559 移動した先
『お~い、勇者様どこ~っ?』
『う~ん、この辺りからご主人様の臭いがするんですが……』
『爆発の衝撃で粉々になったとかならウケるわよね』
『そう思って接着剤を持って来ました、これでくっつけましょう』
『ちょっとミラ、あんたその接着剤ゼリー状じゃないわよ、それだと勇者様怒るかも』
『しかも賞味期限が切れてますね、あとノズルが固まって出てきません』
「接着剤って賞味期限とかあんのか……って、何の話してんだよあいつら、お~い、ここだ~っ、助けてくれ~っ、お~い……」
牛乳集落からおよそ10kmの上空で大爆発に巻き込まれた俺は、そこからさらに10km以上も吹き飛ばされ、森の木に引っ掛かって身動きが取れない状態である。
いや、別に動こうと思えば動くことが出来るのだが、その場合は確実に枝が折れて落下。
空を飛ぶことが出来ない俺は地面に、ちょうど真下にある鋭く尖った溶岩の塊に叩き付けられるのだ。
それは確実に痛い、ゆえに先程から聞こえている仲間達の声に反応しつつ、かといって大騒ぎして自ら墜落を招くようなことはせず、比較的静かに救助されるのを待っている。
カレンとマーサの鼻と耳を頼りに森の中を進んでいる仲間達、あの後しばらくしてもう一度、集落とは別の場所で大爆発があったのは確認しているが、それはおそらく敵が施設を処分した際のものに違いない。
ということはそちらの捜索も終わり、仲間は全員集まっているはずだ。
救助されたらすぐに移動を、次はデュラハンの里近くにある敵施設を目指すことを提案しよう。
「お~い……あっ、居ましたよっ! あんな所にぶら下がって遊んでいましたっ!」
「本当だ、お~い、勇者様~っ! 遊んでないで降りて来てちょうだ~いっ!」
「いや遊んでねぇしっ! 落ちると痛そうだから救助を待っていたんだ、だから早く助ける、或いは下で誰かが『肉マット』になってくれないか」
「しょうがないな、ほら主殿、私が受け止めるから安心して落ちて来ると良いっ!」
「おいジェシカ、受け止めるつもりが少しでもあるならせめて鎧を外せ、あと剣を構えるな」
ふざけているジェシカは放っておいて、結局俺は大ジャンプしたマーサによって枝から外され、安全に……そのまま落とされて結局溶岩とキスしてしまったではないか、マジで酷い扱いだ。
爆発で負った傷、そして今この場で負った僅かばかりのダメージをもルビアに治療して貰いながら、マーサのウサ耳を引っ張って抗議する。
「こいつっ! このっ! このっ! 落としてどうすんだよこの馬鹿ウサギめがっ!」
「いてててっ! ちゃんと着地しないあんたが悪いんでしょっ! いでっ!」
「ご主人様、暴れると治る傷も治りませんよ、ちょっと静かにしていて下さい」
「ほらっ! マーサのせいでルビアなんぞに怒られたじゃないかっ!」
「それもあんんたのせいでしょっ! ちょっとっ! 耳を離して……尻尾も、っていったぁぁぁっ!」
「どうだ参ったかっ!」
マーサを成敗し終え、治療も終わった俺は周囲を見渡す、既に夕暮れが近付いている森の中に居るのはパーティーメンバー全員、ユリナとサリナも居るのだが、非戦闘員は集落に置いて来たようだ。
ひとまず戻ろうということになり、近くの街道に停めてあるという馬車へと向かう。
話によると、爆発の際にリリィが俺の飛んだ方向を確認、大まかな落下地点を地図から割り出し、その後はカレンとマーサの感覚を頼りに捜索をしていたらしい。
その捜索の前にはΩの本隊が到着、そちらは集落を目指すことなく、例の中継施設の上空でガリガリ野郎が爆発、建物を丸ごと吹き飛ばしたのだという。
もちろんユリナとサリナはその直前に退避、コパーやダイヤはもちろんのこと、技術者も、それから忘れかけていたあの案内役の馬鹿も無事帰還したとの報告を受ける。
ちなみにレッドはそのまま捕縛、エッチな格好で縛り上げ、俺達が宿泊している部屋の天井から吊るしてあるらしい、後で悪戯でもしてやろう。
「……でだ、今日はもう遅いが、明日の朝には集落を発って、次の施設を攻撃しに行かないか? デュラハンの里の傍にあるってのをさ」
「ええ、そのつもりで準備をしてあるわよ、集落の人にもそう言ってあるし、明日の朝はお土産に期待ね」
「牛乳! おいしい特濃牛乳ですっ!」
「そうか、なら良かった、となるとそこへ向かうための行程もバッチリってことだな、早くしないとまた次のΩが来やがるだろうし、サッサと移動してガンガン中継施設を潰していこうっ!」
