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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第八章 最強なのは
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586 お出まし

「……勇者様、そろそろ起きてよ勇者様ったらっ」


「……ん? 何だよセラか、まだ夜中だというのに、一体どうした?」


「あのね、朝日が照り付けてスズメとかがチュンチュン言っている夜中がどこの異世界にあるっていうのよ……」


「そんなのないとは限らないだろう、見てきたわけじゃないんだしさ、むしろ既にここと元の世界、2つを見てきた『異世界のプロ』である俺の意見を尊重して、この世界においてはこれが夜中だということを認めるべきじゃないのか?」


「つべこべ言ってないで起きなさいっ!」


「あ~れ~っ」



 セラに布団を引っ剥がされ、微妙に肌寒い春真っただ中の早朝の空気に身を晒す。

 本日は遂に、今回のターゲットである剛毛野郎がここへ立ち寄る予定となっている日である。


 これは訓練ではなく本番だ、元々ここのオーナーであるホルンが事前に受けていた通知によると、剛毛野郎は昼前に到着、護衛の兵、というか護衛のΩをクールダウンなり何なりした後、夕方には出発する予定なのだという。


 だがその出発は俺達の手によってキャンセル、というか強制をもって行き先を地獄に変更されるだ。

 慎重を期すためであろうが、その予め配置してあった林道沿いのΩがニセモノに、木材で作成されたリアルなハリボテに変わっているなどとは一切思うまい。


 ノリノリで、しかも偉そうにこのコンビニへ入って来たところを、俺が『勇者マート(新規開店)』のオーナー様として出迎えてやるのだ。


 それで剛毛野郎はびっくり仰天、誘拐し、変な寄生型Ωで3人のデュラハン戦士達を操っていたことを詫び、もちろん3人共無傷で返還したうえで、惨殺して貰えることに大変感謝しながら地獄に落ちる、そこまでが今日のプログラムである。


 もっとも、剛毛野郎の態度次第で今日中に死なせてやるべきかを決定するため、あまりにも舐め腐っていた場合、または口臭や体臭、およびビジュアル等が不快であったなどの場合には、例の如くとんでもなく時間を要する、その間ずっと苦しみ続けるような酷い処刑を用意してやらなくてはならない。


 あ、そういえばハーピー集落で処刑したあのゴミ野郎、ハーフΩ化した元ユリナの部下の大馬鹿はそろそろ死亡した頃かな?


 あの迷惑口臭野郎が最後にどんな無様な足掻きをし、情けない命乞いをする姿を見せたのか、その状況を記した文書が送られてくるのが今から楽しみである。


 ……と、朝食を取りながらそんなことを考えていたところ、隣ではハリボテーΩ以外にも、しっかりした『ヒト』の偵察を、空と陸とで何名かずつ出そうという話になっていた。



「う~ん、まぁ空は私とハピエーヌちゃん以外には無理だし、その2人で行くとして……地上部隊はどうしようかしらね?」


「はいはいっ! 私だって飛べるんだから空から偵察したいですっ!」


「リリィは目立つからダメだぞ、あ、でも人間の姿なら十分に小さいんだ、ということで『特別地上隠密部隊』のメンバーに推薦してやろう」


「やったっ! 何か知らないけど『特別』なんですねっ!」


「おうそうだ、しかも『隠密』でもあるからな、これはかなり強いぞっ」



 適当なことを言ってリリィを黙らせていると、何やらカレンも羨ましいような、自分もやりたいというような顔をしていたため推薦、特別地上隠密部隊はこれで2人となった。


 だがこの2人で偵察などもっての外である、どうせ遊んでしまって何もしないし、下手をすれば敵に見つかり、逃げられてしまう可能性さえもあるのだ。


 となるともう1人、カレンとリリィを落ち着かせ、余計なことをさせないようなキャラが必要不可欠だな……



「あとは……もう1人ぐらい、出来れば『頭脳タイプの賢いリーダー』が必要だよな」


「でも勇者様、忍装束はSサイズ2つしか持って来ていませんし、このコンビニの商品棚にあったものも子ども用でした」


「うん、どうしてコンビニに忍装束が売っているのかはさておきだ、子ども用はカレンに着せて、Sサイズの片方はリリィに、そうすればもう1人……」


「ご主人様、そのサイズだともうどう考えてもサリナ以外には着られませんの」


「仕方ないですね、今回だけは私がやりましょう、今回だけですよっ」


「もしもしサリナさん、ノリノリで着替えながらその台詞を吐くのは誤りであることが明白だぞ」



 指摘されて顔を赤くする小悪魔のサリナは可愛らしい、で、これで地上偵察班が3人、耳と鼻の良いカレン、目の良いリリィ、そして賢いサリナという、完璧極まりないメンバーで揃ったことになる。


