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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第九章 才能開花
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599 完成

「え~、それではまずですね、今回のピンチも切り抜けましたということで、あともうあと一息で敵の親玉の首を刎ね飛ばすことが出来ますよということで、色々コミコミで乾杯したいと思います。え~、こんな外飲みなわけですがとりあえず乾杯!」


『うぇ~いっ!』



 外にテーブルを並べ、白い大きな布をテーブルクロスの代わりにして始まった全員参加の宴会。

 既にデュラハン達のテントが設営され、本日はここで陣を張って朝を迎えることが決まっている。


 もちろん明日の朝には出発となるのだが、それでもこの戦いを切り抜けたこと、そして全ての遠征参加者が並ぶテーブルのど真ん中に設置された、膨大な魔力を蓄えて青く輝く結晶、その完成を祝ってささやかな宴会をすることは避けられない。


 なお、ここに言う『全ての遠征参加者』には、ここに居る者達の中で2名だけが含まれておらず、その2名は宴会場の横、仮設された檻の中に縛り上げた状態で放り込んである。


 2名のうち1名はホルン、一応捕虜ということでこの扱いだが、問題はもう1名、ホルンの妹のカバサだ。


 事情があったとはいえやったことは到底許されるものではなく、通常であれば直ちに死刑に処されているところ、それが半ば俺達を裏切ったことに対する正式な代償なのである。


 だが俺達は、否、俺は女の子に対して非常に慈悲深い、可愛い女の子は死刑には処さないということは、俺がこの世界に来てから徐々に確立していったポリシーであり……と、そういえば一度性格の悪い誰かさんの首を跳ねたことがあったが、本人は余裕で生存し、しかも反省、更生しているためセーフといえよう。


 とにかくカバサに関しては命は、命だけは奪わないものの、それなりに痛い目に遭って頂くことが確定。

 もちろんホルンにも『姉としての監督責任』ということで、一定の罰を与えることが決定されている、とんだとばっちりだな。


 と、それはそれで食事の後、長い夜を利用してじっくり執り行うべきことなので今は関係ない。

 ここでの話題は皆の注目を集める青い結晶、乾杯後ある程度落ち着いたところで、それに関しての説明をするよう、酒に溺れていないミラから技術者に話題が振られる……



「……えっと、この結晶はこれからどうやって利用するんでしょうか? コパーさんに取り込ませるのだとは思うんですが、まさかそのまま飲み込ませるとかいう虐待めいたことはしませんよね?」


「もちろん、そんなことをすれば『魔導兵器愛護法』に抵触してしまいますから、もっと別の方法を用意していますよ」


「なるほど、で、その具体的な内容は?」


「おい待て何だよその法律」


「まずですね、この『コバルトブルー結晶(魔力フル充填エディション)』をゴリマッチョ格闘家のパンチを用いて粉末状にします」


「あら? それではせっかく蓄えた魔力が霧散してしまうのではないですか?」


「おい待てどこからそのゴリマッチョ格闘家を連れて来るつもりだよ?」


「いえいえ、この結晶、というか物質は凄まじい量の魔力を保持した状態で安定していますから、砕いてから使用するまでを短時間にすれば失われてしまう分は本当に極僅かなのです、ですので1日3回、食後に砕いてすぐにコパーさんに服用させるのです」


「そうですか、それで、何日程度それを続ければコパーさんは強化されるんですか?」


「おい待て食後じゃないとダメなのか? 空腹時を避ければいつでも、というのが本当に使い易い薬品で……」


「そうですね……おそらくは3日程度続ければ、あるとき突然効果が現われ、コパーさんのボディー内で最強のΩたる回路が形成されるはずです」


「わかりました、詳しい説明をありがとうございます、え~っと、ここまでの話で特に疑問を持たれた方は……居ないようですね、ありがとうございました」


「おい待てさっきから俺の話し聞いてないろっ!」



 色々と不思議に思うこと、おかしいだろうと感じたことを突っ込んでみたのだが、その俺の言葉には返答どころか反応すら返ってこない始末。


 いや、反応していないわけではない、ミラはこちらを見てニヤニヤしているではないか。

 きっと先程カンチョーで昏倒させたことへの仕返し、いや、俺を怒らせてもう一度カンチョーを喰らいたいだけのようだ。


 変態ミラめ、寝る前の油断したタイミングで朝まで目覚めない次元の強烈無比なカンチョーをお見舞いしてやろう、それが望みなのであれば容赦はしないぞ……


 とまぁ、それでもこれからやっていくことについて色々とわかったし、コパーがもう一段階、つまり採集の進化を遂げるのがおそらく3日後であるということもかった。


 この食事会の終了時から、コパーには絶対に『服用し忘れ』が起こらないよう、お年寄並みの『おクスリ手帳』を作成して青い結晶の粉を飲ませることを徹底しよう。


 で、問題はその結晶を粉にする係の者だ、王都へ戻れば『ゴリマッチョ格闘家』など石を投げれば容易に当たる程度には存在しているのだが、こんな人里離れた、しかも魔族領域の山奥でそれに出会う可能性は皆無である。


