606 遂に
「……さっきから何かしらこの地響き?」
「あ、それ私です、工場内の全てのΩに徒歩でここへ集合するよう指令を出しておきましたから」
「何だそれなら良かったわ……でもわかっていても身構えるわねこの音は……」
ひとまずΩ製造の要である本社工場の制圧、およびそのエリア内に居る全てのΩの支配は完了した。
俺達に先行して戦闘していたデュラハンのうち、負傷して倒れた3人もどうにか一命を取り留めたとのことだし、この場での作戦はほぼ成功裏に完了したと言って良いであろう。
精霊様とそれに抱えられて回復魔法を撒き散らしていたルビアも既に戻って来ているし、コパーを乗せて飛んだリリィ、そのナビゲート役のセラも帰還済み。
あとはもう、今現在地響きと共に接近している『味方となったΩ軍団』の到着を待つのみだ。
現状では足音しか聞こえていないのだが、その数がここでの戦闘前よりも圧倒的に増加しているということだけは容易に想像出来る。
「あっ、見えてきましたよっ! 私達の家来になったΩですっ!」
「これリリィ、あんなモノを家来にしちゃいけないのだぞ、家来ってのはもっとまともで後々まで有用性を保つ存在に与えるべき称号なんだ、ああいう使い捨てのインスタント野郎共には使ってはいけない、わかるか?」
「そうなんですね、じゃあ話し掛けてあげないことにします」
「おう、奴等の声なんか聞いていたら耳が腐るかも知れないからな、会話したりせず、淡々と使い棄てれば良い、そういうゴミみたいな存在なんだよあいつらは」
雑魚モブΩに対してもまともな態度で接してしまいそうなリリィに注意をしつつ、ようやく見えてきたΩ大軍団の到着を待つ。
どれを見ても同じ顔、同じ動き、同じ格好、本当に気持ち悪いことこのうえないのだが、とりあえずブチ壊してしまうのはまだ我慢しておこう、今のところは『使用価値のある』味方なのだから。
「え~っと、少し集合が遅いので急がせますね」
「おう、こういうときはビシッと言ってやらないとな、だがコパー、無理して強い言葉を使わなくても良いんだ、言葉じゃなく行動で教えてやるってのも大切だぞ」
「わかりました、では……モブΩのみなさ~んっ! 急いで集合して下さ~いっ! あんまり遅いとこうなりますよってのを今から見せま~すっ……バトルモード、ボウ、隊列最後尾の処刑のため魔力矢を放物線状に発射します、射出時には射出ポジションにて上昇気流発生、パンチラします、準備完了、射出します!」
「うむ、毎回パンチラして頂けるのは非常にあり難いな、欲を言えばうっかりノーパンだったぐらいのサプライズが欲しいのだが」
「勇者様、二度とパンツを見られないようにするわよ」
「……それは誠に恐ろしいことだ、どうもすみませんでした」
俺がセラに怒られている間に射出された大量の魔力矢、それが大軍団の後方、つまり後ろの方でダラダラしている使えないΩに向かって飛んで行く。
慌てて逃げようとするダメΩ連中であったが、一度狙いを絞ったらどこまでも追尾する仕組みとなっている魔力矢から逃れることは出来ない。
あっという間に貫かれ、機能を停止していくダラダラ組の姿を見て、その他の支配下Ωは大慌てでコパーの前に集合した……凄まじい数だ、整列した一番後ろが米粒程度にしか見えないではないか。
「ふむ、この大軍勢なら途中で出くわした敵も、それからブルーの邸宅を護衛している敵も殲滅可能だな、よしお前等、これからお前等の『元親分』の命を獲りに行くから、サボらずちゃんと付いて来るように。それと、一部はここに残って工場の破壊を続けることになる、それが終わったらサッサと自壊しろ、わかったな?」
『ケッ、誰が貴様なんぞの言うことを聞くってんだこのウジ虫野郎が』
『聞こえませーんっ、コパー閣下以外からの命令は耳に届きませーん』
『てかよ、何でコイツはコパー様より偉そうにしているんだ?』
「……おいコパー、このΩ共はどうしてこんなに生意気なんだ?」
「すみません、あまりにも数が多かったもので一部制御が効いていないようです、さすがに私の命令は聞くと思いますが、今酷い態度を見せたΩ達はどうしましょうか?」
「そうだな……自分で自分の首をゆっくり捩じ切って果てるよう命令してくれ、苦しんで全損する姿を見ておきたい」
「わかりました、はい、では指令を受け取ったΩの方は前へ出なさい、あなた方は不敬罪で始末されます」
