590 超強化のための超強化とは
「よしよしっ、この『剛毛野郎粉末』を使えばどんなハゲでもたちまちフッサフサだぞきっと」
「……あの、良く考えたらその効果、一切実証されていないような気がするんですが?」
「気にするな、売ってしまえばもうこちらのものだ、もちろんノークレームノーリターンでな、ちなみにこんなモノを買う奴はきっとノータリンだ」
「勇者様、それが詐欺だということで訴えられたりしたらどうするの?」
「ブチ殺せば良いだろそんなもん、王都では俺が法律で法律が俺なんだからな」
「凄まじく調子に乗っているわね、いつものことだけど……きっと何か失敗して痛い目を見るパターンねこれは……」
最強の毛生え薬を販売して大金持ちになろうとしている俺に嫉妬してか、セラが極端にマイナス寄りの思考でその末路を推測している。
どうやら今この場に居て毛生え薬の完成していく様子を見ているセラやミラだけでなく、他のメンバー達からもその効果を疑問視する声が上がっているようだ。
となると少し試してみなくてはならないな、もちろん俺が自分でこんな薄汚いモノを水で溶いて口にするなどという愚行に走ることは出来ない、他の実験台を用意することとしよう。
「は~いっ! デュラハンの皆さんの中で、最近ちょっとハゲてきて困ってますよ~っって方居ませんか~っ? 居ますよね? ほらそこのデュラハン隊長! あなたのことを言っているのですよぉ~っ!」
『いえ、そもそも我等は頭こんな感じなので、少しぐらいハゲても別に……それと、そのようなもの取り込むのはさすがに憚られるというか何というか……』
「……やっぱキモいもんな、さっきまで生きていた剛毛野郎を『磨り潰して乾燥させた何か』とか、死んでも口にしたくない……あ、口とかじゃなくても吸収したくはないよな、じゃあさ、ちょっと塗ってみようぜ、直で、どうなるかわかんないけどさ、なっ?」
『ちょっとっ、それもさすがに、そのっ、ウワァァァッ! 髪がっ、髪が突如としてっ!』
「めっちゃ生えてきたぁぁぁっ!」
小瓶に詰められたサラサラの剛毛野郎粉末、それをほんの少しだけ、強引にデュラハン隊長の頭に掛けてみたところ、次の瞬間にはもう途轍もない効果が発揮されていた。
これは凄い、これを実演販売すれば大金持ち……と、少し問題が生じているようだ。
良く見るとデュラハン隊長の頭は、『元々生えていた髪』が急激に伸びているだけであり、『元々死んでいた部分』については何ら変化が見られないのである。
つまり、この毛生え薬を使ったところで、元ある髪を伸張することは出来るとしても元々ない髪を、既に失ってしまったものを蘇生させることは叶わない、そういうことなのだ。
「拙いな、これじゃ効果は限定的だ」
「勇者様の居た世界では全くのゼロであることを『限定的』と表現するんですね……」
「黙れミラ、というかこのことは他言無用だ、とにかく『毛が伸びる』ということだけを告げて販売するんだ、そうすれば詐欺じゃない……と思うよ、知らんけど」
「アツい優良誤認ですね、まぁ、私は儲かれば何でも良いですが」
とりあえず剛毛野郎が全て乾燥粉末となり、デュラハン達による瓶詰めが終了するのを待って、それを周囲が臭くならないよう厳重に梱包、精霊様の力で封印した後に馬車の荷台に積み込んでおく。
ちなみに超ロン毛になってしまったデュラハン隊長の頭は、どういうわけか理容スキルも保有していたコパーが夕食の準備を中断してまで綺麗に切り揃え、ついでに髭まで剃ってやったそうだ。
これでこのコンビニにおいてやることは全て終了、改めて店内の『証明書発行機』を使って全員分のΩによる自動迎撃を回避するためのチケットを発行しておき、この先の旅の安全も確保することが出来た。
「あの~っ、そろそろお夕飯の準備が出来ますよ~っ」
「おう、すまんなアイリス、人数が増えたというのにミラを出せなくて」
「いえ~、コパーちゃんに手伝って貰ったので何とかなりました~」
ちなみにミラはまだ18禁コーナーへ立ち入ったことに関するお仕置きが済んでいないため、縄でグルグル巻きにした状態でセラによって連れ回されている。
まぁ、別に縛っておく必要はないのだが、姉であるにも関わらず、いつもいつも妹のミラに怒られ、アホ扱いされているセラが日頃の鬱憤を晴らすためにそうしているのだ、特に俺が文句を言うことではない。
