587 モジャモジャ野郎
「来るぞっ、敵の先行部隊が……5体か、全部ゴールドΩみたいだな……」
「また覗きでもするつもりかしら? まぁ、でも今はお風呂に入っているわけじゃないから良いんだけどね」
「ああ、だが覗かれるのは確実だ、ここが通常営業をしている感を出さないと拙いから、ホルン、すまないがちょっとしばらくの間普通に店をやってくれ」
頷いて店の方に出るオーナーで純粋魔族のホルン、これから戦いが始まるということで極限まで緊張しているようだが、元々今日はターゲット、つまりΩ連中のお偉いさんである剛毛野郎がやって来る予定の日。
それを待っている間に緊張しているのは至極当然のことであり、ターゲットからしても、そしてその護衛のうち、先行してここの様子を見に来る5体のゴールドΩにとっても自然なことに感じられるはず。
後はボロが出ないよう、上手いことその偵察部隊をやり過ごすだけだ、店の扉が開き、武器を携えたままキョロキョロしながら入って来るゴールドΩ、通常であればもう通報されるか、問答無用でカラーボールを投げつけられても文句が言えない程度には不審な動きをしている。
「い……いらっしゃいませ……」
「店舗内トラップなし確認、商品棚に危険物なし確認」
「オーナー確認、だが重労働を課せられている割には血色が良い様子」
「店長、コンビニエンスΩの不存在確認、行き先不明、どこへ行った?」
「あ、え~っと、コンビニエンスΩの方は先程ちょっと出てしまいまして」
「何だと? これから我等Ωの創造者様がここへ来て下さるというのに、奴め、戻ったら不敬罪で解体処理だな、して、どこへ行っていつ戻るのかの確認を」
「それが……そのぉ~……えっと、万引き犯を殺しに行ったんじゃないかと思います、地獄まで」
「なるほど、コンビニエンスΩの行き先およびもう二度と戻らない旨確認、裏切り行為、奴の存在は全てのΩから忘れ去られ、最初から居なかったものとする、以上、現場確認完了、当地は安全であるとの報告をする」
「なお、これより7分と12秒後、11、10、9……には我等ケモジャー軍の本隊が到着する、店の前で正座して待つことを推奨、ご本人様の到着に際しては地面に頭を擦り付けて感謝の意を述べることを要請、以上」
「へへーっ! 畏まりましたーっ!」
雑魚のゴールドΩに頭を下げるという屈辱、俺であればもうこの場で暴れ、偵察の5体をネジの1本残さない次元までバラバラにしているところなのだが、元々扱き使われていたホルンは平気でそれをやってのけた。
しかも指示を受けた通り店の前で正座しているではないか、ターゲットの剛毛野郎に対して普通に土下座するつもりらしい。
というか、こんなことをさせれば普通に強要罪で捕まってしまう、ターゲットが何者であろうとも刑事事件への発展間違いナシだ。
この光景は証拠として残しておきたい、防犯カメラなどこの世界には存在していないが、少なくとも俺と仲間達、それにΩである3人も含めた様々な属性の人物その他による目撃情報があるのだから、後々それが剛毛野郎の犯罪の証拠として取り上げられる可能性が高い。
もっとも、俺達と敵対している時点で奴は死を免れ得ない、それが残虐な方法になるのか否かの違いはあるが、可愛い女の子にここまでさせた以上、どちらかと言えば苦しめて殺す方向でいきたいと思う。
で、偉そうに戻っていったゴールドΩ共、馬鹿共めが、ここが安全だという創られた偽の情報をぶら下げて本隊へと戻るのだ。
安心し切った剛毛野郎は平気でやって来るに違いない、そしてそれを最初にお出迎えするのはオーナーのホルンになるのだが、その後ろからは『復讐者』や『ゴミ野朗処刑人』として、それぞれの役目を帯びたデュラハン軍団や俺達、そしてその他大勢の仲間達。
もちろん逃がしはしないし、敗北することなど考えてもいない、およそ1時間後には確実に、無様な命乞いをする剛毛野郎がこのコンビニの駐車場に横たわっていることであろう……
「来るわよっ! 足音だけじゃなくて何か馬車みたいなのもっ!」
「ええ、剛毛の敵は変な乗り物に乗っていましたから、結構大きかったのにその1人しか見えなかったのですが、奥にΩ化したデュラハンの3人が居ないとも限らない感じでしたね」
「そうだったのか、いや、この大遠征に際して自分が最強だと位置付けているデュラハンΩを連れて来ないはずがない、おそらくサリナの予想は正解だろうな」
