546 連れて帰って
「え~っと、なぁユリナ、これもう一度起動させるためにはどうすれば良いんだ? また乳首か? 乳首なのか? ん?」
「待って下さいですの、え~っと起動させるには……今度は乳首を抓んで3秒間引っ張るそうですわ、マジギレしてビンタしてきたら起動成功だそうですの」
「うわビンタされんのかよ、かなり物騒じゃないかそれ? まぁでもその前に縛り上げておけば余裕だな、おいルビア、ちょっと頼む」
「あ、は~いっ」
Ω2体の元雇用主の屋敷でコパーを停止させ、バラバラの状態であったシルバーの首と共に持ち出し、屋敷の方は丸ごと焼却した俺達は、拠点としているサキュバスの店に戻ってコパーの再起動を試みていた。
サキュバスの店は海岸沿いにあるのだが、夜の街の騒がしさ、とりわけ俺達が例の屋敷を焼却した際の炎によって延焼が起き、大火災となって夜空を照らすその熱に焼かれる住民の断末魔がやかましい。
そんな中でルビアが椅子に縛り上げたコパーの乳首を抓む、ギュッとそれを引っ張って待機すると、完全に眠った状態であった顔がカッと赤くなり、次の瞬間には目を見開く。
直後、ガタンッと椅子から立ち上がろうと、そして俺にビンタをお見舞いしようとするコパーであったが、残念ながら体を縛っている縄を引き千切るような力は持ち合わせておらず、ただただこちらを睨み付けたのみに終わる。
数秒すると顔の赤みも引き、落ち着きを取り戻したのはさすがであるが、それでも囚われの身となっている今の状況を察すると、どういう機能によってそうなったのかは知らないがとにかく青ざめたのであった。
「私を捕まえてどうしようというのですか? 言っておきますが拷問しても何も出ませんから、いえ、圧迫されれば中身とかは出るには出ますが、有力な情報がはみ出たりはしないはずですよ」
「いやいや、別にお前をプレス機にかけてどうこうしようってわけじゃないんだ、単に破壊してしまうのが申し訳なくて連れて来ただけであってだな、俺達の作戦、つまりこの地域の反勇者や反王国といったクズ共の集まりが消滅するまで捕まったままでいて欲しいんだ、言いたいことがわかるか?」
「つまり私をどこか暗くてジメジメしたところに監禁して、ちょっと錆びてきて動けなくなったところにあんなイタズラやこんなイタズラをしようというのですね、この変態! 外道! 人でなし……は私もでした……」
「良いからちょっと落ち着けよ、なぁ、ほら、セクハラはちょっとにするから」
「ちょっとはするつもりなんですね、しかし暴れていても仕方がないと判断しました、というかより悪い結果を招きそうです、ここは言われた通りに致しましょう」
縛られたまま椅子をガッタンガッタンと揺らしていたコパーであったが、ようやく『計算』が終わったらしく、自分のためだということで大人しくなった。
ここからは色々と質問をしていくことが出来そうだ、シルバーの完全な始末方法、現存しているその他のΩシリーズに関して、スリーサイズ含むコパーの構造など。
そして何よりも必要な情報は、一体全体このΩシリーズ、誰が、どんな組織が創り出したのかということ。
これはどう考えても人族の技術で成し得ない、乳首をどうこうすると動いたり止まったりする魔道兵器など到底実現出来ないシロモノなのだ。
それが今、俺たちの目の前に現存し、これまでの作戦の邪魔をされ、風呂を覗かれたのだ。
砦の人間も王都に居る中枢も、そしてコパーを導入していた敵でさえも、それに何ら違和感を感じず、当たり前のようにこの超技術の産物を受け入れてしまっている。
俺から言わせればそんなものは異常、フィクションの世界で『未来から来たロボット』を当然の如く家族の一員として受け入れてしまっているのとほぼ同じことをこの世界の人間、人族はしているのだから……
「それで、この子何を食べるのかしら? やっぱり油とか飲んだり……」
「おうセラ、もう大丈夫なのか? パンツはキッチリ洗ったか?」
「ええ、おかげさまで完全復活よ、パンツは外に干しておいたわ、闇夜に乗じて盗まれないと良いんだけど」
「うむ、あまりにも貧相……小さいから子供用と間違えた変態ロリコン野郎がてをだすかもへびょっ!」
「黙りなさいっ! で、どうなの? 油を飲むならあげるわよ」
「いえ、私は通常の人族にかなり寄せてあるタイプですので油ではなくお酒で動きます、ちなみにめっちゃ弱いのと酔って暴れたりすることがあったりするのですが、それはもう『人間らしい振る舞い』ということで咎めないで頂けると幸いです」