と、それでも夕食の際には食べ辛いということもあり、ミラも、そして同じように拘束してあった捕虜扱いのホルンも縄を解いてやり、それから……精霊様は別に良いか、本当に反省すべきであり、むしろ『夕飯抜きの刑』に処されなかっただけでもあり難いと思って頂かなくてはならないぐらいだ。
ちなみに夕飯の席には俺達勇者パーティーのメンバーだけでなく、その他の遠征参加者も揃っている。
今回で3人のデュラハンを追加した部隊、もちろんその3人はまだ手元に頭がないため本調子ではないが、それでも戦力としては申し分ない。
「それで、ここからのルートなんだが、この免罪符? パスポート?とにかくこれがありさえすれば敵の迎撃システムを掻い潜ることが出来るんだ、つまり最短ルートを通れるってことになるんだが……」
『うむ、やはり我等3人の鬱憤をさらに晴らすべく、可能な限り早くそのブルーとかいう輩の首を得たいものだ』
「それとご主人様、あまりモタモタしていると敵がΩ自体を増やしてきますわよ、ここであの薄汚い剛毛が倒れて、私達がブルーとかいうのにリーチを賭けているというのは向こうもすぐに知るはずですの」
「うむ、じゃあここからはまっすぐ敵拠点を目指すという方向で、セラ、食事が片付いたらちょっと全体マップを出してくれ、それで具体的にどこを通るのか決めるからな」
「わかったわ、じゃあそれは後で、今は敵の大軍団について話をしましょ、1,000万だとか何だとか、これまで経験したことがない数のΩを相手にすることになるんだし、ちょっと、ていうかかなり考えて進まないとヤバいわよ」
確かにセラの言う通りだ、たとえどれだけシルバーΩが出現しようとも、いや、もっと強化された凄いΩであったとしてもだ、それがこれまでのように50だの100だのという単位で、小分けにされて向かって来るのであれば特に問題はない。
だが今回は俺達が敵の本拠地へと攻め込むのだ、当然そこで待ち構えるΩ軍団は完全な塊、もちろんその本拠地へ至るまでの間にも繰り出される部隊があるのだとは思うが、それを滅ぼしたとしても『減った』と思えるような総数ではないのだ。
俺達はこの後、確実にΩの大軍団の中に身を投じることとなる、もちろんアイリスを始めとした非戦闘員を何人も連れてである。
それに関して何ら考えずに先へ進むのは非常に危険、最悪の場合アイリスと技術者の部下2人、それからコパーやハピエーヌなどの比較的弱いキャラといった女の子連中は守り切るつもりだが、王国の至宝ともいえる頭脳を持った技術者本人は、野郎であるという理由で見捨てざるを得ない。
それは非常にもったいないことだ、ダイオウシカΩとの戦闘の際もそうであったが、今回の遠征で一番死亡する可能性の高い、むしろ唯一犠牲となる未来が選択肢に含まれるのはこの技術者のおっさん。
女の子は確実に助ける、おっさんは死んでも別に構わないとしている俺達勇者パーティーの理念がある以上仕方ないのだが、それでも国家的損失のリスクではある。
で、その技術者のおっさんは自分がそのようなリスクの要因になっていることなど知らずに、或いは知っているにも関わらず気にすることなく、というか食事にすらほとんど手を付けず、その手で何かを弄繰り回しながらニヤニヤしているではないか、本当にキモいな……
「あの、すみません先生、さっきからそれ、コバルトブルーですよね? 良いんですか素手で触ったりして、さっきの魔族の方が、生物にとっては猛毒とか何とか言っていたような……」
「心配ありませんよっ! 私が死んだとしても、この石を弄繰り回したことによる私の研究成果は生き、そして後世に残るのですっ! ゆえに今この場でこの石が大爆発を起こして死んだとしても、私はもうそれで一向に構わないぐらいのノリなのですよっ!」
「……いや、そういうの他の皆さんにとって迷惑なんで」
「それも心配ありませんよっ! もしここで何かあったとしても、その歴史的大事故の現場にっ! 後世の発展の礎となったその事故の現場にっ! 皆さんという存在があったことは歴史に残るのですっ! これは何ら問題のないことっ! ここで身罷るのは全ての者にとっての誉れといげろばぱっ!」
「少し静かにしていて下さいっ、あと他の皆さんに迷惑だという意味も深く考えて頂かないと」
技術者が手に持っていたのは、戦闘の前の来客から入手した猛毒だというコバルトブルーであったようだ。
で、部下の2人が馬鹿なことばかり言っている技術者を締め上げ、とりあえずその石を没収することに成功した。
