543 そういうタイプの
「オラァァァッ! 会場整理係様のお通りだぁぁぁっ!」
「みなさ~んっ、道を開けて下さ~いっ、さもないと殺しますよ~っ!」
『殺しますよ~っ!』
俺達の立ち上げた偽反勇者組織の大入会式会場にて、突如大声を上げ、周囲の金づ……同志を殺害したのは執事のジジィ、昨夜侵入した敵の自宅で俺に殺されたはずのジジィであった。
そういえば帰り、ジジィの死体は階段から消えていた、それはあの状況においては異常なことだ。
だが目的を達し、財貨まで入手した俺達にとっては、そんなモブキャラの死体がどこでどうなったのかなど些細なこと。
何も確認せず、そのまま普通に敵の屋敷を出たのだが、まさかあのジジィが蘇生して復讐に来るとは……違う、あのときジジィは死んでおらず、気合で心停止までして『死んだフリ』を決め込んでいたに違いない。
会場整理の警備員に化けて群衆を掻き分け、今もっとも注目を集めているジジィを囲むサークルの中を目指す。
退けと言っても退かない奴は本当に殺してしまいたいのだが、ここでまた騒ぎを起こすとそれこそカオスだ、ここはグッと我慢しよう。
もちろん人混みに乗じて仲間達に痴漢を働こうという者が居れば直ちに殺害するが、全員変装し、幻術まで使って『屈強な野郎警備員』に見せかけている時点でその可能性は低いはず。
ということで必死に、いつもなら人間を吹き飛ばしてまっすぐ進むところを、殺さぬよう丁寧に進んだ結果として、現着までには予想を遥かに上回る時間を要してしまったのであった。
既にジジィは何かを大声で喚き散らしている、そして現在のところはその言葉に対してヤジを飛ばし、批判するような者が大半だが、徐々に耳を傾け始めた馬鹿が出てきている状況のようだ。
これは早めに止めないと拙い、このままでは完全に流れが変わってしまう。
しかしジジィは一体何の話をしているのだ? 昨夜の恨み言? 告発? とにかく話を聞いてみよう……
『……良いですか皆さんっ! 私は昨日勤め先に押し入った賊によって殺害されてしまったのですっ!』
『じゃあ何で生きてるんだよっ!』
『そうだっ! 成仏しやがれこのクソジジィめがっ!』
『落ち着いて下さいっ! 私は蘇った、復讐のために、そう、このイベントを開催している団体の黒幕、それこそが昨夜私の勤め先に押し入った賊なのですっ!』
『嘘ばっかり付いてんじゃねぇっ!』
『いや、ちょっと話を聞いてみたくなったぞ……』
『陰謀だっ! これは陰謀の臭いがするぞっ!』
これはどうも悠長に話など聞いている暇ではなさそうだ、群衆の興味がジジィの話に、それもあからさまな真実の話に傾きかけているではないか。
そこで危険、というかせっかくの計画が破綻してしまう未来を察知したのは俺だけではなく、精霊様とユリナ、サリナ、ジェシカであった。
並んで進んでいた中から5人で一斉に、一気に飛び出し、演説を続けるジジィの前に立ちはだかる……いや、もちろん勇者パーティーとしてではなく、この会場を守る警備員としての行動だ……
「はいはいそこの年老いたお客さんっ! そんな所で調子に乗って迷惑行為をしているとブチこ……退場して頂きますよっ!」
「……おぬし、警備員のようじゃが……昨夜わしの心臓を一突きにして破壊した賊に似ておるな、いや違ったのならすまないが、どことなく、そう……滅ぶべき異世界勇者にも似ておる」
「馬鹿なことを仰る、俺はこの会場の警備員筆頭、イベント参加者の安全と笑顔を守る伝説の戦士だっ! 断じて賊などではないっ!」
「ほう、『異世界勇者に酷似』の方は否定せんのかね? この地域で勇者に似ているなど、言われるだけで不名誉なこと、それに対して何も言わぬは異常、おぬし、そもそもこの地域の者ではないな?」
「それはだな、そう、え~っと、アレだっ! ほらっ、お前を排除するっ!」
「答えになっておらぬの……皆さんっ! 今のを見ましたでしょうかっ? このイベントはどこかがおかしいっ! こんな得体の知れぬ男が警備員筆頭? とても大勢を集めて行う巨大集会とは思えません! しかも本日、この砂浜では私の勤め先のイベントが開催される予定でしたっ! それ以外にも2つ、だがそのいずれもがっ! 代表者は昨夜押し入った賊の手に掛かり死亡、準備が終わっていた会場も何者かに破壊されたのですっ! その状況でこの組織がっ! 突如として大規模な催しを……」
痛い指摘をしてこちらの動きを、そして言葉を封じたうえで、今度は長々と演説を始めるジジィ。
