554 本来の役割
「ただいま~っ、おうミラ、ちょっと客を招いてしまった、構わんよな」
「あら勇者様おかえりなさい、お客さんとは珍しいですね、しかも男の人なんて……すぐに片付けとか何とかしますんで、ちょっと外で待っていて貰って下さい」
「おう、その辺りは良い感じに頼んだ」
「じゃあ5分でどうにかします、アイリスちゃ~んっ! 大変なことになりましたよ~っ!」
『あ、は~い、すぐに行きます~』
屋敷の裏から聞こえるアイリスの気の抜けたような返答、俺以外は女の子ばかりであり、特に来客等は、特にお子様王子以外の野郎が来ることなど滅多にない屋敷の中には、それはもう見られたくないような光景が広がっている状態だ。
山積みになったエッチな本、パンツ一丁どころか素っ裸で床に転がるルビア、洗濯物も食べ終わった食器も、菓子の袋さえもそのままになっていることが多い、地獄のような空間である。
それに今日は久方ぶりの帰還で、中に居る全員が全員気が緩んでいるという、もはや現から離れてどこかへ、勇者パーティーだけの亜空間が形成されていてもおかしくはないタイミング。
バタバタと中へ入っていったミラと、それを追うように、しかしのんびりと入っていったアイリスの2人により、すぐに大規模な片付けが……それが5分で終わるはずがない……
『……あのぉ~、ミラさ~ん、こうなったらコパーの子を使うしかないような~』
『そうよね、もうそれしかないわ、きっとどうにかしてくれるはずっ!』
「おや? すみません、どうにも今『コパー』という言葉が聞こえたのですが、それはもしかしてΩシリーズの?」
「ああそうだ、確かに敵の指揮官として出現したのはブラッドダイヤモンドΩだったんだが、その前に何やかんやあってな、コパーΩも1体確保して……てかコパーは1体しか、1人しか居ないんだよな……」
「……素晴らしいっ! いやはやブラッドダイヤモンドをこの目で見ることが出来るということにも感動致しましたが、まさか幻とまで言われたモデル、コパーΩまでもここに居るとはっ! 是非私の部下にその検査をっ!」
「お、おう、それも本人が良いって言ったらだがな」
コパーの話にまたしても興奮する技術者の男性、後ろに控える部下の女性2人は完全に置いていかれた格好だ。
どうやらこの男、『珍しい魔導兵器』に反応する習性があるようだな、Ωでなくともゴーレムや、それこそエリナ所有で元大魔将の『暗黒博士』でも良いかも知れない。
とにかく、地下牢から出された話題のコパーの力によって、屋敷の片付けはそこから10分程度で完了した。
さすがはメイドに特化した兵器だ、戦闘力は皆無だが、家事全般に関しては人間に真似出来ない能力を持ち合わせている。
これはアイリスがビビるのも当然だな、こんなモノが一般的に導入されれば、家事使用人やそれと同等の扱いを受ける奴隷などお払い箱、当然その中にアイリス自身が含まれるだろうと予想してしまうはず。
もちろん俺達はアイリスをお払い箱にはしないのだが、転移前の世界でもこういう話は良く聞いた、『AIに代替されて消える職業』であったか、とにかく今アイリスはそれと同じことを危惧し、代替されそうな職業の方々と同じ気持ちで居るに違いない。
「はぁっ、はぁっ……勇者様、方付けが終わりましたのでお客様を中へ」
「うむ、じゃあセラ、マリエル、ちょっと技術者の話を聞くべき者を2階に集めてくれ、アイリスは客人を案内、ミラは……ちょっと休憩したらどうだ?」
「はひっ、そうします……」
珍しく息切れなど起こしているミラ、相当に焦ったのであろう、いつもは丁寧にする片付けも今日は乱雑だ。
ミラのことだから金目のものやエッチな本を捨てたりはしていないであろうが、どこかで何か間違えて余計なものをゴミ扱いしているかも知れない。
俺は一応屋敷の裏のゴミ置き場を確認し、誤ってなのか順当になのか、本来的なゴミと一緒に袋に詰め込まれていた全裸のルビアを救出した。
部屋で転がっていたらまとめて詰め込まれたのだという、ちなみにやったのはミラであることも判明、ちなみに自分が悪いので特に文句はないそうだ。
客人が来るということはこういうことなのか、今度からはいつこういうことがあっても良いよう、日頃から屋敷を清潔に……いや、それはきっと無理だな、無理に違いない。
などと考えながらルビアに服を着せ、フラフラしていた他の仲間も集めて屋敷の2階へと向かった……