『では皆さん、念のため剛毛野郎の乗りものには手を出さないようにお願い致しますぞ、Ωの力で強化されているとはいえ、同胞に、しかも里の最強戦士である3人に万が一のことがあったら困りますので』
「おう、その辺りは全員徹底して守れよ、きっと精霊様もわかっているはずだし、心配なのは……カレン、お前ちょっとこっち来い」
「何ですか? って、どうして戦いの前に鎖で繋がれるんですか……」
「カレンはすぐに飛び出す癖があるからな、だからその鎖の長さよりは前に出ないようにということだ」
「でもコンビニで売っているような鎖だし、こんなの簡単に切れますよ」
「引き千切ったりしたらお尻ペンペンだかんなっ」
「ひぃぃぃっ! お尻ペンペンは絶対にイヤですっ!」
イレギュラーな動きをしがちなカレンを脅し、行動範囲を制限しておく。
これであとは敵の到来を待つのみだ、と、そう考えたところで敵本隊の先頭が見える。
……やはりシルバーΩが中心で、チラホラと他の型が見えるのはこれまでのΩ軍団とさほど変わらない。
いや、シルバーの武装が少し違うか? 顔はジジィのままだがボディーの方が若々しく、ゴリマッチョタイプのものになっているではないか。
間違いなく通常のシルバーΩ、つまり俺達がこれまで散々戦ってきたものよりも少しグレードの高いタイプだ、外見だけでなく、中身も強化されているということはもう疑う余地がない。
「……あら、ねぇ勇者様、今回のΩはなかなか強そうじゃない? どうせシルバーに魔法攻撃は無効だろうし、私やユリナちゃんはどうやって戦おうかしらね」
「確かにな、今回はゴールドΩの数もかなり少ないし、そっちだけを担当していたらすぐに仕事がなくなりそうだな……よしっ、じゃあ魔法攻撃班は投石部隊に組み込もう、リリィ隊長、ちょっと指導してやってくれ」
「はーいっ! じゃあ全員この良い感じの石ころを持って……」
「うぅっ、どうして私達がこんな子どもの喧嘩みたいな攻撃をしなくちゃならないのかしら」
「しょうがないだろ、それ以外にやることがないんだし……と、おいリリィ、石ころの中に青い結晶が入ってんぞ、リリィは居なかったから知らないかもだが、これは毒らしいから気を付けるんだ」
「そうなんですね、ついさっき落ちていたのを拾ったんですよ、綺麗だったから持って来ちゃいました」
コバルトブルーと呼ばれたその結晶、本当にコバルトなのか何のかは謎だが、とにかくリリィにも注意をしておく。
そしてそんなどうでも良い話をしている間にも、コンビニの駐車場には続々と、先頭の奴と同じゴリマッチョシルバーが入り、端から順に整列している。
建物とは不釣合いなほどに広い駐車場がそのシルバーで埋め尽くされたところで、整列した軍団の中央が、まるで海でも割ったかの如くザーッと左右に避けた。
その後ろからやって来たのはシルバーが両側に5体ずつ配置され、全力で引っ張って進む、もはや俺のプレハブ城よりも中が広いのではないかと思えるほどの巨大な……神輿と呼ぶべきか、とにかく玉座と、それから後ろには屋根付きの客車のようなものが設置された乗り物。
当然の如く金ピカに装飾された玉座には、これまた当然の如く薄汚い、全く無駄毛処理の施されていない剛毛や牢の姿、こちらも弟者同様、ボディビルダー風のパンツ一丁にしてガリガリという、実に奇妙な容姿をしている。
「ようこそおいで下さいました豪猛閣下、私はこのコンビニのオーナー、ホルンと申します」
「うむ、我こそがΩ開発者にして猛兄弟の生き残り、豪猛であるっ! しかしお主……ほう、純粋魔族というやつか、かわえぇのう、後でおじさんがギャランドゥでモフモフ(自分が)してあげよう、ということで呼んだら我の部屋へ来るようにっ!」
「へっ? へ……へへーっ! 畏まりましたっ!」
可愛い純粋魔族のホルンに対し、いきなりとんでもない要求をしてきた豪猛、というか剛毛野郎。
悪代官よろしく『あ~れ~っ』をやるつもりなのであろう、本当に気持ちの悪い奴だ。
で、自分のことを『猛兄弟の生き残り』と表現している以上、コイツは弟者が俺達にブチ殺されたことを知っている、つまり首が届いた後に自宅を出たのであろう。
その割には冷静なように見えるが……もしかするとこの兄弟、実は非常に中が悪かったのかも知れない、いやそうに違いない、そもそも剛毛のままの兄者と、気持ち悪いぐらいツルツルに毛を処理した弟者、その水と油が交わることは通常考えられないのである。
