535 走れ手駒
「勇者様、先程復活の泉を警護していた部隊から連絡があったそうで、立入禁止エリアに接近して来た反勇者のゴミムシを捕縛したとのことです」
「でかしたっ! それならそのゴミムシに色々と情報をくれてやろう、こちらと敵側の通信係にするんだ」
「ええ、では早速ここへ連れて来るよう命じておきますね」
砦に来てから3日目の昼、わけのわからんジジィをブチ殺した竹林の近くに、そのジジィによって開設されていた『復活の泉』を見張っていた兵士が敵、つまり旧共和国領に巣食う大馬鹿者を捕らえた。
マリエルが受けた報告によると捕まったのは5匹、本当は6匹居たのだが、1匹は見せしめとしてその場で惨殺してしまい、残りの足がすくんで動けなくなった情けない馬鹿を捕縛したのだという。
その5匹を使えばかなり手間が省けるな、どうしようかと思い悩んでいた敵とのコンタクト、それを代行してくれて、しかも鉄貨1枚すらくれてやらずに、さらには用済みとなった際に殺してしまっても構わない便利な駒がゲットされたのである。
馬鹿共を捕まえた森はここから馬車で半日程度、兵士がその事実を早馬で伝えに来たのであれば、おそらく今日中にはその身柄が到着するはず。
しかし無能ばかりだと思っていた砦だがなかなかやりよる奴が……いや、別にうっかり立ち入り禁止エリアに入り込んだ雑魚敵を捕らえることなど、別に普通の業務であって別段の報酬や賞賛を与えるようなものでもないか……
「うむ、じゃあとにかくその連中の到着を待とうか、話はそれからだ」
「ええ、それとそろそろ昼食の時間だそうです、厨房からカレーの香りが漂っていましたよ」
「そうか、今日も外の食事会場で食事にありつけない野郎共を眺めながらの会食だろ? やっぱ野外で食べるのはカレーに限るよな」
「そうですね、少しカレーの話を引っ張りすぎな気がしますが、ネタがない以上それも仕方ありませんね」
「ん? マリエルは何の話をしているんだ……」
よくわからないことを言うマリエルと共に食事会場へ向かう、他の仲間たちは既にテーブルで待機、カレンやリリィはスプーンと、なぜかフォークを握りしめている、きっと肉塊のゴロっと入ったカレーが提供されるため、その肉を一気に食らうためのフォークに違いない。
「遅いですご主人様、一体今まで何をしていたんですかっ!」
「すまんすまん、部屋でまったりしてたらこんな時間になってしまったんだよ、マリエルからの報告もあったしな」
「全く、もう先に食べ始めちゃおうかと思いました、ということで早くカレーをっ!」
すぐに運ばれて来たのは俺達に合わせた3種のカレー、肉、野菜、そしてドM専用激辛カレーだ。
俺はそのうち肉と野菜のものをミックスして頂く、特別仕様であるカレンとリリィのものには七面鳥が1羽、まるごとローストされて入っているではないか、とんでもないカレーである……
「はい、じゃあいただきま~っす!」
『うぇ~いっ!』
とりあえずカレーをガッつき、ここまでの空腹を癒す。
腹が落ち着いたら次は作戦に関しての話だ、先程マリエルから受けた報告に基づき、砦の女性指揮官も加えて『敵との交渉』を有利に進めるための算段を立てる。
「……ではまず5匹のうち1匹に情報を与えて解放したらどうでしょうか?」
「う~む、だが連中は総じて薄情だし卑劣だ、もし自分だけが解放されたとしたらどうすると思う? きっと他の仲間のことなんかあっさり忘れて1人で逃げるだろうよ」
「それもそうですね、通常であれば仲間のことを思って行動するはずですが、奴等にその理論は通用しないでしょう、となると言うことを聞かない場合には本人が命を落とす仕掛けを作らねばなりませんね……」
「ああ、そうなんだがその『仕掛け』をどんなものにするのかが問題なんだ、誰か良い案が……食ってばかりでほとんど聞いていないようだな……」
話をしているのは俺と女性指揮官だけで、あとはもうカレーに夢中だ、まさかの精霊様もである。
これでは話にならないので少しだけ待ち、比較的知能が高いメンバーが満足を得てカレーから目を離すのを待った。
しばらくすると体型を気にしているジェシカが名残惜しそうに、体の小さいサリナが満腹といった感じで、そしてようやく俺達勇者パーティーの頭脳であらせられる精霊様が前を向いた……
「……で、一体何の話をしていたわけ? 仕掛けとか何とか言っていたみたいだけど、ここからでも話に参加出来るようにもう一度最初から全部説明しなさい」
