536 トレードは等価で
「……なるほど、敵は海岸沿いの町の中、即ち自分達の本拠地の中心であれば取引に応じる、そういうことですね」
「警戒心が高い連中みたいだな、だが町ごと吹き飛ばすことが出来る俺達にとってはその程度のことで何も変わることはない、余裕でブチかましてやろうぜ」
「勇者様、実際の人質交換の場で敵と対峙するのはこの砦の女性兵士なんですよ、私達は見張りの精霊様を除けばそんなに近付くことが出来ません」
「おっと、そうだったそうだった、しかしそれだと厄介だな、敵の指定した場所がもし狭苦しい地下とかだったら……」
「その可能性は非常に高いわね、こちらがヘタに攻撃すると人質にも確実に被害が及ぶ、そういう場所での取引を要請してくるはず、もちろんその連中が馬鹿じゃなければの話ね」
激アツのデッドヒートを繰り広げたランナーが持ち帰った文書、それは敵に対して通知した『人質交換』の提案に対する回答であり、敵側の要望をこちら側に通知するものでもあった。
どこで人質交換が行われるか、それは一見あまり関係のない、どこであっても特に損得はないものに思えた、しかし皆の指摘通り、場所によっては俺達が圧倒的に不利、作戦の遂行における障害が増えることになりかねないのだ。
特に狭苦しい地下などの『悪者が好みそう』な場所であると困ってしまう、現在卑劣な敵によって人質にされている王国軍の兵士達を救出する際、そして人質交換のためにやってきた敵を始末する際に上手く動くことができなくなる可能性が高いのである。
どうせならもうひとつの『悪者好みスポット』である『港の倉庫』的な場所を指定して欲しかったのだが、どうやら敵は反勇者や反王国の連中が跋扈する町中、つまり右も左も味方だらけの場所を指定してきたのだ、そんな場所に港はないし倉庫も存在し得ない。
そしてそのような場所は逆に、俺達にとっては敵だらけ、まさに四面楚歌そのものなのである。
まぁ、別に俺達だけならどうということはないのだが、今回は救出した人質も一緒にそこから脱出しなくてはならない。
これはかなり困難なミッションになってしまったということだな、もしかすると作戦中の方向修正も辞さない構えで臨む必要があるかも知れないし、そうなる可能性は非常に高いといえよう。
だが作戦に参加してくれる砦の兵士、しかも貴重な調理班である5人、そして裏切り者のせいで囚われ、人質にされてしまった王国軍の女性兵士らは絶対に、1人たりとも見捨てることはない、それが今この場で誰もが考えていること、共通認識なのだ。
「じゃあ当初の作戦通り、精霊様は上空で待機、もし実際の取引場所が室内等であったとしてもだ」
「わかったわ、でも何か合図を決めておいて、最悪の場合にはそのまま突っ込めるようにしておいて」
「そうか、え~っと、それじゃあ……どうしようか……」
もし人質交換の場所が室内や地下であった場合、そこから上空へ何かを伝える手段というのはないに等しい。
魔法を使う? それだと敵にもこちらが何かをしようとしていることがバレてしまう、それ以外にも光、音、どれであっても察知は容易だ。
「……となるともうアレだな、精霊様が変装して5人の中に入り込むしかなさそうだな、ちょっと弱そうな感じとか出しちゃってさ」
「それなら私以外でも出来るでしょうに、作戦とはいえ弱いフリをするのなんかイヤよっ! 私はどんな状況でも雑魚扱いされるのが本当にムカつくタイプなんだからっ!」
「いちいちプライドが高い……」
その後も精霊様に対する説得を試みるものの、やはり首を縦には振らない。
ということでこの強情っ張りは上空で待機、中へ入るのは……いや、もう誰でも変装は無理だ、どうせ俺達の顔など敵からすれば見慣れたもの、最悪町中に手配書などが出回っているかも知れない次元なのである。
こうなればもう派遣部隊の5人に頑張って頂く以外に方法はない、できるだけ弱そうな感じを出しながら人質を好感し、全員居ることを確かめたらそそくさと退出する、それさえ出来れば良いのだ。
もちろん実際の現場で、高まる緊張感の中でそれを完璧にやってのけるのは難しいはず。
だが本来の計画に対して9割、いや8割の出来であればもうそれは成功となるであろう。
とにかく落ち着いて、確実に人質の救出を成し遂げてくれ、そう考えながら俺達の隣で、まるで演劇会のような『予行演習』を繰り広げる5人の実働部隊を眺めた……
