602 大穴
「よし、じゃあコパーの能力に期待して、俺達は気兼ねなく触手をブチ殺しながら先へ進むぞっ!」
『うぇ~いっ!』
「まっ、まだ試してもいないうちからそんなに期待されると……」
「大丈夫だコパー、お前は史上最強、全てのΩの頂点に立つ女なんだぞ、自信を持って、それから気合を入れて戦いに臨むんだ」
「は、はぁ、頑張ります……」
イマイチ控え目な態度を取るコパー、これまではメイド専用Ωとして過ごしていたのだし、元々そう設計されていたのだから、いきなり全Ωを支配下に置くことが可能な最強の存在になったと言われても実感が沸かないのは仕方ない。
だがこれまでも何度か技術者のおっさんが述べてきたように、コパーはその資質があるΩなのだ。
そもそも戦闘用として設計された『Ωシリーズ』の中で唯一非戦闘タイプであったがゆえ、人気も出ず同型も作成されていない、唯一無二の存在、それがコパーである。
俺の、いや俺達のコパーは強くて可愛い、そして使える……いや、メイド奴隷としては皆アイリスの方を評価しているし大好きではあるのだが、コパーのことも、もはや皆が大好きである、大さじ小さじを指先で表現出来るしな。
それで、そのコパーの力に頼ることを想定して、まずは先行して穴の中へ入っていったカレンとリリィが踏んだ触手トラップ、その中から出でたエッチな触手と対峙していく……
『ドコダ、エモノドコダ』
『マリョク、オッパイ、ソノタモロモロ……』
「おいてめぇらっ! おっぱいならここだぜ、俺様の『マイナスAカップ』をモミモミしてみるか?」
『コイツ、サッキノオトコ、キモイシクサイシ、アトマリョクモナイ』
『チョウシノッテル、コロス』
『ニンゲンコウイウトキサケブ、ヒャッハーッ!』
「上等だぜっ、掛かってきやがれっ! ウオォォォッ!」
ヒャッハーな触手と俺、もちろん俺の方が遥かに強くて美しい、そして伝説の勇者様であるのはこの俺。
手に持った聖棒を用いてバッサバッサと触手を斬り倒し、背後で『おうえん』する仲間達の称賛を集め……
「ちょっと勇者様、変な技名とか台詞とかは良いからもっと早く討伐しなさい、待っているこっちが飽き飽きしちゃうわ」
「おいセラ、そんなこと言うならお前自分で戦えよ、ほら、向こうでまたカレンが触手を出したぞ」
「うっ……もしアレに手足を絡め取られたかと思うと……」
「何だよ、あんな雑魚触手も討伐することが出来ないのかセラは? そのくせ俺の華麗な戦闘に文句を言いやがって、このオトシマエ、どう付けてくれるのかな? んっ?」
「わかったわよっ、戦えば良いんでしょ私1人でっ! でも勇者様……もし負けちゃったら助けてよね……」
「おうおう、土下座して謝罪、それからおっぱい……は無だから尻を差し出して助けを懇願するんだな、そしたら仕方なくたすべろぺっ!」
「調子に乗りすぎっ!」
「す……すびばせむでびた……」
この穴探検において全くリスクのないこの俺様、ここぞとばかりにセラに対してマウントを取ろうとしていたのだが、結局殴られてしまったではないか。
まぁ良い、この穴の中は完全に触手だらけだ、偉そうなセラもそのうちに音を上げ、この最強伝説ミラクル異世界勇者様たるこの俺様の足元に平伏し、靴をペロペロしながらこう言ってくることであろう、『尻をブッ叩いて下さい』と……いや、それはいつも言われているような気がするが……
とにかく、俺の挑発に乗ったセラが、後ろから制止するミラの忠告も気にせず1人で前に進み出した。
逆に俺を制止するのは心が清らかすぎるマーサ、危ないからどうのこうのと言っているがガン無視してやった。
で、セラは俺やカレンと同様触手トラップの位置が見えていない、精霊様は完全に見えていて、リリィはちょくちょく把握出来ている。
だがその『上異種族が見えている』のだとしたら俺が見えていないのはおかしいし、むしろ同じ悪魔の姉妹でもユリナよりもサリナの方が良く見えているのはおかしい。
おそらくは精神攻撃系のスキルへの耐性やそういったものにかんするセンスなどが影響しているのであろう。
その辺りは今のところどうでも良いが、後々このトラップエリアを用意した敵の主要キャラと対決するときに役立ちそうな情報だ。
で、セラがモタモタしている間にカレンが出した触手は討伐されて……いやカレンとリリィのおもちゃにされてしまった。
そうなるとセラが取るべき行為はただひとつ、自力で触手を出して、それを自ら討伐して見せることだ……
