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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第九章 才能開花
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597 照射

「あっ、あのっ、もうこの辺りまで来れば大丈夫なんじゃないですか? ここからは自分で歩くので降ろして下さい」


「まぁまぁ遠慮すんなって、カバサは恐い目に遭ったから立てもしないんだろう? それを無理矢理歩かせるなんて、正義の異世界勇者様としては絶対にしてはならない愚行だからな、安心してこのまま背中にいると良い、戦闘とは無縁の場所まで引き離してやるからな」


「でも、その、えっと……」


「ん? 今何か言ったのか、戦闘の音が益々大きくなってきて聞き取れなかったぞ」


「いえ、なんでもありません、助けて貰って感謝しているってことです」


「そうかそうか、それは良かった」



 どういうわけか敵であることがわかったカバサを連れて、しばらくの間後退するようにして走ると、今来た方角、つまり仲間達がΩと、それから薄気味悪い豚野郎との戦闘を繰り広げているエリアから響いてきた轟音。


 どうやらマーサが戦線に復帰したようだ、それ以外にあんな音を立てるような攻撃の可能な者は居ない。

 やはり幻術にやられていたのが正気に戻った、そういうことなのであろう。


 さて、こちらはこちらでやるべきことをやらねばなるまい、味方として、そして事情を知る者として同行しているのはサリナとエリナの2人、あとは全員非戦闘員だ。


 そしてその非戦闘員の中にはもちろん、特に敵対したわけではないものの一応捕虜として連行しているホルン、そう、隠れ敵キャラであることが判明したカバサの姉であるホルンも含まれている。


 だがこの場でカバサに何も聞かないというわけにはいかない、周囲への影響が出ないよう、俺とサリナとユリナの3人で、完全に囲んだ状態でメインの話を切り出すこととしよう……



「さて、カバサ、もうここで降ろしてやる、降ろしてやるからちょっと両手を頭の上で組んで地面に膝を突け」


「え? いえ、は? どうしてですか、どうして私だけそんなことをしなくちゃならないんですか?」


「だってあなた、幻術を使って私達の戦闘を妨害していましたよね? こちらが何も気付いていないと思ったんですか? かなり巧妙に隠していたみたいですが、もうあなたが『敵』または『敵の協力者』であることは看破済みなんです」


「……!?」


「あのっ、ちょっと待って下さい、妹は、カバサは幻術系のスキルなんか持っていませんっ!」


「あっ、そうですよ、そうなんです、私、幻術なんて使ったり出来なくて……」


「物凄い勢いで目が泳いでいるわよ、あと冷や汗もドバドバね、ちなみに右腕に嵌めているブレスレッド、ちょっと見せて貰っても良いかしら?」


「いえっ、これは大事なものでして、ちょっと人様にお渡しするようなものではなくてですね」


「だろうな、お前はそれがなくちゃ幻術が使えないんだもんな、そろそろ観念して白状したらどうだ? 年貢の納め時はとっくに過ぎたし、ここからは延滞税が掛かってくるだけだぞ」


「ぐっ、ぐぅぅぅっ……わかりました、降参しますね」



 そう言ってブレスレッドを外し、それに関して指摘をしたエリナに手渡すカバサ。

 エリナが躊躇なく受け取ったということは、それが危険な類のものではないということだ。


 おそらく本当に魔法を、幻術攻撃を使うためだけのものなのであろう、何かあったら爆発したり、使用者を死に追いやるだの何だのという、ごくありがちな危険性は帯びていない。


 で、そのブレスレッドを隅々まで入念に調べたエリナ、その間にはサリナがカバサを拘束し、俺は心配するホルンに大丈夫だからと言い聞かせておいた。


 そして魔導アイテムに大変詳しいエリナによる『検分』が終わる、何か色々とわかったことがあるようだ、1人で勝手に納得の表情を浮かべているエリナが妙にムカつくので引っ叩いてやりたい。



「うんっ、これは間違いなく敵の、Ωの技術を用いた攻撃用アイテムですね、これは『幻術バージョン』みたいなんですが、きっと攻撃魔法バージョンとかも造られているんだと思いますよ」


「ほうほう、で、装備するとどんな効果が得られるんだ?」


「単純に『魔法が1種類付与される』というだけのものです、もちろん装備した人の魔力を使って発動するんですが、その効果は一律で鍛えたりとか出来ないみたいですね、でも元々かなりの威力です」


「なるほどな、普通の攻撃魔法をそのブレスレッドで付与したとしても、それで俺達を倒すのはまず不可能だ、だが幻術を、しかも背後からコッソリ使えば勝機はある、カバサ、お前はそれを狙ったということだな?」