※※※
「……と、いうことなのですっ! Ωシリーズはマイクロプラスチックがどうのこうので、これが有毒で何だかんだとっ!」
「なるほど、そう考えるとしっくりきますね、しかしこれは私達悪魔にもない知識ですよ、相当に高度です」
「あのパンフレットに載っていた豪猛と帝猛とかいう兄弟、相当な学識を持っているわね、まさか水の大精霊様たるこの私さえも驚愕させるような内部構成だったなんて……」
「お前等何の話してんだ一体?」
技術者からの説明を受けているのは主に精霊様とエリナである、ユリナとサリナも先程までは聞いていたのだが、もう完全に取り残されている。
もちろん他のメンバー、というか技術者の部下である2人の女性すらも付いて来ていない、知能の高い、そしてそういったことに関しての心得がある3人による異次元のトークが展開されている状態だ。
取り残された俺達は先程の王の間での出来事と同様に、全くやることのない、ただそこに存在しているだけの何かに成り下がってしまった、もはや床の間に飾ってある置物と同等の価値である。
「ねぇ勇者様、もうあっちの話は任せてさ、こっちは明日からの行程でも確認しておきましょ、どうせ今回も長旅になるんだし、先に色々と見ておいた方が良いわ」
「おう、そうしようそうしよう、何もしていないってのはちょっとアレだしな」
ということで暇そうにしていた残りのメンバーを集合させ、東方面のマップを元に旅程の確認を始める。
わかってはいたがかなり遠いようだ、前回東に行ったときの目的地である四天王城でさえ、今回行くべき場所と比較するとまだ近い。
あの四天王城は『極東』のはずであったのだが、それより先となるともう未知の領域だ、おそらくこの中では誰も行ったことなどない。
もちろんそうなると何が出現するのかさえわからない、もしかすると俺達より強いような『雑魚モンスター』の類が出現するかも知れないし、単体では弱くとも、舐めていると大集結して襲ってくるような、RPGだと相当に厄介なタイプの敵に遭遇する可能性すらある。
だからといってこのまま行くのをやめるなどという選択肢が浮上したりはしないのだが、それでも何か情報が……と、マーサが何やらハッとした顔を見せたではないか……
「ねぇねぇ、今回の目的地ってこの辺りなんでしょ? それなら絶対に大丈夫よ、強い敵なんか出ないと思うわ」
「ほう、してその根拠は?」
「だってこっち、ほらもっと東側の島国よ、ここへ私のお兄ちゃんがよく行っているもの、全然戦えないのに1人で行ったりしているし、友達と行くときもそんなに強い人は一緒じゃないわ、でも魔物に襲われたなんて話全然聞かないのよ」
「さらに先の島国へ? マーサの兄ちゃんって確かオタウサの、フルートの城のイベントでチラッと登場したアイツだろ?」
「そう、何だか知らないけどこの島国のこと、『我等キモブタの聖地!』とか呼んでたわね、関わりたくもないけど」
「お前の兄ちゃんはもう『ウサギ』であることすらやめたのかよ……」
何だか知らないし、関わりたくもないのは非常に良くわかる、だが戦闘力皆無である本来のウサギ魔族、その中でもかなりアレな感じなのであろうマーサの兄ですら簡単に行って帰って来られる行程。
それであれば俺達にとって脅威となる『天然の障害』は存在しないはずだ、となると注意すべきは『創られた障害』、即ちΩシリーズやそれを操る敵のみ。
敵の主体であるブルー商会とやらは既にこちらと敵対する気が満々、王都に刺客を放っているがもその証拠だ。
もちろんそれが反勇者団体の生き残り共との契約によるものなのか、それとも自らの意思で俺達を敵とみなしているのかはわからないが、とにかく現時点で既に戦うべき、滅ぼすべき相手であることだけは確かなのである。
その確実に待ち構えているであろう敵を可能な限り回避すべく、少し特殊なルートを選択する方針でどう進むべきかを考え、10分程度で一応の予定が完成した。
もちろん遥か東方面へ行くための街道が非常に少ないということもあるのだが、どうせ道中のトラブルで急遽進路変更が必要になることもあるはずだということで、そこまで深く考えることなくルート選定をした結果だ。
その会議が終わる頃、ちょうど話し込んでいた3人の方も一応のまとまりを見せたようである。
情報の方は基本的に共有出来ない、というか俺達には理解することが不可能な内容ゆえもうどうでも良いのだが、それが終わった以上、こちらも約束を果たしてやらねばならない。
