561 どうして彼らを
『なんとっ⁉ この首は3つとも里の戦士のものですぞっ! 一体これをどこで……』
「どこでも何も、牧場の中に転がっていたんだ、敵の指揮官を捜していて偶然見つけた」
拾った3つの首を見せてやると、里長を始めその場にいたデュラハンは総員悉くびっくり仰天、中には自分の首を床に落としてしまったものまで居るという、これが相当な緊急事態であることを如実に表す驚きぶりであった。
立ち上がり、小脇に抱えていた自分の首を乱雑にテーブルの上に置いた里長は、俺達から引き渡されたおっさんデュラハンの首を検分し出す。
身元の方は3人共すぐに判明したらしい、どれも類稀な戦闘力を有する里の戦士であり、下に付いていた体の方はムッキムキのバッキバキ、それこそ3頭の名馬と同様に里の宝であった3人だという。
そして、眠ったように目を瞑り、こちらの問い掛けにまるで反応しない理由も判明した。
デュラハンの性質として、首と胴体が一定以上離れた場合、意識を引き継ぐのは胴体の方、つまり首だけでは動くことも、話をすることも出来なくなるということだ。
「……ということはつまりアレか、この3人のボディーはどこか別の場所に行っていると、そういうことだな?」
『ええ、確かにそうなのですが……通常デュラハンがその首を手放した状態で何かをするということはあり得ません、なぜならば目はここ耳もここ、つまり首がないと何も見えず、何も聞こえないのです』
「なるほど、じゃあ首を放置してほっつき歩いているという可能性は極めて低いってことか、となるとボディーはどこに消えたんだ? 近くには居なかったし……」
「そもそも3人共最初から気絶していたのよ、私達が見つけた時にはもう胴体が居なくなった、離れてどっかに行っちゃった後だったってことよね」
『そうなりますな、この3人は強く、万が一に備えて完全な状態で落下した敵の始末に当たっていたのですが、時間差で起きて来たあの魔道兵器に敗れ、体を消滅させられたなどということは考えにくい程度には実力があるのです、それなのにどうしてこのようなことに……』
里長の言葉には説得力がある、この3人が里で戦士として活躍している強いデュラハンであるというのなら、普通に考えてその辺に落ちているΩなんぞに負けたりはしない。
そして何よりも、その強力な上級魔族の胴体を消し去るような攻撃をするとなれば、周囲の者どころかこの付近一帯にに存在しているすべての生物に、その轟音や熱、光などが届いているはずだ。
胴体のみが消えた3人のデュラハン、シルバーΩ程度の雑魚に敗れたという可能性はなく、ただただ忽然と消え、消息は一切不明、もう全くわけのわからない状況である。
『とにかくすぐに捜索部隊を出します、もしよろしければ皆様にもご協力頂けないかと……』
「いや、捜索は朝になってからの方が良い、これは予想なんだが、もしかするとこの3人は敵に攫われたんじゃないかと思うんだ、もちろん直接的な戦闘にはならない、何か卑劣な方法をもってだ」
『というと……本来は首なしウマが狙われるところ、敵はそれに失敗したと見て、代わりに里の戦士を攫った、そういうことですかな?』
「……かも知れないが、そうではないかも知れない、これは完全に俺の予想なんだが……敵の狙いは最初からその3人、でなかったとしても首なしウマではなくデュラハンだったんじゃないか、そんな気がしてならない」
『何ですとっ⁉ しかし我等のようなデュラハン、魔族を誘拐して敵に何のメリットがあるというのでしょうか?』
「わからない、本気でまったくわからないんだよ、とにかくそういう可能性がある以上、こんな真っ暗な中でバラバラに分かれて捜索をするのは芳しいとは言えない、不安だと思うが朝まで、最低でも明るくなるまでは待つんだ」
里長は俺の提案を、渋々、といった感じで引き受け、念のため他に消えてしまったデュラハンが居ないかどうか、点呼を取って確かめる。
結果、首だけを残して消えたのは戦士である3人だけだということが判明したのだが、このままでは夜のうちにまた被害が出ないとも限らない、今夜は全員、全デュラハンが集合して警戒を続けるべきだ。
その周りは俺達が交代で見張り、これ以上の被害者……もちろんこれは『敵がデュラハンを攫った』ということを前提にした話だが、攫われるような者が出ないようにしなくてはならない。
