507 組織の影
「どうも~っ、派遣型サキュバス裏サービス……えぇぇぇっ!?」
「オラァァッッ!」
「捕まえたわよっ!」
「むぎゅぅぅぅっ……な……何なんですか一体……」
窓の外で変なハゲから受け取った名刺を燃やすと、しばらくしてやってきた1人のサキュバス嬢、それを扉の陰に隠れていた俺とセラで取り押さえ、動けないように鎖で縛り上げる。
しかしエッチな格好だ、キャミソールとその下に透けているパンツ以外、何も身に着けていないではないか、そしておっぱいがデカい、これはセラの怒りを買いそうだな。
「あっ、見てよ勇者様、こいつこんなものをっ」
「ん? あぁ、いきなり請求書か、しかも沢山あるな……『訪問手数料として金貨1兆枚』、『サービス代金として金貨5兆枚』、『お食事代として金貨3兆枚』、『延長料金として金貨2兆枚』、全部で金貨10兆枚のお支払いになる予定だったのか……ってふざけんじゃねぇっ!」
「いたたたっ! そ、そんなこと私に言われてもっ、それが正規の料金ですからっ!」
「何が正規の料金だ、普通に考えてこんなに金貨があると思うか? この世界の金の埋蔵量とかとっくにキャパオーバーしてんだよこの馬鹿がっ!」
「知りませんってばっ、まぁ、その、いつも回収出来なくて、仕方なく割引して、『お客さんの全て』で手を打ってますが……」
「おいお前、『全て』ってのは何だ? 全財産ってことだよな?」
「いえ、お金だけじゃなくて精気も枯渇するまで吸い取って、魅了して死ぬまで労働させて、ガリガリになった死体をミイラにして怪しい呪術団体に売り払います、初回の訪問からそこまでおよそ2週間ってとこですね、どうです凄いでしょう?」
「この凶悪犯罪者共めがっ! これから拷問してやるから覚悟しておけっ!」
「ひぃぃぃっ! さ、サービスの方は……」
「ああ、じゃあ今日は『悪いサキュバスお仕置きコース』で頼む、もちろん無料でだ」
「あとワンドリンク付きでお願いするわ、私レモンサワーね」
「かっ、畏まりましたぁぁぁっ!」
勝てないと踏んで降参した様子のサキュバスを引き起こし、服装のわりには巨大なバッグを開けて調べる。
なるほど『お食事代』もあながち嘘ではなさそうだな、カクテルなんかを作れるセットと、それから本当にちょっとした乾きモノが入っているではないか、とりあえず全て没収しておこう。
サキュバス嬢に巻き付けてあった鎖を外し、無言でカクテルセットを渡すと、しばらく俺を見つめた後、諦めたような表情でそれを受け取り、溜め息をついてリキュールと何かでシャカシャカし出す。
で、シャカシャカしながらも俺の方をチラチラと見ていたのだが、睨んでやったところ冷や汗を垂らして目を逸らした……アレか、魅了してやろうとか思っているのか、だがそれが無駄であることはこの一般サキュバスにわかるはずもない。
「あのっ、あなたさっきから全然『堕ちない』んですが……もしかしてもう枯れ果てて……」
「ちげぇよっ! 異世界勇者様たる俺様にはな、この賢者の石の能力が付与されているのだ、だから貴様のような雑魚サキュバスの魅了効果などまるで通用しない、わかったらサッサと仕事に戻れこのノロマがっ!」
「ひぃっ、異世界勇者!? というとあの魔王軍四天王まで登り詰め、私達の業界を取り仕切っていたあのアンジュ様をやっつけてしまったという……」
「うむ、そのアンジュならここだ、ほれ、極めて無様な格好だろう?」
「あっ、この方がアンジュ様……なんですよね……なんということでしょう……」
悪事を働くボッタクリサキュバス界のトップであったアンジュ、この嬢はその姿を初めて見たのであろう、イマイチ実感が沸かないようだ。
だがクローゼットの中に押し込まれ、猿轡を噛まされた状態でウンウンと頷くアンジュの真剣な眼差し、そして一見すると普通の人族に見える俺とセラが、異常なまでのパワーで自分を取り押さえたことを勘案し、その話を信じることに決めたようだ。
どうぞと言ってカクテルを出すサキュバス嬢、今は精霊様が居ないので毒入りかどうか判断することが出来ない。
仕方ないので自分の分も作れと命じ、それで出来上がった1杯とセラのものを交換してみたところ、普通に飲んでいたので特に問題はなさそうと判断、俺も酒に口を付ける。
ついでに言うとアンジュも拘束を解いてやり、猿轡を外して俺の横に座らせ、適当に酒と乾きモノを与えた、今夜は特別扱い、これまでにない大盤振る舞いだ。
