542 今回の邪魔者
「よしっ、まずはこの屋敷だな」
「間違いないわ、悪い事をしている組織の親玉の屋敷、じゃないとこんなに大きくないわよ普通」
「全くだ、悪人の癖に良い暮らししやがって、これはブチ殺してやるのが世のためでもあって、また勘違いしている本人のためでもあるな、早く行って正義を執行しよう」
夜、俺達は再び海沿いの町へ侵入していた、狙うは反勇者団体の代表の屋敷、翌日俺達が偽団体の集会で利用するはずの海岸を、ゴミ組織も分際で先に押さえていた3つの馬鹿集団の1つを運営しているのだ。
もちろん、屋敷の大きさからしてろくなものではない、巨大な門、庭には噴水とプール、警備兵の姿もそこかしこに見える、まさにお貴族様の屋敷だ。
屋敷自体が確実に新しいものであること、元々この地域は共和国領であり、上流であった元老院の連中などは全て王国によって殺害または処刑され、財産を奪われていることなどから、ここはターゲットが最近になって取得したものであるということが推測可能である。
そしてその資金源はおそらく、いや確実に『組織への寄付』であり、『反勇者団体の活動資金』、それ以外にはもう考えようがない、もちろん地面から大判小判がザクザクと出て来たというのであれば話は別だが……
「よし、じゃあここから入ろうか、警備兵みたいなのは後で殺すとして、今は騒ぎにならないよう慎重にいこう」
「敵は……お屋敷の建物の中で明かりが点いているのは何ヶ所かしかありませんね、そこを順番に探っていきましょう」
「そうね、まずはあの真ん中の部屋よ、家主ってのは大体ああいう場所にいて、偉そうに外でも眺めながらワインとか飲んでるんだわ」
「間違いない、そしてそういう奴は十中八九悪役だ、発見次第殺して構わんだろうよ」
「ご主人様、十中八九悪役だけど、もし殺した後に違った、残りの1とか2とかだったらどうするんですか? ごめんなさいしたら許して貰えますかね……」
「まぁその辺はアレだ、やむを得ない犠牲ということで諦めて頂く他ない、てかそもそも悪役と勘違いされるような行動を取っていた方が悪いんだ、謝る必要は一切ないぞ」
「わかりました、じゃあこれからそういうのが居たら全部殺しますね」
「うむ、だが拷問して情報を吐かせる必要がある奴も居ないことはないからな、そこんとこも一応考慮して動くとなおのこと良いぞ」
「は~い」
カレンに余計なことを教えたところで、いよいよ敵の屋敷へと侵入する。
ちょうど見張りが途切れている位置で塀を乗り越え、裏庭の芝生に降り立った。
ちなみにターゲットは3匹ゆえ、チームを3つに分けるということも考えたのだが、それを決めるのが面倒なのと、それから皆でワチャワチャと作戦を楽しみたいという理由から、戦闘員のメンバー全員、12人の団体様でのご来場である。
もちろん町中では目立ってしまうゆえコソコソしていないとなのだが、日が暮れてからはフードでも被っておけば特に問題はない、ある程度寒い季節であったのが幸いしたな。
で、裏口の鍵を破壊してそのまま屋敷の建物に侵入、廊下を通りって階段を……執事らしきジジィとバッティングしてしまったではないか……
「えっと……その、本日お招きしたお客様は居られませんでしたような……」
「だろうな、俺達は招かれざる客、侵入者ってやつだ、ということで死ね」
「ぎょへっ……ぽっ……」
目立つ傷を付けぬよう、心臓部分を一突きで殺害することに成功した。
これでこのジジィが誰かに発見されても、しばらくの間は突然死したと思われるはずだ。
適当に階段から転がしたジジィの死骸を放置して2階を目指す、中央の部屋にはやはり人の気配、そしてそれも1人ではなく複数人である。
あのジジィ、『招いた客は居ない』などと言っていたと思うのだが、これは一体どういう了見だ? 確実に部屋の中には客が、そして屋敷の主、つまりターゲットらしき人物と大喧嘩しているではないか。
「おい、まださすがに発見されることはないだろうしさ、とりあえず喧嘩の内容でも盗み聞きしておこうぜ」
「じゃあ私がそっち、扉に耳をててキッチリ聞いてあげるわよ」
「う~んと、私はその下で」
「おう、じゃあ2人で聞いてその内容を一字一句正確に伝えてくれ」
扉に耳を当て、中の会話を盗聴するカレンとマーサの2人、この2人はこういうとき非常に便利だ、室内の会話を聞き取りながら、同時に周囲で足音が、何者かが接近してこないかも確認しているのがまた凄い。
ということで2人による、室内で繰り広げられている大喧嘩の同時通訳が始まった……
「えっと、えっと、『だからどうして組織の金庫がカラッポなんだっ!』って怒っています」
「それで……『だからこれには深い訳がっ!』みたいなこと言っているわね、どうもこっちの方が負けている感じよ」
「ふ~ん、じゃあ次はアレか、『どうせお前が全部浪費したんだろうっ!』とかそんな返答かな?」
「まぁ、なんとなくそれに近いわ、どうも大金持ちの人から貰ったお金で武器を買うはずだったのに、それがぜ~んぶどっか行っちゃったんだって、どうしたのかしらね?」
「そりゃアレだろ、庭の噴水とかプールとか、あとこの屋敷自体、それにさっき殺した執事の給料、で、何と言ってもサキュバスボッタクリバーの売上にも化けていたんだろうよ」
「へ~、悪いことするわね……って、お金持ちから貰ったお金で武器を買う方も悪いことしようとしてたのよね……」
「そういうことだ、どっちに転んでもこの連中は所詮悪、容赦なく始末していくのが世のため人のためだ」
俺達が盗み聞きしている間にも室内の喧嘩はヒートアップ、モノが飛び交うような音が響き渡る。
いや、何か陶器かガラス製品が割れたような音がしたのだが、もしかしたらひとつ売って1年遊べるような高額な品を投擲兵器として用いていたりはしないか?