ということで一旦自分達のテントに戻り、軽い食事を済ませた後に夜通しの見張りに関してチーム分けをする。
俺はセラとマーサと3人で、これからすぐに出る第一陣の当番となった。
急いでデュラハンの集合しているテントへ向かおう、この瞬間にも敵が闇に紛れ、何かを画策していないとは言い切れないのだ……
※※※
「よしっ、じゃあ3人で3方向を見張るぞ、何か動くモノがあったらすぐに伝えるんだ、首なしウマは厩舎の中だし、デュラハンは全員この中だからな、それは敵である可能性が非常に高い」
「しっかし大きいテントね、どうやってこんなの建てたのかしら?」
俺達が借りているのよりも数倍、いや十数倍の収容人数を誇る巨大テント、その中には里のデュラハンが全て収容され、俺達に準じて中からも敵襲への警戒をしている。
今のところ敵の気配はないし、周囲は遮蔽物などなく見通しが良い、篝火もかなり増やしているため明るく、Ωなど接近すれば一発で発見することが可能な状態。
だが、それでも件の3人は拉致され、行方がわからなくなってしまったのだ。
あのときも周囲には俺達やデュラハンの里の者が居たはずだし、それなりに明かりが灯されていたはず。
そう考えると、もし万が一『誘拐犯』が存在していると考えた場合には、そいつの実力は計り知れないもの。
強く、素早く、そして隠密行動にも長けた何者か、おそらくはゴリラの戦闘力と忍者の性能をミックスしたような野郎だ。
「ねぇ勇者様、もしだよ、もしΩがデュラハンを攫ったんだとしたらさ、一体何が目的なんかって話しなんだけど……」
「それはさっきもデュラハン達に言ったが、そんなのがわかるわけないだろうよ、敵は人ですらない魔導兵器の軍団だ、何か突拍子もないことを考えているに違いない」
「そうよね、でも私の予想なんだけどさ……奴等、デュラハンをΩに改造しようとしているんじゃないかしら? あのケンタウロスΩみたいに、頭だけΩにしたりして……」
「……恐いこと言うんじゃねぇよ、それが現実になったらとんでもないことだぞ、まさか魔導兵器如きに上級魔族の人権が侵害されるなんて、考えたくもない次元で最悪の事態だぜ」
「まぁ、確かにヤバいけどさ、その可能性は絶対にゼロってわけじゃ……むしろ高いと思わない?」
「思う、思うが思ってはいけない、そうであってはいけないだろそんなもの……」
本当に恐ろしい、命を持った魔族が、命を持たないΩに支配され、それこそΩの思考で、Ωとして行動する。
もちろんこれまで、同じことが首なしウマにおいて発生している、つまり見知った現象ではあるのだが、それがヒトに、意思の疎通が取れる対象に生じると考えると鳥肌モノだ。
もしその対象が首なしのデュラハンではなく、わざわざΩ化するために切断された俺達の胴体であったら? 恐ろしいどころの騒ぎではない、禁忌に触れるどころかガッツリとめり込んでいるではないか。
このことをデュラハン達に伝えるのは、今のところは控えておくべきだ、おそらくは連中も『そうではないか』と、小脇に抱えた頭の中で考えているのかも知れないが、あえて表面化すべきではない。
ここからはその想定で、しかしさすがにそうではないはずだと、可能な限り悪くない結果が待ち受けているよう祈りつつ行動しよう。
3人のデュラハンは単にこちらの戦力を削ぐために誘拐され、そのうち身代金でも要求されるのだと……
「よし、そろそろ交代の時間だな、マーサ、ちょっとテントに戻って次の連中を呼んで来てくれないか、あ、寝ていやがるな、おいマーサ! 起きろっ!」
「ZZZZ……ハッ! どこかから私を呼ぶ声がっ、なりたいっ! 私、最強になりたいわっ!」
「何の夢を見ていたんだよ……」
本来は寝る時間であり、3つの方向を3人でバラバラに、つまりそれぞれが単独で見張りをしていたことを考慮すれば、マーサが居眠りをしてしまったのは仕方がないことである。
だが警戒はしていたはずだし、そういう場合には僅かな物音にも反応するマーサが、最初の問い掛けに答えることもなく寝続けたのには少し疑問を感じるが……まぁ、慣れない地での戦闘で少しばかり疲れたのだということにしておこう。
とにかく次の集団、ルビア、マリエル、ジェシカに見張りを交代し、どうせ居眠りしかしないということで役目を免除されていたカレンの隣に潜り込んで就寝する。