「それエネルギー源としてどうなわけ……」
人型魔導兵器はまさかの酒乱、まぁ実際にどの程度のことになるのかは酔わせてみないとわからないのだが、特に強くはないタイプゆえ危険はないはずだ。
しかし逃走されたり、先程のように攻撃を回避されたりというリスクは解消されていないため、念のため椅子に縛ったまま、サキュバスの店で一番度数の高い酒を飲ませてみる……
「んぐっっ、んぐっ……ぷっはぁ~っ! これですよこれっ! まるで生き返ったかのようです、いえ、普通に生きていたことなどこれまでにありませんが、なんちゃって、ギャハハハッ!」
「一瞬でキャラが変わったな、セラ、面白そうだからもっと飲ませてみようぜ、樽ごと持って来い樽ごと」
「合点、お~いっ、アンジュちゃ~ん、この強いお酒を樽で10個お願いするわ」
「完全に致死量、てか余裕のオーバーキルなんだけど……まぁ良いわ、オーダー入りまーっす!」
『うぇ~いっ!』
店の奥から運ばれて来た酒樽、それを目にしたコパーの顔は綻び、直後には早く寄越せと暴れだす。
樽を開けてキツいアルコールの匂いがする中身を柄杓で掬って口に付けてやると、それをグイグイと飲み干した。
次も、その次も、そして樽が空になるまで繰り返し繰り返し飲ませ、なくなったところで次の樽へ……結局酒樽10個分の酒を飲み干してしまったではないか、もはや『自分の容積』を軽く上回る飲酒量だ。
そして事前の予告通り、とんでもなく酔った状態のコパーは椅子に座ったままグラグラと揺れ、人間で言えば酩酊状態を表す動きを取っている。
そのうちひっくり返ってしまいそうだが、それよりも問題なのはいつになったら元に戻るのかだ。
色々と聞きたいことがあるのでサッサとして欲しいのだが、やはり飲ませて遊ぶのは後にするべきであったか。
と、そのベロベロ状態のまま、コパーは無理矢理に椅子から立ち上がろうとする。
縛られているのでそれは叶わないのだが、それでも幾度となく試み、さらに表情まで必死になってきた……
「おいどうした? 申し訳ないが立ち上がるのは許可出来ないぞ、そこで大人しくしておけ」
「へやぁ~っ、ほろほろはいすひしなひとひけなひんでふよ~っ、だはらひょっとほとにほれぇ~っ」
「いやもう何言ってんのかわからんぞこの馬鹿、おい精霊様、ちょっとコイツの言葉を人間語に翻訳してくれ」
「え~っと、そろそろ排水しないといけないからちょっと外に出してくれみたいなことを言っているわね」
「凄いな、マジで翻訳出来たのか」
「あんたがやれって言ったんでしょうが……」
謎の超スキルで酔っ払い語から人語への翻訳をやってのけた精霊様、さすがは人を超越した、むしろ神に近い存在たる水の大精霊様だ、俺達のような地を這う虫けらとは頭の構造が違うらしい。
で、そこで翻訳されて出てきたワードである『排水』とは何のことなのであろうか?
酒を飲んで排水、排水といえば……いや、ここで想定されるのはまさかの事態、それ以外にはあり得ないではないか……
「うぅーっ、もうがはんでひない、もうらめぇーっ!」
「あぁぁぁっ! こんな所で漏らすんじゃねぇぇぇっ!」
頭の中で答えに辿り着いたのとほぼ同時、タイムリミットを迎えたコパーは惨劇を巻き起こした。
椅子の下に撒き散らされる大量の水、ビッタビタになった床と、それからコパーの着ているメイド服。
おそらくはアルコールをどうのこうのしてエネルギーを抽出し、余った水だけを『排水』する機構が内部に搭載されているのであろう。
だが少々やりすぎではないか、シルバーにしても珍を失って日常生活に困難な部分が出るような話をしていたし、『人間に近付ける』というのにも限度があるのでは? そう思ってしまいたくなるほどのシロモノだ。
で、高性能翻訳機……ではなく精霊様が、今度は高性能検査装置にジョブチェンジして調べた結果、コパーのおもらしは微妙にアルコールが含まれてはいるものの、基本的に単なる水だということがわかった。
つまりこのおもらしは全く汚くない、『綺麗なおもらし』ということだ。
そのままにしておくのもかわいそうということで、すぐに店から雑巾を借りて拭いてやる。
……いや、ビッタビタになってしまったメイド服、それから人間と同様に着用しているはずのパンツはどのように処理すれば良いのか、ただ水で濡れただけだから脱がせば良いのだが、それはそれで困ったこと。
