504 大惨事
「おいっ! とにかく何かの下に隠れろっ! 腐った生ゴミの臭いが染み付いて落ちなくなるぞっ!」
「ダメよ勇者様、もう誰も聞いていないわ、バラバラのボロボロ、生ゴミだけで部隊は壊滅よ」
「……全くしょうがない連中だな、あれほど強い意思でと……まぁ、指揮官だったハゲがあのザマじゃこれも仕方ないか」
西から吹き付ける真冬の風に乗り、バラバラと降り注ぐ生ゴミ、完全に魔王城から投棄されたのは明らか。
臭いしキモいし、全くとんでもないことをしてくれた、というかマジで殺したい。
そう思いつつ睨んだのは向かう先に見える、まるで夏のような入道雲。
雲の中にその元凶が隠れているのは確か、そしてその元凶が、これから俺達の西方拠点の直上を通過するのであろうという予想も、かなり蓋然性の高いものであると言えよう。
で、大半が女性の派遣部隊およそ500は、臭くて不潔な生ゴミの雨に耐え切れず、散り散りになって街道を逸れ、ある者は近くの畑に、ある者は野原に転がり、どうにかして全身に付着した汚物とその臭いを掻き消そうとしている。
無事なのは俺を除く勇者パーティーのメンバー、その他高級将校など、馬車の屋根に守られていたラッキーな連中のみ。
他は漏れなく激クサでドロドロ、もはやお嫁に行けないとかそういうレベルの目に遭わされたのであった。
しばらくして生ゴミの雨は止んだものの、視界に映った世界は地獄そのもの。
まるでしばらく片付けていないゴミ箱に顔を突っ込んだかのように、臭いしビジュアルもアレなものである。
「はいはい皆さん落ち着いて~っ、今から全員洗浄するから、ちょっと逃げないでそこに並んで……並びなさいって言ってるでしょっ!」
「おい精霊様、キレるんじゃないよやかましいから」
「だってしょうがないじゃないの、この連中があまりにも愚図だから悪いのよ、野郎だったら全員死刑に処しているところだったわ」
「……確かに、ワーだのキャーだの言って逃げ惑っているのが野郎だったら俺でも皆殺しにしてたな、キモいし、そもそもそんな奴を生かしておく必要がないからな」
だが今回は女性ばかり……と、それでも何人か野郎モブが含まれているのか。
奴等はここで退場だな、部隊からも、そしてこの世からもだ。
精霊様に頼んで、女子は部隊の中で一番大きい組織である憲兵が持っていたテントを張った中で、ユリナと精霊様、それに火魔法と水魔法が使える参加者によって臨時に用意された仮設風呂で汚れを落とした。
一方、全部掻き集めても20名と少しであった野郎軍団は、俺とマリエルと一緒に街道から外れた茂みの中に入る。
もちろん帰りは俺とマリエルの2人だけだ、情けない、そして使えない馬鹿共はここで終わり、森の養分として大自然に使って頂いた方が、このまま生きてウ○コを垂れ流し続けるよりもよほど世界の役に立つはず。
死に切れなかったキモ顔の馬鹿が俺の足に縋り付いて助けを求めている、それに対しての返答は足元に落ちていた岩石をもって行う、頭がカチ割れた(元)兵士の亡骸に蹴りを入れて退かし、仲間達の下へと戻った。
どうやら今日はもう進軍しないらしい、このままあの入道雲、つまり魔王城を放置しておくわけにはいかないため、俺達は何としてでも進みたいのだが……どうやらもうこの部隊にはその気力がないらしい……
「全くもって情けない連中だな、おいマリエル、こいつらホントに兵士なのか?」
「ええ、確かに兵士なんですが……その、相手がサキュバスということで女性ばかり選別していたら、どうやら事務官や秘書官、あとその見習いなんかが大量に紛れ込んで……」
「なるほどな、そいつらがパニックを起こすと全体に伝播するってわけか、まぁその文官紛いの連中を除いても連度不足のアレな兵士ばっかだし、そうなるのも無理はないか」
「残念ながらそうなりますね、しかし今から新たに兵士を鍛え上げるわけにもいかず、この者達に短期間の訓練を積ませて今ここに連れて来ている、そういうことです」
「もう超絶ダメ、始まる前から終わってるパターンじゃねぇか、これならもう屋敷に帰ってウ○コでもしてた方がマシだぜ」
「本当に薄汚い異世界人ですね……」
マリエル如きにディスられてしまったようだが、俺は完全に事実を述べただけだ。
いくら俺以外の野郎を滅ぼし、この部隊が俺の最強ハーレム状態になったところで、本来の仲間以外の全てが使い物にならないのでは意味がない。
西方拠点、そしてそこを運営する丙と丁、あとデフラなども心配だし、この連中は放っておいて俺達だけ一旦王都へ、そこから転移装置を使って即移動した方が早いのではないか?
