556 環境に優しい戦闘
「え~っと、500匹ぐらい来てますね、ほとんどあのおじいさんタイプだけど、何かちょっと違うのも交じってますよ、どうしますか?」
「おぉっ! Ωがあんなに沢山! しかもゴールドやシルバー以外のものも存在しているだとっ⁉ これは調べなくてはっ!」
「ご主人様、あいつら同じ顔ばっかりでキモいから直接戦いたくないです、ということで私はちょっと別件で集落の方へ……」
「私もパスね、数もそんなじゃないし、あんなのに当てたら魔法が汚れるわ」
「おぃぃぃっ! お前等好き勝手言ってんじゃねぇぇぇっ! まずルビア、お前のせいでこうなったんだからキモいとか言わずに戦え、あとセラ、魔法が腐るって何だよ一体? っと、おいおっさんっ! 戦えないんだから1人で近づいて行くんじゃねぇっ! しかもそこ地雷原だかんねっ!」
敵の集団が迫る中にあっても、それぞれ好き勝手に動き回ってしまう仲間達、と、変な天才技術者。
ルビアに至っては逃げ出した、この事態は自分が原因なのに、その自分だけ1人で一目散である。
ルビアには後でキッチリお仕置きしておくこととして、とにかく迎え撃つ算段を立てなくてはならない。
迫り来るはリリィの目視でシルバー中心のおよそ500であることが判明済み、たいした数ではないがここは敵のホームだ。
そして敵は上空から、そして魔法や炎、水などによる攻撃はほぼほぼ無効、特に炎系は良くない、ボディーに焼きが入ってより頑丈に、錆びにくくなってしまう可能性さえある。
「全員武器を抜いて構えろっ! 飛び道具の類は使わずに、向こうが攻撃しようと降りて来たところをカウンターで叩くんだっ!」
「でもご主人様、その敵の方が飛び道具みたいですよ、何か手の中でニギニギしてます……茶色いの……」
「ウ○コ!? いや犬のウ○コΩじゃねぇかっ! 奴等、とんでもないモノを投げ付ける気だぞっ!」
「退避よっ! 私が水の壁を張るから全力で退避してっ!」
技術者はリリィが、一応は連れて来たのだが戦うことが出来ないコパーはその他大勢で守り、敵シルバー軍団が今まさに投擲しようとしているブツの射程から逃れる、案内係の馬鹿は放っておいたが、どうやら運良く難を逃れたらしい。
しかしあんなモノをまともに喰らったらひとたまりもないな、爆発による肉体的ダメージは軽微であろうが、『ウ○コ直撃』という現象による精神的ダメージは計り知れない、鳥フンに爆撃されるのとは訳が違うのだ。
精霊様が防御のために張った水の壁が、犬のウ○コΩの爆発によって一部飛び散り、その向こう側はウ○コスプラッシュが炸裂する地獄の世界。
どうにか攻撃の第一波はこちらに届くことがなかったのだが、迸るウ○コを目の当たりにした以上、それを喰らうことがどういう結果を招くことなのかは理解出来る、もちろん誰にでも、浮世離れした思考を持つ技術者にもだ。
「クソッ! こんなことなら最初から施設を破壊して埋めてしまえば良かったな、ジェシカの案がベストだったかも知れないぜ」
「まぁ今更そんなことを言っても遅いな、私を尊敬するのは後にして、今はこの場を切り抜ける方法を考えなくてはならない、私を崇め奉る前になっ!」
「調子に乗るんじゃねぇっ! このっ、このっ!」
「ひぃぃぃっ! こんな所でパンツの中にてを入れないでくれっ!」
ジェシカめは後でルビアと並べてお仕置きだ、もちろんそれは後にして、今はこの場を切り抜ける方法を考えなくてはならない、馬鹿を痛い目に遭わせる前になっ!
攻撃の第一波が止んだことにより、前に飛び出したカレンとマーサは既に高く跳び上がり、下の方に居るΩをチマチマと撃墜し始めている。
だがそれでは効率が悪く、そもそも反撃に気付いた敵が高度を上げ始めれば、いつか2人のジャンプ力でも届かなくなるはず。
もちろん精霊様が飛べばいくらでも届くし、スピードでも余裕で上回るのだが、ここで防御の要を攻撃に出してしまうわけにはいかない、そんなことをすればすぐにウ○コ塗れにされてしまう。
親玉を潰すにしても、おそらくそれは、この軍団の指揮官に設定されているΩはここには出ておらず、安全な施設の中で高笑いをかましているに違いない。
となるとやはりチマチマ戦っていく以外に方法は……いや、ドラゴンの姿を取ったリリィがセラを乗せて飛び立とうとしているではないか、セラの魔法は効果がないはずなのだが、何か策があるというのか?
