519 もはやひとつの島
「あの勇者様、船は良いんですがオールが……」
「え? いやこんなのアレだろ、お得意の魔導でダーッっと動くんじゃないのか? ダーッと」
「残念ながらこのサイズの船に魔導エンジンを搭載すると免許が必要です、たとえ2馬力でも」
「この大ピンチに免許かよっ!? 大丈夫だミラ、そんなもんバレなきゃセーフだしバレても見た奴を皆殺しにすればこれもまたセーフだ」
「ダメです、違法ですから、ちょっとオールを借りて来ますね」
「・・・・・・・・・・」
まさかの事態である、敵の巨大船に接近すべく用意した小型船舶、てっきり免許不要艇、というかこの世界自体小型船舶免許などあってないようなものだと思っていたのだが、どうやら2級が必要らしい、もう意味がわからん。
そもそも転移前の世界では普通自動車ですら『AT限定』に留まっていたのだ、そんな俺が『2級小型船舶操縦士免許』などという一度聞いただけでは覚えられない程に長い名前の資格を持っているはずもなく、結局今回の作戦は『手漕ぎ』でチャレンジする破目となってしまったのである。
いや、というかここは剣と魔法のファンタジー世界という触れ込みであったはず、それが馬車にも免許が必要、スピード違反をすると憲兵に捕まる、ジェシカは何度か免停になったしな、全くいい加減な女神に騙されてとんでもない場所に連れて来られたものだ。
と、まぁここでブツブツ文句を言っていても仕方がない、サッサと今回の敵を、その先に待ち構える鬱陶しい連中を、そして残りの魔王軍を、さらにさらに魔界だの何だのといった連中も始末し、この世界に平和を取り戻してからゆっくりと、それはもうネチネチと時間を掛けて苦情を述べよう。
2本のオールを持って来た真面目っ子ミラに対し、露骨に嫌そうな顔を見せつつそれを受け取る際、隣の船でも何やら揉めている様子が目に入った……
「だからカレン殿、もう食べ物は積めないと、そのぐらいで良いにしないかっ」
「まだまだ、あと『おさかなソーセージ10kg』も積まないと、戦う前にお腹が減ってしまいますから」
「10kg!? そんなに積み込んだら沈んでしまうぞっ!」
「じゃあその分ジェシカちゃんがダイエットすれば良いんです」
「うぅっ……や……痩せようと思います……」
ここは本来カレンを止めなくてはならないところだが、面白いのでしばらく見ていよう。
3艘目のマーサ、マリエルチームも仲良くお茶しながら、その様子を眺めて笑っているようだ。
カレンがどれだけ食糧を積み込もうが関係ない、なぜならば積み込みをしつつ、休憩と称して船の中で座り込み、その食糧を齧っているのだから。
確かに『おさかなソーセージ10kg』はやりすぎだが、他のものは出発までにほとんどなくなってしまうことであろう。
「さてと、荷物の積み込みが終わったらミーティングをしようか、ちょっと船ごとここへ集まるんだ」
『うぇ~い!』
3チーム合同のミーティング、といっても決めることはごく僅かだ。
まとめて発見されぬよう距離を取って進むこと、また、どこかのチームが撃沈されてもそれを助けるのではなく、前進を優先することの2点である。
「ということだ、やられたチームは罰として泳いで帰るんだな、まぁ帰るよりも進んで攻撃に参加した方が近い場合は話が変わるが、とにかく誰にも助けて貰えないと思え」
「大丈夫です、その辺のクジラさんとかにおさかなソーセージをあげて、敵の船まで送って貰いますから」
「ほう、そのための10kgなのか、カレンはなかなか頭を使ったな」
「いえ、あげるのは1本……じゃなくて1本の半分です、もう半分は残念賞で自分が食べる分です」
「おいっ、でっかいクジラだぞ、そんなんで満足してくれるはずないだろっ!」
クジラを相手にとんでもなく自分有利の交渉を持ちかけようとしているカレン、おそらく潮でも吹かれて終わりだ。
だがそもそも撃沈されなければ良い話、そこはもう完全に漕ぎ手の腕に懸かっているといえよう。
その簡単なミーティングを終えた後、俺達『突撃チーム』は6人で一緒に、もうひとつの攻撃チームである『迎撃チーム』の様子を見るため、港から出て地磯伝いに待機場所兼作戦本部の洞窟を目指す。
かなり高い場所にある洞窟をチョイスしたため、そこまで登るだけでもなかなかハードだ。
まぁ、その方が攻撃の射程も長く、そして敵の襲来を素早く発見することが出来るというメリットがある以上、そうせざるを得なかったのである。