さて、兄弟の仲が良かったのか悪かったのかは良いとして、そろそろサプライズお出迎えイベントを開始すべき時間のようだ。
謎の乗り物から降りて店内へ入ろうとする剛毛野郎、土下座させられていたホルンが横に避けると同時に、カウンターの奥に隠れていた俺と仲間達が一斉に飛び出す……
「は~いっ! ようこそいらっしゃいました~っ! 死と恐怖に満ちた惨劇の館、勇者マートへようこそ~っ!」
『ようこそ~っ!』
「む? 何なのだ貴様等は、我のような上位者の前にこのような得体の知れぬ芸人共を……と、君、おっぱい大きいね、後で我とモフモフ……」
「断固拒否するっ! 誰が貴様のようなムダ毛処理すらまともにしていない、不潔で不快極まりない、生きる価値さえも有していないゴミにっ! モフモフだのゴワゴワだのと不埒な真似をさせるというのだっ! このクズッ! 変態! 近付くだけで吐き気を催す下劣な輩めっ!」
『そーだっ! 今すぐ死ねこの剛毛野郎!』
「ななななっ、なんと無礼なことかっ⁉ このような屈辱を受けたのはそう、あのムカつく(故)弟者に我の考えた最強のΩを真っ向から否定されたとき以来だっ!」
「まぁ、その弟者をブチ殺して、ついでに首を送り付けたのも俺達だけどな、あ、そういえばそのブツ、ちゃんと受け取ってくれたんだよな?」
「むぬぬぬっ! あのような不潔な品を送って寄越したのは貴様等であったか、何か腐ってグズグズだったし、ついでに我が屋敷の真上でそれを届けた変な中級魔族がブチュッと、で、そのグチョグチョが屋根の上に……思い出すだけで吐き気がするわいっ! ついでに言っておくとあの後屋根の清掃を業者に頼んだところ、昨日早馬便で金貨500枚の請求書がっ、全くモップで掃除するだけだというのにどうしてそんなに……」
「おい、それたぶん悪質な業者だと思うんだが、消費者相談センターとかに言った方が良いやつだぞ」
剛毛野郎も十分に悪い奴ではあるのだが、世の中にはそれから金を騙し取ろうとする、もっとセコくて悪い奴が存在するようだ。
だがまぁ、悪人同士で騙し合い、殺し合いなどしてくれる分には一向に構わないし、むしろクリーンな世の中の実現に資するという意味では、その悪質な清掃業者も良い行いをしたということになるのではなかろうか。
と、そんなことよりもこれで確実となった、剛毛野郎と剃毛野郎の兄弟は、Ωシリーズの共同開発車でありながら非常に不仲である、いやあったということがだ。
この2匹のキモ野郎兄弟が不仲であったがゆえ、それぞれが勝手に単独で行動し、先に弟者の方を殺すことが出来たし、むしろそれまでは足の引っ張り合いを演じていたことであろう。
もしこれが兄弟仲良く一緒にΩに関しての研究を進め、共同作として何かを創り出していたとしたらどうであったか、きっと恐ろしい、とても太刀打ち出来ないような『僕の考えた最強のΩ』が完成していたに違いない。
偶然の不中によって最悪の事態を回避することが出来た俺達、いやこの世界であるが、問題はここから、コイツが操っているであろうデュラハンΩを抑え、正気に戻してやらねばならないのだ。
今のところΩ化させられた3人のデュラハンは姿が見えない、戦い始めれば出現するのか、それとも隠し玉的な感じで最後まで温存しておくのか、それは戦いを始めてみないとわからないようだな……
「……う~む、屋根の清掃業者は詐欺であったか、帰ったら所在を突き止めて大量のΩ軍団を……いや、Ωを私的利用するのは拙いか? 背任とか言われたらどうしようか、いや、しかしそのような悪質な業者を放っておくわけにはいかないしな、うむ帰ったらΩを使って業者の、せめて代表者だけでも血祭りにあげよう、そうしようそうしよう」
「おいっ、勝手に妄想を膨らませているところ申し訳ないがな、お前にはもう『帰ったら』というような未来は存在しないんだ、この勇者マートこそがお前の墓場、命と、それから全財産を奪い去って店舗拡大の礎にしてやるぜっ!」
「ふっ、フハハハハッ! たかが弟者を殺したぐらいで何を良い気になっているのだね貴様は? Ω粒子、であったか? そんなものに頼って、しかもその小さなモノで巨大生物を操るなどという壮大なファンタジーを胸に秘めていたあの馬鹿、アレぐらいもう吹けば飛ぶような存在ではないかっ!」
「いや、その兄弟生物、実際に操れていたけどな……」
どうやら俺達を苦しめた『ダイオウシカΩ』のことはまるで知らない様子の剛毛野郎。