完全に弁えている、これはもう言い争いで勝利することは不可能であろう。
そしてそれはメンバーの中で最も賢さの高い精霊様であっても、その他知性派のメンバーであっても同じこと。
このジジィにこちらの行動、つまり昨夜の件が知られ、そしてその犯人であることが確実視されているのだ。
そう易々と言い逃れが出来ない程度には証拠を集めてきているはずだし、こんな目立つ場所で、タイミングを見計らって事を起こしたということは、今回の件での勝利、いや集まった群衆を陪審員とする裁判の勝訴には絶大の自信を持っているに違いない。
かといってここで実力行使に出れば、少なからず俺達に対して疑念を抱く連中が出てくる。
もちろん脳の容量がミジンコ以下の馬鹿共はまたすぐに騙され、戻って来るであろうが、メインターゲットと位置付けられた比較的金のある中間層、それに関してはそう上手くいかない可能性が高い。
そういう連中から金を巻き上げることが出来なくなる、そしてその金がこれまで通り、鬱陶しい敵の組織に流入してしまう、これは作戦そのものの失敗に直結する痛手となろう。
どうにかして大暴れせず、いや、暴れてもこちらの正当性が保たれる感じでこの場を流すことが出来ないか……と、ようやく後ろから他のメンバーがやって来た、そしてその中からルビアが前に出る……
「すみません、迷惑なので帰って下さい」
「何を言うかっ! というかおぬし、どうして男の恰好なのにそんなにおっぱい感が出ているのかね?」
「すみません、迷惑なので帰って下さい」
「じゃからっ! いや、もうおっぱいの話は良い、申し訳ないが私はここにお集まりの皆様方に真実を伝えるという責務がありましての、ゆえに……」
「すみません、迷惑なので帰って下さい」
「ぐぬぬぬっ! 先程から同じことばかり言いおって、私のは……」
「すみません、迷惑なので帰って下さい」
「いやっ! こちらの言い分を……」
「すみません、迷惑なので帰って下さい」
「ムキーッ! 死ぬが良いこの邪魔者めがぁぁぁっ!」
ルビアがファインプレーをやってのけた、不快極まりない手段で相手を追い詰め、なんと先に手を出させることに成功したのである。
もちろん今のやり取りを遠巻きに眺めていた群衆には、お互いが何の話をしていたかイマイチ聞こえていないはず。
つまり、ジジィが警備員に変装したルビアに論破され、激高して襲い掛かったようにしか見えないのだ。
殴り掛かったジジィの攻撃をひょいっと回避したルビアはそのままクルッと回転、スカを喰らってバランスを崩したジジィの首にごく軽い手刀を……いや、首が取れてしまったではないか、リアル断頭台だな……
落下し、ゴロンと地面に転がるジジィの首、息を呑む群衆……いや、なぜか首からも、そして片割れとなった胴体の方からも一切血が出ていない、これは……人間ではない。
『首が取れたぞぉぉぉっ!』
『あっ、でもまだ動いているじゃないかっ!』
『良かった、どうにか生きているみたいだ』
『……えっと、それおかしくね?』
首が取れ、その状況で血を一滴も溢すことなく、ついでに胴体部分が立ち上がったジジィ。
もちろん俺達にとっては見慣れた光景、最近はもうこういう感じの敵の方が多いのだ。
だが命のやり取りなどしたこともなく、ただただ俺達や王国を批判してその留飲を下げ、勝ったつもりでいるような馬鹿共にとっては初めて見る光景。
たちまち会場はざわつき、次第に大騒ぎへ発展、そしてその騒ぎは、ジジィの体が外れた自分の首を探し当て、それを再び装着したことによって最高潮を迎えた、実にやかましい……
「ふぅっ、復活したら何だか落ち着きましたの、しかしパーツが壊れていなくて良かった、やはり首はワンタッチ脱着式に限りますな」
「……で、何なんだよ、何者なんだよお前は? どうせろくなモノじゃないと思うが一応聞いておく」
「私のことかね? 私は反王国最終決戦兵器……いや、元々は王国で製造され、とある砦から脱走した魔道兵士、名前は『シルバーΩ』、全パーツ取替式のコストパフォーマンスに優れた強兵じゃ」
「シルバーΩだと? となると兄弟機はゴールドΩ……」
「そんなモノもおったの、じゃが奴はただの覗き魔……いや、どうしておぬしが奴のことを知っておるのか、それが私には疑問じゃよ」
「ん? あぁ、いや、その…・・・ちょっとアレだ、だいたい想像が付くというか何というかだな……」
