528 やっぱり1枚足りない
「はい、カレーが完成しました」
「うむ、大人数で、かつ野外で食事をする際はカレー1択だな、大変に良い料理だ、考えた人は俺に近いレベルの天才に違いない」
「勇者様、馬鹿と天才は紙一重ですよ、そして勇者様は『紙一重で馬鹿』の方です、天才には近いのに残念なことです」
「ぐぅの音も出ねぇよ……」
と、いつもの如くミラにディスられてぐぅの音も何とやらだが、先程から腹の虫の方は元気にグーグーと鳴いている。
予想外に手前での野宿、完全に森の中での野営となってしまった以上、それをキャンプ風にして楽しむのが俺達のやり方だ。
カレーを器によそって全員に配り……と、これは確実にカレンの皿だな、ゴロゴロした肉に混じってゴロゴロした牛脂が浮かんでいる、脂好き以外には食せない逸品である。
牛脂塗れカレーをカレンに渡し、俺は木と木の間にズラッと並べられ、それぞれを縄で繋がれた状態のロリー隊達にカレーを配って回った。
大変に感謝されるのは実に気分が良いことだ、もちろん俺に感謝しているのではなく、調理に関して取り仕切っているミラとアイリスに対しての感謝なのはわかっているが、『ありがとうございます』がキッチリと言えることに関して、俺は途轍もなく感動しているのだ、この子達はきっと構成出来る、そんな気がしてならない……
と、熱血の何かになったような気分に浸っている暇ではない、せっかくのカレーが冷めてしまう前に食事を始めなくてはならないのだ。
「はい、それじゃ、いただきま~っす!」
『うぇ~い!』
カレーは美味い、これは転移前の世界でも、転移して来た先であるこの世界でも同じだ。
もちろん家で作って食べるのも良いが、野外というシチュエーションでは右に出るものが居ない、究極の完全食であると言っても過言でない代物なのである。
「……カレン、お前牛脂なんか食って美味いのか?」
「美味しいです、この脂身は良いお肉の脂身を使っていますから、ただ鉄板に脂を敷くだけとか、香り付けとかだけに使うのはもったいないです」
「は、はぁ……」
牛脂食す道を極めていると思しきカレンさんの言いたいことは良くわからないが、とにかく自ら進んで食べているのであり、決して虐待としてそんなものを食わされているのではないことを声高に主張して欲しいものだ。
カレンは何度もおかわりをし、その都度減っていく大鍋のカレー、すぐに底が見えたその鍋は、アイリスが最後のひと掬いをリリィの皿に入れてやり、それで本日の夕飯が終了となった。
俺は大料理当番帝たるミラ様からの大命を拝承し、36人の美少女達が使った皿などの食器ををペロペロ、ではなく回収して回った……
「33……34……35……あれ、やっぱり1枚足りない……」
「ちょっと勇者様、何で36枚如きで何度も数え間違いをしているんですか? 知能が低いのは今に始まったことではないと思いますが、さすがにそれはちょっとアレですよ」
「いやいや、ホントに1枚足りないんだって、ほら、ちょっと勘定してみろよ」
「1、2、3……あら、本当ですね、ということは勇者様、一番気に入った子の使った食器を隠していますね、お姉ちゃんに報告します」
「ちょっとまったぁぁぁっ! だから違うんだって、真面目に働いて真面目に集めた結果がそれなんだ、何らかのミスはあったかもだが決して故意または重大な過失ではないっ!」
「じゃあどうして食器がなくなったというんですか?」
「……それは……それはおそらく心霊現象だっ!」
「ひぃぃぃっ! きゅぅ~っ……」
とりあえず恐がりのミラは倒すことが出来た、だが本当に食器はどこへ行ったのだ?
