537 交換と同時に
「よっしゃ、これで荷物の準備は完了だ、もういつでも出発可能な状態だ」
「何だか食糧が少なくなっちゃったわね、この先まだ南の大陸に居ないとならなさそうだし、海の方へ行くついでに調達しましょ」
「そうだな、まぁ敵の中にも食糧の店をやっている奴はそこそこ居るだろうし、そういう店を破壊して、店主からバイトに至るまで皆殺しにして奪ってやれば良いんだ」
「そう考えると敵地の方が食糧調達が楽なのよね……」
「おう、いちいち買う必要がなくて大変助かっております、みたいな感じだな」
人質交換のために砦を出るのは翌日の朝と決まっている、俺達は準備も完了し、あとは同行する指揮官や兵士達の様子を見に行く以外にやることがない。
ちなみにトップである女性指揮官は今回の作戦に参加する、つまりこの砦に残るのはどうしようもなく無能な、まるで処分するが如くこの掃き溜めに送り込まれたモブキャラのみということになる。
いや、これはなかなか拙いことだな、もし今現在外でウロついて、そんなことをしているのがバレれば当然に処刑されるとわかっているはずなのにその辺で立ちションしたり、場合によっては野○ソまでしている連中を砦に残したまま指揮官がしばらく居なくなるのだ。
というか、その場合にはしばらくでは済まないであろう、指揮官が居なくなったことによってタガが外れた兵士共は直後からパーリィ、俺達の戻る頃には砦など、敵がどうこうではなく内部からの失火などによって焼失しているに違いない。
となるとそれを食い止める役割の者が……居ない、居ようはずもない、ここは今回の実働部隊であり調理班でもある5人を除けば、処刑マニア、そして元々の指揮官であったデブを正当な理由なく始末してしまう人間が『唯一無二のまともな人間』という最低最悪の砦である。
常識などまるで通用しない不良品の群生体、国からも見捨てられた馬鹿共、それを押さえ込み、どうにかして真っ当な、いやそれは不可能だがせめて砦自体の崩壊を防ぐ程度の行動をその馬鹿共に強制出来る強キャラを探さねばならない、もちろん外部からだ……
「……ということでここの留守番なんだが、どうすれば良い?」
「ご主人様、私に凄く良い案があります」
「ほう、サリナ評議員、その良い案とやらを申してみよ」
「はい、遥か南の方の空に鳳凰が見えると思います、今は米粒ほどの大きさですが」
「ほうほう、で、その鳳凰がどうしたのだ?」
「はい、その鳳凰に乗っている変な悪魔、おそらくお使いを終えてご褒美に期待しながらこちらに向かっているんでしょうけど、それにお留守番を押し付けるというのはどうでしょうか?」
「ほうほうほう、それは妙案だ、適当に飴玉でもくれて頼んでおいてくれ」
「はい、では依頼料の飴玉1個と依頼するための手数料として私に飴玉2個を」
「……手数料の方が高いのかよ」
がめついサリナであったが、2つ貰った飴玉のうち1つは姉のユリナにあげるつもりのようで少しほっこりした。
その後、2人の従姉妹であるエリナは無事到着、帰って早々新たなミッションを課せられて不満そうであったが、飴玉を受け取って渋々その依頼を受けたようだ。
これで砦のことも安心、もしクーデターが起こっても、それからこの機に乗じて反勇者の馬鹿軍団が攻め込んだとしても、エリナだけの力で完全にそれを排除することが可能である。
願わくばエリナがこのまま王国に雇用され、砦の主としてこの南の大陸における勇者パーティーの拠点を……いや、それはさすがに高望みが過ぎるな。
エリナには砦、そして牢に捕らえてある美少女達をしっかり守るように言い付け、これで完全に準備完了、あとは翌朝の出発を待つのみだ……
※※※
「はい、それでは出発します、私達の後ろに付いて来て下さい」
「わかった、じゃあジェシカ、それとルビアも頼んだぞ、あとエリナ、俺達が戻るまでしっかりやらなかったら角をヤスリで削って尻尾を引っこ抜くからな」
「ひぃぃぃっ! ちゃ、ちゃんとやりますってばっ!」
「その言葉と手に持った菓子の袋が全く繋がってこないんだが……」
サボって適当にやってしまおうという感を最大限に醸し出しているエリナに釘を刺し、選考する砦の女性指揮官と実働部隊が乗った馬車、それに交換用の人質であるロリコン野朗を詰め込んだ小さな牢付き馬車に続いて出発する。
このまま海沿いに仮設された囮用サキュバスボッタクリバーのすぐ近くまで向かい、俺達は敵から見えない位置で待機、ちなみに精霊様だけは高空に上がり、何かあったときにすぐ動ける態勢を整える予定だ。