まぁそれは良いとして、いや良くはないが、ここで遂に、俺の耳にも室内の絶叫が言葉として届く。
それは『お前如きは魔族に殺されると良いっ! 他のスポンサーと違って魔王軍は甘くないぞっ!』というもの。
同時に悲鳴と、何かの鈍い音が響き、扉の向こうの喧嘩は終息したようだ。
悲鳴を上げたのは間違いなく叫んだ方、つまり殴ったのは責められていたこの屋敷の主なのであろう。
しかし今回もようやく『魔王軍』というワードが出て来たな、負け続けでかなり追い詰められているのか、徐々にやることがセコくなっているように思えるのは気のせいではないはず。
「それで勇者様、ここからどうするの?」
「もう決まってるだろ、殺害現場に踏み込んで凶悪犯罪者を逮捕するんだ、いくぞっ!」
『うぇ~いっ!』
ちょうど扉に耳を当てていた2人が、そのまま扉を蹴破って中へ……砕け散った扉の破片が室内に散乱し、その奥で鈍器、というか黄金の女神像を持ったままの真犯人が立っているのが見えた。
チビデブハゲ、そして油脂の量が常人の数倍はあろうかというキモオヤジが、血塗れの女神像を握り締めて突っ立っている、もちろん扉が破壊されたことに驚き、こちらにその薄汚い顔を向けて、目を丸くしてである。
その足元にはこれまたしょうもないオヤジ、こちらは痩せ型で、成金ではなく生来の金持ちらしい、いやそうであったらしいおっさんの死体が、頭をベッコリやられた状態で転がっていた。
完全な現行犯、もはや言い逃れは出来ない状況だ、早速の事件解決であるが、犯人を処刑する前に少し話を聞いておきたいところだな……
「ご主人様、この人はワインを飲んでいませんよ、それでも殺しますか?」
「うむ、殺人の現行犯だからな、軽く拷問した後ブチ殺すのが一般に公正妥当と認められた処理方法だ、で……完全にフリーズしてんな、お~い、もしも~っし……ダメだこりゃ……」
完全に固まった家主のおっさん、こんな現場を、しかも意味不明な侵入者に見られてしまったのでは仕方がない。
もう何を聞いても話をしてくれないであろうし、そもそも魔王軍の関与について詳しそうなのはもう片方、つまり物言わぬ死体となって横たわっているおっさんだ。
ということでこの馬鹿殺人野郎にはもう用がないし、サッサと始末してしまおう、先程の喧嘩騒ぎ、そして殺人事件に気付いた見張りの兵士がやって来て、より一掃の大騒ぎとなる前に……
「よっしゃ、じゃあコイツは殴り殺そう、あと物盗りの犯行に見せかけるために……その必要はなさそうだな」
「ええ、既に室内にあった金目のモノは捜索済みです、これで物取りの犯行ですね」
ミラと精霊様が既に、この部屋全ての棚を開け、クローゼットの中も漁り尽くしていたようだ、音もなく、いつの間にか。
ということであとは簡単、この部屋で会談をしていた2人が、押し入った夜盗に殺害された感じを出すのみである。
「おいおっさん! 聞いてんのかっ!」
「……えっ、あっ、はいぃぃぃっ!」
「やっと反応しやがったな、でだ、その女神像、ちょっとこっちに寄越せや」
「えっと、その、はいどうぞっ!」
「ありがとう、では死ねっ!」
「ごふぼげっ!」
「はい成敗完了、お疲れさまでした、じゃあ帰ろうか、また見つからないようにコッソリとな……」
目的を達し、ついでに血塗れの女神像(純金製)も入手して、元来たルートを辿って屋敷から脱出する。
既に使用人共は寝静まっているようだ、これなら発見は明日の朝だな、死んでいるのはあの部屋の2人、もちろん鍵を掛けてきたから完璧のはず。
何かの違和感を覚えつつ階段を降り、鍵を破壊してあった裏口から脱出、塀を飛び越えて町に出た後一度本拠地としているサキュバスの店に戻って荷物を置き、再び出発した。
2軒目も、3軒目も同様に敵対組織の親玉を殺害し、それで翌朝から俺達が使用する予定のイベント会場、つまり町沿いの砂浜は『予約ナシ』となる、夜のうちに邪魔者を排除出来て良かったぜ。