そのまま何事もなく時間は過ぎ、次に目を開けたときには左隣にルビアが、そしてテントの外からは太陽の明かりがうっすらと差し込んでいた。
朝食らしき匂いも漂ってくる、既に起きている仲間もいるようだし、俺も布団から出て……かなり寒いな、春とはいえさすがは高原の朝だ……
※※※
「おはよう、それで、あの後はどうなったんだ? 何か変わったこととかなかったか?」
「2番目の見張りチームではルビアちゃんが居眠りをしました」
「3番目の見張りチームではそもそも精霊様が来ませんでしたの、サボりですわ」
「しょうがない奴等だな、朝食時にはその2人と、あと俺達のチームで居眠りをしたマーサは正座な、言語道断、万死に値する行為だからな」
ちなみにテントの中で警戒していたデュラハンの中でも、かなりのんびりした性格であることが顔から滲み出ている女性が居眠りをかましたらしい。
女性デュラハンのボディーの方は俺達の方と同じように正座、首の方は外に設置された台の上で晒し首にされていた、居眠りだけでとんでもない刑罰だ。
で、俺達は朝食を里長やその他の幹部デュラハンと一緒に取る、そこで本日の作戦を決めるのだが、里の連中はもう、こちらから打って出るのが確定しているかのような話しぶりである。
「……しかし戦える者が全員出てしまってどうするんだ? その隙にまた敵が侵入して、今度は弱いデュラハンを攫って行くかも知れないんだぞ」
『いえ、もしその場合には我等が攻める敵の施設に運ばれるはず、つまり敵を討った際に居なくなった3人を救出することが出来れば、同時にこの後の被害も解消出来るはずなのです』
「でもよぉ……」
確かにその通りだが不安は拭えない、なぜならば囚われたデュラハンはそのまま囚われているのではなく……と、その可能性を無理矢理否定するために、里長達はどんな被害でも回復が確実である方向に賭けている、そうに違いない……
『それに皆様の中には非戦闘員を保護する役目の悪魔が居られるはずです、えっと……そちらの方でしたか?』
「私は正規メンバーのユリナですの、補欠で呼んでもいないのに来ているだけのエリナはこっちですわ」
「ちょっとユリナ、聞き捨てならないわね」
「姉さま、それはさすがにエリナがかわいそう……」
「ほらほら、悪魔が3人して喧嘩するんじゃない、エスカレートすると世界が滅びるぞ全く……で、確かにエリナは残るが、こちらの非戦闘員の保護だけで一杯一杯だぞ、それでも構わないか?」
『ええ、そもそも我等は基本的に全員が戦えるタイプの種族ですので、いざというときには残った者のうち比較的力のある者が戦闘を、ただし何もないうちは昨夜に引き続き、集団で卑劣な敵に備えようと思っております』
「う~む、そうかそうか……」
結局、やる気満々のデュラハン達によって押し切られるかたちで、こちらが積極的に攻める作戦を取ることが確定した。
出撃は昼前ということになり、そこからはテントに戻って準備を済ませる。
救出作戦ということもあり、またしても敵施設を無闇に破壊するわけにはいかない、持久戦になりそうだし食糧の携帯は必須だな。
とりあえず必要なものは全て馬車へ……と、そこで里のデュラハンの1人がテントを訪れた……
『あの~、すみません、先程里長が伝え忘れたようなのですが、敵の施設までの移動は里の方で全員分の馬車を提供致しますとのことでして……』
「おう、首なしウマの馬車ってことだな、その方がスピードも速そうだし、ならそっちを使わせて頂くよ」
『はい、では荷物の方はテントの外に出しておいて頂ければ、すぐに回して積み込みもこちらでやりますので』
「りょうか~い」
言われた通りに荷物を外に出して待っていると、しばらくしてやって来たのは首なしウマがたったの1頭で、俺達が使っているものよりもひと回り大きい客車を牽くというアンバランスな何かであった。
だが首なしウマに関してはここのデュラハン達が専門だ、素人の俺達からしたら見た目的にアレなのだが、これはこれで上手く釣り合いがとれているはず。
ということで安心して荷物、といってもΩ対策のアイテムや携帯食ぐらいのものなのだが、それの積み込みを任せて残りの身支度を整えた。
その後約束の昼前前後になり、配布された昼食と共に出発が伝えられる。
ここから敵のΩ交換施設までは、この間まで居た牛乳集落からその近くのΩ施設までの距離とほぼ同じ。