しかし、どんな毒があるのかはわからないのだが、『毒だ』と言われているモノを平気で食事の場に持ち込むその神経がよりわからない、マッドサイエンティストとは皆このような考えの持ち主なのであろうか。
「でも技術者さん、結局その石ころは何に使うんですか? 綺麗だし、お部屋とか研究室とかに飾るつもりですか?」
「ほうっ、さすがは悪魔のお嬢さんだっ! 私はですね、この石を手にしたときからその質問を待っていたのですよっ! それなのにここまで誰もそれを、その質問を投げ掛けることなく……」
「まぁ、誰も興味ないでしょうからそんな石、お金に換わるというのであれば誰か反応するとは思いますけど……で、結局のところ用途は?」
「良いでしょうっ! 特別に教えて差し上げましょうっ! この石はですねっ! なんとΩの強化に使用するのですっ!」
「おう、そうであることはこの場に居る大半の人間が察していたことだ、もうちょっと詳細な部分を頼むぞ」
「おや珍しい、平凡な知能しか持たないべろぽっ!」
「先生、口を慎んだ方が良いと思います、あと食事中に絶叫するのはお止め下さい」
「へぁっ、はぁっ……でですねっ! この石はΩの回路に使用するのですっ! Ωには我々の知っている魔力とは違う、未知の力を用いた仕組みが搭載されていることが、王都での私の研究によって明らかとなっているのですっ! そしてそれが我々人族には完璧なΩを再現出来ない原因のひとつ、そうっ! あのハリボテーΩも完璧には近かったのですが、やはりその機能が足りないっ!」
相も変わらず、何だかわけのわからない理論を展開し、難しい話を長々する技術者。
もはやエリナ以外は聞いていない、聞いても理解することなど到底不可能であると判断したのだ。
まぁ、俺の理解出来た範囲で言えば、おそらくはコバルトを用いた電池か何かの類なのであろうと推測する何かを作り出すのがその石ころ、というか綺麗な結晶の用途らしい。
そしてその何かを用いる先は、ここのところ隙を見ては色々と調べられ、すっかり技術者の玩具にされている様子のコパーのようだ、実にかわいそうである。
「……それで、その機能とやらをコパーに搭載するとどうなるんだ?」
「上手くいけば『全てのΩ』を支配下におくことが可能になりますっ! それはもう何万体でもっ、何億体でもですっ!」
「ちょっ、てことはアレか? 俺達がこれから議題にしようとしていたΩ大軍団の件も……」
「それはもちろん余裕でしょうね、ただし、普通にやっても確実に失敗します、その何千万体のΩを操るための強力な回路は本当に、指揮官ガチ勢のΩにしか耐えられないはずですからっ!」
「どういうことなんだ?」
「つまり、ちょっとリッチな一般家庭で用いるようなコパーさんにとってはオーバースペックなのですっ! きっと搭載しても何らかの不具合を起こして全く起動しない、おそらくは何の効果も得られない髪の色が青くなるだけのイメチェン機能となってしまうのですっ!」
「なるほど、つまりはスペックの問題ということか」
「そういうことなのですっ!」
「すみません低スペックで……」
「……あ、何かごめんよ」
微妙にしょんぼりしてしまったコパーではあるが、そもそも戦闘用ですらないのに最高指揮官的なポジションに立つスペックを求めるのは酷であろう。
だが技術者はやたらにコパーを買っている、最終的に全てのΩを束ねることになるのはコパーだと、常日頃からそう主張しているのだ。
もちろんそれには何らかの理由があり、そして今回のコバルトブルーを用いた作戦にも、当然の如くそれに適合する能力を得させたコパーを使うつもりのようだが、果たしてどうやってそこまで辿り着くのか、その行き道がわからない俺やその他の仲間達にとっては把握のしようもない。
技術者の方は何やらブツブツと、同じΩであるダイヤとレッドの髪の色、つまりコパーよりも強い発色の赤が気になるようなことを言っている。
まぁ、この件に関しては俺や俺の仲間達がどうこう出来るものではない、技術者からの協力を求められた場合にはなるべくそれに応えるようにしていきたいが、それ以外は原則ノータッチとしておこう。
とはいえ上手くいけば戦わずしてΩの大軍団を制圧、しかも将棋の駒かの如く見方に加えることが可能なこの技術者の作戦。
これをメインに据えない手はなさそうだ、どうにかして成功することを祈るのみだな……
「うむ。じゃあそういうことで、そっちはそっちでどんどん研究を進めてくれ、一応言っておくがその毒性を有する石の取り扱いには気を付けてくれよな、事故があると厄介だ」
