568 出やがった
「全員飛び立ったようだな、そしたら俺達も出ようか」
『うぇ~いっ!』
「じゃあアイリス、お留守番をよろしく頼むぞ、何かあったら肉のか……じゃなかったエリナの後ろへ隠れるんだ」
「は~い」
「ちょっとっ、今私のことを『肉の壁』扱いしようとしてませんでしたっ?」
「気のせいだエリナ、ほら、塩バター羊羹をやるからこれで機嫌を直せ、すっげぇ高カロリーなんだ」
「わ~い、やったーっ!」
チョロい肉壁悪魔を適当に騙し、留守番の際のアイリスやその他の非戦闘員の護衛を丸投げする。
もちろん敵は施設に居るのだが、いきなり舐め腐ったことをしてきた以上、入れ違いでこのハーピーの集落が教われないとも限らないのだ。
「ご主人様、そんなエリナなんか放っておいて早く行きますのっ、敵が逃げたりしたら大変ですわ」
「大丈夫だろ、わざわざおちょくってくるぐらいだし、余裕で勝てるとか思い込んでんだろうよ」
「それでも急ぎますのっ!」
急かすユリナ、今回に関しては冷静さを欠いているようだが、暴走してハーピーの狩場となっている森を消し飛ばしたりしないか非常に心配である。
念のためサリナに監視と、万が一のときには制止するよう頼んでおき、既に準備万端の馬車に乗り込む。
先行している精霊様とハーピー軍団を追うようにして進み出した馬車は、持ち前のスピードですぐにその真下に入った。
ペースダウンしたため、窓から顔を出してハーピーのパンツを……セラが睨んでいるのでやめておこう、そのまま突き落とされでもしたら面倒なことになるのは確実だ、あとリリィとかが真似しても困るからな。
下からのパンツ観察を諦め、そのまま馬車に揺られて目的の施設を目指す。
しばらく走ったところでさらにペースを落とす馬車、御者のデュラハンが小脇に抱えたその頭で上を見ているということは、上空から何かの合図があったということだ。
というか御者デュラハンもそうだが、奴等には上空を行く面々のパンツがしっかりと見えているに違いない。
誠に羨ましい限りだ、事故でも起こして首を紛失してしまえば良いのに……
などと酷いことを考えていると馬車は完全に停止する、どうやら目的地に接近したようだ。
馬車から降りてみるとそこは崖の上、そして眼下に広がる森の中に、ポツンと見える明らかな人工物。
間違いなくΩの施設だ、形状からしてこれまでのものと同じ造り、今この場でシルバーΩが飛来したとしてもおかしくない。
「あらら、アレはもうモロにΩ施設よね、ねぇ勇者様、もう囮作戦なんかしないでいきなり突入して攻撃しちゃいましょ」
「いやいや、それだとハーピー達がやり辛いだろうよ、ここは本当にあの施設が敵のもので、彼女らが信頼している魔王軍の直営じゃないってのを見せてやらないとだ、あとせっかくやる気になった精霊様もかわいそうだしな」
「確かに、あの羽根を取るのは結構痛そうだし、ここで作戦を変更して何の役にも立たなかった、なんてことになったら怒るわよねきっと」
「そういうことだ、まぁここは精霊様に任せておこう、ほら、良い感じに群れから離脱して近付いて行くぞ」
居なくなったギャルを探し回る感じで周囲を飛ぶハーピーの集団から、スーッと離れて施設の方へ飛ぶ精霊様。
なかなか上手い離脱の仕方だ、これなら敵も騙されて、うっかり近付いてしまったそのハーピーを、ニセモノだとは知らずに襲撃するはず。
そしてその光景をハーピー達に見せることが出来ればこちらの勝ち、あとは普通に攻め込んでΩ共を滅ぼして、それからΩに寄生されたハーピーを救助するのみだ。
もちろんユリナだけは別の目的を主としているのだが、それはさすがに後回し、悪者のお片付けはいつでも出来るのだから……
「あっ、精霊様が施設に接近しますよ、何かが出て来ないか注意深く……と、そこまでする必要はなかったみたいですね」
「おいおい早すぎんだろさすがに、てか何だあのΩは? 2体居るじゃないか」
「おそらくは上に居るのがおっぱい、下のはお尻タイプのΩですね、2つでワンセットのような動きをしているように思えます、とりあえず『おっぱいお尻Ω』とでも呼んでおきましょう」
「そういうことか、てか名前適当だな……」
いい加減な命名をしてしまったミラであったが、そのΩに関する予想は正しかったようだ。
施設から飛び出してきた2体のΩは、片方が前から、そしてもう片方が後ろから精霊様に迫る。
とりあえず驚いた振りと、逃げる素振りを見せる偽ハーピーの精霊様。