3匹目の敵を暗殺した後に、戻ったサキュバスの店で食事(無料)と酒(無料)を出させ、風呂(当然のサービス)に浸かって疲れを癒し、翌日のイベント……とはいっても俺達は何もしないのだが、とにかくそれに備えたのであった……
※※※
『え~っ、ただ今より新興反勇者団体、勇者パーティーの女の子に……何でしたっけ? まぁ名称とかどうでも良いですね、大入会式を始めさせて頂きますっ!』
『うぉぉぉっ!』
翌朝、かなり早い時間から砂浜には人が集まり始めていた、まるでこの世界に転移する前に見た、某超大国の大統領就任式典の如き光景だ。
だが本日執り行われるのはそのような位の高いイベントではない、騙され易い馬鹿を集めた、そして本来はその連中の宿敵である俺達が裏で糸を引く偽団体のイベント、正直言ってゴミ以下である。
とはいえ盛り上がりだけならどんな激アツイベントにも劣らないはず、参加者の知能が低すぎるがゆえ、煽って熱狂させるのは容易なこと、実際、既に組織の代表者(偽)のひと言で大盛り上がりではないか。
『え~っ、ではまずですね、我々が活動するに際してはですね、どうしてもその、まぁ何と言いますか、先立つものが必要になってきますっ! それをですね、今この場で、皆様の支援のお気持ちとして、このぐらいであれば出せそうだという金額でお願い出来るとですね、我々としても本当に助かりますし、皆様の魂も死後きっと天国へ……』
『うぉぉぉっ! 俺は全財産だっ!』
『俺は街金で限度額一杯まで借りてきたぞっ!』
『馬鹿野郎! 俺なんか闇金でっ!』
『臓器を売ってしまったから体調が……』
前に設置したステージに殺到し、我先にと金を支払う愚民共、これぞ宗教、いや安物の布団を高額で売り付ける詐欺的な商売に近い雰囲気だ。
用意してあった酒樽はあっという間に金貨で一杯になり、次に用意した酒樽も、その次も、これまでに見たことのないレベルの大規模な収益に、ミラは失神、俺も危うく嬉ションするところであった。
その致命的な事態をどうにか回避した俺は、この先の儲けがどのようなものになってくるのかを想像し始める……まずはここで得た金、そしてロリコン野郎やその他の金持ちから没収する資産、ついでに今後入会する連中からも絞り出し、今ここに集まっている連中からも、まるで菜種かの如く最後の一滴まで搾取するのだ。
これは生半可な金額ではない、もしかすると財政難の王宮に取って代わり、異世界勇者様たるこの俺様が支配する『大勇者アイランド』が樹立されるかも知れないな……
「勇者様、ちょっと勇者様、そんなとこで涎垂らしてないで、夢と金貨が一杯に詰まった酒樽を運ぶのを手伝ってよね、1つ800㎏以上あるからもうたまんないのよっ!」
「ん? ああ、俺はそういう重労働が好みじゃないんだ、何と言ってもこの先いずれは王、いや大王になるべき男なのだからな」
「今度はどんな妄想をしていたというの……」
野心をどこかに置き忘れていたらしい現実派のセラに呆れられつつ、作業を一切手伝わないままに妄想を続ける。
その間にも酒樽は次から次へと一杯に、そして騒ぎを聞き付けた無関係の者までもが飛び入りで参加し、説明も聞かないままに金だけ払って入会、いや入信しているようだ。
その人の群れ、そして投げ込まれる金貨の雨が徐々に勢いを弱めていったところで、再び壇上ではニセモノの代表者が演説を始めた。
森に追いやられていたレジスタンスの中から選任されたそのおっさんは、再びこの旧共和国領を制圧し、そこで好き勝手をする馬鹿共に対して内心では怒り、しかし表情は和やかに、そして口調は反勇者連中を煽り立てるようにして話を進める。
これは上々だ、レジスタンスもなかなか良い人選をしたものだな、会場内の全員が熱狂して……いや、ポツンと1人だけ、本当にたった1人だけ冷め切った表情が見えるではないか。
アツい演説、この空気に流されないだと? しかもそのさめ切った老人、どこかで見たことがあるようなないような……うむ、どうにもこうにも思い出せない。
