551 殲滅の立役者は
『はーいっ! 皆さん聞いて下さーいっ! 略奪した金目のものはここは集積、死体などの汚物は向こうのゴミ捨て場へ運んで下さーいっ!』
『ウォォォォッ! 異世界勇者、王国に与する者は殺す! 金目のものは全て奪う!』
『では引き続き頑張って下さいっ!』
『ウォォォォッ! 殺せっ! 奪えっ!』
3体の魔族をサラッと始末した俺達は、ひとまず町の中心部分、ニセモノ組織のニセモノ代表、およびニセモノ幹部達が騙され易い馬鹿共を騙し、破壊と略奪を先導している場所へと向かい、適当に屋根の上に登って身を隠しつつその様子を眺める。
ちなみにそこまでは敵の屋敷にあった馬車を奪ってそれで移動したのだが、途中で逃げ惑う住民、折り重なった夥しい数の死体に遭遇し、敵性組織の聖地と化していたこの町が崩壊していくのがリアルに伝わるのを感じた。
あの屋敷のデブ野朗には『新たなΩ』を呼ばれてしまったのであるが、それが到来するのもおよそ1週間後のこと。
それまで、いやむしろ今日中にはこの町に残る全ての富を簒奪し、全ての馬鹿が有している生命を刈り取ることが出来るはずだ。
「えっと……集積している金目のものはたったのあれだけか? ちょっと少なすぎるような気がするな……」
「しょうがないわよ、先にほとんど集めてあったんだし、あとは他の団体の代表とかがちょろまかして溜め込んでいた分ぐらいだわ」
「そうか、一般のモブキャラの財産はもう俺達が、それ以外の大半はとっくの昔にサキュバスボッタクリバーの売上になったんだもんな」
「そういうことね、まぁどうせここで集まったお金とかはこの町の復興資金に充てるんだし、私達のところに回ってきたりするようなことはないわよ」
屋根の上から身を乗り出した俺とセラの目に映る『宝の山』は、つい先日の新規入会イベントで掻き集めた大金に比べれば微々たるもの。
しかも再び廃墟と化してしまったこの海沿いの町、本来は旧共和国領の首都として栄えていなくてはならないこの町を、今度こそ正常な状態に戻すための資金となるゆえ、鉄貨の1枚たりとも俺達が手を付けるわけにはいかない。
まぁ、今回は既に相当な儲けが出ているのだから、このぐらいの財産がどうなろうともう知ったことではないのだ。
今の俺達にとってもっとも気になるのは別のこと、この破壊と殺戮がいつまで続き、いつになったら本日の業務を終えて帰り、勝利の美酒を堪能することが出来るのかという点である。
馬鹿共に殺された馬鹿共の死体の山はどの程度か……と、それを見ようと屋根の影から身を乗り出したところ、『仲間』の1人、即ち俺達のニセモノ組織にどっぷりとハマッた馬鹿者と目が合ってしまった。
これが初めての顔合わせになる、ここまで全力で隠れ、回避し、本来の敵である俺達の存在がここにはないものとして振舞ってきたのだが、遂にこのまちに『異世界勇者』が居ることを知られるに至ったのである……
『おい見ろっ! アレは、あそこに隠れているのは勇者パーティーだっ!』
『本当だっ! あの顔は間違いなく憎き異世界勇者!』
『やはりこの町の、他の組織の連中は異世界勇者と通謀していたんだなっ!』
『ああ、俺達はこの組織に入って良かったぜ、全部代表の言っていた通りだ!』
『とにかく殺せっ! 異世界勇者をこの場で殺せっ!』
「……いやお前等が死ねよ鬱陶しい、ユリナ、適当に数百匹ぐらい殺ってしまえ」
「はいですのっ! それっ!」
『ぎょぇぇぇっ! ぐぅぇぇぇっ!』
限界まで威力を絞ったユリナの火魔法が、屋根の上に立つ俺を殺害しようと殺到していた『仲間達』の群れに炸裂する。
火が回り、ガンガン焼却されていく『仲間達』、もちろん『真の仲間』であるニセモノの代表者や幹部達には被害が出ないよう調整してあるので安心だ。
『ダメだっ! 今の俺達じゃ勇者パーティーには勝てないっ!』
『ここは逃げる他なさそうだっ! 向こうで、もっと弱い非武装の連中を殺そうっ!』
『ああ、死んでしまった仲間の分も頑張って、いつの日か勇者や王国を……』
「あら、もう逃げ出しましたの、本当に情けない連中ですわね」
「そう言ってやるな、ああいう連中は強い者には弱く、そして自分より弱い者にはとことん強く出るものなんだ、敵わないと察したらケツ捲って逃げ出すに決まっているさ、そしてその分他の場所で弱い連中に力を振りかざすんだ」