「おいセラ、一体何を企んでいるんだ? もしかして風の壁で敵を地面に押し付けるとかか?」
「いいえ、それだとすぐに風を読まれてしまうわ、壁でも何でも、空気抵抗を極限まで削って突き抜けてくるはずよ、だからえっと、カレンちゃん、ちょっと来てっ!」
「あ、は~いっ!」
敵を1体ずつ倒すハイジャンプを繰り返していたカレン、マーサはまだまだ届くのだが、それよりも少し劣るカレンのジャンプ力はもう限界、攻撃回避のため高度を上げ始めた敵に到達し辛くなり、ミスが多くなってきていた。
そのカレンと一緒にリリィの背中に乗ったセラは、そのままΩ軍団のさらに上へ向かうよう指示を出す。
第二波の準備として、まさかの懐から犬のウ○コΩを取り出すシルバー中心の敵軍団、その真横を通過するようにしてリリィが空へ舞い上がる。
ちょうどΩの直上を捉えた3人、ここから何を……セラの奴、カレンを落としやがった。
落下するカレン、もちろんΩの軍勢の濃い部分を一直線に突き抜けながら、そして武器を振り回しながら。
カレンの通過した位置に滞空していたΩが、見事に粉微塵の残骸となって落下していく。
それはパラパラと地面まで落ち、シュタッと着地したカレンの周りを彩る紙吹雪の様相を呈する。
リリィはそのまま高度を下げ、お土産に数体のΩを尻尾で破壊しながら、着地したカレンを再び拾い、反転してまた空を目指す。
なるほどこれならチマチマ跳ぶよりも効率が良いな、一度の降下で5体程度のΩを撃破することが出来るのだ。
そこからは繰り返し、敵の攻撃タイミングを避けながら上昇と降下を繰り返す3人、地面に溜まったΩの残骸は、見えている敵軍のおよそ1割程度にまで増えた。
……だがこれでは時間が掛かる、そしていくら何でもリリィの負担が大きく、もはや最初の一撃と比べるとその動きに精彩を欠いているのは明らか、限界が近い証拠である。
『もっ……もう無理ですっ! 疲れたしお腹も減ったぁぁぁっ!』
「ごめんねリリィちゃん、じゃあ最後にもう一度カレンちゃんを降下させて、それで戻るわよっ!」
『はーいっ! ラストアタックGO!』
「GOですっ! きっとこの後にはご褒美のお肉が待っているはずっ!」
最後の一撃では7体のΩを討伐し、ついでに戻るリリィが2体、それで激アツの確変タイムは終了となった。
敵はさらに警戒し、かなりの高さから犬のウ○コΩを投げ付けるスタイルに変化、もはやマーサのジャンプでも届くことはない高度だ。
このままではジリ貧、リリィが回復するのを待ってもう一度同じ攻撃を仕掛けるか? いや、リリィは疲れだけでなく空腹にも見舞われている状態、もう『お肉』を注入しないと体力とやる気が戻ることはない。
「ダメそうだな、こうなったら一度撤退するから、セラと精霊様で敵の足を止めてくれ、距離を取って、ついでに施設からも離れれば追って来ない可能性が高いからな」
「ええ、じゃあ……と、ルビアちゃんが戻って来たけどどうする?」
「ルビアの奴、非常にタイミングが悪いな、逃げた分も含めてお仕置きを100倍にしてやらないとだ……しかも何か持ってないか?」
1人で逃げ出したはずのルビアが走ってこちらに戻っている、そして両手一杯に抱えているのは……切って洗ってリサイクルに回す寸前の牛乳パックのようだ……
「ただいま~っ! ちょうど良い所でこれを運搬していた集落の人に会いまして、お陰で戻らずに済みました、はいご主人様、牛乳パックをどうぞ」
「おいルビア、逃げ出したと思ったら戻って来て、唐突に牛乳パックとは何だ? どういうつもりで、何を意図して行動しているのかまるで理解出来ないぞ」
「え~っと、最初の段階で敵が『犬のウ○コΩ』だということがわかっていましたから、すぐに牛乳パックを取りに行ったんですよ、ほら、これをこう折って、こっちも折って……出来たっ! なんと牛乳パックがスコップになりましたっ!」
「いやいや、だから何だ、それでどうするつもりだよ?」
「見ていて下さい、例えばあの降り注ぐ犬のウ○コを……はっ! ナイスキャッチ! そしてこれを投げ返すっ!」
『むっ! 犬のウ○コΩが戻って……ギャァァァッ!』
ルビアの作戦は大当たりであった、南の大陸での『打ち返し作戦』に次ぐ快挙である。
投げ返されたブツの直撃を受けた敵Ωは、周りの数体を巻き込んで爆発を起こす。
牛乳集落で大量に生じ、当然のようにリサイクルに回される牛乳パック。
