529 救出だけは成功
「それでカレー皿とスプーンを救出せずに帰って来たんですか?」
「いや、だって美少女すら救えなかったんだ、カレー皿なんぞ……」
「問答無用! 人の命とカレー皿、どっちが大切だと思っているんですか?」
『……それはさすがに人の命です』
「カレー皿ですっ!」
『えぇぇ……』
仲間の下に戻った俺とマーサ、マリエルの3人であったが、月のジジィの話をしたにも関わらず、というか1人の美少女がまだそのジジィによって捕らわれているにも関わらず、正座させられて説教されている。
確かにカレー皿の救出に失敗したという事実がそこにはあり、悪の組織であればそれだけで処刑、この後に最後のチャンスをくれなどと要求しても到底通らないレベルの失態だ。
まぁ、それでもカレー皿ロストに対するミラの主張は異常だと思うのだが、ここでそれを主張すると本当に処刑されかねないので黙っておく。
というか、ミラが利益を得、損失を被ることに関して理不尽なのは今に始まったことではない。
そんなことよりも今はどうやって敵を、ミヤツコのジジィをこの世から消し去る、或いは首だけにして月へ送り返すかを考えるべきだ。
既に食事の片付けを終えていた仲間達全員を集め、焚火を中心に丸くなって相談を始める……
「よし、全員居るな、じゃあちょっと作戦会議をしようか、奴はマジでとんでもない強敵だ、しかも1ヵ月後にはあの美少女を連れて月へ帰るとか言っていやがる」
「月へ? そんな所までどうやって行こうというわけ? 勇者様は知らないかしら、アレって見えてはいるけど本当はめっちゃ遠いって話なのよ」
「うむ、通常は不可能だろうが、奴ぐらいの実力があればどうかわからない、しかも奴が自分で言っていたことなんだが、月の連中はもっと強くて賢いらしい、この星と月を行き来する技術があったとしてもおかしくはないぞ」
「へぇ~、でも目的が見当たらないわね、故郷の村を出るぐらいの軽いノリでこんな所まで来ちゃってさ……」
セラの疑問はもっともだ、だが月からやって来たパターンでは、まぁ本来はジジィではなく美少女の方でないとおかしいのだが月で犯罪を犯して流された、という説が考えられる。
もちろんあのジジィが流され、幼児化して竹の中に封印されていたと考えるとなかなかキモいし、発見者もその場で叩き殺して『処理』するはずだ。
となると他の、あのジジィは何か別の目的でここへやって来ていた、それはあの美少女を捕まえて連れ帰り、嫁として紹介するためだけなのかも知れないし、そうではなく、もっと別のミッションを課されているのかも知れない。
場合によっては『侵略のための戦士』として変なカプセルに入れられて送り込まれた……と、それはフィクションの見すぎなのであろうが、あのジジィの、ミヤツコの強さはそれを彷彿とさせるものであったのは確か、まともに戦って勝てる相手ではないことを皆に伝えておくべきだな……
「あ、そういえばご主人様、私達はこんな暗いところで丸くなっていて良いんですかね?」
「ルビア、それはどういうことだ?」
「だって、女のこの1人は音もなく攫われたって、となると後ろの森が見えない私達もいつ狙われるか……」
「……恐いこと言いやがって、とりあえず馬車の中に避難しようぜ、外の女の子は……車体に縛り付けてしまおう」
こんなことになるのであれば美少女達をドレドの船、或いはアンジュ達の滞在するメインボッタクリバーに預けて来れば良かった。
だがその場合にはとんでもない脅威であるミヤツコのジジィを見過ごしていたということになる。
だが現実ではこうやって奴の生じさせたトラブルに巻き込まれているわけだし、どちらもあまり芳しいとは言えないか。
美少女達を車体に括り付ける作業は、キモいジジィに攫われたくない本人達の協力によってスムーズに進んでいく。
全てが終わったところで俺達は馬車の中に入り、全員居ることを再びキッチリ確認して会議の続きを始めた。
「それで、そのジジィはあと1ヶ月ぐらいここに滞在するとか言っていたのよね?」
「ああそうだ、なぜ1ヶ月なのかはまるでわからんが、そういう期間とかが決められているのかもだし、あまり深くは考えなかったな」
「1ヶ月ねぇ……せっかく美少女をゲットしたのにそれを取り返そうという勢力のすぐ近くに1ヶ月……」
「精霊様、奴は少なくとも俺達のことを舐め切っていたんだぞ、『取り返そうとする勢力』なんて感じてはいないと思うんだ」