「よ、よしっ、じゃあ私が触手トラップを発動させるわよっ、良い勇者様? もし絡み付かれたらしばらくして助けてよねっ」
「しばらくって、すぐにじゃないのかよ……」
「お姉ちゃん、そのエッチな触手は服を溶かしてしまうのよ、もったいないからふざけてでも絡め取られたりしないで、そういう変態行為なら後でそういうのが大好物である変態勇者様がやってくれるはずだわ」
「おいミラ、お前も変態行為の餌食にしてやろうか?」
「ええ、内容については後程……と、お姉ちゃんがもう触手トラップに当たりましたよっ!」
あっという間であった、確かに罠はかなり狭い間隔で敷き詰められているようだが、それでもたった数秒話している間に、たった数歩進んだだけで引っ掛かるとは思わなかった。
だがセラはなかなかの身のこなし、肉が少ない分地面を蹴った際の初速が速く……いや、こんなことを言っていると怒られてしまうな、とにかく足元に出現した魔法陣からとっさに離れ、次いでせり出した触手の攻撃を完全に回避する。
……が、その回避によって足を付いた場所、さらにはその次も……次も次もその次も、セラが移動する度に出現する魔法陣、運が悪いなどという次元の話ではない。
「ひゃっ! よっ、ほっ、またっ!? ちょっとっ、いい加減にしてよっ!」
「セラ! ちょっと落ち着いて動くんだっ! それじゃあそこら中が触手だらけに……と、もう手遅れみたいだな」
『お~い、勇者様~っ、見えなくなっちゃったわ~っ』
「こっちからも見えないぞ~っ、セラが変なことするから、触手の壁に阻まれてしまったじゃないか~っ」
『しょうがないじゃないの~っ!』
次々に触手トラップを発動させ、それを体操選手ばりの動きで全回避してしまったセラ。
触手に一切触れられることなく、どんどん前へ進んで行ったところでようやく安全地帯に辿り着いたようだ。
そしてその場に残ったのは大量の、獲物を求めて蠢く触手のみ、それが壁を作り、前に居るセラ、カレン、リリィの3人と、後ろに居る俺を含む他のメンバーが完全に分断されてしまったではないか。
このままでは拙い、何が拙いかというと前に居る3人のうち2人、カレンとリリィだ。
あの2人にこちらのセーブが効かない状態を作出してしまった、しかも唯一の監視役はお馬鹿のセラ。
放っておくと何をするかわからないし、サッサとこの壁による分断を解消してパーティーを統一しなくてはならないのだが……触手の数が多すぎる、本来であれば大規模魔法で対応する数だがここは地下の狭い空間。
もちろん反対側からセラが風の刃を放つという方法もあるのだが、こちらから全く見えていない状態でそれをして、果たして触手の壁の向こうからそれを切り裂いて現われる高速の刃を、全員がサラッと回避出来るかというと疑問である。
さすがにそれは危険度が高い、よって却下として他の方法を……マジで地道に触手を切り払っていくしかないのか……
「クソッ、セラが調子に乗ったせいで面倒なことになったな、救出したら尻をブッ叩いてやる」
「……勇者様が無理矢理やらせていたような……と、そうです勇者様、少し思いついたことがありますが良いですか?」
「どうしたマリエル、尻をブッ叩いて欲しいのか?」
「ええそうです……じゃなくて、えっと、それもそうなんですが、ここはコパーちゃんの力を試してみる絶好のチャンスでは?」
「おぉっ、確かにな、このちょっとしたピンチを切り抜けることが出来ればコパーは、クリムゾンΩはホンモノだ、良く気が付いたマリエル、褒美として尻をブッ叩いてやるっ!」
「ひゃうんっ! ありがとうございますっ!」
気付いたマリエルは偉い、というかそんな重要なことを忘れていたその他、もちろん天才勇者様であるこの俺様は除くメンバーがアホであっただけなのかも知れない。
だがこの場は本当に最強になって新登場したコパーの力を試す絶好のチャンスだ。
本人はどことなく不安げだが、その不安は『触手を倒せるかわからない』というものではない。
どうやらコパーが抱えている不安、それは『俺達の期待に沿える凄さを見せ付けることが出来るかわからない』というもののよう、別に自分が弱いかも知れないと思っているわけではないのだ。
そんなコパーが恐る恐るといった感じで前に出る、緊張の初戦闘、相手は気持ちの悪い触手。