弟者がΩ粒子を使ってどうこうしているところまでは勘付いていたようだが、その先の秘密には辿り着かなかったようだ。
で、本当に小さな粒子を、生物濃縮という手段を使って巨大生物に取り込ませ、Ω化させるという非常にテクニカルな手法を用いていた弟者に対し、こちらの剛毛野郎は至ってシンプル。
元々パワーの強い、一般的な魔族を寄生型Ωで強化して使う、そして現状その対象として最適なのがデュラハンであった、それだけのことである。
また、『普段使いのΩ』に関しても求めているのは一般的な『強さ』のようだ。
それはゴリマッチョシルバーからもわかる通り、とにかく目に見えて、これは強いであろうと思えるような強さを是としているらしい。
ということで緒戦はその普段使いのゴリマッチョシルバーからになりそうだな、精霊様を除いた俺達勇者パーティーと5人のデュラハン軍団、それをほんの少し上回り、かつキリの良い20体のシルバーを前に出す剛毛野郎、少しだけ下がって要塞状態の店内に入っておこう……
「うむ、戦闘準備完了である、我が最強のΩ軍団よ、弟者程度の弱き者をを討伐して調子付くこの馬鹿共に、ホンモノの強さというモノを見せ付けてやるのだっ!」
『ヒャッハーッ!』
明らかに雑魚キャラが発するタイプの奇声と共に飛び掛かる20体のシルバーΩゴリマッチョエディション、パワーも、そしてスピードも通常のシルバーΩよりも数段上であるようだ。
だが、だからといってこの程度の敵に苦戦する俺達ではない、面倒なので前衛はデュラハン軍団に任せ、それが受け止め切れなかったシルバーを、こちらの『投石部隊(リリィ隊長)』が始末していく……
「それっ!」
『ぐぇぇぇっ!』
「ヒットですっ!」
「ほっ!」
『ぎょぇぇぇっ!』
「あら、なかなか面白いわね、もう1発……って、もう居ないじゃないの」
「私が投げる間もなく終わってしまいましたの、こうなったら後ろで待機しているのを狙いますわっ!」
『ひょげぇぇぇっ!』
「良い手応えですのっ!」
「貴様ぁぁぁっ! どうしてまだ戦闘に参加していないΩに対して攻撃するのだぁぁぁっ⁉」
「敵だからですの」
「そんなことをして許されると思っているのかこの悪魔がぁぁぁっ!」
「敵なら何をしても良いんですわ、弱い方が悪いのですし、あ、あと悪魔ですの」
「チクショウがぁぁぁっ!」
どうやらまっすぐな性格のようである剛毛野郎、わざわざ前に出したシルバーΩではなく、その後ろの待機中Ωを狙ったユリナにブチ切れしている。
とはいえこの場合ユリナの方が正しい、どう考えてもだ。
むしろそんな所に並ばせているだけで、1回の攻撃に大量のΩを投入しない方が悪い……いや、コイツは『そんな卑劣な真似』がどうのこうのと言うタイプの奴に違いない。
「おのれっ! かくなる上は次の20体、前へ出よっ!」
「また20体ずつなのかよ、おい、今度はデュラハン軍団も下がって良いんじゃないのか? 投石だけで戦っても楽勝だろこんな……って、何か落ちて……どわぁぁぁっ!」
ゴリマッチョ軍団との第二戦に入ろうとしていたそのとき、上空から凄まじいスピードで落ちて、いや勢い良く飛来した物体……地上のシルバー軍団を10体ほど巻き込んで粉々になったそれは『ハリボテーΩ』であった。
すぐに上を見ると、ちょうど元居た場所、即ち今俺達が居るコンビニとその駐車場の真上に戻った精霊様の姿、そして足を掴んだ1体のハリボテーΩを、まるでハンマー投げでもするかの如く回し始めたではないか……
「何だっ⁉ 今度は一体何が起こったというのだっ! 新手? いや上空にもう1匹仲間を隠していたというのかっ⁉」
「その通り、ちなみにお前等が通って来た林道、あそこに配置されていたΩはニセモノで、今まさに飛んで来て……」
『ひょげぇぇぇっ!』
『オメガァァァッ!』
「……と、まぁこっちの兵器なわけよ、どうだ、畏れ入ったか?」
「ぐぬぬぬっ、どこまでも、どこまでも卑劣な連中めがぁぁぁっ!」
地表に戻ってはハリボテーΩをピックアップし、それを回して敵陣に投げ込んでいく精霊様。
もちろん剛毛野郎の乗っていた、おそらくはデュラハンΩが収容されている神輿の付近は除き、まんべんなく攻撃を仕掛けている。
次第に減っていく敵のΩ軍団、そろそろ虎の子の、最高傑作だと信じ込んでいるΩを出すべきではないか?
心の中で剛毛野郎にそう問い掛けながら、実際にソレが実践投入される瞬間を待った……