 かといって現状の仲間にそのような存在があるかというと……うむ、そんな奴は居ないな。

 俺はゴリマッチョではないし格闘家でもない、デュラハンの中にはゴリマッチョも含まれるが、首なしウマに乗って剣で戦っている時点で格闘家ではない。



「なぁ、誰かこの辺りに住んでいるゴリマッチョ格闘家を知らないか? そうしないとさっきの話、この結晶を粉末状にするという行程がどうにもならないと思うんだが……」


「あっ、あぁぁぁっ! 私としたことがとんでもないミスをっ! そうです、確かにこの結晶を粉末化するにはゴリマッチョ格闘家の力が必要なのですっ! 遠征部隊はこれだけの大所帯、これだけの数が居てそういうキャラが含まれていないというところまでは頭が回らず……」


「うむ、それは無理もないだろうな、普通であれば4人パーティーでも含まれている可能性が高いキャラだ、だが結局どうする? それを用意しないと……」


『……あのっ、ちょっとよろしいですか?』


「誰だっ!? ってカバサかよ、どうした? いまちょっと取り込み中なんだよ、お前のお仕置きはこの後だからそこでもう少し反省しておくんだな」


「いえ、そのぉ~、そうじゃなくて今していた話なんですが……少しはお役に立てるかと……」


「ん? まさかカバサ、お前『ゴリマッチョ格闘家』なのか? 脱ぐと凄いのかっ?」


「……そうじゃなくてですね、私は純粋魔族の里では彫金師なんです、誰かが造った装備とかに装飾を入れて……だからそのスキルでその青い鉱石を細かく削ることが出来るかも知れないんですよ」


「なるほどな……いやちょっと待て、これより審議に入る」



 食事会状の隅に放置されていた2人の入った檻、その中で俺達の会話を聞いていたと思しきカバサからの提案。

 ちなみにホルンの方はまるで聞いていなかったようだ、今はオアズケを喰らっているものの、後から自分に支給されるはずの料理にしか目が行っていないのである。


 で、要救助者かと思えば敵であり、戦闘中に後ろからコソコソと幻術を使って俺の仲間達を惑わせたカバサ。

 当然信用はゼロ、どころか大幅にマイナスだ、その言葉をおいそれと鵜呑みにするほどこちらは甘くない。


 この場で考えられるカバサの作戦、もちろんカバサが敵であったとしたらの話だが、これはふた通り考えられる。


 まずひとつ目はせっかく手に入れた青い結晶の破壊、これをやられると全ての苦労が水の泡、そして既にあの豚野郎を消滅させてしまった以上、絶対に同じものを取り返すということが叶わない。


 そしてふたつ目、こちらは青い結晶に封入された魔力を何らかの方法をもって解放、完全に暴走させてしまうというものだ、被害がこの付近一帯の消滅で済むとは思えない、破滅的な結果をもたらすことは容易に想像出来る。


 もちろん実際にやってきそう、やるであろうと考えられるのはひとつ目の敵対行為だ。

 カバサ自身が死んでしまう、それどころか俺達を嵌めてでも守るべき里の消滅は避けたいはずだし、自分が絶対に処刑されないということを認識していればそうするはず。


 だが、これらはあくまで仮定の話であった、もしかするとカバサはもう敵対の意思がないのかも知れない。


 つまり、ここで言っていることは本当で、必要とされるゴリマッチョ格闘家の代わりに、その彫金のスキルをもって俺達の作戦を成功に導いてくれるという可能性がないとは言えないのだ。


 ここは本当に慎重な選択が迫られる、嘘発見器? そんなものはこの世界には存在しない……まぁおそらくだがないはずだ、微妙だが。


 本人の目を見ても嘘をついている様子はないのだが、一度俺達を完全に騙した演技派のカバサ、その澄んだ瞳の奥には、未だドス黒い陰謀が渦巻いていないとも限らない。



「……どうする勇者様、ここで選択を誤れば完全にアウトよ、先へ進めなくなるか、それとも振り出しにもどるか」


「う~む、そうだな……よし、ここはカバサに任せよう、もちろん単に任せるわけじゃない、ホルンを使うんだ」


「主殿、まさか人質を取るとでも言うのか? 敵とはいえそこまで邪悪ではない対象相手にそのようなことを……」


「諦めてくれジェシカ、卑劣なのは重々承知だ、だがな、カバサだってさっきのアレは相当に卑劣、これで行って来いになったわけだ。まぁ、もちろんこっちの卑劣さは攻撃ではなく担保の提供を要求しているだけであって、何もやらかしたりしなければ差押になることはないんだからな、まだマシな方だと思って貰いたいところだ」