「え~っと、とりあえず復活の泉を見張っていた兵士が反勇者か反王国、どちらかまたは両方に属する馬鹿を5匹捕らえたんだ、それを……」
「凄まじく残虐な方法で処刑するのね、それなら私に任せなさいっ!」
「話を最後まで聞け、その連中にはこちらの駒として活躍して貰うことになったんだ、主にこちらがロリコン野郎を押さえていること、その身柄を人質にされている女性兵士達と交換したいことなどを敵に告げに行く役目だな、だがそれだと……」
「逃げ出しそうなのね、極めて非常識な連中だから仲間の命がどうのこうのという脅しも通用しないし、どう足掻いても逃げ出して役に立たないわね」
「まぁそういうことなんだ、そこでその『駒』が逃げ出さないための効果的な脅しをだな……」
「それをこの私に考えて欲しいわけねっ!」
「お、おう……」
ひたすら話を遮ってくる精霊様にタジタジしつつ、ついでにこちらの会話に興味を持ってくれた他のメンバーも交えて話を進める。
そしていろいろな案が出た、だが呪いの力で駒を縛り付けてどうのこうの、時限式の魔法でキッチリ行って帰って来ないと頭がパーンッ……と、どれも非現実的で実行するに値しないものばかりであった。
「う~む、これじゃいかんな、どうにかして逃がさず、変なタイミングで殺さず、伝令としての役割を果たして貰わないとなんだが」
「あ、でも時限式の魔法とか何とかじゃなくて、毒を盛ってから行かせればどうにかなるんじゃないですか? 解毒剤はこっちにあるからちゃんと戻って来いよ、あと要件を敵に伝えない限り飲ませてやらないぞって」
「おう、サリナのはなかなか良い案だな、だがもう一押し、何か良い方法が……」
「だったら全員に毒を飲ませて派遣してしまえば良いんですの、もちろん解毒剤は1匹分だけ、最初に戻って来た駒だけが助かる権利を得られる、そんな感じで脅せばどうにかなると思いますの」
「なんと、さすがはユリナだ、悪魔っ子の頭目だけのことはある、それでいこうぜっ!」
「悪魔っ子の頭目って、もっとマシな言い方はないんですの……」
全員、といってもカレーに夢中で聞いていない仲間が大半なのだが、とにかくユリナの案は受け入れられ、作戦の第一段階、敵に人質交換の話を持ち掛けることに関してはそれでいこうということに決まった。
あとは5匹の大馬鹿野郎が連行されてくるのを待ち、毒薬を……これはニセモノでも良さそうだな、解毒剤がないと死ぬとか何とか言っておけば余裕で騙せるはずだ。
で、それが成功したらいよいよ本チャン、ロリコン野郎と王国軍女性兵士の交換である。
誰1人として見捨てない、傷を負わせない奇跡の救出劇として、後世に俺達勇者パーティーの名が残る事案として、ここは確実に大成功を収めたいところ。
まぁ、まずは第一作戦の成功がその可否を握ってくることになるな、とりあえず連行部隊の到着を待とう……
※※※
その日の夕方、宿泊している部屋を訪れた女性指揮官から『例のブツ』、即ち俺達が手駒にしようと考えている馬鹿5匹が到着したとの報せを受ける。
いつも処刑が行われている広場に連れて来ているとのことでそこへ向かうと、いかにもな感じのモブキャラが5匹、檻の中に入れられて泣き叫んでいた。
ワーワーと喚き散らし、どうにか自分だけは逃がしてくれと口々に懇願しているようだ。
これでは収拾がつかないゆえ、まずは黙らせて……その必要はないらしいな……
タイミング良く、そこではちょうど捕縛された覗き魔に対する死刑が執行されているところであった。
俺の居るポジションからはちょうど柱の影になって見えないのだが、凄まじい方法で殺害されているのは音や悲鳴でわかる。
本当に軽微な、それこそ『服装の乱れ』程度の罪でも打ち首や縛り首だというのに、風呂を覗くなどという重罪を犯した兵がどうなるかは容易に想像が付くものだ。
だがもちろん、森の中で捕らえられ、今しがたここへ到着したばかりの『手駒予定者』にはこの砦の実情がわからない。
最初に目に入った光景が、王国兵が同じ王国兵を残虐な方法で処刑する瞬間、それは恐怖を植え付けるには十分なもので、見てしまった以上はもう黙らざるを得ないものでもある。
ということで静かになった5匹の馬鹿に接近し、こちらの要求、そしてニセモノの毒薬を突き付けよう……
「ようお前等、死にたくなかったら俺の話を聞きやがれ、あと俺の言うことを聞いて、良いように扱き使われやがれっ!」
