565 監視員
「んっ……ん? ここは……私はあの後どうなったのでしょうか……いきなり変な生き物に取り付かれておっぱいがボイーンッ……ハッ⁉ 元に戻ってるっ! しかも羽根がなくなって……」
「おっ、目を覚ましたみたいだな、とりあえずおはよう」
「ひぃぃぃっ! 誰ですかあなたはっ⁉ あのっ、言っておくけど私は食べても美味しくありませんよっ、固くて不味くて、あと鮮度とかもかなり微妙なんでっ!」
「そうかそうか、じゃあ良く火を通さないとだな」
「イヤァァァッ! 食べないでっ! こっちに来ないでぇぇぇっ!」
「ちょっと勇者様、怯えさせてどうするんですか」
「っと、そうだったそうだった、俺達はハーピーなんか食べないから安心しろ、鮮度も悪そうだし、そもそも喰うところがなさそうだ」
とは言ったものの、どうやら完全に信頼されていないようだ、ハーピーの女性は寝かされていた布に包まり、相当に警戒した様子でこちらを睨んでいる。
このままでは埒が明かないな、ひとまず『怖がらせる原因』である俺はお暇させて頂き、ミラと、それから未だに、戦闘中もずっと正座させてあったセラに対応を任せよう。
テントから出た俺はセラを立たせ、ついでにその隣のジェシカも手を取って正座状態から解放してやる。
セラはハーピーの女性の所へ事情聴取に、ジェシカは……このまま森の中にでも連れて行くこととしよう、事案を誘発した分のお仕置きをしてやらないとだからな。
「ほらジェシカ、ちょっとこっちへ来いっ」
「何だ主殿、デュラハン達に迷惑を掛けた分の罰はおっぱい相撲で晒し者になったことで帳消しではないのか? それと正座した分でその他の罪も……」
「黙れっ! 厄介なフラグを立てたことを忘れたとは言わせないぞっ! 皆にはナイショでコッソリ、2人きりで痛め付けてやるからサッサと来るんだっ!」
「むっ、それなら早く言って欲しかったぞ、仕置きというよりもむしろご褒美ではないかっ、さぁ、すぐに森へ入ろうっ」
連れて行くはずのジェシカによって逆に手を牽かれ、野営スポットである草原のすぐ近くにある小さな森を目指す。
どうやら中心には泉があり、それを囲うようにして木々が生えているようだ。
小さなランタンを頼りに、月の明かりが届かない森の中へとズンズン進んでいくジェシカ、すぐに中心の泉に辿り着き、2人でその横にあった大岩に腰掛ける。
「ふむふむ、この泉の水はかなり澄んでいるようだな、主殿、明日は出発前にここで水汲みをしておこう」
「ああ、普通に飲めそうだし、食事だの風呂だのでいちいち精霊様に頼らなくても良くなりそうだからな、自分にしか出来ないことをやらせると調子に乗るし……と、ジェシカ、そんなことを話している暇ではないはずだぞっ」
「そうだったな、ではまず手で尻を叩いてくれ、お願いだ、いやお願いしますご主人様!」
「よかろう、では覚悟しろっ! オラァァァッ!」
「ひゃうんっ! きっくぅぅぅっ! もっとお願いしますっ!」
「この変態めがっ! オラッ! オラッ!」
「きゃぁぁぁっ! ひぃぃぃっ! もっとぉぉぉっ!」
森の中に響き渡るビシバシという音と、それからジェシカの悲鳴、これは野営スポットまで聞こえてしまいそうだ、こんな所で遊んでいるのが皆にバレたりしたら俺まで正座させられかねないな。
だがその際は適当に言い訳を考え、全ての責任をジェシカに押し付ければ大丈夫かな? 元はと言えばジェシカが余計なフラグを建立したから悪いのだ、俺は何も悪くないし、ここでサボって遊ぶ権利があるといえよう。
などと都合の良いことを考えつつ、その後もジェシカに冷たい泉の水をぶっ掛けするなどの悪戯を続ける。
だいぶやかましいが誰も居ないのだ、近所迷惑になるようなことは……いや、何かの気配がするのだが……
「おいジェシカ、気付いているか?」
「ハァッ、ハァッ……何にだ? 私が変態ドMだということは主殿によって気付かされたのだぞ」
「じゃなくて気配だよ、何者かの気配、感じるだろう? この森の中、すぐ近くにだ」
「……動物や魔物の類かと思っていたのだが……まさか魔族の覗き魔か?」
「その可能性がある、生物にしては何となくおかしい気配だが……とにかく服を着ろ、見られているとしたら間違いなくそのデカいケツとおっぱいだぞ」
「ああそうしよう……いててっ、叩かれた尻がヒリヒリするぞ」
そんなものは後でルビアに治して貰えと告げ、2人で周囲を警戒し始める。
