547 プラグイン
「なっ……何じゃありゃぁぁぁっ!」
「1……2……3……えっと、沢山ですっ!」
「ちょっと、ゴチャゴチャしていて凄く気持ち悪いわよっ!」
空を埋め尽くすのはイナゴの群れ、ではなくシルバーΩの大軍である。
いや、見たところそれ以外のものも混じっているようだが、編隊の大半はシルバーで構成されているようだ。
そしてその数は異常、無限ではないかと思える程度には多く、俺達が見ている先頭部分はそろそろ頭上に到達しそうだが、最後尾はまだ見えてすらいない。
海と空の境目から続々と湧き出すΩの群れを、俺達はただただ眺めているしかなかった。
先制攻撃? そんなものが頭に浮かんでくるような、正常で冷静な判断など出来ようはずもない。
もちろん俺達もそんな状況ではあるのだが、遅れて出て来たコパーに関してはもう絶望、万事休すといった顔をしている、本当に表情豊かなΩである。
「うぅぅっ、もう、もう何もかもお終いです、私達はこのままシルバー軍団に蹂躙されて、あとはパーツ取りのジャンク品として格安で販売されて……」
「おいコパー、お前がしっかりしないでどうするんだっ! 今ここで奴等に関してのまともな情報を持っているのはお前だけなんだぞっ! だから落ち着いて何か教えろっ!」
「ふぇぇっ、怒らないで下さいよ~っ、それで、何かとは何を教えれば良いんですか?」
「う~ん、例えばほら、あのちょっと違うのとか、色が変なのとかガタイが良いのとか、敵の中にシルバー以外のもかなり混じってんだろ? そういうのに関しての情報を頼む」
サキュバスの店の上空に到達し、そのまま後続を待つようにして旋回飛行を始めたΩ軍団。
徐々に空が見えなくなり、まるで分厚い雲に覆われたかのように辺りが暗くなる。
その敵の一部を指差し、取り乱しているコパーを落ち着かせる意味も含めて情報集めを始めた……
「え~っと、う~んと、敵軍団のメインは『量産型シルバーΩ』です、オリジナルのものよりは若干力が劣りますが、それでも見たところ完全武装で、しかも耐火と防水はもちろん、滅菌コーティングも初期装備なんです」
「そうか、で、シルバーの中にも髪がない奴が居るみたいなんだが?」
「ホントだっ! まさかアレが完成していたなんて、髪がないのは飛行時の空気抵抗を極限まで抑えた新型、『シルバーΩ TYPE=HAGE』ですっ!」
「うむ、単なるハゲのようだな、それで、あっちのゴリラみたいなのは何だ?」
「アレは近接戦闘専用のパワー系兵器、『オメガ=OMEGA=Ω』ですっ!」
「うむ、単なるゴリラのようだな、もう良いや、ろくでもないのばっかりみたいだし……」
それ以外にもボディーが透き通って中身が丸見えの『スケルトンΩ』、脂でテッカテカの『オイリーΩ』など、かなりいい加減なスペックのΩが見受けられる。
しかし本当にシルバーを始めとしたジジィ型、それとおっさん型ばかりだ、コパーのような女の子タイプはまるで見当たらない。
まぁそもそもコパーは戦闘タイプではないのだが、それでも改造などによって同型機であったとしても戦闘に参加することが出来るぐらいのパワーを持たせることが可能ではないのか?