で、その異変には俺だけでなく、たまたま横でまじめに作業をしていたマリエルも気が付いたようだ。
俺と同じ老人を見て、これはおかしいという顔をして首をかしげている……
「う~ん、あのおじいさんはどういうことなんでしょうか? 先程から全く感動する様子がありませんし、どこかで……」
「おう、俺もどこかで見たことがあると思っていたんだよ、だがこれ以上近づくとこっちの姿が見えてしまうからな、さすがに『反勇者団体の入会式典』で主敵の登場は拙い」
「ですね、しかし気になる……そうだ、精霊様に上から確認して貰いましょう」
「いやそれも拙い、いつもなら構わないが今日はこの人数だ、偶然にも恐ろしく目の良い奴が上を向いて、そのときに精霊様のおパンツが見られてしまうんだ、考えてもみろ、空に浮かぶ神々しいパンツ、それを見つけた奴が騒いだらほとんどの奴の興味はそっちへ行ってしまうに違いない」
「なるほど、こんな抽象的な資金集めイベントなんかよりも興味を惹く『何か』があっては拙いですね……」
ということで真顔じいさんの正体確認は一時諦め、そのまま群衆から発見されない位置で待機。
おかしいのはたったの1人だけで、このまま滞りなくイベントは終了を迎えるはずだ、そう思った。
だがこの異世界、比較的都合良く出来ているように見えてそうでもないのだ。
何事もまっすぐ目標まで辿り着いたことはない、毎度毎度どこかで必ず足を引っ掛けられる、そして今回はその真顔じいさんがトリガー、いや邪魔者の本命ということらしい……
『ちょ~っと待つのですっ! 皆様方は騙されておるっ! このイベントは茶番じゃっ!』
『おい、何だこのジジィは?』
『敵か? 敵なのか?』
『勇者の仲間かも知れんぞっ!』
『殺せっ! このジジィを殺すんだっ!』
『うぉぉぉっ!』
『やれやれ、どうしようもない方々ですな、それっ!』
『ひょげぇぇぇっ!』
取り囲まれ、その場でミンチにされるのかと思った瞬間、真顔じいさんはパッと跳び上がり回転しながら風の刃を、セラの使う魔法のようなものではなく、物理的に発生させたものを撒き散らす。
次の瞬間にはその刃が地表の、人で埋め尽くされた範囲に到達する。
阿鼻叫喚の地獄、ミンチになったのは真顔じいさんではなく、それをミンチにしようと集まったモブキャラの方であった。
血の海へ着地した真顔じいさん、被っていたハットはどこかへ行き、長い白髪が後ろに流れてオールバックになり、結果としてその顔が非常に良く見えるようになる。
そして見覚えがあると思っていたその顔、今ここまできてようやく思い出した。
昨夜、何の気なしに敵の屋敷で殺害した執事風のジジィではないか……
「アイツ! 一体全体どういうことなんだよっ!?」
「しかもあの強さ、昨夜見たときには一般人にしか見えなかったんですが……」
「まぁとにかくこれはとんでもないことになってしまたぞ、見ろ、せっかく集めたカモ野郎共があんなに死んでしまった」
「どうしますか? このまま黙って見ているというのも癪に障りますが、この組織の正体がバレる危険性も高いです」
「クソッ! こうなったら変身するしかないな、あと合体とかしたらどうかと思う」
「変身も合体も出来ませんが……一応変装ならどうにか……」
「うむ、もうこの際正体がバレなきゃ何でも良い、とにかくあのクソジジィを殺るぞ、話はそれからだっ!」
最初から気に掛けていた俺とマリエルだけでなく、会場で事案が発生していることに気付いた他の仲間も駆け寄って来る。
注目を集めるジジィに恐れをなして、その周辺をまるでドーナツの逆バージョンではないかという勢いで緩衝地帯とし、取り囲んでいるカモ野郎共。
これ以上金づるを削除されては敵わないし、そもそもジジィが何やら吹き込んで、せっかく騙し、洗脳しかけていたのを元通り、いやジジィに心酔する方向に持って行かれないとも限らないのだ。
急いで変装を終えた俺達は、裏方から飛び出して敵の居る会場中心部を目指した……




