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「凄いなこれっ⁉ もしかして全部昨日の夜の間に精製したってのかっ?」
「ええ、もちろんそうです、もっとも1人でこれをやり切るのは非常に困難なことだという判断が出来ましたので、普通に部下たちに手伝わせてどうにか成し遂げました」
「あぁ、それで寝不足気味な顔をしているのか……」
酒樽のようなものにパンパンに詰め込まれた謎の白い粉、ちなみに御法度のやべぇクスリでは断じてない。
それを夜のうちに、どうやったのかは知らないが5樽分も作り出した技術者一向、本人以外は目の下にクマが出来ている。
というか、精製作業を手伝わされたのはわかるのだが、どうしてヒトではなく魔道兵器であるコパー、ダイヤ、レッドの3Ωも眠そうにしているのだ? 連続稼働で疲れを感じる機能でも搭載されているのか?
とにかく部下2人とΩ3人にはもうテントに戻って寝ることを推奨し、そのまま解散させておく。
今まで寝ていた俺達はここからが活動の時間だ、徹夜で作業をしていた技術者はもう知らないしどうにでもなれ。
「おしっ、じゃあ早速昨日までの場所の近くへ行こうか、そこでベースとなる陣を張って、周囲を空から散策する感じで泉、ダイオウシカの水飲み場を探していこう」
「それと勇者様、念のため『黒幕的存在』にも気を付けておかないとよ、もしかしたら今日姿を現すかもだし、実はものすごく強いなんてこともないとは言えないわ」
「おっとそうだったそうだった、敵の親玉がひょっこり顔を出すかもだから注意しろ、特におっさん、俺達は大概のことは大丈夫なんだが、あんたは一撃で殺害されること間違いなしだからな、もし狙われたりしたら諦めろよ」
「ええ、ではその際にはせめて一矢報いることとしましょう、握りっ屁でも嗅がせてやります」
「おう、おそらくそんな余裕もなく殺されるだろうな、きっと跡形どころかこの世界に存在していた記憶まで消し去られるぞ、何が起こったのかさえわからないうちにな」
ちなみにこの技術者のおっさんに対し、本当に跡形も残らないレベルの攻撃を加えるのは恐ろしく容易なこと。
もちろん素手で、というか指先1本で消し去ることが可能なのである、それは俺だけでなく、勇者パーティーにおいて最も直接攻撃能力の低い2人であるルビアやサリナでもだ。
その俺達よりも遥かに強いダイオウシカΩ、そしてさらにさらにそれを操る次元のバケモノがこの森に潜んでいる。
まぁ本体に戦闘がこなせるのか、それとも単に賢さが高く、敵組織の中での上位者というだけなのか。
まぁそれでも魔族は魔族だ、きっと真っ先に狙われるのは、『最も危険度が高い』とみなされるこの技術者のおっさん、気が付いたらこの世から綺麗サッパリ消滅していたなどということがないよう、いやなるべくそうならないよう注意しておこう。
「で、そのマシンには最初から乗っていくのか? というかそれの操縦はダイヤがやるんだろ? もう帰して寝かしてしまったんだが」
「あ、確かにダイヤモンドΩさんの力が必要でしたね、私としたことが、すぐに起こしに行って……」
「おいコラッ! かわいそうなことすんじゃねぇっ! しょうがないな……マリエル、ちょっと操縦してやってくれ、コイツの虚舟は足漕ぎだと思うから大丈夫だ、おそらくはな」
「私がですかっ?」
「そうだ、この技術者は王国の人間だからな、いくら密室で2人きりとはいえ、まさか所属している国の王女に何かをしたりはしないはずだ、おそらくはな」
「いえ、何も気にせずにとんでもないことをしそうなんですが……」
「大丈夫だ、大丈夫に決まっている、おそらくはな」
「・・・・・・・・・・」
今回の作戦に使用する技術者個人所有のマシン、まるでUFOのような物体だが、とりあえず虚舟と呼んでいるものだ。
だが体力のない技術者にとってそれを動かすことは非常に困難、いや、動かすことが出来ないわけではないが、その進行スピードは極めて遅く、でんでん虫にでも騎乗した方がマシなぐらいなのである。
その足漕ぎによる操縦を、なかなか気持ちの悪い性格をした技術者のおっさんと2人でそれに乗り込んでするのがどうしてもイヤ、というか断固拒否する様子のマリエル、仕方ないので『護衛』としてマーサを派遣しておく。