「え~っと、私はそうするように命令されただけなので……」


「誰から命令されたんだ?」


「何か臭い人です、名前とか知りませんが凄く偉いらしくて、最初から最後まで全部台本を用意してくれて……もっともここでバレちゃったらどうするべきなのかは聞いていませんが」


「お前はそんな得体の知れない輩の言うことを聞いていたのか……」



 なお、その臭い野郎はカバサを引き込むために、武器を造って売っている純粋魔族の里が、その最も大口である取引先である魔王軍の壊滅によって共倒れになること、そしてここで俺達を退けることに成功すれば、その可能性がなくなることなどを吹聴していたらしい。


 また、新たな大口取引先としてブルー商会が名乗りを挙げることにより、純粋魔族の里のより一層の発展を約束するところまでしていたようだ。


 それはもちろん、たまにしか訪れない観光客等が購入する選りすぐりの高級武器だけでなく、魔王軍やブルー商会といった戦闘員を有する巨大組織の大口注文の方が、里の発展という意味では相当に捗るのも事実。


 それにそういった組織において下っ端のパートタイム戦闘員などに渡る雑魚武器、それは駆け出しのスミスが練習も兼ねて造ったものであることが多いはず。


 ゆえに巨大組織による大口注文を失えば、これまでは『利益を出しながら』進めることが出来た新人育成の枠組みが崩壊してしまうことになる、それは里全体にとってかなりの痛手になる。


 ということでそのような危機感につけこみ、『純粋魔族の里のため』という理由で俺達に、卑劣な手段で攻撃することを決めさせたその臭い輩は相当にやり手だ、卑怯者の鏡といえよう。


 だが俺達の方が、幻術ガチ勢のサリナちゃんを擁する勇者パーティーの方が一枚上手であったのだ、ギリギリだが、大きな被害が出る前に敵の姦計を見破ることが出来、実行犯もこうして捕らえることが出来た。



「さて、俺とサリナは戦闘の方に戻らなくちゃならない、誰かさんのせいでかなり遅延させられたが、Ω軍団を滅ぼしてあの豚野郎を利用する作戦を成功させるんだ、だがその前にだ……アイリス、カバサに『身体検査』をしてやれ」


「あ、はい~、じゃあわしゃわしゃしましょうね~」


「ひぎぃぃぃっ! くすぐったいです、あっ、そこはっ」


「ほれほれ、アイリス、もっと全身を撫で回すんだ、どこに何を隠しているかわかったもんじゃないからな」


「わかりました~、それならえ~っと、服の中に手を入れて直接調べましょ~う」


「ひょぇぇぇっ! あっ、にゃははっ、もう無理ですぅ~っ」



 アイリスのゆっくりとした、しかし確実なタッチで全身を撫で回されるカバサ、上も下も容赦なく、パンツの中にまで手を突っ込まれて調べられている。


 ちなみにカバサが『幻術のブレスレッド』以外に何も所持していないのは確認済みだ。

 これは『身体検査』ではなく、『お仕置きの一環』としてやっているのである。


 当然本格的にお仕置きするのは全てが終了した後、作戦が成功したことに対するささやかな祝いと共に執り行う。

 命令されていたとはいえ俺達を騙すような行為をし、前で戦う仲間を危険に晒したのだ、そう易々と許されて良いなどということはない。


 結局カバサがヘロヘロになるまで『身体検査』は続き、後程厳しい罰を与える旨、またそれまではエリナの監視下で大人しくしているようにと伝えてその場を離れる。


 現在の位置は戦闘エリア、つまり戦闘員が展開しているエリアからかなり離れてしまっているが、こちら方面に敵が入る様子はないし、いざとなればエリナが、そして一応戦っているコパーを除く2人の鹵獲Ωが頑張ってくれるはず。


 ということで戦闘エリアへ戻ると、俺とサリナがその場を離れたときとは、大幅に状況が変わっていることがひと目でわかる雰囲気であった。


 どうやら何らかの作戦が確立されたらしく、会議をしていた『賢いチーム』が前に出て何やらやっているではないか……



 ※※※



「うっす、こっちは色々と片付けたが、そっちも何か変化があったみたいだな、ミラ、ちょっとどういう感じなのか説明してくれ」


「えっとですね、まずこのコバルトブルーとかいう結晶にあの気持ちの悪い変質者の攻撃を当てる、それによってこの結晶が魔導回路として使用可能な物質に変化する、そこまではわかっていますね」