やっとのことで皆の声がする洞窟の入口まで辿り着いた俺達は、入口に向かってひょっこり顔を出したカレンを先頭に中へと入って行った……
※※※
「それじゃあもうドレド達は出航したってことだな?」
「ええ、さっき停泊していた入り江からそのまま外洋へ出て行ったわ、サキュバスの子達もちゃんと乗っていたわよ」
「おう、アンジュとかも一応は戦力になりそうだな、解放して戦わせるのは本当にピンチのときだけだが、その辺はエリナが判断するだろう」
洞窟の中はなかなか広く、一番奥では今回の戦いで特に役割がなく、かわいそうなので『作戦本部長』に任命したサリナが、必死になって効率の良い射角やターゲットの定め方を計算していた。
そういった兵法的なことに関しては、俺はもう本当に、微塵もわからないので口出しはしないとして、他の仲間達と色々話し合う。
最も重要なのはお互いに連絡を取り合う方法だ、港から出て行く俺達と、そこからかなり離れた位置にある作戦本部。
当然先に敵の姿を確認するのは本部側であり、俺達はそこからの報せを受けて出動ということになる。
だが大声を出しても届く距離ではない、光で合図を出すにしても、それを遥か遠くの敵に見られたら拙い。
せっかく隠れて先制攻撃を仕掛けようというのに、攻撃する前から敵に居場所を教えてしまっては意味がないのだ。
その場合には当然敵も攻撃開始、さらには付近の状況により敏感になり、接近する3艇のボートの存在に気付いてしまう可能性も高くなる。
よって合図となり得る有用なものは……特にナシだ、普通に精霊様が飛び回って連絡係をすることに決定したのであった。
なぜ一番偉い自分が連絡係を、などと文句を言っていた精霊様だが、ルビアが洞窟の中に持ち込んでいた純米大吟醸を一升瓶ごと奪って差し出すと機嫌を取り戻した、本当にチョロい精霊だ。
「てか精霊様さ、ちょっと今から沖の方へ行って敵がどこに居るか見て来てくれよ、もちろん見つからないようにだけど」
「え? 面倒だからパス、ここから海に向かって放り投げてあげるからあんたが行って来なさいよ、帰りの泳法はバタフライがお勧めよ」
「ざけんじゃねぇし、そんなことばっか言ってると二度と酒をやらんぞ、王都の屋敷の祠も撤去だ、供物もナシ、どうする?」
「……わかったわよ、じゃあちょっと飛んで居なかったらすぐ帰って来るけど、それで良いわね?」
「おう、真面目にやってないことが発覚したら容赦なく罰を与えるからな、いってらっしゃ~い」
酒瓶を抱えたまま飛んで洞窟を出る精霊様、いつもならこのノリで良いのだが、今回は南方拠点であるこのトンビーオ村の存亡が掛かっているのだ。
既に村人達の避難が開始され、今は最後に残っている者が居ないかを確認するための見回りが声を張り上げてそこら中を歩いている段階だが、しばらくしてこの村人達が戻った際、小さな漁村であったはずの故郷が『エルフの隠れ里』状態になっているという事態だけは避けたいのである。
そのためにはパーティーで最も攻撃力、機動力、そして知能さえもトップである精霊様に頑張って頂かなくてはならない。
エリートはこんな所で酒を飲んでいる暇ではなく、世のため人のため、そして異世界勇者たる俺様の尊厳をキープし、ついでにその俺様が村人から大変に感謝される、それを目的として常にせっせと働くことが義務付けられているのだ。
そんなエリートの精霊様は、出動からキッチリ1時間で戻った、どうやら敵の歓待を確認して来た様子である……
「居たわよ、本当に沢山居たわよ、あと超巨大なのが1隻、お陰ですぐに発見することが出来たんだけどね……」
「ほう、敵の旗艦はどのぐらいデカかったんだ?」
「う~ん、王都にあるあのショボい王宮ぐらいかしら? それが丸ごと海に浮かんでいる感じね」
「それもう小島じゃねぇか、しかも移動式で完全武装とか、俺達はマジでそんなのに突入しなきゃならんのか」
「ええ、でも船べりを登るのは本当に大変そうよ、ちょっと高度を取りすぎていてキッチリは測れなかったんだけど、あの感じだと海面からの高さは200mぐらいだったわね」
「200mって、それもう船じゃねぇよ……」
その後も精霊様の報告が続いたものの、聞けば聞くほどにあり得ない話ばかり。
敵兵であろう人の姿も数万単位で確認したとのことだし、甲板だけでそれなら中身はもっと凄まじい、アリの巣状態になっているに違いない。
