560 裏の目的
かなり暗くなってきた東の魔族領域に位置するデュラハンの里、その隣接する首なしウマ牧場において、今夜のΩ襲撃に関しての作戦会議兼栄養補給のための夕食会が始まった。
「うおっ、かなりデカいマスだな、この近くの湖で魚なのか?」
『その通りですとも、もっともこの魚は我等の地から少し外れた場所で漁獲したもの、その証拠にほら、大変貴重な尾頭付きです』
「……確かに、ここの産物なら頭がないはずだもんな」
食卓に並んだのは大物のマスをふんだんに使った料理、塩焼きは1本丸々尾頭付きでのご提供であった。
さて、俺達の食事は良しとして、この場で気になるのはたったひとつ、デュラハンがこの姿でどう食事をするのかということだ。
他の首なし生物も同様なのだが、この世界のデュラハンの首はその断面が真っ黒で平らな状態である。
まさかそこから食物を摂取するとは思えないし、かといって首の方は相変わらず小脇に抱えたまま。
ちなみにテーブル上の料理を比較すると、俺達のものは魚も、それから大皿に鎮座する鶏の丸焼きも、素材の形を保ったまま、豪華な雰囲気を出すような方法で盛り付けられている。
一方、里長を始めとしたデュラハンサイドに並ぶ料理は細かい、肉も魚もわけのわからない色をしたヤバそうな野菜も、悉くサイコロ状に、食べ易い大きさに切り分けられているのだ。
『はい、では乾杯としましょうっ!』
『うぇ~いっ! いただきま~っす!』
『よいしょっ』
「えぇぇぇっ!? 何なんだその黒い煙はっ!?」
『あ、これですか? これは私達なりの食事です、何と言っても口と体が別ですからね、生物に含まれる瘴気とか、それ以外にも生きるエネルギーなどを吸い取るのですよ』
「……超恐いんですけど」
料理から出た黒い煙は確かに、デュラハンの首の断面に吸い込まれている。
良く見ると素材から搾り出すような、まるで柑橘でも絞るかのような感じで出る黒い煙。
細かく切り分けていたのは表面積を増やすためか、煙を吸い取られた料理はみるみるうちに萎んでいき、終いにはカサカサの灰になってしまったではないか。
今は調理された食材だが、おそらくこの技、というか養分の吸収はまだ生きている状態の『食材』に対しても有効なのであろう。
例えば俺達が食べているこのマスも、ピッチピチの状態から灰に変えてしまうに違いない。
なんとも恐ろしいことなのだが、幸いにもこの場に居るデュラハン達の中には俺達に対してそのようなことをしようと考えている者は居ない、つまり現時点では安全が確保されているということだ。
だがいつか、それが魔王軍の手先であるかないかに関わらず、『悪いデュラハン』との戦いに臨まなくてはならないことがあるかも知れないし、これまで適当に戦ってきた敵の中にも居たかも知れない。
戦わなくてはならない場合には気を付けよう、良くわからないままに灰にされてしまったら大事である。
もちろん瞬間接着剤では治らないし、復活のためには大量の生贄を用いた邪悪極まりない儀式が必要になってしまうはずだ。
「ふ~ん、デュラハンの食べ方ってこうなのね、まぁそれはわかったけど、そろそろこの後のことについて話し合いを始めるべきじゃないかしら?」
「おう、確かにそうだな、じゃあ『対ウマドロボウΩ作戦立案会議』を始めようか」
『ではまず我々から、これまでの被害の様子についてお話しさせて頂きます、お役に立つかはわかりませんが……』
これまでデュラハンの里に入ったドロボウはだいたいが単体のΩか、多くても数体の痕跡しか残されておらず、その少数で一度に数十頭から100頭もの首なしウマを盗み出されたこともあったのだという。
当然警戒は強化したのだが、何せ広い牧場にして夜中は真っ暗、元々頭の位置がおかしいデュラハンにとって、死角となる真上から入り込むΩを発見するのは容易ではない。
ゆえに被害に遭ったことに気が付くのは毎回、牧場の柵が壊され、そこから怯え切った首なしウマが走り出すところであり、そのタイミングではもう素早さの高いそのウマ達を追うことなど不可能。
あとは同じように追うことの出来ない、上空から余裕で逃げ去るΩに対し、せいぜい投石などしつつ悔しさを噛み締めるしかないと、聞く限りでは最悪の状況である。
『いやはや、これまでの予告状らしきものは来ていたようなのですがね』
「マジでか、予告状があったならもう少し上手く対応出来ただろうよ、もしかしてお前等無能なのか?」