おおよそであるが紛失した皿が鉄貨3枚程度、スプーンは金属製で鉄貨2枚、もし見つからなければ合計で鉄貨5枚の損失となる。
鉄貨5枚といえば転移前の世界で使われていた通貨に換算して500円程度、完全に俺の命(消費税込300円相当)よりも重い、このままでは食器紛失の咎で処刑されかねない。
いや待て、ここは発想を変えて捜索をしていくべきだ、食器を紛失してしまったと考えるのではなく、まずは並んでいる美少女の数を数えるのだ……
「33……34……35! おいっ! 1人足りないがどこへ行ったんだっ!? まさか本当に逃げ出したんじゃ……いや、この暗い森でか? 美少女1人でか? そんなはずないよな……」
もう一度数えてみる、確かに35人で1人足りない、どこから誰が抜け出したのか、誰に聞いても知らないというし、仲間を庇っているという様子はない。
つまり、本気で1人が消えたのだ、この夜の暗い森で、忽然と、見張っていた仲間達の目にも留まることなくだ。
すぐにマリエルが持っていた『美少女人別帳』を用いて1人1人の氏名を確認していく……居なくなったのは最年長、20歳の子のようである。
20歳というと美少女というかもう美女と呼んで差し上げるべきなのだが、今回はそこを問題としているわけではない、20歳なら1人で逃げ出すことも不可能は言い切れない、当然、真っ暗な森を単独で進む度胸があればの話だが……
「クソッ、その逃げた1人が食器を持ち去ったんだな、空のまま置いてあると不審に思われるからそうしたんだよきっとっ!」
「可能性は高いですね、ですがそれよりも危険な目に遭っていそうで心配です、すぐに捜しましょう」
「そうだな、とっ捕まえてキッチリ反省させてやる、カレン、カレンは……寝てんのかよ、マーサは……あ、マーサ、ちょっとこっち来い」
「はいは~い」
食べてすぐ寝るという愚行に走っているカレンは放っておき、マーサに臭いに基づく捜索を要請した。
カレーの後でそのような繊細なことは出来ないと謙遜するマーサを無理矢理四つん這いにさせ、首輪にリードを付けて地面を這わせる。
「ちょっと無理だってばっ! まだお口の中も何もかもカレーの匂いで一杯なのっ!」
「黙れっ! 言うことを聞かないとこうだぞっ、オラッ!」
「あでっ! お尻叩かれちゃった、でもちょっとやる気になってきたわ」
「じゃあ出発だ、奴は食器を持ったまま逃げたからな、カレーの匂いを辿ればすぐに見つかるはず、ほれ進めっ!」
「ひゃんっ!」
捜索隊は俺とマーサ、そして何となくで付いて来たマリエル、もしかしたら脱走を諦めて戻って来るかも知れないということで、一応セラとジェシカが待機、他は食事の片付けに勤しんでいる。
精霊様から借りた馬用の鞭で、這い蹲るマーサを時折打ち据えながら森を進む。
満月が出て空は明るいが、その明かりが届かない森の中はそこそこ暗く、足元がかなりヤバい。
だがカレーの匂いは十分に辿れているようだ、マーサはやれば出来る子なのである。
マリエルが持っている明かりの燃料も余裕だし、この調子なら30分もしないで発見出来そうだな、そうしたらこの鞭が今度はその美少女、いや美女に矛先を向けるのだ。
「え~っと、こっち……あれ? ちょっとここ見て、何だか引き摺ったような跡があるわ」
「どれどれ……って、コケそうになっただけなんじゃないのか? 暗いし、何かに足を取られたとしても不思議じゃないからな」
「でも何だか不自然ですね、まるで抵抗したような形跡です、もしかして逃げたのではなく何者かに攫われたとか、その可能性も否定出来ない気がします」
「う~ん、しかし血が点々と、なんてことはないしな、そもそも攫った犯人はとんでもない奴だぞ、なんせ見張りにも、隣に居た子にもバレずにパパッと誘拐したってことだからな、もう神隠しの次元だ、そしたら犯人は女神の奴だ、奴を始末すれば事件は解決する」
「いえ、さすがに女神様がそのようなことを……あ、それか霊的なアレなのかも知れませんね」
「うむ、心霊現象の可能性はあるな、ミラとかルビアとか、ジェシカなんかを連れて来なくて良かったぜ」
霊的現象の可能性が浮上してしまった、もし恐がり3人衆を連れて来ていたら今頃はパニック、もう収拾が付かない状態に陥っていたに違いない。