「なぁコパー、もし、本当にもし万が一なんだが、敵軍の中にお前の同型機が居たらさ、攻撃して良い?」
「ご安心下さい、私、というかコパーΩですね、実は全然人気がなかったので売れたのは私1体だけなんですよ、もちろんオーダーメイドなので量産されていたりはしません、だからここに私が居る限り、同型機と戦闘になるようなことはないと断言しておきましょう」
「へぇ~、そうなんだな、そんな悲しい事実を自信満々で言ってのけるなんて、何だかちょっとかわいそうになってきたぞ」
「そ……それは何というか……あまり気にしないタイプなものですから、私は私、人気がなくても戦うことが出来なくても、今この場で必要とされているだけで大満足です、とは言ってもここで全てが終わりになりそうですが……」
前向きな感じかと思いきや卑屈な言葉を吐くコパー、どうも俺達の真の強さがわかっていないようだが、その真の強さをもってしてもかなりの苦戦を強いられるであろう今回のΩ殲滅戦。
耐火ということでリリィやユリナの攻撃は無効になりそうだし、防水機能があるのなら精霊様の攻撃にも期待出来ない、残るはセラの魔法だが……空気抵抗がどうのこうののハゲタイプには風魔法も無効になりそうな予感である。
そうしている間にもどんどん集結するΩ、ボッタクリバーの真上の空が覆い尽くされ、完全に真っ暗になるかと思ったそのとき、編隊の中心がまるで渦でも巻くかのようにザァーッと開いた。
まるで台風の目、綺麗な青空が見えたそのスポットではあったが、雲ひとつないその空にはたった2つだけ異物が紛れ込んでいる。
鎧に身を包んだ強そうなΩと、パンツスーツ姿の女性タイプΩ、野郎らしき方は鎧のせいで顔も見えないしそもそも興味がないのだが、女性タイプは長い赤髪、スレンダーにして巨乳、ビシッと背筋を伸ばした真面目な秘書タイプだ。
「ちなみにコパー、奴等は何だ?」
「……鎧の方はきっと指揮官、特殊タイプの『フルカウルドΩ ジェネラルエディション』、最新式で最強のΩです、限りなく人に近づけるため、普通に食事をしてウ○コまでするとか……」
「全くろくでもない機能ばかり搭載しやがって、で、肝心の女の子タイプは?」
「あちらも最新式で私、つまりコパーΩの上位互換、『ブラッドダイヤモンドΩ』です、演算能力も私より上で戦闘も出来て、あと表情の豊かさも当社比10倍、さらに『指揮官』としての機能を追加することが出来るとのことです」
「指揮官としての機能を追加……ってことはそれはオプションなのか? まぁおそらくこの感じだとキッチリ搭載しているんだろうがな」
「ええ、専用の『プラグイン』を挿入することによって機能を搭載することが可能な、いわゆる後付けタイプですね、そのプラグイン端末さえ奪えば私にも無理矢理に登載することが出来るかも知れませんが……」
「……もうわけがわからんなお前等」
だがコパーの今の発言にはヒントがありそうだ、敵の大軍勢を指揮するのは一見してジェネラルのようだが、基本的にああいうタイプは戦闘が得意なだけで賢くない。
ではこの場で敵のΩそれぞれに指示を出す、実質的な指揮官となっているのはどいつか?それは間違いなく『プラグイン』とやらで機能を載せたブラッドダイヤモンドΩなのである。
そして大体の仲間はそのことに気付いているらしい、つまりこれから始まるのはあり得ない量のオメガをチマチマと潰していく殲滅戦ではなく、あの秘書官に搭載されたプラグインを抜き取り、コパーに埋め込むという作戦。
この場で最も脅威なのはあの鎧野郎ではなく敵のモブキャラなのだ、そのコントロールさえ奪ってしまえば、鎧野郎がどれだけ強かろうが何ら問題はない。
「よしっ、じゃあ狙いはあの女型Ω1体のみだ、もちろん露払いついでにシルバーを撃墜したりしても良いがな」
「でも勇者様、その『プラグイン』ってのはどうやって保持しているのかしら? 壊さないと取り出せないような場所じゃないと良いんだけど……」
「それもそうだな、捕まえて色々と調べている余裕はないだろうし、おいコパー、奴のプラグインはどこに搭載されているのかわかるか?」
「え~っと、基本的には私と同タイプなので……お尻に刺さっていますね、ですので先程私にしたように、カンチョーッ! とかやるとプラグインが壊れてしまいます、注意して下さい」
「……それ、ビジュアル的に取り出すのキツくないか?」
「はい、最低でもモザイクは必要ですね、あと奪ったプラグインを私のお尻に詰め込む作業も出来ればモザイクを使用して頂けると幸いです」
「おう、そうでもしないと規制に引っ掛かって削除されるからな、神々によってこの世界ごと抹消されかねない行いだぞそれは」
とんでもない方法で搭載、いや挿入されていることが判明したプラグイン。
もちろん対象は抜き去る方も詰め込む方も人ではないため、別に汚いとかそういうことは一切ない。