「ちょっと勇者様、そういうこと言わないのっ!」
『まぁ、その……この頭はどちらかというと飾りでして……しかしその予告状の方がですね、我等と違って本当に、物理的に無能な首なしウマの方に送達されていたんですよ、これでは誰もその存在を知ることが叶いませんで……』
「予告状の意味! それじゃもうしょうがないな、で、今回は大事な大事な名馬にそれが届いて……」
『左様、さすがに厩務員が気付いたということです』
状況は良くわかったが、この様子だともし『Ω全軍で襲来』というのがブラフで、そして『名馬を頂きに惨状』もこれまたブラフで、その混乱に乗じてまた一般の首なしウマを奪い去ろうというのがΩ共の本命であった場合にはかなり拙いことになる。
おそらく俺達の方は押し寄せるΩ軍団に掛かりっ切りになるはずだし、その間に引き続き周囲の警戒をするデュラハンにも死角が多い。
いや、むしろ敵がそちらを狙って行動を起こす可能性が高いと考えるべきではないか? 狙いは厳重な警戒が敷かれている名馬3頭の居場所ではなく、もっと別の場所にあると。
だがそれを伝えると、デュラハン達は一斉に作戦の変更を否定するではないか。
どうやら獲得賞金的に、他の首なしウマ数百頭よりも名馬1頭の価値の方が高く、守るのであればそちらを優先すべきだという考えがあるようだ。
こうなるともう、デュラハン達に周囲の警戒の強化を依頼することは出来ない、リリィか精霊様が上空で待ち構え、戦場となるであろうこの牧場全体を見守るしかあるまい。
その後も詳細な作戦の立案をしたり、俺達とデュラハン達の取るべき行動を摺り合わせたりしながら食事会を進め、料理が綺麗サッパリなくなる頃には大まかな動きが決定していた。
俺達がすべきは上空からの監視と臨戦態勢での待機、敵が現れたら先頭に立ってその数を減らす。
デュラハン達は後方での支援と、それから俺達が人馬を分離したケンタウロスΩのウマ部分を回収する作業に従事する。
「よしっ、じゃあそういうことで準備を始めようか、時間もないだろうしな」
『ええ、では次の食事会では酒が出せるよう、精一杯の戦いで里を、貴重で高価な首なしウマを、里の誇りである名馬を守りましょうっ!』
ということで行動開始だ、一度テントに戻った俺達は武装を済ませ、アイリスとその他非戦闘員のお守りは同じくテントに残るエリナに任せる、ここには居ない技術者の身の安全は……まぁ良いや、自分でどうにかするであろう。
念のためシルバーや薄汚い、本来は地雷として用いるべきあのΩへの対策グッズも携え、予め決めてあった待機場所へと移動した……
※※※
「お~い、精霊様の方からは何か見えるか~っ?」
「今のところまだ動きはないわよ~っ」
「そうか~っ、じゃあ引き続き頼んだ~っ」
上空から、Ωの施設がある方角を監視するのは精霊様単体の役目、リリィはその巨体で他より多くの敵を始末することが可能なため、戦いが始まるまでは体力の温存に努める。
だが高原で風通しも良い首なしウマ牧場の夜は、春とはいえかなりの寒さだ。
リリィはその気温にも負けないよう、今は人の姿で比較的体温の高いマーサの懐に収納されている状態。
敵が来るまではこのスタイルで、ちなみに俺は前に居るジェシカのパンツの中に手を突っ込んで、柔らかく温かい尻をモミモミしながら……と、後ろでセラが怒っている気配がする、手を温めるのは別の場所にしよう。
そう思ってパンツから手を出し、今度は鋼の鎧に守られたおっぱいを……と、ここで精霊様からの合図、いつものことながらタイミングが悪い、少し弁えて欲しいものだ。
「主殿! そんなことをしていないで精霊様の方を見るんだっ! クッ、これでは何を伝えようとしているか……くぅぅぅっ」
「ゲハハハッ! 良いではないか~っ、良いではないか~っ、で、精霊様の方か? うむ、篝火に照らされたパンツが見えるな、良いではないか~っ、良いではなげろぱっ!」
『真面目にやりなさいっ!』
複数人から同時に受けた攻撃によって俺は倒れ、この戦いで最初の犠牲者となり果てた。
そんな冗談はさておき、上空の精霊様が伝えようとしているのは敵の動き、どうやらΩの軍団が見えたようだ。
繰り返し送られているサインによると、地上部隊がおよそ800、上空のシルバー部隊が200、同じく上空に自爆系Ωと思しき集団がそれぞれ10体の塊で10チーム、ちなみにこれが先行しているらしい。
