509 親玉はお子様でもある
「死ねやオラァァァッ!」
『ぎょえぇぇぇっ!』
「お前も死ねぇぇぇっ!」
『ひょげぇぇぇっ!』
「クソッ、どんだけ広いんだよこの建物は? しかもさっきから雑魚ばっかじゃねぇか」
「本当ね、しかも何だか蒸し暑いし」
転移装置で移動した先、温泉郷内にある敵ボッタクリバーの地下と思しき空間。
そこを探索しつつ敵の魔族を討伐しているのだが、これがまた厄介な作業なのである。
まず第一に果てしなく広い、明らかに一棟の建物の地下といった感じではなく、まるで駅の地下ショッピングセンターかの如く、無数の部屋と長く入り組んだ通路によって構成されているのだ、もちろん今どこに居るのかはまるで見当が付かない。
これは地上に出てもそのままサキュバスボッタクリバーに繋がっているとは思えないな、もしかしたらまるで無関係の住民の家に出てしまうかも知れないし、地理的に上が浴場になっているということも考えられる。
つまり下手に穴を空けて地上を目指すことは出来ないということだ、もちろん住民の家屋敷などどうなっても構わないし、この魔族が支配する地下空間のために自己の所有する土地に区分地上権など設定していたのだとすれば、それはもう立派な敵の協力者、余裕で死刑判決、その場で執行だ。
だが上が公共の温泉であるというのであれば話は別、王国の財産である温泉郷の施設を破壊するのは俺達にとって何のプラスにもならないし、そもそも勝手にこんな地下空間が開設されていることを、地上に出次第直ちに管理者に通報する義務がある。
で、その温泉が付近を通っている影響なのか、今居る場所は真冬にも関わらず非常に蒸し暑く、厚着をしている俺とセラにはかなり厳しい状況だ。
湿度も高く実に不快なうえ、どこからか染み出した温泉の成分によって、まるでゆで卵を30個食べた後の屁のような臭いが充満しているのだからなお性質が悪い。
そして発見される敵は雑魚の中級魔族ばかり、今のところメインターゲットであるサキュバスの捕獲数はゼロ。
まぁこんな不快な場所に身分の高い『嬢』が来るとは思えないのだが、だからと言って『スタッフ』のみしか討伐出来ないのは、早めにこの事案を終息させたい俺達にとって非常に都合が悪いことである。
とはいえサキュバスが見つからないものは仕方がない、このまま地下空間を彷徨い続け、どうにかして出口見つけなくては……
「あ、ところでアンジュ、そのペロリンヌとかいうアホそうな名前のサキュバスはどんな奴なんだ?」
「ペロリンヌってのはもちろん本名じゃないと思うけど、まぁ、何というかロリっ娘ね、年齢もリアルに100歳ぐらいらしいし」
「おいおい、100歳というのは『ロリっ娘』の範疇なのか?」
「人族だったら余裕で長老ね、きっと村で神に最も近い存在として崇められるわよ」
「そう言われても、魔族で大人になるのは300歳ぐらいが普通だし……」
そういえばウチのロリっ娘悪魔、サリナも300歳を少しすぎたところであったな、今は312……いやあらから1年経っているからもう313歳か、普通の感覚でいけば尋常でないお年寄なのである。
まぁ、魔族は大人だろうが何だろうが余り見た目は変化しないようだが、それでも『本質的な子ども』であれば、セラとミラの故郷の村で出会い、また荒廃したヴァンパイア村で出会ったあの少女のように、見た目にもその『子どもっぽさ』が現れているケースがあった。
つまりこれから捕まえる予定のペロリンヌ、それはガチロリであって合法ロリでもある、変態ロリコン犯罪者予備軍にとっては夢のハイブリッドを具現化したもの。
魔族としてはまだ子どもなのに実年齢は100歳以上であるため、(ある程度は)何をしても違法性が阻却される。
まぁその点ではウチの悪魔も同じなのだが、サリナに関してはは見た目だけで、年齢上のロリではないことを挙げておく必要があるのだ。
「で、そのロリっ娘はちゃんと両親から許可を得てこんなボッタクリバーなんか営業してるのか? あと派遣型エッチなボッタクリ店とかも」
「さぁ? でも母親はもちろんサキュバスなんだから、よほどの馬鹿でない限りそれに反対したりはしないはずよ」
「父親は? てかそもそも居るのか父親って?」
「居るには居るわよ間違いなくっ、でも種族はどれでもOKだし、母親に食べられちゃって最初から居ないんじゃないかしら?」
「食べられちゃってって……カマキリじゃないんだからさ……」