だがそんなことをするのが正しいことなのかどうかという点に関してはイマイチ掴めてこないのである。
手元にある『マシン』を『改造』するだけ、つまりは正常な行為なのだが、ビジュアル的にはマジでどうかと思う。
だがそれが、現状それのみがこのピンチを切り抜ける可能性を秘めた具体的な行動なのだ。
ここは文句など言わず、上空の秘書官の尻から引っこ抜いたプラグインを、恥ずかしい発言をしたばかりでモジモジしているコパーの尻に突き刺すしかない。
幸いにも上空のΩ共は台風の目を形成したまま、後続がある程度近くまで到達した後、まずは鎧野郎が何やらスピーチしてから一斉に襲い掛かる、そういう感じの始まりを目論んでいるのであろう。
いつの間にやら遠くの空には水平線が見えている、Ωの群れの最後尾はもうここから2kmもないような近くを飛んでいる。
しばらく待てば戦闘開始だ、鎧野郎ではなく秘書官を見据え、万全の態勢のまま待機した……
※※※
そこからおよそ3分後、遂に全てのΩがサキュバスボッタクリバーの上空へと到達、渦を巻くように飛行を続けるその大編隊に組み込まれた。
いよいよ始まる戦い、だがやはりその前に口上を述べる馬鹿が居るようだ、鎧野郎が少し高度を下げ、両手を広げるようなジェスチャーを取る……
『聞けっ! 我が配下のΩよっ!』
『・・・・・・・・・・』
『き……聞いているのかな?』
『……うるせぇーっ! 黙れこのウ○コ垂れ野郎!』
『そうだっ! 誰が貴様の配下なんだよこのウジ虫がっ!』
『てめぇは帰って人族用の便所で気張っときなっ!』
『はいはいっ! お静かに願いますっ! こんなんでも一応はこの大軍団を任せられたお飾……提督なのですよっ! 少し話を聞いてあげて下さいっ!』
『うん、まぁブラッドダイヤモンドさんがそう言うなら……』
『さすがはブラッドダイヤモンドさんだ、わしらのアイドル!』
『ブラッドダイヤモンドさん今日も素敵だよっ! それに引き換えそっちの鎧野郎は、頭のネジ半分以上飛んでんじゃねぇのか?』
どうやら鎧野郎の方はまるで信頼されていないらしい、実質的な指揮官どころか表も裏も、全てにおいてあの秘書官がこの大編隊のリーダーらしい。
まぁ『プラグイン』の力でそうしている部分もあるのだとは思うが、ゴテゴテした趣味の悪い鎧を着込んだ頭の悪そうなおっさん声の馬鹿魔導兵器と、激カワでしかも真面目で清楚な感じの秘書官と、どちらに付き従うべきなのかは一目瞭然。
もし俺がΩでも、きっと上空にてブラッドダイヤモンドさんを称賛しているはずだ。
それほどまでに両者の視覚的評価には差があるということ、これは致し方ないことである。
『え、その、あの~……それでは仕切り直して、我が配下のΩよっ! 敵を討てっ!』
『・・・・・・・・・・』
『はい皆さん、突撃して下さいっ!』
『うぉぉぉっ! わしが一番乗りじゃぁぁぁっ!』
「来たぞっ! セラ、精霊様、すまないが敵の詳細がわかるまで防御に徹してくれ、リリィもブレスじゃなくて尻尾でも振り回して戦うんだ、あとルビア、コッソリ帰ろうとしてんじゃねぇっ!」
「わ、わたしはちょっと皆の分のドリンクを取りに……あ、いやぁぁぁっ!」
最初の犠牲者はルビア、上空からまるでミサイルのように飛んで来る量産型シルバーは、地面に突き刺さると同時に大爆発を起こす仕様らしい。
その爆発に巻き込まれたルビアは跳ね上がり、ボッタクリバーの屋根に頭から突き刺さってしまった。
足がピクピクしているが大丈夫ではあるようだ、調子に乗ってサボろうとするからそうなるという良い教訓になったに違いない。
で、既に何人かのサキュバスがそれに気付いて外に出て、屋根の修理代その他諸々の請求書をまとめている。
ちなみに俺は払わないつもりだ、今回は完全にルビアの単独犯、唯一無二、他に類を見ない程度には悪いのだから。
ただ敵の攻撃の威力がある程度判明したこと、そして自爆してしまう量産型シルバーは一度しか攻撃出来ないことなどが良くわかる一撃であった、それを身をもって確かめたルビアには感謝しなくてはならない。
だが次から次へと、ほぼ無限の勢いで突っ込んで来るシルバーに、未だ動かず上空で、鎧野郎ではなく秘書官を守るようにして滞空している他のタイプ。
その全てがこのように木っ端微塵になるまでには相当な時間を要する、このまま回避し続けたとして、このペースで敵の攻撃が続いたとして、おそらく残弾がゼロになるのは明日の夜か明後日の朝。
そんなところまでは俺達の体力が持たない、ヒョイヒョイッと回避することが出来、比較的爆発の威力も弱いのだが、例えば反復横跳びを丸1日以上続けろというのが無理であるように、これを最後まで回避し続けるのは確実に無理だ。
「おいセラ、ここからどうするよ、このままだとジリ貧だぜ」