「ええ、では今日からも毎日徹夜で、エナジードリンクを大量に消費しつつやっていきましょうっ!」
「だからそういうのが事故るんだってば……で、明日はなるべく早めの出発だ、各所属ごとに、今夜のうちに準備が出来るものはしておいてくれ」
『うぇ~いっ!』
ということで夕食会を終え、片付けも済ませてそれぞれ割り当てられた宿泊部屋、といってもデュラハンと技術者のおっさんは外、俺達はコンビニ店舗内の広い部屋、狭い部屋を技術者の部下である女性2人が使うことに決まった。
もちろんここはホルンの住処でもあったため、しっかりとした風呂が、小さな個人用と泊り込みの従業員用ての大浴場が、それぞれ地下室に分かれて存在している。
俺達は大浴場を、女性部下2人が小さい個人用の風呂を使うのは規定路線、特に話し合うこともなく、既にアイリスが沸かしてあった大浴場の方へと向かう……
※※※
「うむ、なかなか広いじゃないか、Ω施設の分際で贅沢しやがって」
「ひぃぃぃっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」
「別に謝らなくても良いわよ、勇者様の態度が悪いのはいつものことだから」
「あ、そ、そうなんですね、てっきり怒っているのかと……」
「おいセラ、捕虜に余計なことを吹き込むんじゃない、もっと俺様を恐れ、最終的には神として崇め奉るぐらいにしてやらないといけないというのに」
「ほらね、極限まで調子に乗った異世界人なの、こんなんだから普段から一般人に馬鹿にされててっ、いてててててっ! ひぎぃぃぃっ! 肉のない脇腹を抓るのはやめてぇぇぇっ!」
要らんことを言うセラを成敗しつつ、ちょうど髪を洗っているところであったコパーの頭を眺める。
今はその名前に相応しいレンガ色というかくすんだ銅というか、そういう感じの色だ。
これが一体どういう色に変化していくというのか、おそらくこれまで使ってきた『プラグイン』などとは一線を画す、もはや改造レベルの処置が施されるのであろうが、少々気になるところではある。
「さてと、ちょっと早いけどそんなに寒いわけじゃないし、明日も早いからそろそろ上がって寝るわね」
「おいちょっと待て精霊様、お前は寝る前にお仕置きとしての鞭打ちが待っているんだぞ、わかっているのか?」
「ギクッ! お……覚えていたのね、あ、ちょっと、取り押さえなくても良いからっ!」
精霊様はマーサとジェシカに押さえさせ、ついでにミラとホルン、あと別件でお仕置きが確定したルビアを連れて風呂から上がる。
寝る前にその4人をビシバシ、ついでに風呂で調子に乗ったセラも改めてビシバシと叩き、主に敵であったホルンはそれで許されることが確定した。
「いててっ、お尻がヒリヒリします……と、そういえば私はこれからどこへ連れて行かれて、いつぐらいには里へ帰ることが出来るんでしょうか?」
「う~む、さっきの食事会での話を何も聞いていなかったようだな、これからお前は、というか俺達は敵の本拠地へ向かう、ブルー商会の親玉であるブルーという奴を殺すためにな、そこまでは良いよな?」
「ええ、で、その前に私の故郷の里へ……方角が反対のような気もしますが……」
「うむ、だからブルー殺害作戦にはお前も連れて行く、一旦戻るのは面倒だし、敵がΩを量産している以上時間が経てば経つほどに俺達の不利になるからな、そういうことでしばらくの間よろしく、あ、純粋魔族はそこそこ強いんだし、可能な限り自分の身は自分で守るように」
「ひぇぇぇっ! そんな恐ろしい所に、私も……きゅぅぅぅ~」
「あら、気絶してしまったようですね、ちょっと向こうの方に寝かせてきます」
ホルンは少しかわいそうだが仕方ない、というかやる気満々で俺達に付いて来ているのはデュラハン軍団と、それからマッドサイエンティストすぎる天才の技術者ぐらいのものだ。
あとはハピエーヌも集落の意向で無理矢理、技術者の部下2人も無理矢理、Ωの3人も俺達が鹵獲したうえで無理矢理連れ回しているにすぎないのである。
まぁ、今回の遠征もいよいよ大詰めなのだ、もう少しで目的を達成し、それぞれがそれぞれの帰る場所へと戻って行くことになるのであろう。
そしてそのために、次の作戦となるであろうコパーの総指揮官化、その前段階としての超強化を成し遂げる必要があるのだ、まずはそれからだな……