「それで、敵が言って寄越したのは場所の指定だけか? クソみてぇな奴等だし、図々しくも他に要求をしてきたりはしなかったか?」
「そうですね、あとは……あ、備考欄に『人質は等価交換にするのが望ましい』と書かれています、それで……ロリコン野郎は確かに重要な資金源であるが、顔もキモいうえに性格も悪い、とてもこちらで押さえている美人揃いの人質全員とは交換出来ぬ、良くて半数、いや3分の1程度であろう、もし全員を返してほしくば何かオマケを付すこと……だそうです、どうしますか?」
「うぜぇ、もう今この場でブチ殺してやりたい気分だぜ、だがこの件に関しては敵にも一理あるな、さすがにあのロリコン野郎は気持ちが悪すぎて価値を見出せない」
「しかも『自分はロリコンじゃない』って言い張っているのがより一層キモさを助長しているのよね、アイツ、馬車で運ばれている間も没収された児童ポ〇ノを『新たに創作』しようとしていたもの」
「マジでとんでもねぇ野郎だ、自分の記憶と想像だけで児童ポ〇ノを創り出すなんて、並大抵のロリコンじゃねぇぞ」
ロリコン野郎の趣味はともかく、これはなかなかの問題が生じてしまったようだ。
俺たちの予想していたロリコン野郎の交換価値、それが敵によってあっさり否定されてしまったのである。
しかも『何かオマケ』を要求されても困る、俺たちのような真っ当な人間……かどうかは定かでないのだが、とにかく敵で、悪者としてこの世に生を受けた馬鹿野郎共が納得する『オマケ』の内容などわかるはずもない。
飴玉でもくれてやろうか? いや、それとも金銭価値の高いものを欲しているのか? いやいや、それも否であろう、モノや金ならロリコン野郎を回収した後にまた本人から請求することが出来るのだ。
しかしかといって女が欲しいとかそういう感じのアレでもなさそうだ、それならとっくの昔に人質の美人女性兵士を襲っているはず、それをしないということは何か違う目的を持っているということ。
……だがここでひとつ疑問が生じたな、どうして敵、おそらく汚らしくてモテないおっさんばかりの敵共は、美人揃いだと文書の中でも公言している人質に手を出さないのだ?
まぁもしかしたらもしかしているかも知れないが、最初にこの事案の報告を受けた段階で人質にされてからかなりの時間が経過していたはずなのに、その時点では特に何もなく無事であったとのこと。
それはおかしい、何か、どういうわけか敵は『悪事』を働いていないのである、この件は少し突き詰めていかないと、気付いたのは唯一の野郎である俺だけのようだからな……
「なぁ皆、敵が人質にしている女性兵士達に『イタズラ』しないのはどうしてだと思う?」
「……あ、確かに何か変ね、勇者様だったらとっくにセクハラ三昧なのに……もしかしたら敵は勇者様と違って善の存在なのかも知れないわね」
「おいセラ、俺は間違いなく善の存在だと自負しているんだが?」
「まぁ、本当に思い込みが激しい異世界人なのね」
「おいおい、勘弁してくれよ……」
「まぁ冗談はさておき、確かに勇者様の言ったことは何か裏がありそうよね、敵が女性兵士に『イタズラ』をしなくて済む理由があるのよ、どこかに、それなりのものが」
俺の疑念は他のメンバーにも受け入れられたようだ、そしてもちろん俺は善の存在である。
そのまま『どうして敵が美人女性兵士ばかりの人質を前にして何もしないのか』という件に関して話し合いを進めるものの、一向に答えは出ない。
まず出てきたのは敵聖人君子説、これは敵が1人というわけではないこと、そんな奴が実在していることはあり得ないことなどを理由に却下された。
次いで出たのは敵フルタイム賢者モード説、しかし宦官でもない限りはそのようなことにはならず、これまでそういった敵に出会ったことがないゆえそれもあっさり否定される。
その後も様々な説が出るものの、どれも荒唐無稽、わけのわからないものばかりであった。
これは永遠に謎のままかと思ったとき、そこまであまり話に参加していなかったカレンが、何かハッとしたように口を開く……
「わかりましたっ、敵の人達はご主人様みたいにエッチなお店に通っているんですっ!」
「おいカレン! お前ちょっ、マジで何言ってんだおいっ!」
「え? 行ってないんですか?」
「行ってねぇしっ! 行きたいけど金ないから行ってねぇしっ!」
「……行けなくてかわいそうです」
