573 ΩをもってΩを制す
「コイツですのっ! いやコイツでしたのっ! 私の元部下で、口が臭くて、あと脇とかも臭かったから処刑した魔将補佐は間違いなくこの変なハーフΩでしたのっ!」
『やっと思い出したかぁぁぁっ! そうだ、僕はお前に理不尽な理由で処刑された魔将補佐、その当時の名前はもう棄てたが、それでも怒りと悲しみ、復讐心だけは棄て去ることなくっ、自らの腐りかけた半身をΩとすることによって蘇ったのだっ!』
「ひぃぃぃっ! せっかく始末したのに、さらに臭くなって新登場しましたのっ! こんなリニューアルはイヤですわっ!」
「そうだぞお前、臭いしキモいし攻撃は効かないし、非常に迷惑だから早く消えてなくなれよこのきっしょい排泄物の塊めがっ!」
そーだそーだっ! 死ねっ! 消えろっ! という大合唱が、木々に囲まれたハーピーの集落にこだまする。
自分に対するその罵声を涼しい顔で受け流すハーフΩの元魔将補佐、名前は……とりあえずウ○コ野郎(仮)とでもしておこう。
ウ○コ野朗には確かに攻撃が効かない、効かないどころか跳ね返され、かえってこちらがダメージを負うことになってしまう、そしてそれは打ち破ることが出来ない、鉄壁の機構によって成し遂げられている。
つまりこちらは八方塞、そして敵サイドから見ても、こちらに積極的ダメージを与える力を有していない以上、俺達が何もしない限りは何も出来ない。
これまでにも何度かあった敵とのこういう関係、バランスを崩し、戦いをこちらに有利ならしめる何らかの打開策を発見しない限りは、いつまでもこのまま対峙することになってしまうのは明らか。
だが俺達が最も得意とする『ゴリ押し』が逆効果であり、そしていつもなら持っているはずの『ご都合アイテム』の類を所持していない今回の戦いでは、おそらくそう簡単に何かが見つかり、急展開となることは……いや、そうでもなさそうだ……
「はいはい皆さん失礼致します、私王国で技術者をしている者にございまして……え? 今取り込み中だって、そんなこと言われましても、この発見の方が何もしていない、先程からただお互いに見つめ合っているだけの戦いなどよりもよほど重要だと思いますがね?」
「あぁぁぁっ! わかったから非戦闘員は前に出るんじゃないっ! そこのそれっ、俺達にとってはアレだが、普通の人族なんか0.01秒でこの世から、灰すらも残さず消滅させる程度の力は持ってんだぞっ!」
『そういうことだっ! まずは貴様が死ねぇぇぇぃっ!』
「あっ……ひょいっと、救出しました、代金は金貨200枚です」
「ふむ、ありがとうございます、では王都に帰り次第、利息も添えて指定の口座に振り込んでおきますね、で、何の話をしていたのか……」
勝手に前に出た技術者、危ういところでミラが救助し、キッチリ代金を請求したのだが、そういえばこの男、先程から後ろの建物の中で何かをしていたような気がする。
だがこの技術者は天才の中の天才、頭が良すぎてどうにかなってしまったタイプの人間であるため、この命の危機に際して尚突拍子もないことをしている、というか自分の世界の中だけで何かをやっていたとしても特におかしいことではない。
ゆえに気にすることもなく放っておいたのだが……良く見れば手に何かデバイスのようなものを携えているではないか。
そしてそのデバイスのデザインはエリナがたまに造るものと似ている、ということは何かの、人族の知識の範疇を越えた力を用いるための魔導装置の類だな……
「で、ちなみにそれは何だ? あのハーフΩ野郎の防御機構を破壊するための装置なのか?」
「いいえ、そういった類のものではありません、ありませんが……」
「ありませんが?」
「ターゲットはそちら、クモの形状をされたΩの方ですっ!」
技術者がビシッと指差した先には、戦いを見守るようにしてずっと動かず、出番を待ち構えていたクモタイプのΩ。
その腹部分にはギッシリと極小寄生Ωが詰め込まれ、人間やその他生物に噛み付けば、あっという間にそれが流し込まれてΩ化してしまうという恐怖の魔導兵器母艦だ。
だがそれそのものを破壊されてしまうことを恐れてか、敵はクモΩをなかなか使用しない。
きっとあちらには攻撃をレジストする機能が搭載されていないのであろう、あっという間に破壊され、使い物にならなくなってしまうはず。
そして、レジストする機構がないということは、物理だけでなくその他の攻撃も、おそらくは標準装備であろう炎や水、攻撃魔法の類以外であれば十分に受け付けるということ。