このサキュバス嬢から話を聞くのに役立ちそうだからという理由なのだが、久しぶりに味わうまともで味の濃いつまみと、それからバーテンの心得があると思しき嬢の提供する上質の酒に、お偉い元魔王軍四天王様とは思えないレベルでガッつくアンジュ。
ボッタクリバー摘発作戦で活躍すれば、その都度追加的に真っ当な食事と酒を与えると、ダボハゼ状態のアンジュには十分すぎる内容のインセンティブを提示しておいた。
「さてと、とりあえずの1杯も頂いたし、つまみも十分だ、そろそろ『お仕置きコース』を始めさせて頂こうかな」
「ひぇっ、えっと、その……何をお話すればそこまで酷い目に遭わなくて済むんでしょうか……」
「それはこれから聞く、まずは拷問からだ、で、じっくり痛め付けた後で情報を引き出してやる、覚悟は良いな?」
「いやぁぁぁっ! 良くないっ、良くないですっ!」
腕を掴んだだけで必死の抵抗を見せるサキュバス嬢、このままだと貴重なリキュールの瓶を倒してしまいそうだ。
どうやらガチで死ぬレベルの拷問を想像しているようなので、念のためそこまではしないことを告げておく。
突端に大人しくなった嬢を床に正座させ、まずはセラとアンジュを使って『拷問』の実演を見せてやることに決めた……
「見ろっ、これが基本形の拷問、お尻ペンペンだっ!」
「いたっ、痛いっ、ごめんなさい勇者様……何も悪いことしてないけど……」
「次はアンジュに、これが本来は対悪魔用に開発した特別拷問、尻尾クリップだっ!」
「あたっ、地味に痛いわねコレ……」
「どうだ、こんな目に遭わされるのは恐ろしいだろ?」
「……いえ、別に普通です、その程度でしたらどうぞ、好きなだけ拷問して下さい」
セラもアンジュも特に悪事を働いたわけではなく、実演としての拷問であったため、少し軽くしすぎてしまったようだ。
だが本来はこんなモノではない、どんな情報もあっという間に吐きたくなるほどの地獄なのである。
今のライト拷問を見て完全に舐め腐った様子のサキュバス嬢、いきなり地獄を見せてやることとしよう。
反対を向かせて四つん這いにさせ、背後から究極のカンチョーをお見舞いしてやる……
「喰らえっ! 最強のヴァンパイアすら屠った勇者ドリルカンチョー(素手Ver)だっ!」
「はうあっ! あ……あぁあぁぁぁっ……ガクッ……」
「おや、気絶してしまったようだな、何とも情けない奴め」
「……勇者様、今のはちょっとやりすぎよ、後で謝っておいた方が良いわ」
気絶したサキュバス嬢、ドン引きのセラ、アンジュはカーミラからこの恐るべきカンチョーの話を聞いて知っていたのであろう、部屋の隅に移動し、尻を押さえてガタガタと震えている。
どうやら悪いことをしてしまったようだ、意識がないサキュバス嬢を持ち上げてベッドに寝かせ、早く回復するよう、酒と秘蔵のエッチな本をお供えしておく、サキュバスはこういうのが好きに違いない。
「さて、コイツから話を聞くのは目を覚ましてからだ、それまでは……酒を全部頂いてしまおう、あとルームサービスも頼むんだ、ちょっと確かめたいことがある」
「わかったわ、じゃあ私はこっちのヘルシーなやつ」
「ねぇ、今日は私も頼んで良い? ちょっとお金掛かっちゃうかもだけど」
「構わんぞ、セラもアンジュもジャンジャン頼むんだ、俺の予想が正しければ支払いは完全に不要だからな」
注文するとすぐにやって来たルームサービス、あらかじめこちらが『高い身分の御仁』であると伝え、食事を持って来るスタッフも宿の幹部クラスにするようにと、無理な注文を付け加えておいた。
で、やって来たのはオーナーだというおっさん、手の指には全て、宝石がゴテゴテと盛られた趣味の悪い指輪を嵌め、金のネックレスダブル掛け、金のブレスレッド両腕に合計50個、というかもうブレスレッドが袖のようになってしまっている、いわゆる成金だ。
それがニコニコと、金貨50枚と記載された請求書と共に食事を持って来たのであるが、部屋に入った瞬間、倒れて寝かされたサキュバス嬢の姿を見て顔を青くする。
やはりコイツ、というかこの宿のオーナーはサキュバスの連中と、そして先程名刺を渡していったあのハゲとグルだ。
ここに泊まった比較的金持ち、おそらくは従者が居てそれが地下室に宿泊していることで判断しているのであろうが、とにかくそういった客を狙い、全財産どころか人生まで奪い去る犯罪行為に手を染めているに違いない。