今のアンジュの説明からサキュバスの生態はまるでわからないのだが、とにかくまともではないということだけは認識することが出来た。
しかしロリっ娘サキュバスか、どういうのが出てくるのかは写真のないこの世界ではわからないのだが、引っ叩くのがかわいそうになるレベルのちんちくりんでないことを祈ろう。
その後しばらくの間地下空間を歩き回っていると、1時間程度経過したところでようやく上に続く階段を発見することが出来た。
ここへ到達するまでには無数の雑魚魔族共を殺害してきたが、遂にサキュバスの姿を拝むことは叶わなかったのである。
ゆえに、これだけ歩き回ってセラが手に持った鎖の先に繋がっているのはアンジュのみ、本当はもっとこう、『大量獲得だっ!』とか『これ以上連れて歩けないぜっ!』ぐらいの状況を想像していたのだが、実に寂しい限りだ。
だがこの先、地上に出れば世界は変わるはず、大量の可愛いサキュバスを土産に、皆の待っている拠点村へ凱旋するのだ、この階段はそのための第一歩である。
その下に立って見上げると、どうやら階段の突き当たりには鉄の蓋らしきもの、アレを上げれば地上に出られる、かなり分厚いようだがどうにかなるはずだ……
「じゃあ一応は用心して、この蓋を持ち上げた瞬間に攻撃魔法が飛んで来ても構わないぐらいの心構えでいくぞ、あ、アンジュはちょっと下に居るんだ、さすがのお前でも攻撃魔法が顔面に直撃したら痛いだろうからな」
「そうさせて頂くわ、じゃあ私も上がって良いとなったらちゃんと声を掛けてね、いきなり引っ張ったりしないでよ」
「はいはい、じゃあセラ、俺達はいくぞっ!」
「うぇ~い……よいしょっと」
2人で協力して重い蓋を持ち上げる、地上の冷たい空気、そしてもうかなり明るい時間帯となっているようだ。
冬の朝日に照らされたその場所は屋外、そして地面の感じ的に道路のど真ん中であることは確か。
ついでに言うと両サイドから何やら物々しいオーラの集まり……左を見れば剣を抜いた状態の王国兵、右を見れば魔法を準備したサキュバス軍団。
どちらも臨戦態勢で睨み合っているのだ、もはや一触即発、そしてそのちょうど中間地点に、マンホール的な蓋を開けた俺とセラがひょっこりと顔を出した、そういう状況である。
これはかなり拙いですね、特にサキュバスを刺激したら即戦闘開始だ、一度戻るか? いやもう手遅れだ。
ここは慎重に、さりげない感じに『勇者登場シーン』の続きを演じる他ないのであろう……
※※※
『誰だあんた達はっ!』
『きっと敵よっ、人族側の増援だわっ!』
『何であんな所から出てきたのかしら?』
対峙する2つの軍勢、片方は俺達の仲間である王都からの派遣部隊。
そしてもう一方は敵、これから説得し、降参させなくてはならないサキュバスボッタクリバーの方々である。
で、そのボッタクリバー側の皆様方が大変騒がしいのである。
まぁ無理もない、意味不明な場所から知らない2人が、自陣と敵陣の間に割って入るようにして登場したのだから。
ちなみに人族側も一瞬騒ぎにはなったが、その発端となった登場者が俺であることに気付き、落ち着きを取り戻した。
ちなみにこちらから目を合わせてもすぐに逸らされる、それも部隊の中の1人2人ではなく悉くだ。
きっとこの場で俺達と関わりたくはないのであろう、それが敵を刺激する結果になることは兵士達にもわかっているのであろう。
だが無視されるのはあまり気分が良くない、ここはせめて会釈ぐらい返して欲しいものだ。
などと無言で不満を表現しつつ、サキュバス軍団の方に向き直る。
全部で30は居るであろうか? その中で今すぐにでも魔法での攻撃が可能な者は10程度。
残りはその手前に並び、短剣やカレンが使うような爪武器など、比較的リーチの短い、逆に言えば機動力の高そうな得物で武装している。
どれがロリっ娘のペロリンヌなのかはわからない、というか見える位置にはそれらしきサキュバスの姿はない。
今居るのは全て戦闘がこなせる奴だけということか? 確かに強そうだし実際かなり強い奴もちらほら見受けられるな。
で、現在サキュバス達のヘイトを掻き集めているのは俺とセラ、後ろの王国兵達に直接攻撃がいく可能性はここでかなり低まったのだが、それでも敵からの攻撃があった場合、流れ弾やその他の飛来物によってダメージを負う者が出てくるのは確実。
そうなる前に落ち着かせ、まずはスタンバイしている魔法を引っ込めさせる必要がありそうだ。
よし、ここでこちらの秘密決戦兵器であるアンジュを投入しよう……