「お前の食費が凄まじいからだろぉがぁぁぁっ!」
「あででっ、尻尾はやめて下さいぃぃぃっ!」
余計なことを仰るカレンには尻尾引っ張りの刑を執行しておく、俺がエッチな店に行っていたなど冤罪も……まぁ行っていたこともあるにはあるが、とにかく金のない現状ではそんな所に行く余裕などない。
しかしそのカレンの突拍子もない発言に、何人かのメンバーは『それだっ』という感じの顔をしている。
いや、俺がエッチな店に行きたいのが『それだっ』なのではなく、もっと別のことが『それだっ』なのであろうが……
「ねぇちょっと、勇者様がエッチな店に行きたいのは後で鉄拳をもって修正するとして、とにかく今カレンちゃんが言ったのは正解に近い、いや正解な気がするわ」
「というと?」
「ほら、敵は色んな所からお金を集めて、それで活動しているんでしょ? でも王都で嫌がらせする以外にはあまり目立った攻撃はしてこないじゃない、武器も沢山貰っているはずなのに全然使わないし」
「確かにセラ殿の言う通りだな、特にスポンサーとなっているのはあのロリコン野郎だけではないはずだし、本来であれば敵の資金はとんでもなく潤沢なもののはず、私の実家など余裕で上回る程にな」
「じゃあアレか、セラヤジェシカが言いたいのは反勇者、反王国の活動資金として悪い金持ちから大金を受け取った敵が、それを目的外のことに流用しているってことなんだな?」
「そうだ、そして悪い奴が資金を流用する先などもうひとつしか考えられない、それはエッチな店だっ!」
遠くを指さしながらドーンッ! という感じで指摘するジェシカ。
それがカッコイイとでも思ったのであろうか、残念ながら発言の内容に『エッチな店』を含む時点で普通にダサい。
で、そうなってくると話は早い、この辺りでそんな大金の浪費をして、尚且つそれを他の協力者、同志など、本当は損をしているにも拘らず信仰めいたもので馬鹿共の展開する活動に参加、搾取されている連中の耳にもその事実が入り辛いエッチな店。
それはもうひとつしかない、この地域のアホな人族とは一線を画す存在、そして料金が凄まじく高いうえに一度のめり込んだ者は魅了の効果で抜け出せない存在、それはサキュバスボッタクリバーである。
ここからは予想になるが、まず金持ちが自分に都合の良い世界を完成させるため、現体制に反対する危険な連中に対して多額の資金を提供している。
それで暴れてみせると約束した反勇者、反王国組織のトップ共は実働を下っ端に押し付け、その連中は自己の計算で王都での嫌がらせ、世界中での仲間集めに王国に対する誹謗中傷等を行う。
もちろんその中には王都などで調子に乗っている、もし敵の理想が実現した際には『中上層』になることが約束されている小金持ちが居り、実際の活動資金はほぼそこから出ている。
そして、最初にトップの連中が大金持ちから受け取った凄まじい量の金銀財宝、それはそのトップ連中によって着服され、下々の構成員の与り知らぬところで浪費されているのだ。
これは通常では考えられないことだが、残念なことにここは異世界、そしてそれをやっているのは根っからの悪者、当然収支報告書などは公開どころか作成すらしていないはずだし、その資金の流れが不透明極まりないのは当たり前のこと。
まぁ、間違いなくこの予想は正しいとして、それを今回の作戦にどう利用していくかだ……
「う~む、ここは海沿いにあるサキュバスの店、アレをどうにか上手く使えないものかな?」
「それは簡単ですの、こちらからもう一度文書を送って、取引場所をサキュバスの店……にするとまた壊すことになりそうなので、その横に仮設店舗を建ててそこに指定すると良いですわ、もちろん『朝まで貸切コース』で、料金はこちらが負担すると言っておくんですの」
「おっ、それならロリコン野郎の交換価値にサキュバスボッタクリバーの超高額な飲み代、合わせて女性兵士全員を返させる分ぐらいにはなるだろうよ」
「それで、良い感じに酔わせたところでサキュバスは全員退いて、仮設の建物ごと一網打尽にするんですの、もちろんその仮設店舗は屋外形式ですぐ設置出来て、あと上空の精霊様も監視し易いものを用意する、それならいけそうですわよ」
「ちげぇねぇっ! すぐに準備をして……と、手駒ランナーの方はまだ生かしておいてあるのかな?」
ユリナの提案にはすぐに全員が頷いたため、先程までずっと走り続けていたランナー(優勝者)をもう一度呼び出す。