「いえ、自分の強さを信じて、私達のことをどうということはない雑魚だと思っている可能性はあるけど、それでも邪魔が入る可能性があるなら……ね、普通は一旦でも良いから帰ろうと思うわよね?」
「私もそう思いますの、ねぇサリナ?」
「う~ん、確かに、目的物を入手したのにそこへ留まって妨害を受け続けるなんて少し考えにくいです、そのおじいさんは何か理由があってその竹林に滞在を続けている、もちろんそれがプラスの作用を得るためなのか、それともすぐ帰ることによるマイナスの作用を回避するためなのかはわかりませんが」
「あとアレですの、『何らかの理由ですぐには帰ることが出来ない』ってことも考えられますの、例えば1ヶ月経たないと転移装置の魔力充填が終わらないとか、そんな感じの理由で……」
「……何だかもう良くわからなくなってきたな、とりあえず明日の夜また奪還作戦をするとして、今日はもう寝ようぜ、難しい話ばっかしてると馬鹿になりそうだ」
精霊様の抱いた疑問からどんどん話が続いていく、このままだと収拾が付かなくなってしまうため、そして既に眠そうにしているお馬鹿メンバーに次いで俺まで話に付いていけなくなってしまうため、本日のところはここで切上げることを提案する。
もちろん他のメンバーもな眠くはあるはずだし、深夜にあまり難しい話をしたいなどとは思って……いや、そうでもないようだ、ユリナやサリナは話し続けているし、ジェシカも精霊様もそこに加わるようにしてトークしているではないか。
いかん、このままだと朝まで議論大会だ、これは『わからないがとりあえずやってみる』を是とする俺達勇者パーティーの取るべき道ではない。
もちろんこれまでを遥かに超える次元にある『未知の敵』に対しては考察を重ね、尤もらしいしっかりとした対策を付して討伐作戦を開始すべきではある。
だが今回に関してはその『未知』さが異常だ、これまで魔王軍だの人族内でのアホな裏切り勢力などを相手にしてきたというのに、ここでいきなり月からの侵略者(自称)なのだ、考えても考えても、その実態を前提として把握していない俺達には何もわからないと思うのだが……
「……よし、では明日は日の高いうちに作戦を決行するということで決まりだな」
「ええ、ここに残す部隊と実働部隊に分けて動くのよ、近接戦闘が出来る子は半分居残りね」
「っと、お前等ちょっと待った、どうしていきなり昼のうちに作戦を開始することになってんだ? そういうのは夜中、闇に紛れてやるのが効率的なんじゃ……」
「いや主殿、そのミヤツコという老人は夜行性である可能性が非常に高い、聞いた限りでは暗くなると同時に寝て暗いうちに目を覚ますご老体のようだが、それがこんな時間に活動しているということはもうそういうことに違いないんだ」
「そうか? まぁ一理あるともないとも言えないが、だがやってみる価値はあるかもな、もちろん失敗して発見されたら大事だが」
「それは夜間の作戦でも同じだ、マーサ殿曰く敵は闇の中で自由自在に動いていたとのことだし、案外昼に戦った方がこちらには有利になるかも知れない」
確かにミヤツコんのジジィは月明かりの中で竹林を、正確に竹を蹴って反動を付けるようにして飛び回っていた。
あれはもうしっかり見えていなくては出来ない芸当だ、つまり奴はガチで夜目が効くということ。
そしえそれは相談している4人、それに加えてボーッと話を聞いているアイリスの考えに基づく、『ミヤツコ夜行性説』とも矛盾しない、というかお互いに補完し合うような仮説となっている。
ということでこの居残り会議チームの決定を尊重し、翌日は朝からチーム分けをして、再びあの竹林に挑むこととなった。
とりあえず寝ようということで馬車の扉を、そして窓を全て閉め、一応の警戒をしつつ交代で就寝する。
そのまま特に何も起こらず、森はキンキンに冷えた冬の朝を迎えた……
※※※
「33……34……35、よし、全員居るようだ、やはり昨夜のうちにはミヤツコの奴がまたここへ来たりはしなかったってことだな」
「ええ、もう『嫁』をゲットしたから十分ということなんでしょう、もちろんその『嫁』も取り返さなくてはなりませんが」
「ああ、じゃあセラ、ルビア、美少女達を車体から……」
「ちょっとっ! 恐いからそのままが良いんだけどっ!」
「そうよっ、ここから剥がされて攫われたらどうするのよっ!」
「私は縛られるのが好きなのでそのままで……」