やはりジェシカが服を着たところで敵、というか観察者は動いたようだ、ジワジワと俺達から離れているような気がしなくもない。
となると単に覗き目的の馬鹿魔族か、それとも素肌に反応し、隙を見て喰ってやろうという魂胆を持った高知能な魔物か何かであったのか。
どうにかして正体を突き止めたい、静かに、耳を澄ましてその何者かの気配を感じていると、遂に居場所を特定出来る瞬間がやって来た。
泉の反対側、そこから少し森の中へ入ったところで、ターゲットがうっかり地面に落ちていた枝を踏み折ったのだ。
すぐに反応したジェシカ、一瞬遅れて俺も走り出す、両サイドから泉を迂回し、こちらが居場所に気付いたことを察して逃げ出そうとするターゲットを追う、そしてあっという間に追い付いた。
「コラこのゴミ覗き魔野郎がぁぁぁっ! その薄汚ねぇ面見せやがれオラァァァッ!」
『ぎょぉぉぉっ!』
「って主殿、これはΩではないか? ほら、照らしてやるから良く見ろ、覗き魔タイプのゴールドΩだ」
「マジだっ! この野郎、2体出会って2体とも覗きをしやがるとはっ……いやしかしどうしてこんな所にΩが居るんだ? 答えろこのスクラップゴミ馬鹿クソパーツ取り用ジャンク品めがっ!」
『ぎょぉぉぉっ!』
「……ダメだな、コイツはもしかして喋る機能が搭載されていないのか?」
「そうかも知れないな、とりあえず引っ張って行って技術者殿に見て貰うこととしよう、そろそろハーピーの事情聴取も終わる頃だろうしな」
「うむ、じゃあそうしようか、あまり戻るのが遅いとサボりがバレそうだ」
ということでゴールドΩの横から2人で両腕を掴み、『囚われた宇宙人』状態で皆の待つ野営スポットへと引き摺って行く。
もちろんどこへ行って何をしていたのだと詰問されたのだが、何もかもをジェシカのせいにして俺だけが難を逃れ、ついでにゴールドΩの捕獲に関する手柄は全て俺のものにし、馬鹿な連中の賞賛と、察しの良い賢い連中の冷たい視線を同時に浴びたのであった。
ゴールドの方は大喜びの技術者へ引き渡す、一応暴れても制圧することが可能であるダイヤ、そしてすっかりこちらの仲間になったレッドも監視役として貸し出す……
「で、ではっ! このゴールドΩは完全に破壊してしまって良いというのですねっ?」
「ああもちろんだ、バラッバラのゴミクズにして構わん、どうして喋らないのか、何を目的としてあんな、俺達を監視できるほど近くに居たのかさえわかればな」
「わかりました、まぁおそらくはこちらの位置情報を敵の施設や本拠地に送信する役目を帯びていたのだと思いますが、確実にそうとは言えません、よってこれを完膚なきまでに分解して、ネジの1本まで布の上に並べて、それからそれから……」
興奮する技術者、もちろん後ろに控える部下の2人も、さらに後ろの王国軍兵士達もドン引き、護衛役であるはずのダイヤとレッドは完全に怯えており、役に立つとは思えない状況だ。
だがゴールドΩ程度、そして先程捕らえたときの感じからして、後ろの兵士達だけでもどうにかなりそうな程度の強さしか持っていない。
ゴールドはコパーとは違い、『戦争用の魔導兵器』ではあるのだが、これまたシルバーとは違い、直接的な戦闘には向かない、どちらかというと『忍』タイプのオメガということなのであろう。
とりあえずゴールドの件に関しては技術者一派に丸投げし、俺は自分達のテントへ、女性ハーピーへの事情聴取の結果を聞くべく戻った……
※※※
「おかえり勇者様、覗き魔Ωの方は預けて来たのかしら?」
「ああ、で、そっちの方の首尾はどうだ?」
「こっちも上々、ほら、さっきのをこの変な異世界人にも話してあげてちょうだい」
「変な異世界人……」
セラによっておかしな幹事に紹介されてしまったのだが、良く考えれば最初の段階で『オレ、ハーピー、タベル』系のキャラとして認識されてしまっているではないか。
ということで今更どんな紹介をされようが別に関係はないのだが、目の前の相手がかなりビビッている時点で凄くやり辛い、せめて目を見て話して欲しいのだが……
「……えっと、その……私達ハーピー一族は空を飛ぶために軽量化する必要があって、それゆえ皆貧乳の極みなのです」
「ほうほう、で?」
「でも私は雑誌に乗っているような巨乳魔族に憧れて、1人でこっそり寺院に篭って願掛けをしていたんです、そしたらある日突然『おっぱいが欲しいか?』とかどこからともなく聞こえて、当然欲しいと答えたんですが……そのまま何かに意識を乗っ取られてしまったようで……」