さて、この『女性の敵』であり『変態野朗の味方』であるエッチな触手相手に、コパーはどの程度の力を発揮してくれるのであろうか……
「じゃ、じゃあまずは……バトルモード、ダブルブレードッ!」
「おぉっ! 両腕の先が剣に変わるのかっ!」
「凄いっ! 大さじと小さじだけじゃなかったなんて……」
両手に剣、ではなく両手が剣、それだけでも驚きだというのに、コパーはまだ動き出す様子がない。
ここからさらに微調整を掛け、より戦い易い状態に自分を持っていくつもりのようだ……
「え~っと、魔力によるジャンプブースト発動、足首付近に魔力を集中します、両手のブレードも魔力で強化、ジャンプ、攻撃、防御、回避時におけるパンチラ率を100%に修正、被ダメージは衣装へ転嫁、軽度の受傷はアーマーブレイクに変換されます……よしっ、これで良いはず、いきますっ!」
「明らかなサービス機能まで発動させているのは何なんでしょうか……」
「いや、そんなの俺のために決まってんだろ、ほら、動き出した瞬間にパンツが……早すぎて見えないじゃねぇかっ!」
ヒュッと、ほぼ予備動作なしにその場から消えたコパー、その場に残っているのは残像だけだ。
それからおよそ0.5秒後、再び同じ場所に姿を現したコパーのメイドスカートがフワリと風に靡き、下に穿いているピンクのパンツが顔を覗かせる。
ウネウネと動いていた触手がその瞬間に硬直し、次いでボロボロと崩れ始めた。
まるで枯れてカサカサになった葉っぱでも握ったかのようにボロボロと。
いや、実際には触手が枯れているわけでもないし、水分を失っている様子もない。
肉眼では捉えることが出来ないほどに高速で動いたコパーが、斬撃によって微塵切りにしてしまったのだ。
しかもその間魔法陣は一度も踏んでいないらしい、一度触手を討伐した魔法陣でも、もう一度踏めば新たなものが発生する。
なのに今現在、目の前には一切の触手が存在しない、光っている魔法陣はひとつもない、つまりそういうことだ。
「……おい、すげぇなマジで」
「そ、そうでしょうか、とりあえず今のが『全力の1%程度』の力なんですが……」
『本気じゃなかったのかよっ!?』
驚きの事実、勇者パーティーの中で比較しても相当に上位、空を飛んで高速移動することが可能な精霊様を除き、マーサ、カレン、ミラの順で高い素早さの、おそらくカレンとミラの間に入るであろうスピード。
そして物理攻撃力は俺やマリエル、ジェシカなど、一撃で敵を打ち払うための武器を持ったメンバーと同程度。
これは期待出来るとかそういう次元のモノではなくなった、今回の遠征部隊の要、メインキャラを張ることも夢ではない実力だ。
「コパーちゃん、凄く強かったです、ちょっと私と模擬戦しましょう、今から」
「えっ? ここでですかカレンさん、ちょっとそれは怒られるんじゃ……」
「そうだぞカレン、こんな所で暴れたら触手トラップが……っと、すまん、俺が踏んでしまったようだ」
コパーの強さに目を輝かせ、また余計なことをしでかしそうなカレンを捕まえるべく足を踏み出した俺であったが、その記念すべき第一歩にて地面に魔法陣が浮かび上がったのであった。
こうなるともうお終いだ、俺は素早さ的に触手を回避出来ないが、薄汚くて価値のない野郎なので襲われることはない。
で、おそらくこれから出現する触手の矛先は……おや? 触手が出現しないではないか……
「ちょっと待て、どうして触手が出てこないんだ? さっきまでは何度でも復活する感じだったのにな」
「さぁ? さっきのコパーちゃんの強さにビビッてどっか行っちゃったんじゃないかしら?」
「その可能性もあるな、セラ、ちょっとそっちの方でも踏んでみてくれ、てか歩いてこっちへ来い」
「わかったわ、じゃあカレンちゃんもリリィちゃんも、一旦戻ってひと塊になりましょ」
『はーいっ!』
ということで先程まで分断されていた3人が歩いて戻る、その間に何度も発動する触手トラップ、場所が見えているリリィなどはわざと踏んで遊んでいるのだが、魔法陣は出ても触手がせり出してくる気配はない。
これは一体どういうことだとなり、精霊様が前に出て調査を開始する、その間にもリリィは触手トラップを何度も踏んで遊んでいるが、時間が経ったからといって機能が復活する様子もなく、ただただ魔法陣が浮かび上がるのみ。
「ヘンねぇ、さっき私が踏んだときには普通に出たのに、てか出すぎなぐらいだったけど」
