523 再生の秘密
「では参るっ! チェストォォォッ! あげっ……クッ、床が濡れているとは、貴殿ら、こういう卑劣な仕掛けはあまりすべきでないのだぞっ!」
「いや知らねぇよそんなの、勝手に滑ってブチコケて人のせいにしてんなこの馬鹿が」
史上最弱の強敵、このおっさんについてそう呼ばざるを得ないのは、その戦闘力の低さと、どう足掻いても討伐する方法が発見出来ない未知の再生能力を兼ね備えていることに起因する。
斬ってもダメ、突いてもダメ、もちろんリリィやユリナが居ない現状では燃やしてしまうことが出来ないのだが、おそらくそれもダメなのであろう。
コケた拍子に剣を飛ばしてしまったおっさんがそれを拾いに行く間に、精霊様が何発も水の弾丸を撃ち込む。
それには全く反応せず、濡れた床に転がった剣を拾い上げ、その辺に落ちている一兵卒の死体で拭うおっさん。
ボディー、そして服に空いた穴さえもあっという間に塞がり、かんぜんにもとの姿に戻っている。
いや百歩譲って本来の体部分は良しとしよう、なぜ服まで再生するのだ? それも体の一部分ということなのか?
「……なぁ精霊様、アレって本当に人間、というか人族なのかな?」
「みたいだけど、ほら、ゴンザレスとか他の筋肉団員とか、人間離れした特異体質のキャラはこれまでにも何度か登場しているわよね?」
「おう、存在そのものがネタとしか思えない連中だな、で、奴もその類だって言うのか?」
「ええ、おそらくは体を構成している物質が通常の人族、いや生物とは異なるはずだわ、そうじゃなきゃ『本人には何のスキルも特殊能力もない』という状態であの再生能力を発現することなんて絶対に不可能だ者」
「なるほどな、しかしその『奴を構成する物質』が何なのか、それがわからないことにはどうしようもないぞ……」
ちなみに俺と精霊様が相談している間、おっさんは残り人の仲間達に寄って集ってボコボコにされている。
斬られ、蹴られ、そして齧られ……カレンには汚いモノを口に入れないよう良く言っておく必要がありそうだ。
とにかく攻撃は全てが直撃、その度に通常であれば生存することが困難と思われるレベルの傷を負うおっさんなのだが、それに際して一切の出血がない、というか斬られた瞬間にチラッと見える断面は完全に平坦、臓器や筋肉、血管といったものが存在しているようには思えないのである。
もしかして単細胞生物なのか? いや、それだとここまでに何度かは核に傷が付き、そのまま崩壊……まぁそれで生物学的にどうなるのかは知らないが、剣と魔法のファンタジーにおいてはそれがそういう生物の倒し方であるはず。
そうなるべき状況を何度も経て、余裕の表情、そして絶対に自分が殺られないという確固たる自信を崩さない、つまりその説が真である可能性は極めて低いということ。
もう一度、おっさんのやられっぷりから何かヒントが得られないかをしっかり見つつ、弱点やその他有効たり得る攻撃を見極めるのだ……
「はっはっは! 我を倒そうとする者はいつもこうだ、ひたすら無意味な攻撃を続け、疲れ切ったところで敗北する、そして貴殿らも同じ結末を辿るのだっ!」
「うっさいわねこのゴミオヤジッ! しかもちょっと臭いのよっ! ほとんど素手で戦ってるこっちの身にもなりなさいっ!」
「はっはっはげろぽっ!」
「あ、飛んで行っちゃったわ、しかも深い水溜りに落ちて無様ね、ププッ……」
「ぷはっ! ぷっ、ぱっ、おのれっ! 我をこのような場所に落とすとは何たる卑劣! その行い、戦いに敗れた後地獄で後悔す……ぷぷぁっ!」
まるで初めてプールに入り、足が届かないことでパニックに陥った子どものような動き。
ここまでも散々醜態を晒してきた、つまり運動能力が極端に低いおっさんであるが、ここまでくると逆に異常だ。
船室の角に精霊様が消火のため、そして通路に詰まったコイツやその他の死体、兵士等を流すために用いた水が溜まった場所。
水溜りとしてはかなり深い、だがプールだと考えればごく浅いもの、おっさんはそこから必死になって、1分以上かけてようやく這い上がったのである……
「……ねぇ、もしかしてあんた溺れてなかった?」