馬車は森の中を進み、途中で大盗賊団に襲われたり、凶悪な魔物の群れ1万匹に包囲されたりという些細なトラブルはあったものの、全てを一撃で片付けて予定通りに運行していく。
このペースであれば予定通りに海岸沿いへ……と、また盗賊団か、今回はやけに襲撃が多いな……
「凄いですよご主人様、盗賊の人が飛んでます、モモンガみたいに」
「本当だ、まぁ飛んでいるってか滑空している感じだな、高い木の上からジャンプしないと飛べないんだぞアレは」
「へ~、じゃああんまり強くないですね」
カレンの強い強くないの基準は良くわからないのだが、とにかく数は10程度のおっさんが、服に装備した羽のようなもので飛びながらこちらに向かって来るのが確認出来た。
先頭に居るのが親玉のようである、1人だけ服の色が違うし、鳥の羽根のようなものを頭に飾り付けていることから勘違いということはないであろう。
その親玉らしきおっさんは、俺達に乗った馬車に声が届く程度の距離まで近付くと同時に叫ぶ……
「ガーッハッハッ! 俺は大空の盗賊団、『プテラ』のドンだっ!」
「プテラノドン?」
「プテラだっ! 貴様等の運んでいる荷物、頂戴するっ!」
「あっそ、じゃあ死ね」
「ひょぎょぉぉぉっ! ぷちっ……」
『あっ、ドンが殺られたぁぁぁっ!』
とりあえず馬車の窓から聖棒を出し、滑空して来たプテラノドン野朗に一突き……というか触れる直前に衝撃波で粉々になってしまった。
その『ドン』があっさり殺されたのを見た部下共は、まず勝てないと悟ったのか逃げ出すことを試みる。
だがマヌケなことに全員滑空しているのだ、方向を変えることぐらいは出来たのかも知れないが、反転して帰って行くようなことは出来ない。
「えいやっ!」
『ぎょぇぇぇっ!』
「やったっ! ヒットしましたっ!」
「こらこらリリィ、遊ぶのは良いけど皆殺しにするなよ、え~っと、ほら、今地面に落ちたやつだけ生かしておいてくれ」
「はーいっ! えいやっ!」
『ぎょぇぇぇっ!』
「またヒット!」
無駄にポケットに入れていた水切りにでも使うかの如き平たい石を、回転させながら投げて飛んでいる盗賊の頭をブチぬいていくリリィ。
しかしなかなかの実力だ、石は投げても投げても確実に敵の額を捉えている、大きさも形もそこまで統一されていないうえ、ターゲットも動いているというのに、これは対雑魚専用の新たな飛び道具としてかなり使えそうだな。
と、感心しているうちに敵の数は減っていき、遂には最後の1匹、早めに落下したヘタクソモモンガ野郎のみが生き残った。
仲間より滑空がヘタであったことによって逆に生き残るとは、何とも皮肉な話であるといえよう。
もちろんこの後どうなるのかということを考えれば、プテラノドン野郎や他の仲間達のように一瞬で絶命していた方がマシであったと後悔するのは必至。
たまたま最後まで生き残ったからといって、それがラッキーなことなのかどうなのかはまた別問題なのだ。
ちなみに今回のコイツに関して言えば、間違いなくアンラッキー、究極の不幸に見舞われたかたちである。
そのアンラッキーモモンガはすぐに、前の馬車から降りた女性指揮官によって直々に拘束された。
そのままこちらに引き摺って来たということは、俺達の方にこのモモンガの尋問を任せようということだな……
「えっと、この敵はあえて生かしておいたようでしたが、如何致しますか? もしよろしかったら処刑は私にお任せを、ぐへへっ」
「おい、涎垂れてんぞ、処刑はやらせてやるからちょっと尋問……じゃなくて初球から拷問でいこう、とにかく手伝ってくれ」
「やった、私処刑もですが、拷問も大好物なんですよ、あ、ちなみに拷問に関しては『される方』も趣味に含まれます」
「凄い勢いで倒錯してんな……」
狂った女性指揮官はもう修正不可能だしどうでも良いとして、まずは捕らえたモモンガ野朗に俺達を襲った目的を聞いたり、あとどうして今回は散々盗賊に襲われるのかを、もしわかればであるが聞いてみよう。
「……ということだ、死にたくなかったら『目的および(居るなら)雇い主』、あと『他にも同じような盗賊団がいるのか』について答えろ、さぁっ!」
「ぐふぉっ……い、いてぇ……」
「早く答えねぇと目ん玉を刳り貫くぞっ!」
「ぎょぉぉぉっ! お、俺達はただ高額報酬に釣られて変なキモくて臭い金持ちのおっさんを取り戻しに……あとこの先にも大量の盗賊団が……ぎゃぁぁぁっ!」