「うん、まぁ何となくだが」


「で、ここで考えていたのはその攻撃をどうやって結晶に照射するのかということです、結晶の数は多いので、広範囲に散りばめることによっていつかは、というような作戦も考えられました、ですがそれはあまり芳しくないと、そういう結論に達したんです」


「ほうほう、それはどうして?」


「それはですね、数ある結晶の中でも最後に入手した結晶、かつてあのケツアゴを封印した古の戦士から採取されたのであろう、祭壇の中にあったものですね、可能であればそれを用いたいと技術者の方が言っておられまして、どうも最終的に得られる効果が品質によってかなり代わってくるそうで……」



 あまりにも多い情報、既に頭が混乱してきたのだが、ミラの説明はそんなところで終わるようなものではなかった。


 そこからが本題の『どうやって敵の攻撃を、そこまで大きくないコバルトブルーの結晶に照射させるのか』ということであったのだが、これがまた異常、どうしてそれがわかったのかという次元の内容であったのだ……



「……まずですね、敵の攻撃は3つのモードを行き来しているということがわかりました、強力なレーザーを1本だけ使うモードA、少し威力の劣るものを広範囲に照射するモードB、そして『様子を見ている』とか『不気味に微笑んでいる』とかしかやってこない、チャンスモードであるCです」


「おいコラ、その最後の1個は何なんだよ……」


「それはわかりませんが、各モードで数回行動すると、ランダムでその他2つのモードへ移行すること、その以降確率が攻撃3回目に37.5%、4回目から先は87.5%であるところまで判明しています」


「お前等凄すぎんだろマジで……」


「で、こちらが利用したい、コバルトブルーの結晶を変異させるのに必要な出力があるのはモードAの攻撃だけです、なのでそれ以外のモードは無視、モードBまたはCにて敵が3回行動した際に、次にモードAの攻撃がきそうな場所を予測して結晶を設置、念のため他モードの攻撃を受けてしまわないよう、3回外れたら一時撤去するという作戦が確立されました」


「おう、何かもうアレだわ、攻略本にすらここまで書いてないだろうってことを良くもまぁこんな短時間で……まぁ、とにかくそれ以外にやりようが無いんだろう? だったらそれでいくしかないな」


「ええ、それと作戦を実行しつつ、一見ランダムに見える敵の狙いに関して、そのパターンを発見するべく調査を続けています」


「うむ、もう好きにしてくれ、俺は前に戻って戦うことにするよ、あ、そういえばセラは……頭がオーバーヒートして倒れたのか、図に乗るからそういうことになるんだな」



 どういうわけか『お馬鹿さんチーム』に参加することなく、後方で作戦立案を行う『賢いチーム』に身を投じたセラ、高度すぎる会議の内容に付いていくことが出来ず、気を失って倒れている。


 それは放置して前に出ようとする俺と、場所取りに失敗し、今まさに結晶を回収したところであった精霊様とがすれ違う。


 表情からしてかなりイライラしているようだ、それは当然、敵の一点集中攻撃がどこへくるのかという漠然としたものを、かなり曖昧な予測で探っていくことに対するムカつきがあるに違いない。


 もちろん俺も『場所探し』には協力してやりたいとは思うのだが、つい先程まで後方に下がっており、敵の攻撃パターンについてすらつい今知ったばかりであるゆえ、ここまでそれを意識し続けてきた仲間達の役に立つことは不可能。


 ここは『そちら側』で頑張って貰うしか……いや、そうでもない、『こちら側』の仲間にもそのことを、理論ではなく体感で把握しているとしか思えない者が1人、マリエルの動きは明らかにそれだ。


 そこへ辿り着くまでに強力な1本のレーザー攻撃を2回、そして周囲に散らばるような範囲型の弱攻撃を3回、前で戦っているカレンとリリィ、マーサはそれを回避しているのに対し、少し後ろに居るマリエルは全く動かない。


 というか、最初から攻撃がこない場所を選んで立っているのだ、次の一撃が放たれるほんの少し前に反応し、ゆっくりとしたステップでその対象となる場所を離れている。



「お~っ、マリエル、ただいま~っ!」


「あら、おかえりなさい勇者様、でもそこ、早速攻撃がきますよ」


「ん? どわぁぁぁっ! もうちょっと早く言ってくれそういうことはっ! で、どうしてそれがわかるんだ? 何を見て攻撃が来る場所を判断している?」


「敵である豚野郎の方、その本体の動きで見ているんですよ、ちょっとした癖みたいなのがあって、もちろんこれ以上近付くと角度が悪くて見えませんし、離れるのもダメですけど……と、ここからはしばらく動かない時間ですね、ちょっとだけの間Ω退治に尽力出来るチャンスです」



