505 代わりに出てきたモノ
「おいおいおいおいっ! どんだけ吸うんだよそのアイテムはっ!?」
「大丈夫ですっ、こっちは前回のと違って吸い込んだ『ブツ』を亜空間に飛ばしてしまうものですからっ」
「そうじゃねぇっ! あっ、ほら玄関の扉がっ、窓がっ、俺達の拠点ハウスがぁぁぁっ!」
空から、というか上空を通過した魔王城から投下された生ゴミ、さらに俺達の居た隊列が狙われ、誤ってそこから転移させた生ゴミという、ダブル生ゴミによって完全に埋没してしまった俺達の西方拠点村ハウス。
エリナが荷物の中から取り出した少し大き目の魔導携帯トイレ……いや、コイツどんだけ携帯トイレ持ってんだよ……
とにかくその組み立てられた箱状の、明らかに紙製の携帯トイレが、まるで蕎麦でも啜るかの如くゾゾゾゾッと、凄まじい勢いで生ゴミを、そしてなぜか俺達の大切なハウスに付加一体となった扉や窓などを破壊し、次々に吸い込んでいく。
そしてついにミシッと、嫌な音を立てて建物全体が歪んだのであった。
だが吸い込むのをやめないエリナ、今の音は聞いたはずなのに、生ゴミの量ももうそんなでもないのに、どうしてここで停止するという選択肢が思い浮かばないのだ?
「おいコラッ! サッサとそれを止めるんだっ! そうしないと俺達の拠点ハウスがっ!」
「……ダメです、何だか知らないけど止まらなくなりました、もう前方にある全てを吸い込むまで何も出来ず、このままコレを構えているしかないんですよ、さもないと向けられた人を、もし接地させたらこの世界全てを吸い込んでしまいかねませんっ!」
「何考えてんだこの馬鹿がぁぁぁっ!」
「だって壊れてるなんて思わないですもん……」
完全に諦めてしまった様子のエリナ、その魔導携帯トイレを向けられた先では、俺達の大切な、本当に大切な拠点ハウスが有り得ない形状に……そして崩壊、さらに粉砕、基礎ごとその中へと、亜空間だというそのトイレの中へと吸い込まれていく……
「そ……そんなっ、まだ数回しか使ってないのに、新築だったのに……」
更地となった俺達の拠点ハウス、そこまでしてようやく停止する魔導携帯トイレ(不良品)、この地における全てを失ったに等しい俺は、その場でガックリと膝を突いたのであった。
それを横で見ていたエリナ、スススッと、まるで影のようにその場を立ち去ろうとするも、怒り心頭の精霊様が背後に回り込み、その両脇をガシッと掴んで捕らえる。
「あ、あのっ、精霊様、私ちょっとお手洗いに行きたいもので……離して頂けますでしょうか?」
「あら、お手洗いならそこにちょうど良いのがあるじゃないの、ほら、パンツ脱いでそれに跨りなさいっ!」
「えっ? ひぃぃぃっ! いやぁぁぁっ! お、お尻が吸い込まれるっ! どうかお許しを……」
「ダメよ、今日1日どころか私達のハウスが復帰するまで、全身全霊で反省して貰うわっ!」
「そんなぁぁぁっ! 誰かっ、あそうだユリナ、ちょっと助けてっ!」
「今回はどう考えてもエリナが悪いですの、ねぇサリナ?」
「ええ、これはフォローのしようがないわね、とりあえず謝罪したらどうかしら?」
「うぅっ……ご……ごめんなさいでした……」
『許しませんっ!』
全員から一斉に謝罪の受入を拒否されたエリナ、これには先程から黙って見ていた丁も苦笑いである。
とにかく罪人エリナをもう一度縛り上げ、同じく縛ってあった荷物扱いのアンジュと共に牽き、馬車はその場に停めたままにして、この拠点のメインである温泉施設を目指した。
そこにはこの拠点村の運営を任せてある丙と丁の執務室があり、それと補佐として王都の犯罪者収容所から移送したデフラ達も近くに住んでいる。
で、降り注ぐ生ゴミ如きに敗北した責任を感じ、今にも切腹しそうであるという丙を慰めてやるという、極めて重要なタスクがそこにあるのだ。
かなりの力を持った丙が、切腹など何度したところで死にはしないであろうが、さすがに放っておくのもかわいそう、というか今回はこの全く反省のない悪魔が100%悪いのだし、このままではいけないのは確実といえよう。
というわけで温泉施設に向かった俺達が最初に訪問したのは、入口の扉に『二度と開けないで下さい』と張り紙のされた丙と丁の執務室である……
「お~い、生きてるか~っ? もっしも~っし……ダメだ、返事がない」
「あらら、もうただの屍に成り下がっているんじゃないかしら?」