ということで出発だ、俺達は昨日までと同様、ハピエーヌの案内を受けて徒歩で森へ。
3日目にして唯一の違いは、謎の魔法薬を満載した虚舟が後ろを付いて来ている点のみである。
かなり高い所を飛びながらグングンと前へ進んでいくハピエーヌ、足に取り付けた紐が引っ張られ、まるで生意気な犬の散歩、というか犬に散歩させられているかのような感覚に陥ってしまったぐらいだ。
しばらく進むと、上空で精霊様がハピエーヌを呼んでいるのが見えた、2人共パンツ丸見えだ、何やら話し合っているようだが、その会話の間だけでも2つ揃った伝説の空飛ぶパンツを堪能させて頂くこととしよう。
「グヘッ、グヘヘヘッ……」
「ちょっと勇者様、さっきから何見て涎を垂らしているの?」
「グヘッ、ん? そりゃパンツに決まってんだろ、そんなこともわからないのかセラは? 極めて知能が低い奴だな本当に」
「ちょっとっ! ほら、パンツなら私のを見せてあげるから、てか今更パンツぐらいで何なのよっ!」
「馬鹿を言うんじゃない、見せつけられるパンツよりも生尻よりも、本人が意図せず、うっかり見えてしまっているパンツの方に価値があるのだよ、その違いがわかるか? いやわからないよな低能のセラさんにへろぎょぺっ!」
「パンツどころか二度とお天道様を拝めないようにするわよ」
「す……すびばせむでちだ……」
「お姉ちゃん、この危険な発想の異世界人は頭を地面に埋めておきましょう」
「そうね、強制的に下を向かせるにはそれしか方法がないわ、こうして、こうっ!」
「ギョェェェッ!」
土下座させられたまま踵落としを喰らい、俺の頭は森の柔らかい腐葉土にめり込んでしまった。
以降、上空での会議めいた何かが終了するまでそのまま押さえ付けられ、呼吸することも叶わない状態で待機させられる。
と、遥か彼方からこちらに掛けられたような声が聞こえ、次の瞬間には後頭部に乗っていたセラの足が離れた。
呼吸困難につきとうとうお迎えが来てしまったのか、三途の川は確か鉄貨3枚で渡れたはずだが……
「ちょっと勇者様、地面にめり込んでないで早く行くわよ、目的の泉が見つかったらしいの」
『うっ……ぬ、抜けないんだなこれが……』
「何をしているのよもうっ、ほら、引っこ抜くからちょっと気合入れてっ!」
『ふぬぬぬっ! ほげっ……』
どうにか地面から引っこ抜かれ、久しぶりに感じる空気を実感……している暇ではない、もう皆発見された泉へ向かうべく歩き出しているではないか。
こんなわけのわからない森で放置されたら大事だ、絶対に逸れないよう、仲間の背中を追って……いやそれもダメだ、まだ後ろに何か、というか仲間が居るではないか……
「……ルビア……は何をしているんだ?」
「……食人植物に絡め取られました、ぶっといので引き千切れません」
「そうか、じゃあ達者でな」
「助けて下さいよぉぉぉっ!」
「わぁぁぁっ! 泣くんじゃない、喚くんじゃないっ、すぐに助けてやるからっ!」
振り返るとそこにはルビア……を収納した大量の食人植物の蔦や葉、なぜか禍々しい口の付いた木の幹も居るではないか、それが必死でルビアを喰おうと試みているのだ。
その事態に全く気付いていない仲間達の背中はもう木々の影に消え、今は楽しそうに談笑する声だけがギリギリで届いている状態。
叫ぶよりもこのまま救助した方が早そうだ、急いで蔦を切り、太い木の幹をボッコボコにして中からルビアを取り出す……
「ふぅっ、どうにか助かりました、あそこで暴れるとまたお洋服が裂けたりして、後でミラちゃんに怒られてしまいますから」
「そんな理由で抜け出さなかったのかよっ! まぁ良い、とにかく皆の後を……うむ、完全に見失ったようだな……」
もはや誰の声も届かない、そして周囲はどちらがどちらなのか見分けも付かないような深い森。
その中にルビアと2人、完全に取り残されてしまったのだ。
ここから動けばどこへ行ってしまうかわからない、せめて方向感覚がイケイケなセラかミラが居ればどうにかなったものを、俺とルビアではもう野営している場所へ帰還することすら不可能。
しばらく呆然と立ち尽くした後、ルビアがふと気が付いたように口を開く……
「あっ、そうですよご主人様、ここで待ちましょう、で、皆が帰って来たらこう言うんです、『置いて行かれて、下手に動くと余計迷うと思ってそのまま待っていたんだっ!』、ね、それなら許して貰えそうじゃないですか?」