 見ざる聞かざる言わざるではなく、見る聞く言う、というか指示することに加え、なんと嗅ぐ力まで兼ね備えた最強偵察部隊、全員小柄で隠密性に長けているのも非常にナイスだ。



「よし、じゃあこのメンバーならサリナをリーダーにすべきだし、ミラ、何か腕章のようなものを作ってやってくれないか?」


「腕章ですか、それよりもこれです、『私が代表者!』の襷、向こうのパーティーグッズコーナーにありました」


「おう、もう何でもかんでもあるんだなここは、俺の中にあったコンビニの何たるかが曖昧になってきたぞ、しかも超目立つじゃねぇかコレ、金ピカだし、隠密性が台無し……ってサリナは気に入ったのか……」


「当たり前です、私、普段から何となく脇役気味なんで、こういうところでこそ代表者として活躍していかなくてはならないと思っているんです」


「それと隠密性の喪失にどんな関係があるというのだ……と、まぁ良いや、どうせサリナが幻術を使うんだし、上手いこと自分でどうにかして隠れろよ」


「わかりました、『特別地上隠密部隊』の『代表者』たる私に任せて下さいっ!」



 非常にやる気を出してきたサリナ、まぁサリナに関して言えば、空回りして失敗するようなことは絶対にないはず。

 だが敵の姿を捉えた際、調子に乗って勝手に戦闘をおっ始めたりなどしないよう、最後に釘を刺しておかなくてはなるまい。


 と、サリナだけがハデハデの襷を貰ったことにより、カレンとリリィの羨ましそうな顔が限界を迎え、駄々を捏ね始める寸前のものに変わってしまっているではないか。


 仕方ないので何か称号を付与してやろうと、必死でコンビニの店内を探し回る……パーティーグッズの襷はサリナに貸与したもので最後、あとは変なヒゲメガネぐらいしか置いていないようだ。


 いや、別のコーナーに何やら細長いものが見えている、それは長い紙に黒字で記載された『勝訴・不当判決セット』であった。


 そんな重要な、それを持って集まったメディアの前に出なくてはいけないものを、コンビニなんぞで販売しているチャチな既製品で済ませてしまおうという者が居るのかは不明だが、もう使えそうなものはこれ以外には存在しない。


 ということで2枚セットのうちカレンには『勝訴』を、リリィには『不当判決』を渡し、それを襷のように装備させてやることでどうにか満足して貰うことに成功した。


 というか、『不当判決』と力強いタッチで書かれた紙を身に着けた状態で満面の笑みを浮かべているリリィ、きっとコイツは原告団の中に紛れ込んだ被告側のスパイなのであろう……



『それじゃっ、いってきま~っす!』


「おう、気を付けて行くんだぞ、敵が来ても攻撃したりせず、すぐに誰かが戻って状況を報告するんだ。もし隊列が長かったりしたら剛毛野郎の居る位置とか、あとは敵の数、それからΩ化されたデュラハンの居場所がわかればそれも頼む。あと必要な情報としては……と、もう行ってしまったのか……」


「3人共最初の『おう』で振り返って出て行ったわよ」


「……それ、一切何も聞いてないじゃないか」



 聞く価値がないと判断されてしまった俺による重要事項の説明、まぁサリナが付いて居るのだし、その辺りは勝手にしっかりやってくれることであろうと、こちらも勝手に期待をしておく。


 ということでとりあえず俺達の方は待機、昼頃になる予定の敵部隊の到着を待ち、偵察部隊からの報告をもって行動を開始することとしよう。


 まぁこのコンビニの建物は『外見が小さくて四角い』というだけで、それ以外は要塞じみた完全なΩ施設。

 敵がどれだけ強いΩを連れて来ようとも、そう易々とは破壊されない、即ち俺達は非常に楽な戦いを展開出来るということだ。


 ゆえにこれといってやることもなく、そのままもう一度布団に入って……と、もう片付けられてしまったようだ、実に悲しいことである……



「やれやれ、やることもないというのに寝床すら奪われるとは……と、おいセラ、何だかわからんが外の方から変な足音がしないか?」


「あら? 偵察部隊の監視を潜り抜けた敵が居るのかしらね、ちょっと様子を……」


『いらっしゃいませ~っ』


「……普通にお客さんみたいね、凄い足音だから結構巨大な魔族じゃないかしら?」


「みたいだな、面白そうだし見に行こうぜ、どうせ暇でしょうがないんだし」



 セラの同意を得て、2人でコンビニの店舗側へと回る、そこに居た『客』はどう見ても岩のゴーレム、動く度にキラキラと青く輝くそのボディーは……どういう種類の鉱石なのかまるでわからない、とにかく普通の石に、ところどころ結晶化したかのようにしてその物質が含まれている感じだ。