『うぇ~いっ!』
一旦集落へと戻った俺達は、とりあえず近くの施設だけでも破壊したということで人々からの感謝と、ささやかな宴をプレゼントされた後に眠りに就く。
翌朝は早く、馬車の荷台一杯に積み込まれた牛乳とその他の乳製品をあり難く頂戴し、次なる施設の破壊を目指して旅立った……
※※※
「……すみません、ちょっと狭いのでそちらへ行っても良いですか?」
「ん? 別に構わないぞ、その代わりに何か面白いことをやれ」
「あの、私はメイドタイプなので余興をするような機能は……」
「じゃあしばらく荷台で我慢するんだな、なぁに、牛乳を飲んで減らしていけばそのうちに広くなるさ」
狭いなどと文句を言うコパー、縛り上げたままのレッドは大人しく牛乳の隙間に乗っているのだが、元々戦闘用ではなくメイドとして可愛がられることを想定して創られたコパーにはこの状況が大変厳しいものに感じられるようだ。
だがその間にも牛乳は消費されている、大量に貰ったは良いものの、腐らせてしまってはもったいないということで、皆必死に飲み、さらに途中の食事休憩でもカレーではなくシチューにするなど、本当に乳製品を取りながらの旅である。
何度となく休憩と野宿を繰り返し、日が昇ったり沈んだりという現象を目の当たりにしつつ東を、そして少し北を目指した俺達の馬車は、何日目かにようやく魔族領域の入口に到達した。
必要な者は全員瘴気避けの魔法薬を摂取していることを確認し、『注意:この先魔族領域、ハゲます』の看板を越える。
ちなみにハゲても構わない者が1人だけ、後ろから付いて来ているダイヤ操縦の虚舟の中に1人。
ということで物は試し、技術者には魔法薬を半分だけ飲ませてみた……少しデコが広くなっているような気がするな……
「え~っと、ここからはもう1本道ね、まっすぐに何事もなく進めれば今日の夕方にはデュラハンの里ってのに到着よ」
「しかし大丈夫かなそのデュラハンの里、何だか凶悪そうな連中だし、いきなり攻撃されたりしないか?」
「それはたぶん大丈夫ですの、東の地に住むデュラハンは他の魔族に首なしウマを売却して生計を立てているのですわ、だから来た人はまずお客として歓迎するはずですのよ」
「……逆にセールストークがウザそうだな」
もちろん今は大変に貴重であるという首なしウマを買うような現金を持ち合わせていないのだが、この間の件でかなり儲かっているのだ、いつか余裕があればもう一度来て、パーティーの計算において1頭買ってみるのも良いかも知れない。
などと考えながらそのまま街道を進んで行くと、そのうちにちらほらと放牧されたウマ、ではなく首のない、通常とは異なるウマを見かけるようになってきた。
あれでどうやって食事をするのかなど、色々と疑問に思うことはあるのだが、そんなことを気にしていたら異世界ではやっていけない。
アレはそういうモノなのだということを受け入れ、特にツッコミを入れることなく付き合っていこう……
「あっ、見えてきましたよ、おそらくあのゲートがデュラハンの里です、何か書いてありますが……」
「どれどれ……字は読めないが明らかに歓迎している感じの文章ってのはわかるな、字体がポップだ、ユリナ、ちょっと読んでみてくれないか」
「え~っと、ようこそ世界最速、首なしウマの里へ、首のある方もない方も歓迎です、と書いてありますわね、入っても大丈夫ですわよ」
「おしっ、じゃあ早速……っと、ゲートの前に誰か来たようだぞ……」
馬車の音に気付いたのであろうか、ゲートの向こう、つまり里の中から現れた人影……には本来あるべき場所に首がなく、それは脇に、まるでボールか何かの如く抱えられていた。
確実に、どう見間違えてもデュラハンだ、ちなみに攻撃の意思はないと見える、いかにも乗馬をしそうな感じの比較的フォーマルな格好をしている辺り、里への来訪者を案内する係か何かなのであろう。
『首なしウマ育成牧場を擁するこの里へようこそおいで下さいました……と、言いたいところなのですが実は……』
「うむ、首なしウマが盗まれたりして困っているんだろう?」
『どうしてそれをっ!? いや、あなた方はあの盗人の関係者ではなさそうですが、少し事情をお聞きしたい、よろしいですか?』
「うむ、こちらも色々と話をしたいし聞きたいこともあるからな」
『では馬車のまま中へどうぞ、里の長に取り次ぎますゆえそこでお話下さい』