で、特に問題なのは全艦に設置されているという巨大な筒、おそらくこの間のヘヴィーウ○コ弾を発射するものだが、それが各50門以上はあり、さらに旗艦には『主砲』的なものまであったのだという。
「あの大筒の射程距離は凄まじいはずよ、物凄い量の魔力を消費するはずだから何発も撃ったりは出来ないと思うけど、きっと見えないような遠くからここを狙ったりも出来るんじゃないかしら?」
「となると真っ先にすべきはその旗艦にある主砲の無力化だな、というかそれの可否によって今回の戦いが左右されそうだ」
「そうね、ちなみに敵の位置なんだけど、今から手漕ぎでここを出航すれば、ちょうど暗くなる頃に姿が見える位置に到達するはずよ」
「……てことはアレか、もう今から出撃しろってことか?」
「その通り、さぁっ、私が案内してあげるからサッサと準備しなさいっ!」
「げぇ~っ、もうちょっと休憩させてくれよ~っ」
今回はかなりの緊急事態ではあるが動くのは面倒だ、先程の考えと矛盾している? 違う、自分以外の誰かをして事に対応するのはOKだが、自ら動くのは面倒だし、全く推奨されない行為なのだ。
とはいえ人……ではなく精霊に働けと言ってしまった手前、俺は面倒だからパス、または先延ばしというわけにもいかないのである。
既にやる気満々状態であった他のチームメンバー5人にも急かされ、洞窟を出てボートを泊めてある港へと向かった……
※※※
「ちょっとっ、どうして私が引っ張らなくちゃならないのよっ?」
「そりゃそうだろ、自力で漕いで見えないほど遠くに居る敵の所へ行ってもさ、もう疲れちゃって何も出来ないと思うんだわ」
「精霊様、犬の散歩みたいで面白いです」
「誰が犬の散歩よっ! 狼さんにだけは言われたくない言葉よねっ」
キレつつもしっかりとロープを掴み、俺達突撃チームが乗った3艘のボートを引っ張ってくれる精霊様。
これなら楽チンだ、だがこのままのペースで行くと暗くなる前に敵の視界に入ってしまいそうだな。
まぁ、途中で休憩、というか精霊様の求めに応じて少し休憩させる時間を与えてやれば良いか、それに精霊様はどうせ定期的に観測に行かなくてはならないのだし、その辺りの調整は自分で上手くやってくれるはず。
そのまま2時間程度快適に進んだところで、いよいよ1回目の観測をすべく、一旦ロープから離れた精霊様が空高く飛んで行く。
頼むから俺達を見失うのはやめて欲しい、ここまで何も考えずに来てしまったのだが、良く考えたら陸の見えない大海原に、6人がたった3艘のボートで放り出されることになるのだ。
と、さすがにそんなことはなく、精霊様はすぐに俺達の下へと帰還した……いや、すぐに戻ったということは、それこそ敵船団の位置もすぐそこ、そういうハナシではないのか……
「……で、どうだった? とんでもなく早かったような気がするんだが」
「ええ、このまま進むと暗くなる前に敵の視界に入るわ、留まっても微妙、少し戻った方が良いかも知れないわね」
「そうか、だが戻るのはもったいないな、どうせ敵はあり得ないぐらいデカいんだ、このまま動かずジッとしていれば波に紛れて見えないかもだし、待機してみることとしよう」
「わかった、じゃあ私は作戦本部へ戻るわね、念のためあんた達の武運長久を祈っておくわ」
「おう、任せておけっ!」
トンビーオ村横の洞窟に戻る精霊様に手を振り、ここからはいよいよ突撃チームの6人、そして主にバディを組んでいるミラとの行動となった。
無言でオールを差し出すミラ、俺が漕げということだな、どちらかと言えばミラの方が体力があるような気がするのだが、それを指摘しても何も変わることはなさそうだ。
というかそもそも免許がないからどうのこうのと言って手漕ぎを選択したのはミラなのだが、ここで文句を言って怒りを買い、さらに抑圧されることを恐れた俺は、すぐにオールを受け取って船の位置を調整し始める。
とりあえず3艘固まって最後のミーティング、それから簡単なお食事タイムだ。
大量の食糧を積み込んでいるカレンとジェシカの船を真ん中に、その中の布袋から取り出したおさかなソーセージを皆で貪った。
「え~っと暗くなる前……暗くなる前……となると敵の姿が見えるまであと2時間もなさそうですね」
「うむ、私もミラ殿とほぼ変わらない予想だな、このまま1時間休憩した後に分離、そこからは各々の判断で行動していくべきだ」