その場合にはもう行方不明者の捜索どころではない、美少女軍団を1人欠いたまま捜索を再開すべき朝を待たざるを得ない……まぁ、居なくなった1人が朝まで無事であるという保証はどこにもないのだが。
というか、もし逃げたのではなく攫われたのだとしたら今この瞬間でさえもどうなっているかわからない。
だが早ければ早いほどに無事救出出来る可能性が高まるのだ、ここからは『犯罪に巻き込まれた』という想定で動き、早期の発見を目指そう……
「よしマーサ、ここからはダッシュだ、余計なことは気にせず、意識を集中してカレーの匂いだけを辿れ、GOだっ!」
「ひゃんっ! きっくぅぅぅっ!」
マーサを鞭でピシャリと打ち、カレー臭の追跡を再開させる、どんどん匂いが薄くなっていくとのことであるが、これがカレーではなくもっとサッパリした食べ物であったとしたら、もう完全に追跡が困難になっていたことであろう。
やはりカレーは正義なのだ、夜の森にはカレー、先人達はこういう状況を想定してキャンプでのカレーを推し、それがスタンダードであるとの世論作り、いや啓蒙をしてきたに違いない。
と、カレーはともかく、匂いが分散してしまう前にと必死で辿っていくマーサ、首輪に繋いだリードはグイグイと引っ張られ、俺達はどんどん森の奥深くへと進入していく。
やがて森は竹林に、所々に斬られた竹が目立っている辺り、どうやらこの近くには人が住んでいる、或いは森を抜けた先のどこかに住む人々が活動する場所となっていると窺える。
根元だけになった竹はかなりの割合だ、これは1人や2人が普通に活動してこうなるものではない、きっと村落か何かの入会地なのだ、そう考えるのが妥当だな。
……と、そこからしばらく進んだ所で、竹林の中に小さな明かりが見える……小さな建物のようだ、そして明かりの元はその中にあるらしい。
「あ、ちょっとカレーの匂いが強くなってきたわね……ってあそこっ! カレーのお皿とスプーンが落ちてるっ!」
「でかしたぞっ! あれは間違いなく俺達の備品だ、これでぶっ殺されなくて済むぜ、しかし一体どうしてあんな所に……」
居なくなった美少女はともかく、その美少女が使っていたカレー皿とスプーンが、発見された小さな建物のすぐ横、というか扉の前に落ちているではないか。
それがどういうことなのか、理解に苦しむ……いや、何者かが闇に紛れて美少女を攫ったのだとしたら話は繋がる。
その何者かはその明かりが灯った小さな建物の主、そして美少女はその中へと連れ込まれ、持っていた食器は犯人が投棄した、そういうことだ。
「……絶対中に居るよな、行方不明の美少女と、それから未知の敵だ」
「ええ、食べられたりしていないと良いんですが……」
「とにかく早く助けに行きましょ、敵なら殺せば良いんだし」
「そうだな、だが最初は穏便にいくぞ……すみませ~ん……」
近付いてみると完全に竹で出来ているその建物、なかなかの技術である。
しかし扉をノックしてみたものの返事がない、中からは人の気配をかんじるにも関わらずだ。
「すみませ~ん……オラァァァッ! 居るのはわかってんじゃボケェェェッ! ブチ殺すぞワレェェッッ!」
「あ~あ、自分で穏便にって言ったのに」
「だってよ、居留守なんか使っている方が悪くて……で、これはどういう状況かな?」
粉砕した扉の向こうに居たのはジジィ、それと確実に見たことがある顔の女性、あの美少女軍団、ロリー隊(予備役)のメンバーの子だ。
椅子に縛り付けられ、猿轡まで噛まされた状態で、俺達の登場を知ると必死にこちらへ近付こうとする……椅子ごとコケてしまった、かわいそうに……
「おい貴様等、いきなりやって来てわしのハウスを破壊するとはどういう了見じゃ? そもそも誰じゃ?」
「いやお前が誰じゃって感じなんだが、てかモロに誘拐犯の分際で偉そうにしやがって、何のつもりでその子を攫ったんだこのクソジジィ!」
「誘拐犯じゃと? クソジジィじゃと? 全く人聞きの悪い、わしは野山に混じりて竹を操る、この竹林の支配者、タケトゥリーノ・ウォキナー・ザ・ミヤツコじゃ、武闘家でもある、ちなみに月から来た」
「お前が月から来てどうすんだよぉぉぉっ!?」
しかも情報量が多すぎて付いていけない、月出身はともかくその名前は何だ? 竹を操る? 竹林の支配者? あと武闘家はどこから出てきたというのだ?
しかも普通に拳で戦う構えを取っている、竹を操る設定はどこへ行ってしまったのだ?