「どうひっくり返ってもああいう感じにはなりたくありませんわね……」
ここで死んでしまった『仲間達』はおよそ300程度、もちろんまだストックが数万はあることを考えると、俺が見つかってしまったことによる被害はごく僅か、特に気にならない程度だ。
もちろんその分作戦の進行速度は低下してしまうのだが、それも今の敗北を体験し、より一層やる気を出した『生存している仲間達』の士気が、そして団結力が上がることを考えれば行って来い。
だがとにかくこれ以上は見つかってしまわないように努めよう、俺ばかりが皆に迷惑を掛けている感じになると、そのうちまた白い目で見られたり、セラ辺りに暴行されたりしかねないのだ。
……しかしそうなるとあまりにもやることがないな、むしろもう帰っても、いや帰った方が良いような気さえしてきたではないか。
とはいえそれでは頑張って働いて下さっている元レジスタンスの皆さん、いわゆる『真の仲間』の方々に対して非常に失礼なことをしてしまう。
ゆえに俺達も何らかの業務を、それも『仲間達』に騒がれ、これ以上無駄に数を減らさなくてはならない事態に陥らぬようやっていかなくてはならない、さて、ここはどうするべきか……
「勇者様、どうやら向こうの方、まだ火の手が上がっていないみたいですよ、あそこまでは『仲間達』が到達していないんですねきっと」
「む、良く見つけたな、偉いぞマリエル、本当に周りが見えているというか視野が広いというか……まぁとにかくアレだ、あの場所に降臨してひと暴れしてやろうぜ」
『うぇ~いっ!』
いつものことながら発見力の非常に高いマリエル、今回もその発見に救われ、何もすることがない、タダ隠れているだけの無駄な時間を過ごすことだけは回避出来た。
すぐに立ち上がって屋根伝いに移動し、町の中で唯一であろう、未だに平穏無事な地域を目指す……
※※※
「ぎゃぁぁぁっ! 勇者が出たぞぉぉぉっ!」
「うるせぇな、騒いでないでサッサと死に晒せこのゴミ野朗!」
「ひょんげぇぇぇっ!」
「ふぅっ、これでやっと500匹ぐらい殺したかな」
「勇者様見て下さい、ほら、コイツこんなに持っていましたよっ!」
「おっ、ゴミ野朗の分際で財布に銀貨が入っているなんてな、あり難く頂戴しておけ」
殺し、奪い、破壊する、そしてそれが終わったらまた次を殺す、俺達は町を進みながらルーチンワークを続け、一般のモブである『仲間達』には到底真似出来ない次元の速度で死体の山を築いていった。
向かうところ敵なし、到着からおよそ30分程度の時間しか経っていないのだが、それでももう空白地帯として平和を享受していた地域の住民は大半がこの世を去ったらしい。
と、そこでようやく『仲間達』の一部が俺達の近くまで到着する、また見つかっては敵わない、その前にサッサとお暇させて頂くこととしよう。
すぐに全員、もちろんコパーとダイヤも含めた仲間全員で適当な屋根の上に跳ぶ。
ちなみに俺とルビアだけはジャンプの飛距離が不足していたため、精霊様の助けを借りざるを得なかったのはナイショだ。
で、やって来た『仲間達』はすでに破壊され尽くしている当該地域の惨状に首を傾げていたが、ガチで頭が悪いため2歩か3歩程度歩けばもうその違和感は消え去り、これは自分達の活躍によってそうなったのだと思い込んで歓声を上げ始めた。
「本当に頭の悪い連中ね、今すぐこの場で殺してしまいたいぐらいだわ」
「まぁ待て精霊様、『仲間達』を殺すのはまだ後だ、もう少し活動させて、それから俺達も『真の仲間』の方々も避難して、それからΩ軍団を自爆させる感じでまとめて始末するんだ」
「まぁ、その方が楽といえば楽よね」
「そういうことだ、もちろん生き残ったしぶといのは各個撃破する必要があるけどな」
「あ、それは私に殺らせてちょうだい、ストレス発散のために『落ち仲間達狩り』をやってみたいのよ、逃げ惑っているのを後ろからジワジワ追い詰めて殺すの」
「おう、何でも良いから好きにしてくれ、食事中にグロい死体を持って来て、自慢げに見せつけたりしない限りは何をしても構わんぞ」
「猫じゃあるまいしそんなことしないわよ……」
ということで仲間達の始末はコパー率いるΩ軍団の自爆に、残ったモノの掃討には精霊様が当たることで合意した。