この魔導兵器、あまりにも人間すぎるのだ、もちろん実際には違うのだが、酔って寝ているところを無理矢理脱がせるのにはかなりの抵抗を覚えるビジュアルなのである。
「おい、ちょっとだれか着替えを手伝ってやってくれ、もう酒でバグッて強制シャットダウンしたみたいだし、縄を解いても大丈夫だろうからな」
「じゃあ私がやるわ、おもらししちゃったのは人事とは思えないし……」
「ならセラに頼んだ、あ、それと敵の屋敷でやってしまった分のお仕置きがまだだったな、明日の朝にはこのおもらしアンドロイドと一緒に尻を引っ叩いてやる、覚悟しておけよ」
「クッ、朝までオアズケなんてなかなかキツいお仕置きね、でも楽しみにしておくわ」
「・・・・・・・・・・」
お仕置き宣告の効果が全く得られないセラは、ミラに手伝わせてコパーをサキュバスボッタクリバー従業員専用の風呂場へと運んだ。
ちょうど良いので俺達もその後で風呂に入り、今日のところは活動を終了することに決めた。
念のためシルバーの首を箱に入れて厳重に鍵をし、その他諸々のやるべきことを終えて風呂に入る。
その後はリリィが寝てしまったこともあり、全員で寝室にしている大部屋へと戻り、すぐさま布団にダイブしたのであった……
※※※
「おはようございます、おはようございます、おはようございます、おはようございます、おはようございます」
「ん? おい誰だよ朝っぱらからやかましいのは?」
「おはようございます、おはようございます、おはようございます、おはようございます、おはようございます……」
「あぁぁぁっ! クソうるせぇんだよこのボケがぁぁぁっ! って、コパーか、正常に戻ったのか?」
「ええ、昨夜は大変なご迷惑をお掛けしたようで、それと介抱されていたということは破壊されるようなこともないであろうとの判断から、今後一切抵抗はしない、従順なメイドとしてお仕えすることを内部的に決定致しました、今日からは『あなたのコパー』です、よろしくお願い致します」
「何勝手に決めてんだよそんな重要事項を……」
コパーのような可愛いメイドさんが居てくれるのは非常に助かるのだが、そうなるとアイリス……今現在後ろから不安そうにこちらを見ているアイリスの立場が脆いものとなってしまう。
最初からメイドさんとして創り出されたコパーの家事スキルは人間のそれよりもはるかに上なはずだし、料理スキルも双であるに違いない。
ゆえにコパーの『仕える発言』を認諾するわけにはいかないのだ、ここは男らしくビシッと拒否……クソ、三つ指突いて土下座しているコパーのメイド服、その首の隙間からおっぱいがチラリしているではないか……
「はいはいそこまでよ、ほら勇者様、アイリスちゃんが不安になっているじゃないの、こっちの人外メイドさんは回収するわね」
「あ~れ~っ、敵に襲われています、使用者はメイドを守らなくてはなりませんよ、というか助けて下さい」
「いや、何らご奉仕をしない間に救助要請かよ、お前のようなメイドは不要だ、これからは憂さ晴らし専用のサンドバッグとして……というかお前、痛みとか感じるのか?」
「もちろんそこは人間に寄せてありますから、叩かれれば痛いですし、鞭で打たれれば大喜びです」
「早速歪んでんな、まぁ良いや、昨日の夜は酔っておもらししやがって、尻を引っ叩いてやるからそこに四つん這いになれっ!」
「へへーっ!」
「おいっ、セラもだっ!」
「待ってましたっ!」
「アイリスはどうする?」
「わ……私も~」
単なるドMであるセラ、立場上かなり不安で構って欲しいだけのアイリスはともかく、メイド服のスカートを捲って出てきたコパーの尻は人間そのもの。
触ると非常に柔らかく、ピシャンッと引っ叩いてやると普通に赤くなるし、普通に痛そうなリアクションを取る。
面白いのでコパーばかりビシバシと叩いていたところ、どういうわけかお仕置きされている側のセラに怒られてしまった……
「さてと、ほら、もう起き上がって良いぞ、しかし本当にリアルだな……」
「ありがとうございました、ごしゅ……ご主人様とお呼びしても差し支えありませんでしょうか?」
「ダメに決まってんだろ、調子に乗っているとカンチョーするぞっ!」
「はうっ! も、もう入って……」
メイド志望の馬鹿魔導兵器にカンチョーを喰らわせ、尻をしまわせて正座させる。
ここからは色々と質問をしていく時間だ、まずΩシリーズはどこの誰によって造られたのかだ。