いや、今回は最初からエリナを連れて来ているのだ、この騒ぎにも拘らず、馬車の中で幸せそうに寝息を立てているエリナ、呼吸に合わせて揺れている悪魔の尻尾を掴んで引き起こし、状況を説明する……
「かくかくしかじかでそういうわけでこういう状況だ、どうにかしろっ!」
「いえちょっと、突拍子のなさが異次元なんですが……」
「良いから早くするんだよ、ほれ、いつもみたいに便利なアイテムを出して……ここか? ここに色々と入っているのか?」
「いやぁぁぁっ! ちょっと、お腹まさぐらないでっ! いやっ、パンツの方もダメですぅぅぅっ!」
結局エリナの服の中からは何も出てこなかった、本当に使えない悪魔だ、契約する価値もない。
と、その悪魔が自分の荷物をガサゴソと探り、何やら紙製の、折り畳まれた箱のようなものを取り出した。
「勇者さんにはこれを差し上げますから、とりあえずその理不尽な要求はやめて下さい」
「……何コレ?」
「これは『魔導携帯トイレ』です、さっきウ○コがどうとか言っていたのを半分寝ながら聞いていましたから、トイレに行きたくて腹が立っていたんでしょ?」
「……ふんっ!」
「あでっ! どうして叩くんですか? あと尻尾も引っ張らないでっ、いやぁぁぁっ!」
くだらないアイテムを提供したエリナにはお仕置きしておく、そもそもどうして携帯トイレ如きが『魔導』である必要があるのだ?
で、とりあえず組み立ててみたそれは確かに携帯トイレに見える、まぁどう考えても使い捨てのコレを広げた以上使わないのももったいないし、馬車の車体にこびりついた生ゴミでも……なんと、入れた瞬間に消えたではないか。
もしかして『魔導』の意味はここにあったのか? 中に入れた、というか出した『ソレ』を、一瞬で処理して消滅させてしまう、もちろん『ソレ』ではなく生ゴミもである。
コレは使える、間違いなくこの場で最も使えるアイテムだ、エリナに解決策を出すよう頼んでみた俺の目に狂いはなかったということだな。
まぁ俺の意図していた結末とはだいぶ違うが、少なくとも今日はこの先に進めない以上、そこかしこに散らばった生ゴミを片付けなくてはならないのだ。
そのためにこの『魔導携帯トイレ』を利用させて貰おう、外に設置し、兵士達に付近の清掃をさせる、それで多少は快適な夜を過ごすことが出来るに違いない……
「お~いっ! 皆聞いてくれ~っ!」
「聞いて下さ~い! 勇者パーティーからのお知らせで~っす!」
用が済んだと同時にもう一度寝てしまったエリナは放置し、起きて、暇を持て余しているメンバーで周囲に居る兵士達に声を掛けて回る。
強い匂いに敏感な仲間を外に出すわけにはいかないが、それ以外の面子だけでも500人弱の部隊全員に声を行き届かせるのは十分であった。
皆でどこからともなく取り出した大量の火バサミを手に、口元には手拭いを巻いた状態でゴミを拾い集める。
なお、畑に落ちていた分はそのままにしておいた、これは栄養になるはずだ。
「は~いっ! じゃあどんどんこの中に入れちゃって下さ~い!」
「入れたら勝手に処理されるんでご安心を~っ!」
超凄い魔導携帯トイレの機能に大変驚いていた兵士達であったが、しばらくするとそのゴミが消失する光景にも慣れたようで、自分達の野営スポットを確保すべく、一心不乱に飛び散った生ゴミを掻き集めていく。
夕方前には綺麗になった、というか今現在、俺達の西方拠点がここと同じ生ゴミの雨に襲われているのではないかというところなのだが、もしそうであったとしてもこの魔導携帯トイレを使って掃除してやれば良い。
もちろん本来の目的はサキュバスボッタクリバーの摘発なのだが、この清掃活動はその前にやっておかなくてはならないことだ。
魅了の力を使うサキュバスの経営するボッタクリバーは依存性が高く、確かに大変危険な存在ではある。
だがこんな激クサの生ゴミを拠点村に放置することは、そんな店如きの存在よりも遥かに大きな経済的ダメージを与えるものなのだ。
「やれやれ、これでどうにか寝られそうだな、おいエリナ、起きろ、このアイテムは一旦返すからまた後で貸してくれ」
「……ん? あぁ、そんなの捨てて下さいよ、使用済みの携帯トイレなんて……と、今思ったんですけど、それを使ったときに想像していた場所はどこですか?」
うたた寝から解放されると同時に、ハッと気が付いたような顔をして謎の質問をしてくるエリナ。
何だか顔が青いし冷や汗もかいているようだ、生ゴミの臭いで体調不良でも引き起こしたのか?