そろそろ時間的にも頃合か、もう少し待ったらニセモノの代表者とコンタクトを取って、適当な理由を付して死ぬべきでない者を全員退避させよう。
そして当然であるが、待避の際には町の中に女の子や無関係の子どもなどが残っていないことを入念に確認する。
反勇者、反王国に無関係な属性の方々はあらかじめ避難しているため、今のところ発見の報告はないが、もしかしたら逃げ遅れ、隠れているというようなことがあるやも知れないためだ。
今回の作戦は非常に規模の大きなものだが、犠牲になるべきでない者が犠牲になることがないよう、十分な配慮がなされているのである。
それが、それこそが俺達のような正義の味方による正義の執行、即ち今この町で物言わぬ死体となっているゴミ共は、その正義に敗北した敵、完全な悪ということ。
このような連中はどんな扱いをしようとも、そしてどんなに惨たらしい殺し方をしようとも一向に構わない。
ただ俺達が正義で、その俺達に敗れて死にゆく者が悪であるという事実があれば正当性は保たれるのだ。
と、そんなことを考えている間に、ニセモノの代表者を含む『真の仲間』ご一行が、向こうからやって来て俺達に手を振る。
どうやら作戦はほぼ終了ということのようだ、『仲間達』が周囲に居ないのを確認して屋根から降り、『真の仲間』との合流を果たす……
「いや~、今日で完全にこの町の富を搾り取ることに成功しましたよ、騙された連中以外はほぼほぼ地獄に落ちたみたいですし、そろそろ切り上げて後片付けをしませんか?」
「そうですね、もう十分に儲けましたし、連中に対する仕返しもまた十分だと思います、じゃあ俺達は避難して、最後にド派手な花火をブチかましてフィナーレとしましょうか」
「ええ、では我々が逃げ遅れの善良な人々が居ないかの最終チェックをして回りますから、勇者パーティーの皆さんは先に海岸へ戻っていて下さい」
「わかりました、では最後まで気を抜かぬようお願いします」
ということで面倒事を引き受けてくれた元レジスタンスの皆様方に感謝の意を述べ、俺達は一足先に海岸の、こちらも片付けが進むサキュバスの店へと戻る。
来た時と同様にその辺で奪った馬車を使ったのだが、積み上げられた死体の数は倍増、そして生存し、襲ってくるような敵には一度たりとも遭遇することなく町を抜けることが出来たのであった……
※※※
「ただいま~っ、ふむ、片付けはほとんど終わったみたいだな」
「おかえりなさい、でもちょっと終わってない部分もあるわよ、でも皆頑張ったから、お仕置きするのは私だけにしてちょうだい」
「よかろう、あと自縄自縛している馬鹿共と、敵に負けそうになって自爆を敢行しようとしていた馬鹿魔道兵器の2人にもお仕置きしないとだ、まぁでもそれは後だな」
サキュバスの店に到着した俺達は、そこかしこから煙の上がる街を眺めつつ、元レジスタンスの皆様方が確認作業を終えて戻るのを待った。
それからおよそ2時間後、そろそろ日が陰り始めたなという時間帯になって、町の方からゾロゾロとこちらに向かう群衆、手を振っているのはニセモノ組織のニセモノ代表の方だ。
その集団と合流し、念のため再び点呼を取って全員居るかを確認する。
結局救出されたのはその辺の野良犬が2匹だけであったようだが、それも助けるべき命であることには変わりない。
「さてと、馬鹿共はもう町の中央に集合しているんですよね?」
「ええ、生き残っている者は全て広場に押し込んであります、日暮れと同時に大規模な花火イベントがあると言っておきましたからその場を離れることはないでしょうね」
「花火イベントですか、まぁ嘘は言っていませんからね、もちろん全員死ぬイベントであることを伝えていないのは少し申し訳ないですが」
「ハッハッハ、それもそうですね、ですがサプライズということで勘弁して頂けることでしょう」
「ええ、そうでしょうそうでしょう、では早速、おいコパー、出番が来たぞ、コパー? どうしたコパー……」
「えっと、それが……その……どういうわけかΩシリーズの指揮権が剥奪されてしまったようで、つい先程からプラグインが作動していないんですよ……」
「え? マジかよ、原因は……それがわかれば苦労しないよな……」
突然のトラブル、ダイヤから奪ってコパーに無理やり捻じ込んでいたΩ軍団の指揮官となるためのプラグイン、それが動作していないとはどういうことだ?