デバイスをクモΩに向ける技術者、そんなものでどうのこうのと言いながら、余裕の笑みを崩さずに見守る敵。
もちろん俺達は信じている、そのデバイスが彼の主張通りの活躍をすることを、そして、これが戦いを動かきっかけとなることも……
「はいっ! ここでポチッと入りましたっ!」
『……ガ、ガビビビビビッ!』
「ふむ、効いているようですな」
『なにぃぃぃっ⁉ そんな馬鹿なことがあってたまるかっ、まさか人族如きの技術で……いやまさかっ、そっちの悪魔が手を貸したのかっ?』
「あ、は~い、正解で~っす」
『おのれぇぇぇっ! ユリナといいサリナといい、そしてどうやらその一族らしき貴様といいっ! どうして僕の邪魔ばかりするのだっ! どうして僕に対して酷いことをするのだっ!』
「キモいから……ですわ」
「キモいがゆえです」
「キモいからに決まっていますね、わざわざ聞かないで下さいそんなわかりきったこと」
『グゥゥゥッ! 許さん……絶対に許さんぞぉぉぉっ!』
「いや許さんのは結構なんだが、お前これからどうすんだ? クモΩはこっちの味方に付いたんだぞ」
『あっ、え? なぁぁぁっ!』
謎のデバイスの効果により、ハーフΩ野郎の傍に控えていたクモΩは移動、今は技術者の横で待機している。
そしてその技術者とクモΩの後ろ、どういうわけかコパーが出て来ているではないか。
鹵獲Ωの中では唯一戦闘能力がないコパーがそこに居て、しかも何だか自分の尻を気にする素振りを見せつつ内また気味に立っている。
ということは何かの作戦に参加すると見て間違いない、何らかの『プラグイン』を尻に挿入され、違和感や異物感でそのような行動を取っているのだ。
「おいエリナ、ちなみにコパーには何を『挿入』したんだ?」
「え~っと、何と言いましょうか、さっき倒した人族の兵から摘出した小さいΩを研究してですね、それを支配下に置く魔導信号のようなものを発見、それを発する機能を搭載した『プラグイン』です」
「良くわからんが、それでどうするつもりだ?」
「そりゃ決まってますよ、こうするんです、えいやっ!」
「はっ? げぇぇぇっ、めっちゃキモいじゃねぇかぁぁぁっ!」
当たり前のような顔をしながら、クモΩの腹部分をバキッと叩き壊してしまったエリナ。
その中に収納されていた大量の極小Ωはもちろん、まるでアリの巣が中身を全放出したかの如く噴き出してくる。
とんでもない光景だ、もう鳥肌が立つとかそういう次元ではなく、ひたすらに小さな、蚊やコバエよりも小さなΩの粒が、数十万単位で『蚊柱』を形成しているのだから。
まぁ、今回に限ってはその『蚊柱Ω』がこちらの支配下にある、それは精神面で多少マシと判断出来る要因のひとつだ。
これが敵の支配下にあり、これから俺隊に襲い掛かるモノであったと考えるとひとたまりもない。
もちろん、最初の段階でクモΩを攻撃していたら、もしもマリエルの槍がΩボックスだけでなく、その中身の腹部分まで貫いていたとしたら。
……恐ろしいことを想像するのはやめよう、結果は結果なのだ、現時点で発生している事象に基づき、これからの行動を決定していかなくてはならない。
「それじゃあコパーΩちゃん、この大量の極小Ωに命令を出してっ!」
「はいっ! では敵の半分腐ったΩモドキを攻撃するように命じますっ!」
「おいちょっと待て、それじゃあまたレジストされて終わりだろ、てか突っ込ませたらそのままの勢いでこっちに……」
「大丈夫です、Ωである私にはわかりますが、どのような機構を搭載したとしても、原則ΩはΩの攻撃を防ぐことが出来ません、それは反乱を防ぐために用意された裏コードを使えば確実になります」
「え? だってアイツ、ウ〇コした後にケツ拭こうとしたらレジストしたとか何とかって言ってなかったか?」
「いえ、それは紙を使おうとしたからです、間に何か入っていれば『Ω同士討ちめちゃめちゃクリティカルの原則』の適用対象外になりますから」
「となると……この極小Ωの攻撃は直接攻撃だから……」
「ええ、先程私に付与された管理者権限で確実に攻撃を当てることが可能です、もっとも寄生するだけなんですが、それで防御機構のコントロールを奪って停止させてしまえばあとは楽勝ですから」
「ほーん、何だか知らんがとにかく頑張ってくれ」
難しい話は理解出来ないと判断し、この『極小寄生Ω大量投入作戦』の件はメインを張るコパーと、それからサポートをするエリナと技術者に任せた。