コパーの言うことだけはしっかりと聞くΩ共、半べそ、いやむしろ魔導兵器の分際で泣き喚いている奴が多いのだが、逆らうことも出来ずにヨロヨロと前に出て来た、その数およそ50。
しかし改めてみると本当に表情豊かだな、死にたくないと泣き叫び、顔を歪めて許しを懇願しているのはもはや兵器よりも人間の方が近い存在であるように思える。
もっとも『死ぬ』のではなく『壊れる』というのが正解なのだが、こいつら自身はそのことを『死ぬ』と表現し、そういうものであると思い込んでいる、いやインプットされているのだ。
と、まぁ死ぬにしろ壊れるにしろ、その際に恐怖を感じてくれるというのは非常にあり難い。
これが機械的に、淡々と自らの首を捻じ切るような感じであれば、処刑などまるで楽しむことが出来なかったであろう……
『ひぎぃぃぃっ、たっ、助けてくれっ、今回だけは勘弁してくれっ!』
『そうだ、二度とそっちのクソ野郎に逆らったりしないから、なぁコパー閣下、良いだろう?』
「何を言っているのですかあなた達は、そもそもあなた達のような一般のシルバーΩなど消耗品なのです、本来は自爆作戦に投入されて粉々になり、誰にも弔われることがない存在なわけです。それを集団になったからといって良い気になって、私の大切なグランドマスターに楯突くなど言語道断! 首を捻じ切る程度の楽な方法で処刑して頂けることに感謝しなくてはならないのですよっ!」
「だからグランドマスターなんかじゃ……まぁ良いや、とにかくお前等、サッサと余興を始めろよ、待ちくたびれて串刺しにしちゃうぞ」
「お待たせして申し訳ありません、では処分を開始して下さい、始めっ!」
『ひぎぃぃぃっ! グギギギギッ、ぎょべっ!』
『ハギョギョギョギョ……ゴベッ!』
「……ふむ、良く考えたらこいつら、この程度じゃ稼動停止したりしないんだよな」
コパーの命令によって自らの首をブチッとやり始めたモブΩ共、外れて地面に落ちた首は未だに苦悶の表情を浮かべ、普通に言葉を発して許しを請うている。
このまま置いておけばその辺の魔物か何かの餌になるのであろうか? いや、好き好んで固くて不味い魔導兵器の頭など喰らう魔物など居はしないか。
とはいえ片付けるのも面倒だし、こいつらにはこのままここで生き恥を晒して頂くこととしよう。
もちろん朽ち果てるまでずっとずっとだ、雑魚の分際で俺様に不遜な態度を取った罪は非常に大きいのだから。
さて、今の光景を見たその他のモブΩ共は態度を……改めようという様子はないな。
表面上は俺や仲間達に敵意を向けることがなくなったが、それはあくまでもコパーの以降に逆らわないためだ。
つまり俺自身は未だに軽く見られているため、いざというときにこの腐った脳みそのΩ度もが命令を聞かず、大チャンスを逃したり大ピンチに陥ったりと、どうしようもないことになる予感がする。
何とかして俺や俺の仲間の方がコパーより格上の存在だということを知らしめなくては……そうだ、以前宅配中級魔族から悪魔として恐れられていたエリナに使った方法をもう一度やろう……
「おいコパー、ちょっと良いか?」
「はい、どうしましたか?」
「このクズ魔導兵器共が俺を軽く見ているのはコパーがしっかりコントロールしていないからだ、そ王に違いないな?」
「……た、確かにその通りな気が、いえ間違いなくその通りです」
「そうか、じゃあ出来の悪いΩにはお仕置きをしないとだ、尻を鞭打ってやるからそこへ四つん這いになれ」
「ヘヘーッ! あり難き幸せっ!」
精霊様からなるべく痛くなさそうな鞭を借り、直ちに四つん這いになったコパーの尻にそれを打ち付けていく。
こては相当に辛く恥ずかしい、指揮官としての尊厳が傷付けられる……どうやらそうでもないようだな。
いや、そういえばコパーは『タイプM』であった、ピシッ、ピシッと鞭打つ度に、ビクンッとなりながらかなり嬉しそうな顔をしているではないか。
だがコパーが鞭打たれて喜んでいるという事実はそれを見ているゴミΩ共からは認識されていない様子。
一様に唖然とした表情を見せ、自らが付き従う指揮官様を圧倒的に支配するこの俺様に対して恐怖の感情を抱いている。
「オアラッ、どうだダメっ子魔導兵器め、鞭で打たれて痛いかっ?」
「はぐっ、き、気持ち良いですっ、もっとグランドマスターの鞭を頂きたいですっ、あうっ」
「そうか、じゃあ一旦これで終わりにしてやる、続きはこの戦いに勝利してから、今度は褒美としてくれてやるから楽しみにしておけ」
「へへーっ! あり難き幸せっ!」