その様子を見ているのは俺達だけでなく、少し離れた場所を飛んでいる本物のハーピー達も、こちらは本当に驚いた様子で滞空しつつ、そちらへ視線を送っているのだ。
で、精霊様はいつものように高速ではなく、ハーピーと同程度の速度で逃げ続ける。
それでは当然2体のΩの方が速い、あっという間に追い付かれた精霊様は、わざとハーピー達から良く見える位置を選んでその2体に取り付かれて見せた。
ざわつくハーピー軍団、そして取り付かれてもどうということはなく、そのままこちらへ戻って来る精霊様。
一番困惑しているのは取り付いたΩであろう、どうして支配出来ないのか、というかこの生き物は何なのだと考えているはずだ。
俺達の居る崖に着地した精霊様は、やれやれといった感じで普通に歩き、こちらへ近付いて来る……
「あ~気持ち悪いわね、まぁ想像はしていたけど、やっぱり服の中、というかパンツの中まで入って来るのねこの寄生型Ωってのは」
「おつかれ精霊様、それで、そのΩはどうするんだ?」
「それは私が決めることじゃないわ、ほら、どうして欲しいか自分達で決めなさい」
『クソォォォッ! この生物、やはりハーピーではなかったのかっ!』
『それでコントロールが効かないのかっ! 我らツインΩはこの生物に騙されたということだっ!』
「……何だこいつら、野郎の声ってことは野郎タイプのΩってことだよな? それでおっぱいと尻にへばり付いているとか、変態もいいとこだぜマジで」
『黙れニンゲン! 我はおっぱいΩ』
『そして我がお尻Ωだっ!』
『2体あわせておっぱいお尻Ω!』
「勇者様、どうやら名称まで正解だったようです、ということで賞金の銅貨1枚を下さい」
「誰が賞金の約束なんかしたんだよっ!」
結局ミラには手持ちの鉄貨3枚を全部奪われ、俺はゴミクズ一文無し勇者になってしまった。
と、まぁそれはさておき、この変態Ω共をひと目見ようと、周囲を飛んでいたハーピー達が集まって来る。
それを見てさらに悔しさを噛み締めるおっぱいお尻Ω、偽のハーピーはうっかり近付いたかに見えたその1人だけ、残りは全て本物の、この馬鹿2体の規制対象であるマジハーピーであったことを知ったのだ。
もう少し注意をしていれば、取り付く前にしっかり確認すればなど、2体がそれぞれ後悔の念を述べているのだが、もう『完全敗北』が確定した状態の敵が悔しがるのを見るのは非常に楽しいこと、ずっと見ていたい気分である。
ちなみにこのタイプのΩが取り付くことが出来るのは1回限りのようで、すぐに精霊様から離れてマジハーピーに、まるでヤドカリかのように寄生し直すという行動を取ろうとはしない。
というか、一度取り付いてしまうともう離れることさえ出来ない様子だ。
まぁ確かにこれまでの寄生型Ωも、ヤバいときに本体から分離して逃げ出すようなことはしなかったな……
「さてと、ハーピーの皆さんにもこの様子をご覧頂いたことだし、こいつら自身もどうして欲しいか答えるつもりがないみたいだし、そろそろ処分してしまおうぜ」
「そうね、じゃあ取り外すからちょっと待ってちょう……あれ? んっ、んんんっ……取れないんだけど……」
『ガハハハッ! 一矢報いてやったぞブラザーよっ、我らが取り付けばよほどのことがない限り外れることはないっ!』
『そうだっ! 我らはこれまでの寄生型Ωの弱点であった外れ易さを解消するため、吸着力を50倍(当社比)に設定してあるのだ、参ったかっ!』
「うん、じゃあ破壊して取り外そうぜ、精霊様、ちょっと痛いとは思うが我慢しろよ」
「仕方ないわねぇ、でもあんまり痛かったらイヤだし、その場合には別の方法を考えてよね」
『ちょっとっ、え? そのっ……えぇぇぇっ!?』
その手があったかという感じで驚くおっぱいお尻Ωであるが、この結論に至るのは至極当然のこと。
むしろそれを予見出来なかった時点で、この2体の知能的な面での性能は非常に低いのだということがわかる。
まぁ最初の青髭キモ野郎、そしてピノーに寄生して現れたときも、このタイプのΩからは全く知性めいたものが感じられなかったな。
きっとおっぱいや尻のみという最小限のボディーに様々な機能を搭載した結果、いわゆりメモリー的なものを大量に搭載する余裕がなくなってしまったのであろう、ちなみにここまでの話は全て『魔導』だ、科学的なものは一切含まれていないのがこの世界の特徴なのである。