俺達はこの禍々しい容姿の魔族の里に、それはそれは丁寧に迎え入れられたのであった。
普通であればもう戦闘が勃発しているような段階、だが凶悪な種類の魔族とはいえ、中にはそうではない者も居るのだ、ヴァンパイア然り、そして同じ東の魔族領域に住む純粋魔族然りだ。
で、首なしウマだけでなく首なし犬、首なしタヌキ、首なし鶏……は転移前の世界でも話に聞いたことがあったな、とにかくあらゆる生物の首がない不思議な里の中を馬車で通過。
メインストリートと思しき道を通って大きな建物に到着、そこで馬車から降り、案内されるままに中へと入った。
既にセッティングされた会談用の部屋に通され、まずはソファに腰掛けて落ち着いていると、扉が開いて里の長らしきデュラハンが入室する……
『いや~、お待たせして申し訳ございません、私がこのデュラハンの里の長にございます』
「どうもどうも、で、時間がないので早速本題なんだが、構わないよな?」
『ええ、お客様方はこの里で起こった首なしウマの盗難事件に関して何かご存知とのことで……』
「ご存知も何もその事件を追っている、というかまぁその大元を叩きに来ているんだ、もちろん事件の犯人共、つまりΩがこの付近に開設した施設については知っているよな? 俺達はここでそれを襲撃するつもりなんだよ」
『それはそれは、あの連中には頭を悩ませていたところなのです、倒しても倒しても新たな魔導兵器を送って寄越して、夜中に牧場の首なしウマを盗み出しよって……しかし皆様方にそれをどうにかして頂けるというのですね、これはなんとも頭の下がることでして……』
感謝の言葉と愚痴を交互に発しながら、小脇に抱えていた自分の頭を手に持って、それを下げる仕草を見せるデュラハンの里の長、お辞儀をする必要がなくて非常に便利そうだ。
そのままデュラハンの長にこれまでのいきさつをザックリと説明し、ついでに連れて来てあったレッドにこの地域のΩを代表して謝罪させておく。
もちろんΩ全体を許すことは出来ないとのことだが、レッドに関しては命令を受けてやっていただけであるとの俺のフォローが通り、どうにか許して貰うことが出来た。
「それでだ、敵の施設の方は明日の朝様子を見に行きたいんだが、今日はここに泊めて貰えるか?」
『ええ、もちろんですとも、食事は……人族にも食べられるものを調達致しますゆえ、どうかしばらくお待ち下さい、と、もしよろしければそれまでの間に牧場の方を……』
「……うむ、まぁ見るだけなら、首なしウマについても少し知識を得ておきたいからな」
唐突に始まった商売っ気のある里長のトークに押され、ついでに言うともっと近くでそのウマを見てみたいという仲間達の要望にも押され、とりあえず首なしウマが飼育されている、里のすぐ横にある牧場へと足を運んだ。
まぁ、見るだけならもちろんタダなわけだし、里の危機を救うべく現れた俺達がウマを買わなかったからといって、この後おかしな扱いをされるということはないはず、気軽に見学だけしておこう……
※※※
『はいっ! 皆さんようこそおいで下さいましたっ! 私がこの牧場の厩務員にございますっ!』
「法、盗まれたわりにはまだ沢山首なしウマが居るんだな」
『ええっ! どういうわけか最初に盗難に掛かった一部のウマが帰還致しましてっ! もっともその後もまた夜間の侵入を許してしまい……』
デュラハンの厩務員は露骨にガッカリしたような表情を見せているが、対面した俺達が見ている位置に顔があるわけではないため、その心情はイマイチ伝わってこない。
その厩務員に牧場内を案内され、首なしウマに興味津々であったカレンやリリィ、別の意味で興奮していたミラや精霊様も満足を得たようだ。
腹も減ってきたしそろそろ帰ろう、そう思ったところでマーサが何かを発見する。
かなり急拵え、というかその辺から掻き集めてきたような鉄の柵と分厚い扉に囲まれた場所で、そこを複数のデュラハンが見張る、やたらと厳重に管理されていると思しき区画だ。
「何なのかしらあの場所? 中には……首なしウマが3頭だけじゃないの……」
『ええっ! 実はあの3頭、我等デュラハンの里が直接所有するっ! 本当に優秀な競走馬でしてっ! 左からオサキマックライン、クビガナイヤン、リアルノウナシオーにございますっ! わが里の稼ぎ頭……とはいっても頭がないのですがっ!』
「お、おうっ、名前からして競走馬だな……」