「ふむふむ、そこまではだいたい察しが付くことだな、倒したΩもそのようなことを言っていたぞ」
「そうでしたか、私の話は以上です、これが先程ここの皆さんにお話した内容でした」
「いやこれで終わりかよぉぉぉっ!?」
「ひぃぃぃっ! 食べないで下さいっ、食べないで下さいぃぃぃっ!」
これは一体どういうことなのだと、すぐ横に座っていた精霊様を揺すって問い詰めたところ、そこで衝撃の事実が発覚してしまった。
どうやらハーピーに対する事情聴取は、同じく貧乳の呪縛に苛まれているセラとカレンの2人が担当したようだ、その方が腹を割って話し合えるはずだという判断であったらしい。
しかし父親に似て超絶馬鹿のセラと、それから勇者パーティーにおいてもトップ争いをするレベルのアホッ子であるカレン、この2人に任せたところでまともな内容の聞き取りが出来ることはまず考えられないのだ。
もちろんやらかした2人も悪いが、そもそもその案を出したというユリナ、これも処分対象である。
ということで3人をテントの隅、未だに反省中であるジェシカの隣に正座させ、もう一度まともな事情聴取を始めた。
「それでだハーピーよ……てか名前は?」
「名前はピノーと言います、ここまで一度も聞かれることがなくて驚愕していたんですが……」
「すまんな、あの2人はすげぇ馬鹿なんだ、山猿におちょくられたとでも思って許してやってくれ、ちなみに出身はハーピーの集落ってことで良いんだよな?」
「ええ、そこまで大きくない集落ですが、それなりに平和で獲物も資源も多くて、凄く良い所です……ただ最近は『神隠し』が頻発していて……もしかすると私もその被害者の1人だったのかも知れませんが……」
「ズバリッ! その被害はΩによるものだっ!」
「ひぃぃぃっ! 食べないで下さいっ、食べないで下さいぃぃぃっ!」
「っと、また怯えさせてしまったようだな、これは失礼した、異世界紳士として謝罪しておこう」
ピノーはまだ俺に対してある意味でビビッているようだが、それでも一応の会話だけはしてくれるようだ。
もちろんまだ『ハーピーの集落へ案内してくれないか』とか『問題となった貧乳を直に見せて』というようなお願いを出来るほど親密な仲ではないのだが、この辺りはそのうちにどうにかしていけば良い。
最終的には完全に『こちらの味方』に付け、おそらく集落を襲っているのであろうΩの討伐に際して、お互いの協力をもって臨まなくてはならないのである。
他にもまだまだ聞きたいことはあるのだが、ここはひとまず仲良くなることを優先しよう。
神隠しとやらの被害の状況は後回しに、今はご本人様の具合などを話題に上げて、こちらが心配している感を出していくこととしよう……
「それで、その失ってしまった羽根なんだが、どのぐらいの期間があれば元に戻りそうなんだ?」
「え~っと、そういえば前に事故で怪我をして、治療のために羽根を全部落とした人がいて……普通に飛べるようになるまでに1ヶ月ぐらいは掛かっていたと思います……どうしよう、私このままじゃ帰れないってことですよね……」
「それなら俺達が近くまで送って行こうか? まぁアレだ、実は俺達はさっきの敵、といっても寄生されていた本人はわからないだろうが、とにかくΩシリーズってのとその親玉、そして親玉の居る本拠地へ行く前に点在する敵施設の破壊を志す旅をしているんだ」
「で、あんた達の集落の近くにもその施設があって、神隠しに遭ったっていうハーピーはそう、もうお気付きだと思うけどあんたと同じように寄生されて、戦闘用の魔導兵器に成り下がって、あり得ないスピードでどこかに飛び去ったのよ、もちろんそのΩの力でね」
「……そんなっ! どうして、何のために私達のような上級魔族の中でもイマイチな種族を狙ってそんなことをっ、この近くでそれをするならデュラハンとか……あっ!」
ピノーはこの場にもデュラハンが居たことに気付いたようだ、正気を取り戻してから直接会ってはいないが、寄生されて戦っていた際に見た光景を思い出したとか、そういう感じなのであろう。
とにかくお強いデュラハンが寄生型Ωに狙われ、魔導兵器に転用されるということは、魔族を狙ってそれをする輩がいる以上確実なことであり、それは他の種族にとってもそうであろうと考えることなのだ。
だがハーピーが狙われる理由は、俺達にはもちろん、当のハーピーにもわからない。