「セラ、お前もしかして壊しちゃったんじゃないのか? あんなに連続で踏むなんて想定してなかっただろうしな、あ~あ、これは怒られる、間違いなく怒られて修繕費とか請求されるぞ」
「そっ、そんなぁ~っ! 勇者様、勇者様がやれって言ったんだし、もし怒られたら一緒に謝ってよねっ!」
「何を言っているのだセラは、俺は謝罪などしない、もし怒られたら相手を殺すのみだ」
「あ、そっか、敵なんだから殺せば良いのよね、簡単なことだったわ」
「全く、そんなことにも気付かない奴はこうだっ!」
「あでっ!」
セラの尻をブッ叩きつつ精霊様の鑑定結果を待つ、念のため空中に浮きながら、時折トラップをチョンッと触ったりして様子を見ている。
やがて何かがわかったような顔になり、1人で勝手にウンウンと頷き出した。
どうやら触手トラップが作動しない原因がわかったようだ、つまり、同じ方法を取れば以降も同じように無効化することが出来そうだということ……
「うんうん、やっと原因がわかったわよ」
「ほう、じゃあ説明を頼む、もちろんマーサとかチンパンジーでもわかるようにな」
「えっとね、この触手トラップは押せば必ず触手が出る仕組みじゃなくて、発動と同時にここと触手が居る場所との空間が繋がるってだけなのよ」
「というと?」
「つまり、さっきセラちゃんがあり得ない頻度でトラップを踏んで、大量に触手を出したでしょ? それが悉く殺られちゃったてことで敵が、おそらく触手のコアだか親玉だかが警戒しているの」
「だから今この場所には触手を出さないってか、出してもすぐに全滅させられるだけだし、しばらくして謎の強敵、つまりコパーがどこかへ移動するのを待っているということだな」
「そういうこと、マーサチャンもわかった?」
「うん、全然わかんないけど別に良いや」
「はいよろしい」
「よろしいのか?」
マーサは馬鹿すぎて全く理解していないようだが、とにかく触手野郎の本体がブルってしまったため、せっかく魔法陣が発動し、獲物をゲット出来るチャンスだというのに触手を送って寄越さない、そんな感じだ。
もちろん触手コア、触手親分、触手キング……と、呼び名はどうでも良いのだが、とにかくこの地域でトラップから出でる触手のトップに君臨する何かはほんの少しだけ賢いらしい。
まぁ、おそらくはこのエリアを離れればまた当たり前のようにトラップが発動し次第触手が、となるのだとは思うが、もしかするとしばらく進めば俺達の、というかコパーの移動ルートを予測した触手コアの野郎が予めそのエリアでは触手を出さない、つまり俺達は一切戦うことなく先へ進めるということになるのではなかろうか?
いや、そこまで賢い可能性は極めて低いな、人語を解するとはいえ所詮は触手、思考も単調で、喋っているとはいってもそこまで流暢ではない、おそらくマーサより馬鹿だ。
「よっしゃ、じゃあここからもありったけトラップを踏んで、それで触手を出して全力で全滅させる、もちろん俺達の力を見せ付ける感じでな、それでいこうっ!」
『うぇ~いっ!』
そこからはもう、トラップに引っ掛かったのが俺達であるということを知らない、かわいそうな触手に対する蹂躙の時間であった。
まず素早さの高いメンバーが、最初から全ての罠の位置を把握している精霊様の指示に従ってポンポンッと魔法陣、そしてそこから出る触手を掻き集めていく。
そのエリアが触手塗れになるまで、つまり限界まで出るモノを出した状態は本当に気色悪い。
獲物を求める触手同士が人間の言葉で会話し、情報交換をしているのもなおそれを助長している。
だがそれもほんの一瞬のこと、完全に出し切ったと判断したところで一気に、全員で掛かってそれを全て斬り払っていくのだ……
「死ねぇぇぇっ!」
『ギョェェェッ! コロサレタジャナイカ!』
『コノテキ、サッキノテキダ』
『ココモウムリ、デナイホウガイイ……』
「よっしゃ! ここも制圧完了だぜ、このままガンガン進んで行くぞっ!」
どこへ続いているのかさえわからない大穴を、そのようにして触手を倒しながら、トラップを無効化しながら先へ進んで行く俺達。
奥へ行くに従って、ひとつのトラップから出現する触手の本数が増え出したような気がしなくもない。
どうやらこの穴探検の目的である『大元』へ近付くことが出来ているようだな。
そして、このとき既に耳の良いカレンとマーサの耳には、向かう先で膨大な数の触手が蠢いているような音が届いていたのだという……