これで俺の圧倒的優位性が頭の悪い雑魚Ω軍団にも認識されたはずだ、もちろん逆らえば粉々にされるし、少しムカつかせただけでも確実に破壊される。
Ω共がそう思っている以上は俺に対する反逆も、また先程までのような態度を取ることなどなかろう。
まぁ、普通にコパーが居ればそれで指揮は出来るのだが、念のための保険として俺への忠誠心も確保しておかなくてはならないのだ。
もっともそれもあともう少しの間だけだがな、工場の破壊に従事するごく少数の部隊はともかく、その他のΩは次の作戦、おそらく最終作戦となるであろうブルー邸襲撃の際に使い潰す予定なのだから。
「よしっ、ではこれからいよいよブルーの邸宅へ向かうぞ、全員準備は良いかっ?」
『うぇ~いっ!』
「ご主人様、お腹空きました……」
「私もーっ」
当然の如く全員が『うぇ~い』するはずの俺の質問に対し、約2名、期待していたのとは違う返答をした者が居た。
誰とは言わないが食いしん坊の約2名だ、仕方ない、腹が減っては何とやらという伝説も語り継がれていることだし、ここは出発の前に軽い食事休憩としておこう。
Ω軍団を立たせたまま持参していたピクニックシートを広げ、その場で缶詰など開けて口に入れる。
腹拵えが済んだところで気を取り直して出発、目指すは主敵であるブルーの所有する邸宅だ……
※※※
「え~っと、まだ見えてこないけど地図上だと分岐をこっち、右側の細い道ね、かなり深い森だし、目的地に向かうにはここしかルートがないわ」
「それなら仕方ないな、コパー、Ωをこの脇道に入らせてくれ、おそらく戦闘集団はもう到達する頃だろうよ」
「あ、それなら大丈夫です、さすがにここのΩは原所有者であるブルーの屋敷の場所、最初から場所がわかっているみたいですから」
「ああ、確かにそうじゃないと護衛もクソもないからな、しかし正解ルートに向かったのであればそろそろ迎撃があるんじゃないのかな?」
「う~ん、今のところ戦闘が始まったとか、始まるような存在が認識されたという情報は共有されていませんね」
「敵が居ないってことか、大集結して邸宅だけを警備しているのか、それともブルーの奴がつれて逃げたのかってとこだな」
「後者でないと良いのですが……どうもそちらの可能性の方が高そうですね……」
Ω製造工場付近を出発してからもうかなり進軍しているのだが、これまで敵らしい敵には一切出会っていない。
もちろんΩとの小規模な戦闘はあったが、それはブルー指揮下のものではなく、脱走して勝手に繁殖した野良Ωとのことであった、いや、魔導兵器がどうやって繁殖するのかは知らないが。
で、ここから先は本当に『ブルー邸に向かう』以外の用途が存在しない道であるのだが、おそらくはもう先頭集団はその分岐の向こうへ差し掛かっているはず、なのに待ち構えている敵は皆無ときた。
やはり懸念していた通り、あの触手の大軍に手こずっている間にブルーは退避、その際大量のΩを連れ去ったため、フェイクのためにこんな所に配置するような兵力がなかったということか。
だとしたら遠征をここで終えることは出来ず、またこのメンバーで、もちろん触手穴で待機させているチームも含めて更なる旅に出なくてはならない。
可能であればそれは避けたい、今の遠征部隊が嫌いだとか嫌な奴が居るとかそういうわけではなく、純粋にそろそろ王都へ戻ってまったり温泉にでも浸かりたいのだ。
そしてこの先へ行くとなると、地図上では海を渡って極東の中の極東、小さな島国へと渡ってそこでブルーを捜索する必要が生じてしまう。
当該島国は一切戦えないマーサの兄が良く行くような、非常に安全な地域だということはわかっているのだが、それでも今、海を渡ってまで行きたいとは思えない。
出来ることであればここで、最悪でもここから少し離れた程度のところでターゲットを発見、討伐して首を持ち帰りたいところ。
そして勝利者として王都へ凱旋し、しばらくは魔王軍のことなど忘れ去って豪遊するのだ……
「あっ、ご主人様、さっき言っていた脇道ってのが見えてきましたよっ!」
「おいコラそこのカレン、1人で走って行くんじゃないよ、逸れてΩの波に飲まれても知らないからな」
「ひぃぃぃっ、何かそれ気持ち悪いから絶対にイヤですっ!」
「ほれ、イヤなら戻って来い……しかしアレだな、ここに至ってもやはり敵が出現する気配はないな、迎撃が遅れているだけっていう可能性すら潰えたか」
「仕方ないわね、どうなるかわかんないけど、もうちょっとだからこのまま進みましょ」