「馬鹿なことを言うではないっ! 我はこの海上を行く要塞で№1……じゃなかった37の実力者、それが泳げないなど、今のは上がろうとして足を滑らせただけであるっ! よいしょっ!」
「あら、そのわりには水溜りから上がるのが大変そうだったわね、ねぇ、見たでしょ今の、コイツぜんっぜん泳げないわよっ!」
「でかしたぞマーサ、初の弱点看破だっ!」
「それでさっき流したときには普通に流れて行ったのね、もっと粘ると思っていたから拍子抜けしちゃったけど、そういうことならそうなるわよね、そんで、あんたの天敵は私だと思うの」
「何をっ! 我は水魔法使いなどこれまで星の数ほど返り討ちにしてきたと言ったではないか、水でぬらされた程度では死なぬ、そしてたとえ沈められたとしても死なぬ、我のような最強……じゃなかった№37には呼吸など必要ないのだっ!」
「そろそろ№37の件はやめてよね、くどいしキモいし死んで欲しいわ……」
運動能力が低すぎて泳げない、ということがわかったおっさんであるが、それでも自信満々な状態を崩さない。
呼吸をしなくても生きていける、それはもう人ではないと思うのだが、もしそれが本当であれば、いやこの感じだと本当なのであろう。
だが、こちらはこちらで自信満々の仲間が約1名、精霊様だけが勝ち誇った表情で敵を見据えている……
「やれやれね、もしかして本当に壊れない体の特異体質かと思ったら、実はそんな感じのトリックがあったなんてね」
「おい精霊様、あんま調子に乗って実は全然違いました、予想は大ハズレ、なんてことになったら超恥ずかしいぞ、だから確信が持てないうちは威張り散らさない方が良い、今のうちに謝罪しておけ」
「いいえ、私にはわかったのよ、さっきまで斬られていたときの断面、水溜りに落ちたときの沈み方、で、あの肉片同士が引き寄せあうような再生能力……」
敵の能力を完全に看破した、そう主張したい様子の精霊様、本当にわかっているのか? 今指摘した3つのポイントからわかることなどこの世には存在しないと思うのだが?
まぁ良い、突拍子のない仮説を提唱して恥を掻くのは精霊様であって俺ではないのだ。
もし何かあったら全力で知らない人のフリをしよう、精霊様には申し訳ないがほとぼりが冷めるまでは1人でその責めを負って頂きたい。
「はっはっは、そこの貴殿、我が再生能力の秘密がわかったなどという者は、これまで我を倒そうとしてきた敵の中にも星の数ほど……(以下略)……」
「……私には本当にわかったのよ、にわかには信じられないけど、あんた、『ウンウンウンチウム体質』なのよね? それも後天的に獲得した形質のようだわ」
「またウ○コなのかよっ!? その物質は汚いからもうやめろっ! てか絶対違うだろそんなん……違う……違うよね、さすがに?」
「何とっ!? 我の秘密を暴く者があろうとはっ!」
「そうなのかよっ!? ふざけんじゃねぇっ! ここまで散々引っ張っておいてその結末は誰も納得しねぇからっ!」
案の定、精霊様の口から出たのは荒唐無稽、突拍子もないどころか突然世界が大爆発したような論。
だがそれがおっさんによって肯定されてしまった、世界の理とか法則とか、そういったものを冒涜するのはもうやめて欲しい。
と、ここで文句を言っていても仕方がない、おっさんの話はまだ続くようなので、ここはしばらく聞いておくこととしよう、ただしツッコミを入れると余計に話がややこしくなりそうだ、最後まで黙って聞くべきだな……
「……我はっ、我は幼少より運動能力が低く、そして知能も低く友達も居らずボッチで陰キャでひきこもりという、なんとも不遇な生活を強いられてきた、どうだ、貴殿らもそんな幼き我がかわいそうだと思うであろう?」
『あ、は~い』
「そんなの自分のせいですっ!」
「こらカレン! そういうこと言うもんじゃありませんっ、今は、だがな……」
「いやそうだ、我が無能でボッチで陰キャでひきこもりで、ついでに18歳まで毎日ウ○コを漏らしていたのは自分のせいなのだ」
『へ~、ウ○コ漏らしてたんですか』
「そうだ、1日たりとも漏らさなかった日などない、むしろ1日に2回漏らしたこともあったな、今では良い思い出である、まぁそのぐらい情けない日々を過ごしていたということだ、貴殿らにもその気持ちがわかるな?」