……いや、もしかしたら俺がこの携帯トイレを使った、即ちウ○コした後の使用済みをわざわざ返却しにきたことに関してドン引きしているのかも知れない。
だとしたら非常に拙い、馬鹿と変態と豚野郎に加え、新たに『不潔野朗』の称号まで獲得してしまう。
ここはキッチリ弁明しておこう、俺がウ○コしたわけではないことを、そしてウ○コそのものでもないことを……
「使ったって言っても生ゴミを大量に処分しただけだが、一応これから向かう西方の拠点村について考えながら作業していたな、もちろん俺だけじゃなくて参加者全員が」
「ひぃぃぃっ! そ……それはイメージした場所や相手の所にウ○コを直接送付する悪魔の悪戯アイテムなんですよっ!」
「……おい、それはどういうことなのか具体的に……逃げるんじゃないコラ」
「いでででっ、しょっ、詳細はこの取扱説明書で……」
「うむ、なになに……『やぁ悪魔の諸君、元気してるか? ところで諸君は敵対組織の構成員や何となくムカつく奴に汚物を投げ付けたいと思ったことはないかい?』って、ねぇよボケッ! で、エリナよ、こんな腐った説明書ではなくお前の口から詳細を話して貰おうか、ことと次第によっては……まぁよらずともどういう目に遭うかはわかっていると思うがな」
「うぅっ……そんなに怒らなくとも……」
エリナの説明によると、俺達がこの『魔導携帯トイレ』の中に放り込んだ大量の生ゴミは、何と皆が目指し、到着を思い描いていた西方拠点に、全て残さず丸々と転移してしまったのだという。
もちろん先方は大惨事だ、おそらく空からも生ゴミが降り注いでいる中、俺達のところにあったソレまでもが転移し、突如として出現するのだから。
これは拙い、拠点の状況をここから確認する術はないのだが、間違いなくここを超える大パニックになっていることであろう……
ひとまず元凶であり全ての責任を有しているエリナを縛り上げ、どんなお仕置きをしてやろうかと悩んでいたところ、そんなことには無関心で外を眺めていたリリィが空に何かを見つける。
また生ゴミか? とも思ったのだが違うらしい、俺も確認すると、何やら生物のような物体が超高速で飛行し……何か落としてUターンして行ったではないか、書簡? のようなものがご丁寧に落下傘で降りて来るではないか。
ちなみに生物のようなモノは、上空を大きく旋回しているようだ、また姿が見え、そして消えて行った。
先程落とした書簡らしき何かに、俺達が何らかの反応を示す、というか返事をするのを待っているようだ。
「あ~、アレはだれかの魔獣ですね、上級魔族固有の、うん、間違いないです」
「そうなのか、さすがエリナは物知りだな」
「はい、じゃあ有力な情報を提供したので縄を解いて……」
「ダメに決まってんだろっ! お前は『咎人』だからなっ!」
「いったぁぁぁっ! 私絶対悪くないですよね今回・、理不尽にも程がありますよ……あでででっ」
文句を言う悪魔の尻を抓り上げ、己の罪の重さをわからせる、反省が足りないのだコイツには。
ちなみに作戦を実行したのは俺様だが、その責任の程度はおよそ全体の20%、そのぐらいであれば『勇者割』が効いてゼロになるのだ、つまり俺は一切悪くない。
と、そこで馬車から出て行ったカレンが、上空を飛び回る何者かの投下した書簡らしきブツを拾い上げる……
「あ、ご主人様、やっぱりお手紙ですよっ」
「おいカレン! またそんなモノ警戒もせず拾って、もしそれが半径3km圏内を灰燼に帰す威力の爆破小包だったらどうするんだ?」
「う~ん……ハッ、とビックリします」
「いやそれどころじゃねぇよ……」
お馬鹿カレンはそのまま書簡をこちらに持って来る……返信用封筒が付いているということは、これを受けて何らかのアクションをしろとのことだな、差出人は……拠点運営を任せている2人の魔族の片割れ、丙であった。
早速書簡を開け、中の文書を取り出して呼んでみる、いつもは丁寧な字を書いていたような気がする丙であるが、今回に限っては非常に読み辛い、走り書きのような文字だ……
「え~っと、『つい先程、当拠点村は上空から降り注ぐ大量の生ゴミによる襲撃を受け、必死の抵抗にも拘らず、敵の援軍がまさかの転移による援軍を派遣したことにより敗北、全滅致しました、ごめんなさい』だってよ……」
「これはどんな返事を、というかどういう言葉を投げ掛けてあげればいいのか迷うわね……」
