508 温泉郷へ
「……ここを右で合っているんだな? 嘘だったら承知しないぞ」
「ええ、絶対に嘘ではありません、こっちに行けばもうすぐにオーナーの居る施設です」
暗い街道を走る俺達に、敵の本拠地であり、温泉郷で摘発作戦に抵抗しているサキュバスボッタクリバーの親玉が居るという施設の場所を案内するサキュバス嬢。
俺が担いだままなのだが、その声色的に嘘を付いている様子はないし、そもそもこの場で嘘など言えばどのような目に遭わされるか、実際に体験した本人が知らないはずはない。
ということで嬢の指示通りに脇道へ逸れ、そのまままっすぐに走って行く。
しばらくすると人工的な明かりが見えた、それもいくつか、どうやら広い土地に建物が点在しているようだ。
「さてと、敵の親玉はどこに居るんだ? 速攻で行ってどうにかしてしまおう」
「えっと、オーナーはあそこです……でも明かりが消えていますね……」
「うわ、まさかの不在かよ、だが明かりを消して寝ているだけかも知れないからな、一応様子は見に行こう」
明かりが点いている建物の中にサキュバスやその他の敵が居る可能性が高いため、近付かないようにしつつ目的の建物、と言っても真っ暗な中で明かりの消えた建物など俺には見えないのだが、とにかく発見されることを回避するルートを選ばせ、それに応じたサキュバス嬢の指示通りに進む。
歩いて行くと確かにある豪勢な建物、というか屋敷、雰囲気的には田舎の巨大な牧場の中にある牧場主の自宅といったところだ、もちろん『金持ちの牧場主』を想像している。
その建物のメイン出入口と思しき扉を蹴破り、中へ入って行く……人の気配がない、だが明かりを点けて確認すると、テーブルの上にはまだ冷め切ってはていない料理が並んでいた、しかも食べかけだ。
つまり、この屋敷の主はつい先程までここで食事をしていたということになる、なのに居ない、ということは俺達の襲撃を事前に察知して逃げ出した、そう考えて良さそうだな……
「ねぇ勇者様、さっき私達が逃げたときさ、周りを囲んでいた中で追って来たのはウスノロの人族ばっかりだったわよね? もしかすると来なかったサキュバス達が……」
「その可能性が高いな、何らかの手段で俺達よりも先行してここに来て、親玉を連れて逃げたんだ、となるともうこの施設にサキュバスは1人も居ないだろうな」
「拙いわね、ここから逃げ出して行くとしたら温泉郷よ、そっちに全員で押し掛けて、展開している王国兵に手を出すかも知れないわ」
「うむ、それも可能性は高い、だが今から温泉郷に行くとなると……どう考えても奴等の方が早く現着しそうだ、何か有効な手立てを考えないと」
サキュバスは逃げた、そしてこのままでは温泉郷の兵士達が危ない、もちろん野郎の兵士であれば『ご愁傷様でした』の一言と、あとは適当に焼香でもして終わりなのだが、今温泉郷に居る部隊は全員が女性。
ということはつまり、1人たりとも犠牲にしてはならないということなのだ。
ここは何としてでも敵の武力行使が始まる前に、親玉を見つけて交渉のテーブルに着かせる必要がある。
「そうだ、この敷地のどこかに転移装置があるんじゃないのか? そうだとすれば宿の周りに居たサキュバスに先を越されたのも納得がいくし、そもそも偉い親玉様が徒歩で移動するとも思えないし、馬車なんかを使うと目立って逃げるのには不向きだし、どうだろうか?」
「う~ん、あるとしても探すのは大変よね、ここは広いみたいだし、建物もいくつかあって……まぁ、それでもこのまま歩いて行ったら間に合わないし、探すしかないわね」
ということで転移装置探しの始まりだ、ちなみにサキュバス嬢から話を聞いたところ、温泉郷にも出張所にも、それからあの宿にも、同じ日程で全ての場所に親玉であるサキュバスオーナーが視察に来ることがあるのだという。
これは俺の仮説が真であることを意味する、人族よりも遥かに進んだ魔族特有の技術である転移装置、それがあるのならば利用しないのはもったいないし、何らかの組織のリーダー格は基本的にそれのひとつやふたつ稼動させていると考えて差し支えないはず。
問題はセラの提起した懸念事項である、『この広い敷地内からどうやって目的物を探し当てるか?』なのだが、こればかりはもうどうしようもない。
とりあえず可能性の高そうなメインの建物内とその付近から捜索を始めることとし、アンジュとサキュバス嬢は魔力を奪うご都合金属製の腕輪を嵌め、そのうえで手だけ縛って連れ回す、ついでに何か思い出したり、ヒントになりそうなことがないかを常時聞き続けるつもりだ。