 そして良く見るとコイツ、ゴーレムというわけではなく魔族、かつて戦った魔将にもこんな奴が居たとは思うが、物質系の上級魔族らしい。


 こんなのがゴロゴロ、本当に岩のように転がっている村や集落がこの辺りにあるというのか? だとしたら帰りにでも立ち寄ってみたいものだな。


 このボディーはなかなか貴重な物質で出来ているのかも知れないし、あとで技術者のおっさんにコイツを見て貰って、もしそうであればどうにかして手に入れたい……と、そんなことを考えていたらちょうど技術者が現われたではないか……



「やれやれ本当にやることがなくなってしまいましたね、どこかに引き篭もって論文でも執筆……やっ、ややややっ!? そこっ、そこのあなたっ! そう、何だかゴツゴツしたお体をお持ちの魔族であろうあなたですっ!」


『は、はぁ? 自分がどうか致しましたか?』


「そのお体の青い、輝いている部分ですよっ! ひょっとしてあなた、それはもしかしてっ!」


『あぁ、これですか、これはこの地域でコバルトブルーと呼ばれているものでして、洞窟のコボルトが魔法で創り出した鉱石だという言い伝えがあります、もちろん私共はこんな体質なので取り込んでしまっておりますが、通常の人間タイプである方々にはかなりの毒性を有するものとなっておりまして……』


「それが欲しいんですよっ!」


『……え? ちょっと店員さん、この人大丈夫なのでしょうか? しかも見たところ人族のようなのですが? どうしてこんな瘴気渦巻く魔族の地で平気なのでしょうか? というか、他にも人族の方が居られるようですが? この店はいつの間にこんな不思議な方々のたまり場になったのですか?』


「え、えぇ~っと、色々と事情がありまして……」



 突如として興奮し出した技術者に絡まれ、タジタジになってしまったゴツゴツ宝石魔族、オーナーであるホルンに質問責めを喰らわせている。


 しかしどうやらまともな性格の奴であるようだな、だがさすがにそんな魔族であっても、この『おかしな人族』には付いていくことが出来ないようだ。


 そしてその魔族が動いた瞬間、青い石の塊がポロリと剥がれて床に落ちる、それは良くあることなのか、申し訳なさそうにそれを拾おうとする魔族に対し、非戦闘員とは思えない、実に俊敏な動きで先走ってゲットする技術者。


 もうゴツゴツ魔族は喋ることもしない、この男は危険だと、可能な限り関わり合いになるべきではないと判断したのか、屈もうとした姿勢のまま固まり、そのまま青い結晶のような石を持って小躍りする技術者を眺めていた……



「見て下さい皆さんっ! これですよこれっ! これがあればもう我々の勝利ですっ!」


「……と、ちょっと待ってくれ、そもそもその石ころは何なんだ? 何のために使って、どんな効果があって、どういう用法用量で、どの程度の危険があるのかなど全くわからないんだが、あとそっちのゴツゴツマンが困っているから誰かフォローしてやってくれ」


「もしかして知らないんですかっ⁉ まさかこの石の素晴らしさを知らないというのですかっ⁉」


「いや知らねぇどころか見たことすらねぇよ……」



 勝手に興奮する技術者、そしてゴツゴツ魔族に対しては近くに居て暇を持て余していたユリナとエリナがフォローをし、俺達のこと、そして技術者のおっさんがバグッていることなどを伝え、どうにか理解を得ることが出来たようだ。


 で、そのボディーにこびり付いた結晶のような青い石を、シートの上でバラバラと落として貰っている。

 技術者の反応を見て、それが非常に重要なものである、今後必要になってくる物質なのだと察したらしい。


 で、実際それは何なのかという質問に対し、それをガン無視してどこかへ行ってしまった技術者。

 ああなるともう一般人との会話は成立しない、後程落ち着いたところを狙って事情を聞くこととしよう。


 買い物を終えたゴツゴツ魔族が帰る際、ご丁寧にあの青い結晶を大量に採取することが出来るという洞窟の場所を教えてくれた。


 それを受け取って礼を言い、ついでにアホな技術者の非礼を詫びてその魔族を見送る。

 ユリナとエリナは2人で、風呂敷に包んだ青い結晶をどこかへ運んで行った。


 毒があるとのことだからな、どういう毒なのかはわからないが、一応誰にも触れさせないようにしておくべきだ、もちろん唯一その正体がわかっている1人を除いてだが……



「何だか良くわからなかったけど暇つぶしにはなったわね」


「そうだな、そろそろ偵察班が敵の姿を捉えても良い時間帯だし、戻ってグータラ寝ている奴等を起こそうか」


「まだ寝ているのはルビアちゃんとマーサちゃんだけだけどね……」



 ということで奥の従業員控室に戻り、完全に寝ていたルビアには生おっぱい往復ビンタを、起きてはいるもののやる気なくコロコロしていたマーサにはダイビングカンチョーを喰らわせ、いつでも戦闘態勢に入ることが出来るように準備しておけと告げる。