まずは動きを確認するために蚊柱を右へ左へと移動させまくるコパー、周囲に居た仲間やデュラハン軍団、ハーピー集落の連中から、『キモいので早くどこかへやってくれ』との苦情が出始めたところで、ようやく蚊柱は敵のハーフΩを目掛けて進み出す。
余裕の笑みはどこかへ消え去り、防御は不可能であると判断して回避行動に入るハーフΩ。
だが自らの用意した極小Ωは夥しい数、周りを取り囲むようにして飛ばれ、あっという間に逃げ場を失った。
『ま……待ってくれ、僕は単にユリナへの復讐を果たしたかっただけなんだ、同じΩから攻撃されるためにこんな所へ来たわけじゃないっ!』
「知りませんよそんなこと、とにかく私の今の使用者である勇者パーティー様やそのメンバーの方に迷惑を掛けたんです、あなたは完全に討伐対象であって、それからその腐った死体ともΩとも判断出来ないその体で、こちらのことを『同じΩ』などと表現するのはやめて下さい、本当に気持ち悪いですっ!」
『そ……そんなっ! まさか、僕はΩとして生まれ変わって……』
「もう黙れやこの馬鹿、ウチの可愛いユリナを怯えさせた罪、これからたっぷりと時間を掛けて償わせてやる、おいコパー、もう良いぞ、やれっ!」
「はい、では攻撃開始ですっ!」
『ちょ……まっ……待って、グワァァァッ! Ωが、全身に小さなオメガァァァッ!』
その言葉を最後に静かになったハーフΩ、それでも尚、まるで突っ込むかのようにハーフΩのボディーに付着し、浸透していく大量の極小Ω。
全身の至る所が寄生され、もはや喋ることも、もちろん自らの意思で抵抗することも出来なくなったのであろう。
その状態を実現している極小Ωをコントロールするコパーは目を瞑り、集中して何かを探っているようだ。
しばらくして『あった』と小さく呟き、次の瞬間にはもう、離れた場所に立っているハーフΩから鉄壁の防御機構が消え去ったのが確認された。
おそらくは防御機構の根幹となるパーツにも極小Ωが入り込み、それに指令を出すことによって間接的にスイッチ的なものをoff。
こうして戦闘能力皆無のコパーが、誰の攻撃も通さなかった超防御キャラに勝利したのであった……
「ふぅっ、これで支配完了です、もう行動も思考も何もかもが極小Ω化していますから、敵は何もすることが出来ません」
「ほ~ん……ん? でもそれじゃあ処刑する際にも苦しんで絶叫したり、泣きながら命乞いするみたいな『おもしろ行動』を取らなくなるってことだよな?」
「はい、今の状態ではそうですが、もちろん一部の寄生Ωを任意に無効化して、例えば思考のみとか、思考と喋る能力だけを解放するなどということも可能です」
「おう、それは良かったぜ、せっかくの処刑なのに苦しむ表現が見られないってのは、それだけで非常につまらないと感じる善良な市民の方々も居るわけだからな」
「ええ、私は所詮Ωですが、ヒトの心をもっていますので、そのぐらいのことには配慮することが出来ます、なのでせめてご自宅で私を……」
「よしよし、だがその件はまぁ、何というか別だ、とはいえ今回の活躍は賞賛に値するし、今のところは『西方の拠点ハウス付』ぐらいの地位を与えてやっても良いと思っている」
「へへーっ! さらに精進いたしますゆえどうか今後もランクアップをっ!」
無駄に土下座して感謝の意を表明するコパーを立たせ、ひとまず支配が完了したハーフΩ野郎をこちらに移動させ……臭いのでもう一度下がらせた。
というかこの中身はどうなっているのだ? 一見するとハーフΩの馬鹿野郎から何も変わっていないのだが、無表情で生気がない、本当に単なるツギハギ死体に戻ったかのような雰囲気である。
もちろんそれぞれのパーツをΩが支配して運用し、その連携によって通常の『人間』の動きを実現しているのだが、何とも不思議な感じだ、それぞれのパーツに意思があるとこういう風になるのか……
「じゃあコパー、コイツを支配するΩの代表者を決めて、それから脳と言語機能だけ解放してやってくれ」
「わかりました、あ、でも代表者といっても数が多くて……誰か立候補する『身体パーツΩ』の方は……」
『ハイッ! それならこの左手の薬指第一関節Ωがっ!』
『いやいや私、右乳首Ωがその任を担いましょう』
『馬鹿な、ここは一番良い感じに腐っ……熟成しているこの珍Ωに』
『ハッハッハ、何を言っているのだ、ここは最も重要なこの部分入れ歯Ωこそ最適!』