「いや、だとしてもゾンビか幽霊として復活しているはずだ、いくらどうにかして自決したとしても、コレだけショックを受けた状態で成仏することは普通に考えて有り得ないからな」
とりあえずもう一度ノックしてみたが、一向に返事が帰って来る気配はない、仕方ないので鍵を開け、部屋の中を覗き込む……居た、机の後ろに丙は居た。
そしてもちろん地に足が付いておらず、首から伸びたロープで天井からぶら下がっている状態だ。
責任に押し潰されたとはいえまさか首を吊るとは、ちなみに余裕で生存している。
「おいお前何やってんだそんな所で? ノックしたら返事ぐらいしろよな、生きてるんだったらさ」
「ひぃぃぃっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」
「良いから降りて来い、別に今回はお前が悪いんじゃなくて、ここに居るこの悪魔めがっ! このっ! 逃げ出そうとするんじゃないよっ!」
賢い丙は状況を察したようで、俺が地面に押さえ付けている状態のエリナに哀れみの視線を送りつつ、ロープから首を抜いてこちらへ来る。
「それで、状況が最悪なのはお前もご存知の通りだ、このまま何の片付けもしないとこの拠点村は直ちに終わる、サキュバスの店どころじゃなく、完全に滅びる、それはわかるな?」
「へへーっ! 大変申し訳ありませんでしたっ! どうか厳しいお仕置きをっ!」
「しょうがない奴だな……よし、そのまま尻を突き出せ」
「畏まりましたーっ!」
「おいエリナ、ついでにお前もだっ!」
「いやぁぁぁっ!」
土下座した状態からクルッと逆を向き、こちらに向かって尻を突き上げた丙、その横にエリナも同じ格好で並ばせ、精霊様から受け取った鞭でビシバシとシバき倒す。
もちろん丙には軽めに、全ての責任を押し付け、しばらくの間は罪人として扱う予定のエリナには厳しく、激しく鞭を打ち付けていく。
「あいてっ!」
「ひょげぇぇぇっ!」
「うっ、ごめんなさいっ……」
「ぎょえぇぇぇっ! どうかお許しをっ!」
「いてっ……」
「あぎゃぁぁぁっ!」
「あ、あのっ、さっきからお仕置きの厳しさがまるで違うような……」
「ん? たぶん気のせいだ、だが丙はもう反省したようだからこのぐらいで許してやろう、エリナはまだまだだっ!」
「ひぎぃぃぃっ! なっ、何で私ばっかりっ!?」
「黙れっ! 反省するんだこの悪魔めがっ!」
そのまま10分以上もの間、エリナのみにお仕置きをすることによって丙に対し『今回の件はエリナの責任』だと錯覚させる。
もちろん俺よりも賢い丙をそう簡単に騙すことが出来るはずもなく、この後も一定のフォローと配慮が必要になりそうだが、ひとまずはもう首を吊って生存するなどという限りなく馬鹿なことはしないはずだ。
尻を突き上げたエリナが、その理不尽に耐え切れず、リアルに泣きそうになったところでお仕置きを終え、この後どうしていくべきかについてミーティングを始める。
後続の派遣部隊、本来はサキュバスボッタクリバー摘発作戦のために派遣されたはずの部隊がここへ来るのはおよそ2日後。
もちろん大半は徒歩で向かっているゆえ、到着早々拠点村の生ゴミを片付けるのを手伝えなどとは言えない。
クソッ、こんなことならゴミのように役立たずの野郎兵士共を生かしておくべきであった。
奴等は徒歩ではなくダッシュでここへ向かわせ、到着後はそのまま過労死するまで片付けをさせれば良かったのだ。
だが情けない兵士は不要という、(悪の)巨大組織特有の掟により、連中は既に処刑、階級を一番下まで落としたうえに不名誉除隊。
さらに生前の氏名住所を王都の『晒し者掲示板』に掲示し、不憫に思った誰かが墓を造ったとしても、暴かれ荒らされるどころか、お供え物の饅頭すら野良犬に食われるという、地獄のような最後を迎えた後なのだ。
ということで今作業に当たっているこの拠点村のスタッフ、それから俺達で、どうにかして後続の部隊が到着した際、まともに休息を取ることが出来るように取り計らっておかなくてはならない。
現状、この温泉施設の庭や外の露天風呂に至るまで、あらゆる場所に生ゴミの臭いが充満している状況。
エリナの謎アイテムが危険極まりないものである以上、この広い施設だけでも使用可能になるまでに相当な時間を要するはずだ。
「本当に困ったわね、これじゃ手の付けようがないわ」
「ええ、今は村の入り口からここまでの道を開通させることにリソースを目一杯まで充てていますので、その部隊の方々が到着するまでにここをどうにかというのは……」
