603 最深部の敵
「オラァァァッ! 死ねやボケェェェッ!」
「勇者様、本当に最近叫んでばかりね、しかもちっとも活躍してないじゃないの」
「ウォォォッ! でも頑張っている感は出ているだろぉぉぉっ!」
「全然、もうサボっているのがバレバレよ」
威勢だけでどうにかしようとしているのをセラに看破され、指摘されてしまった。
大声を張り上げるのに注力し、面倒な戦闘はそこそこにしておく作戦もそろそろ限界か。
というか、どうして異世界勇者様たるこの俺様ともあろう者が、本来は魔王軍撃破の途上であるはずのこの俺様が、こんな所で気持ちの悪い触手共と激戦を繰り広げなくてはならないのか、甚だ疑問である。
クソッ、俺も回復魔法が使いたい、もしも回復の担い手であればこんな目に遭うことはないのだ。
今も鼻歌を歌いながらチョロチョロ後ろを付いて来ているだけのルビアのように、普段は何もしないでいても咎められることがなくなるのだから……
と、内心で愚痴を溢している間にこのエリアの触手は片付き、これまでと同様に強敵に警戒、トラップに触れて魔法陣が浮かび上がってもそこから新たなものが出現することはなくなったようだ。
いやはや今回も頑張った、ここまで無事に進んで来られたのはほぼほぼ俺様の奮戦のお陰であり、皆はこのお強い勇者様に多大な感謝を……と、先に行ってしまったようだ、置いて行かれると厄介だし急いで追い付こう。
「お~いっ、ちょっと待ってくれ~っ」
「遅いわよ勇者様、早く来ないと置いて行っちゃうんだから、ただでさえちょっと急ぐんだし待っていられないわよ」
「ん? 何だ、どうしてちょっと急ぐんだ?」
「カレンちゃんとマーサちゃんがね、こっちの方、てか向かっている奥の方よね、そっちから凄い沢山の触手が蠢いている音がするって」
「ほう、そうなのかカレン、触手なのは確かか?」
「間違いないです、さっきまでの沢山出たときのヌルヌルした音と、奥から聞こえてくるヌルヌルした音は一緒です」
「なるほど、マーサもそう思うか?」
「うん、あのヌチャァ~ッて音は間違いないわね、ヌチャァ~ッて」
「その音の表現は止めてくれないかな、聞いてるだけでキモくなるぞ」
「あら、じゃあヌチャァ~ッじゃなくてベチャァ~ッかグチャァ~ッ、あとグジュジョボベッ、どれにする?」
「どれも表現しなくて良いから、少し黙って音を聞く方に集中しろっ!」
触手音でふざけるマーサ、だが俺は知っている、触手の実物を前にした際のマーサは若干退き気味、あのヌラヌラの物体とはあまり戦いたくないと感じているのは一目瞭然。
俺を小馬鹿にするような擬音を連発した罰として、次に触手軍団と遭遇したときにはそっとマーサの背中を押してやろう、それでヌチャァ~ッの触感を克服して新世界に旅立つのだ。
そのまま道なりに進んで行くと、ようやく次の触手スポットに到達した。
もちろんそこまでにも魔法陣だけは何度か出現していたのだが、敵の警戒エリアであったようで触手は出現しなかったのである。
すぐに戦闘態勢に入るヨレヨレのジェシカを除く前衛とマリエル、それにコパー、カレンがぴょんぴょんと跳びながら触手トラップを発動させていく。
あっという間に周辺は触手だらけ、あとはこれを殲滅していくだけの簡単なお仕事。
だがやはりマーサのみへっぴり腰だな、逆に遊び半分で後ろから出て来たリリィの方が前に居るぐらいだ。
「い、いくわよっ! ひぃっ、ちょっと、今何だか変な汁が……」
「これこれマーサさんや、もしかしてお前、ちょっとビビッてんじゃねぇのか? 『ひぃっ』って何だよ、あんな雑魚相手に情けない限りだぜ全く」
「ちっ、違うもんっ! それはちょっとキモくてアレだけどさ……ちょっとというか結構……」
「あれ? ヌチャァ~ッとか言って調子に乗っていたウサギさんが随分しおらしいじゃないですか? いやはや、あの人を小馬鹿にしたような発言および態度はもしかして、いや本当にそんなことはないと思いたいのですが、ひょっとすると自分がブルッているのを隠すためのハッタリだったのかな? どうかな?」
「ぐぅぅぅっ……あんたに馬鹿にされるとムカつくわね、助けてマリエルちゃんっ!」
「もうっ、勇者様ったらマーサちゃんをいじめてはいけませんよ」
「そーだそーだっ! 私だって本気になればあの触手ぐらい……ぐらいは……助けてマリエルちゃんっ!」
「結局ダメなんじゃねぇかっ!」