さて、まずはこの建物の執務室らしき部屋から、鍵が掛かっていない、即ち逃走する際に入ったと思しき部屋の捜索である……
※※※
「この屋敷内にはなさそうだな……」
「ええ、というか金目のものも全部持ち出したみたいだわ、タンスの中にも布の少ないエッチなパンツしか入っていなかったもの」
「うむ、ではパンツだけでも貰っておこう、非常に価値の高いものだべぽっ!」
「そこで悶え苦しみながら反省しなさい」
「た……頼むからルビアが居ないときは暴行しないでくれ……」
少しでも調子に乗るとすぐにボコッてくるセラなのだが、回復魔法が使えるのはルビアだけ、かつ今現在ここには居ない。
つまりダメージを回復出来ないということだ、それを考慮して殴ったのだとしたら非常に悪質なのだが、当のセラもそのことに気付いていなかったようで、ハッとしたような顔をしている。
とはいえ殴ってしまった、殴られてしまったものはもう仕方ない、ファンタジー世界特有の、超高速で行われる自然治癒に身を任せ、とりあえず半殺し状態のまま転移装置探しを続けた。
で、メインの屋敷を出て次に向かったのは、この敷地内で最も大きいのではないかと思われる建造物。
明かりが点いているため誰かが居そうなのだが、今のところは敵の反応もない。
闇の中をコソコソと歩き、その建物に接近する……中からは人の気配、動いている、それもかなりの数だ。
入口には鍵が掛かっており、窓には全て鉄格子がはめ込まれている。
間違いない、ここはボッタクリバーやその他のサキュバス系ボッタクリ店で支払いが出来ず、というか行った時点でもうアウトなのだが、そこで『全て』を奪われた馬鹿連中が収容されている建物だ。
こちらも入口を破壊、そして中に入ると、何かを造る作業をしていたと思しき鎖に繋がれた無数のおっさんがこちらを凝視している、もちろん何が起こったのかわからないといった表情で。
しかし凄い臭いが充満しているな、何日間も風呂に入っていないおっさん達が大量に収容されているのだから当然だな、とりあえず一旦出よう……
「ふぅっ、やっとまともに息が出来るわ、勇者様、私はもう入りたくないからちょっと行って話を聞いて来てよ」
「え~っ、まぁでもこればっかりはしょうがないな、あの中に女を入れるのは途轍もない人権侵害だ、ここは俺が単騎で突入しよう」
「さすが勇者様、やっぱりキモくて臭い場所がお似合いねっ」
「おいセラ、後でガッツリお仕置きするから覚悟しておけよ」
気合を入れ、臭気に耐える覚悟も決めて破壊した扉から再び中へ入る。
一斉に、もう一度こちらを見る捕らわれのおっさん軍団、動かない者はもう死んでいるということなのであろう。
そしてそのうち1人が、ハッと我に帰ったような顔をし、そのまま俺向かって叫ぶ……
「おいっ! 助けに来たんだろう? だったら早く俺達を解放してくれっ!」
「なわけねぇだろこのゴミ野郎がっ! 自己の責任でボッタクリに引っ掛かって、見ず知らずの俺様に助けろだぁっ? くだらねぇ冗談は三途の川の渡しにでも聞かせてやれ、と、その前にこっちの質問に答えるんだ」
『そっ、そんなぁ~っ……』
助ける価値を全く見出せない、そして臭いおっさん共ボッタクリに引っ掛かったのであればそこで戦えば良い、支払を拒否して帰れば良い。
それが出来ず、何の抵抗もせずに捕まってしまったこの馬鹿共は、もうここで死ぬまで強制労働させられるのがお似合いなのだ、万が一気が向いても助け出してやることはないであろう。
だがもしかしたら情報提供の見返りとして助けてくれるかも知れない、そう勘違いしたおっさん共は、その臭い口を開いて俺の質問に対し次々に情報を吐き散らす。
まず気になって聞いたここ数時間の状況だが、普段は外でサキュバスが常時見張っているこの建物。
しかしつい2時間程前に突如として騒がしくなり、その後静かになったとのこと。
俺達が到着する直前だ、もう少し早くここに来ていれば親玉も取り逃さなかったかも、まぁそれは仕方ない。
次に現在のメインターゲットである転移装置の在り処だが……おっさん共はこの建物に収容されており、死なない限り外に出ることが出来ないため、転移装置どころか親玉サキュバスの顔すら見ていないのだという。
本当に使えない連中だ、鉄格子が嵌まっているとはいえこの建物にも窓があり、少し頑張れば外の様子を確認することぐらい可能なのである。