最初に自爆攻撃でこちらを混乱させ、その後地上部隊が突入、その隙に空から舞い降りたシルバー系のΩが、この牧場の首なしウマ、おそらくは名馬の方ではなくその他一般のウマ達を連れ去るつもりだ。
「リリィ、今回は自爆系の敵部隊が小分けにされているみたいだから精霊様だけじゃ対処出来ない、俺達も出るぞっ!」
『はーいっ! 準備万端でーっす!』
「セラはおそらくやって来るであろうケンタウロスΩの切断を頼む、デュラハンの前で下のウマ部分を傷付けることのないよう慎重にな」
「わかったわ、じゃあこっちは任せていってらっしゃい」
『いってきまーっす!』
「うぉぉぉっ!? ちょ、ちょっと待てリリィ、うぁぁぁっ!」
やる気満々で飛び立とうとするリリィ、俺がまだしっかり乗っていないことに気付かなかったようだ。
どうにか振り落とされぬようしがみ付き、かなり高い場所まで出たところでようやく規定のポジションに着くことが出来た。
下を見ると、地上はかなり明るく照らされ、その明かりは俺達の居る高度でも十分に周囲を見渡せる程度には届いている。
俺達が迎え撃つのは先行の、10のグループに分かれたそれぞれがガリガリ野郎を擁する自爆系Ωの集団。
ガリガリが地上に突っ込んで自爆、地面に穴を空けながら、誘爆した周囲のΩの硬いパーツを撒き散らす、極めて凶悪といえる戦法だ。
『ご主人様、精霊様は前に出ましたよっ!』
「ああ、俺達もこんな所で待ってはいられないな、積極的にいくぞっ!」
『おぉーっ!』
敵が到達するまで待つことは自殺行為に等しい、それでは確実に討ち漏らす集団が出てきてしまい、被害ゼロで敵の攻撃、それも重要な緒戦を切り抜けることが出来なくなってしまうのだ。
ということで俺達も前に、迫り来るΩの小集団と交錯するように突進を仕掛ける……
「うぉぉぉっ! 勇者フルスイングを喰らえぇぇぇっ!」
『私はドラゴンテイルバスターッ!』
「クソッ! リリィの方が断然カッコイイじぇねぇか……っと、しまったぁぁぁっ!」
『何やってるんですかもうっ……』
お子様のリリィにすら技名のセンスで敗北してしまったことにより、俺のやる気とテンションは急降下、2発目のフルスイングを空振りで終えてしまった。
慌ててバットを振り回すものの時既に遅し、俺の攻撃は10体の集団のうち周囲のシルバーΩ5体を叩き落としたのみで、残りは急降下、即ち地面に向かって突撃する態勢に入る。
そのまま突き進んだΩの集団、それが地面に接触したとき、絶望的な規模の大爆発が……というわけでもないようだ、出力がかなり絞られているではないか。
というか、良く考えれば敵の目的は破壊ではなくドロボウ、いや強盗か。
であるとすれば自爆でここを壊滅させるようなことはせず、ただただ混乱を招こうとするのは確実。
……自爆系Ωの10集団は陽動か、小分けにしたのもこちらを焦らせるためで、間違いなくこの連中が本命ということはない。
「やられたわね、ほら、あのシルバーなんか地面に当たっても壊れてすらいないわ」
「ああ、これはもう放っておいても大丈夫だな、次の集団、おそらく盗みの実働部隊が到着するのを待とう」
次々に地面を目指すガリガリを中心にした小集団を見送り、それがまるで被害をもたらさず、周囲を固めたシルバーに関してはもはやその質量で土を抉るだけで、破裂さえしないのも同時に見届ける。
落下したシルバーはどれも破損さえせず、行動可能なの形で地面に落ちているのだが、それに関しては地上のデュラハン達も脅威ではないと判断したのであろう、放置してそのまま敵の地上部隊が到達するのを待つようだ。
陽動部隊が全て落下したところで、お次のお相手はシルバー部隊、やはりドロボウメインのためか武器を所持していない、数は多いが、今のうちに可能な限り叩き落とし、地上の仲間達がより戦い易い環境作りをしておこう。
「オラオラァァァッ! 全部ブチ壊してやんよぉぉぉっ!」
「ちょっとあんた、威勢ばっかり良くて全然倒してないじゃないの、今何体落としたの?」
「2体だ、まぁ今日はちょっとツキがないようだな、攻撃の方がイマイチ当たらないぜ、バットの癖が悪いのかも知れないがな」
『ご主人様、凄くダサいです……』
精霊様だけでなくリリィにすらディスられてしまったため、仕方なく俺は本気を出す。
命中精度の低い、安物の金属バットをΩ軍団に投げ付け、聖棒を手に取って戦うのだ。
ちなみに投げ付けたバットはどのΩにもヒットすることがなく、そのまま空しく地面を目指した、本当に使えない棒切れ野郎だな。