そして『引っ掛かったカモ』である俺が、もはやサキュバスに魅了されて気を良くし、あからさまな馬鹿要求をしつつ料理を注文したと判断したのであろう。
騙された馬鹿の様子をひと目見てやろうと、ついでに更なる高額請求を上乗せしようと、自ら料理を運ぶ役を買って出たうえ、ニヤけ顔でこの部屋の扉を開けたのだ。
だが大変残念なことに、ニヤけ顔になったのは全てを察した俺の方であった。
料理を置き、請求書は持ったままそそくさと部屋を後にするオーナー、逃げるか、それとも先程のハゲと連絡を取って対応を協議するか、まぁどちらにせよもう逃げられないのだが……
「良かったわね勇者様、今の感じだと予想は的中よ、支払はしなくて良いし、あのおじさんが死刑台に上がるところを指差して笑ってあげましょ」
「だな、だが一応もう少し調べたいな、もしかするとオーナー以外にも敵の協力者が居るかもだし……っと、それはコイツに聞けば早いか……」
少し動いたと思いきや、ガバッと起き上がるサキュバス嬢、もう目を覚ましたのだ、やはりエッチな本をお供えしたのは効果があったようだな。
周りをキョロキョロと見渡すサキュバス嬢、俺の顔を見て全てを思い出したようだ。
だが助けられ、寝かされていることによってこれ以上の危険はないと判断したのか、そのままベッドから降りてこちらに来る。
「……へへーっ、参りましたでございますですっ! 見事なカンチョーにございましたっ!」
「うむ、お前のようなカンチョー弱者に少しやりすぎてしまったようで申し訳ない、面を上げよ」
「ねぇ勇者様、カンチョー弱者って何?」
「知らん、今新たに生じた社会的身分だ、情報弱者みたいなものかな」
「意味わかんないんだけどまぁ良いや、とにかくこの子から話を聞きましょ」
「そうだな、じゃあこれから色々と質問するから、全て正直に回答するように」
「ハッ、何なりとお聞き下さい、我が主たるカンチョー勇者様」
面を上げたサキュバス嬢、もはや完全に俺の配下となったつもりのようだ、ちなみに雇用した覚えはない。
あとカンチョー勇者ではない、そんな恥ずかしい称号を掲げて町中を歩くことなど到底出来ないであろうが。
と、まぁその辺りの話はどうでも良いとして、まずはサキュバス嬢の派遣元について聞き出す。
メインの店舗は温泉郷にあり、この嬢他数名のサキュバスが、この宿を狙う『出張所』に出張っているのだという。
そしてもちろん、現在温泉郷にて王都から派遣された部隊によるボッタクリバー摘発作戦が始まっているという話は、出張所のサキュバス嬢達の耳にも入っている。
だがその内容が問題だ、今朝例のハゲ経由で通達を受けた摘発作戦に関する話は、『もし人族の兵団が、営業を終了して降伏するよう勧告してきた場合、断固として抵抗し、場合によっては武力でそれらを排除すべし』というものであったとのこと。
つまり、この嬢が所属している温泉郷のサキュバスボッタクリ組織は、現在抵抗を続けているというボッタクリバーの系列である可能性が高いということだ。
こういう感じの店というのは、屋号が違い、営業所の場所もまるで違ったとしても、そのオーナーは同一人物であるケースが多い。
現在のところ温泉郷で抵抗している組織は1つだというし、オーナーのサキュバスは同じだと考えた方が良いな。
そして武力で敵、つまり王国兵を排除することを辞さない構えで居るとなると、それは早めに、実際にそれを行使する前に処理しなくてはならないということ。
急がなくては、だがまずは目の前の事案をどうにかしなくては、それから急いで温泉郷に移動し、アンジュを使って泣き落としでも何でも、とにかく暴れる前に諸々の行いを停止させるのだ。
「うむ、お前等が摘発に抵抗するサキュバス組織で、ボッタクリを是とする悪い奴らだということはわかった」
「へへーっ、どうか厳しいお仕置きを……」
「その前にだ、お前、今日俺に名刺のような紙切れを渡したハゲを知っているよな? 奴は人族だったはず、それにこの宿……もうこれ以上いう必要はないな、とにかく人族側の協力者を全て挙げろ」
「え~っと、この宿のオーナーとかいう成金と、専務と常務と同一オーナーの別の宿の支配人と、それからそのハゲ、アレは出張所で使っているキャッチなんですが、それから出張所の土地を安く貸してくれた地主にそこの執事と、そこの奥さんと不倫してる庭師と……」
「多すぎだろっ!? しかも何だよ地主の奥さんと不倫してる庭師までっ!」