もうわからないことだらけなのだが、とにかくこのジジィが敵で、誘拐犯であることは確定済み。
自称武闘家なわけだし、こちらも武闘家タイプのマーサを出して戦わせよう、その前に椅子ごとひっくり返っている美少女の救出だ、ジジィの横をすり抜けて……邪魔をされたではないか……
「おっと! そうはさせぬぞっ!」
「何だよ邪魔臭っせぇな、お前の相手はそっち、俺はお前のようなチンケな犯罪者に誘拐された美少女を救出する役回りなの、わかる?」
「ふんっ、あの女子は誘拐したのではない、たまたま良い匂いに釣られて行った先で大量に落ちていた中から拾っただけじゃ」
「そんなガキみたいな屁理屈が通ると思ってんじゃねぇっ! マーサ、面倒だからもうサッサと殺ってしまえ」
「はいはいっ! さぁ、私が相手……消えたっ!?」
ジジィに向かって適当にジャブ程度の攻撃を繰り出したマーサ、だがそれが直撃したのはジジィではなくその残像。
完全に姿を消したのである、いや、消えたのではなく超高速で移動しているのか。
ジジィが手や足を突いたと思しき竹の壁、竹の天井、そして竹の床がミシミシと音を立てる……どうやらしなる竹の反発力を利用してさらに加速しているようだ……
「ちょっとっ! ねぇっ! 全然見えないんですけどっ!」
「マーサでも目で追えないのかっ!? マリエルは……目を回して倒れたのかよ……」
ジジィは竹を上手く使って加速している、だが元々の素早さもとんでもないモノだ。
おそらくベースでもマーサと互角かそれ以上、そしてホームであるこの竹屋敷では圧倒的。
そのことに気付いたのはマーサも同様のようだ、マーサは破壊した扉から単独で、俺はマリエルと、それからこの隙にということで倒れた椅子ごと美少女を外へと運び出す。
だがそれはさらに事態を悪化させる行為であった、俺達に続いて外へ出たと思しきジジィは、こんどは竹林内の生きた竹を利用し、そのしなりをもって更に加速したのであった。
竹と竹の間を、その気配だけが超高速で移動している、暗くて、そして速すぎてその姿を視認することが出来ない。
そして遂に敵からの攻撃が……どういうわけか先端を尖らせた竹槍のようなものが無数に、矢のように飛んで来て地面に突き刺さる、本気で危険極まりない行為だ。
「ちょっとこれは勝てそうにないわよっ! 逃げた方が良いかもっ!」
「そうだな、おいマリエル、マリエル! 起きて自分で走るんだっ! このままだとヤバ……クソッ、美少女を持って行かれたっ!」
『フォッフォッフォッ! わしがせっかく拾った美少女を奪われては敵わんのでな、この美少女はすぐに……はもうムリそうじゃの、まぁ来月頃には月へ連れて帰る、長らく探し求めた嫁として紹介し、わしが弱い弱いと馬鹿にしてきた連中を黙らせるんじゃっ!』
「月へ連れて行くだとっ!? そんなことをしたらその美少女は生きていけないっ! 考え直すんだっ!」
『ふんっ、そんな戯言を誰が信じるものかっ! いくら月で最弱、パワーもスピードも、それから知能も平均の半分以下だと馬鹿にされていたわしでもじゃっ!』
「その速さで平均の半分以下なんですか……とにかくだっ! 今は撤退するが確実にその美少女を取り戻してみせるっ! だからこの地を離れるんじゃねぇぞっ!」
『心配せずとも来月まではおるわい、もっとも、貴様等には高速移動するわしの姿が見えぬのじゃろう、フォ~ッフォッフォッ!』
そこでまたしても飛んで来る竹槍、どうやらジジィは本当に竹を自由自在に操り、竹が自ら浮かび上がり、その先端を尖らせてこちらを狙うタイプの攻撃らしい。
このままでは危険だということで、美少女の救出を諦めて3人で撤退、竹林を抜けるまで必死で走り、どうにかジジィの勢力圏内から脱することに成功した。
「……もう大丈夫、追って来てないわよ」
「やれやれ、とんでもないのに絡まれちまったな、どうすんだよこの事態?」
「どうもこうも、一旦皆の所へ戻って報告するしかないですね、竹林の場所は覚えましたし、どうにかして勝利する方法を考えないとです」
「だな、このまま見逃すわけにもいかないし、すぐに帰って相談しよう」
ジジィの言っていたタイムリミットまでは1ヶ月、もちろんそんなに時間を掛けてはいられないが、最低でもそれまでの間にはあの美少女を取り戻す必要がある。
さもなくば何も知らないジジィに連れられて月へ、その手前にはこの世界でも存在しているはずの宇宙空間が広がっており、あの美少女はそこで色々とダメになって死んでしまう。
しかしまともに戦って勝てる相手ではないのも事実だ、俺達勇者パーティーの中で最も素早さが高いマーサでさえも、目で追うことすら出来ない次元の速度。
しかもジジィを倒したところで、それを『弱い』と言って馬鹿にしていたという、月の連中が現れた場合にはとんでもないことになる。
まさにエイリアンの侵略だ、これから潰そうと思っている反勇者、反王国のゴミ共とは比べ物にならないような強敵……だが一体何なのだ? 突然竹林の中に現れ、月がどうのこうのと言うのは明らかにおかしい、普通に考えれば変質者の類なのだ。
となるとあのジジィは単なる馬鹿で……いや、それであの強さはこれまたおかしいではないか。
全てが未知であるこの状況、突如現れた難敵にどう立ち向かうべきなのか、それは仲間全員で意見を出し合って決めることとしよう……