そして使える、これ以上のシロモノは存在しないと信じている棒切れに換装した俺は、その実力を遺憾なく発揮し、追加で3体のΩを撃墜することに成功した。
撃破率は1.5倍だ、やはりあんな腐ったバットではなく、最初から俺固有の特別な武器を使って鬼神の如き大活躍をすべきであったのだ。
もっともその間に精霊様が90程度、リリィが100程度のシルバーΩを撃墜したため、俺の分はもはや残っていない状態。
残念だが今回はもう活躍の場がない、次回以降は俺様が№1だと自信を持って宣言することが出来るよう、最初から本気で飛ばしていくこととしよう。
「はい、これで最後ねっ! 上空部隊は全滅よ、私達も降りて地上部隊と戦いましょ」
「だな、じゃあリリィ、空のお仕事はここでお終いだ、戻るぞっ!」
『はーいっ! 今回も活躍で来て良かったですっ! ご主人様と違って……』
「おいコラ、余計なことを言っていると鞭が飛ぶぞ」
『ひぃぃぃっ!』
大人げなくリリィを脅し、仲間が待機している場所へ降下させる。
セラを先頭にし、バックアップのためにその後ろを固める仲間達のすぐ後ろに着陸、暇そうに体育座りしていたルビアにチョップをかましつつそこへ合流した。
迫り来るケンタウロスΩおよそ800の姿はもうくっきりと見えており、セラは魔法の準備を整え、あとはタイミングを見計らって攻撃するのみの状態。
ユラユラと上下に揺れながら慎重に高さを調整し、ピタッと止まったかと思いきや、間髪入れずに魔法を放つセラ。
後ろからデュラハン達のどよめきが聞こえる、大切に育てた首なしウマ、上に何かおかしなモノが搭載されてしまっているとはいえ、それに向かって強力無比な魔法が放たれたのだからその動揺は仕方がない。
だがその心配もほんの一瞬、次の瞬間にはもう、集団で走っていたケンタウロスΩの前列から中列にかけてはヒト部分とウマ部分がスパッと分離する。
もちろんΩであるヒト部分はそのまま落下、無残な姿を晒すのだが、特に大事ない首なしウマの部分はまっすぐに俺達の横を駆け抜け、普通に牧場の中へと戻って行った。
Ωの討伐と同時に首なしウマの回収が完了したのでである、この調子で残り、およそ300程度となったケンタウロスΩも潰していこう。
セラがもう一度魔法を撃ち込み、そこからは突っ込んでくる残ったΩの軍団を相手に奮戦する。
残り100……50……20……ゼロだ、ケンタウロスΩは完全に撃破、残った首なしウマも無事に牧場の中へ戻ることが出来た。
「……だいたいは終わったな、だが指揮官のΩがどこかに居るはずだ、それを探そうと思うんだが、どこに隠れたんだ?」
「確かにそうよね、いつもなら目立つ場所に居たりするはずなのに、もしかして施設の方から遠隔操作しているのかしらね?」
「その可能性もないとは言えないが、だとしたらさすがに遠すぎるだろ、どこか暗闇に紛れているはずだ、全員で徹底的に探そう」
地面に落ちたケンタウロスΩのヒト部分に関してはもう脅威とはならないため、その始末はデュラハン達に全て任せる。
俺達は親玉の捜索だ、逃げ出したか、それとも隠れてやり過ごそうとしているのか……
「あら? ねぇねぇ、そこに何か落ちているわよ、ボール……じゃなくてこれっ⁉」
「おいっ! それデュラハンの生首じゃねぇかっ⁉ もしもーっし? 聞こえますかっ?」
マーサが拾ったのは首、確実にデュラハンのものだ、目を瞑り口も閉じた状態で黙っており、こちらの問い掛けには一切答えようとしない。
そしてその生首がそこにも、そして向こうにも、マーサが発見したものも含めて合計で3つ、完全に意識を失ったまま地面に落ちているのが発見されたのである。
これはもう敵の指揮官捜しどころではない、このデュラハン達の体を探してやらないと、そしてどうして意識を失っているのか、それも調べる、いや、それはその辺のデュラハンに聞いた方が早そうだな。
「とにかく里長とかにこのことを報告しよう、何かトラブルが生じているのは確実だからな」
「ええ、じゃあ敵の方はまた後でね、最悪施設に攻め込めばどうにかなるわけだし、まずはこっちを処理しましょ」
3つの生首、ちなみにどれも強そうなおっさんのものであるのだが、それを抱えて作戦本部、デュラハンの里長が待機しているテントへと向かう。
嫌な予感を伝えてくる謎の首は、この期に及んで意識がなく、一体何が起こったのかということを俺達に教えてくれる気配がない……