「おいアンジュ、出て来い、お前の活躍の場所が用意されたぞ」
「はいはい、って、ちょっとっ、引っ張らないでって言ってるでしょ! あたたたたっ、もうっ、乱暴なんだから……と、どうも~っ、魔王軍四天王、じゃなくて元四天王で今は捕虜のアンジュで~っす」
階段の下から引き上げてきたアンジュ、臨戦態勢で整列したサキュバス軍団を見て非常に軽い挨拶をする。
逆にサキュバス軍団の目はまん丸だ、おそらくこのアンジュが『ホンモノ』であることがわかったのであろう……
『ちょっとどういうことよっ!? あの方は間違いなく四天王、アンジュ様よっ!』
『わかんないわ……あっ、もしかしてアイツが例の異世界勇者とか何とか言う変態で……』
『だとしたら拙いわね、異世界勇者の趣味趣向は特殊すぎて私達の魅了が通用しないらしいのよ』
『えぇ~っ!? どれだけ変態なのかしら?』
『変態! 帰れ変態! アンジュ様を解放してサッサと消えろっ!』
『誰かっ、誰かペロリンヌちゃんを呼んで来てっ!』
とんでもない大騒ぎになってしまったサキュバス軍団、こちらに注目し、後ろの王国兵達から意識が逸れるのは非常に良いことである。
だがその変態扱いは勘弁して欲しい、俺は努力の末に賢者の石を獲得し、その効果によってサキュバスの固有能力である魅了を打ち消しているのだ。
だから色々と『特殊』がお好みゆえ魅了されないのではない。
その辺りを勘違いされたままだと、後に伝説となる俺の後世における扱いがアレなことになってしまうではないか。
まぁ、この辺りの誤解は後でゆっくり解いていくこととして、まずはせっかく召喚した対サキュバス用降伏勧告兵器であるアンジュを使って色々とやってみよう……
「おいアンジュ、あいつらどうにかしろ」
「どうにかしろって、そんな漠然としたことを言われても……」
「そこをどうにかするのがお前の役目だ、だからサッサとどうにかしろっ!」
「……ダメね、知能に差がありすぎて会話が成立しないわ」
「ん? それは俺様が天才すぎて話に付いて来れないってことだな、それはすまないことをした、一応謝罪しておこう」
「え~っと、それはそれはどういたしまして……みたいな感じに答えとけば良いのかしら?」
「じゃあセラ、ちょっとアンジュを説得してどうにか奴等を説得してどうにかするよう説得して……あれ?」
「どうしたの勇者様? いつにも増して頭が悪いわよ、もう何を言いたいのかサッパリわからないわ」
「うむ、これはちょっとおかしいな……」
何かがおかしい、天才勇者であるはずの俺様が先程からアンジュに、そしてその次はセラに色々とアレでコレで何か知らないが伝えたいと……ダメだ、思考することすらままならなくなってきたではないか、この元凶は……奴だな。
異変には原因がある、そして今現在生じている異変の原因となり得るものがどこに存在しているのか、バグッた頭でもその程度のことは考え、すぐに発見することが出来た。
先程まで大人のお姉さんサキュバスばかりであった敵陣の後ろに、比較的背の高いサキュバスに肩車されたロリガキ。
一応サキュバスのようなのだが、どう考えてもサキュバスごっこ、コスプレをして遊んでいるその辺のガキにしか見えない。
だがその実力は凄まじいもの、俺だけをピンポイントに狙って何らかの精神系魔法を放っていることが確認出来たのである。
ちなみに魔法はユリナやサリナとは違い、尻尾ではなく掌から放っているようだ……
「おい見ろ、あのフリフリの服を着たガキンチョのせいで俺の思考がおかしいんだ、てかアンジュ、あのちんちくりんがペロリンヌだろ?」
「ええ、間違いないわ、お~い、お久しぶりね~っ!」
「アンジュ様! どうしてその変な奴に捕まって、しかも言うことを聞かされているんですかっ!? そんなの早くブッ飛ばしてこっちに戻ってきて下さいっ!」
「それが出来れば苦労しないのよね……」
「え~っ!? 何で何でっ? アンジュ様なら絶対に勝てますって……あ、わかった、アンジュ様は私を試しているんですね、ここで私が超強いところを見せて、その力でこの変なのとそっちの魔法使い女をやっつける、そういう感じの試練なんですよね?」
「おいコラ、変なのとは何だ変なのとはっ、俺様は異世界勇者様だぞ、子どもにだって容赦しないんだからなっ……と、今のは取り消そう……」