『部分入れ歯Ωはダメだ、そこは本体が処刑される原因となった口臭を作り出したんだぞっ、全然洗ってないから極めて不潔なんだ』
ひょんなことからコイツ、ハーフΩ化した元魔将補佐が処刑された原因を作り出したのが何であったのか、それが判明してしまった。
以降、戦犯である『部分入れ歯Ω』は鳴りを潜めたが、今でも洗っていないということはこの悪臭の一員となっているはずだ、自ら飛び出し、自爆するなどして消えて頂きたい。
その後、しばらく押し問答を続けた大量の寄生極小Ω達であったが、結局リーダーは一番熟成……ではなく良い感じに腐敗している珍に寄生したΩに決定したようだ。
まぁ、どのみちこの連中も本体の『再処刑』にあたって消滅する運命なのだから、それまでの間は自由に振舞っても特に文句はない、もちろん本体が損壊するようなことをしなければの話だが。
「それでは脳の各部分に寄生したΩと、上下の唇、その他発声機能に関与する部位のΩを無効化します、はいっ!」
『……プハッ! ひっ、ひげぇぇぇっ! 動けない、どうして僕は動くことが出来ないんだぁぁぁっ⁉』
「うっせぇボケ、自分が動けるかどうかの前に、まずは迷惑を掛けたユリナ、あとサリナとエリナにも、それ以外にもこの場に居る全ての者に対して謝罪しやがれこのクズがっ!」
『どどどどっ、どうして僕が謝罪をしなくちゃならないんだっ! 理不尽な理由で酷い目に遭わされたのは僕でっ、謝るのはむしろユリナさ……ユリナの方だっ!』
「は? お前口臭いとか脇臭いとか、あと顔がキモいとか、それがユリナにとってどれだけ不快で、処刑するのに十分な理由であることにまだ気が付かないのか?」
「ご主人様、コイツに何を言っても無駄ですの、自分のやったことがまるでわかっていないのですわ、というか、言ってわかるようであれば処刑なんかせず、丁寧な口調で指摘してそれで終わりでしたの」
「む、なるほどな、じゃあコイツに反省や後悔、謝罪をさせるのは諦めよう、目一杯苦しめて笑い者にして、屈辱の中で再度の死を体験させよう」
「それと、前のときは確か死体を燃えないゴミに捨てたんですわ、臭いし、燃やすと有毒ガスが発生する危険があると考えて、でも今度は二度と復活しないように、灰も残さず焼かないとなりませんの」
「おう、そうしないとな、てことでお前は今日、じゃなくて今日『から』処刑するから、せいぜい泣き喚きながら地獄へどうぞ」
『イヤだぁぁぁっ! そんな馬鹿なことがあってたまるかっ、僕は、僕は悪くないんだぁぁぁっ!』
気持ちの悪いゴミ野郎は既に泣き喚きながら、それでもΩに支配されてコントロールを失った自分の足で歩き、ハーピー集落で史上初めて執り行われるという処刑会場へと向かった。
二度目の死刑を受ける馬鹿はそのまま処刑台設置予定場所の横に立たせ、祝勝会と神隠し事件解決の祝いの席が用意される、もちろん夕食会も兼ねた豪華なものだ。
なお、そこでは死んでいった王国兵達の葬儀も執り行われる予定、せっかくだから馬鹿ハーフΩにその準備をさせよう、自分が死に追いやった連中は弔われ、その後で自分はゴミとして処分される、実に良い気味である。
今夜はその祝勝会でゆっくりとした時間を過ごし、出発は明日の朝、いや昼前ということにしよう。
早く仲間を救出したいデュラハンの5人には申し訳ないが、少しは休むことも必要なのだ。
というか、デュラハンのうち1人は頭を失ってしまったのだが、それはどうするつもりなのか? これでは前も見えないと思うのだが。
などと不思議に思っていたところ、どうやらデュラハン隊長が『新しい頭』を発注してくれることになっているらしい。
どうやって頭を再生するのかは非常に気になるところだが、とにかくその頭は俺達を追うようにして里を出る、配達係の乗った首なしウマが届けてくれるとのことである。
ということで被害はそのうち回復、Ω施設も制圧してハーピー達を救助したことだし、ここでやるべきことはほぼ終わったようだな。
あとはハーフΩ野郎から、処刑開始前の拷問によって可能な限りの情報を得ること、そして会食の席で、ハーピー集落の上層部より、何か俺達の冒険に役立つ耳寄り情報が提供されることを期待しておこう。
夕暮れ時、食事会場の準備が済んだという報せを受けた俺達はその会場へと移動する。
並んだ料理、ステージに設置された処刑台、ここからはまず、楽しい楽しい宴の時間だ……