「う~む、ここで余計な作戦を取っても更なる大惨事を招くだけな気もするし、これは後続部隊に少し臭い中で我慢して貰って、ある程度休息を取ったところでまた手伝わせるしかないかもな」
「それか主殿、王都に追加の派遣部隊を全部騎馬兵で、しかも大量に送ってくれるよう頼んだらどうか? 馬なら今向かっている歩兵部隊を追い越して先にここへ来られるだろうし」
「おいおいジェシカ、王都の騎馬兵なんて地味な小金持ちの子弟で無駄にプライドの高い中間層の中のハイクラスなんだぞ、そんな連中を呼んで生ゴミ拾いをしろなどと言ってみろ、反乱は起こさないまでも後々俺達の悪い噂が王都の庶民中に蔓延しかねないぞ、まぁ既に手遅れな部分もあるがな」
「……確かに、ああいう『近所の名士』的な家の連中は雑魚なようで危険だからな、庶民からの支持率を無駄に下げるわけにはいかないし、追加派遣は諦めるべきかもな」
というか、そもそも俺達は別の作戦、サキュバスボッタクリバー掃討作戦に従事している真っ最中なのだ。
その状況で王都に連絡し、直接的に関係していない現状の問題を解決するための追加派兵など、ただでさえ渋い顔の総務大臣がより一層渋い、まるで梅干か干し柿のような顔になってしまうであろう。
もう仕方ない、俺達が直々に手を動かし、この施設内に蔓延した生ゴミとその臭いを……と、部屋の隅に放ってあったエリナの荷物が怪しい動きをしているではないか……
「はいはいっ、ちょっとエリナさん、よろしいですか?」
「ひっ!? ま、またお仕置きですか……」
「いやそうじゃなくて、ほら、荷物の方が何だか変な気がしないか? 生きたまま喰らう用に変な生物でも持って来たってんなら別だが、通常バッグとかその中身とかはあんなに激しく動いたりしないはずだからな」
「……本当ですね、ちなみに馬車から持って来たのは縛られる前に使っていた『魔導携帯トイレ(大)』だけなんですが、普通に考えたらそれがあんなに激しく、ガタガタ動いたりしませんよね? そもそも不良品なんですし」
「うむ、携帯トイレは動いたりしない、そして今現在……凄まじく飛び跳ねてんぞ、もうどう考えてもヤバいだろそれっ!」
最初はカタカタと音がした程度であったのだが、今ではもうエリナのバッグの停め具が外れ、折り畳んで中に入れてあった魔導携帯トイレが、使用時と同様の状態、つまり遊びで作るダンボール空気砲のような形状になり、さらにそのボディーがパンパンに……
「誰かっ! そのやべぇ物体を捕まえて外に投げ捨てるんだっ! 爆発すんぞっ!」
「はいはいっ! 私に任せてっ!」
近くに居たマーサがとっさに動き、危険物と成り果てた魔導携帯トイレを窓から投げ捨てる。
次の瞬間、あれだけ大量の生ゴミを、そして俺達の大切な拠点ハウスを吸い込んだソイツは、まるでゲロでも吐くかのごとくその亜空間に収納した中身を勢い良く吐き出したのである。
しかも『オロロロロッ!』タイプのゲロではなく、『ボゲェェェッ!』タイプの爆発的ゲロだ。
とんでもない事態である、これはもう拠点を放棄して逃走を図るしか……というかアレは何だ? てっきり大量の生ゴミが出てくるものだと思ったのだが、どうやら違うらしい……
「おいエリナ! ちょっとアレ変だぞっ! 一体どうなってやがんだっ!?」
「わ……私に聞かれましても……」
「生物……のようね、スライムじゃないし、でも見て、その辺に落ちてる汚物を食べてるわよ」
「本当だ、生ゴミも、それから落ち葉とかも食べてんな、でも有機物だけみたいだ、見ろ、俺達の大切なハウス、一緒に吐き出されて奴の周りに散らばっているのはその破片だ」
「てことはあの何かが『魔導携帯トイレ(大)』の中で『ブツ』を処理していたってことなんですね、で、色々と入れすぎで巨大化して、そのせいで亜空間に入りきらなくなって……」
ゲロバーストしたエリナの魔導携帯トイレ(大)、そこから出現したのは何とも言えない、いや、強いて言うのであれば比較的透き通った、黄色がかった巨大ウミウシといったところであろう。
その全長はおよそ15m……最初はそのぐらいのサイズで出現したのだが、生ゴミを食べて、それを消化するごとに巨大化しているように見える、今はもう20m前後ありそうだ。