で、先程精霊様が2体のΩに問うたように、これからどうして欲しいのかを本人に選ばせたところ、まずは上、『おっぱいΩ』の方から破壊して欲しいとのことだ。
覚悟を決めた様子の精霊様と、やいのやいのと叫び続けるΩ、おっぱいの方は捻り潰せばどうにかなりそうだ、全損して完全に活動を停止すれば、おそらくはご自慢の吸着力とやらも失われることであろう。
ということでハーピー風の衣装を剥ぎ取ると、巻いてあったサラシは既に引き千切られ、もう本物と遜色ない次元のおっぱいが目の前に現れた。
まるで精霊様が巨乳化したような、かなり違和感のある光景なのだが、もしこの場で初めて精霊様のおっぱいを見た者が居たとしたら、その巨乳が実はΩであるということに気付いたりはしないはず。
それほどまでに精巧なおっぱいΩをガシッと掴み、引き千切るようにして捻っていく……
「いててててっ! ひぃぃぃっ! 自分のおっぱいが千切られるみたいに痛いっ!」
『ギョェェェッ! ホゲェェェッ!』
「うるさいっ! ちょっと静かにしとけやこのボケナスがっ……っと、今のは精霊様じゃなくてこっちのおっぱい野朗に言ったんだ、勘違いしないでくれ」
「わかってるから早くしなさいぃぃぃっ! 痛くて敵わないのよぉぉぉっ!」
『ヒョギョォォォッ! ボォェェェッ!』
おっぱいを捻り潰されて苦悶の表情を見せる精霊様、念のため後ろからミラとジェシカが抱きかかえ、そして足をマーサが押さえているため動くことは出来ない。
しかしいつも調子に乗って好き勝手やっている精霊様がこんな情けない顔をするとはな、これは実に楽しい、最高の気分だ、変態Ω野郎もたまには役に立つではないか。
などと苦痛に歪む精霊様の顔を見て悦に入っていると、遂にΩの絶叫が途絶える。
同時にポロッと取れる巨乳、その下からはいつもの、かなり控え目な『精霊様』が姿を現したのであった……
『Nooooo! ブラザーッ! ブラザーが破壊されてしまったぁぁぁっ!』
「いててて、酷い目に遭ったわ、で、安心しなさい、あんたももうすぐ地獄に、いや魔導兵器だからそんな所へいく権利もないわね、無に帰るのよ無に、覚悟しなさいっ!」
『イヤだぁぁぁっ! クソッ! どうにかして剥がれてっ! うぐぐぐっ……』
往生際の悪い『お尻Ω』、というか偉そうにしているところ悪いのだが、覚悟するのはΩだけではなく精霊様も同じことだ。
おっぱいΩを引き剥がすための一連の流れでわかったことだが、取り付いたΩにダメージを与えるとその取り付かれた者にも同等のダメージがいく。
つまりここから『お尻Ω』を破壊するに際して、精霊様は再び、今度は尻に大ダメージを受けて悶絶することになるのだ、残念ながらそれが現実なのである……
「よし精霊様、次はもう1体の方を破壊していくぞ、パンツを脱いで尻を出せ、今度は引っ叩いて破壊してやる」
「……何だかお仕置きされるみたいで気が乗らないわね、あまり痛くしないでちょうだいよ」
「そんなこと言われてもな、むしろ日頃の感謝も込めて、誠心誠、1発ずつ思いを込めて叩いてやるよ、ざまぁ見ろ」
「クッ、仕方ないわね、でも後で確実に仕返ししてやるわよっ!」
「おっと、その態度では協力しかねるな、何かをして貰うときにはどうするんだったかな? ん?」
「お……おねがいします……」
「よろしい、じゃあ早くこっちへ来い」
半べそをかきながら、渋々といった感じで俺のところへ来た精霊様、一気にパンツを降ろすと、今回もまたダイナマイト尻が、とても精霊様のものとは思えないが、かなり精巧に作り込まれた尻が現れた。
おっぱいΩ同様、質感も本物を意識しているようだ、非常に弾力があって瑞々しい、そしてその突き出された尻を思いっ切り引っ叩いてやると……
「いったぁぁぁっ!」
『ギョェェェッ!』
手形が付いてそこだけ真っ赤になった、暴れる精霊様、悲鳴を上げるΩ、このままではやり辛いということで、地面にピクニックシートを敷いて数人がかりでうつ伏せに押さえ付けた。
「ちょっとっ! どうして目隠しまでする必要があるわけっ?」
「ん? いや別に何となくだ、罪人を処刑するときには目隠しをすることもあるだろう?」
「私は罪人なんかじゃ……」
「ほら、喋っていると舌を噛むぞ、どうせなら猿轡も噛ませてやろうか? オラッ!」
「ひぎぃぃぃっ!」
『ヒギィィィッ!』
精霊様とΩの悲鳴がハーモニーを奏でる、本当にいい気味だ、このまま……と、もう壊れてしまったようだ、まだ数発しか叩いていないのに、これではあまりにもつまらない。