「そう言われましても……あ、あと温泉郷のやたら態度がデカい変なハゲと、太ったハゲと、それから脂ギッシュなハゲと……そいつらは魔族のことが嫌いみたいであまりお金以外の話はしてこないんですが……」
「そっちにも居るのかよ、まぁでもしょりゃ居るよな、温泉郷を拠点にしているわけだし、ハゲばっかなのは気になるがな」
とにかく凄まじい数の人族が、魔族であるサキュバスの犯罪組織に加担しているようだ。
ちなみに温泉郷での協力者はおそらく隠れ差別主義者で、サキュバスの店に通って魅了されたり、全財産を浪費したりということがなかったような連中なのであろう。
その後もさらに話を聞いていくと、どうやら『お支払の出来ないお客様』は、この宿や温泉郷のボッタクリバー本店から、そのまま出張所を貸している地主の土地へ、そこにある収容施設へと移送されるとのこと。
さらにその施設には温泉郷のボッタクリバーを取り仕切る、『裏世界のドン』的なサキュバスも居り、そこからスタッフのサキュバス、その他脅し用の雑魚魔族、協力者の人族などに指示を飛ばしているのだという。
施設の場所はここと温泉郷との中間地点よりも少しこちら側、歩いたとしても2時間程度で到着可能な範囲だ。
ちなみにこのサキュバス嬢が詰めている出張所はこの宿のすぐ近く、人目に付かない場所に隠してあるとのこと、まぁそちらはどうでも良いか、大元を潰せば自然に崩壊するはずである……
「てことは勇者様、このまま温泉郷に行くよりもそっちを攻めた方が早いんじゃないかしら?」
「その通りだな、温泉郷で店と対峙している兵士達も気掛かりだが、親玉を潰せばそっちも大人しくなるだろ、アンジュも連れてそっちを目指すぞ」
「じゃあ明日の朝出発って感じ……にはいかなさそうだわね……」
「もう来やがったか、案外仕事が早いんだなあの成金は」
「勇者様、ビビッて逃げなかったのは褒めてあげるべきよ」
「確かにそうだな、褒美として最も辛く苦しい死を与えようではないか」
部屋の外に感じる敵意、どれも雑魚ばかりだが、半数以上は上級魔族、というかサキュバスのようだ。
それが窓の外、ドアの向こうの廊下、両隣の部屋、もちろん上下も、至る所に配置され始めたのである。
間違いなく先程の成金オーナーの要請に応じて現れた応援、これが俺達を排除するための応援なのか、それともやられてしまった仲間を救出するためだけのものなのかは不明だが、とにかく殺る気満々であることは確か。
敵の数は50程度、この場で少し力を振るえば瞬殺である、だが何も知らない他の宿泊客、特にここまで一緒に来てくれた御者のお姉さんに累が及ぶのは避けたい。
どうにかして外に誘き出し、そのまま敵の本拠地である地主所有の施設とやらを目指せないものか……よし、窓から脱出して走ろう、ナマモノの荷物が1つから2つに増えたが、それはそれで仕方ない。
アンジュは説得係として、もう1人のサキュバス嬢は案内係として必要なのだ。
そして特に嬢の方は敵の奪還対象であるゆえここに置いて逃げるわけにはいかない。
「じゃあ一斉に窓から飛ぶぞ、アンジュ、お前はちゃんと自分の足で付いて来い、わかったな?」
「ええ、わかってるわよ、てか今更逃げたりしないから信用してって言ってるでしょうに」
「どうだか、じゃあセラは最小限の荷物を持ってくれ、俺はコイツを、よいしょっと……よし、行くぞっ!」
アンジュも含めた3人で一斉に窓から飛び出す、サキュバス嬢はシーツで包もうとも考えたのだが、無駄に攻撃させないため、そして敵を宿の客の近くから引き離すためにも、良く見えるナマの状態で担いで運搬することに決めた。
『居たぞっ! 窓から飛び出したみたいだっ!』
『逃げるつもりだなっ、追えっ捕まえるんだっ!』
『見ろっ! 嬢を担いでいるぞ、攻撃するんじゃないっ!』
『待てーっ! 待ちやがれーっ!』
必死になって追って来るのは人族ばかり、どいつもこいつもノロマで、後暗くて見えないのだがたぶんハゲだ。
サキュバスの方は一旦どこかに退くようだ、いや、誰かの所へ報告に行くと見た方が良さそうだな。
とにかくこれで敵の包囲網は突破、あとは敵の本拠地となっている施設を目指すのみである。
今からなら暗いうちに到着するはずだ、走ればなお速いし、夜襲を喰らわせるには十分な時間帯であろう。
担いだままの状態の嬢に道案内をさせ、俺達は夜の街道をひたすらに走った……