可能性が高いのは飛行能力を獲得するためということなのだが、だとしても高速飛行で羽根が毟れるほどに脆弱なのではどうしようもないはず。
いや、ハーピーの集落で生じている被害は『神隠し』程度のものであり、大々的にやられたというような規模のものではないことを考えると、Ω共はハーピーの利用に失敗、既に手を引いているのかも知れないな。
だとしたらあまりそこへ行く意味はないのかも知れないが、それでもハーピーを狙うだけがそこにあると思われる施設の目的ではない。
Ω施設のもうひとつの目的、それは東から西へ、攻めるべき人族の領域を目指すΩ軍団の交換施設としての役割を担わせることにある。
それをひとつひとつ潰していきさえすれば、本拠地から飛び立ったΩ、主にシルバーΩの集団を、その回復のために途中で無駄な時間を過ごさなくてはならないという状況に追い込むことが出来るのだ。
ついでにその場で保管され、到着した部隊と交代で飛び立つ予定のΩも破壊することが出来るし、ハーピーの件がどのような結果になるとしても集落とその近くの施設へ行くべきなのは明らか。
「えっと……それでその……集落まで送って頂けるという話は……」
「うむ、もとよりそのつもりで救助したんだ、食べようとしていたのは冗談、その代わりに何かあった際には俺達に力を貸して欲しい、もちろん集落のハーピー全員でな」
「は、はぁ、私達は個々ではあまり戦いが得意ではありませんが、集団であれば森の王者と言われる『ダイオウシカ』を狩ったりもしますので、少しはお役に立てるかと、あと私を助けて頂いたことを話せば皆色々と協力してくれるかと……」
「何だよダイオウシカって? まぁ良いやじゃあこれで次の行き先は確定だな、アイリスは技術者の所へ、エリナはデュラハン達にこのことを伝えてくれ」
『は~い、いってきま~す』
出て行った2人のうちエリナは手ぶらで、アイリスは技術者そのものを引っ張って帰って来た。
生霊に憑依されたのか、いや違う預けてあったゴールドΩの解体が終わり、その報告をしに来たのだ。
勝手にテントの中へ入り込もうとする技術者に対し、おっさんの足の匂いが移りそうだしキモいから勘弁してくれということで入室を拒否し、納得して頂けたので外で話をする。
技術者の話によると、あのゴールドΩはやはり監視役であり、俺達とハーピーに寄生したおっぱいΩの戦闘に関するデータを取り、あの森の中に隠れてどこかにそれを送信していたのだという。
どこかというのがΩの本社工場やその他幹部が居るような場所なのか、それともハーピーに寄生したΩを放った施設なのかは定かでないが、とにかくその意図だけは判明したのである。
「で、これがその魔導通信装置と見られるものです、間違いなく人族の力では作ることが出来ませんし、魔族の、とりわけ賢い種族の手によっても実現できるかどうかというシロモノで……」
「お、おう……それどう見てもガラケ……いや何でもない、ちょっとこっちの、というか異世界の話だ」
ゴールドΩの所持品の中から出て来たらしいガラケーのような何か、しかも裏側に『社用』と書かれているため、それがブルー商会やその傘下の企業の備品であるということもどうじにわかる。
喋ることの出来なかったあのゴールドΩは、これを使って通信、どこかに情報を伝えることに特化した発信機能を搭載し、それで要領が一杯になって言語機能を積めなかった、そう考えるのが妥当か。
だがもちろんゴールドΩの専売特許である『覗き』の方はキッチリやってのけたはず、ジェシカとΩによる激アツのおっぱい相撲は全てを、もちろんジェシカの丸出しおっぱいまでもが記録され、その様子は漏れなくどこかへ伝えられたということだ。
これは敵の組織そのものを確実に滅ぼし、1匹たりとも逃さず皆殺しにすべきである理由がひとつ増えたな。
もちろんジェシカの名誉のためにということもあるが、そもそも勇者パーティーがそんなアホそうな戦いを真剣に繰り広げていると思われては困る、あれは勝ち確定の戦いにおけるちょっとした余興であったのだから。
敵は間違いなく魔王軍と多少の繋がりを持っている、最初の施設の所長らしき魔族が魔王軍からの出向社員であったのだからもう明らかだ。
となるとあの記録された恥ずかしい戦いは、今頃魔王の奴に伝わって良い笑い者に……急いで今回の敵を、そして魔王軍をどうにかしないとだ、ということでまずはハーピーの集落を目指すこととしよう……