「おう、ミラとジェシカがそう言うならそれでいこうぜ、他の意見は……聞くまでもないか……」
鬼の形相でおさかなソーセージを頬張るカレン、干し野菜を齧りつつ、やる気満々でボートのオールをガチャガチャと鳴らすマーサ、ついでに昼寝を始めたマリエル。
本当にここから敵の、それも見たことがないレベルの巨大船に接近、200mもの高さを誇る船べりを登ってそれに潜入するとは思えない状況だ。
だがそんな呑気な時間もすぐに過ぎ去り、他チームの健闘を祈りつつ3艇の船はバラバラに分かれる。
そこから数十分程度海を漂ったところで、夕暮れの水平線に影が、無数の巨大船の姿が見えたのであった……
※※※
「勇者様、ここからは慎重に、見つからないように、あとうっかり踏み潰されないように注意して進んで下さい」
「わかってるって、しかしすげぇな、あの巨大船があんなに……まぁとにかく旗艦を探そうか」
「ええ、おそらくは艦隊の真ん中に居るんじゃないかと予想します、となると……そうですね、ほら、あっちの船と船の間が広いです、そこから割って入ることにしましょう」
「了解した、じゃあ行くぞっ!」
徐々に暗くなってきた海を静かに進む、漕ぎ手でないミラは身を低くし、可能な限り船上の敵から発見されないように心がけつつ、敵船と敵船の間を縫うように、艦隊の奥を目指す方向で入り込む。
かなり離れた場所ではカレンとジェシカも同じようにして進んでいるのが見える……伏せているカレンの尻尾が逆に目立つ気がするのだが……
「あら? あ、あぁ、良かった、向こうの方で篝火が見えたからてっきり見つかったのかと思いました……」
「うむ、そろそろ暗いからな、どの船も明かりで前を照らし始めるだろうよ、なるべく正面には入らないようにしないとな」
「にしても明かりの数が多いですね」
「本当だな、イカでも集めるつもりなんじゃないか?」
「それもう何の船だかわかりませんよ……」
冗談はさておき、どうやら敵はかなり警戒しているようだ、ついこの間の俺達との戦闘によって船が1隻大破、そして上陸予定地点に送った偵察が未帰還。
なるほど用心深く前へ進むのは当然だ、特に夜は襲撃を受ける可能性が高いわけだし、どうあってもそれを未然に防ごうという心意気で見張りをするのは当然のこと。
これはもしかするとだが、逆に昼間の方が発見される確率が低かったかも知れない。
そう考えながらも慎重さをキープし、絶対に敵の篝火の効果範囲内に入らないよう舟を漕いだ。
暗いこちらからは明るい船上の様子が良く見える、かなりの数の見張りを立て、それが下だけでなく上からの襲撃にも備えて辺りを見渡しているのが確認出来る。
当然暗がりに居る俺達が向こうから見られてしまうことはないのだが、ひとたび明暗の境目を越えれば一貫の終わり、集中攻撃を浴び、あっという間に撃沈されてしまうことであろう。
そんな緊張感の中、敵だらけの海域を30分以上もボートを漕ぎ続ける……突然目の前に山が、いや氷山か? 似ているが違う、それはまるで巨大氷山のような船、そしてこれがこの艦隊の旗艦、ロリ・コーン師の乗る船であることはもう疑う余地がない。
「……おいおい、何だよこのサイズは?」
「見て下さい勇者様、精霊様が言っていた通りですよ、もっとも船べりの高さが200mなのは一番低い場所をチョイスして、という話のようですが」
「みたいだな、だがラッキーなこともひとつあるぞ、ほら、この船には見張りがまるで居ないんだ」
見張りをし、襲い来る敵と戦うのはおそらく周囲の船、即ち旗艦以外の50隻の役目。
そしてこの旗艦に関しては、船自体の強さというよりもむしろ、中に乗っているロリ・コーン師の権力の強さを象徴するためのものなのであろう。
その巨大船が通過してしまう前に、鉤の付いたロープで俺達の乗ったボートを固定する。
カレンとジェシカのチームもすぐにやって来て、同じように船を固定したのが確認出来た。
あとは……と、そこで水面が爆発したような凄まじい音、少し離れた場所で、1隻の乗組員が大騒ぎしている声が聞こえてくる……マーサとマリエルが発見されたか、沈められたのかまだ大丈夫なのかはわからないが、可能であればここまで泳いで作戦に参加して欲しい。
そう考えながら船べりに手を掛け、隙間を探しながら登り始める……いや、そもそもこれは上まで登ることが可能なのか? まぁ、とにかく行くしかないか……