「馬鹿か、余裕でブチ殺されるわ、それよりも足跡とかを辿ってだな……って、この足跡はダイオウシカのものでも、ましてや俺達の仲間のものでもないな……」
「というか裸足じゃないですか、原住民とか、人型の変な生き物とかですかね?」
「わからんが、コイツの足跡はかなりクッキリ残っているからな、よしっ、俺達はこの正体不明生物を追跡しよう、それが新たなミッションだっ!」
「おーっ!」
足跡を追って森の奥へと進む俺とルビア、帰りはどうするのか、どうやったら仲間と合流することが出来るのか、そもそもここはどこなのか、などという懸念事項は全て忘れ去り、ひたすらに地面を眺め、注意深くその何者かの行く先を探っていく。
やけにクッキリと付いているその足跡は、明らかに仲間のものとは異なる、通常の体重では成し得ないものだ。
足のサイズは……普通の人間よりも少し大きい程度か、かなりバランスが悪いな、体格と重さが釣り合っていない。
「コイツ、この足跡の奴なんだが、体が金属で出来ているとかじゃないよな? もしそうだとするとΩである可能性がないとは言えないぞ」
「でもご主人様、もしこの足跡の主がΩであたとしても、コパーちゃん達とはまた違った感じじゃないですかね? あの子達、中がどうなっているのかは知りませんが重さはそんなにでもなかったと思うんです」
「確かに、馬車の荷台に乗せていて底が抜けたりとか、あと前後の重さが釣り合わなくてウィリーしたりとかってことはなかったもんな、その辺りはシルバーとかゴールドとかも一緒だろう、となるとコイツはあの連中とは違った何か、そういうことだな」
「覗きとかじゃなくてもっとエッチな機能が搭載されていると良い……いないと良いんですが」
「おいルビア、お前今ちょっとエッチな機能に期待しただろう?」
「ま、まさかそんな、オホホホッ……ごめんなさい期待しました、というか今でもしてます……」
「全く、そういう奴にはカンチョーだっ!」
「はぅぅぅっ! も、もう1回お願いしますっ……はうぁぁぁっ!」
森に響き渡るルビアの声、何を勘違いしたのかおかしな模様の鳥が大量に集まって来た。
求愛行動とかそういう類の音質であったようだ、まぁそれはどうでも良い。
問題は上ではなく下である、カンチョーされたルビアが崩れ落ち、四つん這いになったすぐ下には、これまで辿っていた臭そうな足跡が異常にハッキリと、しかもそこで強く蹴った、いや走り出したような形状で残っていたのだ。
「……ご主人様、この足跡、どうやらこっちに方向を変えたみたいですよ、私のおっぱいレーダーがそう言っています」
「何だおっぱいレーダーって、そんなスキルいつ獲得したんだ?」
「していません、普通に適当です」
「アホかっ! おっぱい往復ビンタを喰らえっ! オララララァッ!」
「ひゃうぅぅぅっ! きっくぅぅぅっ!」
おっぱいレーダーはともかく、ルビアの指摘した敵の向かう方角は正しいようである。
どんな敵なのか、そもそも敵か味方かさえわからない状態の足跡を、ズンズン辿って行ってしまうルビアの手を掴んで共に進む。
そこから5分程度歩いたところで、ようやく何者かの気配、というか複数の存在が進行方向にあることに気が付いた。
近くにひとつ、それからかなり先に十数だ、近くのひとつは……歩いているな、足音からしてヘヴィー級、ターゲットで間違いない。
その存在に気付かず、普通に歩いてそちらへ行こうとするルビアを引っ張って止め、口の前に人差し指を当ててやる、静かにしろという意味だが、無駄に指を舐め出したのでおそらく伝わっていないと思う。
「おいルビア、ペロペロしてないで話を聞け、この先にターゲットと、それから複数の何者かの気配がある、だからここからは静かに、慎重に進むんだ、わかったな?」
「あら、『指を舐めろこの雌豚がっ!』という意味ではなかったんですね、大変失礼しました、お詫びとしてこの場で素っ裸に……」
「ならんで良いっ! とにかく行くぞっ!」
今度は俺がルビアを引っ張り、ターゲットが歩いていると思しき場所を目指して進む。
先程までは走っていたようだが、今はターゲットもゆっくり、忍び足で歩いている様子。
ということはアレか、この先にある十数人の気配、それがターゲットのターゲットということだな。
いや、今現在この森の中にある十数の人の気配、それは即ち俺の仲間達ではないのか?