「ひぃぃぃっ! おっ、お前は異世界勇者だなっ⁉」
「そうだよ、よく知っているじゃねぇか、正解者にはこの『飲むと1週間後に死ぬ遅効性の猛毒』が入った小瓶をプレゼントしようではないか、あ、もちろん不正解者の分もちゃんと用意してあるぞ、小瓶のグレードは下がってしまうがな」
「そんなものを俺達に飲ませてどうしようってんだっ? まさか1週間の間恐怖に苦しむ姿を見て……」
「というかそもそも何なんだここはっ! どうしてそんな気軽に処刑が執り行われているんだっ? 絶対におかしいだろっ!」
「ごちゃごちゃうっせぇんだわこのゴミムシ共がっ! サッサとその小瓶の中の『猛毒』を飲み干しやがれっ! さもないとこの場で火炙りの刑に処すぞっ!」
『ひぃぃぃっ! のっ、飲みますからそれだけはっ……おぇぇぇっ!』
簡単に騙されて偽の毒薬を飲み干した5匹、もちろん俺が飲むわけではないのでイチゴ味だのメロン味だのにはしていない、素材本来の深みを生かしたゲロマズ生ゴミウ〇コ味だ。
飲んですぐに身体的な変化が現れず怪訝な顔をしている5匹に対し、ひとまず『毒』は1週間後にいきなり発動すること、それまでは普通に生きて喋って活動することができることなどを伝えた。
もちろん嘘は良くないのだが、そもそも毒とは何か? それは俺やこの砦の女性指揮官が振るう処刑の一振りである、つい今飲み干した小瓶の中身が毒だなどとは一言も言っていない。
1週間後に突如として訪れるこの連中の最後は、ここに戻って来てすぐに受けることになる処刑によってもたらされる。
その事実を知らないことこそが毒であるともいえよう、そう考えていたら自分でも何か毒なのかわからなくなってきたが、とにかくこの連中は致死性の恐ろしい毒の恐怖に見舞われている、それだけは確かなことだ……
「さてと、え~っ、皆さんには毒杯を煽って頂いたわけですが、実はこの毒に関してはまだ研究が進んでいないものでして、なんとなんと解毒剤が1人前しか存在していないのです、これは誠に残念無念なことですね、はい、あ、ちなみに1週間以内にこれを5人前まで増産することは不可能です、これはこれは困ったことですね、はい」
「どどどどっ、どうしろって言うんだそんなんでっ⁉」
「そうだっ! 解毒剤が1人前ってことは、この中の1人しか助からないってことじゃないかっ!」
「ん? まぁもちろんそういうことになるんだがな、で、唐突ではあるがここでお前等にミッションを授ける、よく聞いて実行しろ、一番最初に達成した者にはなんと、この大変貴重な解毒剤がプレゼントされますっ!」
『ウォォォッ! これはアツい戦いだぁぁぁっ!』
適当に煽ったところ、勝手に盛り上がりだした5匹の馬鹿、相当に知能が低いらしい。
だがそこで芽生えた競争意識、ガチで命が懸かっていると思い込んでいるその意識の力は偉大。
これまで『仲間』や『同志』などとして苦楽を共にしてきたはずなのだが、この時点でもう同じ檻の中の他者は『ライバル』、命を繋ぐためのゲームにチャレンジするうえでの『蹴落とすべき敵』なのである。
これは面白いことになりそうだ、ちなみに作戦自体の破綻を防ぐため、お互いに殺し合いをすることだけは即失格にするとして禁じておいた。
そうでもしないとこの場で殺し合いが始まりそうな雰囲気なのだ、先程まで身を寄せ合っていた仲間を睨み付け、隙さえあれば首でも絞めてやろうという構えの5匹、本当に自分のことしか考えていない連中である。
「よし、じゃあお前等にはこの文書を渡しておく、これを仲間……そうだな、俺達に楯突く馬鹿共の中で、最近卑怯にも王国の女性兵士を人質に取った連中の親玉に渡すのだ、書簡の中に返信用封筒が入っているから人質交換について希望の日時を書いて提出するよう告げる、どうだ、お前等の足りない知能でも今の話が理解出来たか?」
『わ……わかった……』
「よろしい、では出発とする、GOだっ!」
『ウォォォッ! 俺が一番乗りだぁぁぁっ!』
5匹は大急ぎで走って行った、そもそも女性兵士を人質にしている組織やその親玉の居場所を知っているのかどうかが問題なのだが、まぁどうせそういう連中は例の海沿いの街を拠点にしているのであろう。
ここからダッシュでその町まで行って、文書を渡して帰って来る、またはその場で返信を受け取って戻ればちょうど1週間程度か。
少なくともこの5匹がターゲットを発見する前に1週間が経過し、時間の経過で死なないことが発覚してしまうというような事態に陥る可能性は低そうだ。
