562 恐怖の事実
『せぇ~のぉっ! どりゃぁぁぁっ!』
「うむ、非常に芸術的な大穴だ、2人には俺個人から100点満点を進呈しよう」
「やったっ! 満点ですっ!」
「得点よりもご褒美が欲しいわね……」
地雷的な薄汚いΩを撤去し終え、施設の目の前まで来た俺達は、撤去係から破城槌係にジョブチェンジした2人の活躍により、特に抵抗も受けないまますんなりと施設内に侵入する。
入口付近にもΩの姿はなく、全てが完全に中央の守備へと割り振られているということが予想される状況だ。
内部の間取りも前回のものと完全に一致しているし、これなら簡単に制圧することが出来そうだな。
まぁ、そんなことを考えているとまたとんでもないトラブルに……ほら、やはりきた、明らかにややこしい、トラブルという抽象的な何かを抱えたΩが1体、敵意剥き出しでこちらに向かっている……
『むっ、あちらから何か来ますぞっ! これまでに戦ったことのない姿の敵ですが、如何致しましょうか?』
「如何って、当然戦うことになりそうだが、しかしアレは何をモチーフにしたΩなんだろうな?」
『わかりませんが、いえ、どことなく我等デュラハンが抱えているこの自らの首、それに似ているような気がしなくもないといった感じがしなくもないというかあるようでないようでどことなくそれっぽい雰囲気が……』
「いやちょっと無理があんだろ、確かに頭だけだが……そこに手足が生えているのはキモすぎるぞ……」
向かって来る敵には体がない、人間のそれよりもひと回り大きい程度の頭のみに、小さな手足が生えた非常に気持ちの悪いビジュアルをしたΩであり、しかもその顔がニヤニヤと笑っていてこの上なくホラーだ。
これまでにも数多の種類のΩと戦ってきたのだが、どれも実在非実在に関わらず、生物の姿を取っているか、或いは生物から派生した何か、そしてモノをモチーフにして創られたことが容易に想像出来るものばかりであった。
だが今回のコイツはまるで違う、世界中の、いやこの世界以外の伝説を全て掻き集めたとしても、この類のバケモノというのは早々出現しないはずだ、何よりも機能的にどうかと思う。
つまり、今現在ニヤニヤしながらこちらへ歩くこのΩはこれまでと全く異質な存在、見るからに弱そうなのだが、それでも最大限に警戒しておかねくてはならない対象なのだ……
「……よいしょっと、捕まえましたっ!」
「おいミラお前何やってんだぁぁぁっ! そんなもん手掴みとか正気じゃねぇぞマジでっ!」
「別にこれ、ほら手足がなければ『処刑されたおっさんの首』ぐらいのビジュアルですよ、試しにもぎ取ってみましょうか……っと、自切して逃げたっ! 待てっ!」
「うあぁぁぁっ!? こっち来るんじゃねぇぇぇっ!」
謎のΩの腕をひょいっと掴んで捕らえたのはミラ、どうしてこれが平気なのかはわからないが、日頃から料理をしている人間にとってはまた感覚が違うということなのか? ミラだけでなくアイリスもこういうのに耐性があったりするのか?
と、それはともかくだ、腕を掴まれた『オンリーヘッドΩ(仮称)』は、そのヘラヘラ顔を崩さないまま、耳の辺りから生えたその自らの腕を切断、ミラの手から逃れて再び地面へ、そして今度はこちらに向かって走り出した。
これは自爆するタイプなのでは、そう思って身構えた俺達であったが、オンリーヘッドΩはあっさり横を通過、後ろで首なしウマに乗ったままのデュラハン達を狙ったようだ。
右手に大剣、左手には自分の首があり、完全に手が塞がった状態のデュラハン達、そのうち1人に狙いを定めたΩは、ピョーンッと跳び上がって攻撃を仕掛ける。
『何だっ!? うわぁぁぁっ!』
『大丈夫かっ!? ちょっと手を出すなよっ、それっ!』
『……たっ、助かったっ!』
その細く小さな脚のどこからそんな力が出たのかと思うほどのジャンプを見せたΩは、残った片方の腕を使ってデュラハンの首部分、つまり切断された断面部分にしがみ付いたのであった。
目の付いた頭を下に抱えているデュラハンにとって、サイズの小さい敵による素早く視界から消えるような攻撃は脅威、Ωがジャンプした際に見失い、あっさりと取り付かれる始末、当然両手が塞がっている以上引き剥がしようもない。
結局後ろに居たデュラハンが、手に持った剣を並行に薙ぎ、まるで首でも跳ねるかのように、いや、実際にそう見える感じでΩのみを斬り捨て、その場は事なきを得た。