それをスコップにすることによって、犬のウ○コΩを安全かつ清潔に鹵獲、こちらの兵器として使用することが出来るのだ。
「おいっ、これはいけるぞっ! どういうわけか『牛乳パックスコップ』で回収したブツは爆発しないみたいだからな、ガンガンキャッチして投げ返すんだっ!」
「しかもこの作戦、非常にエコですっ! 牛乳パックの正しい再利用方法として王都で広めましょうっ!」
『うぇ~いっ!』
そこからはもう速攻でカタが着いた、ルビアの持ち込んだ大量の牛乳パックを折り畳み、それで飛んで来る犬のウ○コΩをキャッチ、投げ返して敵にぶつけていくことにより、Ω軍団はその数をガンガン減らしていった。
戦闘が進むに連れて、次第に敵が投擲するブツの数が少なくなってきたのだが、そこは元からある地雷原の、地面に撒き散らされているブツで代用していく。
途中、マリエルが手を滑らせてブツの入った牛乳パックが横へ飛び、直撃を喰らった俺が30m以上吹き飛ばされるという事故も発生したが、その後は大きなトラブルもなく、最終的にはこちらによる一方的な攻撃で戦いの幕が引かれる。
地面に散らばったΩの残骸、ほとんど片付き、犬のウ○コがほぼほぼ存在しない美しい状態に戻った草原。
敵は負けを悟り、次の軍団を出そうとはしない、このままではまた敗北することが確実と判断したのであろう。
もっとも、こちらの保有している牛乳パックは残り僅か、今もう一度Ω軍団の襲撃を受けたとしたら、それを再調達するまでの間こちらの反撃が止むことは必至。
敵が攻め時を見失ってくれて本当に良かった、だがその分、草原の向こうに見える施設ではシャッターが閉まったり防御壁が地面から生えたり、露骨に防御体制を整え始めている。
「ありゃ~、これはもう侵入出来そうにないわね、どうする勇者様、一度戻ってまた来る? それともこのまま破壊の限りを尽くす?」
「う~む、Ω軍団への対抗策はあるんだし、ここは一度帰還して敵の警戒が緩むのを待とう、明日の朝は馬車で、打ち返し用の金属バットとブツ対策の牛乳パックを大量に持ち込もう」
「そうね、じゃあ帰って、今のうちにスコップを大量生産しておきましょ、もちろんやるのは……」
「はい、ごめんなさいでした~っ」
活躍をしつつも今回の事態を招いた張本人であるルビア、罰として牛乳パックスコップの作成を一手に担わせるということで全員の合意が得られた。
ついでに調子に乗ったジェシカと、途中で誤って俺を吹き飛ばすというフレンドリーファイアを引き起こしたマリエルにも材料を集めに行くなどの刑務作業を課すこととしよう。
まぁ、とにかくサッサと集落へ戻るべきだな、今からならちょうど昼食の時間に帰還出来そうだ。
既に何人かが腹を空かせているようだが、ここから歩けばちょうど良い塩梅で食前の運動になるな……
※※※
集落の宿泊所に戻った俺達は、係りの人が用意してくれた昼食を頂き、当然そこで出た牛乳のパックも綺麗に洗って回収しておいた。
公会堂の近くには『リサイクル品集積所』があるとのことで、許可を取ってそれを回収する、もちろんそれはマリエルとジェシカの仕事だ。
それぞれがリヤカーを牽いて戻り、とりあえずスコップの材料は大量に確保することが出来たところで、もう今日は特に外へ出ることもないということで、ひとまず風呂を沸かして戦闘で付いた汚れを落としておく……
「ふぅ~っ、あれだけの量があれば明日1日、というか1週間ぐらいブツを投げてくるΩと戦えるな」
「勇者様、牛乳パックを取りに行ったついでに金属バットも確保しておきましたよ、明日の朝には係の方が30本持って来るとのことです」
「そうか、じゃああとはスコップを折るだけだな、なぁルビア」
「はいぃぃぃっ! でも夕飯の後で良いですか? あと悪いことをした分のお仕置きも先に頂きたいです」
「よかろう、じゃあ夕食後、ルビアは鞭打ちの刑、それからマリエルとジェシカもお尻ペンペンの刑だ、それで良いな?」
『は~い』
最後にコパーとダイヤを綺麗に洗ってやって風呂から上がり、しばらくまったりした後に夕食が運ばれて来た。
今日も今日とて乳製品尽くし、ちなみに給仕係はキャシーが務め、配膳を終えて一緒に食事を取る感じである。
夕食の席ではキャシーから、敵の施設の様子がどうであったのかという内容の質問を受けた。
これはキャシーではなく集落の上層部の人間が気になっていることを代理で聞いているのであろう。