「うむ、非常に怪しいがまぁ良い、しかしこの姿を見られてしまった以上、ここに長く留まるわけにもいかぬ、今日のところはお暇させて貰うとするかの」
「おいっ! いや、今は深追いしないでおこうか、消えてくれさえすればそれで警備目的は達成だからな」
「ふんっ、まだ会場警備員の真似事を、それではお集りの皆様! またいずれこの組織を糾弾する演説に参りますゆえっ! その際にはまたお聞き願いますっ! ちなみに次回の予定は『当該組織と勇者パーティー、その裏での関係』をお送りいたしますぞっ! ではお楽しみに、とうっ!」
次回予告をしたジジィは飛び上がり、そのまま足の裏からジェット噴射火魔法を出して飛行し、どこか遠くの空へと消えた。
精霊様がそれを追おうとしたが制止し、決着は次の機会へ持ち越されることに。
その後、群衆が落ち着きを取り戻すのを待ってイベントを再開、どうにかこうにか馬鹿共のやる気、当組織に全財産を注ぎ込む、借りてでも注ぎ込む、命と交換であってもなお金を調達して注ぎ込むという、アツい情熱を取り戻させることに成功したのであった……
※※※
「はいっ、それじゃ一応の乾杯でっ!」
『うぇ~いっ!』
その日の夜、協力してくれた旧レジスタンスの面々、それに会場で雑用をこなしてくれていたロリー隊の予備役連中を伴い、ついこの間の作戦で使用したサキュバスボッタクリバー(仮設店舗)にて、一応の打ち上げというかたちを取った宴を開催する。
トラブルの種は消えず、それどころかなかなかの脅威になり得ることが発覚してしまったわけなのだが、その前の段階で相当な収益を上げたのは事実、そしてこれからも少なからず利益を得、それが逆に敵の利益を剥がすものになることもまた事実なのだ。
ゆえに作戦は一応の成功、ということで一応の打ち上げを開催しようという運びとなったのであるが、酒が入る前も後も、結局例の敵、シルバーΩの話題で持ち切りとなってしまった……
「いやはや、まさかあのクソ執事が心臓すら取替式のサイボーグみたいな奴だったなんてな」
「私達が拠点にしている砦から脱走したのよね、てか魔導兵器の分際で脱走って……」
「うむ、まぁあの砦に居たってことはおそらく何らかの問題が生じていたってことだろうな、ゴールドもシルバーも、お払い箱代わりにあそこへ収納されたんだよきっと」
「しかし主殿、奴はもう色々と知りすぎているぞ、特に最後の次回予告、アレはもうこちらの内情まで調査済みで、それを暴露する気が満々だ、早急に対処しないと拙いことになると思うのだが」
「そうだな、次はどうにかしてバラバラのスクラップにして加工して、鉄パイプあたりに転生させてやらないとだな、しかしどうやって倒すんだあんなの?」
良く考えたら根本的な問題があった、これまで『死なない』タイプの敵に関しては何度も討伐してきたし、その言葉に矛盾して殺害したりもしてきた。
だが今回の敵であるシルバーΩ、奴は昨夜一度、俺の放った一撃によって確実に死亡したのだ。
それが今日になってピンピンしている、それも昨夜の段階では明らかに持ち合わせていなかった戦闘力、そして飛行能力まで兼ね備えた状態で。
死んでも死んでも、パーツさえ交換することが出来れば蘇る敵。
倒すとしたらそのパーツを全て費消させるか、それとも……ん? 何かがおかしいぞ……
「なぁ、今思ったんだけどさ、シルバーΩは昨日の夜ブチ殺して、そのまま階段に放置してあったんだよな?」
「そうよ、それで消えちゃったの、あまり意識してなかったけど帰りには死体がなかった、そういう感じだったわよね?」
「おう、そうだそうだ、だがそうだとするとひとつ疑問が残る、誰が奴の死体を回収して、誰が修理及び戦闘が可能なパーツに換装したんだよ、それがわかればもしかしたらもしかするかも知れないぞ」
「確かに、あそこで死んでいたらずっとそのままだものね、でも時間が経つと回復する……いえ、それはキツいわよね、だって完全に壊れてるんだし、やっぱり裏に誰か居るってことなのね」
ここで浮上した謎の第三者の存在、いや、通常であればこの程度のことにはすぐに気が付くはずなのだが、今回に関しては異常も異常、わけがわからない敵であるゆえ、なかなかその『当たり前の事実』に到達することが出来なかった。
とにかくその第三者が裏でシルバーΩを修理していることは確実、そして俺達に関して何らかの情報を提供している可能性さえも否定は出来ない。