しかし今の攻撃でだいたいの者が全てを察した、元々予想はしていたのだが、それが確実になったのだ。
この首だけのΩは間違いなく、首のないデュラハンに寄生してその肉体の支配を奪おうとしていた、そう考えざるを得ない行動である。
「ねぇ勇者様、これはもうアレよ、皆が思っていることが正しい、本当のことなんだって認めるしかないわよ」
「……かも知れないな、いや、間違いなくそうだな、全く気持ちの悪い連中だぜΩってのは」
『我等もそれを認めるしかないということですな、居なくなった3人の戦士は今のようなモノに寄生されて……』
「ああ、コントロールというか意識というかを奪われたんだ、それで要らなくなった首だけ残して静かに立ち去った、そう考えるのが妥当だな、もちろん考えたくもないことではあるが」
『なんということだ、ではいずれΩに支配された同胞と戦わねばならぬというのか』
「いや、もしその場合には俺達がどうにかする、首なしウマもそうだが、Ω部分を引き剥がせば元に戻る可能性が高い、こちらの戦闘力なら何とかそれが出来そうだからな」
おそらくもうΩ化しているであろう3人は、デュラハンの里の中では最強の3人でもあったのだ。
それと戦うということがこの連中には荷が重いことであるというのは明らか、ここは俺達に任せて欲しいところである。
で、その3人が未だこの施設内に存在しているのか、それとももうどこかへ移動しているのか、はたまた最初からここへは立ち寄らず、どこか別のΩ拠点に向かったのか。
その辺りはまるで見当が付かないのだが、とにかく今はここを、デュラハンのボディーを狙うこのΩ施設を完全に破壊し、これ以上被害を拡大させないように努めよう。
再びあの頭野郎が出現する可能性があるということで、臨戦態勢のまま慎重に通路を進んで行く。
もしデュラハンの誰かがやられたとしても、もう対処法、即ち別の誰かが取り付こうとしている奴を斬り捨てるという方法を誰もがわかっている状態。
テンパッたりしなければ普通に処理することが可能なはずだ、それと、予想外の展開にならない限りは。
などと考えてしまうと確実に訪れるイレギュラー、それはもう、次の瞬間の出来事であった……
「ん? なんだか変な音が……」
「上ですっ! 天井が開きましたっ!」
『ぐわぁぁぁっ! 誰か助けてくれっ!』
『コイツッ! クソッ!』
『離れろこのっ! 気持ち悪い野郎めがっ!』
『ぎぃぇぇぇっ! 俺もだっ!』
バタンッと開いた天井、そこから落下したのは、当然のことながら頭だけのΩ野郎であった。
そしてなんということでしょう、俺達の後ろを進んでいたデュラハンの全員が、頭野郎に取り付かれ、必死でそれを振り解こうとしているではないか。
「拙いっ! このままじゃ全員Ωにされるぞっ! こっちでフォローするんだっ!」
「えいっ! えいやっ!」
「とぉぉぉっ!」
デュラハン達に取り付いたΩを、それぞれの武器で地道に始末していく、どうやら『支配』されてしまうまではそれなりに時間を要するらしく、すぐに救助すれば特に問題はないようだ。
だが同行しているデュラハンの数は50以上、その全てに取り付いたΩを、この混乱の中ですぐに取り払うというのは困難を極める。
デュラハン同士がぶつかり合い、自分の首も、それから携えていた巨大な剣も地面に落として暴れ狂う。
ただでさえ大柄な者が多く、しかも首なしウマになった状態のデュラハンがその状態では、その首部分にへばり付いたΩを正確に狙うことが出来ない。
それでも10人、20人、いや40人以上を救出することに成功した、だがそこでタイムアップのようだ。
ある一瞬を境に、首にΩが取り付いたままのデュラハンが抵抗をやめてしまったのである。
ダランと垂れ下がった腕、というか全身の力が完全に抜けてしまったかのように、ただただ首なしウマの背中に体を預けたかたちになったデュラハン、その数は……全部で7人か。
これは『Ωに体を乗っ取られた』とか、『意識自体を奪われてしまった』とかそういう状態にあると考えるのが妥当なのであろう、一言でいうと『やられた』、完全に敵の勝ちである。
「おい、こいつらこれからどうなるんだ?」
「わからないわ、とりあえず攻撃しないで待ちましょ」
「そうだな、他の皆も手を出すなよ、デュラハン達も……って、全員それどころじゃないか……」