それすらせずにただただ助けの到来を待ち望んでいたというのであれば、助けないどころかこの場で殺してしまうべき無能共ということ、生かしておいたら空気の無駄だ。
「……で、他に情報は?」
「もうこれだけだ、俺達はここに閉じ込められていたんだからわかることが少ないのは当たり前だろう」
「だからどうしたってんだ、もっと必死に探っていくべきだったと思うぜ、特に脱出するための方法とかな」
「そんなことを言ってもだな、普通ならすぐに助けが来る、来ないならあの汚らしい獣人共の兵士は本当に単なる獣だったってことだ、わかるだろう?」
『そうだっ! 王国から来て勝手に支配している獣人共が悪いっ!』
『だからあんな連中を優遇したらダメなんだっ!』
『薄汚い獣人をもう一度排除すべきだっ!』
「ん? あぁお前アレか、隠れ人種差別主義者だったのか、今まで必死に隠してきたのにこんな所でボロが出るとはな、しかしそれでも魔族であるサキュバスの店には行くんだな……」
『当たり前だっ、せっかくだからブン殴って鬱憤を晴らしてやろうと思ってな』
『客として魔族の店に行けばもうやりたい放題だしよっ』
『あ~、でもそれが詐欺だったんだよな、まさかこんなことになるなんて……』
「おい、うるせぇし臭っせぇからもう誰も喋るんじゃねぇっ! あとお前等は用済みだ、俺からも、そしてこの世からも今後のを期待されることはない、つまりこの場で死ねってことだ」
『そんなっ! 情報を提供したんだから助けろよっ!』
『そうだそうだっ! お前は一体何をしに来たんだ?』
『ここで俺達を助けないと後悔するぞっ、他の誰かに救出された後、お前を見つけ出して訴訟を提起してやるっ!』
「はいはいわかったわかった、何だか知らんが好きにしてくれ、もちろん地獄の釜で煮込まれながらな」
やいのやいのと騒ぎ続けるおっさん共を放置して外へ出る。
待っていたセラにはたいした情報が得られなかったこと、そしてこの建物の中身は生きる価値のないクズだということを伝えておく。
もちろん中で火の灯ったランタンをひとつゲットしてある、朝まで作業させるつもりで用意したのか、まだ油はたっぷりと残っている。
そしてこの建物の構成は大半が木だ、良い感じの場所を選んでそこに油を垂らし、そのままランタンの火種を近づけると、冬の乾燥した空気と強風の助けを借り、火は炎へ、そして徐々に建物を侵食していく……
『おいっ、何だか焦げ臭いぞっ』
『本当だ……あっ、外が燃えているじゃないかっ!』
『何だってっ!? それじゃあ俺達はどうなるんだ?』
大騒ぎが始まった建物内、もちろん鎖で繋がれた状態のおっさん共は逃げ出すことが出来ない。
赤々と燃える炎は建物を完全に飲み込み、中の騒ぎはやがて悲鳴に、そしてしばらくするとそれすら聞こえなくなった。
「よっしゃ、これでかなり明るくなたぞ、今のうちに転移装置を探そう」
「そうね、じゃあ次はあっち、ほら良く見たらあのお屋敷の横に小さい小屋みたいなのがあるわ、そこを探しましょ」
セラが見つけたのはメインの屋敷に併設された小屋……と言っても普通に人が住めそうな規模のものだが、隣の屋敷が大きすぎてそう見えてしまうだけだ。
これは非常にラッキーなことである、真っ暗な中であんなものを発見出来たとは思えないし、やはりおっさん軍団諸共収容施設を焼却したのは正しい判断であったな。
すぐに駆け寄って建物の扉を破壊し、明かりを点けて中を確認する。
あった、間違いなくコレが転移装置だ、どこへ行ってもそう変わらない見た目で大変助かっております。
だが問題は残っている、建物内にひとつしかない部屋に、全く同じ形をした3台の魔導装置が並んでいるではないか。
一体どれを使えば目的地である温泉郷に飛ぶことが出来るのか……と、良く見たら行き先が紙に書いて貼り付けてあった。
「え~っと、これが宿、こっちが出張所、それでこのコイツが温泉郷行きだな、じゃあアンジュ、お前はこの子を連れてさっきの宿に戻れ、ついでに言うと御者のお姉さんにはしばらくそこで待機するよう言っておいてくれ、そしたらすぐに戻るんだ」
「あら、私だけで行動させて良いわけ?」
「だって俺達が行くのは面倒だからな、まぁもし逃げたりしたら捕まえて聖棒でドリルカンチョーするけど、とにかく5分で戻って来いよ」
「……それは逃げない方が良さそうね、じゃあチャチャッと行って来るわ」