そのままではかわいそうということで車体から引き剥がそうとしたところ、美少女達は口々に現状維持を要求する。
もちろんトイレに行きたいのか、一時的に解放してくれと言う者も居たし、中には別の理由で縛られていたい者も多かった。
とりあえずそちらの処理はセラとルビアに任せ、俺は再び敵の滞在する竹林を攻めるためのチーム分け会議に参加し、いい加減なくじ引きを作成する。
参加者として、昨夜実際にミヤツコの恐怖を体感した俺とマーサ、マリエルの3人は確定。
前衛を2人居残りにしたいということで、ミラ、カレン、ジェシカの3人にくじを引かせて1人を連れて行くのだ。
そう思って用意し、あとは引くだけとなっていたくじだが……
「勇者様、私は居残りで構いません」
「私もだ、ここを守ることを優先したいと思っている」
「ほう、カレンは?」
「私は強い奴が居るなら絶対行きたいです」
「せっかく作ったくじが無駄になったぞ、渾身の出来だったのにな、まぁ割り箸(使用済み)に印しを付けただけだが、しかしミラとジェシカは何だ? ここで居残りを希望するとは……あっ、まさかっ!」
『そのミヤツコというのがオバケでないという確証は……』
「やっぱりそういうことか、となるとルビアは……お~い、ルビアはどうする? 行きたいか行きたくないかだが」
「私はご主人様と一緒の方でお願いします、敵がオバケかもだけど森に残ってもオバケが出ないとは言い切れません、だからいざとなったらご主人様を生贄にして私だけでも逃げます」
「どんだけオバケ嫌いなんだよ、てか俺を生贄にするんじゃねぇ」
この期に及んでオバケがどうの、心霊現象がどうのという理由でビビッている3人には後で、いや今すぐに再教育が必要だ。
とりあえずジェシカの脇腹を抓り上げつつ、出動する最後のメンバーを精霊様と決定する。
俺、カレン、ルビア、マーサ、マリエル、精霊様の6人部隊、前回の突撃チームとは少し変わったものの、十分に信頼の置ける仲間達だ。
現在はまだ朝早い時間帯、朝食を取り、アイリスが作ってくれたお弁当サンドウィッチを持って出発の準備は完了だ、すぐに出れば日が高くならないうちに竹林へ到達出来るはず。
いや、俺の分のサンドウィッチは肉だけリリィに食べられてしまったようだ、今から作り直すとのことなのでもう少し時間が掛かるか。
カレンはやる気満々、精霊様も『未知の生物』であるミヤツコとの遭遇……というか試しに殺してみることに心躍らせている。
しばらくして追加のサンドウィッチが俺の下に……なぜかカレンが受け取ったではないか、俺の所に回ってくるのはいつも通りパンと野菜、いや今日はマーサも居るゆえパンだけになりそうだ。
まぁ良い、そんな些細なことよりも今は出発して無事に竹林へ到達、ミヤツコのジジィの寝首をどうこうしてしまうことだけを考えよう……
※※※
「……で、これはどういうことだ? なぜミヤツコのジジィが居ない? そしてなぜ玄関の前で中級雑魚魔族が死んでいるんだ?」
「あっ、ご主人様、クローゼットの中に誰か居ますよっ!」
「マジかっ! あのクソジジィま、そんな所で寝ていやがって、オラァァァッ!」
『むぐーっ! ひゅーっ!』
「あれ? 美少女さんでしたか、これは大変に失礼を……おいっ、何だか知らんが今のうちに逃げるぞっ!」
結論、竹林の中の竹ハウス、昼間は何の不気味さもない単なる掘っ立て小屋なのだが、そこにあのミヤツコというジジィは居なかった。
変わりに落ちていた中級魔族の惨殺死体、そしてクローゼット(竹製)の中で縛られていたのは攫われ、嫁として月に連れ帰られることにされていた美少女。
魔族の死体には争ったような形跡があったのだが、今はもうそれを調べている暇ではない。
ジジィが、あの勝ち目のない強さを誇るミヤツコが戻る前に美少女を連れて、それから外に落ちたままとなっていたカレー皿とスプーンを救出して逃げるのだ……
「はぁっ、はぁっ、さすがに一人担いで森を走るのは大変だぞ、せめて誰かカレー皿を……」
「ん、もう走らなくても大丈夫だと思うわよ、昨日覚えた敵の臭いがしなくなったもの」
「それに竹林を抜けましたし、昨日の感じだとこれ以上は追って来ないのでは?」
「だと良いんだが、とにかくお前、ここから歩けるか?」
『んぐっ、んぐーっ!』
首を縦に振りながら足をバタバタさせ、自分で歩けるということをアピールしてくる美少女。
肩から降ろしてやり、猿轡を外して膝を縛っていた縄も解いてやる。