そこまで話をさせたところで目玉を刳り貫き、モモンガ野郎を気絶させる、あとの処理は処刑マニアの女性指揮官に任せてしまおう。
というか、だいたい想像は付いていたが敵は『あわよくば』を狙ってきているようだな。
となるとこのまま進むのはかなり面倒だ、この類の雑魚を何度も相手にするのは時間の無駄である。
「う~む、そうか、やっぱりそういうことだな、さてどうしようか」
「勇者様、私とリリィちゃんで先に露払いをしておくわ」
「おう、だが派手に殺るなよ、あまり凄惨な死を撒き散らしたら俺達も来ていることが敵にバレかねないからな」
「わかった、軽めに吹き飛ばしておくわね、行くわよリリィちゃん!」
「あ、はーいっ!」
飛び立って行った2人を見送り、女性指揮官が『頭蓋骨潰し機』のハンドルをゆっくり回してモモンガ野郎を処刑するのを待ち、頃合を見計らって再出発した。
その先の道は2人のお陰で安全、時折目に入る切り刻まれた盗賊の死体が、本来であればここで喰らっていたはずの足止めを想像させる、どれも雑魚ばかりだがきっと相当に不快な連中であったはず。
しばらくするとセラとリリィが戻り、ここから海岸まで、そして取引が行われる町の近くのサキュバスボッタクリバーまで、その進路がオールクリアであることを告げてくれた。
ということでのんびり行こう、まだ時間には余裕があるし、ここからは快適な馬車の旅だ……
※※※
進路上の敵を一掃した俺達は、途中で野宿などしながら海を目指し、そこからおよそ2日で取引場所のすぐ近くに到着した。
まだ敵は来ていないようだが、海岸沿いの特設会場は遠くに見えている。
臨時休業として一般客を入れていないようなので、敵の集団が来ればすぐにわかるはずだ。
「少し遠いですがここなら隠れていられそうですね」
「うむ、それと精霊様はもう空に上がった方が良いだろ、それと実働部隊も準備を」
檻に入れたロリコン野朗が余計なことを口走らぬよう処理をし、実働部隊の5人は俺達が隠れている場所とはまた別の位置へと移動する。
さすがに同じ場所では拙い、ロリコン野朗が出てくる瞬間に俺達の姿を見られてしまうからな。
5人が牢付き馬車ごと移動したため御者の野郎兵士が1人不要になったが、それはもう徒歩で帰らせた。
移動した先で待機する5人、しばらくするとそのうち1人が何かに気付いて町のある方を指差す。
直後、偉そうなおっさん共に連れられ、縛り上げられた美人の王国女性兵士が列を成してそちらから現れる。
反勇者、反王国組織の構成員と見られるおっさんは全部で10匹、そして女性兵士の後ろから、今回のために雇われたと思しきモヒカンの雑魚が20匹程度、ナイフをペロペロと舐めるお決まりの『チンピラ行為』をしながら歩いていた。
「……来たみたいだな、特に誰も怪我はしていないようだし、肌の色艶も良い」
「良くこんなに遠くから見えるわね、目が悪いのに……と、リストにあった兵士は全員居るみたいよ」
海岸で待っていたサキュバスボッタクリバー(仮設)のスタッフ達がそのおっさん共を呼ぶと、人質を残したまま嬉しそうに走ってそちらへ向かう。
やはり奴等はボッタクリバーの常連のようだ、ロリコン野朗やその他の金持ちから受けた援助を流用しない限りは一晩で破綻する料金設定、つまり俺達の予想はまず間違いなく真であるということだ。
ゾロゾロと歩いていた女性兵士達、そして敵が到着したのを確認して動いた実働部隊、全てがボッタクリバーに到着し、そのまま椅子とテーブルが並んだ野外バーの中に居る敵と、外からその敵を睨む実働部隊という構図で対峙する……
「勇者様、念のため聞いておくけどロリコン野朗は喋ったり、私達がここに隠れていることを指摘したり出来ないようにしてあるのよね?」
「ああ、もちろん顎を外して海岸の砂を口に詰め込んで、あと肩も両方脱臼させて指もへし折って、ついでに軽く衝撃を加えて脳震盪を起こさせてあるからもうしばらくは何も出来ないはずだ」
「……危うく殺してしまうところだったわね」
やりすぎたことに関してセラから注意を受けている間に、どうやら人質交換の交渉が始まったようだ。
まずは女性兵士達と檻から出したロリコン野朗をお互いの間に置き、本当にこの条件で人質交換をするのかについて確認をしている。
……どうやら話はまとまったようだ、女性兵士達は縛られたまま5人の実働部隊に引き渡される、どうやら彼我の戦力差が逆転してしまうのを恐れ、解放した兵士の縄は解かないようにとの条件が付されているようだ。