ということで暇そうにしていた部下の女性2人にも声を掛け、技術者本人も伴ってコパーと、それからダイヤが居る地下牢へと降りた……
※※※
「……ちょ、ちょっと待って欲しい、まだ降りて来ないでくれ、というか2人を連れて2階へ戻ろう、ここじゃダメだ」
「あら、ここで何かをするというのでしたら私はお邪魔でしょうね、でしたらこちらが別の場所に行くのがベストな選択肢ではないでしょうか?」
「誰がお前みたいなのに騙されるかよっ! こっちはこっちでどうにかするからお前はそこで大人しくしておけっ!」
「は~い、では脱獄は次の機会……じゃなかった、別にそんなことは考えていませんよ、オホホホッ」
「クソッ、このヴァンパイアはもう完全に更生出来ないぞ」
地下に降りた俺の目に飛び込んできたのはズラッと並ぶ牢屋……の中のひとつ、最後に捕らえた魔王軍四天王のヴァンパイア、カーミラが入った房であった。
どうしてそれが目立ったのか、理由は簡単、カーミラはちょうどここの管理をお願いしてあるシルビアさんによって『調教』されている最中であったようで、何らかの理由で全裸のまま、あり得ない格好で縛られて吊るされていたのだ。
とてもではないがこの状況の場所に客人を招き入れることなど出来ない、たとえそれが少し離れた場所に居るコパーとダイヤに用があるだけであったとしても、全裸拷問中のおかしなヴァンパイアの姿が見えないわけではないのだから。
仕方がないので逆にコパーとダイヤを連れ出し、もう一度2階の大部屋へと戻る。
そこで2人に説明を済ませ、あまり酷い扱いをしないということで色々と調べることに関してOKを貰った。
「え~っと、ではせっかく部下が2人居りますので、1体に1人付いて、かなり詳細な部分まで調べていくこととしましょう」
「じゃあ2人共、もし何かされて嫌だと思ったら黙って手を挙げるんだぞ、痛かったりしても同様だ」
『わかりました~』
念のため床に大きな布を敷き、その上にコパーとダイヤを寝かせて『調査』を始める。
まずは元々ダイヤのもので、サイズの合わないコパーに無理矢理捻じ込んで使っていた『プラグイン』からだ。
……と、これは既に無効化されており、もはや魔力が通ることもない、即ち再使用不可なのだという。
どうやらあのガリガリ自爆野郎が出した特殊な魔力に中てられ、重要な部分が破損したとのこと。
これではもう『他のΩを操る』という作戦での戦闘は見込めない、次に集団で来られたらかなり大変そうだな。
「う~ん、コパーさんの方なのですが、少し私が直接触れても良いでしょうか? あ、もちろん頭しか触らないのでご安心を、少し気になることがあるものですから……」
「だってよコパー、お前次第だがどうする?」
「う~ん、まぁ別に頭だけだということでしたら構いませんが、出来れば素手じゃなくて手袋とかして下さい、おっさんに触られることには変わりないので」
「コイツ……なかなか言いよるな」
魔導兵器とはいえ人と同じ、普通の女性と同じ心を持つコパー、もちろん技術者とはいえ、
知らないおっさんにベタベタと触れられるのは不快なことだと感じるのであろう。
コパーの願いは当然に聞き入れられ、技術者は手袋……だけでなくアルコール消毒を入念に済ませ、いよいよ赤茶色の髪が生えた頭に手を掛けた。
しばらくの間つむじの辺りを探る技術者、コパーはくすぐったいのであろう、目をギュッと瞑って耐えている。
そして見つかった何かのボタンのようなもの、それを技術者が押した瞬間、コパーの頭から薄いスクリーンのようなものが、まるで吹き出しの台詞の如く浮かび上がったではないか。
見えてはいるが実体はなく、その吹き出し様の何かには触れることが出来ない。
だがそこには文字が、俺には到底読めないような文字で何かが書かれている。
「出ましたね、これがこの子のステータス、いやスペック表です」
「えっと、あの、ちょっとこれ……どうやったら消えるのでしょうか? もしかしてこのままずっと……」
「大丈夫です、表下部のカウントダウン、あと29分程度ですね、それが経過したら自然に消える仕組みです」
「ホッ……永遠にこんな表示がされたままかと思いました、それはさすがに恥ずかしいので」
「ええ、ちゃんと体重まで表示されていますし、プライバシー的にはかなり拙いものですね」
「えっ!? あっ……見ないでぇぇぇっ!」