しかもそいつは昨夜、俺達があの屋敷の主と訪問者の争いを盗み聞きし、最後に生き残った方を始末して戻るまでの短い間にΩの死体を回収したのだ、きっと最初からあの屋敷の中に居た、そういうことなのであろう。
「う~む、Ωの野郎を修理している馬鹿野郎が1匹……どう考えてもそちらをどうにかしないと勝利はないな……」
「ええ、その修理屋が残っている以上、Ω自体をメッタメタにして鉄パイプやとかH鋼に加工したって無駄よ、たぶんそこから元に戻すもの」
「いや、鉄パイプからは無理だろうよ……まぁこの世界の、特に人族の加工技術じゃそもそも鉄パイプが無理なんだろうがな、せいぜい鉄の延べ棒だろうよ」
まぁ鉄パイプが出来るかどうかは今はどうでも良い、問題はΩからどう辿って修理屋を発見するかだ。
もちろんΩ自体を発見しなくてはならないし、そこから追跡するなどしなくてはならない。
となると物理的にどうこうはかなり難しそうだ、奴も精霊様なんかが後ろから迫っている状態では修理屋の許へ帰還しないはずだし、拷問して情報を吐かせるのも不可能であろう。
「あそうだ、そういえば勇者様、砦のお風呂を覗いていた3馬鹿の1匹って、あのシルバーΩの兄弟機だったのよね?」
「うむ、名前はゴールドΩだったか? 決戦アンドロイドとか言っていたがもう処分されただろうな、それがどうかしたのか?」
「てことはよ、シルバーの方もつい最近まではあの砦で魔導兵器タイプの兵士として扱われていて、それに関する資料なんかもまだ残っているんじゃない?」
「おう、その可能性はあるな、早速砦に問い合わせてみようか」
すぐに伝書鳩を用意し、砦にシルバーΩの詳細に関しての質問状を送る。
1日か、資料集めに時間が掛かれば2日といったところであろう、返答は比較的早いはずだ。
とはいえそれまではもう待つしかない、こちらから攻めても良いことはなさそうだし、そもそも奴があの後どこへ逃げたのかすらわからない。
やはりここは無駄に追うことをせず、せっかく手に入った金で豪遊……などというもったいないことはせず、サキュバスボッタクリバーで全て無料のサービスを受け続けて待機すべきところ。
この状況ではしばらく偽団体の集会をする気も起きないし、それがベストな選択肢であろう……
「じゃあレジスタンスの皆さん、これからしばらくの間は『反勇者組織の運営』として振舞って下さい、カモはそこまで敏感な連中ではないと思いますが、念のため正体がバレないようお願いしますね」
「それに関してはお任せを、我らは王国の協力者であるという正体を隠し、普通に町に入り込んで買い物などしつつ情報収集をしているのです、反勇者団体を演じることぐらい、日常の一場面としてやってのけて見せると約束しましょう」
俺達の馬鹿専用ニセモノ組織に関しては、このレジスタンス達に運営を依頼、というか丸投げしても良さそうだ。
まぁ転移前の世界では常日頃、地方公共団体が民間会社に公共施設の管理を委託していたのだ、それと同じノリでどうにかなっていくに違いない。
となると俺達がやるべきこと、それはあのジジィ、魔導アンドロイドだか魔導サイボーグだか知らないが、とにかく脱走魔導兵器であるシルバーΩ、そしてその修理屋の討伐だ。
修理屋がどんな奴なのかは今のところわからないのだが、白衣を着込んだどうせマッドサイエンティストの類が登場するのであろう、強アルカリ性の液体でもぶっ掛けして殺してやる。
「さて、話も付いたところでもうちょっと打ち上げっぽい話をしましょ、ほら、MVPのルビアちゃんが暇そうにしているわよ」
「おっと、そうだそうだ、今は打ち上げの最中だったな、それじゃ、もう一度乾杯だっ!」
『うぇ~いっ!』
結局その日の宴は朝まで続き、翌日は日が登ってから寝始めるという堕落し切った行動に出た俺達。
夕方目を覚ますと、宿泊していたボッタクリバー(本店)の窓に金の伝書鳩が、ちょうど今来ました感を出して止まっていた。
砦からシルバーΩに関する調査報告書を託されたようだ、伝書鳩とは思えないほどに荷物が多く、どうやって飛んで来たのかさえ謎な状態。
とにかくその荷物を受け取って……痛い、手を出したら突かれたではないか、マリエルにやらせないとダメなようだな。
ということでとりあえずマリエルを呼び、他の仲間も、そして寝ている者は叩き起こして会議の準備をする。
さて、砦からの情報では奴に関してどのような情報が得られるのであろうか……