「だってキモいんだもん、調子に乗った分は謝るから、もうさすがにそろそろ許してちょうだい、ね?」
キモい系の敵に対しては案外弱っちいマーサ、そこが可愛らしいといえばそれまでなのだが、上目遣いで許しを壊れてしまった以上、当初の計画通りに触手の海に突き落とすことなど出来ない。
仕方ないのでマーサを守ってやり、聖棒を振りかざして敵の触手を威嚇、ジリジリを戦闘エリアから下がる。
最初からこうしていれば良かったのだ、強いように見えて実は弱いウサギを守るため、正義の勇者としての後退をすれば誰にも文句は言われなかったのだ。
と、そんなことをしている間にも戦っていた他の仲間達、だがどういうわけかこれまでのように一瞬で殲滅というわけにはいかないようだ、コパーも両手のブレードを再調整しているし、そもそも触手自体が少し……
「ご主人様、この敵は何かヘンです、これまでのとちょっと違います」
「だよな、何だか青々としているもんな、瑞々しいというか新鮮というか……」
「きっと大本に近い、比較的若い葉……じゃなくて触手なんでしょう、弾力があってヌラヌラ感も3倍以上(ミラ比)ですっ!」
「なるほど、てことはかなり触手コアに近付いているってことだな、よしっ、ちゃっちゃと討伐してくれ、先を急ぎたいからな」
『自分で戦いなさいっ!』
総員によるツッコミを受け、しかも保護対象であったマーサもマリエルによって没収され、俺は単騎で触手群と対峙させられてしまった。
別に戦うことは問題ないのだが、俺よりもむしろ触手群の方が残念な感じになっているのは気のせいであろうか……いや、餌となる女の子集団が後退、逆に変な野郎が出て来たのだからそれも仕方ない。
俺にしてみてもうっかり足を滑らせたミラ辺りが触手によって陵辱されるのを楽しみにしていたのに。
これでは単に気持ちの悪いバケモノと、どうでも良い野朗による世界で一番無価値な戦いではないか。
ということでこの戦闘の詳細については割愛する、ついでにその後、俺が期待していたような事態には遭遇しなかったためそちらも割愛する。
ザックリ話すと『俺の攻撃、触手群全体に5万のダメージ、触手Aは死んだ、触手Bは死んだ……触手ZXは死んだ……触手群は全滅した(効果音チャララ)』、以上、こんな感じであった。
そんなことを繰り返しながら大穴の奥へと向かう、かなり狭くなってきたようだが気のせいか、そう思い始めた頃、ようやく一気に開ける場所へ到達するのであろうという感じの足音の響き。
同時にその先から聞こえるグニュグニュと、べちょべちょした何かがひしめき合っているような音。
間違いなく触手の大集合体だ、この場所から魔法陣を通して、この付近一帯に触手を送り届けているのはもう明らか。
さらに注目すべきはそれを操っている触手コア……いや、これは触手とは別の敵のようだ。
コア以外にも触手を操る何者かが居て、その何者かを討伐する必要があるということだな。
「よっしゃ、このまま進もうと思うが、この先の広くなっているであろう場所はもう触手パラダイスだ、誰が捕まるかわからないからな、覚悟して、ついでに気合も入れていけよ」
「ご主人様、一応私が捕まった時のために明かりを灯しておいて欲しいですの、もし私が魔力を全部吸われたりしたら途端に真っ暗ですのよ」
「確かにそうだ、ミラ、ランタンか何か出してくれ、念のため絶対に襲われない俺が持っておく」
「わかりました、では燃料の油も多めに持っておいて下さい、いざとなったらその棒を松明の代わりにして植物系で火に弱いはずの敵を威嚇するんです」
「おいコラ、神聖な聖棒様を松明代わりにしようとか言うんじゃないよ、罰が当たるぞ、あの女神による陰湿な罰がな」
「それは困るので勇者様が肩代わりして下さい、一応罪を擦り付けておきますね」
「おいぃぃぃっ! 体良く触手のベタベタで汚れた手を拭こうとするんじゃないよっ!」
「私もですっ!」
「あぁぁぁっ! ほら余計なことするからリリィが真似するじゃないかっ!」
「ちょっとそこっ、もう敵に近いから騒がないのっ!」
『すみませんでした……』
珍しくミラがふざけていてセラに怒られるという、いつもの逆パターンな展開となってしまった。
ちなみに俺は悪くない、全ては最初にふざけたミラの責任なのだ、罰が当たって商店街の福引が一生ハズレばかりになると良い。
で、こんな所ででふざけてばかりいるわけにもいかないということで、ランタンに火を灯し、野郎ゆえの触手耐性を持つ俺を先頭にその先、敵の親玉が居る様子の広い空間を目指した……