『はいっ! ですが本当につい先程、この3頭を奪いに行くという予告状が届きましたっ! それがこれですっ! あと里長への報告は今やっておりますっ!』
「……と、字は読めないがやっぱり『Ω印』が入っていやがるな、わざわざ予告してまで盗みに来るなんて、よっぽど自信があるんだろうよ」
「ご主人様、ちょっと見せて下さい……えっと、ほらここ、『全軍でお邪魔する』と書いてありますよ」
「マジかよ、それもう窃盗じゃなくて強盗じゃねぇか」
調教していないものでも3,000mを2秒で駆け抜けるというバケモノじみた首なしウマ、その中でも特に優秀な3頭を奪い、最速最強のケンタウロスΩを創り出すのが敵の目的であることは明白。
特に『GⅠ500連勝中』だというオサキマックラインとやらが攫われ、Ω接続されるようなことがあってはならない。
なぜならば奴の素早さは首なしウマ単体の時点でカレンとマーサの間ぐらいなのだ、それをΩ化した場合、とんでもない力を持つモンスターが誕生してしまう可能性が極めて高いのである。
しかしこの『犯行が予告されている』という状態は俺達にとってまたとないチャンスなのかも知れない。
今夜、敵は確実にこの3頭の首なしウマを誘拐しに来るはずだ、しかも予告状に全軍でと書いてある以上、当然大軍団で押し寄せるはず。
そこを叩きさえすれば、こちらから攻め込むまでもなくこの近くに設置されたΩ交換施設の壊滅が成し遂げられるのだ。
あとはゆっくり、残った幹部の魔族やその他指揮官のΩ等を潰しつつ、余裕を持って制圧してやれば良い。
もちろんそのまま俺達が施設に駐留するわけにはいかないのだが、そこはもうこの里のデュラハンの出番といえよう。
デュラハンがかなりの強さを持っていることは先程の里長との会談中にも確認している。
里長も、そしてそこに同席していた全てのデュラハンが、ついこの間まで一緒に居たサキュバスや、その前のヴァンパイアなどと同等であったのだ。
その強さはΩと一騎打ちであればどうにかなる程度のものであり、施設の建物に入って『守り』とすれば、いくらΩが大軍勢を寄越したとしてもそう簡単には陥落しない程度でもある。
つまり、敵施設をどうにかした後は、そっくりそのままデュラハンの里に管理をお任せしてしまえば良いということ。
俺達は何も気にすることなく、Ω共が人族の地へ至るのに通過する必要があるこの要衝を押さえたまま先へ進むことが出来るのだ。
「ねぇ勇者様、今夜はここで待たせて貰って、夜中に攻めて来た敵をまとめてやっつけない?」
「そうだな、てかそれ以外にやるべきことが見当たらないからな、というわけでどうだ? デュラハンの里としては俺達がここに残っても迷惑じゃないよな?」
『いえっ! マジで感謝感激ですっ! 私も厩務員として長いですがっ! もう200年前から一緒に居るこの3頭が連れ去られるかと思うと居ても立ってもといった感じでしてっ! ぜひこの場は皆様のお力添えをっ!』
「うむ、じゃあそういうことで決まりだな、だが単に野営するだけじゃダメだ、快適に、いつでも万全の態勢で戦えるよう準備をしないといけない、里で夕食を頂いたら……いや、夕食もこちらに運んで貰おうか……」
その後、予告状の件で報告を受けたらしい里長やその従者などが牧場にやって来て、改めて俺達に敵との戦いに参加することを依頼する。
こちらとしてはもちろんそのつもりだという返事をし、会議兼夕食会を開くためのテーブルセットが牧場に運び込まれ、それから俺達と、そして戦いに参加する里のデュラハン達が休憩することの出来るテントが設置された。
日没までには夕食会の準備が済むらしいとのことなので、それまでは設置して貰った巨大な、遊牧民かと見紛うようなテントの中でくつろいでおく。
もちろんここは3頭の名馬を守るバリケードの中で、外には常にデュラハンの戦士が巡回している状態。
敵が来るまでの間、彼らは常にこの内部を歩き回り、どの方角から攻められても大丈夫なように備えるのだという。
というか首なしで、それを小脇に抱えた人間など夜中に1人で出くわしたらひとたまりもないのだが、その存在が何なのかということを把握出来ていれば特に問題は無いはずだ。
しばらくしてテントから出てみると、ちょうど1人の女性デュラハンが俺達を呼びに来たところであった。
とりあえず腹拵えをして、その後のことはその食事の場で話し合うこととしよう……