まぁ精霊様自身はそのことに気付いていないようだし、壊れて動かなくなったΩの部分だけをスッと取り外し、その下から出て来たこれまた控え目な『精霊様』に直接平手打ちを喰らわせる、もちろん何度も、強烈にだ……
「ひぃぃぃっ! 痛いっ! もうやめてっ! ギブよギブッ! ひゃぁぁぁっ!」
「まだまだこんなもんじゃないぞっ! いつも散々振り回されている俺達の怒りを思い知れっ!」
「いやぁぁぁっ! ごめんなさいぃぃぃっ!」
もちろん精霊様本人以外は、この行為が全くの無駄であることに気付いている、だが非常に面白いということで黙って見ているのだ、それは先程まで散々急かしていたユリナも同じである、なおハーピー達は普通に引いている。
その後、叩き手をリリィに交代してみたりしてしばらく遊んだ後、そろそろ許してやろうということになって精霊様を解放してやった。
起き上がった精霊様は何も知らずに、地面に転がっているおっぱいお尻Ωの残骸をそれぞれ蹴飛ばし、鬱憤を晴らしているようだ、今回のイベントはなかなか面白かったな。
「全く、こんなことになるんなら取り付かれる前に破壊してしまうべきだったわ」
「確かにそうだな、だが余裕をこいてそうしなかった精霊様が悪い、おっぱいと尻の痛みを感じて反省するんだな」
「何だか偉そうね、てかお尻の方の奴、おっぱいよりも相当に強くなかったかしら? 普通なら2発か3発で壊れそうなものだけど……」
「うん、まぁそういうこともあるさ、とりあえず先へ進もうぜ、次はどうにかして施設内に突入だっ!」
「何だか引っ掛かるわね……まぁ良いわ、早々に敵の親玉を見つけて、ボッコボコのケッチョンケチョンにして、私をこんな目に遭わせたことを後悔させてやりましょ」
危うく悪戯がバレるところであったが、どうにかそうはならずに済んだようだ。
逆に闘志を燃やす精霊様、今回の件で敵の親玉を恨む者が2名に増えた、まだ会ったことはないが実にかわいそうな奴だな。
ハーピー達はそこから飛び立ち、施設に接近しすぎないよう気を付けながら偵察を続ける。
一方の俺達は再び馬車移動、崖から降りて徒歩で突撃できる位置まで向かうのだ。
ちなみに精霊様は引き続き上空からの監視、ハーピー達が狙われるかも知れないことを考えればそれが妥当といえよう。
まぁ、もちろんハーピー軍団はお役目終了ということで帰らせるという考え方もあるのだが、それではさすがに『誰のための戦いか』ということが曖昧になってしまうため芳しいとは言えない。
よって『偵察』という一定の役目を残し、それを念のため護衛するという非常に面倒な手法を取らざるを得ないのだが、その偵察にも意味がないわけではないのだ。
敵は初手で繰り出したおっぱいお尻Ωの敗北を知り、攻撃対象をここに居る俺達から、ハーピーの集落そのものへと切り替えるかも知れないのである。
それはこの場に戦える者が集結しているということに考えが至れば妥当なこと、とんだ卑怯者の類ではなくともそうする可能性はあるし、今回の敵は間違いなくそうしてくるはず。
という感じの未然に防ぐべく、施設から飛び出すΩを真っ先に発見するための『偵察』はやはり必要なのだ。
特に、俺達が馬車で崖を下りる間、施設を目視出来なくなっている間はそれが非常に重要であろう。
また、その偵察達が居ることによって、俺達は馬車の中で、安心して次の作戦を考え、相談することが可能になるのだ。
馬車が超高速ゆえあまり時間はないが、ある程度のところまでは話し合っておくべきであろう……
「でだ、施設に突入するのはいつも通り『お届けもので~っす』の感じで良いのか?」
「いえご主人様、それだと開けてくれない可能性が高いですの、さっきガッツリ取り付いたはずのΩが負けて、ターゲットが普通に飛び回っているんですのよ、こっちの姿を見られた可能性も高いですし、敵は警戒しているはずですわ」
「そうか、となると……まぁかなり目立つ感じで接近すれば勝手に迎撃部隊が出て来るか、それを一瞬で滅ぼして、隙を見て中へ入ることとしよう」
『うぇ~いっ!』
かなり適当だがそんな感じの作戦で決まりだ、そこまで話したところで馬車は停止、ここから先は歩いて接近することになる。
道の先に見える敵の施設、これまでと同様、地雷タイプの汚いΩに注意しつつ、その固く閉ざされた入口を目指した……