どうやらこの世界においても、女子の体重を聞く、見るといったことはタブーのようだ、もちろんそれが魔導兵器であったとしてもということである。
まぁ、もっとも体重計のようなハイテク産業の結晶はこの世界には存在せず、せいぜい農業用の量りがあるぐらいのものだ、昔ながらの分銅を乗せて計量していくタイプであり、精度も極めて低いものだが。
だが、コパーのような『人族以外』で、かつ『超天才』と思しき連中が創り出したモノに関してはその前提条件が当て嵌まらない。
スペック表には当たり前のように正確な体重が表示され、それ以外にもあらゆる個人情報が白日の下に晒されている状態なのである。
そして俺には書かれている字が読めないとはいえ、技術者も、それから魔族連中もそこに何が、どんな表示がなされているのかを把握しているようだ。
コパーはそのまま、恥ずかしさでオーバーヒートを起こし、意識を失ってその場に倒れた。
それでも表示され続けるスペック表、どうやら本人が意識を失っても、時間が来るまで消えることはないらしい……
「えっと、スペック表のここを押すと……ほら、人族の言葉に翻訳されました、これであれば誰でも読むことが出来ますね」
「あぁぁぁっ! もう、もうやめてやってくれっ! いくら魔導兵器でもこれ以上、しかも気を失った状態で辱めることは出来ないっ!」
かわいそうなコパー、隣で女性の部下技術者に弄繰り回されていたダイヤもドン引きしている。
悪いことをしたならともかく、特に理由もなくここまでされるのはさすがにキツいはずだ。
とりあえずスペック表の言語は元に戻させ、少なくとも人族にはその内容がわからないようにしておく。
しかし技術者の奴、こんな表を出して一体何がしたいというのだ? 天才すぎるがゆえデリカシーが欠片もないようだが、これ以上余計なことをしないようしっかり見張っておかなくてはならないな。
その技術者は、再び何がかいてあるのかさえわからなくなったスペック表の記述を、端から丹念に読んでいく。
やがて指でなぞっていたのが止まり、その周囲を何度も何度も行ったり来たり、入念に読み返しているようだ。
「……うん、これだこれだ、やっぱりありましたよ、この子の秘密がっ!」
「コパーの秘密? それって体重とか性癖とかよりも、もっともっとヤバい情報なのか?」
「左様です、ここの記述を……というか読めないのでしたね、まぁそもそもコードになっていて翻訳しても無駄なのですが、とにかく凄いのですよっ!」
「お、おう……で、何が?」
「このコパーΩという個体、なんと『Ωシリーズのクイーン』に進化する可能性を秘めているのですっ!」
『何だってぇぇぇっ!?』
突然の意味不明な情報、そもそもΩのクイーンとは? そして進化とは何なのか?
まるで理解に至らない、とにかく説明不足の情報なのだが、とにかく凄いということだけは確からしいので、ひとまずその場に居た全員で驚愕しておいた。
「えっと、でもちょっと待って、どうしてその『メイド特化型』の子にそんなプログラムが入っているわけ?」
「それは私にもわかりません、ですが一定の『進化措置』を施すことにより、その措置より後に造られたものも含めた全てのΩを、半永久的に支配することが可能になる、ここから読み取ることが出来るのはそれだけです」
「つまり、その進化とやらの方法さえもわからないということね、で、可能性が高いと思う方法は?」
「う~む、そうですね……いえ、こればかりは本当に、Ωを製造している場所まで行って色々と調べて、それでようやく見えてくるようなことではないかと思います」
「なるほどね、つまりはサッサと出発して、これがどういうことなのかを調べる必要があるってことね……上手くいけばこの子、とんでもない戦力になるわよ……」
「ええ、では私は一度帰って旅の支度をして参ります、あ、皆様のご迷惑にならぬよう、少し離れたところを行きますし、敵の襲撃を受けたら見捨てて頂いて構いませんので」
「いやあんたも行くのかよ、って、まぁこの際だししょうがないか、俺達だけで行っても重要な何かを見落としかねないからな」
技術者には出発が翌朝であることを伝え、付いて来るのであれば自分で馬車と、それから従者の類も用意するよう頼んでおいた。
その後は残りの準備を進め、久しぶりに屋敷での夜を過ごす、夜が明けたらすぐに出発だ、目的は東の、遥か遠くの敵地である……