 豚野郎はブルブルと体を震わせて身悶えている……豚野郎はボーッとしている……なるほど、これがミラの言っていた『モードC』というやつか。


 敵がどうしてこんなわけのわからない行動パターンを組み込んだのかは知らないが、定期的にクールダウンしないとどうにかなってしまうようなこともあるのではないかと予想しておく。


 で、問題はそこではない、後方のコバルトブルー作戦部隊、その全員が把握出来ていない作戦成功のために最も重要な要素を、ここでただ1人、マリエルだけがわかっているのだ。


 そして残念なことにマリエルは後方部隊のやっていることを理解していない、前の敵を見るのに注力しすぎ、見えない場所に居る仲間達との連携が取れていないのである。


 だが、その橋渡し役であれば俺がやってのけることも可能だ、どうすれば良いのかをわかっている後方部隊と、どこが激アツのスポットなのかわかっているマリエル。


 両者の持つ知識を繋ぎ合わせることが出来れば、それは即ち作戦成功ということになる。

 善は急げだ、すぐにマリエルを後退させ、後方部隊で実働している精霊様に事情を伝えさせよう……



「マリエル! その敵の攻撃がどこにくるのかという情報、今後ろで色々とやっている仲間が欲しているのはそれなんだっ! すぐに戻って精霊様にそのことを伝えろ、協力するんだっ!」


「え? あ、はいっ、ではダッシュで戻ってそう伝えます、ここはお願いしますねっ!」



 一瞬だけ困惑したようすを見せたマリエルであったが、すぐに理解し、持ち場を離れて後退する。

 敵の攻撃を回避し、ついでにコパーの支配から漏れたΩを潰しつつ、チラッと後ろを振り向く……どうやら説明している最中のようである、これで、これでどうにか作戦を進められそうだ……


 と、次に見たときにはもうマリエルと精霊様、2人でこちらへ向かっている最中であった。

 精霊様の顔からはイライラの相が消え去っている、話を聞いて、これは使えると判断したのであろう。



「ただ今戻りましたっ!」


「おかえりマリエル、それと精霊様もいらっしゃい、話は聞いたと思うがこれが最大のチャンスだ、これを差し置いて他に作戦が成功する目はない、そう思って構わないよな?」


「ええ、どうやらそのようね、マリエルちゃん、次に『1本モノ』の攻撃がきたら、というかくる前に位置を指し示して、速攻でこの結晶を設置するわ」


「わかりました、え~っと、今は攻撃してこないタイミング……が、終わりましたね、次は……狙いの攻撃がくるようですっ!」



 マリエルにはわかっているようだが、俺には、そしておそらく精霊様にも、豚野郎が単にブルブルと身震いをし、顔を上げただけにしか見えなかった。


 視線……などというものはあの赤い目のバケモノには存在しないはずなのだが、マリエルは本当に何を見ているのか、実に不思議なことだ。


 で、そのマリエルがパッと動き、今俺の立っている場所から3m程度手前に、槍の柄を使って地面に小さな、とはいってもゴルフのホールぐらいの穴を開けた。


 すかさずそこへ飛ぶ精霊様、慣れた手つきで結晶を設置し、自分は直ちにその場から離脱する。

 直後、本当に紙一重のタイミングで、その場所に、結晶をピッタリ包み込むようにして敵の攻撃が入った。


 輝く結晶、だが敵のレーザーをまるで吸収してしまうかのように、青で赤を相殺でもするかのように、攻撃を魔力ごとその中へと取り込んでしまったではないか。



「これっ、これで良いのか? 完成ってことなのか?」


「わからないわ、でも見て、あの攻撃の魔力を完全に取り込んで、爆発するどころかヒビのひとつも入ってないわ、こんな結晶、私だって存在を知らなかったわよ」


「精霊様も知らない……ってか神々から知らされていないブツってことだな、もしかすると、じゃないや、もしかしなくてもとんでもないシロモノだ、とにかく回収しようっ!」


「ええ、すぐに後ろへ持って行くわ、あのイカれた人族に見せて本当にこれで大丈夫なのか確認してくる」


「おうっ、じゃあマリエル、俺達は引き続きここを守るぞ、Ω野郎共を絶対に抜けさせるなっ!」



 凄まじい魔力を溜め込んだ青い結晶、それを精霊様がそっと地面から持ち上げ、大切そうに後方へと持って行く。

 これが上手くいっているようであればこの場は、この豚野郎はもう用済み、あとは敵全軍を殲滅するだけの簡単なお仕事だ……

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