助かったデュラハンもまだ意識がハッキリしない者が多く、最初の方にΩを剥がして救出した者でさえも、肉体的と精神的と問わず、それなりにダメージを負っている様子。
ということでその連中が怒りに震えて何かをしでかすのかという心配をすることもなく、ここからΩに寄生されたデュラハンがどう動くのかということを観察していくことが出来そうだ。
で、眺めているうちに再び動き出した『Ω憑きデュラハン』、こちらに攻撃を仕掛けるでも、施設の奥へ向かうでもなく、ただただ無言で、今まで通って来たルートを辿って施設の外を目指しているではないか。
もちろん取り付かれ、もがき苦しんだ際に落としてしまった自分の首は地面に捨て置いたまま、まるで元々そちらを目指していたかのような、全くもって迷いのない行動であった。
「……どうする? もう見えなくなったけど、とりあえずちょっと追ってみるか?」
「いえご主人様、その必要はないです、角を曲がった先で何かと戦って……あ、精霊様みたいですね」
「おっ、そうかそうか、その存在自体を完全に忘却していたな、そういえば精霊様は途中でどっかに落として来たんだった」
首なしウマの牽く馬車から自業自得によって落下し、その行方がわからなくなっていた精霊様。
もう完全にそのことは忘れていたのだが、ここにきて自力で目的地を発見、単独で進入して来たようだ。
バキッ、ベキッという音がしばらくの間響き続けた後に、角を曲がって現れたのは大量の首を、髪の毛を掴むというワイルドな持ち方でキープした精霊様であった。
その後ろからは申し訳なさそうな感じ、いや首がないので表情はわからないのだが、どことなくそんな感じを表現しながら付いて来ている。
「ちょっと、何なのよこれはっ? ようやく到着したかと思ったらデュラハンに寄生した変なのが来るし、しかもかなり強かったわよっ! で、これが例の居なくなった3人……ってわけじゃないわよね」
「いや、それには事情があってだなその連中は今しがた寄生されたんだ、ちょうど良いタイミングで精霊様が来てくれて助かったよ」
そこでそのまま、合流したばかりの精霊様に対してここまでに起こったことの詳細を説明しておく。
やはりそういうことであったかと言わんばかりの表情を見せているのだが、精霊様もおそらく、この結果になることは想像が付いていたのであろう。
だがひとつだけ安心することが出来る要素が見つかったのだ、寄生したΩを剥がしさえすれば、ベースにされてしまったデュラハンは元に戻るということ。
捨て置かれた首も本体が近付けば元通り稼動を始めるようだし、時間が経ってしまうと完全に体を持って
いかれるなどでない限りは、最初の3人も大丈夫である可能性が高いと考えて良いはず。
で、先程まで寄生されており、ようやく首の方も動き出したデュラハン達の感想は……
『いや~、なんかもう、その、我こそがΩって感じっしたね』
『やってやるぞっ! という強い意気込みを覚えました』
『俺がΩのトップに立つんだ、そのためには行動しなくては、そう思ったのだ』
「それで、そう思ったお前等がここを離れてどこへ行こうと考えたんだ、この場で敵であるはずの俺達と戦いもせずにな」
『え~っと遥か東の……確かΩ全体の拠点となっている地を目指していましたね、何だか徐々に記憶が薄れているんですが、とにかくΩだけの大Ωシティを開拓して、その場で唯一の生物であるブルーという名の男を神として……あれ? その先が思い出せない、まるで夢でも見ていたかのようだ……』
「うむ、それでもだいたいわかったな、デュラハンをΩ化したものは他のΩなんかよりも相当に強い、だから何らかのプログラムで中央、というか敵の拠点に呼び出したんだ、メインとなる『ブルー』を守護させるためにな」
Ωに寄生されたデュラハンはきっと、Ωの中ではエリート中のエリートという位置付けになるのであろう。
それは精霊様でさえも『強かった』と表現するほどのものなのだから、そのΩが史上最強クラスだということの真実性は限りなく高い。
それゆえ、おそらく頭の方に最初から組み込まれていた命令を元に、ベースとなったデュラハン達には謎の使命感が与えられ、全力ダッシュで遥か東の地、つまり俺達が目指しているΩの本拠地を目指すことになったのであろう。
となると最初の3人、それも同じようにして東へ走っていると考えるのが妥当だ。
つまり既にこの施設のどこかに居る、捕まっているということはあり得ない。