だとしたら拙い、俺と逸れて迷子になり、泉に向かった仲間達が敵に狙われている、その構図が完成してしまっているのだ。
もちろん仲間内でワイワイやっている状態では敵の接近にも気付かない、これは奇襲を受けてしまう流れではないか。
そう思って少し急ぎ目に、かといって大きな音も立てない程度の速度で森を進む。
もうそろそろ……追い付いたっ! 本当にドロボウかの如くコソコソと歩く敵の姿は……
「見えたぞ……何なんだアイツは?」
「全身ツルッツルですね、動きも妙だし、変態の類でしょうか?」
「それか魔族領域に迷い込んで脱毛した人族……にしてはちょっとデカいな、マジでわけのわからん奴だ」
「……あ、ひょっとして、本当にひょっとしてですよ、あの変なの、この間確認した敵の何とか兄弟、それの弟の方じゃないですか?」
「弟っていうと……おっ、ツルツルタイプの『帝猛』、ってか剃毛か、顔は見えないがその可能性は非常に高いな、とりあえず追跡してみよう」
先を行くターゲットらしき存在はツルツルの極み、なぜかボディービルダーのようなパンツを穿いているのだが、それ以外には何も身に着けず、そもそもガリガリなのでビルダー感が微塵もない。
敵はΩ組織の重要キャラである剃毛野郎の可能性が高いとはいえ、反対を向いて背中しか見えていないことには何も判断出来ない、そうかも知れないし、単なる他人の空似かも知れないのだ。
ゆっくり、慎重に慎重を重ねてその後姿を追跡していくと……当然のようにルビアがやらかした……
「ひぃぃぃっ! 服の中に変な甲虫がっ!」
「おい馬鹿! 静かにしやがれってんだっ! 敵に見つかったらどうするんだっ!」
どうしようもないことで騒ぎ出したルビア、ひとまず口を押えて姿勢を低くしてやり、ついでに服の中に入ったヘラクレスオオカブトも除去してやった、いや、どうやったらこんなものが入り込むのであろうか。
と、その瞬間にターゲットが辺りを見渡す、人の声らしきものが聞こえたのだから当たり前である。
そして、そこで見えたのは見覚えのある、というか肖像画で見たあの顔、間違いなく剃毛野郎だ。
しばらくの間、キョロキョロと周囲を見渡す剃毛野郎、かなり警戒している様子だな。
だが次第に集まり出したのは、先程もルビアの声に反応していた奇妙な鳥達。
これはラッキーだ、剃毛野郎もそれを見て、今のはおそらく鳥が求愛行動を取る際に発した囀りであるとの勘違いをした、そういう感じの動きを見せ、再び前を向いて歩き出したのであった。
「ふぅ~、マジで危なかったぜ、ルビアの声が変な鳥に似ていたお陰で助かったぞ」
「これならどれだけ喋っても大丈夫ですね、ではもう一度服の中に甲虫を這いずり回らせて……」
「余計なことをすると夕飯抜きだぞ、もっとも夕飯までに皆と合流できればの話だがな」
「ひぃぃぃっ! それはご勘弁をぉぉぉっ!」
「だから騒ぐなって言ってんだろっ!」
またしてもルビアの声に反応した奇妙な鳥達、今度は『誰が声の主なのか』ということに気付いたようだ、ルビアは大量の鳥に集られ、まるで鳥葬の如く突かれている。
そんなルビアを助けることもせず、もう一度ターゲットの後を追い始めた俺は、勝手に付いて来るルビアと鳥山の凄まじい音にカムフラージュされながら、どうにか発見されることなく、最後まで追跡することに成功した。
立ち止まり、木の陰に隠れたターゲットの剃毛野郎、その視線の先にあったのは……やはり俺の仲間達、そしてその脇には美しい泉があり、技術者が創り出した謎の魔法薬を散布する準備に入ったところのようだ。
ここからどうする? 敵の存在を大声で報せれば、それで敵にもこちらの存在が発見され、こちらから奇襲を仕掛けることが出来なくなってしまう。
かといってこのまま放っておけば、既に何かをしようとしている剃毛野郎の先制攻撃が、間違いなく俺達が仲間の所へ到達し、コッソリ事情を伝えるのよりは先になる。
これは判断しかねる、そうして悩んでいる間に、ようやく鳥の集団から解放されたルビアが前に出て、そして駆け出す、どうやら勝手に判断して動いたようだ。
いつもなら優柔不断で、しかも言われないと動けないタイプのルビア、だがここでは俺よりも早く動いた、その出した結論は『大声で仲間に報せる』というものらしい……
「みんな~っ! 敵がっ、後ろに敵が居ますよ~っ! ほらっ! そこですそこっ! 気を付けて~っ!」
その声に反応し、こちらを見たのは泉の畔の仲間達だけではない、敵である剃毛野郎も、そしてまたしても登場した奇妙な鳥の集団もであった。
これで完全に発見されてしまった、そして、仲間達も敵の存在を知ることが出来た、ここからはもう戦いの時間である……