ちなみにそのイエロースケルトンジャンボウミウシ、まだ生きている生物や無機物は食べないらしく、温泉施設の岩、そして生えている木々などには一切手を付けない、俺達のハウスもそのまま残骸としてばら撒かれた辺り、『生ゴミしか食べない』と考えて差し支えないはず。
まぁ、巨体ゆえ木々を薙ぎ倒し、そこら中を破壊しているのではあるが、生ゴミとその臭いを凄まじい勢いで処理してくれていることは非常に有り難い。
これは益虫の類だ、今のところは討伐には動かず、しばらく様子見をしてゴミが減るのを待つこととしよう……
「見て下さいよ勇者さん、私が持って来たアイテムのお陰で全てが解決しますよっ! さぁ、さっきお仕置きした分も打ち消すぐらいに私を褒めて下さいっ!」
「冗談じゃねぇっ! 良く見ろエリナ、あのウミウシの周囲に散らばっているのは何だ? あの残骸は俺達のハウスの成れの果てなんだよっ! なのに褒めろだとっ?」
「いえ……その、アレはほら、固定資産が流動化して……」
「流動化(物理)は要らねぇんだよっ! 後でお仕置き追加だっ!」
「ひぃぃぃっ! もう鞭打ちは勘弁して下さいっ!」
すぐに調子に乗る悪魔は嫌いではないがお仕置きだ、とにかくウミウシの活動を眺めていると、温泉施設周辺を全てピッカピカにした後、そのまま拠点村の入り口、現在清掃活動をしている側に向かって進んで行く。
もちろん途中の道すがら、脇に避けてあった生ゴミを大量に消費しつつ、そしてそのサイズをさらにアップしつつの移動である。
何も知らない拠点村のスタッフや奴隷として扱き使っている元人種差別主義者の被差別全裸民は、その巨大なバケモノの襲来に恐れおののき逃げ回っているが、安全である以上特に問題はない。
皆そのうちコイツの有益性に気が付き、神として崇め奉り始めることであろう。
もちろんずっとこの拠点村内を徘徊させておくわけにはいかないのだが、それでももう殺害してやろうなどとは思わない。
最終的に全長50mは超えたであろう巨大ウミウシは、それから3時間程度で村中の生ゴミを、そしてその臭いを全て取り払ってくれた。
もはやその姿を見て逃げ惑う者は居ない、むしろ跪き、祈りを捧げている連中が大半だ。
場合によってはこの世界ではあのゴミのような女神のことなど忘れ去られ、『お掃除ウミウシモンスター教』が流行するかも知れない、その次元の神々しさである。
村内にあった不浄なものを欠片も残さず平らげたウミウシモンスターは、やがて新たな『食事』を求めてか、村のゲートを薙ぎ倒しつつどこかへ去って行った。
奴が居さえすれば、魔王城の撒き散らす生ゴミなど雑魚に過ぎない。
またどこかで会いたい、いや、エリナに『魔導携帯トイレ(大)』を大量発注させ、その中の亜空間からアレと同じものを大量に取り出せば良いか……
「うむ、何だか助かったな、悪臭も全て消えたし、温泉の湯も完全に元通りだ」
「せっかくだから今日はこっちの広い温泉に入っておきましょ、ハウスの方は……エリナちゃん、頑張りましょうね」
「もしかして私が建て直すんですか……」
「当たり前だっ! 全損、てか消滅させたのはお前なんだからなっ!」
「ひぃぃぃっ!」
その日からはしばらく、丙と丁が使っている施設の中にある部屋をひとつ、俺達の宿泊所として利用した。
拠点村に着いたらハウスの掃除と、庭でバーベキューをして温泉で疲れを癒して。
そのような期待をしていたにも拘らず、その夢は二度と成就しない、大変嘆かわしい状況となってしまったのである。
これからは既にやって来て休息を取っている後続部隊行動を共にし、この地域一体、主にメインとなっている温泉郷でのボッタクリバー摘発作戦に従事しなくてはならない。
その後もまた次のタスク、さらに次のタスクと続くため、拠点村の再生に本腰を入れるまでにはまだまだ時間が掛かりそうだ。
事件の翌日から早速大工用の衣装を着込んで雰囲気だけ出していたエリナも、建築物の設計は大変に苦手なようであり、未だに俺達のハウスがあった場所は更地のまま、庭の温泉だけが湧き出している状態。
まぁ、俺達の出動は摘発に抵抗するボッタクリバーがあったときのみだし、それまではここでゆっくりしつつ、徐々に元通りの拠点村を取り戻すための会議等を続けていこう。
摘発し、捕らえたサキュバス達にも色々と手伝わせれば良いし、そのぐらいのことをさせる権利は俺達にもあるはずだ。
摘発作戦の本格始動日を向かえ、朝から各方面に派遣されていく兵士達を見送った俺は、丙と丁の執務室にお邪魔して作戦会議を始めたのであった……