 2人の生着替えをそのままじっくり観察し、脱ぎかけの不自由なタイミングを狙ってツンツンしたりしていると……今度は小さい足音、間違いなくカレンのものだ。


 急ぐ感じで走っている……のはカレンに関して言えばわりといつものことなのだが、今回に関しては何か重要な報告があってそうしているはず、おそらく敵の姿が見えたのであろう……



 ※※※



「戻りました~っ! 特別地上……あんみつ? えっと、忘れましたがとにかく偵察部隊からの報告です、ビシッ!」


「おかえりカレン、いやカレン隊員、報告をどうぞっ、ビシッ!」



 戻って来たのはカレン1人、ビシッと敬礼しながら報告を始める……というか、報告ならサリナが戻った方が良かったのではないかと思うが、とりあえず話を聞いてみよう……



「えっと、えっと、遠くからΩが沢山来たんです、で、その真ん中辺りに毛むくじゃらの人が居て、それからそれから……」


「うむ、敵が出現したということだけは把握した、で、ハリボテーΩの方はどうだ? 疑われていないか?」


「え~っと、その沢山の軍団の前に来ていたΩっぽい人が、『何だかおかしいぞ』みたいなことを言っていましたが、それでもそのまま進むみたいです」


「それは良かった、だが今の話だと一応は疑われたってことだな、あのクオリティで」


「はい、『Ω仕草』がどうのこうのとか言っていましたが……」


「何だよΩ仕草って、知るかそんなもんっ……って、後で言ってやろうか、とりあえず敵の接近は確実だ、全員戦闘の準備をして中で待機、カレンは2人の所へ戻って引き続き偵察をしてくれ、ビシッ!」


「わかりましたっ、ビシッ!」



 再び敬礼して走り去っていくカレン、こちらは慌ただしく準備を始め、およそ3分後には臨戦態勢、いつ敵様のご来所があっても構わないような、完璧なおもてなしの姿勢を整えた。


 もちろん普通のおもてなしなどではない、殴る蹴る、突き刺して切り裂く、そして焼き払う、死に至る恐怖のおもてなしだ。



「あ、精霊様達は戻って来るみたいよ、こっちへ向かって飛んでいるわ……と、精霊様はUターンしたわね」


「うむ、ハピエーヌが狙われたりしたら厄介だからな、本人は戻って、精霊様だけで空中作戦を展開するのが妥当だよ」



 しばらくして戻ったハピエーヌ、この子は戦うことが出来ないわけではないが、ハーピーの中では最もハイセンスとはいえそこまで強くない。


 よって今回は後方、店の中で非戦闘員としてバックアップをする係に任命しておいた。

 敵の中に危険で強力なデュラハンΩが居る可能性が高い以上、そうせざるを得ないのである。


 そこからさらに10分以上の待機時間、再び足音が聞こえ、今度はカレンだけでなくリリィとサリナ、つまり偵察に遣った3人全員が戻って来たようだ。



「おかえり~っ、サリナ、どんな感じなのか報告を頼む」


「ただいま戻りました、ええ、Ωが1,000程度、その中央にターゲットを配置した敵の集団が接近中です、残念ながらデュラハンの方がどこに居るのかまではわかりませんでしたけど」

「もうすぐそこまで来てますよーっ!」

「こーんなに沢山居たんですよっ!」


「わかった、じゃあ3人共中へ入って戦闘の準備をするんだ、ここからは力と力のぶつかり合いだからな」


『は~いっ!』



 わかり易い報告をしてくれたサリナと、相も変わらずわけのわからないカレンにリリィ。

 とりあえずその3人にも戦闘態勢に入らせ、上空の精霊様を除くメンバーで敵の接近を待つ。


 徐々に聞こえ出すΩの足音、と、その前に向こうの偵察が数体で接近して来たようだな。

 俺達がここで待ち構えているとバレぬよう、静かに待機することとしよう、戦闘開始は敵本隊が到達してからだ……

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