「しかし……いや、仕方ないか、だが何事もなければキッチリ姉を返してやる旨、宣誓しておくべきではないか?」


「大丈夫だ、マリエル、ちょっと高級な紙を出してくれ、それに誓約書を認めて、精霊様のご都合主義なミラクルパワーで契約者たる俺とカバサを拘束する、それで構わないだろう?」


「わ……私は大丈夫ですが、お姉ちゃんが良いと言うか……あ、全然聞いてませんね、たぶん大丈夫です」



 ということで俺とカバサの間に青い結晶を粉にする業務の請負、並びに裏切り防止のため姉のホルンを担保として差し出す旨の契約がなされ、それが精霊様のご都合パワーで俺達を拘束する。


 ちなみに成功報酬はお仕置きの一部免除、それから担保になっているホルンに関しては連帯責任と監督不行届きによる責任を完全に免除してやることが決定した、もちろんそれも契約内容のひとつだ。


 で、一旦その話は横に置き、そのまま酒と料理の並ぶテーブルに意識を向けた。

 ここまでの流れをガン無視して食べ続け、飲み続けていた数人の力によって『良いモノ』ばかりが減少しているのだが、それでもまだ料理は豊富である。


 本来であればここからカバサの処断が始まる予定であったのだが、事情が変わったため今回の戦いで全く活躍せず、会議の内容に付いていくことすら出来ずにブッ倒れていたセラでもイジって遊ぶこととしよう。


 真面目な話の再開は食事会をひと通り終えた後だ……



 ※※※



『うぇ~いっ、ごちそうさまでした~っ!』


「やれやれ食った食った、もう腹が一杯で動けないぞ」


「勇者様、素早さが10分の1まで減少していますよ、今走ったらデンデン虫にも勝てないのでは?」


「ちげぇねぇ、さて、グダグダしてばっかりもいられないな、早くしないとコパーが『食後』でなくなってしまうからな、結晶を削らせる準備をするんだ」



 俺は担保として預かっているホルンを拘束して手元に……いや、その必要はなさそうだ、俺達の食後に支給された余りモノにガッツいている以上、その間はどこへも逃げたりしないはず。


 とりあえず抱えるだけにしておいてやろう、食事をしているところ申し訳ないが、後ろからヒョイッと掴んで手元に寄せてやった、念のためカバサに『いつでもホルンをどうこう出来る』というアピールをしておくのだ。



「え~っと、じゃあ工具はこのミスリル製ピックで良いかしら? オリハルコン製のマイナスドライバーもあるけど」


「あ、ピックで大丈夫です、あと貴重なオリハルコンをマイナスドライバーに……」



 カバサに使わせる工具は精霊様がどこからともなく取り出したもの、当然ドライバーなどではなく使い易そうなピックを選択した……まぁここでドライバーを選んだらモグリ彫金師だよな……


 しかしアレだな、見栄っ張りの精霊様のことだ、酒用の氷を砕くピックは高級なものを使っていても不思議ではないが、オリハルコンのマイナスドライバーは何に使うのか? というかこの世界におけるオリハルコンの初登場ではないか今のは?


 とにかくミスリルの方のアイテム(ピック)を精霊様から受け取り、緊張の面持ちで作業を開始するカバサ。

 とにかく失敗のないよう慎重に、丁寧に青い結晶を削っていく……意外にもポロポロと、そこまで抵抗なく削れている印象だ。



「ふむ、良いですよ、非常に良いですよ、これならゴリマッチョ格闘家が丹精込めて指突を加えていったのと同等の粉末感が出ます、このまま続けて下さい」


「は、はいっ! 頑張りますっ!」



 どうやら技術者のお墨付きが得られたようだ、今度は裏切ったりすることなく真面目に作業をこなしていくカバサの額に輝く汗、真剣そのもの、失敗が許されないのを承知している、そんな印象を受ける。


 そのまましばらく、誰1人として言葉を発することなく、ひたすらにカリカリと、巨大な結晶がほんの少しずつ、見た目ではその質量の減少がわからない程度に削られていく時間が続いた。