『は、はぁ……』
一同ドン引きである、というか18歳まで毎日ウ○コを漏らしていたおっさんの臭い体験談を聞くために、こんな場所まではるばるやって来たのではない、俺達は戦争をしに来たのだ。
だがそんなことは全く理解していない様子のおっさん、俺達が興味津々でその身の上話を聞いているものだと思い込み、さらにアツく語り始める……
「だがあるときっ! あるとき我に変化が訪れた……うっかり食べてしまったのだ、その茶色い物体を、それがどうしてもかりんとうに見えてしまって、うっかり、そう、うっかりだったのだっ!」
『あぁぁぁっ!? ウ○コ食ってんじゃねぇぇぇっ!』
「ん? 何を言っているのだ貴殿らは、我がうっかり口にしてしまったのは当時発見されて間もなかった『ウンウンウンチウム』だ、一体どこからウ○コが出てきたと言うのだね? 今ウ○コはまるで関係がないのだ」
『紛らわしいんだよぉぉぉっ!』
話の流れ的にどう考えてもアレをアレしてしまったとしか思えない状況、むしろどこから『ウンウンウンチウム』が出てきたのだ? というかそれも間違いなくウ○コだ。
で、その後はもうおっさんの話を聞く気がしなかったため、聞き流し、最後に要点だけまとめて考えた。
つまり、あるときかりんとうと間違えてウンウンウンチウムを食べてしまったおっさんは、それが体に取り込まれて、というかむしろ体を構成する物質が一部それに置き換わったことに気付く。
これはチャンスだ、そう思ったおっさんは、それから来る日も来る日も、毎日欠かさずウンウンウンチウムを食べ続けた。
そしていつしかウ○コも漏らさないようになり、出てくるのは核分裂してエネルギーを放出した後の物質のみ。
つまり、おっさんの体はほぼ全てがウンウンウンチウムになってしまったということ。
そして自然界に存在するウンウンウンチウムの中にはごく微量、僅か0.7%程度の不安定なウンウンウンチウムが含まれていることがわかっている。
ついこの間ドレドの船に撃ち込まれ、良い感じの肥料として草を生やしたのはそれの濃縮されたものだが、とにかくおっさんはその不安定なウンウンウンチウムの崩壊を、自身のエネルギー源として生命活動を維持することに成功していたのだ、もう意味不明じぇねぇか……
「どうだっ? 我のウンウンウンチウムは斬っても斬ってもウンウンウンチウム、ウンウンウンチウムはその形を崩すことなく、常にウンウン……」
「うっせぇぞオラッ! 汚ねぇからもう喋るんじゃねぇっ!」
ウンウンウンウンとやかましいおっさん、その首元に聖棒を突っ込むも、やはり傷は簡単に治ってしまう。
というか、もはや『生きて喋るウ○コ』に対して攻撃しているに等しいのだ、これはもう人間などではない。
「それで精霊様よ、話はわかった……まぁわかりたくはないんだけどさ、このウ○コのおっさんをどうやって退治するつもりなんだ? 悔しいが斬っても斬ってもウ○コはウ○コなのは確かなことだぞ」
「ふんっ、別に斬ったり千切ったりとか、破壊してしまおうってわけじゃないわ、その程度で死なないのは普通だし、そもそも私はこのおっさんを殺そうなんて思ってない」
「どういうことだ? 殺さなきゃ世界に平和と清潔を取り戻すことが出来ないと思うんだが……」
「簡単よ、マーサちゃん、ちょっと壁に穴を空けてちょうだい、外に繋がればどこでも構わないわ」
「あ、はーい、じゃあこの辺にっ!」
何だか良くわからないが、マーサに指示して船体の壁に穴を空けさせる精霊様。
強烈なパンチをドカンッと喰らった壁は一部崩れ、外から冬の冷たい海風が流れ込む。
寒い、今にも凍えそうな気温だ、特に元々の突入チームであった俺達は、カレンを除いてほぼビッタビタに濡れた状態、このままだと本当に凍ってしまいかねない。
だがそれは目の前のおっさんも同じこと、いくらわけのわからない特異体質とはいえ、水で流され、水で滑って転倒し、終いには深い水溜りに落下させられたのだ。
間違いなく現状の『ずぶ濡れチャンピオン』はおっさんである、そして明らかに寒そうにしているではないか、精霊様の狙いはもしかしてこれ、この場でおっさんをカッチカチに凍らせてしまおうというものなのか?
