドになるための勉強をさせておくとのことであったが、賢いらしいので特に問題は無いであろう。
「じゃあメイちゃん、私達は旅館に戻りますね、何か欲しいものがあったら見張りの人に伝えてください」
「わかったわ、サリナちゃんもたまには様子を見に来てね、あとマーサ様とユリナ様にもよろしく言っておいて」
「ええ、それから明日の朝、メイちゃんを倒した精霊様……じゃなかった魔法少女1号から追加のお仕置きがあるそうよ、覚悟しておいた方が良いと思うわ」
「うぅ……あの精霊様怖い……」
これで昨日のカラカタイに続き、2人目の魔将補佐であるメイも討伐が完了した。
彼らには今後、少しでも村の役に立って貰う訳だが、是非真面目にやって欲しいところだ。
さて、残るは魚介魔将のイカ野朗のみとなった、さっさと討伐して完全なバカンスに移行しよう。
そう考えていると、カレンが俺の服を引っ張ってくる、トイレに行きたいのであろうか?
「ご主人様、何か忘れていませんか? 魔将討伐も良いですが、私の武器はまだですか?」
完全に忘れていた、この村にはカレンが欲しがる伝説の爪武器が置いてあるのだ。
今日の夜、食事のときにでも旅館の人に聞いてみよう、村の人間であれば何か手がかりを知っているはずだからな。
パーティーメンバーを引き連れ、宿へと戻る。
精霊様はいつまで魔法少女の格好をしているつもりなのであろうか……
ようやく60話に達しました、投稿開始2ヶ月までには100話までいきたいと思っていましたが、このペースだと厳しそうです……