「だな、ただあまり期待はしないでおいた方が無難そうだ……」
まさかの『敵出現』に期待してしまうというあり得ない状況、俺達はそんな中でも立ち止まることをせず、長々と続くΩ軍団の隊列に続いて目的地を目指した。
徐々に前がわちゃわちゃしてくる、自然渋滞に嵌まったようなこの感覚は、間違いなく前の方の集団がブレーキ、いやそもそも立ち止まっているために起こっているものだ。
ようやく敵が出現した……という感じではないな、おそらくはもうひとつの理由、戦闘集団が目的地まで辿り着き、そこにどんどんプールされているのであろう。
となれば俺達ももうすぐ到着、ラストスパートは少しだけ急ぎ気味で行きたい、というか意識しなくとも自然にペースが速まっていく、皆目的地が近いことを肌で感じているのである……
※※※
「勇者様、遂に到着ですっ! アレが、あの王宮バリの建物は間違いなくブルー邸ですっ! もう金目のモノのかぐわしい香りがプンプンしていますよっ!」
「いや、金目のモノとか何とかじゃなくてさ……」
「臭っさいわねぇ~っ、どこかで牛乳とかが腐っているんじゃないかしら? あと誰かお風呂に入っていないとか? とにかく私やカレンちゃんには厳しい臭いよ」
「臭いです……本当に臭いです……」
「大丈夫かカレン? ちょっとおんぶしてやろうか?」
「お願いしますご主人様……もう、フラフラで……」
ようやく見えてきたブルー邸、金目のモノの香りに興奮してしまっているミラを除き、全員が鼻を抓むなどして耐えている凄まじい臭気。
これがもしブルーの奴が放ち、このエリアの木々や空間に染み付いた臭いであったとしたらとんでもない。
奴は本格的に風呂に入っていない、どころか生まれつきこういう臭気を放つ種族である可能性さえある。
そしてこの臭いのせいでカレンがダウン、マーサも辛いのが明らかな動きをしているではないか。
とりえず布をマスク代わりにしてどうにか凌いで貰おう、そこまで効果は得られないかもしれないが、多少の気休めにはなるであろう。
「……とにかくΩを突入させよう、中に防毒マスクか何かがあるかもだから、発見次第持ち帰るよう命じるんだ」
「わかりました、あと屋敷内に敵性の反応が……500万ほど、ほとんどが地下にあるようですが、どうしますか?」
「500万って、どんだけすげぇ数なんだよここのΩは……まぁ良いや、それと戦いつつ、ついでにこの臭いを断ち切るアイテムを最低2人分だ、出来れば全員分な」
「わかりました、では支配下の全Ωに伝達、これより敵の本拠地を捜索、敵性Ωを掃討、臭気を耐え凌ぐためのアイテムを確保します、行動開始!」
『ウォォォッ! 俺様が一番乗りだっ!』
『いや、俺こそが一番乗りだっ! コパー様の寵愛を受けるのはこの俺だっ!』
『むっ、聞き捨てならん言葉を、ここは我が先頭に立って……ぎょべっ!』
『ひょげぇぇぇっ! し、死んだ……』
意気揚々と突入を始める味方のΩ大軍団、そして当然に姿を現し、迎撃を始める敵性Ω。
どうも敵の方がかなり強いようだ、まぁ、本拠地の中の本拠地を守っているのだから特別なのは当たり前か。
しかしこのままではこちらのΩが全滅してしまう、ということで再びコパーに指示を出させ、内部の捜索に参加しないΩに関しては相打ち必至の戦闘方法に切り替える。
しばらくすると10体のΩがこちらへ走って来た、凄く嬉しそうな顔をしているというのはこういうことを言うのであろうという程度の、満面の笑みを浮かべたシルバーΩ共だ、非常に気持ち悪い。
そしてそれらが両手一杯に抱えているのは、まるでペスト医者かの如きマスク……それは役に立ちそうもないな、疫病は防げるかもだが臭いはどうにもならないはずだ。
だがもうひとつ、箱に1ダース詰め込まれた小瓶が3ケース、その箱には『ニオイナクナールΩ』と書かれているではないか。
それこそ俺達の求めていたものだ、すぐに馳せ参じたΩからそれを受け取り、使用方法を確認してまずは実験だ……デュラハン隊長に渡してみる、ちなみに鼻の下に塗るタイプだ。
「……ほう、これは良いかも知れませんぞ、全く臭いが気にならなくなりました」
「そうか、じゃあ俺達も使うぞ、それで邸宅の中に突入するんだ、目指すはブルーとやらの討伐、全員気を抜かずに、これからこの遠征最後の戦いになると思って臨むんだぞっ!」
『うぇ~いっ!』
こうして長い旅路の終着点となるであろう……となって欲しいと思っている建物への突撃が始まったのであった……