※※※
「やっぱり、ここから一気に広くなるぞ、あと地面も何だかしっとりした感じだな」
「植物、というか触手が育ち易い環境にしているんですねきっと、人間を捕えて魔力を吸うだけではなくて、普通に地面からも栄養を吸収しているんでしょう」
「ああ、食虫植物とか食人植物とかもそうらしいからな、とにかく先へ進もう、細心の注意を払いつつな」
『うぇ~いっ!』
気合を入れて一歩踏み出し、触手のヌラヌラ音が聞こえる空間へと進む。
真っ暗な空間に明かりを向けると、もう目の前に触手の壁が出来ているのがわかった。
きっとこの奥、というか触手塗れの中心部にコアがあり、そこは空洞になっていて敵の親玉が隠れているのだ。
敵性の反応があるのは今俺が経っている場所から20mぐらいのところ、そこまでにこの触手をどれほど斬り払う必要があるのか……
「主殿、ここは私に任せてくれないか、かなり調子が良くなってきたし、この触手にも復讐しておきたいからな」
「お、ジェシカはもう大丈夫なのか、ちなみにもう一度捕まっても俺はまた眺めているだけだからな、むしろ眺めて楽しむからな」
「トラウマになりそうだから勘弁してくれ……と、ではいくぞっ!」
「私もフォローしますっ!」
「はいはいっ! 私もっ!」
ジェシカを先頭にし、そこで斬り損じたものは後ろに続くミラとリリィが潰していく算段。
それで触手の壁に穴を空け、その先の空間へと一気に突入してしまう作戦だ。
剣を水平に構えたジェシカが動き出すと同時に、その姿に、というかおそらく揺れるおっぱいに反応して襲い掛かる触手。
だがジェシカの方が一歩先を行った、体に触れる寸前の触手はズバッと切り裂かれ、何やらモゴモゴと人の言葉を喋りながら息絶えた。
それとほぼ同時、一斉に襲い掛かる壁を形成していた触手共、やはり突撃部隊の3人のうち、もっとも狙われ易いのはジェシカ、次いでミラ、リリィはほとんど無視されてしまっている。
これはおそらく魔力ではなく、おっぱいのサイズで襲う対象を判断しているということだ。
動き出し、というか最初に獲物を発見するきっかけになっているのは体から溢れ出す魔力なのであろうが、結局のところ選ばれるのはおっぱいのサイズ、本当に理不尽な世の中である……
と、今回に関してはそれが、触手のおっぱい好きがかなり功を奏しているようだ。
強い個体が最も『栄養』のある先頭のジェシカに集中することで、効率良く、一撃で多くのそれを斬り払うことが出来ているではないか。
もちろんミラもリリィも動きでは負けていないが、やはり討伐数はジェシカが5、ミラとリリィでそれぞれ2ずつ、そしてそのすぐ後ろでゴミ掃除をし、通路を確保している俺とマリエルがそれぞれ1といった感じ。
ちなみに親玉を屠るためのカレン、と精霊様、それから恐ろしく強いことが発覚したコパーは後ろで温存してある。
もし触手の壁が単なる罠で、この後中へ閉じ込められてしまうようなことがあっても安心なようにしておくという意味も込めての温存だ。
「見えたぞっ! ここで壁は終わりだっ!」
「眩しいっ⁉ この先はすっごく明るいですっ!」
間違いなく明かりが灯っている触手壁の向こう側、そこへ一気に雪崩れ込み、振り返って最後尾のルビアまで突入していることを確認する。
全員無事に中へ入れたようだ、まぁ、中へ入れたことが良かったのか悪かったのかは、もう一度前を向いて敵のご尊顔を確認……いや、何だアレは……
「大変です勇者様! 勇者様の大好きな全裸の女の子が触手に凌辱されていますよっ!」
「いや待てミラ! 近付くんじゃないぞ、それは罠だ、というかその女の子を良く見てみろ、明らかにΩじゃないか」
「……赤い髪……コパーちゃん比べて違うのは……顔がちょっとだけですね、同じボディーが採用されています……えっと、ホントにΩですね」
「だろう? どうしてそれが触手に凌辱されているのかはわからないがな」
全面を球体状に編み込まれた触手壁に覆われた広い空間、今俺達は触手で出来たボールの中に居るのだ。
直径はおよそ15m、そしてそのボールの中心には赤く鼓動する気持ちの悪い心臓のようなモノ。
触手に覆われ、無数の触手で壁に繋がっていることから、おそらくこれが触手コアなのであろう。
これを破壊してしまえばどうにかなる、触手は完全に排除することが出来ると思うのだが……思うのだが……