ちなみに、正座したまま質問に答えるコパーの眼差しは真剣そのものであり、特に嘘を言っているような様子はない。
というかそもそも嘘を付く機能など搭載されているようには見えない程度には正直者である。
そのコパーが俺の放ったクリティカルな質問に答えるべく、騒いだせいで起きてきた皆の注目を集めるその場で語り始める……
「……え~っと、私を含むΩシリーズなのですが、当然といえば当然のことと言いますか、人族によって創り出されたモノではありません」
「やはりか、で、その『創造者』は何者だ? 神か魔族か、それともここに居るおかしな精霊の類か?」
「わかりません、わかりませんがひとつだけ情報を提供することが可能です、私達を販売しているのは『ブルー商会』、そして製造は『ブルー工業』、開発は『ブルーラボ』というところです、全てグループ会社で、かなり大規模な事業を展開しているところですので調べればすぐにわかるかと思います」
「ブルーね……ブルーか……何だか引っ掛かる部分があるんだが、とにかくその商会だの工業だのは人族のものではないということだな?」
「ええ、もちろん販売したり、シルバーの換装パーツを製造したりしているのは雇われた人族です、ですが取締役を始めとした上層部、そして何よりも『ブルー財閥』のトップ、持株会社の大会長に君臨するブルーという人物は人でなし……まぁ中身はまともだそうですが、確実に人ではないとのことです」
ブルーという人物、ここで初めて聞いた名前ではあるが、それでもどこかで耳にしたことがあるようなないような、何とも不思議な感覚に陥ってしまった。
まぁ、それがどういう奴であるのかはそのうちわかってくることだ、今はそのブルーによって創り出されたΩシリーズ、そしてあの死んだ馬鹿だけでなくそれを導入しているであろう他の敵対組織への対応を考えるべきだ。
ブルーのことは頭に留める程度にしておき、ここからはもう少し質問を変えた方が良さそうだな……
「いむ。人でなしのブルーね、名前を覚えておくことにするよ、いつかは対峙するときが来るだろうしな」
「いえ、いつかではなく直近だと思います、なぜならばブルー財閥は最近、反勇者系の団体と『無期限サポート』の契約を結んだそうで、これはそこに首だけあるシルバーを無制限に使用出来る内容であるとのことです」
「シルバーを無制限に? それは一体……」
「ですから、シルバー、というかそれと同じ性能のモノですね、それを使い放題、やりたい放題になる契約です、正直言ってヤバいです、逃げることをお勧め致しますよ」
「マジかよ……それは相当に気持ちの悪いことになりそうなんだが……」
逃げるべきだというコパーの忠告、それは新たに仕えたくなった俺達の身を案じ、本心から出た言葉なのであろう。
表情は真剣そのもの、そしてこれから起こる事態を危惧する気持ちが滲み出ている。
だがこちらとしてはその忠告に従うわけにはいかない、敵がどんなモノであっても戦わなくてはならないのだ。
そう考え、それをコパーに伝えようとしたところで異変が起きた……
「……何だか外がうるさいような気がするな、カレン、何が起こっているのかわかるか?」
「地響き……じゃなくて空気が震えている感じです、何でかはわかりませんが」
「そうか、ちょっと外の様子を……ってコパー、どうしたんだそんな処刑直前みたいな顔して……」
「もう手遅れだったようです、この建物の中にあるシルバーの首、それに反応した同型のシルバーがこちらへ向かっている音です、そしてあの飛行音は1体や2体ではありません」
人間の女の子よろしく、恐怖で震えながら驚愕の事実を口にするコパー、1体や2体ではない? となるとそれは……シルバーの群れがこちらへ向かっているということか。
そう思った直後、部屋の扉が勢い良く、バタンッと開いた。
入って来たのはアンジュとペロちゃん、そしてナナシーのサキュバス3人娘である。
アンジュとペロちゃんは明らかに何かが起こった際の表情、ナナシーは無表情だがそれは元々、まぁ何が起こったのか、3人が何を伝えに来たのかは容易に想像することが可能だ……
「たっ、大変よっ! 外に、空に、何か変なおじいさんが大編隊でっ!」
焦りながらも口を開いたアンジュ、そして出た言葉は想像通りのもの。
いや、大編隊とは一体何なのだ? 1体や2体ではなくもっと多数なのは聞いたとおりのはずだが。
これは大変な、そして少々キツい戦いになりそうだな、とりあえず武装して、まずは外へ出てみよう……