 だが下に敷かれた白い布の上には、確かに青く輝く魔力を帯びた粉末が、まるで星の砂でも採取したかのように煌めいているのだ。


 それが徐々に溜まり、おそらくは飲み薬の粉末1人前分程度となったところで、ようやく技術者からストップの声が掛かる、最初の1回分がこれで完成したらしい……



「ではコパーさん、これを水またはぬるま湯でグーッといってしまって下さい、苦くはないと思うので思い切って」


「わかりました、では・・・…」



 口を開けて上を向いたコパー、そこへ2つに折った紙の上に乗せた青い粉を自分で、サラサラと流し込んでいく。

 一瞬むせかけた、というかΩにそんな機能が搭載されていたことが驚きなのだが、それを堪え、コップの水を煽って一気に流し込む。



「……特に変化は見られないようだが……コパー、何か変わったところはあるか?」


「う~ん、なんだか少しこう、ジンジンと熱いような……その程度ですかね」


「まだ服用1回目ですからそのぐらいの反応しか得られていないのでしょう、このまま毎食後、欠かさずこの粉を服用していけば確実に変化のときが訪れますよ」


「わかりました、忘れないように頑張ります」


「まぁ、こんな重要なこと誰も忘れないだろうがな、次はいよいよ今回の遠征の集大成となる敵の親玉討伐だ、そのカギになる進化作戦なんだし」



 その通り、それから3日間、朝昼晩と欠かさず取っていた食事の時間には、皆がコパーの所に詰め寄って、ついでに青い結晶を削るのを観察して、しっかりそれを服用するまでを見届けた。


 作業を見られているカバサも、そしてごっくんするところを見られているコパーもやり辛そうだが、皆気になって仕方ないので集まるのを止められないのだ。


 そして迎えたのは3日目の夕食、いつも通りに食事を終えたのだが、『そろそろ来るっ!』という気持ちがあったため、皆一様にそわそわしていた、もちろん俺もだ。



「んぐっ、んぐっ……ふぅっ……何だか今日はめっちゃ見られてますね……」


「どうだコパー? そろそろ何か凄まじい変化が起こりそうな気配を感じたり察したりお告げがあったりとか、とにかく何か起こらないのか?」


「そう言われましても……う~ん……う……ん?」


「おや? コパーさんの様子が……」


「はぁっ、はっ、ぐぅぅぅっ……熱いっ! 何だか凄く熱い……例えるならそう、真っ赤に燃えていた炎が、さらに温度を上げて青い炎に……あぁっ、でもそれが紅蓮と混ざり合って……」



 突然頭を押さえて悶絶し出したコパー、何か良からぬことが起こったのかと一瞬肝を冷やしたのだが、技術者の冷静な、それどころか薄ら笑いを浮かべた顔を見て安心した。


 これは進化だ、進化が起こっているのだ、コパーコパーとは呼んでいるものの、目の前に居るこのメイドさんタイプのΩはそうではなく、真紅の炎をイメージした高級タイプ、スカーレットΩなのだ。


 それにコバルトブルー回路、つまり青の要素が追加されていく、外見的な変化はボディーではなく髪の毛に現われる、それを考えると、今現在両手で押さえている頭には……チラッと見える青みがかった赤い毛髪……



「はぐぅぅぅっ……うっ……ふぅ~っ……どうやら収まったようです、私、何か変化しましたか?」


「ああ、髪の色がスカーレットから青を交えたようなゴージャスな赤に変わったぞ、それと……凄まじい魔力だなオイッ! おっさん、これはどうなんだ? 上手くいったと考えて差し支えないか?」


「……ええ、これは成功も成功、大成功ですよ、コパーさん、いえ本来はスカーレットさんでしたね、ですが今この瞬間をもってそれも終わり、新たに最強の指揮官タイプΩ、『クリムゾンΩ』の爆誕ですっ!」


『ウォォォッ! クリムゾンΩ万歳! 多種族混合東方遠征部隊万歳!』


「よぉしっ! これで残すは敵の本拠地に突撃することのみっ! 一気に押して敵将の無様な命乞いを聞きに行くぞっ!」


『ウォォォッ! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!』



 これで全ての準備が整った、もう戦える、もう何が起こっても負けることはあり得ない。

 長かった今回の遠征も次の勝負で完結だ、俺達は、俺達のチームは最強だ、だが最後まで気を抜かず、ブルーとやらの首チョンパまで走り抜けよう。


 目前に迫ったゴールを目指し、士気が高まった勢いで走り出す遠征軍、敵の本拠地まではもうあと僅かの距離である……

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