それよりももっと気になる存在がひとつ、それに磔にされるようにして、1人の女の子、ではなく女の子タイプのΩがそこに居るのであった。
謎の女の子Ωは意識がない、というかシャットダウンされている様子はないのだが気絶している感じ。
全身を触手にまさぐられながらも抵抗することはせず、目を瞑った状態で時折不快そうな反応をするのみ。
これは助けるべきなのか? それともこの女の子Ωと触手コアはありがちな接続関係にあり、触手を斬ってしまうとこの子も死ぬ、いや壊れてしまうとかそういうことが……
「なぁコパー、この子は何ていうΩなんだ? 以前見たカタログとかにも載っていなかったようだが」
「え~っと、まるでわかりません、ベースが私と同じ、つまりダメで役立たずで戦えなくて1体しか売れなかった過去の私(克服済)の余ったボディーをベースにしているのは明らかなんですが……触手に凌辱されている状態がデフォの子なんか知りませんね……」
「だろうな、生まれつき凌辱されている知り合いなんて居ないよな、てことはアレか、何らかの理由で触手に囚われてこんな感じになっていると」
「そもそも触手が私達のような魔道兵器を捕まえることはないはずなんですが、どうしてこうなってしまっているのでしょう……」
「む、それもそうだな、この状況は色々とおかしいことが多すぎるぞ」
コパーの言う通り、このエッチな触手が襲うのは人間だけだということがわかっている。
魔力が好きなのかおっぱいが好きなのか、おそらく後者なのだということも徐々にわかりつつあるが、Ωを襲ってその魔力を吸うというのは考えにくい。
もちろんコパーのような、そして今目の前でりょうじょくされているような女の子タイプのΩであれば、人かΩかわからなければ一度は絡み付いて様子を見るはずである。
だが最初俺に絡み付いてきた触手と同様、それが『餌』ではないと認識した瞬間に、残念そうな捨て台詞を残して立ち去るのが通常であろう。
だが現に全身に触手が絡み付き、ずっと凌辱され続けている女の子タイプΩが目の前に存在しているのだ。
これがどういうことなのか、現時点ではわからないどころか仮説すら立てることが出来ない。
「ちょっと良くわからない状況ね、とにかくこの子を叩き起こしてみましょ」
「いや叩くのはかわいそうだろ、敵かも知れないが凌辱されているんだし、それで喜んでいるようには見えないしな」
「じゃあ私が優しく起こしてあげるわ……チェストォォォッ!」
『全然優しくないじゃないですか……』
女の子Ωはかなり高い位置に磔にされているのだが、宙を舞ってそこまで到達することが可能な精霊様。
ススッと近付いて行った先で強烈な気つけチョップを喰らわせる、本当に乱暴だ、乱暴だが……どうやら上手く目を覚ましたようだ。
ピクッと動いた直後、明らかに意識を取り戻した感じで目を見開き、今度はビクンッと反応する被凌辱女の子Ω、全身をヌルヌルのブツに包まれている不快な感覚はあるに違いない。
そのままもう一度目を瞑り、恐る恐る、ゆっくりと目を開ける女の子Ω、次第に状況を理解し始めたようだ、驚きの表情、次いで徐々に絶望の面持ちに変化していく……
「ひっ、ひぃぃぃっ……どうして、どうしてこんなことに、触手は私を襲わないって言っていたのに……あぐぅっ、やめて、もうやめてっ!」
「お~い、1人で悶絶しているところ悪いが、助けて欲しいか欲しくないかだけ教えてくれ~っ」
「ひゃっ⁉ え? もしかして敵の異世界勇者パーティー? あへっ……でも何でも良いですっ! とにかく触手を斬って助けて下さいっ! そうしてくれたら降参して大人しくしますからっ!」
「わかった、じゃあどうしようか……よし、全員で突っ込んで繋がっている触手を端から斬るぞっ!」
『うぇ~いっ!』
直接的な攻撃が可能なメンバーでパパパッと触手壁の上部、下部に回り、女の子Ωを拘束している触手を一気に斬り払う。
なお、ここではあえて触手コア的なモノを破壊することなく残しておいた、もしかすると何か注意すべき点があるかも知れないし、このΩの子に事情を聞いてからにした方が良いと判断したためだ。
「あれっ、あれぇぇぇっ!」
「よっと、ナイスキャッチだ」
「た……助かりました……あと出来れば洗って頂けると幸い……です……」
救助は完了、だがホッとしたところで再び気絶してしまった女の子Ω、望み通りきれいに洗ってやり、機能を回復したところで事情を聞くこととしよう……