ちなみに手を縛っていた縄はそのままだ、そもそもこの子は囚人なわけだし、一応は縛っておかねばならないということ。
さらにかなりの恐怖を味わったわけだし、何か些細なことをキッカケにパニックを起こし、逃げ出さないとも限らない。
「それで、お前は昨夜俺達が敗そ……転進した後に何があったか見ていたのか? もし何か見たのであれば歩きながらで良いからちょっと教えてくれ」
「え~っと、色々ありすぎて何から話すべきなのか……」
とりあえず仲間の下へ戻りつつ、昨夜から捕らわれていた美少女に話を聞く。
どうやら俺達が去った後、ミヤツコのジジィはやれやれといった感じで彼女を連れて竹で出来たハウスへ戻り、手も足も使わず、不思議な力のみをもって、あっという間にそれを修理して見せたのだという。
その後再び椅子に縛り付けられ、途中で縄を解かれたと思いきや全裸にされてぬるま湯でゴシゴシと洗われ、大変な屈辱を受けたうえで再び縛り上げられたそうだ。
時は流れて朝方、恐怖と悔しさで寝られずにいると、突如尋ねてきたのはあの死んでいた中級魔族、話しぶりからしてミヤツコとは元々知り合いのようであったとのこと。
「それで、どうしてあの中級魔族が死ぬ運びになったんだ?」
「良くわかりませんが、魔王軍とか魔王城とかの保守管理がどうのこうので、おじいさんの方は帰るからもうムリ、魔族さんの方は契約が何とかと言っていて、それでそのうち喧嘩になって……」
「うわっ、こんなところでも魔王軍かよ、ホントにあいつらはどこにでも現れるな……で、その雑魚キャラ中級魔族さんは瞬殺された、そういうことだな?」
「馬鹿ね、あんな強いのに戦いを挑むなんて、さすがは知能の低い中級魔族だわ」
「おいマーサ、それはお前が言えることじゃないと思うぞ……」
人様に対して知能が低いのどうのこうのと言う前に、まず自分の頭の悪さどうにかしろとマーサを嗜める、というか頭をポクポクと叩く。
竹林からかなり離れ、俺達にはそんなことをしてふざける余裕が出来たのだが……どうやら美少女の方が何やらまだ言いたいことを言い切っていないようだ……
「あの……えっと、その……」
「どうした? 何か情報があるなら洗いざらい供述するんだ」
「え~っと、その魔族さんですか、殺されちゃった方、結構頑張っていた、というかおじいさんとほとんど互角だったんですが……」
「いやそんなはずねぇだろ、あんなのどこからどう見てもゴミ以下のド低脳中級雑魚ウ○コションベン魔族だったじゃねぇか、適当なことを言っていると鞭でシバき倒すぞっ!」
「ひぃぃぃっ! 本当なんですってばっ、魔族さんと戦ったおじいさんは大怪我をして、血塗れになりながらフラフラとどこかへ行ってしまったんです、皆さんが来るほんの30分ぐらい前にっ!」
「マジかよ……」
美少女が嘘を言っているようには思えない、こちらを、そして疑いの眼差しでジッと見つめる精霊様の目をまっすぐに見返してそう主張するのだ。
いや、そういえばあの殺害現場に広がっていた血がおかしかったような気もする。
死んでいた魔族からは紫色の血が流れていたのだが、それとは別に、俺達と同じ赤い血が飛び散っていたはず。
その場では特に気にしなかった、そんな余裕はなかったし、そもそも下級、中級魔族ぐらいの『雑魚敵として殺されるために生まれてきた生物』ともなると、血がツートンカラーであったり5色から好きなものを選べたり、はたまた空気に触れると色が変わったりと様々で、ブチ殺した際に派手なエフェクトとしてそれが飛び散るのだ。
ゆえに現場に残っていた血痕は魔族のものだけだとばかり思っていた。
だが美少女の証言では、その中にミヤツコのジジィによって流されたものが含まれているということ。
しかしどうしてあの強さを誇る奴が、あんな中級魔族などからダメージを、しかも互角に戦っていただと? あり得ない、通常どころか控えめに言ってもそんなことになるのは考えにくい、雑魚魔族はどこまでいっても雑魚のままなのだから。
……いや、もし何らかの理由でミヤツコが弱体化したのだとしたら? 中級魔族如きと同程度までその力を落とす何かが生じていたのだとしたら? そして、結果的には死亡した魔王軍の下っ端たるその魔族も、弱体化のタイミングを熟知したうえであの場所を訪れていたのだとしたら?
もしかしたらこの辺りがミヤツコを討伐する鍵となるかも知れない、急ぎ帰って、この美少女から更なる情報を引き出そう……