とりあえずキャシーにはアレが俺達と敵対する組織の所有する組織であることが確認されたこと、そして食事中につきブツの話は出来なかったのだが、とにかく施設の周囲にはまだ『地雷』が残っている可能性があるため、集落の人間は絶対に近付かないようにとの忠告をしておく。
まぁ、徒歩ではかなり遠いのだし、皆不気味だと思っているような施設に近付く者はごく少数、というかあの案内係の偵察野郎ぐらいのものか。
「では明日にはあの施設も片付きそう、そう伝えても構わないでしょうか?」
「うむ、確証は持てないが出来る限りのことはするつもりです、最悪施設の建物だけでもどうにかして、集落の人々が安心して暮らせる地域づくりを心掛け、異世界勇者としての責務を果たして伝説へ……」
「勇者様、ちょっと妄想が飛躍しすぎよ、とにかく建物内への突入は明日ね、どのぐらいの数の敵がいるのかにもよるけど、あれだけ大きいとなかなか骨が折れそうだわ」
骨付き肉の骨をバキッとへし折りながらそう言うセラ、ちなみに獲れたて捌きたて、生でもギリギリいけそうな感じの鹿肉だ、刺身は塩で、焼いたものは大鍋で煮えるチーズ風の乳製品に、豪快にディップして口に運んでいる。
で、話を戻すと敵の数、おそらくこれが一定の数で固定されるということはない、というか逓増しているはずだ。
敵は西から飛来し、人族の町や村をを攻めたり、そこへ潜入したりする分だけが東へ向けて飛び去るスタイル。
当然今日の攻撃を受けてそれを改め、受け入れるだけ受け入れてそこに止め、戦力を増強させているに違いない。
つまり、施設の完全な破壊までに時間を要すれば要するほど、敵の数がとんでもないことになり、いずれは対処不能な状況に陥ってしまうということである。
明日だ、明日のうちに確実な勝利を得ておきたい、あの建物の中に居るであろうΩの指揮官をブチ壊し、ついでに居るのかどうかはわからないが、それをさらに指揮する『ブルー系』の魔族か何か、それも発見次第殺害するのだ。
しばらくして食事会兼本日の活動報告は終わり、片付けを終えたキャシーは自分の家へと戻って行った。
そこからはルビアによる、鞭で打たれながらのスコップ大量生産の時間である……
「ほらルビアちゃん! もっと素早く丁寧に作りなさいっ! お仕置きの鞭よっ!」
「あぅぅぅっ! き……効くぅぅぅっ!」
「効いてんならサッサと動け、精霊様、あと500発ぐらい打ち込んでやってくれ、俺はこっちの2人を成敗しておく、マリエル! ジェシカ! ちょっとこっち来いっ!」
調子に乗ったりミスをした2人の尻をビシバシと叩き、ついでに縄で縛り上げて天井から吊るしてやる。
特に俺が直接的な被害者となったマリエルには厳しい罰を……それでも大喜びなので意味はなさそうだ。
そんなことをしている間に、およそ1時間は戦闘が継続出来そうな数の『牛乳パックスコップ』が完成した。
山積みになったそれを見れば見るほどに、そのエコさ加減、環境に配慮した感が伝わってくる良いモノだ。
それらを馬車に積み込んでおき、お仕置きしていた2人を許して布団に入る。
すぐに眠りに就いた俺は、翌朝宿泊所入口のドアがノックされる音で目を覚ました。
既に朝食が配布されており、まだ寝ているのはルビアとマーサと……まぁ、いつものメンバーということか。
とにかく朝パン……元々は挟まっていたのであろう肉のソースが絡んだ激ウマのパンを口に詰め込み、出発の準備を済ませる。
本日の案内係も昨日同様、偵察野郎とは思えない髪色の馬鹿であった。
まぁ既に発見されていて、迎え撃とうとしている敵の施設に接近するのだから問題はない。
あとは夜のうちに敵の警戒レベルが多少は下がったことを期待するのみ、すんなり入ることは出来ないとは思うが、それでもシャッターだの防火扉だの、あとアクティブ化された大量のトラップだのはごめんだ。
とにかくそれらに足止めされぬよう、そして可能な限り大規模な戦闘を避ける方針で施設内部へと駒を進めたい。
しばらくして技術者も合流し、馬車で草原を走って敵の施設を目指す。
昨日よりも早く到着した地雷原の手前、そこから様子を見るとシャッター、いや建物の扉さえも開いているではないか。
これはチャンスか、一瞬だけそう思ったのだが、この世界はそんなに甘くないことに気付くまで時間は掛からなかった。
耳の良いカレンとマーサが、何やら東側より地響きが接近していると主張し始めたのである。
これは間違いなく何かが、しかも集団で来る、昨日に引き続き、初球から大規模な戦闘の予感だ……