「う~ん、私の風防も精霊様の水の壁も突き破って突っ込んで来ているのよね、とてもじゃないけど事前には止められないわ」
「でもちょっと待って、良く考えたら奴等の爆発タイミングは『地面直撃の瞬間』じゃない気がするわ」
「どういうことだ精霊様?」
「だって、ぶつかってすぐに爆発するなら私の水壁で爆発しちゃうはずよ、それにほら、地面に刺さった後一呼吸置いて爆発してるのもある」
「ということは予め爆発のタイミングはセットされていて、そこから突撃して、みたいな感じってことだな」
「そうよ、だからどうにかして爆発の前に……ルビアちゃんが良いモノを持って来たわね……」
精霊様の見た方向を俺とセラも見る、そこにはルビアと、それからアンジュとペロちゃんが何かを抱えて……金属バットのようだ、しかもカレンぐらいのサイズでも使える『子ども用』まで用意されているではないか。
「はいは~い、強力金属バット、1本金貨5枚で~っす」
「高いわ、そんなもんポケットティッシュみたいに無料で配布しやがれっ! てかどうしてお前等がこんなもん持ってんだよ、野球でもしていたのか?」
「馬鹿ね、私達は審判で、反王国組織同士の草野球試合をやり始めた、いややらせ始めたの、あ、審判により多くの賄賂を渡した方が圧倒的に有利となるタイプの試合ね、それで週に金貨500枚ぐらい稼いでいるのよ」
「とんでもない商売してんな……まぁとにかく今はそれを貸せっ!」
「はい、まいどあり~っ」
「買ってねぇからなっ! 調子乗ってっと張り倒すぞオラァァッッ!」
サキュバス2人、そして便乗して金銭を要求してきたお馬鹿ルビアにそれぞれ拳骨をお見舞いし、バットを受け取って全員に配布する、もちろんリリィも人の姿を取って参加だ。
上空から突っ込んで来るシルバーに対し、少し角度を付けた構えで打ち返す。
頭から来るのでなかなか打ち返し易い、頭部がメコッと凹みつつも、心地良い金属音を立てながら跳ね返るシルバー、うむ、飛距離も上々だな。
そして逆に飛んで行ったシルバーは、ちょうど敵の滞空している辺りで爆発を起こす。
やはり時限式であったということか、しかもかなりジャストなタイミングで爆発してくれている。
敵の中で爆発するシルバーは誘爆を起こし、1体打ち返す毎に5体から10体程度は始末することが出来るようだ。
しかも誘爆だけでなく、直撃によって敵を破壊するという現象も発生している、これならかなり楽だし、もしかしたら殲滅までいけるかも知れない。
「えぇぇぇぃっ! あら、なかなか良い角度ね」
『ひょんげぇぇぇっ! どぶふぉっ……』
「……って、大当たりよっ! 敵の親玉をやっつけちゃったっ!」
「でかしたぞマーサ、これで敵もバラバラに……」
『皆さんっ! 指揮官大破につき私が代行を務めますっ! このまま攻めて下さいっ!』
『うぉぉぉっ! これでやっとブラッドダイヤモンドさんのために戦えるぜぇぇぇっ!』
『ブラッドダイヤモンドさんマジ天使!』
『わしゃブラッドダイヤモンドさんのためならスクラップになっても構わぬぞっ!』
「……あれ、何だか逆効果だったみたいだな」
「逆にやる気出しちゃったわね、親玉をやっつけても悪い方向に進んだりするものなのね」
「まぁ、今回が特殊なだけだから気に病まなくてもいいだろうよ、とにかくバッティングを続けるぞ、それとそろそろ本命を捕まえる作戦も考えないとだ、このゲームに飽きた者からそっちに移行する感じでいこう」
その後、さらに球速……ではなく突進スピードを上げ、難易度が高まったバッティングゲームをしばらくの間こなしていく、非常に良い運動だ。
大嫌いな指揮官が壊れ、大好きな秘書官が指揮官にクラスアップしたことにより、敵のやる気はそれまでの倍以上。
もう突進の最初、動き出しの段階で既に音速の壁を超えるエフェクトが生じているが、まぁその程度であれば打ち返すのは容易い。
ということで時折角度をミスしつつも、とにかく敵の数を減らしていった。
中央で元秘書官の現指揮官を守るΩの塊、通称Ωボールも徐々に剥がれ、小さくなっていく。
そろそろ頃合か、そう思ったところで精霊様がゲームに飽き、最後にバットを投げ付けて敵を30体程度破壊する。
同時に飽き性のリリィも、次いで疲れてしまったサリナもバットを投げ、バッティングの終了を宣言した。
これで4人か、後の皆は面白いから、またはダイエットなどの目的でゲームを続行しているゆえ、メインの作戦はこのメンバーででの出動になりそうだ。
敵の数もそこそこ減ってきたようだし、取り囲まれてボコボコにされてしまうようなこともないはず。
一旦4人で後ろに下がって作戦会議をしておけばより一層成功の可能性は高まるであろう。
ターゲットは中央で守られている1体、傷付けぬよう、そして可能であれば完全な形で『プラグイン』を確保し、コパーの方に挿入……というかインストールしてやるのだ……