ということでまずアンジュとサキュバス嬢を宿に帰す、まぁ敵であることが判明した宿のオーナーは既に逃げ出した後のはずだし、それ以外の敵協力者は俺達を追ってこちらへ向かっているはず。
おそらくはサキュバス嬢を戻してもしばらくは大丈夫だ、そしてもし時間が経って敵協力者の誰かが戻ったとしても、そこで逃げれば後々酷い目に遭うことを承知している嬢が、それらによる救出を拒否するに違いない。
俺達はアンジュの帰りを待って温泉郷へ移動し、先に転移して行ったサキュバスの親玉を迎え入れたであろうボッタクリバーと、王国軍の派遣部隊との衝突を、というかサキュバス側による一方的な蹂躙を防ぐのだ。
転移して行ったアンジュは、ほぼほぼ時間キッチリではあったが僅かにオーバーしたところで、1人だけとなって俺とセラの前に転移して来た、今は転移モーションで光り輝いている。
サキュバス嬢の方は宿の部屋にしっかり置いて来たようだ、まぁ、逃げはしないであろう……
「は~い、ただいま戻りましたよ~っと、ギリギリ5分ってとこかしら」
「遅いっ! 5分と3秒も経過しているじゃないかっ! 1秒100回として後でお尻ペンペン300回な」
「いや~んっ……まぁそのぐらいならどうでも良いけどむしろ今する?」
「後でだっ!」
「ひゃっ、寒いから手が冷たいわね……」
ふざけた様子で尻を出してきたアンジュ、その丸出しになった部分をピシャッとやっておく。
とにかく温泉郷へ向けて転移だ、戻ったばかりのアンジュも加え、該当する転移装置を起動させた……
※※※
「……と、転移したのか、そしてここはどこだろうな?」
「どこかの建物の中ってことは確かね、壁と天井があるわ」
「で、窓がない辺り地下室ってとこかな、とりあえず警戒しつつ外に出てみようか」
転移した先は思ったよりも小さな部屋、窓も通気口もなく、部屋というよりも地下のワインセラーのような場所である。
そこに設置された扉はひとつだけ、もうそこから出てみるしかない、出た先でいきなり敵と遭遇する可能性はあるが、今のところ敵意を持った存在はこの付近に見受けられないし、とりあえず出てみないことには話が進まない。
扉に手を掛け、鍵がかかっていないことを確認してガチャッと開ける……目の前に立っていた2匹の中級魔族と目が合ってしまった、ビジュアル的にボッタクリバーの脅し要因だ、息の臭そうなおっさんタイプ魔族、というかおそらくは脇も臭いはず。
「……え~っと、その、間違えました~っ」
『あ、どうも~っ……じゃねぇぇぇっ! 誰だお前等はぁぁぁっ!?』
「チッ、デカい声出すんじゃねぇよこのカス共がっ、死ねっ!」
『ぎょえぇぇぇっ! ぎゃぁぁぁっ! しぬぅぅぅっ!』
「うるせぇ奴だな、おいそっちの奴、お前も困惑してないでサッサと死ね、自害出来ないなら俺が殺してやる、ほれっ!」
『ひょげっ……かはっ……ペロリンヌ様……』
「ん、今何か言ったか? もしも~しっ、ダメだ、死んでやがる」
2匹目、突然俺達が、しかもアポなしで出現したことに驚いて何も出来ずに居た中級魔族。
その死に際に放った言葉は『ペロリンヌ様』、どう考えても人名だ、まぁ人名としてもどうかとは思うが、とにかくモノを指し示したり、或いは俺達を呪う秘密の呪文とも思えない。
と、これはアンジュが一番良く知っていそうだ、そのペロリンヌ様とやらがコイツのボスなのだとしたら、それはもう即ちサキュバス、つまりアンジュからすれば元部下の中間管理職的な存在のはずだ。
「ということでアンジュ、その何とかって奴のことを知っているよな?」
「ええ、ペロリンヌちゃんなら何度か会ったことがあるわ、サキュバスのボッタクリ店経営者を集めた『エロエロ超越者会議』の常連だもの」
「何だそのふざけた会議は、馬鹿にしてんのか? まぁとにかくだ、そのペロリンヌの部下がここに居たということは、俺達が今居るこの建物はペロリンヌに関係している、つまりはボッタクリバーの中ということだな」
「まぁ、そういうことになるでしょうね」
その可能性は極めて高いとは思っていたのだが、敵の本拠地である、協力者の地主から借りた施設の転移装置から飛んだ先は、温泉郷のサキュバスボッタクリバー店舗の地下であった。
即ち労せずして敵陣内部に入り込むことが出来たということ、ここからはもう、普通に待ち構える敵を選別、サキュバス娘は捕獲でその他は適当に残虐な方法で殺害していくのみだ。
2匹の薄汚い死体を蹴って退かし、その次の扉を開けて廊下に出る。
早くペロリンヌ本人を捜し出し、説得して馬鹿な真似をやめさせよう……