失言であった、ペロリンヌを擁するサキュバス軍団からだけではなく、後ろに控える味方の女性王国兵達からも、『最低』だの『ゴミ以下』だの、『いくら何でもあんな子どもに』などなど、地味でかつ攻撃力の高い罵声が矢のように飛んで来ている。
「おいアンジュ、もうお前しか居ない、マジで何とかしてくれっ!」
「……相変わらず思考が停止したままみたいだけど、まぁ今度は何をして欲しいか理解出来るわ、ペロリンヌちゃんっ、せっかくのお店を潰したくないのはわかるけどさ、ここは諦めて大人しくしよう、ね?」
「イヤですっ! 私はアンジュ様が何と言おうと諦めませんっ! この町で馬鹿な人族のおじさんを騙して、お金とか命とか全部取り上げて、私がずっとお菓子を食べて遊んでいられる凄い世界を創るんですっ!」
「しょうもないガキだな、もう救いようがないぞコイツは……」
「うるさいっ! 私は今アンジュ様とお話してるのっ! お前みたいな『モノ』はちょっと静かにしてなさいっ!」
叫びながら、一層強く術を掛けてくるペロリンヌ、俺の口は完全に閉ざされ、もはや自力で交渉を進めることが出来なくなった。
だが同時に、口を滑らせて余計なことを言い、回りの反感を買ったりセラによって半殺しにされる可能性がほぼゼロになったのだ。
差引きすればプラスである、俺はこのまま黙って事の成行を見守り、アンジュを中心にセラをサポートとする交渉が完全に決裂したと見た場合にのみ動くこととしよう……
「ちょっとペロリンヌちゃん、こんなのだって一応生きてるのよ、だから発言の機会だけは奪わないであげてっ……あいだだだだっ!」
ちなみにアンジュが調子に乗った発言をした場合、話すことが出来ない俺でもこのように頬っぺたを抓り上げることぐらいは可能だ。
もちろんセラも同様であるが……セラが居ない、と思ったらすぐ近くの屋台で買い物をしていた。
そういえばセラは元々お土産、というか食糧調達担当であったな。
ということで作戦担当である俺、そして俺の手駒であるアンジュの2人でコイツと、それから部下のサキュバス共をどうにかしないとならない。
基本的に降参する様子はないペロリンヌ、そしてその意向には従うつもりのサキュバス軍団。
これでは埒が明かない、寒空の下ずっと睨み合いでは風邪を引いてしまいそうだ。
と、そこでアンジュが枷を嵌めたままの手をこちらに突き出してくる。
外せということか、そしてそれはペロリンヌに対して何らかの有形力を行使するということに他ならない。
「もうっ早く外してよね、今からチャチャッと行ってペロリンヌちゃんだけこっちに持って来るわ、喋れないけど聞こえてるんでしょ? ほら早く早くっ」
アンジュに急かされ、手枷と腕をぐるぐる巻いていた鎖、それに腰に巻いていた鎖も外してやる。
自由を取り戻し、軽く準備運動をしたアンジュは、その場でトントンッと、2回軽く跳ねた。
次の瞬間にはもうその姿がない、そしてさらに次の瞬間、今度は敵陣の後ろで肩車されていたロリガキの姿が消える。
さらにもう一瞬、元の位置に戻ったアンジュは、まるで巨大な鶏の血抜きでもするかの如く、足を持って逆さにしたペロリンヌをこちらに引き渡してきた。
「はいどうぞ、魔力を奪うなら今のうちよ」
「うむ、まぁそうしておくか、別に例の金属製の腕輪で奪わなくとも、コイツは直接的な戦闘には向かないタイプだろうがな、だがそれだと術を掛けられ続けて俺が喋れない、つまり説教が出来ないということだ」
目を回しているペロリンヌをアンジュから受け取って抱え、セラが置いて行ったバッグの中から魔力を奪う金属製の腕輪を取り出し、腕に嵌めてやる。
ついでにアンジュの腰に巻いていた鎖をグルグルと体に巻き付けて拘束、これでもう逃げられまい。
「でだ、お~い、お前等の親玉はもう捕縛した、コイツが酷い目に遭うところを見たくなかったら全員降参するんだなっ!」
『うわっ! 本当に最低な男よっ』
『ペロリンヌちゃんを返せっ!』
『アンジュ様に続いてペロリンヌちゃんまで、何と鬼畜なゴミ野朗なのでしょう』
『でも皆、ここはもう降参するしかないわよ……』
徐々に『白旗』に向かって話が進んで行くサキュバス軍団、しばらく待機していると、遂に先程までペロリンヌを抱えていた大柄なサキュバスが前に出て、穿いていた白いパンツを脱いで高く掲げる。
降参ということだ、それに続き、パンツが白の者はそれを脱いで掲げ、それ以外の者は両手を挙げた。
どうにか戦闘にならずに済んだようだ、ここからは後始末、そしてこの使えそうな連中の今後を考えるフェーズだ……