だとしたら拙い、体内でウ○コの放射性同位体をどうこう、つまりウンウンを云々して創り出した熱を奪われ、ずぶ濡れで風に晒される寒さに震えつつも、おっさんは未だ余裕の表情を保っているのだから……
「はっはっは、まさか冷たい風で我を、このウェットな我を凍らせて倒そうとでもいうのか? そのような戦法はこれまで我を倒そうとしてきた敵も度々取っていたが、我の発熱量を舐めてはならないっ! ふぬぬぬっ! ど……どうだっ……少しエネルギーが足りないが、後でこの船に積載されているウンウンウンチウムを食せばどうということは……」
「……あんたは何をしているわけ? 私がそんなつまらない作戦を取るとでも思ったのかしらこのド低脳オヤジは? あんたを滅ぼすのは残念ながらもっと簡単で、単純で、より効率的な方法よ、今すぐに、ってわけじゃないけどね」
「な……何をっ、そんな強がりを言っても我を倒すことなど……ふぬぬっ!」
ここまでの激しい? 戦いにより、おっさんの体内に残ったエネルギーの量が少ないのであろう。
必死でウンウンウンチウムを反応させ、ヤバめの力を抽出しているようだが、その分身動きが取れなくなっている。
そこへ近付いた精霊様、おっさんはウ○コ、再生の方法からしてその鎧も、剣も、そしてパンツに至るまでウ○コで出来ているというのに、躊躇することなくその胸ぐらを掴んだ……
「ちょっ、おまっ、我に何をするというのだっ!?」
「お別れの時間よ、私にはいつかまた会えるかもだけど、他の子達は寿命的にもうあんたと出会うこともないでしょうね、サヨナラッ!」
『ひゃぁぁぁっ! 何てことをっ! 我は沈んでしま……』
捨てやがった、敵をそのまま船の外に、先程マーサが開けた大穴から……何かを叫びつつ、最後には途切れた、というか聞こえなくなったおっさんの声、今は海の藻屑として、いやその程度では死なないはずだが……
「……よしよし、ちゃんと沈んで行ったわ、しかも凄い沈下スピードね」
「おい精霊様、あんな奴捨てたところでしぶとく這い上がって来るに決まってんだろ、それこそ不意を突かれたりして危険なんじゃ……」
「大丈夫よ、この間見たと思うけど、ウンウンウンチウムは非常に重いモノなの、今見つかっている物質の中でも特にね、で、あのおっさんはその重さをまるで制御出来ていなかったわ」
「つまり……今は泳いで浮上することすら叶わず、どんどんどんどん海の底を目指して沈んで行っている、そういうことか?」
「その通り、で、地形的に今居る辺りはかなり深い海溝になっているはず、数千m、いやもっと深いかも知れないわ、そこで着底するまで沈んで、どうなっているかもわからない、そもそも光すら届かない海を歩いて脱出しなくちゃならないの。しかもエネルギーを抽出することが出来そうなウンウンウンチウム鉱石を探しながらね、とてもじゃないけど陸に辿り着くまで数百年、数千年、もしかしたら途中で燃料が枯渇して活動停止、なんてことになるかもだわ」
「うむ、そういうことか、ならもう安心出来そうだな」
「少なくともあんた達はね、私はまたアレと戦うことになるかもだし、場合によってはマーサちゃんもわかんないわよ」
「え~っ、あんなの臭いしヤダ、ユリナとかサリナに任せよっと」
とにかく脅威は去ったようだ、えらくあっけない終わりであったような気がするのだが、精霊様が大丈夫だというのであればそうであると信じよう、何だか嫌な予感がしなくはないが……
さて、こんな所で時間を食ってしまった、この先はもう少し効率良く進んで行かなくてはならない。
まずは……今居る場所のすぐ近くに下へ続く梯子が見える、そこから漕ぎ手の収容されている階層へ進むことが出来そうだ。
「とりあえずあそこから降りて行こうか……と、かなり長い梯子みたいだな」
「ご主人様、下から人の声みたいなのが聞こえますよ、『苦しい~』とか『助けてくれ~』とか、あと『もう死なせてくれ~』って聞こえますね」
「そうか、だがそれは単なる心霊現象じゃ……おいミラ、ジェシカ、精霊様に頼んで水を出して貰うんだな、寒いのは我慢しろ」
適当に霊的な話を出してみただけだというのに、あっという間におもらしをしてしまったミラとジェシカ。
ミラに至っては二度目だ、これはお仕置きどころの騒ぎではないな。
だが今はそんな2人に構っている暇でもない、サッサと下へ行って漕ぎ手を止めねば。
カレンの言う『下から聞こえる声』というのはおそらくその漕ぎ手が、無償の強制労働に耐え兼ねて発しているもの。
ご希望とあらば殺害してやっても良いのだが、それは漕ぎ手達の中身を見て判断することとしよう。
遥か上、甲板方面では解放した魔法使い達も奮戦しているようだし、あとは足を止めてやるだけ。
そうすればトンビーオ村は無事、そしてターゲットであるロリ・コーン師を捕らえ、交換用の捕虜とすることが出来るのだ。
もうひと踏ん張り、ここは気合を入れて頑張っていくこととしよう……