もしかして本来の所有者と違うところで動かしたのが悪かったのか? 普通に合わなくて壊れたか、何らかのセキュリティが発動して魔力で自壊したか。
どちらにしてもこのままでは『フィナーレ』が台無しだ、どうにかしてド派手な最後を演出し、この殲滅作戦を印象に残るものにしてやらなくてはならない。
「困ったな、ちょっと見せてみろってわけにもいかないし、精霊様でも直すのは無理だろうしな、こういうときにエリナの奴が居ないのは痛いぜ」
「申し訳ありません、せっかくのイベントを台無しにしてしまったようで……」
「いやこればっかりは仕方ない、だがこのまま何もせずに終わりってことにはならないからな、ユリナ、すまんが町を丸ごと焼き払えるか? 可能な限り派手に、かつここに被害が及ばないようにだ」
「かなり難しいですが、どうにか防御すればやれないことはないですわ、ただ町そのものが完全に更地になるのと、熱でしばらくは近づくことすら叶いませんわよ」
「そうか、だが背に腹は変えられないと言うしな、早速実行に……何だろう、変な音がしないか?」
「ご主人様、それなら結構前からしていますよ、向こうから何かが飛んで来るみたいです」
「向こうから、何かが?」
カレンが指差したのは東の空であるが、特にこれといった変化は目視出来ない。
おそらくはかなり遠くから、凄まじい音を立てて何かが飛んで来ているのであろう。
もちろんそれが何なのかは現時点では皆目見当もつかないのだが、今起こっている『コパーのΩ軍団管理権限剥奪』という事案と何か関連があるかも知れない。
というか、およそ1週間後に新たなΩ軍団がやって来るという、連中の本社工場があるともいう東から、超高速の物体が飛来している時点でもう、今回の件に何ら関係がないという可能性はゼロである。
一体何がここへ向かっているのか、誰もがそう思いながら東の空を眺めていると、しばらくして一番視力の良いリリィが遂にその姿を目で捉えた。
「……何だかめっちゃ細い人が飛んでます、Ω……なのかもですけど、とにかく細いです、あと超速いです」
「良くわからん奴だな、コパー、その細いΩに心当たりはあるか?」
「細いΩでしょうか……申し訳ありません、私は見たことも聞いたこともありませんね……」
「そうか、じゃあダイヤはどうだ?」
「細い……細いΩ……あっ、もしかして超高速飛行特化の最新モデル、『スマートスリムスレンダーΩ』、通称『3SΩ』じゃないでしょうか?」
「……いや何だよそれは、名前からして作った奴の頭がアレなのは十分にわかるんだが、肝心の内容が全く見えてこない、速く飛んだからって良いことあるのか?」
「はい、おそらくは高速で町の上空へ侵入して、そこで自爆することが目的かと……」
結論から言うとダイヤの予想は正しかった、そのやり取りからすぐ後に飛来した、ガリガリボディのΩは砂浜でそれを眺める俺達に構うことなく、一直線に街の上空、それも馬鹿共が居る町の中央へと接近して行く。
するとどういうわけか、コパーから指揮権が奪われたシルバーを始めとするΩ軍団が上空に、まるでそのガリガリΩを迎え入れるかのように飛び上がる。
上空の1ヵ所に集結したΩ軍団とガリガリが交錯するその瞬間、カッとまばゆい光が発せられた。
とっさに反応した精霊様が限界まで分厚くした水の壁を、さらにその行動に反応したセラも最大規模の風防を張る。
衝撃波と共に舞い上がった土埃や瓦礫が、その2枚の壁に勢い良くぶつかり、辛うじて突き抜けることなく地面に落下していく。
その無機物の嵐が収まったところで、ようやく開けた視界に映ったのは完全な更地。
Ω軍団とガリガリΩが共に自爆をかまし、その場にあった全てと共にこの世から姿を消したのだ。
「……おいおい、とんでもないのが現れたじゃねぇか、まぁ町の方はド派手に片付いたから良かったけどさ」
「きっと町の中には私達、つまり敵も居ると思ったのね、あの規模の爆発をまともに喰らったらヤバかったわよ、私たちはともかく、『真の仲間』の人達はアウトだったわ」
「間違いねぇ、しかしアレ、やっぱ遥か東の本社工場とやらから来たんだよな、こりゃ野放しには出来ないぞ……」
思いの外強い力を持ったΩの襲来、およそ1週間後には本体が来るはずなのだが、目的地をここまで『無』にしてしまってからでは来る意味がない、つまりは来ないかも知れない。
念のため、元レジスタンスの皆様方にはしばらくの間はつい先程まで海沿いの町があった場所に近づかないようにと忠告しておく。
さて、この次は西へ、ヨエー村の状況を見に行こうと思っていたのだが、どうやらそんなわけにもいかないようだ。
間違いなく、当初の目的とは逆の、遥か東の地を目指さなくてはならない……