もちろん彼らは徒歩、首なしウマに乗っていない分その速度はイマイチなのであろうが、そのうちに目的地へ辿り着き敵の戦力に加わるのは必至。
これからすぐに追ったとしても途中で発見し、頭のΩを排除して正気に戻すというのは至難の技だ。
そもそもどういうルートで東へ向かっているのかすらわからない以上、追跡すら困難なことであろう。
ならばまずはここを攻略して、追加の被害を出さぬようにすることを第一目標とするべき、当初の予定を無闇に変更すべきではない……
「よしっ、とりあえずデュラハンが全員動けるようになったら先へ進もう、まだちょっとアレみたいだがな」
「首落ちてましたーっ、誰のですかーっ?」
「こっちには剣がありますよーっ」
「これは……珍ですかね……見なかったことにします」
突然の襲撃に混乱し、デタラメに暴れたデュラハンのブチ撒けた残骸はまさにカオス。
首だの武器だのが通路一杯に散乱し、これが本来的な人間であれば地獄の様相を呈していると言っても過言ではないほどの惨状なのだ。
だがそこはデュラハン、元々首が取れている以上、『討ち取られた』状態からの復活は容易、首を拾って小脇に抱えるだけである。
俺の仲間達もその作業を手伝い、かなりの時間を要したものの全ての『持ち物』が所有者の手に戻った。
だが次以降も同じような事態にならないとは限らない、こんどこそボディーを連れ去られぬよう、何か対策を立てるべきだ。
いや、対策というか何と言うか、ここでデュラハン達がやるべきことはたったひとつではないであろうか……
「……あのさ、お前等首を抱えているのは仕方ないと思うよ、アイデンティティーだしな、だが剣は普通にしまったらどうだ? 敵に寄生されそうなときに両手が塞がっているのはどう考えても致命傷だろ」
『いえ、我らもそうは思うのですが、左の小脇に頭がありますゆえ、そのすぐ下、腰に下げている鞘に剣をしまおうとすればですね、どうしてもほら、視覚の問題で自分の顔にブスッと、それはさすがに痛いので勘弁願いたいのです』
「欠陥商品かよお前等は……」
確かに顔と鞘の位置取り的に、右手に携えている巨大な剣をそこにしまうのは大変危険なことだ。
まさかデュラハンにそのような欠点があったとは、いや、これはこのいい加減極まりない世界だけの話か、というかそうであると信じよう。
ということで剣をしまわせるのを諦め、上は精霊様が、そしてデュラハン達を隊列の真ん中に置くことで、俺達がその周囲をも守りながら進むことに決まった。
本来はデュラハンの里がその威信を賭けてやってのけるはずの今回の作戦、まさかの本人達がお荷物状態である。
だがまぁ、ここで大量のデュラハンがΩ化するのは絶対に避けたい、ここは文句を言わず、だまって守ってやるべきなのであろう。
ちなみに唯一文句を言っていたのは精霊様、首の位置が違うとはいえ、狭い空間でおっさん軍団の上に位置するのは、その加齢臭その他諸々の影響で臭くて適わないというのである。
その意見は至極もっともなのだが、行きがけに自業自得で離脱した精霊様には、帰った後に『乾燥剤と一緒に密封する刑』を科さねばならないということを伝え、同時にそれと引き換えに今回のミッションを完遂すべきだと伝えた。
もちろん大喜びで、大変に感謝しながら任務を引き受けた精霊様、人も精霊も素直なのが一番だ、いちいち文句を垂れて和を乱すような輩は協力乾燥剤に全てを吸われてミイラになるべきなのだ。
「さてと、そういうことでチャチャッとこの施設を『閉鎖』に追い込もうか、敵の親玉は間違いなくこの奥だ」
「ええ、これ以上攻撃されるのも面倒だし、時間が経てば経つほどに新しいΩ軍団がやって来る可能性が高くなるわ、急ぎましょっ!」
完全に落ち着きを取り戻したデュラハン達と共に施設の奥を、親玉が居るはずの司令室を目指す。
前回と同様に、一番広い通路の先がかなり暗くなっている、そして司令官らしきΩと、上級魔族1体の存在が確認出来た。
今度は魔族の方も無駄に殺されてはいないらしいな、この先そうなる様子もないし、確実に生け捕り、そしてケンタウロスやデュラハンベースのような接続型Ωの詳細を聞き出すのだ。
逃げずに待ち構えるつもりなのであろう魔族と指揮官Ωの居る司令室へ、今扉が蹴破られ、中の様子が明らかになる……と、そこにはかなり異様な光景が広がっていた……