あとは待つだけ、駒となった5匹の内の1匹でも戻ればその時点で第一段階はクリアに等しい、それまでここに滞在し、贅沢で気楽な暮らしをしておくとしよう……
※※※
駒と共に文書を発送してから5日後の朝、何やら砦の外が騒がしいとの報告を受ける。
どうやら駒のうちひとつが帰還したようだ、少し様子を見に行ってみるべきだな。
ちょうど近くに居たセラを誘い、砦の門の上にある見張り台に上る……
「あ、見てよ勇者様、ほら何か走って来たわ、ヨレヨレだけどたぶん人間なんじゃじゃないかしら?」
「う~む……本当だ、都市伝説に出てくるクネクネに見えなくもないが、疲弊し切った人間である可能性は否定出来ないな」
「……と、後ろからもう1体来たわよ、これはかなりのデッドヒートになる予感ね」
遠くから必死で走って来ているのは2匹、前を走る、即ち暫定1位の馬鹿はヨレヨレだが、その後ろを行く暫定2位の馬鹿はまだ多少の余裕がありそうだ。
これは最後の大逆転もあり得るか? いや、暫定1位の方もここで追い抜かれれば解毒薬を貰えないことぐらい頭に残っているはず、自分が死なないよう、そしてライバルを蹴落とすよう必死になって逃げるはず。
その証拠に一瞬振り返った暫定一位は追跡者の姿を見て奮い立ち、ペースを上げて走り出した。
そもそも解毒薬など飲む必要はないのに、そして1位になったところでどうせ命はないというのに、ここまで必死だと本気で応援してやりたくなるな……
「頑張れ~っ! ほら、後ろのお前ももっとペースを上げろっ! このまま負けていたら死ぬのはお前なんだぞっ! おいっ、そこだっ、刺せっ、刺すんだっ!」
「そういえば他はどうしたのかしらね? 全然姿が見えないけど」
「さぁな、その辺で野垂れ死にでもしたんじゃないか? そんな情けない奴は駒としても人としても不要だし、今は頑張っているあの2匹を応援してやるべきだろ」
「それもそうね、頑張れ~っ! どっちも負けて死になさ~いっ!」
頑張っている者に対して非常識な応援をする薄情者セラにデコピンなどしつつ、砦の兵士がふざけて下に張ったゴールテープを注視する。
完全に横並びの勝負、速度は一致、これではどちらが勝ってもおかしくない、いや、そもそもどちらが勝ったのか判断する方法が見当たらないという結果になってしまいそうだ。
写真判定だの何だのといったハイテク技術の存在しないこの異世界において、物事の勝敗を決めるのは雰囲気、それに贔屓のふたつなのだが……と、今回に関してはその必要はなさそうだ……
『あの野郎めっ! 足を引っ掛けやがったぞっ!』
『卑怯者めがっ! あんなもの失格だ失格!』
『失格! 失格! 失格! 失格!』
なんと暫定2位位に付けていた、そして見事に追い上げ、暫定1位の選手に並ぶまでになったその馬鹿が、1位を妨害する目的で足を引っ掛けて転倒させたのだ。
何たる卑劣、何たる幕引き、これは砦の中から勝負の行方を見守っていたギャラリーの望んでいたエンドとは違う。
沸き上がる『失格コール』、飛び出して行った兵士に殴られた元暫定2位(失格)は気絶し、逆に立ち上がった暫定1位が這い蹲ってまでゴールテープを切った。
今度は歓喜の渦に包まれる砦の兵士共、これで決着、ニセモノの解毒剤を受け取った優勝者はやり切った顔でそれを一気飲みする、もちろん効果などない。
「さてと、茶番は面白かったんだが、文書に対する返事はどうなんだろうな?」
「勇者様、アイツ変な筒を持っているわよ、きっと返事をそのまま持って来たんだわ」
「うむ、それなら話は早い、だがあんな奴が汗でベタベタの手をもって握り締めていた書簡などには触れられないからな、回収させて、後でじっくり読むこととしよう」
偽解毒薬を飲んで安心したのか、その場でバッタリと倒れて気絶した手駒(優勝者)、まぁ頑張った褒美にしばらくは生かしておいてやろう、もう1匹の卑怯者はもちろん惨殺刑となる運命。
もちろん自分が悪いのは百も承知のはず、アツい真剣勝負でズルをして興醒めさせるような輩は苦しんで死ぬのが妥当なのである。
で、優勝したものの倒れてしまった駒野郎、その手から転がり落ちた敵からの返信と思しき文書は、その場で砦の兵士が回収していたようだ。
次の食事会では以降の作戦に関してそれに基づいた話を進めていこう、いよいよ今回の旅の本命、人質交換のフェーズに移行するのだ……