今回は技術者や『こちらのモノ』となったΩ達、それと戦いに参加しないアイリスに護衛その他諸々の役割を帯びたエリナは置いて行くため、パーティーメンバーだけで用意された馬車に乗り込む。
「え~っと、ここから馬車で行くとなると……ちょうどお昼には到着ね」
「いや、普通の馬車ならそんな感じだろうが、これは首なしウマだ、もう少し早く到着するんじゃないのか?」
「ご主人様、ここに『窓から手を出さない!』って書いてありますけど、顔は良いんですか?」
「カレン、この地に住まう者は顔なんてないことの方が多いんだ、だから注意書きにはないが、拡大解釈して顔も出さないようにしないとダメだ」
「は~い」
そんなことを話しながら出発の瞬間を待っていると、御者を務めると思しきデュラハンのお姉さんが1人、どういうわけか全身にプロテクターを装備した状態でやって来た。
小脇に抱えた首をペコリと下げる仕草を見せたお姉さんは、そのまま御者台に乗り込んで手綱を持つ……
『え~っと、では出発致しますので、皆様、ちょっと気合入れて下さい、とんでもないGni見舞われますから』
「へ? あ、Gがどうしたって?」
『参りますっ! ハァァァッ!』
「どわぁぁぁっ! なんじゃこりゃぁぁぁっ!」
『はいご到着です、ご乗車ありがとうございました』
『あ……ありがとうございました……』
まさに爆速、通常の馬車であれば1時間程度は掛かるのではないかを思われる道程を、首なしウマの馬車はたった1頭にもかわらず数十秒で駆け抜けた。
ちなみに注意書きをガン無視して、当たり前のように窓から手や顔を出していた精霊様が居ない。
隣に居たマリエルの目撃情報によると、コーナーを攻めた際に吸い出されるようにして消えたそうだ。
自業自得の精霊様は放っておいて、まだ覚束ない足取りで馬車を降り、とりあえずこれから攻める予定の敵施設を眺める。
牛乳集落の近くにあった施設とほぼ同じ、おそらく構造も同じなのであろう。
ちょうど東側からシルバーΩの軍団が、50程度で飛来し、中に格納されるところであった。
そしてその様子を眺めているのは俺だけではない、首なしウマに跨った、完全に戦闘モードのデュラハン達も同様にしているのだ……
『皆様、準備はよろしいでしょうか? 我等デュラハンの里の者は、この誇りに賭けて正面突破、見事に玉砕して見せますゆえ……』
「おいコラちょっと待て、誇りでも埃でも構わないが、プライドだけに基づいて余計なことをするんじゃないよ、ここはもう少し慎重にだな」
『では慎重に接近した後、直前で雄叫びを上げて一気に突撃をっ!』
「だから突撃すんなっての、この先は間違いなく地雷原なんだ、犬のウ○コに見せかけたΩが散りばめてあるからな」
『なんと卑劣なっ!? ではあそこに落ちているリアルなウ○コもΩなのでしょうか?』
「う~ん……アレは単なるウ○コだ、ほら、あっちのが『犬のウ○コΩ』、対処法は今から実演するから見ておけ、カレン、マーサ、やっておしまいっ!」
『はーいっ!』
牛乳パックスコップを持ったカレンとマーサを地雷原に派遣し、そこら中に散りばめられているΩを処理していく。
もちろん敵の施設に投げ付け、固く閉ざされたその入口をジワジワと破壊していくスタイルだ。
そのような状況においても敵は迎撃部隊を出さない、きっと昨夜の戦いで兵力を使い果たしているため、残り少ない、大半が今到着したばかりのシルバーだけではどうしようもないと踏んで、中で重要人物ないし重要Ωのみを守ることにしたのであろう。
だがこちらとしてもそうしてくれた方が楽だ、仲間を攫われた可能性が極めて高いという状況のデュラハン達はやる気、というか殺る気満々、ここで戦闘になった場合には『地雷原で乱戦』という大変にカオスナ状況となってしまうのだから……
「ビシッ! 地雷の撤去、完了致しましたっ!」
「致しましたっ!」
「ご苦労、では2人共向こうでミラからご褒美を受け取るように、それと、引き続き扉を破壊する役目にも従事して貰うからな、以上!」
『うぇ~いっ!』
地雷、というか犬のウ○コΩをひと通り撤去し終えたところで、いよいよ敵の施設に向かって進軍する。
中には攫われた3人のデュラハンが居るのか、そして最大の懸念事項が思い過ごしなのかどうか。
全てはこの先、目の前にある施設を攻略すれば判明することだ、今度は確実に、おそらく居るのであろう施設長か何かの魔族を生け捕りにし、情報を吐かせなくてはならないな……