5人は人質を受け取ると、今度は馬車から馬を外し、牢付きの車体のみをその場に放置する。
チンピラ共がその牢屋からロリコン野朗を取り出し、担架に乗せてボッタクリバーの中へと運び込んだ。
これで人質交換は終了である、あとはこちらが提示した追加のサービス、『サキュバスボッタクリバーの一晩貸切ドンチャン騒ぎコース』を開始し、その途中でいよいよ本来の作戦、敵を一網打尽にするための仕掛けを発動させるだけ。
そのまま実働部隊の5人が敵から見えない位置まで移動するのを確認して、精霊様も上空から戻って来た……
「まずは第一段階成功ですね、あとは敵が怪しまずに仕掛けの発動まで楽しんでいてくれれば良いんですが」
「大丈夫さ、作戦のことをある程度知っているではあろうロリコン野朗が意識を取り戻すのはだいぶ先なはずだし、治療なしには喋ることも体を動かすことも出来ないんだからな、と、それよりも兵士達が戻って来たぞ」
列を成して戻ったのは作戦を終えた実働部隊と、それから未だに縛られたままの美人女性兵士軍団。
どうやら特殊な魔法が込められた縄で縛られているらしく、一定時間が経過しないと絶対に解けないようになっているらしい。
ちなみに無理矢理解こうとすると余計に縄が食い込むという恐怖の仕掛けが施されていることもわかった、敵はなかなか慎重なようだ、まぁ戦闘力のある兵士を解放するのだからこのぐらいのことをしていても不思議ではないか。
もちろん既に縄が食い込んで苦しんでいる者も多いが、一部は普通に喜んでいるようだ。
まぁ、時間が来れば解けるというのであれば、ここで無理をして兵士達を危険に晒すようなことは好ましくない……はずなのだが……
「あの、私はこの部隊の隊長だった者ですが、敵に捕らわれて王国に迷惑を掛けた罰としてもっと縄を食い込ませて下さい」
「いや、お前もう相当アレだぞ、吊るされているハムそのものなんだが……」
「ではせめて鞭で打って頂ければ」
「それもやかましくなるから後だ、砦に帰ったら全員罰としてお尻ペンペンの刑に処してやる」
『承りましたっ!』
一斉に土下座した女性兵士達、とにかくどこかに移動させよう、こんな所で大人数が騒いでいたら敵に感付かれてしまう。
ということで俺達の馬車を使い、兵士達をピストン輸送するかたちで奥の森へと引っ込ませる。
作戦中のボッタクリバーが見える位置に残るのは勇者パーティーのメンバーと指揮官だけ、他は戦えないわけだし、正直居ても邪魔でしかないのだ。
「お、接客中のアンジュが何かサインを出しているぞ、敵が酔い始めたってことかな?」
「そうみたいね、大盤振る舞いで物凄く濃いお酒を飲ませたんだわ、きっと」
「おう、或いは弱いだけだったりしてな、酔い潰れた後に襲撃されて捕まって、明日は絶望と死の恐怖と二日酔いでとんでもないことになるんだ、それがここまで好き勝手やってきた奴等に与える最初の仕返しだ」
そのまま見ているとまたしても、今度は別の敵を接待していたペロちゃんからの合図。
どうやら1匹酔い潰れるごとに合図を出しているようだ、次も、その次も同じ合図が放たれた。
しばらくするとメインターゲットの敵は全滅、残っているのは酒豪と思しき雇われのチンピラが5匹。
奴等はどれだけ飲ませても潰れそうにないな、酒の無駄になるし、どこか別の場所へ誘い出せないものか。
そう思って指示を送ると、5人のサキュバスが気を利かせてその5匹を連れ出す。
ボッタクリバーの『本店』へ向かうつもりらしいな、そこなら建物の中だし、少しぐらい何かが起こっても気付かれないはずだ。
その5匹を現場から離した直後、最後の合図を出したサキュバス達は一斉に会場である野外ボッタクリバーから退く。
残ったのは酔い潰れた敵のおっさんが10匹と、ぶっ倒れたままのロリコン野朗が1匹。
そろそろ動く時間のようだ、立ち上がり、隠れていた茂みから出て敵の場所まで移動する、もちろん敵を起こさぬよう慎重にだ。
到着して、まず1升瓶を抱えたまま眠りこけている馬鹿共を、ロリコン野朗と共に馬車の牢へ放り込む。
最後に不要なチンピラ共を皆殺しにして作戦は終了、本店へ移動したサキュバス達もきっと今頃同じようにチンピラを始末しているはず。
今回の作戦は俺達の大勝利、この馬鹿共を連れ帰って色々と話を……いや、その前にまだ倒すべき敵が存在しているようだ……