「そうだな、まぁ全滅といってもゴミを片付ければ復帰するんだ、ここはあまり、いや一切責任を感じさせないようにしておこう、となると、『それは全部エリナのせいです、大変かも知れませんが、もし余裕があれば片付けなど開始して頂けると幸いです、すぐに向かうので待っててね』ってとこかな」
「ひぃぃぃっ! やっぱり私のせいにっ!」
「仕方ないだろそういう流れなんだから、ここはもう諦めて真犯人として罪を償うんだよ」
「うぅ……悪魔の私が言うのもアレなんですが、もうそれは悪魔の所業ですよ……」
良くわからないことを言っているエリナは放置して、俺とセラとでとりあえず設営中の部隊本陣に向かう。
そこでこの部隊を統括している若い女性士官に事情を説明し、俺達だけ先行して拠点村に向かうことを告げる。
先に行っても大丈夫だとのことなので、向こうで落ち合おうと約束し、適当に食事を済ませて馬車を出した。
現地がどのような状況に陥っているのかは想像すら出来ない、したくないのだが、ひとまず急ぎ救援に向かおう……
※※※
「あっ、見えたわよっ、今は入口付近の片付けをしているみたい、ゲートの辺りで大勢働いてるわ」
「本当だ、片付け作業を始めていてくれたのか、おっ、丁の奴が見えるぞ、お~いっ!」
手を振ると手を振り返してくる元気タイプの丁、本名はティーナとか何とか。
で、拠点が陥落した旨の文書を送ってくれた清楚タイプの丙、本名ヘイリーンは……見当たらないな……
「よう丁、実に久しぶりだな、こんな状況での再会だが、ところで丙の奴はどうしたんだ、便所か?」
「お久しぶり、ヘイリーンならショックで引き篭もってるんだよ、こうなったのも私達の責任だから切腹しましょ、とか誘われたし、危なっかしいから人を付けて見張らせてるけど」
「案外打たれ弱いんだなあいつは……と、とにかく荷物を置きたい、事情の説明とかそれぞれが持っている情報の共有とかはその後だ、丙も慰めてやらないとな、じゃ、ちょっとハウスの方へ行って来るから」
「あっ……いやあのハウスはもう……」
「ん? もしかして何か問題でも生じているのか……」
気まずい、そういった感じの表情をした丁、その丁に先導され、道の横にまるで雪かきされた雪のように寄せられた生ゴミの中を通過し、拠点ハウスを目指す。
鼻を突く悪臭、口元には布を幾重にも重ねたものを当てていないと堪らない。
これはハウスに到着しても……いや、ハウスはどこへ行ったのだ?
「おい、この辺りに俺達のスウィートハウスが……え? あれ?」
「……ハウスならこの山の下、どういうわけか転移して来た生ゴミがここに集中したの、もう片付ける気もしないんだよねここは」
「Noooooo! FUCK! FUCK! Shit! (語彙力ZERO)」
「勇者様、何だか良くわからない言語になってるわよ……しかしこれは酷いわね……」
掻き集められた生ゴミの山、かと思いきやその場所は俺達のスウィートハウスが鎮座していたはずの、いや現在もこの中に取り残されているのだ。
建物が一切見えなくなり、元々の高さよりもかなり堆く、本当に『山』と表現するのがしっくりくるゴミ山。
この様子だと中の建物は無事ではない、扉や窓は破損し、室内にゴミが雪崩込んでいることであろう。
耐え切れない悪臭に後退りしつつ、目の前の大惨事をどこからどう処理していけば良いのかと考える。
いや考えても無駄だ、そもそも臭すぎてまともに思考できないし、本格的にどうしようもない……ここはこの事態を招いた張本人に押し付けるしかないな……
「おいエリナ、これをだいたい3時間以内にどうにかするんだ、もしそれが出来たのなら今回のお仕置きは軽くで済ませてやる」
「あの、そもそもお仕置きされる謂れは……えっと、何でもありません、では私の荷物の中から『魔導携帯トイレ(大)』を出して下さい」
「何だよ『大』って、それこそウ○コ用じゃねぇか……と、これのことかな?」
前回のものよりも少し大きい、折り畳まれた魔導携帯トイレ、これで一体何をするつもりなのか? 今は手伝ってくれる兵士諸君も居ないというのに、このゴミの山をどうにか出来ると思っているのか?
だがエリナは自信満々の様子、縄を解いてやると、紙製としか思えないそれを広げて……一気に吸い込んだではないか、とんでもない吸引力だ……