優勝に関して賞賛され、これで助かったと安心していたようだが、なんと再びニセモノの毒薬を飲まされることになってしまったランナーは、絶望の面持ちで新たな文書を受け取り、フラフラと砦を出て行った、まぁそのうちに帰って来るはず。
「あ、そういえばサキュバスボッタクリバーの方にはどうやって説明をしましょうか? 今のところ通信手段がないんですが……」
「そういえばそうだったな、ドレドの船は……1週間経ったからもうトンビーオ村に戻ってしまったか、これは困ったな」
「でしたらエリナを呼び出せば良いんですの、ほら、ボタンでポチっと」
「本当に便利な悪魔娘だなアイツは……」
アイリスに護身用として持たせている2つのボタンが付いたデバイス、そのうちの『黒』をポチッとやると、すぐにエリナがその場に召喚された、もちろん全裸でだ。
もちろん砦の女性指揮官、そして隣で予行演習をしていた実働部隊の5人はびっくり仰天。
だが外の食事会場とは異なり、他の兵士、つまり野郎共の目にはエリナの裸が映ることがなかった、これはセーフである。
「勇者さん、どうして呼び出したのかは……もうだいたい想像が付きますが、とりあえず服を貸して下さい」
「エリナに合うサイズのは持っていないからな、俺のシャツを1枚だけ貸してやろう、ほれ、ちょっと丈が短くて丸見えだが、どうせ人ごみに行ったりはしないだろう?」
「え……えっと、これもう逆に素っ裸よりエッチな格好になってしまって……」
「細かいことに文句を言うな、でだ、ちょっと海沿いのサキュバスボッタクリバーまでお使いに行ってくれないか? 報酬はこれだ、砦の応接間にあった置き菓子丸ごと全部」
「わかりました、それで何を伝えれば?」
エリナにはかくかくしかじかと説明をし、理解させたところですぐに派遣する。
ボッタクリバーの仮設店舗は本当に簡単なもので良いし、無理ならその辺の東屋でも営業本部にして『野外フェス』的な感じでやっても構わないと伝えておいた。
それなら準備には時間も要らない、そしてコスト的にも、もし敵の誘導に失敗して計画がおじゃんになった場合でもそこまで痛くないのである。
ということであとはもうひとつの送った駒、ランナーの方の帰りを待つのみだ……
※※※
それから3日後、先に到着したのは再びこちらに派遣されたエリナであった。
もうボッタクリバーの仮設店舗は設置が終わり、テスト営業として大金を稼ぎ始めているとのこと。
そしてちょうどその日の夕方、砦の前に現れたのはランナー、ではなく敵の派遣した使節団であった。
ランナーは……使節団が骨壺を持っている辺り、向こうに到着すると同時に過労死でもしたのであろう、別に骨は返す必要がないのでゴミ箱にでも捨てて欲しい。
「勇者殿、何か使節団が門の前で待っていますが、奴等を招き入れますか?」
「いや、必要なものだけ受け取れば良いさ、そんでもって適当に焼き殺してしまえ、ああいう連中は何を持ち込もうとしているかわからないからな」
「では兵を出して書簡と……ランナーの骨壺は要りませんね、あと奴等が乗っている馬に罪はないので回収しておきましょう」
「おう、馬もあんな偏った思想の馬鹿に乗られて迷惑しているだろうからな、いわば被害者みたいなものさ、ということで頼んだぞ」
対応はすべて任せて引っ込んでいると、しばらくして馬が曳かれて砦の中へ、ついでに使節団の連中と思しき断末魔が遠くから聞こえてきた。
その後女性指揮官が持って来たのは前回と同じ敵の文書、指揮官の表情から察するに、どうやら敵は俺たちの提案を受け入れた、つまりは罠の第一段階に足を突っ込んだようだ。
「これでようやく人質交換が始められそうですね、期日は1週間後を指定してきていますが、それで構いませんか?」
「うむ、じゃあもう少し準備をして本番に備えよう、万が一のために実働部隊の防御策も考えないとだからな」
「ではその流れで、1週間後ですと4日後にはここを出たいですね、我々のような王国軍の人間を受け入れる宿泊施設はないでしょうし、最低でも1泊は野営できる準備も必要です、そのつもりでお願いしますね」
「わかった、こちらも準備を整えておくことにするよ」
ようやく決まった人質交換の期日、ここからはもう何が起こるかわからない。
願わくば作戦は成功、味方は無傷で敵は殲滅、その未来を目指して準備を進めていくこととしよう……




